Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
「次の特異点攻略メンバーから私を外す……ですか?」
その声音に、落胆や失望はない。ただ業務連絡を復唱するかのような淡々とした気配、或いは元より分かっていたかのような妙な落ち着きがあって、しかし遥の表情は優れない。苦虫を噛み潰したかのような渋面が、そこにはあった。
サーヴァント『
ミコトは霊衣である巫女服ではなく桃色を基調とした私服を纏い、嫋やかな笑みを浮かべたまま遥のベッドに腰掛けて彼を見つめている。対して遥は平素の顕然とした物言いが嘘であるかのように何も言えず、故に先に言葉を紡いだのはミコトであった。
「えぇ。了解しました」
「……良いのか? 決定した俺が言うのも違うかも知れないが、おまえは……」
「勿論、良くはありません。……でも、私は今の自分の状態をよく知っています。それに、遥様のお考えも、理解していますから」
その返答に遥は何も言わず、しかし明らかに表情を曇らせる。いや、それは少々語弊があるだろうか。兎に角、ミコトは遥の考えている事が分かっていて、その全てに納得はできていないものの彼に了解に意を示しているのだろう。
夜桜命は神霊の分け御霊たる霊基の受肉体である。故に本来なら、元よりガイアの抑止力による後押しで召喚された事もあって同様の作用に絶命する筈であったのが、受肉の際に浴びた呪による零落と人の名による再定義・独立が重なり、遥と似た存在になる事で現世での命を得た。
だがその奇跡の重複とも形容できるような外法の代償として彼女のステータスは大幅に低下した。元が元であるだけに現代人などとは比べるまでもなく、恐らくは数値的には十分サーヴァント相手でも張り合えるのだろうが、それでも格段に弱体化している事実に違いはない。加えて零落からそう時間も経っておらず、その状態での戦闘にも習熟していないのだ。これまで通りの感覚で戦って一瞬でガス欠になり戦闘不能、という事も十分に考えられる。
得物使い同士の戦闘においては、得物の取り扱いに関する慣れは重要なファクターである。であればある種生命にとって最大の得物とも言える己が肉体への慣れが戦闘に影響しないなどと、どうして言えようか。冷酷な言い方をするならば、今のミコトでは足手纏いになってしまうのだ。
だが、それはあくまでも慣れの問題だ。故に遥らが特異点を攻略している間、ミコトは今の自分にできる戦闘スタイルを確立して欲しいと、そういう事なのだ。もしも前線に出られないようなら、オペレーターなどでも構わない。何であれ、自分にできる事を見つけて欲しい。それが、遥の考えであった。
しかし遥はその考えがミコトの身を案じるものであると同時に彼女の思いを踏み躙るものであると理解している。彼女は遥の傍にいたいと、傍で力になりたいと言ってくれたのに、遥はそんな彼女を一時的であれ突き放そうとしている。その事実が、遥の心底で澱のように堆積している。黒々としたそれに表情を歪める遥に、しかしミコトは笑う。
「良いのです。貴方の考えは正しい。だからって私の思いが間違いだとも思いませんけどね、ふふ。
……えぇ。私も、自ら命を投げ出すような真似をして貴方の傍にいられなくなるのは嫌ですから。だから、その代わり」
言葉を区切る。半ば不自然にも思えるそれに遥は下方へと向けていた視線をミコトへと移そうとして、瞬間、手を握られる。予想だにしていなかったその行動に遥は面食らって、しかし振り払わない。振り払えるものか。ミコトは遥にとって大切な仲間、或いはそれ以上の存在で、そんな相手を万にひとつでも傷つけてしまうかも知れない行動などするものか。
繋がる手から伝わる温もり。それは今までも何度か経験している筈で、なのに遥はいつまでも慣れる気配を見せない。最早
残り数か月で成人を迎える青年とは思えない、まるで幼子のように初心な反応だ。だがそれさえも愛おしむかのように、ミコトは微笑む。そして告げた言葉は祈りであり、かつ呪いであった。いつかの決戦にて告げたそれのように。
「必ず、生きて帰ってきて下さいね」
潮騒、である。レイシフトが完了し再構築された身体に五感が復帰し、正常な感覚を取り戻した立香が初めに認識したのはそれであった。目蓋を上げれば視界に飛び込んできたのはやはりと言うべきか、見渡す限りの大海原。少なくとも彼がいる位置から近い範囲の空は青く澄み渡り、遠くには島がいくつか見える。
だがそちらとは別方向に視線を遣れば嵐らしきぶ厚い雲も見え、大海の神秘を物語っている。そのせいだろうか、礼装に記録された強化魔術で増強された視界に映る限りの海は異様に波が激しく、素人では出航すらままなるまい。下手に船を出せば転覆は間違いない。
そして、直上。太陽を囲むように、巨大な光輪が浮いている。フランスとローマ、これまでカルデアが訪れた特異点にも存在した、人理焼却に関わると思しき謎の──レオナルドは何らかの魔術式、或いはその行使に使う魔力の塊だと推測していたのを立香は覚えている──脅威。その存在に立香が顔を顰め、しかしその直後、彼は隣でマシュが呆けた表情で海を見つめ続けている事に気付いた。
「マシュ?」
「……はっ! すみません、
「ううん、いいんだ。ただ、物珍しそうに海を見てたから、どうしたのかなって」
純粋な疑問のみを含んだ、立香の優しい声音。だがマシュは幾許か答えに窮したように口籠った後、再び海に視線を遣りながら彼の問いに答える。
「その、私、本物の海を見るのが初めてで。目を奪われていました。これが感動……というものなのでしょうか?」
平素よりも僅かに上機嫌な気配を纏ったマシュの答えに、はっとする立香。或いは先の自分の問いは、あまりにも配慮に欠けていただろうか、と。それが何故かまでは知らされていないものの、マシュはカルデアで生まれてから人理修復が始まるまで施設の外に出た事がなかったという事は、彼も聞き及んでいる。
海ならばローマにもあったが船での行軍を担当したのは遥らで、立香らは陸路であった。冬木は臨海都市だとも聞くが特異点Fでは見に行くような発想もなく、変異特異点αも遥たちがレイシフトしていたのだから、マシュにとってはこれが初めての海との対面なのだ。
考えてみればすぐに分かった事だ。それなのに即座に問うてしまった己を、立香は恥じる。同時に、いつかマシュにまだ彼女が見た事のない景色を見せてやりたいと、共に見たいとも思う。それができたなら、どれだけ幸福だろうか。
だが、それを口に出す事はない。明日をも知れぬ命である彼らにとって、無責任な希望は時に毒とも成り得る。故に密かに内心で決意だけをして、立香は自らの契約サーヴァントらへと向き直った。クー・フーリンにアルトリア、ジャンヌ、アル。マシュを含め、計5名。欠員なし。
「周囲に遥たちの気配は?」
「ないな。どうやらかなり離れた座標に出たようだ。尤も、今更珍しい事でもないが」
代表して答えたのはアルトリアだ。非戦闘時であるためか甲冑を除装したドレス姿の彼女は一度気配を探るように瞑目し、冷笑を飛ばす。視線だけでアルに問うても反応は同じだ。ブリテンの紅き竜の系譜、擬人化された竜種とでも言うべき彼女らだ、その魔力知覚は並外れて鋭く、それが捉えられないというのだから真実なのだろう。
だがアルトリアの言う通り、これは特段珍しい事でもない。冬木、オルレアンでも同様であったし、オガワハイムでは完全に単独での特異点攻略も達成している。合流するに超した事はないのは事実だが、一時的な自らの班のみでの作戦行動に、立香は然程抵抗がなかった。
とはいえ敵の規模はおろか実態すら分かっていない以上、早急に合流すべきである事は間違いない。暫くはこの特異点を攻略するための情報収集と並行して合流も念頭に置いた作戦行動が求められるだろう。
現状整理。立香らが出現したのは特異点内に存在する島の海岸であり、β班に欠員はなし。しかし遥らα班は少なくともアルトリアとアルの魔力知覚が及ぶ範囲にはいないと思われる。故に最優先事項である情報収集と並びα班との合流も考えて行動しなければならない。加えて。
「足も必要だね。この島に人がいるか否かに関係なく、海を渡れなきゃマトモに行動できない。アルトリアとアルなら加護があるから自由に移動できるけど……」
「特異点の情報が少なすぎる以上、得策とは言えませんね」
途中から言葉を引き継いだアルに、立香が頷く。確かに情報を集めたり遥らの居場所を探すならばアルトリアらを別行動にしつつ海を渡れない立香らが何らかの移動手段を確保するというのが最も手っ取り早いのだろうが、その場合、当然それぞれの戦力が低下する。立香と離れる事になるふたりはその距離に応じて魔力供給効率が低下し、その分ステータスが減少するだろう。連絡自体は念話があるため問題にはならないが、敵性体の情報が全くない状況で手薄にするのは多大なリスクである。
リスクのない作戦などないとは分かっている。目的達成と敵襲、どちらもあくまでも仮定の話で、どちらが先に起きるか分からない、とも。だが、あまりにもリスクが不確定であり、ともすれば想定外に多大である可能性を考えると、今、戦力を分断するのは悪手でしかない。
臆病風に吹かれている。己の思考を客観的に分析し、立香はそう自省する。アルとアルトリアは強力なサーヴァントである。それぞれが最強クラスと言うに相応しい力量を備えており、先の作戦を執った場合立香と共に残る事になる3人も同様だ。特にクー・フーリンなど、アルトリアらを同時に相手取っても後れを取らないどころか圧倒するに十分なステータスだ。彼らならば、凡そどんなサーヴァント相手だろうと打倒するに不足ないだろう。
だが、もしも。もしもである。この特異点にもサーヴァントなどという規格では測れない程の存在がいたら? ビーストとまではいかずとも、レフのように魔神を自称する黒幕の手先がいる可能性は十分に考えられる。それがサーヴァント1騎程度ではとても太刀打ちできないとは、ローマにて嫌という程理解させられている。だが、まだいるとは確定していないのだ。そんな相手を想定して勝手に及び腰になっているのだから、それは臆病と評価しても仕方あるまい。
しかし、これで良い。深呼吸し、立香は自嘲の虫を追い出す。彼は指揮官だ。そして指揮官の役目とはただでさえ少ない戦力を希望的観測のみを重ねた妄想に依拠する作戦で浪費する事ではなく、今ある手札を組み合わせてより効率よく堅実に全員生存できるような作戦の立案である。であれば、多少慎重なくらいで丁度良い。
作戦は慎重に。しかし心までは慎重すぎないように。そう己に言い聞かせ、立香が己の頬を両手で挟むように叩く。それと殆ど同時に、ランサーが弾かれるように森の方に視線を移した。その瞳に宿るのは、警戒である。
「どうしたの、ランサー?」
「気を付けろ、マスター。サーヴァントではねぇようだが、何人かコッチに来てるぜ」
野生の勘か、或いは戦士の直感か。ランサーが言い終えるより早くサーヴァントらは同様にその存在に気付いたようで、武装を整える。彼らに応えるようにマシュの盾の裏で立香は魔術回路を励起させ、臨戦態勢へと移行する。
──刹那、銃声。或いは先制攻撃であるかのようなそれは、しかし極めて雑であった。神秘を内容しない通常兵器であるが故にサーヴァントには通用せず立香にとっては致命とも成り得る弾丸が、かすりもせず彼方へと飛び、勢いを失って波に呑まれる。だが相手が友好的でないと──見るからに異様な一団に初見から友好的であれと願う方が虚しい試みだろうが──分かった以上警戒を強めるのは十分で、直後、銃撃者らしき姿が茂みからその姿を現した。
かなり日焼けした浅黒い肌には目に見えて多くの傷が刻まれており、中には目を負傷しているのだろう、眼帯をしている者もいる。その目に宿るのは立香らに匹敵する程の警戒と、幾らかの恐怖だろうか。
「……テメェら、随分と妙な格好だが……
「何?」
「奴らの仲間かって訊いてんだッ!!」
奴ら。生憎と立香には誰の事か皆目見当もつかないが、少なくとも遥らの事ではないとは確信できる。もしも遥らであったのなら、男ら、海賊を無用に追い詰めるような真似はするまい。容赦なく鏖殺するか、或いは取引で友好的な関係を構築しようとするか、どちらかだ。
だがこちらに敵対意思がないのだと言った所で海賊らが聞き入れないだろうというのも、立香は理解している。興奮状態の犯罪者に警察が何を言っても説得できないのと同じだ。話を聞いて欲しいのなら、力づくでもばを整える他ない。
しかし不用意に武力行使に出るというのは相手からの無用な反発を招く恐れがある。とはいえ相手が攻撃を仕掛けてくるのに防御しない訳にもいくまい。立香は思考を巡らせて、しかしその間にも状況は進む。ランサーの問いかけは、それを立香に再認させるかのように。
「奴さんら、多分仕掛けてくるな。どうする、マスター?」
「……無力化させられないかな? 上手くいけば、情報が聞き出せるかも知れない。それに……」
「殺すのは嫌、か? 難しい
小声でそう言い、ランサーは笑む。言わずとも分かっていた、といった気配だ。それはマシュを初めとした他の仲間の同様で、こんな状況だというのに立香もまた笑みを返す。
殺す覚悟、殺させる覚悟は、既にできている。そうだとしても、殺し殺されなどない方が良いのだ。理想論だとは立香も分かっている。それでも、理想通りに事が片付くなら、それ以上はない。そんな思いを仲間たちが汲んでくれている。それが、立香にはひどく幸せな事だと思えるのだ。
だが真に理想と言うならば、まず戦わず言葉で解決するのが最上だ。故に立香は一度唾液を呑み下し、できる限り刺激しないように、或いは諦念を前提に海賊らの意思を確認するように、答えを返す。
「……貴方達の言う『奴ら』が誰かは分かりません。そして、オレ達には貴方達と敵対する意思も、理由もない」
「ハッ、信じられるか! そもそも、敵対するつもりがなくとも
「応!!」
恐らくは襲撃者らのリーダーと思われる赤いバンダナの男が号令を下すや、他の海賊らが一斉に腰に帯びた
それを彼らが知っているか否かは、立香には分からない。だが、よしんば知っていたとしても彼らは同じ行動に出ただろう。そう確信できるだけの気迫が、彼らにはあった。それに応えるように、マシュらも得物を構える。
迸る海賊らの鬨の声。それを合図として、第三特異点最初の戦いが始まるのであった。
飛来する弾丸の軌道を見切り、刀剣で斬り裂く。言葉にするのは簡単だが、実際に行うのは半ば不可能に近い。たとえば遥の持つ
更にもしも弾丸を切断できたとしても、その後の問題がある。人理が確立し物理法則に縛られた世界には、必ず慣性というものが適用される。それは存在そのものが神秘の塊とも言えるサーヴァントの武装であっても変わらない。それが神秘の薄い近代の英霊であれば尚の事。であれば必定の結果として切断されて別れた弾丸は元の運動エネルギーを幾らか保持したまま軌道を歪められて飛んでいくだろう。これは跳弾にも言える事だが、外的な力を加えられた後の弾道は予測が殆ど不可能である。不確定要素が多過ぎるためだ。折角元の弾道は予測し対応できたのに余計な手出しをしてしまったがために本来なら負わずに済んだ筈の傷を負う羽目になるという事も、ない話ではないのだ。
よって最も堅実かつ確実に銃撃を往なす方法は回避なのであろうが、この場合にも問題がある。銃撃手と標的が1対1であったならこの限りではないのだが、集団戦においては回避はできたものの相手はそれを織り込み済みで後方にいる味方を狙っていた、などという事も在り得る。
それこそ殆ど不可能な芸当だ、と只人は思うだろう。遥もできればそう考えたいと思う。だがそんな希望とは裏腹に、彼は今、己が相対している敵手がともすればそれだけの事をやってのけるだけの能力を備えているという確信を抱いていた。
「ホラホラ、どうしたんでござるかぁ? 威勢よく挑んできた割に大したことないでちゅねぇ、デュフフ!!」
遥を煽るような表情と声音でそう言うのは身の丈2メートルを超える髭面の偉丈夫──黒髭こと『
──事の始まりは数十分前。第三特異点へのレイシフトが決行され問題なく特異点に赴くことができた遥らα班だが、出現先が海に浮かぶエドワードの船であったのだ。それ故に即座の戦闘は避け得ないものであったのだが、その前に遥が提案したのだ。取引をしないか、と。
相手が商人ならざる海賊である以上、遥の判断は愚断とも言えよう。しかし彼はマスターとしてサーヴァントのステータス透視能力を持つが故に見抜いたのだ。エドワードを含め彼の仲間であるサーヴァントが
故にエドワードらがこの特異点で十全に活動を維持するための要石、或いは補給元として、遥はマスターたる己の存在自体がひとつの交渉材料として使えると踏んだのだが、悲しいかな相手は海賊。自らの欲望のままに行動し混沌を愉しむ自由の徒である。遥の思う尋常な利害が通用する筈もなく、エドワードの答えは是ではなく、而して否でもないものであった。曰く、取引をしたいのなら自分らを圧倒してみせよ。
天叢雲剣を構え直す。背後では沖田とオルタ、タマモが2人で1騎の女性海賊サーヴァントと、エミヤと
「というかぁ、サーヴァントを使わずマスター当人が戦うとか、拙者もナメられたものでござるねぇ」
「ナメる? 悪い冗談だ。これが最適だよ。適材適所ってヤツ、だッ!!」
裂帛の如き気合。瞬間、床材が音を立てて捲れ上がり、遥の姿がエドワードの視界から消失する。だが、魔力の気配はない。故に遥は何らかの魔術ではなく純粋な速度のみで英霊の認識限界を超越したのだと、エドワードはすぐに気づいた。
それ故に次に続くのは配下を用いた同時射撃。軌道が見えぬがための面制圧。しかし、遥にとっては既にそれも一度見た攻勢だ。詠唱を省略した固有時制御により引き延ばされた認識時間の中で軌道を見切り、刀身に煉獄の焔を宿らせる。
そして、一閃。紅い剣閃が銀の星を捉え、その悉くを呑み込む。切断は無謀。回避は愚策。故に遥が選んだのは、謂わば摂食だ。魔力を浄化・吸収する煉獄を以て弾丸を形作る魔力そのものを無力化してしまうのだ。英霊本体相手ならそうはいかないが、既に解き放たれ本体から切り離されたものならばそれも容易である。返す一刀で亡霊らを消滅せしめる。
不可解なまでに早い判断だ。いくら遥が優れた剣者であろうと。だが、それもその筈だ。遥は既に変異特異点γにて二度、エドワードと交戦している。そのため、エドワードの戦闘理論をある程度把握しているのである。
再度の踏み込み。続けて遥は叢雲を逆袈裟に斬り上げ、しかしその一撃はエドワードの曲刀により受け止められた。そのまま鍔迫り合いに移行するふたり。遥もかなり身長が高い方だがエドワードには敵わず、半ば上から抑えつけられる形になる。
「なるほどなるほど、確かに適材適所でござるなぁ。……テメェ、どっかでオレと会っただろ?」
「さぁ、どうだかな……!」
見抜かれている。そう確信し、遥が内心だけで舌打ちを漏らした。元はと言えば彼が余計な事を言ったのも原因であるのだが、有利を失って惜しまぬ程遥は純粋ではない。尤も、いつまでも先の有利を維持できるとも思ってはいなかったのだが。
極めて粗暴なイメージのある海賊だが、エドワードの本質はその暴力性ではなく彼の優れた頭脳にあるのだと交戦経験のある遥は知っている。ステレオタイプのオタクめいた振る舞いも──半ば以上彼自身の趣味もあろうが──相手を欺くための道化であって、本性は正反対の切れ者だ。遥が何も言わずとも、彼ならすぐに遥が彼を見知っていると気づいただろう。
だが、それでも遥の持つアドバンテージが完全に消えた訳ではない。加えて、遥自身も魔法紳士としてのエドワードと交戦した時よりも成長しているのだ。よしんば殆ど初見の攻撃、或いは戦術を用いられたとしても簡単に後れを取るつもりは、彼にはない。
体格差を利用した動作の制限。それを脱却すべく遥が軌道させたのは手首に組み込まれた拳撃加速用のバーニアである。瞬間的に出力が上昇した駆動部が唸りをあげ、カトラスを押し戻す。そうして生まれた間隙に遥は動こうとして、しかし黒髭はまるで分かっていたかのように先んじる。
エドワードが曲刀を傾け、流された神刀の刃が空を斬る。その隙を縫うようにエドワードはその巨躯を器用に屈め、拳を握った。顎下からの掬い上げるような拳撃。だがそれが炸裂する直前、遥が口を開いた。
「
──
刹那、遥の隙を突いて拳撃を喰らわせる筈だったエドワードの身体が横合いに吹っ飛ぶ。その勢いを殺そうとエドワードは床の継ぎ目に鉤爪を突き込むなどするが、完全に殺しきれずにそのまま壁に叩きつけられ、船室の外壁に罅が奔った。
まるで空間跳躍の魔術を行使したかの如き不可解な挙動。だが、遥にそれができるような力はない。彼はただ、一時的にオルテナウスと神核の同調上限を解放し、瞬間的に引き上げられたステータスと固有時制御、極地の合一により神速に至り、その運動エネルギーをそのまま拳に乗せて叩き込んだのである。その威力たるや、砲弾と比較しても劣るまい。
手応えはあった。いかなサーヴァントであろうと、頭蓋が砕けていてもおかしくはあるまい。ただでさえ、遥らと遭遇する前からエドワードは消耗していたのだから。だが、しかし。
「っ……やっぱ、このくらいじゃ倒れねぇか……」
「デュフフフ……あたり前田のクラッカー! 何のこれしきでござる!!」
頭から大量の血を流しつつ肉食獣が如き眼光を瞳に宿らせた巨漢が、口だけで道化を演じている。文字にすれば中々に珍妙な絵面にも思えるが、相対する遥は苦笑いするしかない。無論、呆れなどではない。頭蓋を半ば砕かれ致命半歩前といった有様でありながら未だ衰えぬその威圧、凄まじい執念。それに対する、畏怖にも似た感嘆であった。
だが、だからとて遥も負ける訳にはいかないのだ。黒髭らを圧倒し、取引の席に着かせる。そう宣言した以上、遥は退けない。英霊を統べるマスターとして。そして、己の剣に誇りを掛けるひとりの剣者として、プライドが遥に後退を許さない。
叢雲を構え直し、同時に遥の剣圧が増す。その高まりに呼応するかのように活性化した固有結界が焔を噴き出し、それを感知したオルテナウスが排熱機構を駆動させる。装甲内部を駆け巡るは激流。展開した関節部から漏れ出す焔は気炎の如く。或いは視線のみで敵対者を斬り刻んでしまうかのような気配を漂わせるその姿は、剣聖というよりもむしろ剣鬼という表現が正しかろう。
それを前にして、エドワードは悟る。今、彼の眼前に立つ剣者は間違いなく彼に対して戦意と同時に敬意を抱いている。いや、彼に対してだけではない。剣者は英霊という存在全てに敬意を抱いていて、その上でひとりの人間として相対している。時に乗り越えるべき目標として。愛すべき仲間として。或いは殲滅すべき敵として。敬っているにも関わらず攻撃に一切の躊躇がないのはそのためだ。捻じ伏せてみろと言われたのだから、全力を以て捻じ伏せる。たとえ、相手が既に手負いであったのだとしても。
櫻華零式・改から放出された焔が叢雲の刀身へと収束。高圧の魔力により束ね上げられ、黄金が朱へと変わる。すると徐に遥は神刀を鞘に納め、腰を低く落とした。それが何を意味するか西洋人であるエドワードは知らず、しかし研ぎ澄まされた直感が危機を察知して反射的に髭に括りつけられた爆竹を放り投げた。
爆音。そして閃光。英霊たるエドワードが渾身の魔力を込めた爆竹は船の一角を消し飛ばすかの如く内部に秘めた神秘と魔力を解き放ち──しかし、それは一切の被害を齎すことなく唐突に消失した。
斬られた。エドワードが確信する。爆発そのものを、ではない。そもそも爆発自体はただの爆燃、急激な酸化反応でしかなく、斬り裂けるものではない。故に、斬られたのは
それを目の当たりにして、エドワードが見せたのは笑みであった。面白ぇ、と。歪んだ人理を正す救世の徒、己ではなく全体のために奉仕する連中が何だと思っていたが、この男は存外悪くない。もしも無欲であったのなら、男がこれほどの武練に到達するのは不可能であっただろう。であれば、この男は強欲だ。ともすれば海賊に比肩する程に。その思いのまま、彼はあえて次に来る衝撃を受け入れた。
吹き飛ばされる身体。叩きつけられ、総身に衝撃が奔る。だがエドワードは怯まずカトラスを揮い、剣者と海賊は、互いの喉元へと得物を突きつけ合う。戦場を一瞥してみれば、既にそこは遥のサーヴァントらによって制圧されつつあった。
「ハッ……
「……本当か?」
「海賊に二言があるとお思いか、マスター氏?」
その言葉と共にエドワードが手を差し伸べ、遥がそれを取る。瞬間、ふたりの間に契約のパスが結ばれ、遥から持ち出される魔力量が増加した。
試されていたのだろうか。遥は思う。それにしてはエドワードの眼光は明らかに相手を殺そうとしている者のそれであったが、それは遥が自身の実力を過信している愚者であったら本当に殺害してしまうつもりであったからなのか。考えても答えは出るまい。それを知っているのはエドワードのみであるのだから。何であれ遥がエドワードの眼鏡にかなったのは事実であり、彼はその顔に不敵な笑みを覗かせた。
「分かったよ。……よろしく、船長さん」