Fate/Everlasting Shine   作:かってぃー

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番外編 バレンタイン・プロデューサー

「――チョコの作り方を教えて欲しい?」

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア。正体不明の黒幕の手により焼却された人理を修復せんがため日夜半ばブラック企業とも形容できる程の激務を熟し死と隣り合わせの日常を過ごす同組織であるが、ここ数日は凡そ死とはかけ離れた熱気、或いは浮き足立っているかのような気配が漂っていた。

 異様な現象である。ともすれば常に濃密な死の臭いに晒され続けたがための集団ヒステリックか、などとも思える。尤もそれはその空気感の原因が分からなかった場合の話であり、今回に限っては誰もがこの時期はそういうものだと了解している。

 サーヴァントを含め、カルデアに居住する者らが皆意識しているのは毎年2月14日に行われる祭事――即ち、バレンタインである。現代人である職員らならばともかくバレンタインという祭事が確立するより前の時代を生きた過去の英雄たるサーヴァントまでも浮足立つというのも奇妙な話であるかも知れないが、彼ら彼女らは召喚時にその時代に合わせた様々な知識を入力される。であればその知識の内にバレンタインが含まれていたとしても、何もおかしな事ではない。

 ともあれ、今のカルデアはバレンタインを前にして全体が聊か珍妙な雰囲気に包まれていた。或いはそれは、常日頃から精神を擦り減らしながら戦い続けているが故に皆が娯楽に飢えているからなのだろうか。そしてそれに呑まれているのは人ならざる半神半人、現人神たる遥とて例外ではなく、その権化とも言える案件が立ち現れてきたのは本番のおよそ2週間程前の事であった。

 カルデア居住区、その一角の位置する遥の自室。魔術師の部屋でありながら神秘だけではなく漫画やビデオのような普遍と銃器や爆発物などのような殺伐が混在したそこで、彼は同僚であり妹分のような存在たるマシュ・キリエライトと相対していた。机を挟んで遥を見つめる彼女の表情には強い覚悟の色合いが宿っていて、おおよそここ最近カルデアを満たす空気とはかけ離れているようにも見える。その実態はともかくとして、だ。

 

「はい。料理の達人であるハルさんに、是非ともご教授頂きたく!」

「達人って、また大袈裟な……まぁ、勿論構わねぇけど、どうして俺なんだ? ()()()()()()()()()()()、多分姉さんかミコトの方が適任だと思うんだけど」

 

 嘘である。遥の部屋を訪れてから今までマシュは何の為に遥からチョコレートの作り方を習いたいのか、及びそうして作ったチョコレートをどう取り扱うかについて一度として言及していないが、そこを読み違える程、遥は純粋でも愚鈍でもない。

 しかし態々それについて言及し、マシュに確認を取るというのも大変野暮だろう。そもそもとして彼女自身、立香に対して抱いている感情が()()であると気づいていないのを、遥は知っている。気づいていないのに行動はそれらしいというのだから、何とも奇妙な話だ。

 いや、自覚が云々という事であるなら遥が他人にとやかく言う権利はないかも知れない。そもそもとして彼自身、分かっている限り自身の裡にその感情が発生したと自認した事はなく、概要を伝聞で知っているという程度だ。そういう点では、彼もマシュとそう変わりない。試したり、偉そうに高説を垂れたり、そんな事ができる程大層なものでは断じてないのである。

 そう自らを戒める遥の前で、マシュは先程の彼の発言の意図を図りかねているのか首を傾げている。そんな妹分の様子に遥はまるで言葉を選ぶかのように何度か口籠ってから、漸く口を開いた。

 

「あー、えー、オホン。……済まない、余計な事を訊いた。態々可愛い妹分がご指名してくれたんだ、応えてやらねぇとな。それで、贈る相手は立香って事で良いな?」

「はい。欲を言えばスタッフやサーヴァントの皆さん全員に贈りたい所ですが、現状の物資状況ではそれも叶いませんから……せめて、一番お世話になっている先輩には、と!」

「うんうん。健気で良きかな、良きかな」

 

 何処かで見たことがあるようなむん! というオノマトペが見えてきそうな所作で答えるマシュに、柄にもなくまるでレオナルドのような返事を返す遥。元より断る気など毛頭ないが、これだけのやる気を見せられると俄然応える気が湧いてくるというものである。

 しかし改めて考えてみれば、遥がマシュに対して態々教えるような事などあるのだろうか。カルデア生まれカルデア育ちである彼女は、その出自や製造目的故に人理修復が始まるまで一歩もカルデアの外に出た事がなく、ある意味当然の帰結としてカルデアに所蔵されている大半の書物を読み漁り、自身の糧としている。チョコレートのみに限定するにしても、単純な知識量ならば遥はマシュに太刀打ちできまい。

 そんな有様で遥がマシュに教えられる事などあるのだろうか。少なくともレシピがどうこうといった事は既知であろうから、彼が所持しているレシピ集などは役に立つまい。であればチョコを作るマシュの横について時折助言を行う程度か。しかしそれでは折角意気込んだ甲斐がない。頭を悩ませる遥。そんな彼の前で、マシュがおずおずと言葉を零す。

 

「それで、ですね……先輩は、どのようなチョコレートを貰うのが嬉しいと感じるのでしょうか?」

「立香なら何を貰っても――」

 

 嬉しいと思うんじゃないか? そう続く筈だった言葉はしかし、遥が途中で口を噤んだことで強制的に中断された。彼の答えは確かに事実であろうがマシュの疑問への返答として全く適切ではなく、かつ相手を最も困らせるものだろう。類似例を挙げるなら食事の希望を問うた際に『何でも良い』と返されるようなものだ。

 しかし同時に、遥は何故マシュがタマモやミコトではなく彼を頼ってきたのかを理解した。このカルデアにおいて特異点攻略中を除き立香と行動を共にしている時間が長いのは遥である。何しろ日常的な鍛錬や魔術の勉強等、遥が付き合っている事が多いのだから、立香の事について多くを既知としているのではないか、という推測もあまり無理のあるものではない。

 とはいえ、折角頼られて、了解の返事までしたというのに胡乱な回答のみを投げ渡して後は独力で何とかしろ、というのはあまりにも無責任であろう。そもそもとしてそんな無責任は遥自身としても望む所ではない。一拍置いて、呼気。それから、神妙にも思える面持ちで答える。

 

「正直、立香が一番喜ぶのが何か俺にも分からん。多分、いや確実に、何を貰っても喜ぶだろうからな、アイツは」

「そう、ですよね……」

「……だから、さ」

 

 そこで言葉を区切り、遥は真顔を解いて僅かに破顔する。或いはそれは彼自身意図する所ではなかったのかも知れないが彼がイリヤらのような子供に対してよく見せる柔和なそれで、それでもマシュに子ども扱いされたという意識はなかった。彼女はそれに不快感を抱くような気質ではないし、何より遥のそれは子供扱いではなくただ彼女を慮るものであると分かったから。

 遥はカルデアの人々を愛している。その愛が如何なるものであるかは彼自身も分類できないが、兎に角彼らに幸福でいてもらいたい、幸福になってもらいたいと思っている事に違いはなく、その内には当然のように立香とマシュも含まれている。であればマシュからの相談に対し全力を傾けるのも、何も不思議な事ではないだろう。

 

「最高のモンを作って、アイツをギャフンと言わせてやろうぜ。貰えたから嬉しい、何でも嬉しい……そんな感想を許さない、アイツが一生忘れられないくらいにとびきりのヤツをな」

 

 それは果たして、適切な解答と言えるものであったのか。遥には、それを断言する事はできない。だがそれが彼にできる最善の解答であったのかと問われれば、彼は間違いなく首を縦に振っただろう。

 藤丸立香は善性の人である。故にその相手が誰で、貰ったものが何であれ、彼は嬉しいと感じるだろう。だが、それでは足りないのだ。そんな十把一絡げでは、この少女の想いを過不足なく伝えるには不十分に過ぎる。

 であれば、より良いものを。余人のそれと比較などするまでもなく心に残るものを作り、贈れば、否が応にもマシュの気持ち――それが感謝か、或いはまた別種のものであるかは問わない――は立香に届くだろう。それで良い。それくらいで丁度良い。遥の知る日本のバレンタインは、元よりそういう側面が強いものであるのだから。

 

「まぁ、要は頑張って作って、立香の視線を釘付けにしてやろうぜってコトだ!」

「くっ、釘付けっ!? ……っ、はい! 頑張ります!」

「よォし、その意気だ! お兄さんも、頑張っちゃうぞぅ!」

 

 えいえい、おー! 柄にもなく間の抜けた鬨の声をあげる遥と、戸惑いながらもそれに続くマシュ。

 ――どうやら遥も、甘ったるい異様な空気に当てられているらしかった。

 


 

 今更言及すべき事でもなかろうが、海外はともかくとして立香の故郷である日本における一般的なバレンタインの形というものは女性が意中の男性、もしくは同性に対してチョコレートを贈るといったものが基本形である。昨今では義理チョコだとか友チョコという派生形的文化もその存在感をともすれば大元を潰しかねない程に強めてきているが、しかし日本における源流がそれであるという事に違いはない。

 ではそうして貰った相手は貰うばかりで何も返さないのかというと、それは否だ。バレンタインデーの一ヶ月後、3月14日に設定されたホワイトデーにて、贈られた相手は贈与主に対し贈り物を返す。この辺りは製菓業界の陰謀だとか言われる事も多々あるが、一度文化として根付いたものに文句を付けるのも無駄な試みというものだ。

 さて、仮に何も考えずにただ出生地の流儀に則るだけならば、今日立香は何も準備せずに漫然と待ち、例年通り貰えるか否かだけに心を躍らせるだけで良い。だが今年のバレンタインを迎えるに辺り、立香は己に只管に受動的であることを許さなかった。

 国際機関であるカルデアの職員らしくバレンタインの源流における定型に則ったというのではない。ただ日本のバレンタインでも男の側から贈与してはならないなどというルールはないし、日頃からの感謝の印としてこの機会に贈り物を用意したという訳である。

 そうして、バレンタイン当日の朝。朝食など朝の習慣を一通り終えて、立香は今一度己の準備を確認する。人理修復中という都合上――立香は知らない事だが、常ならば立地的問題もあって――慢性的な物資不足であるため職員全員分とはいかなかったものの、自身の契約サーヴァント他数名の分は用意してある。或いは気を紛らわすように意味もなくそれらを整然と並べ、それから立香は深呼吸を零した。

 明らかに緊張している。その事実を、彼は確かに認めていた。そしてそれは自身が用意した贈り物が相手に喜んでもらえるか否かという事よりも、とある特定の人物からチョコレートを貰えるかという事に対しての感情であるようにも、彼自身には思えた。

 邪な思考だ。度が過ぎれば特別扱いとも成り得る、サーヴァントを統べるマスターとしては理想的でない思いだ。しかしそれは人間としてある種当然の思考であるが故に、咎められる者は誰もいまい。いるとすれば、それは彼自身だけだ。期待するなんて気持ちが悪い、というのは批判ではなく的外れな難癖である。

 とはいえ贈与物に不安がないのかと問われれば、それも否だ。自由にできる物資も非常に少ない中で()()()()()()()()()などして彼なりに頑張って用意したつもりだが、果たして喜ばれるかどうか。自信を持って首を縦に振れる程、彼は自信過剰ではない。

 尤も、何もかも考えるだけでは仕方のない事だ。たとえただの祭事だとしても、自発的に行動を起こさない事には何も変わらず、結果は現れてこない。そう考えて立香は荷物を纏めて、そうして部屋を後にしようとしたその時、ドアの向こうからノックの音が響いた。

 

『せ、先輩? いらっしゃいますか?』

「マシュ!? ちょ、ちょっと待って!」

 

 それは立香の期待が招いた偶然か、或いは予め示し合わされていた運命か。全く予期していなかったせいか酷く心臓が逸って、立香は何度か深呼吸を繰り返してどうにかそれを落ち着けた。驚きすぎだ、と、自分を嗜めるかのように。

 それから一度荷物を降ろし、その中からマシュに贈る予定のものを取り出す。彼女の髪の色に近い、簡単な装飾が施された薄紫色の小箱だ。恐らく自ら施したのだろう、その装飾はお世辞にも整ってはいない聊か不格好なそれで、しかし決して雑ではなく、隠しきれていない試行錯誤の跡は立香がどれだけ相手の事を考えてそれを装飾したのかが見て取れる。

 しかしそれは客観的な評価でしかなく、それ故にその箱をひと撫でする立香の手付きや視線は何処か不安げであった。彼は自分なりに頑張ったという思いはあるけれど、自分の頑張りが過不足なく相手に伝わると何の疑問もなく信じ込める程の楽天主義者ではない。無論マシュを信じていない訳ではないが、それとこれとはまた別の問題だ。それに、意地というのもある。

 だが、ここで怖気づいて折角作ったものを渡さないで終わるというのは最低の悪手だ。それでは感謝も努力も、何も伝わる事はないし、何よりただ貰うばかりで何も返せない自分というものを立香自身が許せない。ひどい独善だ、とは彼自身思う。それでも、渡さない訳にはいかない。断られてしまったら、それまでだが。

 そう決意して、もう一度深呼吸。今度こそ心拍も平常通りに戻り、頬に差していた朱も常のそれに立ち戻った。全くのいつも通り。もしも違いがあるとすれば、それは彼の眼光が日常(オフ)のそれではなく特異点にて作戦行動をしている際のそれに近い事くらいか。

 どうぞ、と一言。それからドアがスライドして、その向こうから姿を現したのはやはりマシュであった。その様子は一見するといつも通りどこか浮世離れして淡々としたそれのようでいて、しかし何処かいつもと違う。仮に全くの冷静であったなら立香はその原因に気付いたのだろうが、今の状況ではそれも叶うまい。

 では、いざ。まるで死合に臨む戦士であるかの如き覚悟を以て立香が唾液を呑み下す。しかし彼に先んじて、マシュが動いた。

 

「あ、あのっ、先輩! これをっ!」

 

 緊張に上擦った声音と共に立香の眼前に立ち現れてきたのは、丁寧なラッピングが施された箱。重量は立香からは分からないものの、大きさとしては一般的なホールケーキ用のそれと大差あるまい。誕生日やクリスマスの機会など、立香にとっては見慣れたそれだ。

 少々過剰なほどに腰を折った状態で更に下を向いているせいで、立香からマシュの顔は見えない。だが重力に従って垂れた麗しい薄紫の髪の間から見えている耳は赤く、明らかにマシュが恥ずかしがっている事が分かる。

 期待していた事ではあった。いくら人類最後のマスターなどという仰々しい肩書を背負っているとはいえど、藤丸立香はごく一般的な女性経験も殆どない少年であるからして、そういう期待をする方がむしろ自然である。けれどいざその光景を前にして、彼がまず初めに見せた反応は呆然であった。それをどう捉えたのか、マシュが開口する。

 

「あ、あの、先輩に日頃の感謝をという事であって、別に変な意味では……」

「――ふふ、あはは。……うん」

 

 何処か唐突にも思える朗らかな笑声。次いでマシュの手に掛かっていた重量が軽くなり、つられるようにして顔を上げたマシュが見たのはひどく優し気な表情の立香であった。

 

「オレのために……ありがとう、マシュ」

「は、はいっ……どう、いたしまして」

 

 立香から笑みを投げかけられた事なら、マシュは何度もある。ただ何気なく会話をしているに浮かべる何気ない笑顔も、疲れきった時に見せる強がりな微笑も、戦闘中に時折見せる好戦的でいながらどこか虚勢めいた笑みも、彼女は立香の様々な表情を見てきた。

 だが、何故だろうか、今の彼の表情を見た時、マシュはそれまでに覚えたことのない感覚が胸中に去来したのを自覚した。それはまるで胸の奥が締め付けられるようでいて、それでいて心地よい温かさが滲んでくるかのような、そんな感覚だ。同時に湧き出てきた感情の名前を彼女はまだ知らないけれど、その不明が彼女は嫌ではなかった。

 異に早鐘を打つ心臓も、不思議と不快ではない。こんな穏やかな時間がいつまでも続いて欲しいという思いと、これを特別から普遍に堕としたくないという思いが相克しながらその矛盾そのものを自然だと受け入れられる。立香にとっても、マシュにとっても、初めての感覚であった。

 

「じゃあ、はい、コレ。オレからのプレゼント……って、そんなに大層なモノじゃあないかもだけど」

「えっ、先輩からの……」

 

 立香が差し出したそれを、おずおずと受け取るマシュ。半ば茫然とした様子で数秒それを見つめた後、再び上げられた彼女の表情は言葉よりもなお雄弁に開封の許可を求めているようで、立香もまた無言で首肯を返す。

 それを受け、丁寧に包装を解いていくマシュ。そうして少しも破らずに剥がした包装紙を装飾を壊さないように畳んでからポケットに仕舞い、最後に残った箱を開ける。次いで、あっ、という声。

 果たして彼女の視線の先、立香から渡された箱に収められていたものは一枚の栞であった。恐らくはそう珍しくもない、押し花を封入しているだけの何の変哲もない栞である。マシュの知識が確かならばその花弁は濃い桃色の薔薇のそれであると、彼女は一目で気づいた。

 

「オレ、魔術とか使えないから、そんなものしかできなかったけど……でも、頑張って作ったんだ。貰ってくれるかな……?」

「当然です。……大切にします、先輩!」

 

 そう言い、花のような笑顔を咲かせるマシュ。或いは立香の作ったそれは世界のどこにでもありふれていて、より完成度の高いものが欲しいなら何処か適当な場所の適当な店でそれらしいものを探した方がより良いものが見つかるのかも知れない。

 しかし――人理焼却中であるため不可能な話ではあるが――仮にそういう場所で買ってきただけのものを渡されただけであるならば、マシュはここまで喜ばなかっただろう。勿論立香から贈り物を貰った事は嬉しいけれど、それ以上に彼女は彼が自分のために作ってくれたという事実を嬉しいと感じたのだ。

 そうしてそんなマシュの返答を受け、何処か安心したかのような笑みを見せる立香。一応覚悟は決めてきたとはいえ、彼もずっと不安ではあったのだ。貰ってくれるかどうか、嬉しいと思ってくれるかどうかが。それから手元の箱を見ながら、マシュに問いを投げる。

 

「これ……多分、チョコレートケーキだよね。嬉しいなぁ。……でもこんなに沢山、ひとりじゃ食べきれないかも。マシュさえよければ、一緒に食べない?」

「はい! このマシュ・キリエライト、精一杯お供させていただきます!」

「お供って、大袈裟だなぁ。……うん。じゃあ、一緒にね。ひとりで食べるより、そっちの方が美味しいし」

 

 それからふたりは笑い合って、立香は他のサーヴァントに贈り物を渡すべく、マシュは立香と共に使う食器を取りに食堂へと向かい一旦別れる。

 ――そして、廊下の陰からずっと彼らの遣り取りを見ていた1人と1匹、いや、ふたりは一様に大きく満足げな溜息を吐いてから、悪戯な表情を浮かべる。

 

フォウ、フォーウ、キュウ(覗き見なんて悪趣味じゃないかい、遥?)

「オイオイ、そう言うなよ。可愛い弟分と妹分の青春を見守りにきただけだよ、俺は。それに、どうせ同じ穴の貉だろうが、フォウくん?」

 

 まるで何気なく遥がフォウの鳴き声が意味する所を理解しているかのような会話であるが、何もそういう訳ではない。しかし直接鳴き声から意図を察する事はできなくとも、雰囲気や表情から遥は何となくフォウが言わんとする所を理解できるようになっていた。或いはそれは学習したという事以外に、ガイアにとっての彼らの意味合いが近いという存在の近似もあるのかも知れない。

 しかし、そんな事は遥の知る所ではないし、もしも知っていたとしてもどうでも良い事だ。彼にとって今最も重要であるのは、立香とマシュのバレンタインが成功裏に終わったというその一点。

 折角ふたり共にお膳立てしたのだから成功して貰わないと困る、という事もある。だがそれ以上に遥にとっては、先の遣り取りで見せたふたりの幸せそうな笑顔が、何よりも嬉しかったのだ。そうしてその満足感を吐き出すかのように、呟く。

 

「あぁ――――安心した」




 例のごとく時系列は完全無視していただけると……
 言うまでもない事かも知れませんが、濃いめのピンクの薔薇の花言葉は『感謝』で御座います。無論、ひとつだけではありませんが……

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