Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
円蔵山柳洞寺。嘗てこの土地に住んでいた龍神を鎮めたという僧に所縁があると言うこの寺院は、炎海に沈んだ街の中にあってその被害を免れていた。たった数時間前までは。
荘厳な雰囲気を纏っていた本堂は既に見る影もないほどに破壊され、入口の山門もまた薙ぎ倒されてただの木屑へと変わり果てていた。仏の社をそれほどまでに破壊したのは街を徘徊する魑魅魍魎ではない。たったひとりの人間によって破壊されたのだ。
いや、果たしてそれを人間と言ってよいものか。全身を竜種に近いそれへと変貌させ、狂乱したかのように五体を駆動させるそれは
伝家の宝具〝
普通の人間ならば降ろした時点で死亡、少しは適性のある人間でも憑依させれば意識を乗っ取られてしまうであろうその獣性を、遥は魔術と血の力で制御してのけていた。しかし、それでも闘争本能が呼び起こされるのは避け得ない。燃え上がる獣性を理性で制御しつつ戦うその姿は、まるで
アーチャーが防御のために胸前で交差させた双剣に長刀の平突きを叩き込むと、あまりの膂力で双剣が一瞬で砕け散った。間髪入れずに遥が左の拳をアーチャーの胴に放つも、それはアーマーを砕くことなくアーチャーの腕に防がれ、そのままアーチャーは吹き飛んで本堂の残骸に叩きつけられる。
「……訂正しよう」
残骸から立ち上がり、再び夫婦剣を手元に投影しながらアーチャーが言う。
「先程、君をただの青年と言ったが……どうやら違ったらしい。君は魔術師の中でも最強クラスの力を持っているようだな」
「そうかよ。だったらどうした!」
アーチャーの言葉に対し、遥は短くそう言葉を返すと再び地を蹴ってアーチャーへと肉迫した。まさに神速と言うべき速度で振るわれる黄金の刀を双剣で払いつつ、アーチャーは相手の戦力を分析する。
今の遥の力は、言うまでもなくアーチャーを凌駕している。恐らく現状の遥のステータスにおいて、アーチャーを下回るものなどありはすまい。特に筋力など、真正面から受け止めれば投影品が破壊、そうでなくてもしばらくは腕に痺れが残るほどだ。
さらに遥の全身から生えた鱗は遥に絶大な防御力を与え、アーチャーの投影品でも木っ端な宝具は鱗に触れた直後に投影品の方が押し負けて折れてしまう。対魔の剣であるアーチャーの愛剣〝干将・莫耶〟ならば辛うじて通るが、それでも減衰は否めない。
それらよりも恐るべきは、
長刀を片手で自在に振るい、確実にアーチャーを攻め立てる遥。それを辛うじて夫婦剣を使って受け流しつつアーチャーは反撃の隙を伺うが、その間にも双剣の刃は零れ、砕けていく。どれだけ強化を施そうが無駄だ。遥はそれを越えてくる。
「――ッ!」
再びアーチャーの剣が砕け、その瞬間に遥はアーチャーの胴に回し蹴りを放った。防御すらままならずにアーチャーはそれを正面から喰らい、吹き飛んで岩壁に叩きつけられる。
サーヴァントすらも凌駕する神獣の力。それを自在に行使する遥は一見何の代償もないようにも見えるが、そうではない。体内に宿しているために魔力消費も最低限で済み、世界からの修正力にも抗っている。故に、問題は魔力残量によるものではない。
全身を駆動させる度、遥は頭蓋を内側から金槌で叩かれるかのような激痛に襲われていた。いくら魔術で封印を掛け、血に宿る乱神の残滓によって八岐大蛇の魂を屈服させているとはいえ、完全に影響を打ち消すことはできない。長時間の戦闘を続ければ、遥の理性は消し飛んで真性の狂戦士になってしまうだろう。
問題なく戦闘を続けていられる時間は精々15分から30分程度。起動させてからは5分ほど経っている。心許ない限界時間だが、これでも初めて使った時よりは幾分か長くなっている。初めて宿した時はその瞬間に理性が吹き飛んで魔力が尽きるまで暴れていたものだ。
「我が躰は焔」
短く式句を紡いで体内の煉獄を呼び起こすと、全身の鱗の隙間から焔が漏れ出し始めた。無論ロングコートにも焔は降りかかっているが、魔術で耐炎加工済みだ。
「
追加の祝詞により体内の煉獄がさらに火力を増す。全身から噴き出す焔もまた更なる高まりを見る。その偉容は炎海に濡れる街よりもなお凄まじく、急激に熱された空気が陽炎を立ち昇らせていた。
沖田がアーチャーと戦っていた時、遥がすぐにアーチャーの魔術の
身体から漏れ出す焔を操り、火炎放射のようにして打ち出す。通常の炎の温度を遥かに超える温度を誇る心象の焔は地表を溶かしながらアーチャーに向かって奔る。だがアーチャーはすぐに立ち上がると、盾を投影してその火炎を防ぎ切った。
「
火炎放射を防がれてもなお、遥は畳みかける。体内に展開した固有結界を外界から切り離し、加速度的にその速度を増加させていく。あり得ざる加速に普段なら全身が悲鳴をあげるところだが、今の遥の耐久力は上位の竜種のそれに匹敵する。数倍の加速程度で悲鳴はあげない。
ただの行動加速も、元の速度が速ければ倍率が同じでも結果は大きくなる。遥が地を蹴ると、アーチャーの視界から遥の姿が掻き消えた。縮地のような特殊な走法によるものではない。純粋な速度だけで、遥は英霊の認識力を越えたのだ。
反射的にアーチャーはオーバーエッジ状態で干将・莫耶を投影し、直感的にそれを何も見えない虚空に向けて投擲した。すると空中の一点でそれが弾かれて飛んでいく。それで遥の居場所が大体どこであるかを察知したアーチャーが不敵に笑う。
その瞬間にアーチャーの背後で魔力が収束し、無数の刀剣が顕現する。
「
その式句が紡がれるや、アーチャーの魔術によって空中に固定されていた全ての宝具たちが一斉に遥がいると思われる領域に降り注いだ。普通に考えれば到底避け得ない致死の雨。
だが、それが降り注ぐ中にあって遥は生存を諦めてはいなかった。全速力で走り回っていた足を止めると、自身に向けて振ってくる宝具群へと意識を集中する。そして初めの一撃が着弾しようかという時、それを掴み取って即席の二刀流を演じてみせた。
迫りくる宝具を右手の長刀と左手の長剣を縦横に振るうことでその悉くを打ち落とし、破壊せしめる。それは到底齢19の青年の武錬ではなく、終生を武芸に費やした者のみが到達し得る領域にある絶技であった。
不可解なまでの武錬。異様なまでの強さ。それにはさしものアーチャーも驚いたようで、眼を見開く。だがすぐに忘我から復帰すると、もう一度双剣を投影した。
「とてもではないが、子供の武錬ではないな……! 貴様、一体どんなデタラメをしている……!」
「気になるなら、俺を殺す前に吐かせたらどうだ……!」
魔力の温存のために体内の固有結界を停止させ、全身からの焔の噴出を止める。体内時間の倍率も通常へと戻り、世界からの修正力が遥の体内を激痛で蹂躙するがそんなものは今更だ。遥が地を蹴ると、空間跳躍と見紛うばかりの速さでアーチャーの眼前に遥が現れた。縮地である。
遥が自身が培ったものではない技術を使えている原因。それはある種〝憑依経験〟と似て非なるものが原因であった。この神造兵装の担い手として選ばれた時点で、遥は彼自身の意思を無視して〝彼の者〟の知識と経験を継承する『器』としての機能を得たのだ。人の生よりも遥かに長い時間を生きた彼の者からすれば、縮地など造作もないことなのであろう。
それにはさしものアーチャーといえど対応しきれず、長刀の切っ先がアーマーを貫いてその下にある胴体を貫いた。弓兵の血を吸った刀身が背中側からその輝きを覗かせ、遥が刃を引き抜くと噴水のように鮮血が噴き出した。
さらに遥が反撃の隙を与えないように左手で手刀を形作ると、それをアーチャーの右脇腹に突き込んだ。強化魔術によって鋼鉄を上回る硬度を得ている防具はまるで豆腐のように容易く手刀の侵入を許し、そのまま遥は脇腹を抉り取った。
飛び散る赤黒い液体。だが、それに次いで零れ落ちるべきものは落ちず、流血もすぐに停止した。代わりに傷口から顔を覗かせたのは、鈍色の輝きを放つ剣山。それの正体に、遥はすぐに気が付いた。
「お前、まさか……!」
「応急処置というやつさ。君の躰が焔であるように、私の身体は剣なのでね」
アーチャーの言葉が示すところはつまり、遥によって脇腹を抉られたアーチャーは内臓が零れるのを押しとどめ、さらに止血をするために意図的に体内で固有結界を暴走させたということだ。
しかし、固有結界の暴走により剣に浸食される部分は何も傷口だけということはあるまい。今、アーチャーの総身は内側から無限の剣に突き刺され、肉を食い破られている筈だ。遥も体内に展開している間は全身を内側から火炙りにされているにも等しい激痛に襲われているが、それとはまた別種の想像を絶する痛みだ。
それでもまだ、アーチャーは遥から勝利をもぎ取ることを諦めていない。何がアーチャーにそうまでさせているのかは分からないが、途轍もない執念だ。或いはセイバーに何か思うところがあるのかも知れないと遥は一瞬考えたが、すぐにそれを余分な思考だと打ち消してしまう。
遥が長刀を構え直す間も与えず、アーチャーが陰と陽の剣を投擲する。反射的にそれを弾いた遥は、即座にアーチャーに肉薄して右下から長刀を振り上げる。剣による補修部位を狙った一撃は、しかし再び手元に現れた陽剣によって阻まれる。
直後に聞こえる風切り音。音のする方を見ずとも、遥にはそれが何であるか察知できた。遥が弾いた双剣がアーチャーの手元にあるもう1対に引き寄せられて戻ってきているのだ。
アーチャーが口の端に僅かな笑みを見せる。アーチャーは初めから遥に弾かれることを前提として剣を投擲していたのである。今振り返ればアーチャーに斬られ、かといって防がなければ首を落とされる。
「舐めるな、この程度!!」
遥がそう咆哮した直後、ひとつ結びにされていた遥の髪がひとりでに動き始めた。毛先がひとつに収束し、大蛇の頭部を作り上げる。その大蛇は飛来する双剣を見咎め、そして、身体を大きく振って口で双剣の柄を掴み取った。
八岐大蛇の霊を降霊させ、憑依させた遥が得たのは何も凄まじい身体能力と鱗による堅牢な防御力だけではない。その気になれば身体を大蛇のそれへと変化させることも可能だ。無論、人体の構造を無視した変化であるために頭髪以外で行えば激痛は避け得ない。
攻撃が失敗に終わり、不利を悟ったアーチャーが全力で後方へと飛び退く。本堂の屋根へと飛んでいくアーチャーの手に現れたのは黒塗りの弓と矢へと変形させられた尋常ではない切れ味を誇る宝剣。銘を
手慣れた動作でそれを番え、放つ。限界にまで引き絞られた弦により撃ちだされた矢は寸分違わずに遥の眉間へと飛翔し――――そこで、遥の手に掴まれて停止した。
「くっ……!?」
既に遥はアーチャーの目前にまで接近している。今から対応したところで間に合わない。それでもまだアーチャーは反撃しようと魔術回路に魔力を流す。しかし。
「終わりだ。アーチャー!」
遥が突き出した黄金に光る刃。それは避け切ることができなかったアーチャーの心臓に深々と突き刺さり、その霊核を破壊せしめた。相手は死人ではあるが、ひとつの命を奪った感覚に遥が顔を顰める。
しかし同時に、遥は自身に宿った獣が血を求めて猛っているのも自覚していた。何をしている。もっとコイツを切り刻め。切り刻んで血を啜れ、と邪竜が言っている。それを無視しようとしても、半ば理性と切り離されつつある身体がより深々とアーチャーに刃を突き立てようと力を込める。
対するアーチャーは自らの敗北を悟り、口元に薄い笑みを浮かべる。だが、このアーチャーはそれほど諦めが良くなければ、騎士めいた一騎打ちの精神を持ち合わせてもいなかった。急激に薄れていく意識の中、アーチャーは本堂の屋根から見える深山町の街並みへと目を遣る。
アーチャー自身の故郷でもある街の中で、この距離でもひときわ強い存在感を放つ黒い『嵐』。それは手にした斧剣を振るいながら、見境なく周囲の建物や雑魚たちに圧倒的な破壊を齎している。
身体が光の残滓となって消滅する寸前、アーチャーは最後に残った魔力の全てを動員して1本の矢を虚空に投影した。それをあらぬ方向に向けて飛ばしたのを最後に、アーチャーの姿が完全に消滅する。
「なんだ、今のは……いや、それよりも……」
茫洋とした視線のまま、遥はアーチャーの肉体を抉った愛刀を見遣る。これまでに死徒や悪魔、外道魔術師の血を吸ってきたこの神造兵装は、遂に英雄の血まで吸ってしまった。それは同時に、遥の手がどれだけ血で汚れたかを示している。
構わない、と呟きながら遥はその憂いを断ち切った。これからも生き続けるなら、遥は嫌が応にも強大な怪異と戦い、そして勝利する破目になるだろう。だからといって、それに目を背けて死んでしまうことはできない。「生きて」と願いを託されたのだから、それを叶えない訳にはいかない。
遥が忘我の内にいると、不意に足場が崩れて落下した。そうしてようやく忘我から復帰した遥に沖田が駆け寄ってくる。
「ハルさん! 大丈夫ですかっ!?」
「あぁ……大丈夫だよ。沖田こそ何ともないか?」
外傷はほとんどない。しかし表情が明らかに大丈夫と言える様子ではないのに虚勢を張る遥に対して、沖田は何かを言い募ろうとするがすぐに口を噤んだ。恐らく、何を問答したところで遥は大丈夫以外の答えを返さないことに気付いたのだ。
竜種と酷似したものに変容している遥の眼が、真紅に明滅している。どこかあのキャスターにも似た雰囲気を放つその真紅に、一瞬だけ沖田は魅入られる。魔眼のようではあるが、魅了の魔眼ではない。それは純粋に異様な明滅をする遥の眼に興味を引かれただけのことであった。
アーチャーには勝利した。後は立香たちと合流し、セイバーを打倒して聖杯を処理するだけだ。今にも湧き上がる破壊衝動のままに暴れ出しそうな身体を抑えながら遥は立ち上がり、宝具によって起動した召喚魔術を解こうとする。
だが、その直前にふたりは空気を震わせる微細な振動を聞きとがめる。それが次第に巨大になってくるというのは、それを発しているものがこの場に近づいているからか。その瞬間、遥はアーチャーの最期の攻撃の意図に気付いた。
あらぬ方向に向かって放たれた宝具。それの意図は――――最後に残ったシャドウサーヴァントへの攻撃。確かに理性を失ったあのクラスなら、見境なく攻撃された方向に走ってくるかも知れない。泥に汚染されているなら猶更だ。
「マスター……!」
「……アーチャーの野郎。戦いに負けて勝負には勝ったってか……!」
撤退も遥の脳裏によぎったが、彼はすぐにそれを却下した。ここで遥たちが大空洞の中に撤退すれば、ソレはそのまま直進して大空洞の中に入ってくるだろう。そうなれば立香たちまで巻き込まれてしまう。
瓦礫に埋もれた愛刀を掴む。準備を始めていた解呪術式を途中で破棄し、魔術回路を全力で駆動させる。戦闘準備を始めた遥を見て沖田は悲しそうな表情を浮かべるが、すぐに打ち消して思考を切り替えて冷徹な人斬りへと変貌する。
その頃にはもう既に嵐の足音は円蔵山の階段を登ってきていた。咆哮は大気をどよもし、気配ひとつでふたりの足を後退しそうにさせる。そうして―――
――――
立香たちの戦いはまた次回。