Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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 注意! この話は原作で言う所のバレンタインイベントにあたる話であるため、時系列的に矛盾が生じます。そのため原作でのイベント同様『どこかであったかもしれないが、いつかは分からない』パラレル的な話という扱いになっております。ご注意ください。


番外編
番外編 コアクマカミサマ


 2月14日。この日付を挙げられて、何も分からない人間はまずいないだろう。或いはある程度歴史を学んでいて、かつ変にひねくれた者であれば神聖ローマ帝国第3代皇帝のハインリヒ4世が教皇グレゴリウス7世に破門された叙任権闘争の日だとかジェームズ・クックがハワイにて原住民に殺害された日だとか、そういった事柄を挙げるのかも知れないが、少なくとも日本においては一般にはそう答える者はそういまい。

 バレンタインデー。そう、バレンタインデーである。異説や異論はあるものの最も有力な由来は聖ウァレンティヌスが殉教死した日とする説だろう。彼が殉教した理由から世界中で恋人達の日とされており、日本では女性が意中の男性や友人にチョコレートを贈る日となっている。それについては製菓業界の陰謀だ何だと言われているが、最早文化として根付いたものに陰謀だと文句を付けるのも虚しい試みだろう。文化として定着させるのも立派な商業的戦略である。

 そして人理修復に奔走するカルデアにおいても一度生活に根付いた文化はそう易々とは消えない。いや、むしろ人理の危機という特級の非日常の中に在ってそれなりに簡単に行うことができる年中行事というものは一種の精神安定剤的な作用を齎すのか、カルデアの中は常のそれとは異なるお祭りムードとでも言うべき空気に包まれていた。

 それは何も職員だけではなくサーヴァントも同様である。特例中の特例であるイリヤ達やアラヤとの契約により英霊となったエミヤ2人を除いて現代の文化には馴染みのない彼らだが、だからとて何もしない訳ではないのだ。郷に入っては郷に従え、ということである。

 ──仕上げと包装まで施し終えて完成したチョコレートを冷蔵庫に入れ、大きく息を吐く。普段からカルデア料理班の一員として大抵の手順や調理道具の扱いを熟す彼女──クシナダだが、チョコレートを作るのは初めてのことだったのだ。それも目的が目的なだけに、緊張するのも当然であろう。

 

「今日は本当にありがとうございました。貴方の協力がなければ、十分なものは作れなかったでしょう」

「なに、礼には及ばない。当然のことをしたまでさ」

 

 クシナダの礼にそう返したのは、彼女と契約者を同じくする『弓兵(アーチャー)』のサーヴァント、エミヤだ。今は完全にオフであるためかトレードマークである紅い聖骸布の外套は着ておらず、代わりに黒いエプロンを着用し髪を下ろしている。

 契約者が共通しているが常はあまり共に行動することがないふたりが一緒にいる理由はひとつ。バレンタインデーを前にしてチョコレートを作ろうとしたクシナダがエミヤに協力を要請したからである。一応は彼女も料理においてはかなりの腕前をもつ──その腕前たるや、紅閻魔主催のヘルズキッチンを最後まで成し遂げて卒業生として認められた程である──のだが、そこはそれ。いくら料理全般ができるとはいえ、初めて挑戦してすぐ上手くできる筈もなく、ならば慣れてるであろう相手から教えてもらおうと思い立ったのだ。

 仮にも神霊である者が人間に教えを請うというのも奇妙な話だが、神霊だからとて何でもできる訳ではないのだ。それ以前に、クシナダ自身が人間を見下すような性格をしていないということもあるが。

 

「……遥様は、喜んで下さるでしょうか……」

「心配せずとも、遥は喜んで受け取るだろう。彼は人からの贈り物を無下にできる男ではない」

 

 或いは誰かから物を貰うことに慣れていないが故に受け取る以外の処方を知らないと言うべきか。エミヤの見る限りにおいて、遥は他人に施しを与えることはあっても施しを受けることにはあまり慣れていないような印象を受ける。

 その原因は恐らく、あまりに早くに両親を亡くしてしまったことであろう。本来最も多くの施しをくれる筈の親が早逝したことで遥は嫌でも独りで生きる術を身に付けなければならなくて、その姿は周囲から〝自立している〟と見られるが故に誰も施しを与えようとはしなかった。

 だが遥自身は誰からも施しを与えられずに生きることの辛さを知るために似た境遇の人々に施しを与えようとしてきた。彼がもつ高い料理スキルや対子供限定のコミュニケーション能力もその産物だ。彼にとって施しとは基本的に与えるものであって与えられるものではない。

 そう言うとクシナダとエミヤの行為はまるで与えられることを知らない者に施しを押し付けるかのようで聞こえが悪いが、大した違いはあるまい。ただひとつ訂正を加えるのならば、それは施しなどではなくある意味で感情の可視化であるということだろう。感謝や友情、恋慕、そして愛といったプラス方面の感情を表すための。尤も、どちらにしても遥は慣れていないようにも思えるが。

 しかし、どちらであれ結局遥は受け取るとエミヤは確信していた。人間ではないために表面上は人間的でも根本で色々とズレている遥だが、他人の厚意を無下にできる男ではない。またぞろ色々と面倒くさい考えを巡らせながらも、彼は人の厚意を決して無駄なものとはさせないだろう。

 故にエミヤが問題視していることがあるとすれば、それではない。別にエミヤはクシナダに特別に肩入れしている訳でもないが、これだけ真剣に悩んでいる姿を見れば多少心配にはなるというものだろう。

 何もエミヤは他人の色恋沙汰についてそれほど興味がある訳ではない。生前の諸々の結果がスキル〝女難の相〟だとするのなら非協力的であってもおかしくないが、作り方を教えることに抵抗を覚える程エミヤは狭量ではない。だがあえて言う事があるとすれば、ひとつ。

 

「櫛名田比売。君は、遥を須佐之男命として見ているのか?」

「……貴方も、それを訊くのですね」

 

 そう言うクシナダの表情はあくまでも優し気で、しかしそこには隠しきれない悲痛があった。その様子を見て、エミヤは気づく。きっとクシナダがこの問いを向けられたのは、これが初めてではないのだろう。恐らく同じ問いをしたのは、遥本人だ。

 夜桜遥は建速須佐之男命の転生体である。厳密に言えばそのままの転生体という訳ではなくガイアによって造られたものではあるが、結果として生まれたものに大した違いはない。

 だが遥はスサノオの魂を受け継ぎながらも、その記憶と自我は連続したものではない。遥がスサノオとしての記憶をもつのは憑依経験に近い作用によるもので、遥の自我はあくまでも『夜桜遥』のものでしかないのだ。記憶や自意識を継いだまま転生など、そんな都合の良い話はない。

 けれど〝夜桜遥は建速須佐之男命である〟というのも決して間違いではなくて、だからこそエミヤはそう問うたのだ。クシナダの抱いているその想いは、遥へのものではなく遥を通して見ている別の誰か(彼の前世)へのものではないのか、と。その問いに、クシナダが答える。

 

「貴方の問いは尤もでしょう。確かに遥様はスサノオ様と同じ魂をもっていますが、スサノオ様そのものという訳ではありません。

 しかし……それは障害などではありません。その程度で薄らぐような愛であったのなら、私はここにはいません。つまりは……私の愛は、あの方の名や身体のような外面だけに向けられるものではないのです」

 

 エミヤの問いは謂わば真祖の仙女に会稽零式を愛せるかと訊くようなものだ。三ツ星の狩人に異聞の月女神を愛せるかと問うようなものだ。状況は異なるものであろうと、返ってくる答えは同じ。詰まる所、エミヤの問いというのは全くの野暮というものであった。

 たとえ己の知るそれと姿形が違っていたとしても、違う名に誇りを掛けていたとしても、クシナダの前には些末なことだ。彼女がそれらを全く見ていないと言えば嘘になるが、それは真に重要なことではない。彼女が見ているのは、たとえ積み重ねた日々や記憶が異なろうとも変わらない在り方。魂の本質、とでも言えば良いだろうか。

 重い愛、と言えば重い愛だ。だがある意味でそれは理想的な愛の形でもある。傷の舐めあいではなく、恋に恋する理想の押し付けでもなく、長所も短所も全て解りながらその上で向けられる愛であれば、それがきっと本物だろう。

 そもそもとしてクシナダはガイアの後押しによって召喚された時点で今の遥が『夜桜遥』であって『建速須佐之男命』ではないことを知り、認めた上でそれでもなお召喚に応じていたのだから、考えれば分かる話ではあったのだ。

 

「失礼した。どうやら私は、少々君を誤解していたようだ」

「いえ、エミヤ様の思いは当然のものですから、それを悲しく思いこそすれど憤ることはしません。だって……私は、誰かから認められるためにあの方を愛しているのではないのですから」

 


 

 日本におけるバレンタインデーの基本形が女性が意中の男性に対してチョコレートを──義理チョコや友チョコという概念もあるが──贈るものであるのに対し、日本以外の大抵の国においては男性が女性に贈り物をするという方が一般的であるというのは有名な話だ。

 しかしマスターである藤丸立香や夜桜遥は日本人であって海外の風習は関係ない──などと言う彼らではない。そもそも贈り物をされて何も返すものを用意していないという状況を許す彼らではないのだ。一応日本にはバレンタインデーでの返礼をするホワイトデーなる日もあるが、その生存の意志に関わらず明日をも知れぬ命の彼らが悠長にホワイトデーを待つような気の長さを備えている訳もなく、それ以前にふたりは貰いっぱなしでは申し訳なさが極まって落ち着かない性質(たち)であった。

 だが、海外のバレンタインにおいて男性から女性に対する贈り物として一般的とされる薔薇はカルデアではそう多くはない。精々、農業プラントの一角で霊薬用に栽培されているものが何本かある程度か。尤も、薔薇を素材にしてできる霊薬など花言葉からして惚れ薬や媚薬くらいのものだが──誰かその手の霊薬を欲した者がいたのだろうか? ──。

 かと言ってチョコレートにチョコレートで返すというのも芸がない。遥は常日頃からカルデア料理班の一員としてその料理の腕前を披露しているために、特別感もない。故にそれなりに長い時間悩んで、譲渡する相手に合わせて何か作ることにした。

 例えば立香に渡すものであれば一時的に魔術回路の機能をブーストする霊薬と魔眼が暴走した時のための目薬。沖田への贈り物であれば病弱発動回避のための疲労回復薬と彼女がいつも身に着けている黒いリボンのような髪飾り。それだけで相当手が込んでいるが、包装にも拘っているのだから彼の凝り性の程も知れるというものだ。

 そうして、一日。日中の業務を全て終えて自室に戻った時、遥の手元に残っている贈り物はひとつだけであった。彼は何も貰った場合にだけ返しているのではなく見かければ自分から渡しているのだが、まるで会わないのである。

 部屋の扉が閉まると同時に大きく息を吐き、髪留めを外す。そうして舞った銀色の髪はしっかりと手入れされているようではあるが、それでも彼の置かれた状況の過酷さを表すかのように所々が痛んでいる。

 しかし遥自身はそれを全く気にしていないようで、髪留めを机に置いて雑に髪を手櫛で梳く。更に欠伸をひとつ。寝る前に風呂に入ろうかと思い立った時、遥の耳朶をノックの音が叩いた。

 

『遥様? いらっしゃいますか?』

「クシナダ。あぁ、いるよ」

 

 扉越しに聞こえてきた声に、一旦風呂に入る予定を棚上げして最後に残っていた贈り物を手に取る遥。今日一日彼が遭遇しなかった相手とは即ちクシナダであり、しかし遥に不満はなかった。

 遥が内側のタッチパネルを操作することでロックが解除され、扉が横にスライドして開く。そうして現れたクシナダはいつもの巫女服姿ではなく白色と桃色のワンピースを着ていて、その姿に面食らった遥が思わず顔を背けた。似合っている、と、そう口にするとクシナダまでも顔を紅くして俯いてしまう。

 基本的に、遥はあまり気障ったらしい事は言わない。そういう性格というよりかは、そういった台詞に気恥ずかしさを覚える性質(たち)なのだ。だからとて絶対に言わないのではなく、言う時は言うが。

 だが、このままでは埒が明かない。仕切り直しと言うかのように遥が咳払いをして、その場に漂っている奇妙な雰囲気を振り払った。流石にすぐには顔の赤さは引かないものの、遥の表情からは照れが消えている。

 対するクシナダも遥と同じく顔を紅潮させたままで暫し逡巡しつつ、意を決してその手に握っていたものを遥の前に差し出した。

 

「これを。お口に合えば良いのですが……」

「ありがとう。……開けても良いか?」

 

 遥がそう問うとクシナダは無言で首肯を返し、それを受けて遥はクシナダから受け取った箱の包装に手を掛けた。そうして包装を解く所作に雑な印象はなく、まるで夜伽の最中に相手の着物を脱がすかの如き丁重さがある。

 やがて包装を全て剥がすとそれを折って丁寧に畳み、箱を開ける。その中にあったのはひとつの巨大なハート型のチョコレートであった。それを見て、遥が思わず息を呑む。但しそれはハート型のチョコレートという、まるで少女漫画か何かに登場するような御伽噺めいたものを目の当たりにしたからではない。

 クシナダから遥へと贈られたそれは、彼女からの純粋な好意の現れだ。まず形からしてそうだと言われれば否定はできないかも知れないが、チョコレートの形だけであればいくらでも偽ることができよう。故に遥が見ているのは形ではなく、その中身だ。

 遥は卓越した料理の腕前をもつ。それは何もただ料理を作るだけではなく、他人の作ったものを見る目にも適用される。だからこそクシナダから貰ったそれが形に見合わないものではないと一目で見抜くことができたのである。

 だが何であれ凄まじい出来であることに違いはない。その形を崩してしまうことに多少の罪悪感を覚えつつもその端に口を付けると、程よいカカオとミルクの風味が遥を満たした。甘すぎず、苦すぎず、それでいて苦みよりも甘みの方が強い。実に遥好みの塩梅(あんばい)だ。

 遥の食の好みについて、彼がクシナダに話したことはない。何故なら遥は何か食べたくなったとしても自分で作ることができるし、他人に作ってもらったとしても何でも分け隔てなく美味しそうに食べるのであるから。食の好み云々以前に、彼はまず基本的に何でも食べる大食漢なのである。だからこそ態々他人に食の好みを話す機会もあまりない。

 それなのに、クシナダは遥の好みを把握していた。それはきっと、それだけクシナダが遥のことを知ろうとしてくれているということなのだろう。クシナダはきっと遥を通してスサノオを見ているのではなく遥そのものを見てくれていて、だからこそその好意に胸が痛い。下らない感傷で応えることができない自分が憎い。

 だが、今は勝手に自嘲しているような時間ではない。それはひとりですべきものであるし、何より、遥を想って贈ってくれたクシナダに失礼だ。悪癖による自嘲は一旦棚上げして、不安げな視線を向けるクシナダに笑みを投げかけた。

 

「うん、上手いよ。味の具合も、俺好みだ。……ありがとう、クシナダ」

「……!! いえ、お口に合ったのなら、何よりです」

 

 そういうクシナダは常の平静を装っているようであったが、しかし嬉しさを隠しきれずに口角が上がっている。その様子からするに、やはり彼女自身、自分が作ったものが遥の口に合うのか不安だったのだろう。

 その反応と感情は、クシナダが遥を通してスサノオを見ているのではないという何よりの証拠だ。遥をスサノオと共通の魂、過去から今まで続く一連の個として捉えていつつも、遥に〝過去(スサノオ)のようであれ〟と強制しない。己の望む形を一方的に押し付けるのであればそれは〝恋〟の域を出ないが、クシナダのそれは紛れもなく〝愛〟である。

 再び顔を出してきた悪癖を無理矢理に忘れようとするかのように、遥はゆっくりと、必要以上に味わって時間をかけながらクシナダから貰ったチョコレートを食べる。まるで、彼女からの愛/()いを喰らいつくして、呑み干してしまうかのように。

 生者から死者への愛や恋など当人たちの意志に関わらず呪いでしかなく、ましてや死者の側に立っているのが神霊であるならその呪いは格別のものとなるだろう。そして、それを受け入れようとする行為はそれこそ深淵の傍に立ってその中を覗き込むに等しい。

 それを誰もが理解していながら、しかし指摘する者は誰ひとりとしていない。その行いは果たして、風車に挑むドン・キホーテの如きものか、或いは移り気な気性ながらも最期まで、いや、死後でさえも月女神への愛を貫き続ける冠位の狩人の如きものか。判じることができる者は、この場にはいない。

 

「ああ、そうだ。お返し……という訳ではないが、俺からも渡すものがあるんだ」

「えっ?」

 

 よもや遥までもが何かを用意しているとは、クシナダは思っていなかったのだろう。確かにクシナダが聞き及んだと思しき日本式のバレンタインにおいて、男性側が女性に何かを用意しているということはあまりない。加えて、その様子からするに本当にクシナダは今日、他人、少なくとも遥と契約している他のサーヴァントと接触していなかったのだろう。

 空箱を棄てるのではなく机の上に置いて、遥はポケットの中から丁寧に包装された別の箱を取り出す。クシナダからチョコレートを受け取った際にポケットの中に仕舞っていたのだ。

 クシナダが遥に渡したそれと比べると聊か小さな、しかし確かな重みを伴ったそれ。不思議そうな表情を浮かべたままクシナダはその解いて箱を開ける。果たして、その中に収められていたのは花を模った耳飾りであった。

 俗に言うノンホールピアスというものだろう。流石にその白い花弁は本物ではないものの、かなり精巧にできている。遥自身が魔術等を使って作ったものであるから店売りのものではないことは確実だが、仮にそれが店のショーウィンドウに並んでいたとしても違和感はあるまい。加えて遥がただのアクセサリーを贈る筈もなく、根本には遥の魔力が封じ込められた宝石が組み込まれている。

 それがあってもなお、一輪の花としての形は崩れていない。むしろ花の色に合わせて組み込まれた白い宝石は耳飾り全体の調和をより高貴かつ瀟洒な印象を抱かせるに十分な作用をもつものとして機能させているようで、クシナダが息を呑んだ。そうして、独り言のようい呟く。

 

「白い、彼岸花……」

 

 彼岸花、或いは曼珠沙華ともいうそれは、日本や中国に自生する多年生の球根植物である。最も一般的に知られているのは赤い個体だが、他には黄色や白色の個体も存在しており、中でも白花曼珠沙華、またはアルビフローラと言われる白い個体は九州等の比較的温暖な地域にのみ自生する珍しい種類である。

 基本的に彼岸花が不吉とされるのは彼岸花がその全体に毒を有していること、自生している原種が彼岸の頃に開花することというふたつの原因があり、それ故に魔術世界ではこれを含む霊薬を濃縮した上に更に魔術的な加工を施すことで冥府に誘う死の呪いと毒を同時に内包される魔術薬とされることが多い。

 反面、紅い彼岸花はその真紅の見た目から愛の情熱を表す花ともされ、稀にその手の霊薬の材料にもされることがある。白や黄のそれはそのように扱われることは少ないものの、ポジティブな意味合いを併せ持つことに変わりはない。

 無論、それを分かっていない遥ではなく、しかし額面通りの意味で遥はそれをクシナダに贈ったのではない。それはある意味での、遥からクシナダに対する決意表明のようなものだ。彼女はそれを悟ったのか薄く微笑むと、片方の耳飾りを手に取って遥の耳に手を伸ばした。次いで、左の耳垂が何かに挟まれる感触。戸惑う遥の前で、クシナダは残ったもう一方を自らの右耳に着けた。

 

「何故……?」

「……遥様は、ただこれを私に下さったのではないのでしょう? この耳飾りは遥様の誓い、約束の形……ならば、私だけが身に着けているのは不十分というものでしょう。それに……お揃いって、憧れるではないですか!」

 

 常の淑やかな微笑ではなく、まるでティーンエイジャーのように快活な笑みを浮かべてそう言うクシナダ。それにつられて遥も思わず微笑む。クシナダの弁は聊か強引な部分はあるものの、それ故にきっと、どちらも他ならぬ彼女の本心なのだろう。

 ならば遥に断る理由はない。クシナダの希望を無下にするのも薄情であるし、クシナダに譲渡した時点で既にそれらの所有権は彼女にある。ならばそれの片割れを遥に着けて欲しいというのも彼女の自由であろう。

 左耳の耳飾りに触れる。ひと昔前では男性が片耳に耳飾りをしていると同性愛者であるというサインだったそうだが、それはあくまでも右耳の話であって左耳は含まれていない。女性の場合は左右逆である。

 少しの気恥ずかしさに視線を彷徨わせて、意図せず目が合って笑い合う。そんな、常とは異なる空気感。しばらくその妙な空気の内に揺蕩って、そろそろクシナダが自室に戻ろうかという時、不意に彼女が口を開いた。

 

「そうそう。遥様は、男性から女性に耳飾りを贈る意味をご存じですか?」

「意味? いや、知らないけど……」

 

 召喚時に与えられる現代の知識にはそんなものもあるのか。そんな若干的外れな感想を抱いたその瞬間、遥の鼻腔を甘い香りが擽った。見れば、背伸びをしたクシナダが遥の顔のようで殆ど密着状態になっている。

 そうして、耳打ち。答えを聞かされた遥は耳まで紅潮して、クシナダが悪戯な笑みを見せて去っていく。独り残される遥。羞恥は、或いは驚愕か、呆然としていた彼であったが、我を取り戻すと小さく呟いた。

 

「別にいいよ、そういうコトでも……」

 

 その言葉は誰に届くでもなく、虚空に溶けて、消えた。




没サブタイトル案:ぶきっちょマスターは小悪魔カミサマの夢を見ない

 ……番外編くらい原作の幕間のようにパロディ入れても許されるかなって。不要な補足かもしれませんが、タイトルの『ぶきっちょ』とは対人関係構築であって、遥は手先は人並に器用です。
 では、この場を借りてちょっとした設定解説をば。

・ハート型のチョコレート
 クシナダから遥に贈られた、まるで御伽噺か少女漫画に登場するかのようなチョコレート。見た目こそメルヘンチックであるが高い料理スキルをもつクシナダが作ったものであるため味は折り紙付き。完璧に遥の好みに合わせた味のバランスを誇る。
 ――それは、神霊(かみ)から半神(ヒト)へ、死者から生者への好意の証。本人達の意志がどうであれ、その愛は質量を増すごとにより強大な呪いとして作用するだろう。果たして彼らがその呪いを乗り越えることができるかどうかは、まだ誰も知らない事である。

・白花曼珠沙華の耳飾り
 遥からクシナダに贈られた耳飾り。ノンホールピアスに分類される。見た目こそ白い色をした曼珠沙華をかなり精巧に模しただけの耳飾りであるが、遥の魔力を封じた宝石を初めとした多くの魔術的、或いは呪術的な処理が施された礼装でもある。分かりやすく言えば様々な機能を盛り込んだ御守り。
 遥はこれをアルビフローラの花言葉と掛けてある種の宣誓の意味も込めてクシナダへと贈ったが、最終的に左側は彼自身が付けることとなった。男性が左耳のみにピアスをした場合『守る人』、女性が右耳のみにした場合『守られる人』という意味合いがあるそうだが、互いに守り守られる関係性である彼らには関係のないことだ。
 今を生きるヒトと、過去より投げ掛けられた影法師の間に結ばれた約定、宣誓。それは文字通り彼らを蝕む毒となるか、或いは――


 他サーヴァントの話はできればイベント期間中に投稿したいですね(願望)。
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