奇跡の日に、あなたと。   作:夢兎*

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 寒風が身を震わせる。ただ、その寂しさとは対照に、校内はどこか落ち着かない雰囲気に包まれていた。

 

 いつもは閑古鳥が鳴いているこの場所にも、どこからか浮ついた空気が漂ってきていて、見慣れた景色がなんだかいつもとは違うものに感じられる。

 

 ぐぐーっと伸びをすると、隣からぼそりと声を掛けられた。

 

「今日は来んのか」

「あー、どうでしょう。多分行きますけど……」

「そうか」

 

 先輩もいい加減に慣れてきたのか、特に邪険にされることもない。スローペースな会話がまぶたを重くする。……昨日もあんまり寝れなかったし。

 

「それじゃ、またな」

「あ——はい。……また」

 

 すたすたと背を向けて歩いていく先輩を眺めながら、ほうっと息を吐いた。こんなことがずっと続いている。

 

 いつまで続けるつもりなんだろう。まあ、いつまでもなにも、今日がリミットなんだけど。

 

 明日にはもう冬休み。だから今日が最後のチャンスなのに、そのチャンスもこうして無駄にしてしまった。……もう、無理かなぁ。

 

 幸いなことにまだ先輩の予定は空いてるみたいだし、いっそのことまた葉山先輩をダシにして誘っちゃおうかな……いやでもそれだとなんにも意味ないし。先輩がいいんだってことをわかってもらうには素直に誘うしかないわけで。それができないからこんなに困ってるわけでして……。

 

 もう後がない。放課後を逃したらゲームオーバーだ。あんなことを聞いてきたからには今日も奉仕部は活動してるんだろうけど、二人きりでもうまく誘えないのにあの二人の前で誘える気なんてしない。

 

 うんうんとそんなことを悩んでいるうちにも時間は刻一刻と過ぎていって、いつのまにか放課後を迎えてしまう。

 

 ……これで無理ならそれまで。なにもしないほうが、たぶんずっとつらいだろうし。そんな免罪符を与えようとしている時点でどうなるかなんて目に見えてるんだけど、諦める理由がないと諦められない。

 

 重くなった足を引きずるようにして歩き出す。と、そこでようやくわたしは今日の放課後に予定が入っていたことを思い出した。

 

 そういえば、生徒会の手伝いがあるんだった。……これは、もう、仕方がないかなー。うん、仕方ないよ。今回は諦めて、次回頑張ればなんとかなるかもしれないし。

 

 言い訳だの建前だのをぐっちゃぐちゃに乱立させて、進行方向を切り替えた。

 

 動かした足はさっきまでよりもずっと重くて、どうにかこうにかたどり着いた生徒会室の椅子に腰掛けてやっと一息つく。はぁーと長嘆息すると、タイミングよくカップがデスクに乗せられた。

 

「お疲れ様です」

「ありがとー。小町ちゃんもね」

 

 顔を動かすと八重歯のよく似合う女の子がにかりと気持ちのいい笑顔を見せてくれた。んー、癒される。

 

「いつもありがとうございます。手伝ってもらっちゃって」

 

 正面に座った小町ちゃんは少し伸びた髪を揺らして申し訳なさそうに笑う。なーんか大人っぽくなったなぁ。

 

 髪が伸びているというのも成長を感じる一因なんだろうけど、それだけじゃなくて、なんというか全体的な雰囲気が柔らかくなった気がする。

 

「な、なんですかじっと見て……て、照れちゃうじゃないですかっ! なんて」

 

 微かに頬を赤らめてえへへと笑う後輩がとてつもなくかわいかった。わたしの後輩がこんなにかわいいわけがない!

 

 それはともかく、まだ一応大人になりきれてはいないらしい。ふとした拍子に初めて会ったときの快活な少女が顔を覗かせる。なんだか安心した。

 

「いや、その、ほんとに、小町を見つめてもなんにも出ないですよぅ……」

 

 目を泳がせながらわちゃわちゃと手を動かし始めた後輩ちゃんに、そろそろ声をかけてあげることにする。それにしてもかわいいな、なんだそれ。わたしはそんな子に育てた覚えはありませんよ!

 

「ごめんごめん。なんか大人っぽくなったなーって思って」

「そ、そうですかね……全然、そんな気はしないんですけど」

「そういうのって自分じゃよくわかんなかったりするからねー」

 

 にこにこと先輩面していると、小町ちゃんは「そ、そういえば!」と無理矢理に話題を変える。こういうところはお兄ちゃんそっくりだなぁ。

 

「クリスマスの件はどうなったんですかっ?」

「あー……、まあ、うん。なんか、いろいろねー」

「え……もしかして」

 

 目をそらしたまま頷きを返した。不甲斐ない先輩でごめんなさい。

 

 いやでも仕方ないじゃん? 最後のチャンスもこうして潰れちゃったわけだし? もう明日から冬休みだし?

 

「……いいんですか」

 

 真剣な声音が、乱雑な心の奥底に埋められた気持ちを引きずり出そうとしてくる。わたしはそれに精一杯抗いながら——そう、抗いながら口を開く。

 

「うん。いいの、もう」

 

 紛れもなく抵抗だった。この期に及んで、最後の機会から逃げておいてするのが抵抗であることに、本気で嫌気が差す。

 

 なにが諦められるほど安っぽくないだ。理由がないと諦められないんじゃない。わたしはずっと諦める理由を探していただけだった。勇気が出ない、言葉一つ伝えられない自分を仕方がないと許せるなにかが欲しかっただけだった。

 

 だから、何度チャンスがあったって、そのたびにわたしは逃げてしまうし、どうせいつまで経ってもなにも変えられない。つまんないプライドを納得させるだけの理由さえあれば簡単に楽な道へ進む。そういうしょうもない人間なのだ。

 

「でもっ」

「——仕事、しよっか」

 

 びくりと肩を震わせて、小町ちゃんは唇を噛みしめる。

 

 なにがこの子にそこまでさせるんだろう。わたしが一番仲のいい先輩だから?

 

 わたし自身に小町ちゃんの一番になれているという自覚はない。付き合いの長さで言えば、わたしはあの二人に劣っている。けれど、誰と仲良くなるかなんてことは出会ってからの日数に左右されるものではないから、まったく可能性がないというわけでもない。

 

 もしもそういう理由であるなら、それはとても嬉しいことで先輩冥利に尽きる話だけど、わたしにも踏み込んで欲しくないところがあったりして。ただの逃げだと言われたらそれまでなんだとしても、やっと逃げることができて安堵している自分がいて。わたし自身がそういうわたしをもうほとんど諦めてしまっているから、これ以上はやめて欲しいというのが本音だった。

 

 これ以上つらくなりたくないというのが、本心だった。

 

 クソダサ負け犬女にはお似合いの防波堤で我ながら笑ってしまう。

 

「逃げてばっかりですね」

 後輩の辛辣な皮肉に泣きそうになった。

 

 でも、ぶつかった瞳はわたしよりずっと潤んでいて、なにも言えなかった。

 

        × × × ×

 

「ちょっと休憩しませんか」

 

 嫌なことから目を背けるように仕事に集中していると、いつのまにか横に立っていた小町ちゃんに声をかけられた。わたしの進行具合も確認したのだろう。キリのいいタイミングだった。

 

「うん、そうだね」

 

 後ろめたさから素直に承諾すると、小町ちゃんは扉へと歩みを進める。

 

「外?」

「はい。炭酸が飲みたい気分なんです」

 

 半身だけ振り向いてはにかむ小町ちゃんに警戒心を抱くことなくついていく。まっすぐに向かった自動販売機で言葉通りに炭酸ジュースを買った小町ちゃんは、ぐいっと豪快にそれを飲んで「ぷはぁ」とオヤジ臭い仕草を見せた。

 

「オヤジ臭いよ」

「炭酸はこの飲み方が一番おいしいんですよー! いろは先輩もどうぞ!」

 

 ずいっと差し出されたジュースを受け取ると、期待に彩られたキラキラした瞳がわたしを見つめてくる。……これはのるしかないですねぇ。ちょろい。

 

 少しだけペットボトルの中身を眺めて、それから勢いよく口へと注ぎ込む。ごきゅっと喉が女の子らしさの欠片もない音を鳴らしたところで口を離した。

 

「ぷはぁ——げほっ、けほっ」

 

 げっぷが出そうになって急いで口を抑える。なんだこれ……本当に共学女子高生の所業か。笑いを堪えて肩を揺らしている小町ちゃんが憎たらしい。

 

「まだまだですね」

 

 わたしからペットボトルを受け取って、したり顔で言う。

 

「……もう二度とやんない」

「そんな怒らないでくださいよー」

「別に怒ってないし」

 

 ふーんと顔を逸らして、自動販売機へ130円を突っ込んだ。なにを買おうか。寒いからあったかいのがいいなぁなんて考えながら、指を右往左往させていると、ぞくりと脇に悪寒が走る。

 

「ひゃっ……!?」

「隙ありですっ!」

 

 わさわさと容赦なく両脇をこしょぐる指に、なすすべもなく奇声をあげてしまうわたし。ちょっ、ほんとっ、やめっ。

 

「やめてってば!」

 

 ごつんと、つい手加減抜きで頭を叩いてしまった。

 

「うう……い、痛いですよぉ」

「ご、ごめん……っていうか、小町ちゃんが悪いでしょ!」

「てへっ」

 

 ぺろりと舌を出す後輩になんだか気が抜けてしまう。そ、そんなかわいいことしても許さないんだからねっ!

 

「はぁ……」

「がちの呆れトーンはなかなか心にくるんですけど……」

「自業自得でしょ……」

 

 気を取り直してホットな紅茶ボタンを押す。一口飲んでほっと(ホットだけに)息を吐くと、寂しげな笑顔と視線がぶつかった。

 

「……本当に、いいんですか?」

「うん、いいんだよ、もう。今回は仕方ないって」

 

 後輩にこんな弱気な言葉を吐いてしまう自分に、どうしようもない情けなさを感じながら、それを水に流すようにもう一口紅茶を喉に通した。

 

 じんわりと広がる熱は体表まで伝わってくることはなくて、冷えた空気にぶるりと身体が震えてしまう。いつもそうだ。多分、いつも——

 

「いつもそうやって、閉じ込めてばかりですね」

 

 心を読んだみたいな台詞にどきりと心臓が跳ねる。

 

「今回だけじゃない……春からいろは先輩と話すようになって、ずっと。ずっとそうですよ? いつまでそうしてるつもりなんですかっ? それじゃ、いつまでも——」

「——わかってるよっ!」

 

 最後まで聴きたくなくて、反射的に言葉を被せた。

 

「……わかってる」

 

 わかってるんだ。このままじゃだめなんだってこと。そんなの、何度だって思った。何回考えたかわかんない。それでも。

 

「わかってるけど……できないんだよ」

 

 怖い。関係を変えてしまうのが怖い。なにかわかりやすい安全マージンを取って、なんでもないただの先輩と後輩のままじゃないと、怖くて動けない。誰かに奪われることよりも、自分の行動で失ってしまうほうが何倍も怖い。

 

 それは言い訳なんだってわかってる。全部、全部わかっててそれでもできないんだから、

 

「そんなの、仕方ないじゃん……」

 

 俯くわたしの耳に届いたのは、慰めではなくてわたしを責めるような言葉だった。

 

「わかって……ないじゃないですか」

 

 けれど、否定の意味を持つそれはどこか悲しみを孕んでいて。

 

「わかって、ない……全然、わかってない。いろは先輩は、なんにも、なんにも……わかってないっ……!」

 

 視線を上げると、濡れた瞳がわたしを睨んでいた。わたしが驚きで声も出せずにいるうちに雫は頬を伝い、大きく動いた拍子にリノリウムの床へと落ちる。

 

「小町のこと、なんにもわかってくれてない……っ」

 

 止まらない哀しみを堪えぬままに、小町ちゃんは一歩一歩、生まれたての子鹿のような覚束ない足取りでわたしとの距離を詰めて、ぎゅっとブレザーの胸元を握った。

 

 小さな肩が震えているのに、わたしはそれを抱いて宥めることもできずに、ただ呆然と微かに見える額を見つめる。後輩になにもできない、なにをしてあげればいいのかもわからない自分に言いようのない歯がゆさを感じながら。

 

「……なんで、ですか」

 

 なんで、なんで、かすれた声で続けられる問いに対する答えをわたしはいまだ知らずにいる。違う。それは知りながらも知らぬふりをしているだけで、本当はしっかりわかっているはずなんだ。

 

 そうやって、自分の弱さのために人の気持ちを踏みにじって、知らないふりをして……だから、今こうして大切な後輩を泣かせてしまっている。

 

「なんで……っ、小町は——小町はただ、いろは先輩に、お兄ちゃんとっ、幸せになって……ほんとに、それ、だけなのに……っ!」

 

 ブレザーを握る力が一層強くなる。ようやく、その手にそっと手を重ねて、じっと言葉の続きを待つ。ちゃんと聞かなければと思った。ちゃんと言わなければと思った。

 

 大切な後輩のことを、ちゃんと知らなければと思った。

 

「いつも、いつもっ、いろは先輩は小町に相談をしてくれますけどっ……、いつもそんなの、聞く前に全部決めちゃってて、小町がなんか言ったって……いくら小町が手伝いたいと思ったって……っ! こ、これじゃっ……別に小町、いらないじゃないですか……っ」

 

 強く唇を噛み締めて、今までの自分を恥じた。

 

 多分、言い訳を作りたかったんだ。それは自分を守るための防波堤を築いているだけで、本当のところは全然目標を達成するつもりなんてなくて。

 

 小町ちゃんに相談することで、わたしは「人に相談して、頑張ろうとしている」という建前を作って誤魔化そうとしていただけ。それは相手なんて誰でもよくって、誰もいなくたってよくて、なにかの行動がなにもしないことの免罪符になってくれればそれでよくって。

 

 そんなものに小町ちゃんを使ってしまっていた。頼り切ってしまっていた。小町ちゃんの気持ちを蔑ろにした。

 

「ごめんね、小町ちゃん……」

 

 胸の中で泣きじゃくる後輩の頭をそっと撫でた。それから両肩に手を添えてゆっくり身体を離す。

 

「ごめん、わたし、行かなきゃいけないところがあるみたい」

 

 取り出したハンカチで涙を拭う。自分がこの子を泣かせたのだと、その事実を飲み込むように。

 

「本当にごめん。ここまでしてもらわなきゃ動けない先輩で」

 

 ハンカチと紅茶を握らせて、脇を抜けるように歩き始める。

 

 ——わかって、くれないなぁ。

 

 徐々に歩速が増していくわたしの背中に、そんな声がぶつかった気がした。

 

 疑問はあったけど、それでも今は止まるわけにはいかなくて、止まってしまったらまた動き出せなくなりそうで、わたしは振り返ることなく目的地へとひた走る。

 

 辿り着いた扉からは声が漏れていたけど、そんなことを気にしている余裕もなくて息を整える間も置かずに教室へと飛び込んだ。

 

「——ねっ、みんなでクリスマスパーティーしようよ!」

 ——あぁ、もう、なんでこんなっ、タイミングの悪い……。

「はぁ……はぁ……っ」

 

 驚いた目でこちらを見つめる三人の前で、熱を持った胸を抑えつけながら絶望を感じていた。

 

 全部、わたし自身の責任で、自業自得で、残念に思うなんてことすら許されないのかもしれないけど、これから帰って後輩にどんな顔をすればいいのかとか後ろ向きなことばかり考えてしまって、じわりと視界が滲む。

 

 せっかく、ここまで来れたのに。

 

 後輩にあそこまで言わせてしまったのに。

 

 後悔なんてするのはいつも手遅れになってからで、誰かを傷つけてしまった後で、したところで意味なんてないのに、こんなことならと思わずにはいられない。

 

 ままならない。

 

 ごめんね、小町ちゃん。小町ちゃんのためにも頑張りたかったんだけど……遅かったみたい。いつもいつも、遅れてばかりだ。

 

「……一色さん?」

 

 こちらを気遣うような声が耳に届いて、ようやく自責の渦から抜け出した。

 

「どうしたの? なにか緊急の要件でも……」

「いえっ、その……」

 

 顔を上げられないまま、震える声を絞り出した。

 

「用は、なくなってしまったというか……えと、あの、なんの話、してたんですか……?」

 

 今更訊いたところでどうしようもないことを訊ねた。

 

 奉仕部に誘われたのなら、先輩には断る理由なんてないだろうし。わたしが割って入ることなんて、出来るはずもないし。そもそも、そんなことする勇気もないのに。

 

「あ、そうそう、クリスマスパーティーをやろうって話してたの! もう、高校で最後のクリスマスだしさ、みんなで想い出作れたらいいなーって思ったんだけど、どうかな?」

 

 興奮気味に結衣先輩が提案すると、雪ノ下先輩は優しげに微笑んで、

 

「どうせ嫌だと言ってもやるのでしょう?」

「ゆ、ゆきのん……っ!」

 

 ひしっと結衣先輩が雪ノ下先輩に抱き着く。雪乃先輩は眉尻を下げながらもどこか嬉しそうで、そんな暖かな空間が今のわたしにはひたすらにキツい。とどめを刺されているような気持ちだった。

 

「ヒッキーはっ?」

 

 満面の笑みで先輩に問う。断るなんて選択肢ないだろう。奉仕部は先輩の大切な居場所で、二人が先輩を想うのと同じくらい、先輩も二人のことを特別に想っている、そんなのは、見ているだけでもわかることだ。

 

 いつもそれを見ては心を削られてきた。どうせ手に入らないと不貞腐れながら、それでも無視できずに手を伸ばしてきた。でも、自分の足で歩けもしないわたしなんかじゃ、いつまで経っても届くわけなくて。

 

「あー……」

 

 躊躇いがちに、先輩は口を開く。

 

 これを見届ければ、諦めもつくのかな。

 

 そんな情けない気持ちで顔を上げると、先輩はわたしを一瞥してから言葉を続けた。

 

「悪い。先約があってな」

「えーっ! あ、わかった! どうせ小町ちゃんと過ごすからとか言うんでしょ」

 

 ふふん、どーだ! とばかりにどや顔を披露する結衣先輩に、先輩は首を横に振ってからわたしへ視線を向ける。

 

「なんか用、あるんだろ」

 

 仕方なさそうな笑顔を向けられて固まってしまった。

 

「……え」

 

 なにが、起きてるの? 予想外な出来事に頭が追いつかず、答えを探すように周囲に視線をやった。すると、瞳に映ったのは結衣先輩と雪ノ下先輩の「なら、仕方ないか」とでも言うような表情で。

 

 一周して戻った先——先輩の顔を見て、どう表現すればいいのかもわからない感情の波が喉奥からせり上がってきた。

 

「——い、一色?」

 

 焦りを感じさせる声。でも、拭っても拭っても全然止まってくれなくて、しょうがないからみっともなく嗚咽を漏らしながら言葉を返す。

 

「え、えっと、わ、わたし……なんにも、言って、ないのに、その、え? な、なんで……?」

「……いや、最近のお前、どう考えてもおかしかったろ」

 

 呆れ気味に言われて、言葉に詰まってしまう。……そ、そんなにわかりやすかったのかな。うわ、恥ずかしい……なにこれ、すっごい恥ずかしいんですけどっ。

 

「それで? なんの用なんだ?」

 

 ……ちょっと待って、心の準備ができてないっていうか、もうだめだと思ったからこんなことになるなんて考えてなかったていうか。

 

 そもそも用事とかそんなじゃないのに、言って大丈夫なの? 先輩とクリスマスが過ごしたいですって? 結衣先輩と雪乃先輩の目の前で? わ、わたしにはハードル高過ぎないっ?

 

 いや、もともとそういうつもりではいたけど! でもここに来るまではその、勢いみたいなのがあったわけで、そう簡単につけられる勢いじゃないからちょっと今は無理なわけで。

 

 でもでも、ここで「やっぱりなんでもないです」とか言っちゃったら、小町ちゃんになんて言われるかわかんないし、最悪見捨てられるし、もう一度泣かせるかもしれないし、そんなのは絶対嫌で。

 

 かといって言えるかっていったら言え……言えるわけないじゃんっ! 無理無理無理無理……誰か助けて。

 

 葉山先輩……だからそれはダメなんだって。ダメだけど……ほかに策なんて。

 

「一色?」

「あっ、えっと、その……」

 

 言わないわけにはいかない。言うこともできない。葉山先輩はダメ。なにも出来ずに戻ったら小町ちゃんに怒られる。小町ちゃん……?

 

「生徒会……」

「生徒会?」

「いや今のは違くてっ、ああ、でも、そんなに違くないっていうか、そう、えっと! 生徒会……で、いろいろやばくて、だから! 先輩が帰る前に、急いできた……みたいな。な、なのでっ、24日の11時に千葉駅に集合です!」

「いや——」

「詳細はそこで話します!」

 

 逃げるように踵を返して教室から飛び出した。しばらく走って、徐々に速度を落としていき、足を止めて壁にもたれかかる。

 

「……あーあ」

 

 やっちゃった。本当にダメなやつだと思う。誰に責められたって文句は言えない。これじゃなにも変わらない。

 

「……やだなぁ」

 

 生徒会室に戻りたくない。でも、スクールバッグはそこに置きっ放しになっているし、戻らなかったところでどうせLINEやら電話やらで連絡を取ろうとしてくる。

 

「……はぁ」

 

 ため息を吐き出して、生徒会室に向けて歩き出した。予想通りにわたしを待ち構えていた小町ちゃんには「どうせそんなことだと思いました」と言われた。

 

 不甲斐ない先輩でごめんなさい。

 

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