Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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第84話 determination/awakening

 変異特異点γにおいてファースト・レディとの決戦が行われた際に彼女の配下である魔法少女の軍勢(プリズマ・コーズ)の襲撃を受けたカルデアであるが、幸いと言うべきかその被害はそれほど甚大なものではなかった。流石に軍勢を塞き止めていた管制室近くの隔壁等防衛システムの破損は免れなかったものの、人命の損失は皆無であった。

 しかし、人命が失われなかったとはいえ何も人的被害がなかった訳ではない。数は少ないとはいえスタッフの中には負傷者も出ているし、何より前線でサーヴァントの指揮を執っていた立香の負担は相当なものだった。マシュの奮戦におり目立った外傷こそないものの、彼の負担は外よりも裡に掛かっていたのだ。

 お世辞にも立香の魔術師としての適性は高いとは言えない。精神性は勿論の事、魔術回路の本数も精々常人に毛が生えた程度で、魔術も生まれ持った魔眼以外は礼装の補助がなければ使えない。そんな彼が自らの契約サーヴァントである5騎の他途中からは遥からの魔力供給が途絶えてしまった――これは後に泥に呑まれた遥が経路(パス)を通してサーヴァントに泥が流れ込まないように行った事だと判明している――5騎の計10騎に魔力供給を行っていたのだから結果など目に見えていよう。戦闘終了後、彼は魔力切れのために意識を失い、そのまま丸一日ほど眠ってしまっていた。

 とはいえ、意識を取り戻してから数日もすれば疲労や魔力量は日常生活に支障が出ない程度には回復する。加えて体内に埋め込まれた〝全て遠き理想郷(アヴァロン)〟の効力もあって、立香の身体は回路の負担による肉体の変質を除き殆ど戦闘前の状態を取り戻していた。それこそ、多少夜更かしをしたとしても体調に影響が出ない程度には、彼の身体は万全であった。

 人理焼却とカルデアスの特殊磁場による影響で一種の特異点となったカルデアに、明確な昼夜の概念はない。故に職員らのタイムスケジュールは国際的な基準であるグリニッジ標準時に則っており、その時刻で言えば深夜になる頃。多くの職員が眠りに就き人気の無くなった廊下を独り、立香は歩いていた。

 常であれば彼自身眠っている筈の時間だ。しかし今日は遅くまで自主的に魔術の勉強をしていて、気づけばこんな時間になっていたのだ。時刻を考えればそのまま眠ってしまうべきだろうが、長時間に渡って頭を使っていたせいか小腹が空いていて、足は自然と食堂へ向いていた。流石にこの時間ではエミヤを初めとする食堂を担当している者達は自室に戻っているだろうが、ホットミルクくらいは作ることができるだろうという算段である。

 日中では無為に歩いていても誰かの気配がある廊下も、この時間帯では行き交う者は皆無に等しい。それこそ、この世界に自分以外誰もいないのではないかという錯覚すらも抱いてしまいそうな程には。だがその途中、丁度居住区格の端辺りまで来た所で、唐突に近くの自動ドアが開いた。そうして、中から出てきた人物と目が合う。

 

「……立香さん……」

「美遊? どうしたの? こんな時間に」

 

 美遊・エーデルフェルト。もとい、朔月美遊。遥が変異特異点で契約したことでカルデアに来たサーヴァントの1騎であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もうひとりの人間。カルデアに来るまでの経緯に立香は一切関与していないが、目覚めた後に少々言葉を交わした事があった。尤も、親しいかと問われれば彼も少々首を傾げてしまうが。

 自覚しているか否かは不明であるが、藤丸立香という男はいっそ天才的とすら言える程のコミュニケーション能力の持ち主である。それは長年に渡って無機質な応答しかできなかったマシュが心を開いたり人類という総体を嫌っている遥が友誼を感じているという事実が証明している。そしてその才能は何も人間関係の構築のみに発揮されるものではなく、洞察力に関しても彼は人並み以上のものがある。

 故に、解る。美遊はイリヤとクロエ以外、端的に言えばカルデアの面々に対して、意図的に距離を置いている。人見知りなどという事ではない。その態度の原因は引け目や負い目、更には少しの恐怖であろうと、立香は思っていた。

 

「えっと……その、偶々目が覚めてしまって、それから眠れなくて……」

「アハハ、あるよね、そういうコト。オレも覚えがあるから分かるよ。

 あぁ、オレ、これから食堂に行こうと思ってるんだけど、美遊も一緒にどう?」

 

 本当に美遊の事を思うなら、ここはベッドに戻り眠るように促すべきなのだろう。大人びているとはいえ、彼女はまだ11歳の子供だ。睡眠の重要性は立香のようなある程度成長した人間よりも重い。

 しかし美遊がこのような時刻に目覚めてしまった理由が彼女自身が言うような偶々などではない事に立香は気づいている。その場合、簡単にはもう一度寝付けないという事も。その原因を取り除くことまではできずとも、少しでも助けになりたいという思いもある。

 暫し逡巡した後、無言で頷く美遊。そうして彼女がセンサの関知範囲から離れドアが閉まる直前に部屋を一瞥してみれば、同室のイリヤとクロエ、更にはステッキらも眠っているようだった。

 ――立香の予想通り、食堂は無人であった。入口付近のスイッチを操作して照明を点け、美遊に先に座っているように勧めてから立香は厨房へ向かう。そこで冷蔵庫から材料を取り出し、手早く準備を済ませる。果物のジャムとホットミルクを混ぜただけのホットジャムミルクという簡単なものだが、すぐに眠るつもりならこの程度で済ませるのが吉であろう。それを盆に乗せ、片方を美遊に差し出す。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 少々戸惑いを覗かせる表情で礼を言う美遊。しかし立香は何も言わず微笑みだけを返すと、彼女の隣の席に座った。相手によっては馴れ馴れしく取られてしまいそうな行動だが、立香の纏う空気感には何処か、それを許してしまうような気安さがある。美遊の知る限りでは、それは何処かイリヤの気質にも近いように彼女には思えた。

 立香から渡されたホットミルクを一口啜る美遊。それ自体は何ら特殊な作用のないただの飲み物だが、不思議とその温かさは身体の中に染み入ってきてその奥底に巣食った〝薄ら寒さ〟とでも言うべき感覚を中和してくようにも美遊には感じられた。

 そう、こんな時間に美遊が起きてしまった原因は、ただの偶然などではない。悪夢。或いはヴィジョンとでも言うべきか。それがずっと彼女の脳裏で渦巻いていて、悪夢として現れてきたが故に目が覚めてしまった。それでもそのヴィジョンは美遊の脳裏に張り付いて離れなくて、思わず彼女は言葉を漏らした。

 

「立香さんは……」

「ん?」

「……立香さんは、わたしを恨んではいないんですか?」

「恨む? どうして?」

 

 そう返す立香の声音はあくまでも優しく、ともすれば美遊の問いの意味を解していないように聞こえなくもない。だが、そうではないのだ。彼は何故美遊がそう問うてきたのかを完全とまではいかずとも朧気に察していて、あえて口に出していない。その問いを先回りしてしまうのは、違うと思ったのだ。

 変異特異点γにてビースト・ラーヴァと化したファースト・レディの依り代にされていた美遊であるが、彼女はレディに乗っ取られている間に自分が、自分の身体が何をしたのかについて、全て記憶している。言葉にしてはいないが、それは間違いあるまい。故に美遊は今回の事件の原因の一端が〝自分がレディに乗っ取られた事〟にあると思っている。

 彼女が見てしまった悪夢というのも、その罪悪感に起因するものだ。ビースト・ラーヴァと化した自分(レディ)がイリヤを、クロエを、そして遥とクシナダを殺し、然る後に全てを滅ぼすという、起こらなかったif(もしも)。何もないままそんな夢を見れば何を莫迦な事をと嗤い飛ばせようが、彼女の記憶にはそれを現実のものとできてしまうだけの力を手にした自分が鮮明に残っている。

 それだけではない。美遊がカルデアに来てから何度か見かけた破損個所や職員の負傷も、レディによって送り込まれた残骸兵が原因だと彼女は知っている。故に、分からない。原因である自身に、何故こうも普通に接してくれるのかが。

 

「……恨んでなんていないよ。オレも、カルデアの皆も、多分、遥だって。美遊の事も、レディの事も、恨んでなんてない」

「遥さんも……?」

「うん。……まぁ、怒ってはいるかもだけど、(アイツ)は」

 

 何処か苦笑いにも見える笑みを浮かべ、立香は言う。だがその表情にあるのは嫌悪や諦念ではなく、遥に対する信頼であった。遥を理解し、信頼し、信用し、その上でなお少々呆れている。友誼故の確信が、そこにはあった。

 遥が怒っていると言っても、それは何も憎悪から来るものではない。憤怒とは憎しみだけが源泉ではないのだ。或いはそれは友との誓いを忘れ堕ち果てた少女への叱責であったり、或いは背負う必要のない罪を背負わんとする自罰的な少女への献身であったり。しかし、最も大きなものは己自身への無力感であろう。遥の怒りはきっと、全てを最良に導く事ができない彼自身に向けられていると、立香は思う。

 確かに遥は強い。最上位のサーヴァントには及ばずとも、その身に宿す力の程は人間の領域を逸脱していると言って良いだろう。それでも、彼は全能ではないのだ。彼は彼にできる範囲の事しかできなくて、故にこそ、その手からは様々なものが零れていく。きっと今回の事件についても、美遊らを元の世界に帰せなくなってしまった事をひどく悔やんでいるだろう。

 しかし、いや、だからこそ、遥はその手に残った物を否定はしないだろう。たとえ結果は最良ではなくとも〝朔月美遊という少女を助けた〟という事実とそうして助けた美遊を、彼は悪くは言うまい。否定してしまえば、それは己の道程に背を向けるのと同義であり、何より彼自身の信条を自分で否定する事になってしまう。立香はそこまで話し、ホットミルクを一口傾けた。

 

「たとえ君が、君の聖杯が遥を引き込んだ事が、オレ達(カルデア)がレディを関わりを持ってしまった発端なのだとしても、君は悪くない。だって、困っている人に手を差し伸べるのは、当然の事だろ? ……って、何もできてないオレが言うのは、違うかもだけど」

 

 そう言って笑みを見せる立香。それを前にして、美遊は思う。やはり似ている、と。他でもない、彼女の親友であるイリヤにだ。たとえどんなに強大な敵が待ち受けているのだとしても、そこに苦しんでいる人がいれば手を差し伸べるという、当たり前でありながら実行に移せる者はそういない善性。それを、美遊は立香の中に見た。

 彼だけではない。遥や、他のカルデア職員もそうだ。彼らはそれぞれ形は違えども善性を持っていて、故にこそ美遊は今、何事もなくこうして生きていられる。事件の発端である以前に聖杯である事を知られている美遊やイリヤが人間として在ることを許されてるのが、何よりも証左だ。もしもカルデアが悪意ある組織なら、とうに彼女らは実験動物(モルモット)にされていただろう。

 きっとこの先も美遊の仲には他者の悪意に呑まれ人を傷つけてしまった事への罪悪感が残り続けるだろう。だが、それでも此処にいて良いのだと、彼らは言うのだ。無関心ではなく、善意故の受容。それはいつかの義姉(ルヴィア)を思い起こさせて少し悲しくなったけれど、同時に安堵を美遊に抱かせた。

 思えば、美遊は恐れていたのかも知れない。人の悪意というものを。レディや彼女が蒐集した魔法少女らの記憶から嫌という程に人の悪意を見せつけられ、また同時に自らもまたレディと同様にそちらへ堕ち得るという事実を身を以て思い知ったが故に。己が、或いは悪意を向けられてしまうかも知れない立場であると理解しているが故に。彼女の心に巣食った悪夢は、そういった恐れや罪悪感の具現であったのだろう。

 しかし、カルデアの人々は美遊を悪意ではなく善意で迎え容れた。『オマエが乗っ取られなければカルデアは被害を受けずに済んだのに』と糾弾し得るだけの事を彼らはされたのに、誰一人としてそれを口にしなかった。それはきっと、カルデアの人々が悪意を善意で御することができる人間らしい善人であるからなのだろう。

 マグカップを傾け、ホットミルクを喉に流し込む。少し時間が経ってしまっているからだろうか、少々温くなってしまっていたけれど、その温かさは優しく身体の隅々まで染み入っていくような気がした。次いで美遊は何か言おうと口を開きかけて、しかし先に立香が美遊の頭を撫でた。遠慮がちで不慣れな、或いは誰かを真似ているかのような、おずおずとした仕草で。

 

「態々言うまでもないことかもだけど……美遊は此処にいていいんだ。君にとっては不本意で来てしまった世界かも知れない。でも、それでも……此処が君にとって、苦しまず、友達と笑い合えて、細やかでも幸せを感じられるような、そんな場所だったらいいなと、オレは思う」

「……っ」

 

 その言葉。或いは、それを口にする立香の優しい気持ちを湛えた目。それらを前にして美遊の脳裏に蘇ったのは、彼女が生まれた世界で出会った兄との最後の思い出――彼女が、その世界で最後に向けられた願いであった。

 朔月美遊という少女は聖杯である。故に今まで、彼女はその能力を求めた者達から何度も狙われてきた。エインズワースや子供姿のギルガメッシュ、そしてファースト・レディ。彼女は聖杯であるが故に、普通には生きられない。

 だが、()()()()、と。美遊がただの人間として幸せに生きて欲しいと、そう願ってくれる人達がいる。立香だけではない。遥や、未だ名の知らぬ人々まで。たとえ彼らの知る朔月美遊が本当の彼女ではなくその複製(コピー)でしかないのだとしても。それは、とても幸福な事ではないかと、美遊は思うのだ。

 

「ありがとう……ございます」

「うん。……ごめんね、馴れ馴れしかったかな」

「いいえ、そんな事はないです。むしろ……少し、安心しましたから」

「そっか。それなら、良かった」

 

 そう言って立香は笑い、彼につられるようにして美遊もまた笑みを零す。それはどこにでもあるような光景ではあるが、人理が崩壊へと向かっている今ではこの上なく尊い幸せであるのかも知れない。

 なればこそ、守らねばならない。生きるための戦いとは何も、ただ生命を守るだけの戦いではない。人の生の中に在る歓びや幸せ、或いは悲しみや絶望すらも共に守るのだ。自分ひとりでは不可能なのだとしても、皆で手を取り合えば、きっと為せる筈。

 それこそが自分がマスターとして、そして、ひとりの人間として為すべき事なのだと、改めて立香は決意した。

 


 

 ――長い、長い夢を見ていたような気がする。

 目覚めの感覚はまるで、湖底から浮き上がっていくかのように。遥はその起源のために長時間眠っていたとしても筋肉が衰えることはない筈なのに、身体が鉛になってしまったかと錯覚する程にひどく重い。知覚も朧気で、そのせいか前後の記憶さえもあやふやであった。

 しかし、それも永続するものではない。遥自身の主観では緩慢と、客観では数秒程度の時間をかけて、感覚が夢幻から現実のそれに摺り合わされていく。そうしてまず彼の知覚に届いたのは、規則的な電子音。僅かに瞼を上げ、隙間から入ってきた久方振りの光に、ひどく目が眩む。

 だがそれも一瞬のことで、すぐに正常な機能を取り戻した目が潔癖なまでに白い天井を捉える。見覚えのある、医務室の天井だ。その頃になってくると記憶もはっきりとしてきて、それに伴って湧いてきた様々な疑問が口を突き、しかし実際に漏れたのはひどく嗄れた声。

 

「ぅ……あ、ぁ……」

「っ!! ……目が覚めたのですね……! 良かった。今、ドクターを呼んできますから、あまり動かないでくださいね!」

 

 恐らくは丁度この時間がシフトになっていたのだろう、遥の覚醒に気付いた看護スタッフはそれだけを言って半ば駆け出すようにして病室から出て行く。それを見送ってから病室の中を見渡してみれば、心電図や点滴、それ以外にも医療に関しては一般人とさして知識量の変わらない遥では用途すらも想像できない大仰な医療機器があることに気づいた。ただの病室ではない。ドアの方を見遣れば、左右逆転した〝Intensive Care Unit〟の文字。

 集中治療室。それを認識すると同時、遥は己が負ったダメージの程をある程度察して自嘲的な笑みを浮かべた。傷を負わされたことを自嘲しているのではない。自らが負傷したことで仲間やスタッフに掛けてしまった迷惑を思い、自嘲したのだ。

 しかし、自嘲ばかりしていても仕方がない。遥はすぐに気持ちを切り替えると点滴の針が外れないように細心の注意を払いながら上体を起こした。そうして何度か声を出しているうちに少しずつ声帯が調子を取り戻してきて、次いで病室の外から足音が聞こえてくる。足取りからしてかなり慌てているようで、やがてその勢いのままドアが開かれた。

 

「ロマ、ン……」

「ッ……」

 

 未だ完全には元には戻っていない掠れた声で名を呼ばれ、遥の前に現れた人物――ロマニ・アーキマンが声を詰まらせる。それは目を覚ました遥のやつれた様子によるものか、或いは別の理由によるものか。遥には察する術も、そんな余裕もない。

 次いでロマニが浮かべた表情は泣き顔のような、或いは笑みのようでもあり何処か悲痛さを感じさせる、そんな様々な感情がない交ぜになったそれ。そうして暫く経って、ようやくロマニが口を開いた。

 

「……色々言いたい事も、言わなくちゃいけない事もある。でも、まずは……おかえり、遥くん」

「あ、ぁ……ただ、いま。ロマン」

 

 天文台の剣士は此処に、漸く真にカルデアへの帰還を果たした。

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