Fate/Everlasting Shine 作:かってぃー
異様な密度の魔力に満たされた大空洞に金属同士が打ち合わされる音が鳴る。それはセイバーが振るう聖剣をマシュの大盾が受け止めている音であった。いや、それは受け止めているというにはあまり弱々しいものであった。
戦闘が始まって数十分。戦闘は完全な膠着状態の様相を呈していた。セイバーの攻撃は全てマシュが防ぎながら、キャスターの放った魔力弾や火炎弾はその悉くを聖剣によって霧散せしめられる。
セイバーの聖剣がマシュの盾を叩く度に膨大な魔力が疾風となって吹き荒れ、衝撃を相殺しきれなかったマシュがたたらを踏む。それはセイバーにとっては追撃にとって絶好の機会であろうに、セイバーはそれをしてこない。
要は、セイバーは未だに本気を出していなかった。まるでマシュを試すかのように手を抜いて攻撃し、しかしキャスターからの攻撃には注意を払って全て防御している。サーヴァントふたりを相手取って、このセイバーは手を抜いてでも拮抗できるほどの強さを誇っていた。
「どうした? 盾に隠れているだけでは私は斃せんぞ!」
そう言うと、セイバーは魔力放出を乗せた斬撃をマシュへと放った。マシュはそれをなおも盾で防御するが、体勢を崩されて返す聖剣の一刀で盾を弾かれる。このままでは斬られると判断したキャスターが『
それはセイバーが有する高い対魔力による防御か、或いは魔力放出による防壁を身体の周りに張っているのか。どちらにせよ、魔術を主として戦うキャスターにとっては不利極まる。
純粋な魔力による砲撃を行えば対魔力の壁に阻まれ、火炎弾を放てば魔力放出の応用によって展開された黒い霧状の魔力壁に掻き消される。接近して戦おうにも、ランサーとして召喚されたならともかくキャスターでは杖ごと聖剣に叩き切られて終わりだろう。
自らの攻撃が一切通じないことに苛立ったのか、キャスターが舌打ちを漏らす。せめて宝具さえ使えれば斃せるのだが……、と歯噛みするもセイバーにダメージがないうちに真名解放したところで反撃されるのがオチだ。
それをさらに後ろから見ながら、立香は全力で思考回路を駆動させていた。その背後ではパニックに陥って泣き始めたオルガマリーが座り込んでいる。一般人であった筈の立香が未だ諦めず、魔術師であるオルガマリーが諦めているのはある種逆転現象のようであった。
サーヴァント同士の戦いという超常の戦闘の只中にあって自分にできることを探しているというのは、まさに立香のマスターとしての才能を示すものであったが、そんなものは指示が出せなければ無意味なものであった。
大聖杯の付近であるためか、カルデアとの通信はほとんど繋がらない。時折通信が繋がったことを示す音声が通信機から鳴るが、聞こえてくるのはノイズばかりだ。つまりロマニからの助言は望めない。オルガマリーは言わずもがなだ。
立香が活路を模索している間にも、マシュとセイバーの戦闘は続いている。
「つまらん。つまらんな、盾の娘! そんなことではその宝具が泣くぞ‼」
「ぐう……ぅぅっ!」
一撃を加えるごとにセイバーの攻撃は威力を増し、呵責なくマシュを攻め立てる。聖剣から噴き出す魔力はまさに魔竜の咆哮が如く。可視化されるほど濃密な黒い魔力がセイバーの総身から迸っている。
魔竜の咆哮、とはこのセイバーにとっては比喩ではない。生前より王としての資質を持たされていた彼女は竜の因子を持って生まれ、それ故に心臓は竜種のそれと同一のものであった。その心臓で生成される魔力は神代真っ盛りの英雄と比しても何ら劣るものではない。
セイバーが強く一歩を踏み込み、刀身ではなく聖剣の柄をマシュの盾に叩き付ける。初めからマシュの体勢を崩すために放たれた一撃は目論見通りにマシュを後退させ、セイバーはさらに追撃を仕掛けようと地を蹴る。
セイバーが纏う魔力の霧が主の指令に応じて聖剣の刀身に収束し、巨大な闇の剣を形作る。セイバーは大剣と化した聖剣を大上段に振り上げると、渾身の力を以てマシュへと振り下ろした。それには高い防御力を誇るマシュも耐えきれなかったようで、大きく吹き飛ばされて岩壁に背中を強かに打ち付ける。
衝撃で内臓が傷つき、マシュの口から血反吐が漏れる。
「マシュッ!?」
「嬢ちゃん!!」
マシュが吹き飛ばされたことで反射的に振り返る立香とキャスター。刹那の間のその隙を、セイバーは見逃さなかった。
「次は貴様だ、キャスター」
冷徹極まる声でそう宣告し、セイバーが聖剣を振るう。キャスターは咄嗟に杖を横向きに構えて防御するも、相殺しきれずに数歩後退る。筋力も耐久力も数値ではマシュを下回るというのに受け止めてみせたのは、さすがの大英雄と言ったところか。
しかし、セイバーもまた英雄としての格は相当に高い大英雄だ。加えて、セイバーという近接戦闘を得手とするクラスでの召喚。真っ向からぶつかり有れば、どちらが有利かなどは言うまでもない。
聖剣の柄から離れたセイバーの左手に魔力霧が収束する。そのまま左手を突き出すと、濃密な魔力で構成された闇が高圧で噴き出した。キャスターは直感的にその攻撃を察知して首を僅かに傾けて回避するが、セイバーの攻撃はそれでは終わらない。
手からの攻撃に注意を向けていたキャスターがセイバーの足払いに気付かずに姿勢を崩された。キャスターが防御を崩されたその瞬間に、セイバーは身長差も相まって容易にキャスターの懐へと潜り込んで体当たりを仕掛ける。
「がっ……!」
腹部への強い衝撃にキャスターが表情を歪める。セイバーはそのままキャスターが吹っ飛ぶことも許さず、ローブを掴んでそのまま背負い投げのような形で放り投げた。
空中へと投げ出されたキャスター。しかし、彼もまた百戦錬磨の大英雄である。いかなキャスターという極めて戦闘向きでない
キャスターは空中で体勢を立て直すと、着地と同時にセイバーに向き直る。セイバーはなおもキャスターへと追撃を仕掛けようと聖剣を構えるが、その直前に直感的に後ろを振り返った。
果たして、そこにいたのはマシュであった。マシュはセイバーの注意がキャスターへと向いたタイミングで一か八かと盾を構えて
「……フン」
つまらなそうにセイバーが鼻を鳴らす。そしてセイバーは突進してくるマシュに左手を突き出すと、片手の一本でマシュの突進を受け止めてしまった。いくらマシュが全力を出そうと、マシュの筋力値はC。対してセイバーはAである。突進を受け止めるのも不可能ではなかった。
しかしさしものセイバーといえど盾の質量を利用した突進を受け止めるのは堪えたのか、戦闘が始まって以来見せることのなかった苦悶を表情に表した。だがそれも一瞬の間に消え去り、聖剣の一撃が盾を強かに打ち付ける。
その一撃目をマシュは耐えたが、それでもセイバーの攻撃は終わらない。足音によって背後からキャスターが近づいてきていることに気付いたセイバーは、全開の魔力放出によって脚力を増幅し、マシュの盾を蹴って空中に飛び上がった。
セイバーの全力を以て繰り出された蹴りをマシュは耐えきれず、再び岩壁に向かって吹き飛ばされる。だが、その身体が岩壁に叩きつけられるより先に割り込んでくる人影があった。立香である。
しかし、当然立香はマシュを受け止めきることができずに共に背中から倒れ込む。
「先輩ッ!? どうして……!」
「オレのことはいいから! 後ろで何もできずにいるオレより、セイバーと戦ってるマシュの方がずっと痛いだろ……?」
「そんな……」
立香の言葉は同意と同情を求めたものではない。心の底からそう信じて疑わないといった声音であった。しかし、立香の行為は高潔な自己犠牲の精神から来るものでも、戦っているマシュへの負い目から来るものでもない。
立香はただ、自分にできることを成しただけなのだ。自己犠牲とは自分と他者の利益を比しても他人の利益を取る行為だが、立香のそれはそんな損得勘定を抜きにした反射的な行動であったのだ。
虚勢を張って苦笑してみせた時、不意に立香があることに気付いた。背中から倒れ込んだためにマシュと密着していたその部分から、僅かな震えが伝わってくる。その震えの原因は、考えるまでもなかった。
いくら英霊から霊基と宝具を託され、超常の力を得た
とどのつまり、マシュも立香と何ら違いはないのだ。ただ無力さを嘆いているか、力を得たかの違いしかない。それだけでしかない筈なのに、どうして自分はマシュを強いと考えていたのか、と立香は歯噛みする。
何かしなければならない、などとどうして自分は思いつめていたのか。自分がするべきは何をしなければならないかではなく、自分に何ができるかと考えなければならなかったのだ。ただ後ろでサーヴァントに守られているのではなく、隣に並び立つに必要なのはそれだけだ。
思えば、遥が英霊と共に戦うと言っていたのはそういうことだったのかも知れない。遥は英霊と共に戦うことで、隣に並び立っている。立香にはそこまではできないが、けれど怖がっている少女の手を握るくらいならできる。
「先輩……?」
「大丈夫……オレも一緒にいるから。……って、何も安心できないかもだけど」
そう言って苦笑する立香を見て、無意識にマシュの顔が綻ぶ。恐らく、今後もマシュは戦闘への恐怖を払拭することはできまい。けれど、それでも
しかし、ふたりが更なる信頼を確立している間にもキャスターはセイバーと戦っている。キャスターとなっても失われなかった槍術を杖で再現してセイバーの聖剣を受け取めつつ反撃に出ようとするも、セイバーはそれを許さない。
スキルとしてセイバーが備えている直感スキルは、セイバーが
時折キャスターはルーン魔術での攻撃を入れてセイバーのペースを乱そうとするが、それらはセイバーの纏う対魔力の壁と魔力霧に阻まれてキャスターが狙った効果を齎すには至らない。
対してセイバーは魔力を纏わせた聖剣を自在に操って着実にキャスターを追い詰める。遂にはさしものキャスターといえど自らの不利を悟り、一旦距離を取って立香の許へと戻った。
僅かにキャスターが付けた傷も、セイバーが立香たちに向き直った時にはその悉くが消え去っていた。一瞬にして無傷に戻ったセイバーは、一度マシュを見てほう、と言う。
「目が変わったな。この僅かな時間で如何なる心変わりがあったのかは知らぬが……面白い」
そう言って初めてセイバーが口元に笑みを見せると同時、セイバーが放射する魔力がそれまでの比ではないほどに膨れ上がった。尋常ではないほどの魔力放出量は、考えるまでもなくセイバーが何をしようとしているかを物語っている。
掲げた聖剣がセイバーの魔力を喰らい、それら全てを闇色の極光へと変換する。その堕ちた極光は本来、星の危機に際して振るわれるべきものだ。すなわち、その極光は星の息吹にも等しい。
なおも高まっていくセイバーの魔力。その周囲では全てがセイバーに平伏すかのように堕ちた極光の残滓が生まれ、それらを聖剣は束ね上げて暴虐の光を生み出す。
「卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め――!!!」
口上を述べ、セイバーが聖剣を振り上げる。そして。
「
極光が、地を
「こいつは……厄介だな」
眼前で暴れ狂うバーサーカーの攻撃を避けながら、憎々し気な声音で遥が呟いた。
アーチャーがおびき寄せたバーサーカーと戦闘を開始してから数分。遥と沖田はそれぞれ何発かバーサーカーの攻撃を喰らいつつも、未だ存命であった。遥の理性も崩壊の瀬戸際に立たされてはいるが、まだ正常に作動している。
このバーサーカーが尋常なサーヴァントであれば、既にふたりの連携の前に敗れて消滅していただろう。だが、このバーサーカーはそれ単体でも最強クラスの英霊であり、有する宝具もまた規格外のものであった。
その
さらに一定ランクを越えていない攻撃は通用しないらしく、沖田の刀では傷ひとつ付けることができない。故に沖田は病弱発動を避けるために休憩を挟みながら囮に徹し、遥が攻撃に回っていた。いち早くバーサーカーの宝具特性に気付いた遥は神刀に込めた魔力を段階的に引き上げることでバーサーカーの防御を貫通する攻撃を叩き込んでいた。
既に遥が削った命は2つ。それでもなお、バーサーカーは止まらない。
「あの赤い配管工と戦ってた奴らはこんな気分だったのかねぇ……おっと!」
無駄口を叩く遥にバーサーカーが斧剣を振り下ろす。遥はそれを一瞬だけ受け止め、すぐに受け流してその場を離脱した。
ここまでの戦闘で遥が気付いたのは何も、バーサーカーの宝具特性だけではない。全容は分からないまでも、少なくともバーサーカーの筋力値と耐久値は八岐大蛇を憑依させた遥とほぼ同等であった。
だが、それでも優勢であるのはバーサーカーの方だ。驚くべきことに、このバーサーカーの武錬は狂化と泥の汚染を受けてもなお完全に消滅するものではないらしく、狂乱した動きの中でも的確な攻撃を繰り出してくる。
遥の戦闘技術もバーサーカーにそう劣るものではないが、何分身長差や質量差がある。バーサーカーはそれを利用し、遥や沖田に強烈な一撃を放っていた。
常人には視認すらも不可能な速度で繰り出される斧剣をいなしながら、遥は苦悶の表情を浮かべる。
「クソッ……マズいな、そろそろ意識が……」
視界にノイズが奔り、時折無意識のうちに口から獣のような唸り声が漏れる。踏ん張って耐えてはいるが、少しでも気を抜けばその瞬間に自我が吹き飛んで完全な獣になってしまいそうだ。そうなればもう打つ手はない。獣は英雄に斃されるが定め。魔力が尽きるより先に殺されて終わるだろう。
その気になれば既に組み立ててある解呪術式を起動させて戻ることもできる。だが、まだその時ではない。ここで解除してただの魔術師に戻ってしまっても終わる。ただ、それでも勝利への希望が無くなった訳ではない。
遥が振るう神刀。この神造兵装の真名解放を以てすれば、この英霊の命を削り切るなど造作もあるまい。問題は、そんな隙をバーサーカーが与えてくれるかということだ。
そう思索に思考を割いていたためか、気配察知が疎かになる。バーサーカーはそれまでと斧剣の軌道を変え、真横から遥へと斧剣を振るい、遥は直前にまでそれに気づかなかった。
「しまっ……」
「マスターッ!!」
バーサーカーの斧剣が遥を捉える直前、沖田がその刃と遥の間に割り込んだ。バーサーカーの戦斧を真っ向から受けきろうとするも、しかし筋力ステータスが大きく劣るために受けきれずに遥を巻き込んで大きく吹っ飛ぶ。
しかし、倒れてしまってはそのままバーサーカーに潰されると判断した遥は吹き飛んできた沖田を抱き留めると、邪竜を宿したことで得た魔力放出能力を利用して足を地面に固定して十数メートルを滑走する。
止まってから一瞬だけ、遥は腕の内に納めた沖田の柔らかさを意識してしまいそうになるも、戦闘に最適化され、獣に侵された意識がそれをすることを許さない。噛み締めた歯の間から苦悶と獣の声が漏れる。
最早、悩んでいる暇はない。ここで出し惜しみをしてしまっては、遥の自我は吹き飛んで本物の獣と化してしまうだろう。それならば、一時的に獣化するより酷い反動があるとしてもバーサーカーを一刀の許に吹き飛ばした方が良い。
だが、タイミングをどう計ったものか。距離を離そうとしても、この境内の敷地面積では一瞬で距離を詰められて終わりだ。一切の呵責なく、バーサーカーを斃すことだけを考えれば――『沖田に囮を任せ、彼女ごと吹き飛ばす』か。
降って湧いたその案を、遥は即座に破棄する。いくら再召喚可能といえど、沖田を巻き込んでの真名解放など論外だ。そんなことをするくらいなら、多少無理をしてでも押し切ってしまう方が良い。
「■■■■■ッ!!!」
バーサーカーが咆哮し、大地と大気を震わせる。狂戦士の闘争本能の高まりに呼応して全身に奔った赤黒い文様が鈍い光を放ち、筋肉が蠢いた。斧剣を振り上げ、遥と沖田を叩き潰そうと再び走る。
ふたりは左右に分かれて走り出し、バーサーカーが振り下ろした斧剣を回避する。二方向へと駆けだしたふたりのうち、バーサーカーが狙いを定めたのは遥であった。これまでバーサーカーの攻撃をいなし続けていたことが仇になったのか、ヘイトが集まっていたらしい。
筋力値・耐久値はほぼ同等の両者だが、敏捷地はバーサーカーに分があるらしく、瞬時に追いついてきたバーサーカーが斧剣を振るう。それを長刀を水平に構えて両手で構えることで受け止めようとするが、間髪入れずに狂戦士が蹴りを放ったことでそれは叶わなかった。
脇腹に蹴りが直撃し、遥が吹き飛んで境内の残骸に叩きつけられる。さらにそこまで追いすがってきたバーサーカーはまたも遥へ斧剣で攻撃しようとし、遥はそれを両手で受け止めた。
「ヴゥゥゥゥ……ガアァァァァッ!!!」
遥が獣の咆哮をあげ、
その背後に現れる沖田。既に平突きを放つ体勢に入っていた沖田は縮地によってバーサーカーが気付くより先に愛刀を突き出すが、しかしその切っ先はバーサーカーの鋼の肉体によって完璧に防がれてしまう。
バーサーカーの宝具は一定ランク以下の攻撃を完全に無効化させるだけでなく、一度自分を殺した攻撃への耐性が付く。一度バーサーカーは遥の突きで殺されているために、沖田の突きが効かなくなっているらしい。
平時ならば遥はすぐそれに気付いたのだろうが、今回に限ってはそれに気付きもしなかった。バーサーカーがたたらを踏んだ隙を狙って跳びあがり、空いた左手で胸板を殴りつける。さらに長刀を上空へと放り投げると、両手で何度も拳を放った。
遥に押され、バーサーカーがよろめく。そのうちに重力に従って落下してきた長刀を掴むと、バーサーカーを脳天から股下にかけて切り裂いた。傷口から鮮血が噴き出し、バーサーカーの眼から光が消える。
これで、3度目。
――ああ、この感覚だ。
鮮血を満身に浴びながら、遥が口元に邪悪な笑みを浮かべる。決して気持ちの良い感覚ではない、むしろ不快極まりない感覚だというのに、可笑しくてたまらない。気づけば遥は、腹筋が痛むほどに激しい哄笑をあげていた。
視界が真紅に染まっている。脳内麻薬が過剰に分泌され、脳神経が異様な興奮を示す。全身の傷口の痛みは嘘のように退き、代わりに全身を多幸感が満たす。暴走状態に陥ってしまった、と自覚しているのにそれを止めようとしない。
だが、これはまだ良い方だ。前回暴走してしまった時は暴走したという自覚がないままに暴走していた。今回は暴走した自覚があるのだから、もしかすればこのまま――と哄笑をあげたままでいると、不意に意識が戻った。
今までは暴走すればそのままだった。それが今回は意識が戻ったのは、慣れによるものだろう。だがこれは謂わば寄せては返す波のようなもの。しばらくすれば再び暴走状態に入り、次こそは戻れなくなる。
遥が正気を取り戻したその瞬間、バーサーカーも蘇生を完了させた。生き返ったバーサーカーはすぐに取り落とした斧剣を掴むと、遥に向けて振るう。遥はその直撃を喰らい、数十mほど吹っ飛ばされる。
「マスター、大丈夫ですか!?」
「ぐぅっ……あ、ああ。問題ない。……!」
駆け寄ってきた沖田に掴まれた手を見て、遥が何かに気付いたような声を漏らす。その視線の先にあるのは、鱗に覆われた手でもはっきりと見て取れる刀を模した赤い文様。カルデアの炉から供給される膨大な魔力の塊。令呪だ。
戦闘に白熱していて忘れていたが、令呪とはサーヴァントに対する絶対命令権だ。対魔力が高いサーヴァントには耐えられてしまうらしいが、もしもマスターとサーヴァントの合意の下に発動されれば、魔法にすら匹敵する不条理すら可能にしてしまうらしい。
例えばそれは、タイムラグなしの空間転移。遥はそれを元に一瞬で戦術を組み立てると、沖田に耳打ちをした。それを聞いた沖田は驚いた顔をするが、しかしそれが最も勝率の高い方法だと判断したのか、異論は唱えなかった。
「やってくれるか?」
「ええ。私は貴方のサーヴァントですから」
頼もしい笑みでそう頷き、バーサーカーの許へと突進していく沖田。遥は準備を完了させていた解呪の術式を起動させ、宝具の呪縛を解いた。姿が人間のそれに戻ると同時に気絶してしまいそうなほどの脱力感に襲われるが、なんとか踏ん張ってそれを耐える。
魔力残量を鑑みれば神刀の真名解放は3度ほど可能だが、それでは遥自身がどうなってしまうか分からない。故に一撃で決する。遥はそう決意して一度大きく息を吐くと、黄金に輝く神刀を担ぐようにして構えた。
視線の先では、バーサーカーの注意を引きつけた沖田が紙一重の距離で攻撃を避け続けている。魔力の唸りをあげる神刀が遥の魔力と大気中のマナを吸い上げ、その刀身から更なる黄金を生み出す。
「令呪、装填。第一拘束、完全解除」
機械的な声音でそう唱えるや、右手に刻まれた令呪の一画が淡い輝きを帯びた。だが、その輝きも神刀の偉容には並びようもない。
第一の拘束を完全に取り払われた神刀。その刀身から迸るのはありとあらゆる不浄を払う極光の刃。星が造り上げた神刀は今、その真価の一端を解放しようとしていた。
此れこそは、星に残された最後の希望。聖剣。聖槍。ありとあらゆる聖なるものが破れた絶望の中で、高らかに希望を謳うもの。人はおろか、神ですらも到達し得ぬ領域に存在する究極。
カルデアの方でもそれを観測できたのか、通信装置からはひっきりなしに着信音がかかってくるが、それは無視した。今はそんなことに構っている暇はない。
天を裂くほどに立ち上る極光。それを脅威と感じたバーサーカーが沖田はから遥に標的を変えて迫ってくるが、もう遅い。声には出さず令呪を起動させ、射線上から沖田を外す。
「其は星の聖剣。人を救い、
口上を謳い、遥は神刀を掲げる。夜桜に伝わる、日本神話に名高い神造兵装――〝天叢雲剣〟を。
遥の魔術回路から叢雲が魔力を吸い上げ、総身の魔術回路が蠕動する激痛が遥を襲う。けれど遥はそれに顔を顰めることもせず、むしろ我が身を喰らえとばかりに限界を越えて魔力を送り、極光はさらにその輝きを強める。
柄に巻かれた邪竜の皮をしっかと握りしめる。そして、今、青年は手に執る奇蹟の真名を叫ぶ――
「――
光が迸る。担い手の声に応えて解き放たれた極光の奔流は大地を気化させるほどの熱量を伴って咆哮をあげ、そして、黒い巌の如き英傑は、断末魔の叫びをあげることすら許されることもなく極光の顎に呑み込まれた―――。
本当はまだ真名を出す気はなかったのですが、別な方では9話で出してたので出しました。一応、宝具の説明を。
分類:対城宝具
ランク:EX
神造兵装〝天叢雲剣〟の第一拘束を外した状態。極光を放つ原理は
草薙剣、および都牟刈村正、神剣・草那芸乃太刀とは別物。