Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第78話 神速エクストリーム

 ――紅。ディルムッドの攻撃によって襤褸布同然になったアンダースーツを投げ捨て、筋肉質な上半身を晒した遥の身体に薄く浮かんでいるのは、血のように紅い紋様であった。未だ完全な形ではないためその様を正確に見て取ることはできないが、その紋様は焔や波を思わせる形状をしている。

 無論、それはディルムッドの攻撃を受けて生まれたものではない。ディルムッドは遥を殺すつもりで攻撃を仕掛けてきているのだから、その攻撃でそんな紋様ができよう筈もない。

 詰まる所、遥のそれは外的要因によるものではなく彼自身が元からもつ要素の発露であった。彼が己の先祖(ぜんせ)であるスサノオの核を喰らうことでその身に神の力を取り込んだローマでの最終決戦以来、初めて見せた神霊霊基の解放。だが未だ完全出力での解放に肉体が耐えきれないが故に半端な形となっている。

 しかし、それでも遥に宿る霊基が励起していることに違いはない。高まった神性に呼応して天叢雲剣が輝きを増し、それに伴って放出される魔力がよりその圧を強める。遥が放射する剣気が物理的な力さえ持っているのではないかと錯覚する程に増大した。それを感じ取り、ディルムッドが好戦的な笑みを浮かべる。

 

「そうか。それが貴様の本気か。先の貴様では相手にもならなかったが、それなら少しは楽しめそうだ。――来い。我が主を斃すというその思い上がりごと、叩き潰してやる!!」

 

 挑発するかのような声音でディルムッドが言い放つや否や、それに対する返答の代わりとでもするかのように遥が攻撃を仕掛けた。何の芸もない中段の構えからの踏み込みと、上段からの振り下ろし。そんな単調な攻撃であっても遥の練度と超神速の踏み込みから繰り出される一撃は絶大な威力を内包した斬撃となって敵手を襲う。

 ディルムッドはその一閃を魔剣で受け止めることで防いだものの、その表情に先のような余裕はなく、刹那の驚愕の後に遥を睨みつけた。最早彼に遥への侮りはない。その一閃は、ディルムッドの想定を凌駕していたのだから。

 慮外の威力に痺れるディルムッドの右腕。当然、打ち合っている遥がそれに気付かない筈もなく彼の攻撃がディルムッドの手数を減らす方向にシフトし、けれどディルムッドがそれを許す筈もない。反撃として魔槍を振るい、遥がバックステップでそれを躱す。

 強い。ディルムッドが内心で呟く。神霊霊基を解放した遥とはまだ数合しか打ち合っていないが、確信できる。今のディルムッドならばともかく、ステータスだけを比較するならレディに強化される前のディルムッドでは敵うまい。

 しかし、本当に見るべきはそこではない。確かに遥の身体能力は紛れもない半神のそれであり人間を凌駕しているが、遥の真髄はそれではない。彼の戦闘技能の真髄とは、その剣技。前世から継承したものを差し引いたとしても上位の英雄にすら比肩するその剣技こそが、遥を戦士たらしめている。

 それでも、客観的に見れば戦士としての能力が上回っているのはディルムッドだ。その身体能力(ステータス)も、回復能力も、ディルムッドの方が高い。戦技に関しても初見であるか否かという点で彼に有利がある。

 なのに。それなのに、ディルムッドは遥に計り知れないものを感じて半ば無意識に唾液を呑んだ。その視線の先で遥は油断なく神刀の切っ先を狂える騎士に向けながら、ちらと周囲を見遣る。

 イリヤとクシナダが戦っている、レディから分かたれた魔法少女の残骸。彼女らは一度散った筈の命をレディの目的のために利用され、清いものであった筈の理想と精神を邪悪へと堕とされてしまった。全てはレディが人類悪(ビースト)と化すために。

 他者の欲望のためにその生を弄ばれ、死後の魂さえも満足に逝くこともできず利用される。ならば、彼女らの生とは、命とは、何のためにあったというのだろうか。あまりにも報われない。

 

「……何なんだ、おまえ達は。いったい命を、人を何だと思っている。何様のつもりだ?」

「何……?」

 

 思わず問い返すディルムッド。それも致し方ないことであろう。遥の問いはあまりにこの状況にそぐわず、声音もまた戦意ではなく純粋な疑念のみを内包していたのだから。

 だが、その疑念の発端とはファースト・レディ、ひいては彼女の配下への尋常ならざる怒りである。それ故か遥の紅い双眸は声音とは裏腹な嚇怒を放射している。許せないなどという生易しいものではない。必ず殺すと、視線だけで告げている。

 人命を何だと思っているなどと、自分に問う権利がないことは遥にも分かっている。それでも問うたのは、あまりにもレディの行いが理解し難い行為であったからだ。魔法少女らしく人類を救うなどと宣いながら、一方で人類を抹殺しようとする。人類の死、人理の終焉をこそ救済などと言って憚らない独善。それが遥には、理解も共感もできそうにない。

 人を殺したことなら、遥にもある。故に背負った業はレディと大差ないのだろうが、彼は他人に与えた死を救いと思ったことは一度としてない。それが不可避な死であるならともかく、暴力によって齎される死が絶対に救いとはなり得ない。それはレディの理想とは真っ向から対立する考えだ。

 

「そんな事、答える義理はない。それとも貴様、死合の最中に俺に説教でもするつもりか?」

「説教? ハッ。生憎、俺にゃ殺し合いの最中にドヤ顔でイキリ散らすような趣味はねぇな。そして……確かに今の問いはナンセンスだった。だって、どうあっても俺達は分かり合えそうにない」

 

 全人類の抹殺、つまりは人類という種そのものの死を救いと定義するレディと、死は救済ではないと信じる遥。まず以て根本的な思想から相容れないのなら、そこに相互理解の余地は一片もありはしない。元より、遥にはレディを生かしておくつもりもないが。

 だが、それは相手も同じ事。更に悪い事に、現状では総合的な能力は遥よりもディルムッドの方が格上だ。それでも、()()()()のことで諦めるのなら、遥はここまで来ることもなく死んでいただろう。

 自分の方が相手よりも弱かろうと、退く訳にはいかない。人類を守るためではなく、自分が愛した人々の生きる場所を守るために。剣を執れ。執って戦え。他者の理想を撃ち堕としてでも、自らの信念を貫くために。

 鼓膜を貫くような鋭い呼吸音。それに伴って遥の全身から煉獄の焔と魔力放出の激流が溢れ、遥の周囲で相反する属性が共存する。加えて神剣の刀身には雷。浄化の焔と激流、雷電、彼のもつ異能の全解放である。

 対するディルムッドは構えた魔剣・魔槍に泥から供給される膨大極まりない魔力を限界まで充填。収まりきらずに漏れ出した魔力が大気を歪ませ、気炎のように揺らめく。際限のない魔力供給量に物を言わせ、霊基を限界まで強化。その代償かディルムッドを徐々に霊基が崩壊していく異様な感覚が彼を襲うが、それを無視した。たとえ最終的に宿業すら無意味となって消滅してしまうのだとしても、それまでに斃せば良い事であるし、何より相手も自分自身を死の淵に追い遣ってまで戦おうとしているのだ。ならば彼もそれ相応の覚悟で挑まなければ能力で勝っていても勝利は得られないだろう。

 一瞬の静寂。そして爆発めいた音を轟かす踏み込みと共に、ふたりの姿が他一切の視界から消失する。コンマ一秒の差異もない、全く同一のタイミングだ。そしてその速度にも大きな差はない。遥に極地があるように、ディルムッドには鮭跳びの術がある。速さ比べ、力比べには最早何の意味もない。

 

「ジャァッ!!」

「オオォォァッ!!」

 

 吠える。吼える。咆える。一刺が身体を貫く度に呪いの汚泥が魂を焼き焦がし、一斬が霊基を穿つ度に浄化の焔と雷霆が身体を破壊する。瞬きの間に両者は血塗れになって、しかし刹那の内に再生する。

 仮にその剣戟を観測する者がいたとしたら、その者に見えるのはきっと黄金と紫の閃光だけだっただろう。それ程までに速い戦闘なのだ。そして、その周りには在り得ない量の血溜まりが広がっている。

 痛い、と全身が訴えている。遥の再生能力はそれ自体がひとつの法則に等しい力であるが、要は超強力な修復でしかない。己に身体に、元より存在するものではない動作を強制する能力。故にその再生は、激しい苦痛を伴う。

 痛い。全身が叫んでいる。斬り裂かれた傷口と、煉獄の焔で灼かれた身体が理不尽な速さで元に戻っていく。限界を超えた細胞分裂とアポトーシス、ネクローシス。霊基には備わらない筈の代謝を行っているためか苦しみは増していく一方で、しかし身体は万全に動く。であれば何も問題はない。

 苦しみの中で立ち止まってはならない。立ち止まれば、後に残るのは死のみだ。生きたいのならば、生かしたいのならば、前に進み続ける他ない。誰の理想を蹴散らしてでも、苦しみを踏破する。さもなくば、何も成せないまま死ぬこととなる。それを受け入れることは、遥にはできそうもない。

 槍撃三閃。音を彼方へと追い遣る神速で放たれたそれを、遥は至近距離から全て回避してみせる。その動きはまさに魔人の挙動。速力に優れた彼だからこその挙動である。しかしその顔に余裕の色はなく、口を真一文字に引き結んで只管にディルムッドの動きを注視している。

 続けてお返しとばかりに遥が刺突の連撃を放つ。その予備動作を認めた時点でディルムッドは再び泥の槍で迎撃せんとするも、遥が纏う嵐はそれを許さない。伸びた泥の枝を、極小の嵐は圧搾することで粉砕し、剣士への到達を阻んでいる。

 次いで、ディルムッドに殺到する剣撃。ディルムッドはそれを赤剣で弾くことで防御するも、当然、遥はそれを許さない。叢雲の刀身がモラ・ルタと接触する瞬間に絡め取るように動き、モラ・ルタがディルムッドの手から滑るように巻き取られて宙を舞う。

 予想外の事態に瞠目するディルムッド。宙に舞った剣はどうあってもすぐに回収することはできないが、しかし彼は迷わずに槍での対応を選択した。穂で攻撃するには短すぎる距離だが、柄を遥に叩きつけるようにして振るう。

 それを遥は左腕を犠牲にすることで防ぐ。いくら激流と焔を鎧のように纏っていても完全に威力を相殺できず尺骨と橈骨が砕け散り、妙な方向に折れ曲がった骨が肌を突き破って露出する。しかし遥が痛みに怯むことはなく、騎士の首に神刀の刃が突き立てられた。

 その刃は聖杯の泥を受けたディルムッドにとっては劇毒にも等しい。反射的に真正面から遥の胴に蹴りを入れ、その反作用を利用して間合いから離脱。落下してきた魔剣を回収する。

 その一瞬のうちに両者の傷は完全に再生。見た目だけならば振り出しに戻ったようだが、身体に蓄積した不可視のダメージまでもを回復することは遥にはできない。加えて神核を解放している反動もある。身体能力(ステータス)如何以前に、遥には時間も体力もあまり残っていないのだ。

 だが、焦りはない。焦りは集中を乱し、剣を鈍らせる。焦ってしまえば相手の思う壺であり、勝利は遠のいてしまうだろう。焦りを棄て、意識を極限まで敵手に集中させる。痛みで手放してしまいそうになったファントム戦時の感覚を手繰り寄せて再起すると、知覚できる範囲が広がった感覚があった。しかし、足りない。遥のそれは極みではなく、戸口に立っただけだ。ディルムッド、そしてレディを斃すためには、より先へ至らなければならない。少なくとも叢雲に頼るのではなく、自らの力だけで宿業、つまりは形のないものを斬り裂くだけの力を得なければ、守るべきものも守れない。

 ――否。()()だけならば既にできている。アリス。メディア。黒髭。ファントム。これだけ立ち会ってその霊基を斬り裂けば、自ずと彼らに共通する霊基の淀みとでも言うべき異常も分かるというもの。後は〝至る〟のみ。剣者の極み、かの二天一流曰く〝一〟である〝無二〟を超える境地、極限の先にある極限の領域へと。

 己が願望を叶えんとするならば。愛したもの全てを守らんとするならば。それに仇名す悉くを乗り越えよ。乗り越えて、踏み越えて、蹴散らして、その身に降りかかる遍く火の粉、大火を払うに足る武を得よ。詰まる所――

 

 ――その身に剣者の究極を。それで漸く、対等だ。

 

「……ならば、今すぐにでも。この身は、我が本懐を為すために在るモノなのだから」

 

 気配が変わる。剣気が増大し、神気を纏う。その神気を放っているのは天叢雲剣ではなく、遥自身だ。より正確に言うならば、今まで叢雲の神気の陰に隠れる程度だった遥の神気が尋常な半神のそれに近づいたというべきか。

 不可解な変化。唐突な強化。だが、ディルムッドはそれを異様とは思わない。遥の変化、それは成長というのだ。痛みも、苦しみも、全て超越し己が血肉とする生者の特権だ。要は遥はディルムッドとの闘いの最中に得た経験値を即座に吸収し、己の力としたのである。

 驚愕に値する成長速度。だが条理に反している訳ではない。何故なら既に下地はあったのだ。魔女を斬って、魔法紳士を斬って、斬って斬って斬り斃した果てに掴みかけていたものに、この立ち合いを通して届いた。それだけだ。それだけのことなのだ。しかし今この時、この状況において、それは起死回生の光明と成り得る。

 しかし、それはあくまでも極致に開眼できればの話だ。そう判断して、ディルムッドが得物を握り直す。放っておけば開眼してしまうのであれば、その前に斃す。天敵とも言える相手を前にしても、ディルムッドの勝利への執念には聊かの翳りもない。

 両雄の総身に魔力が満ちる。その解放は全くの同時で、しかし僅かにディルムッドの方が速い。彼が有するのは跳躍、つまりは脚力強化に特化した魔力放出であるため、初速度に関しては完全出力の彼に勝る者はそういない。

 対する遥は再び地を蹴って再加速。手に執る神刀はその刃により強い焔を纏う。激しい炎を雷霆と共に宿すその様は、さながら火山噴火をひとつの剣として凝縮させたかのようですらある。

 

「オオォォオオォォッ!!」

「〝桜花散る焔天(ファルサ・ロサ・イクトゥス)〟!!」

 

 交錯する紫と金紅の閃光。甲高い金属音をあげて二条の閃光は一瞬だけ交わり、しかしそれだけでは終わらない。交錯の瞬間に負った傷から鮮血が噴き出してくるのにも構わず振り返り、敵手を撃滅すべく得物を振るう。

 鳴り響く剣戟の音色はまるで死の調べの如く。その様は先の再演のようでありながら、両者にとっては全く異なるものだ。ディルムッドの攻撃が通らない。対して遥の剣の冴えは秒読みで鋭くなり、剣速も増していく。高速から神速、神速から超神速へ。人間の限界を超えた剣速を受けて、ディルムッドは次第にその身体に傷を増やしていく。

 だがそうして付けた傷も宿業を斬り裂かない限りは瞬く間に再生してしまう。故にディルムッドは多少の傷を負ってでも致命傷を受けないようにしているのだ。その防御を崩すべく、遥が畳み掛ける。

 

「〝我が剣撃は煉獄の如く(ファルサ・グラウディサヌス・ブラウセルン)〟!!」

 

 流星の如き三連撃。名前からも分かる通り、第二特異点で共闘したネロ帝の剣技を独自に改変したものである。その様は柔と剛を完璧な形で兼ね備え、受け流すべく講じた防御策ごと絡め取り、その懐へと入り込んだ。

 尋常なサーヴァントならば、それで詰み。しかしこのディルムッドは霊基の隅々までもを聖杯の泥に浸食された英霊であり、レディからそれを操る権限も与えられている。故に懐に入り込まれた状況にあっても、彼に焦りはなかった。

 ディルムッドの懐に潜り刃を振るわんとする遥の前で、突如として湧き出したのは漆黒の棘。先のオルテナウスを破壊した攻撃を、足元ではなく体内の泥から発生させたのである。四肢の動きはおろか、筋肉の動きからも次手を読ませない、完璧な不意打ちだ。

 迫る泥槍。だが遥はまるで先を見通していたかのように神刀を振るうのではなく身体の前で構え、刀身に這わせた焔と雷霆を解放した。その圧力と浄化の力に耐えきることができず、泥槍が無意味な魔力の塵と還る。

 瞬間、全く無防備になる狂戦士。最早次の策を講じるには遅く、後方に跳ぶ。だが遥がそう簡単に逃す訳もなく、振るわれた刃はディルムッドの胴に深く食い込みその大部分を薙ぎ払ってしまった。肉に大半を失った身体から、内臓が零れ落ちる。

 しかし、足りない。騎士の胴を消し飛ばした一太刀は惜しくもその宿業を斬り裂くには至っておらず、自らの生存を確信した騎士は身体が再生するよりも早く反撃を仕掛ける。それを前にして、しかし遥の表情を能面の如き無表情であった。

 今、遥の心に焦りはない。その内心には細波ひとつなく、完璧な凪を保っている。その様はまさしく〝空〟。無空に達した心が捉えるのは剣者の極致、真理であり、今の彼にはディルムッドに宿る実体がない筈の宿業が手に執るように視えていた。

 

「捉えたぞ……!!」

 

 ――その瞬間、遥は極致を視た。

 まるで初めから知っていたかのように、遥の身体が動く。鞘をベルトから外し、天叢雲剣を納刀。それを腰の真横に構えて体勢を落とす。その構えは彼が身に付けた他の剣技と同じだが、帯びた剣気は比ではないほどに強大化している。

 そして、反撃を仕掛けんとするディルムッドの魔力もまた条理の埒外まで上昇している。そうして漏れ出した魔力は吸い込まれるように魔剣に宿り、呪いの赤脈が蠢く。宝具解放の前兆である。手放した赤槍が泥に沈み、暴れる剣を両手で構える。

 躍動するディルムッドの五体。槍を離し剣1本だけの状態でありながらその冴えには聊かの衰えもなく、正確に遥の頚を狙ってきている。このまま遥が何もしなければ、その刃は文字通り三つの牙となって遥を絶命させるだろう。

 

 

「〝天剱(てんけん)――」

 

 

 しかし、遥が甘んじて死を受け入れる筈もない。異常なまでの前傾姿勢からの踏み込みは一瞬にして超神速を追い越し、刹那の内にディルムッドの視界から遥の姿が消失した。聖杯の泥によって強化されているディルムッドをして全く捉えることができない圧倒的な速さ。

 次の瞬間、ディルムッドの耳朶を打ったのは無理矢理に凄まじい速度から制動をかけた際に床と靴が立てる擦過音。見れば、騎士の背後で遥がもう斬ったとばかりに天叢雲剣を振り抜いていた。堂々と背後を晒すその姿に嘲りを飛ばし騎士は宝具を振るおうとして、しかしその瞬間に納刀と共に剣士が呟く。

 

 

「――櫻花爛熳(おうからんまん)〟」

 

 

 その斬撃は正に咲き乱れる櫻の花の如く。英霊はおろか世界の認識すらも追い越し遅延させる一刃は、世界の認識が追いつくや否や須臾のズレすらもない全く同時の多重斬撃と化して騎士の霊基とその内に隠された宿業を細切れと成さしめた。

 たとえそんな在り様であっても宿業が無事であれば魔法紳士は再生する。しかし、その根源である宿業が両断されているのなら話は別だ。床に転がった騎士の肉片はそれまでと異なり回復する素振りを見せず、辛うじて残っている頭部は驚愕を浮かべていた。

 さもありなん。戦いの中で空位に開眼した遥が新たに編み出した剣技〝天剱・櫻花爛漫〟。それを受けたディルムッドの主観から見れば、無数の斬撃が全く同時に襲い掛かってきたかのようにも思えただろう。それこそ、時間停止でも行使したかのように。

 だが、遥はそんな大それたことはしていない。魔法の領域にある技術も精々、多重次元屈折だけだ。けれどこの剣技の真髄はそれではなく、超神速でも生易しい程の(はや)さ。その疾さで以て世界からの事象認識を遅延させ、あたかも時間停止の如き攻撃を可能としたのだ。

 更にその刃は煉獄の焔を纏うが故に悪を祓う力を持つ。霊核を砕かれ再生能力を失ったディルムッドの身体はその霊基を無意味な魔力に還しながら焔に焼かれて、霊基を反転させていた泥から解き放たれたことで騎士は今わの際になってようやく正気を取り戻した。

 

「俺の勝ちだ、ディルムッド」

「あ、ぁ……そして、俺の敗北、だ……」

 

 遥の言葉にそう返すディルムッドの声はひどく掠れていて、彼がもう長くないことを伺わせるには十分だった。そもそも今の彼の状態では話すことでさえやっとで、そうしているだけでエネルギーをかなり消費するのだから。

 しかしディルムッドはまだ何か言おうとして浅い呼吸を繰り返し、遥は何も言わずに騎士が何か言うのを待っている。彼からは何もすることはない。今、余計な施しをしてしまうのは騎士の誇りを汚すことになる。たとえ、泥がその霊基を喰らおうとしているのを見てしまったのだとしても。

 そうして騎士に戻った狂戦士は訥々と語り始める。最初は英雄として未熟であっても剣者としては極みに至った遥への賛辞。それからもう一度呼吸を繰り返して、頭部以外の霊基を泥に呑まれてもディルムッドは再び口を開いた。

 

「剣士よ……最後に、ひとつ頼まれては、くれないか……?」

「……何だ」

「我が主を……ファースト・レディを、終わらせてやってはくれないか……彼女はもう、十分に彼女自身の使命を、果たした……だから、もう、眠らせてやってくれ……」

「了解した。我が剣と誇りに掛け、この約定を果たそう。だから安心して逝くといい。……俺がアンタの代わりに、ヤツを()()()()終わらせるから」

 

 その剣士の言葉に、騎士は何を言おうとしたのか。吐息が意味を為すことはなく、英雄は泥に呑まれて消えた。次いで、まるでその代わりとでも言うかのように湧き出した泥から気絶したクロエが吐き出される。

 一旦戦闘が終わったことで遥の身体から神威の紋様が消え、気が遠のいてしまう程の激痛が総身を襲う。それに顔を顰めながらもクロエの霊基に焔を流して付着した泥や内部まで侵入した泥を全て()き尽くした。

 だがそんな有様でありながら、不思議なことにクロエの霊基は全く汚染されてはいなかった。恐らく元々、泥の大本であるレディにクロエを汚染する意志がないためだろう。慈悲ではない。ただの無関心だ。最早用済みで、脅威にもならないかという理由だけで撒き餌としての関心以外を失ったのである。

 なんという横暴。なんという身勝手。自らの都合で何の関係もない人々を巻き込みながら用済みとなれば放り棄てるなどと。湧き上がる憤怒を抑え、遥が大きく息を吐く。今は怒るよりも、クロエをレディの支配から逃がすことができたのを歓ぶべきだ。

 

「遥様!!」

「遥さん!!」

「クシナダ……イリヤ……ッ!」

 

 遥がディルムッドを斃した直後にイリヤとクシナダもこの部屋にはびこっていた魔法少女の残骸を掃討し終えていたようで、駆け寄ってきた所で遥は遂に満身の苦痛に耐えきれず膝を突いて、クシナダに支えられた。

 そうしてクシナダに礼を言おうとして、しかしその直前に胃の辺りから何かが込み上げてきたがために思わず口を手で押さえた。果たして、吐き出されたのは吐瀉ではなく血。深紅に染まる掌。それを見て、彼は悟る。先の戦闘はあまりにも限界に近づきすぎた、と。加えて、治りが遅い。彼は尋常な傷なら一瞬で再生することができる。故に本来なら数分経った時点で吐血することなどあり得ないのだが、どうやら神核の反動で追った物理的なダメ―ジは軽々に治せるものではないらしい。

 その様から何かを察したらしいクシナダが即座に呪術で傷を塞ぐが、それも気休めだ。もう一度戦えば、確実に傷口は開く。より深く。今度は気休めの応急処置もできないだろう。

 それでも、戦わなければならない。何もしないまま諦観を抱いて殺されることを許容するくらいならば、苦しんででも生存を勝ち取る方が遥の性に合っている。何より、ミラーやディルムッドとの約定もある。足を止めることはできない。

 だが、レディを斃すより先にやるべきことがある。自身を支えてくれたクシナダに今度こそ礼を言うと遥は、眠るクロエを抱きしめて安心のあまり涙を流しているイリヤに向けて口を開いた。

 

「イリヤ。安心している所悪いが……ひとつ、訊いておくことがある」

「訊いておくこと……?」

「あぁ。……この戦いが終わった後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 え……、とイリヤが呟く。イリヤは遥の問いの意味を理解できていないようだが、ルビーは何も言わないということは彼女は知っていたのだろう。知っていて、あえて黙っていた。イリヤに余計な動揺をさせないように。

 それに対して、自分自身の何と浅ましい事か。遥が自嘲する。遥のしていることは何も知らぬ少女に真実を告げていると言えば聊か聞こえは良いかも知れないが、実際はイリヤに対する選択の強制に他ならない。ただレディのように他者の行く末を問答無用で決定したくがないための、自己正当化だ。

 しかし、いつかは告げなければならない真実でもある。故に、たとえイリヤから悪感情を抱かれることになろうとも――今までの付き合いで彼女が物の道理を履き違える少女ではないと知っているが――彼女が無知のために望まない行く末へ進まざるを得ない状況に落されるよりはマシだと、彼は思うのだ。

 そうしてイリヤに彼女の置かれた状況を話しているうち、彼は自然と変異特異点αにおいてアイリに問うたことを思い出していた。あの時もそうだ。彼が提示した選択肢は問いの体を成しているようでいて、その実殆ど強制でしかない。死にたくないのならカルデアに来い、という。何も成長していない。何も進歩していない。彼の力で成せる最善は理想ではなく、それなのに理想を為そうと足掻くだけの時間は残されていない。

 自らの身に降りかかった災禍を知り、表情を歪めるイリヤ。当然だ。全く自分に関係のない他人の都合で永久に家族と会えなくなったのだから。その気持ちは遥にも大いに覚えがある。彼は並行世界に飛ばされた訳ではないが、早くに両親を亡くしている。

 だからと言って自身と同じようにそれを受容せよという気は、彼には毛頭ない。そもそもとして彼自身、幼い頃に無理に受容しようとしたがために無意識に過剰な抑圧をしてしまったのだから。

 自分がサーヴァント、それも死んだ英雄ではなく、生きている人間のデッドコピー。つまりは自分はオリジナルではなく、記憶にある故郷には今も日常の内に暮らしている本物(べつ)の自分がいて、ここにいる自分には帰る場所がない。そんな状況の中で、一方的に生きろなどと命じることができる訳もない。故に遥は押し黙って、しばらくの逡巡の後にイリヤが口を開いた。

 

「わたし……カルデアに行くよ」

「……そうか。了解した。……後悔はしないな?」

「うん。何もかも諦めて死んじゃうのは、嫌だから」

 

 そう答えるイリヤの瞳に迷いの色はなく、彼女の決断が揺るがないものであることは明白だった。確かに選択肢を提示したのは遥だが、決断したのは他でもない彼女自身なのだと遥に強く訴えている。

 であれば、遥がいつまでも悩んでいるのは決断したイリヤに失礼であろう。それに男がいつまでも湿っぽい態度であるというのはあまりにも恰好が悪い。自分自身で両頬を叩いて、その痛みで感情を切り替える。

 右手の令呪を掲げ、魔術回路を接続。すると契約の意志に呼応した令呪が自動でカルデアの召喚システムに繋がり、待機状態に入る。そしてその手にイリヤが触れるや否や遥とイリヤ、それだけではなくイリヤと介してクロエとも契約が結ばれ、経路(パス)が繋がった。これで契約サーヴァントの数は8騎。それだけの数を契約し、かつその大半が活動状態にあるのであれば上位の魔術師でも魔力切れを起こしそうなものだが、遥には然程の負荷ともならない。

 

『おお、遂にマスターにマスターが……つまり遥さんは私のグランドマスター? しかししかし、わたしのマスターはイリヤさんただひとりと心に決めて……おや?』

 

 何事か早口で捲し立てながらひとり――或いはひとつと言うべきであろうか――で身体をくねらせていたルビーであったが、不意に何かを感じ取って反射的にこの回廊と廊下を繋ぐ扉の方を見た。遥らもつられてそちらを見遣る。

 その視線のさきにあったのは、いや、いたのはルビーに似た印象を受ける蒼いステッキ。異なる点は色と円環内部の星の形、両サイドから生えている羽と数えてみればそなりにあるが極めて近い意匠であることに違いはない。

 マジカルサファイア。現物を見たことはないが、ルビーと極めて酷似した形状を見て気づかない遥ではない。恐らくレディの許から逃げ出した後も外周の防壁の影響や敵性体の出現によって思うように行動できず、今になってようやく行動できるようになったのだろう。

 

『サファイアちゃーん! どこ行ってたんですかぁ! お姉ちゃんは心配しましたよー!』

『申し訳ありません、姉さん。美遊様のお陰でレディから逃げ出すことはできたものの、予想外に障害が多く……それで、姉さん。この方々は……?』

「あぁ、俺達か。俺は夜桜遥で、彼女が俺と契約してくれているサーヴァントのクシナダヒメ。それで……マトモな自己紹介ができなくて悪いが、後はルビーにでも聞いておいてくれ」

 

 言いながら、クシナダと目くばせする遥。言葉にするまでもなくクシナダはその視線の意味に気づいて複雑そうな表情を浮かべるも、すぐに表情を決意のそれに変えて遥が差し出した手を取った。直後、クシナダの霊基が解けて櫛の形に凝集する。

 〝我、蛮神の妻たる者〟。八岐大蛇を討伐した際にスサノオが彼女を櫛に変えその生命力を借り受けたという逸話が宝具化したものであり、スサノオ、或いはその転生体に等しい遥とクシナダ自身の合意の下で行使される。その効果は、遥とスサノオの強化である。

 後ろ髪を束ねている髪留めを外し、遥の白髪が解ける。そうしてその髪に巻き込むような形で櫛を装着するとクシナダの霊基と神気が遥に吸い込まれるように同化し、瞬間、全身の血が沸騰したと錯覚する異様な感覚が奔った。思わず膝を突きそうになるが歯を食いしばって耐えて扉に手を掛け、そこでイリヤが心配の視線を投げてきていることに気づく。

 恐らくイリヤとルビー、更に言えば出会ったばかりのサファイアまでもが遥が既に限界に近いことを見抜いている。何せ隠しきれていない。隠しきれないことを分かっていながら、彼は虚勢を張っている。彼女らはそれを全て理解して、それでもレディを打倒せんとする遥を止めない。

 故に遥もまた黙って巨大な水晶の扉を開け、その先へ足を踏み入れた。すると勝手に扉が閉まり始めて、完全に閉まり切る直前、イリヤ達の姿が見えなくなるその間際に遥が呟いた。必ず助け出すから待っていろ、と。

 

『……遥様。イリヤ様と話した時に、イリヤ様が遥様をどう思われているのか伺ったのですが……

 〝カッコいいお兄さん〟だと仰っていました』

「そっか。俺には勿体ない言葉だが……応えられるように、頑張らないとな」

 

 そう言って、遥は笑う。理想を為すこともできず、他人に頼るのが下手で、自分自身を愛することもできない彼だが、せめてその期待には応えてみせようと決意を新たにする。

 終焉は近い。身体の限界も間際で、気を抜けばすぐにでも気絶してしまいそうだ。そうでなくても痛くて痛くてたまらなくて、今すぐ叫び出してもおかしくない。それでも遥は堪える。堪えて、前に進む。

 

 約定を果たすために。

 

 愛した人々を守るために。




[スキル強化]
無空:D→A
神性:E→C

 遥くんが新しく体得した剣技についてはまた後程。簡単に解説するなら〝天剱〟は型の総称で〝櫻花爛熳〟が技名といった感じです。
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