Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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幕間の章Ⅱ
第83話 transient/permanent


 人理継続保障機関フィニス・カルデア。現行人理にとって最後に残された希望とも言える施設の一角に位置する医務室の、更に奥。ある程度の疾病ならば科学と魔術の粋を集めたカルデアの技術で容易に治療できるが故に滅多に使われる事がない病室区画の中でも厳重に隔離された集中治療室(ICU)の計器に、光が灯っている。決まったリズムで響く電子音は、心拍を記録する心電図の音か。他にも霊薬を含む数種の薬剤が並べられたその中央に眠っているのは他でもない、〝人類最後のマスター達〟の片割れたる遥である。

 

 〝変異特異点γ〟、その発生原因であったファースト・レディ、もといビースト・ラーヴァを打倒し、遥らがカルデアに帰還してから3日に時が経つ。外見こそ持ち前の脅威的な生命力とロマニら医療スタッフの尽力により一切のダメージが回復しているように見えるが、彼が負ったダメージは外側よりもむしろ内側、及び目には見えない程小さい領域の方が深刻であった。

 

 その原因というのが、ビースト・ラーヴァとの戦闘中に遥が何度も浴びせられた聖杯の泥、それによる細胞汚染だ。彼はその身に宿す固有結界の性質故に聖杯の泥に対しては極めて高い耐性を有するが、それが齎す副産物についてはその限りではない。特に彼の再生能力の要とも言える細胞、ひいてはその機能に手を出されてしまえば、対処のしようがないのである。

 

 生体を構成する最小単位は細胞である。一応は細胞そのものも数種のオルガネラに分割できるが、タンパク質合成や解糖系等それぞれの機能が細胞という場で関与し合って生命を維持している以上、細胞が最小単位というのは間違いではなかろう。それは、たとえ半神である遥であろうとも変わりはない。いや、超常的な再生能力を持つ遥にとってその事実は余人よりも大きな意味を持つとも言えよう。

 

 時間を逆行させているかのようとも形容される遥の再生能力であるが、実際の所、再生時に彼の身体で起きている現象は全くの逆だ。起源に由来する世界からの修正力により、細胞が限界を超えて分裂しているのである。だが、細胞が汚染されてしまえばその再生能力も働かない。加えてその細胞汚染そのものも彼の身体に多大な負荷をかけており、医療スタッフの手により被汚染細胞が取り除かれた今でもその影響が残っている。

 

 他にも代謝不全や魔術回路の機能不全等、遥の身に起きた症状は全てを挙げようと思えばきりがない。体内に侵入した泥は固有結界の作用により消滅し被汚染細胞も摘出、それ以外の負傷もアイリの宝具〝白き聖杯よ、謳え(ソング・オブ・グレイル)〟によりその大半が回復されていながらICUから動かされていないのは、彼の身体よりも症状の特異性に依る所が大きいのである。尤も、理由が何であるにせよ未だ遥が意識を取り戻していないという事実に違いはないけれど。

 

 ――病室区画。そのICUと廊下を隔てるガラス窓の傍で、クシナダは何度目になるかも分からない溜息を吐いた。その恰好は霊衣である紅白の巫女服や普段着として用いている現代風のそれでゃなく、質素な入院着。更にはその入院着から露出した白い肌には、本来ならサーヴァントには必要がない筈の包帯や創傷被覆材が見受けられる。

 

 だがそんな自らの状態など眼中にないかのような様子で、クシナダはICUの中で眠る遥を見つめている。その表情に現れている思いは心配だけではなく後悔や自嘲、自罰と形容できる凡そ全てで、それが彼女の胸中で渦を巻いていた。

 

 あの日あの場所、その決戦の只中に、クシナダもいた。いや、いたなどという程度ではない。彼女は自らの宝具により遥と同化していたのだから。彼と同化・同調することによりそのステータスを限界以上に強化するというその性質は、間違いなくあの戦いに勝利するには必要不可欠なものであったと言えるだろう。いくら遥が半神で肉体の負担を無視すれば極短時間とはいえ上位サーヴァントに匹敵する程の戦闘力を発揮できるのだとしても、彼単独では決してビースト・ラーヴァには勝利し得なかった。

 

 けれど、どうしても考えてしまうのだ。もしも自分にもっと力があれば、より強大な相手とでも渡り合えるだけの強さと力があれば、遥はこれほどまでに傷つかずに済んだのではないか、と。

 

 それが叶わぬ思いであることは、クシナダ自身も理解している。彼女は自らで戦うための武具を持ってこそいるものの、その本質はあくまでも『魔術師(キャスター)』であり巫女。前線で戦うのではなく戦う者に対する支援こそが、彼女の本来の役目。故に彼女のステータスは人間の英霊にも劣る部分が大きい。

 

 それだけではなくビースト・ラーヴァと化したファースト・レディはビーストの権能として魔法少女やその素質を持つ者、及び魔法少女に掛ける願いがある者では絶対に傷を負わせることができないという概念を有していた。つまる所、女性ではレディに対し絶対にダメージを与えられないのである。その時点で、どれだけクシナダが強かろうとも遥が戦う以外に選択肢など発生し得ないのだ。

 

 この身が男であれば、とは思わない。もしも彼女が男神であったなら、まずこの場にいる事さえなかっただろう。だとしても、叶わぬ望みを抱き夢想してしまうというのは知性と感情のある者の性、仕方のない事である。

 

 彼女は彼女にしかできないことをしたのだ。全力で、他人任せにせず。それは彼女だけではなく遥やイリヤ、クロエも同じで、だからこそきっとこの結果は彼女らに実現できる最上で、それが尚の事口惜しい。今、遥が目を覚まさないという状況を前にしてただ見ている事しかできないという現実もまた同じだ。

 

 どれほどの間そうしていただろうか。時計もなく大した変化もない空間では時間の感覚も曖昧で、しかし唐突に変化が起きた。接近してくる足音。誘われるようにしてそちらを見れば、その先にいたのは遥と契約している『剣士(セイバー)』、沖田総司であった。

 

「沖田様……」

「クシナダさん……!! もう起きて大丈夫なんですか!?」

 

 クシナダの姿を認めるや否や驚き慌てた様子で彼女に駆け寄る沖田。それは何も知らぬ者が見れば聊か大袈裟に過ぎるようにも思えるが、しかし、クシナダを身に起きた事を考えれば当然の反応でもあった。

 

 そう、ビースト・ラーヴァとの戦闘中に聖杯の泥をその身に浴びてしまったのは、何も遥だけではない。戦闘中に彼と同化していたクシナダもまたその影響を受けてしまっているというのは、半ば自明の理であろう。いくら遥が必死にクシナダを泥から守ろうとしていたのだとしても、彼ひとりの力では限界がある。彼は悪性への耐性を有するが、それも絶対ではないのだ。

 

 結果としてクシナダは黒化こそしなかったものの遥と同じく泥に呑まれ、しかし呑み込まれて分解されることなく帰還した。この世界の者らは知る由もないが、これはとある世界における第四次聖杯戦争において召喚された『弓兵(アーチャー)』ギルガメッシュに起きた現象と極めて似通っている。であれば、その結果も近いものとなろう。その結果とはつまり――()()に他ならない。

 

 在り得ないはずの現象だ。いかなサーヴァント、霊格を大幅に減衰され聖杯程度で受肉できるようになった存在とはいえ、神霊の受肉は本来なら抑止力が働き即座に生命維持が不可能になる筈である。いくら人理焼却によってアラヤが殆ど機能していないのだとしても、ガイアは正常に動いているのだからその原則に変わりはない。例外があるとすれば、受肉以前にその神格が人間、或いはそれに近しい領域にまで零落していた場合か。

 

 それこそが、彼女が聖杯の泥から受けた影響。受肉というのは結局の所、泥に呑まれながらも帰還したサーヴァントに普遍的に起こる副産物でしかない。遥を犯せなかった泥が彼の細胞を汚染する方向に転換したように、クシナダに対してはその神性を削ぎ弱体化させる呪詛を与え、、そのまま受肉してしまった。ある意味で、人の想念によって容易に変質する神霊の特性と人の魂の集積体であったレディの泥という組み合わせだからこその奇跡的な現象とも言える。

 

 要はクシナダは泥の影響で人間に近い領域まで零落した状態で受肉してしまったのである。そのため権能などは当然使えず、確立した人理を不安定化させるなど夢のまた夢。故に抑止力に見逃されたという訳だ。サーヴァントであればすぐに治る程度の負傷が治りきっていないというのも、彼女が受肉した証左である。

 

「えぇ。見ての通り、まだ完全に治ってはいませんが……もう出歩くのは問題ないと、ドクターが仰っていました」

「そう、ですか……それなら良いのですが……」

 

 そうは言いながらも、沖田の様子はどこか釈然としていないようである。果たしてそれは、クシナダを心配しているからなのか、或いは別の要因によるものか。穿鑿する気は、クシナダにはない。態々問うような事ではないし、何より不躾になってしまう。

 

 それきり会話の絶えるふたり。その視線は共に遥に注がれていて、しかしその意識に在るのは遥の存在だけではない事に、クシナダは気づいていた。それを証明するかのように、時折沖田は遥から視線を外してクシナダを見ている。その視線に含まれている感情はひとつではないが、一言で言うならば〝苦手意識〟だろうか。尤も、その苦手意識の由来は沖田自身でも分かっていないように、クシナダには見えた。

 

 ――クシナダの見立ては正しい。確かに沖田はクシナダに対して苦手意識を持っていて、けれどその理由は彼女自身も気づいていない。クシナダから何かされた訳ではない。むしろ沖田から見たクシナダは誰にでも優しく、神霊――今はそのカテゴリにあるかは怪しいが――だからとて驕らず、しかし決して非人間的な完璧超人ではない、そんな好感を持つに値する精神性の持ち主である。故にその苦手意識は誰に非がある訳でもないのだ。

 

 だというのに、確かに沖田の胸の裡には彼女の知らない感情が蟠っている。それは平時は何処かに隠れるように霧散していて、それなのにふとした時に顔を出しては彼女の中でその存在を主張する。そのタイミングは例えば、そう、今この瞬間、クシナダが穏やかで、けれど確かな愛情と同時に深憂を宿す目を遥へ向けている時などか。

 

 分からない。もどかしい。英霊沖田総司の20と数年の人生においてそれは一度も覚えたことのない感情で、故に名前も知らないままに元からそこにあったかのように収まっている。

 

 いっそのこと今目の前にいる感情の矛先に問えば、この思いの名前を教えてくれるのだろうか。そんな思考が一瞬だけ脳裏を過って、沖田はすぐにそれを否定した。明確な言語化はできないけれど、それはしてはならないような気がしたのだ。代わりに出てきたのは、一見すると取り留めがないように思える問い。

 

「クシナダさんは……これから、どうするんですか? その、受肉したという事は……」

「……死んでしまえば、それで終わり」

 

 沖田の言葉を引き継ぐかのように、クシナダはそう口にする。死んでしまえばその時点で終わりというのは人間にとっては当然で、通常の聖杯戦争においてはサーヴァントにも共通して言える。だが、カルデアの場合、システムがサーヴァントの霊基をリアルタイムで記録しており、再召喚時はそれがバックアップとなって消滅時の霊基を再構築するため消滅したとしても契約者(マスター)がいる限り〝次〟がある。

 

 しかしだ。受肉した場合は話が別である。サーヴァントというのは生きているように見えてもその本質は霊体。霊基という仮初の命と身体で構成された稀人であるが、受肉すればその存在は本物の血肉でできたひとつの命となる。それ故バックアップである霊基グラフから切り離され、結果的に替えが効かなくなるのだ。

 

 それだけならばまだ良い。だが彼女はただ受肉しただけではなく泥の影響で神性を削がれた状態で受肉してしまった。元よりあまりステータスの高くない彼女であるが、今では以前程の力を出すこともできまい。

 

 戦えないというのではない。彼女の強さはそのステータスよりも魔術や呪術、巫術、更には宝具に依る所が大きい。戦い方によってはステータス的には格上の相手と戦う事もできよう。それでも、サーヴァントであるが故のアドバンテージを全て失ってしまったというのはあまりにも大きい。

 

「本心を言えば、私も共に戦いたい……けれど、今の私ではきっと足手纏いになってしまう」

「そんな事は……」

 

 ない、とは言えなかった。きっとここで言葉を詰まらせるのは対応として正しくないのだろうが、クシナダは何も都合の良い欺瞞を欲してはいないし、客観的に見て彼女の分析は間違いではない。サーヴァントや遥のように傷を負ってもすぐに回復する訳ではなく、かといって相手を常に圧倒し得るだけの安定した強さがある訳でもなく、宝具も被強化者である遥の問題で長時間使える訳でもない。足手纏いとまではいかなくとも、今のクシナダが戦場にいては不安要素になってしまうのは確かだ。それでも、それは彼女が戦えなくなってしまったという事を示すものではない。ただ、サーヴァントのように安定した運用ができなくなったというだけの話とも言える。

 

 そして、クシナダがサーヴァントとしての強みを失った代わりに得たものがひとつだけある。とても些細で、ありふれていて、けれどサーヴァントには決して得られないもの。それは、〝未来〟だ。

 

 英霊とは過去の亡霊であり、その命は仮初のもの。どれだけ絆を結ぼうと、どれだけ思い出が増えようとも、どれだけ思い慕おうと、人理修復が終われば退去するのが運命。それは承知の上で、それまで共に戦い続ける事だけが沖田の望みで、それ以上なんて要らなかった。その筈なのに。

 

 しかし、嗚呼、その望みというのも、なんとちっぽけなものか。眠る遥を見ながら、沖田はそう独り言ちる。嘗て彼女は遥に誓った筈だった。サーヴァントとして、仮初の命が続く限りこの身は遥の剣で在り続けると。それだけではない。第二特異点における連合ローマとの戦争、その最中に沖田は令呪を通して命じられたのだ。最期まで共に戦え、と。漠然とした命令であったため令呪としての機能が働いたのは行使されたその瞬間だけであったけれど、その命令は沖田の中でまだ生きている。

 

 それなのに変異特異点γにおけるファースト・レディとの戦いにおいて、沖田は何もできなかった。何もしていなかった訳ではない。彼女はカルデアに与するサーヴァントとして、遥が守らんとする人々を守るために全力で戦った。その事に間違いはなく、遥は沖田がそうあった事を責める男ではない。むしろ感謝を示し、労いもするだろう。だが彼女がそう在ったことに、誰より彼女自身が納得できていない。

 

 沖田は全力で戦って、けれど遥と共に戦うという命令は果たせなかった。遥が傷つき果て、このような有様になるまで、沖田は遥に対して何もできなかった。沖田が望んだように在れたのは沖田ではなくクシナダで、きっと、立場が逆であったなら沖田は何もできなかっただろう。ファースト・レディがどのような性質を有していたのか、沖田は既にクシナダから聞き及んでいる。もしもその戦いで遥と共に戦っていたのがクシナダではなく沖田であったら、遥とイリヤ、クロエは死んでいた。そうなれば、その先に待つのは人理の崩壊だ。故にこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 優れた剣士である彼女には、疑うまでもなくそれが分かる。けれど、納得はできない。できる筈がない。この身は遥の剣であると誓った筈なのに、満足にそれを果たせなかったなどと。彼女の望む通りに在ったのは彼女自身ではなく、他のサーヴァントであったなどと。

 

 そこまで思い至り、ようやく沖田は自身の感情の何たるかを自覚する。沖田の願うような在り方をできたのはクシナダで、そして、彼女には沖田にはない未来がある。要は、沖田はそんな彼女を羨ましく思っているのだ。それは羨望などというどこか前向きな響きを帯びたものではなく、むしろ〝嫉妬〟と言うべきものだ。

 

 そうして自覚すると共に沖田の胸中に去来したのはどうしようもない悪寒であった。クシナダは沖田にとっては主を同じくする仲間で、その人柄には好感を抱いていて、それなのにどうしようもなく嫉妬している。そんな、ある種の善意と悪意が混在する混沌とした感情を抱くのは初めてのことで、故にこそ戸惑うと共に恐怖している。

 

 瞬間、訳も分からず遥の事を見ていられなくなり沖田は視線を落とす。その先に在るのは不必要なまでに清潔にされていることを除けば何の変哲もないただの床だ。だが再び顔を上げることもできぬまま、沖田は内心だけで呟く。

 

(分からない……私はどうすればいいんですか、ハルさん……)

 

 けれどその問いに答える声はなく、少女の懊悩は晴れぬままであった。




 今回はいつもより短めですが……繫忙期の中時間を見つけて書いたので何卒ご容赦頂けると……
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