奇跡の日に、あなたと。   作:夢兎*

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 自分でも浮かれているとわかる音が足元から響いている。恥ずかしいけれど、どうにも抑えられそうになくて、つい苦笑いをこぼしてしまった。

 

 ここに来るまでは曇天だったはずの心には笑顔が絶えなくて、自分自身に呆れてしまう。迷いも不安も喜びの前にはたやすく吹き飛んで、その顔を見つければ自然と口もとが綻んだ。

 

「せーんぱいっ」

 

 どきどきと心臓が高鳴るのは、駆け寄ったせいなのかそれとも先輩と二人きりのクリスマスデートという状況のせいなのか、どちらかなんて考えるまでもなかった。

 

「一色いろは、到着ですっ!」

 

 ついついにへらと緩んでしまう頬に気を遣いながら、びしっと手だけで敬礼の真似をしてみせる。先輩はわたしをアホでも見るような目で一瞥して、はぁとため息を吐き出した。

 

「恥ずかしいからやめろ……」

「むぅ。女の子と待ち合わせて第一声がそれとか、ダメですやり直しです! ほら!」

 

 ほらほらと見せびらかすようにコートの端を摘んで催促する。そんなわたしを見て少し考え考えしたのち、ようやく気づいたのか、先輩はぶっきらぼうな態度でぼそりとつぶやいた。

 

「……ま、まあ、似合ってんじゃねぇの。知らんけど」

「……うぅん、ひとりごとにしか聞こえませんが、及第点ということにしてあげましょう。もとから期待してなかったですし」

 

 顔をひきつらせて文句でも言いたげにわたしを睨め付けても無駄です。先輩はもうわたしの手のひらの上なのです。どう料理してやりましょう。

 

 にたにたと気持ち悪い笑みを浮かべていることに気づかぬままアホな想像に思考を割いていると、諦めたようなため息が聞こえてきた。

 

「で、今日は結局なにすんだ」

「…………」

 

 ふいっと視線を逸らすと、「おい」と追い討ちをかけてくる。なんてひどい先輩だ。もう少し手加減してくれてもいいんですよ。ていうか、して。

 

 だいたい、おかしい。話が違うよ、小町ちゃん!

 

「……あの、小町ちゃんから聞いてないんですか?」

 

 恐る恐る視線を戻しながら問う。

 

「は? なんも聞いてないけど」

「……あれー?」

 

 わたしは確かに小町ちゃんに「とりあえず、小町が適当にフォローしておきます」って言われたんですけど。小町ちゃんの嘘つき! 鬼!

 

 なんだかとってもムカつく顔でわたしを見ている先輩はとりあえず置いておくとして、どうしよう……わたし、なんも考えてないんだけど。人任せにし過ぎた結果がこれか。誰がどう見ても自業自得です。本当にありがとうございます。

 

「えー……っと、その、と、とりあえず、時間はあるのでちょっと移動しましょう! ほら、ここ寒いですし!」

 

 言って、先輩の腕を掴んで足を進め始める。

 

「お、おいっ、自分で歩くからっ」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 パッと手を離して、わたしに引っ張られてずれたコートを直す先輩を見つめる。……適当に時間を稼いで、そのうちになにか、言い訳を作らないと。

 

「移動っつったって、どこ行くんだよ」

 

 身だしなみを整えた先輩に訊ねられる。どこ、行こっかなぁ。……C・one? ペリエ? いや、ペリエってもう着いてるようなもんだし、それじゃ時間稼げないし。だからってC・oneも十分かからないし、特に見たいものもないし……ウィンドウショッピングをするのも悪くはないけどそれだと先輩めちゃくちゃ暇だろうし。

 

 うーん、どうしよ。前はどこに行ったっけ。先輩っていつもどこに行くんだっけ。……本屋? そういえばいつだったか本屋に行くとかなんとか言っていた気がする。

 

「本屋さんに行きましょう」

「本屋?」

「はい、買いたい本があるんですっ!」

 

 ないです。ないのだが、まあ、ここは先輩の趣味を知るいい機会ということで、有効活用させてもらおう。それなら別に近かろうとそれなりに時間も潰せそうだ。

 

「ここから本屋っつーと、そごうの三省堂か」

「え、駅にありませんでしたっけ」

 

 本屋に寄る機会はないけど、さすがに場所くらいは知っている。わたしは知っていますよ、大抵の大きな駅には本屋があるってことを! ふふん。

 

「いや、あっちのほうがでかいし」

「? 大きいとなにかいいことがあるんですか?」

 

 不思議に思って訊ねると、先輩はしばらく思索にふけってから答える。

 

「……言われてみれば特にないな。まあ、でかければ在庫も置けるだろうし、単純に本の種類も多いんだろうが……でかくてよかったと思ったことはない」

 

 え、ならどっちでもよくないですか。男の子はでかいものに惹かれてしまう性質を持っているのだろうか。よくわからない。

 

「そもそも大きさでしか比べたことがないし、わざわざ小さいほうに行って目当ての本がなかったってなるよりは合理的だろ」

「……ふむ、それもそうですね」

 

 無駄足は今は大歓迎だけど、こうして指摘されてしまった以上はそちらを選ぶのも不自然な気がする。

 

「っつーか、このあとの予定次第じゃねーのか。全部駅で済むならそうすればいいし、そごうのほうに用があるならそっちに行けばいいし」

「確かに。一理くらいはありますね」

「くらいってなんだよ……なんでちょっと曖昧なんですかね」

 

 どうでもいいところにつっこんでいる先輩はさて置き、ここはとりあえずそごうに向かっておこう。歩いているうちになにか閃く可能性もある。

 

「では、そごうに向かいましょう!」

 

 というわけで歩き出したわたしたち。たいして距離もないので十分もかからずに本屋に到着する。なんて便利な世の中なの。

 

「到着ですね」

「だな」

 

 あっけない。ただの移動であっけないもクソもないけど。

 

「なんの本が欲しいんだ? 参考書とか? それともファッション誌かなにかか?」

「では、先輩のオススメの本を教えてください」

「話聞いてた?」

 

 聞いてましたよ、失礼な。あんまり先輩とまともに会話してると話が今日の目的に移りそうだから嫌なんですよ! わたしだって先輩とお話したいですよ!

 

「と、とにかく、オススメの本です、オススメの本」

「そう言われてもな……お前読書とかすんのか?」

「……しないですけど」

 

 なんですかその顔! なんか無性に腹立つんですけど!

 

「世の中にいる大半の女子高生は読書なんてしてませんよ」

「お前それは言い過ぎだろ……」

「考えてみてください。たとえば結衣先輩です。結衣先輩は読書していますか?」

「まあ、してないな」

「そうでしょう」

 

 満足気に頷くと、先輩は待て待てとわたしの暴論に口を挟んでくる。暴論って言っちゃってんじゃねーか。

 

「サンプルが極端過ぎるだろ……」

「なら、三浦先輩です。三浦先輩は読書していますか?」

「いや、してないけどな……」

「ほら! ここに雪ノ下先輩を加えるとしても、女子高生の四分の三は読書なんてしていないということになります。それが女子高生なんです!」

「全国の女子高生に謝れ」

 

 全国の女子高生のみなさん、ごめんなさい。でも、楽しいならオーケーです。

 

        × × × ×

 

「お待たせしましたっ」

 

 出口で待っていた先輩の前に立つと、先輩はすっと手を差し出してくる。

 

「え、いや、いいですよ。このくらい」

 

 わたしの手には先輩オススメの文庫本が入った袋が握られている。とはいえ、たった二冊だ。わざわざ持ってもらうような重さじゃない。

 

「いいから」

「う……はい」

 

 あまり拒否するのもあれなので、渋々袋を渡す。「今来たところだよ」は言えないくせに、なんでこういうことは平気でするんですかね。天然スケコマシめ。

 

「ほんとあざといですね」

「いや、素だから」

「はいはーい」

 

 軽くあしらわれたのが癪に触ったのか、先輩はなんだか不服そう。わたしなんかの言葉でいちいち機嫌が変わっちゃうのを嬉しいなぁとか思ってしまうわたしは重症なのでしょうか。

 

 ともあれ、本は買い終えてしまった。なんだかんだで雑誌を読んだり、変なタイトルがずらりと並ぶ世にも珍しい光景をディスりながら眺めたりとかしていたら二時間ほどがあっという間に過ぎ去ったので、本屋を選択した二時間前のわたしを褒め称えたい。先輩が代わりに褒めてくれるのも可。

 

「次は」

「そんな急かさないでくださいよー」

「だいたい、俺まだなにすんのか聞いてねぇんだけど」

 

 来た。だがしかし、わたしにはもうすでに返答が浮かんでいるのです! さすがわたし! 略してさすわた!

 

 二時間の内訳はこれを考えていたのがほとんどだったりする。いや、だってほら、下手なことを言って帰られたりしたら泣いちゃうし、わたし。

 

「実は本日の目的は現在進行形で遂行中だったりするんですよねー、こうして遊ぶのが本題っていうかー」

「ああ、前にやったフリペみたいなもんか?」

「ですです! そんな感じだと思ってもらってだいじょぶですっ!」

 

 へっへっへ、どうだ! これぞ『焼き直し大作戦!』。嘘をついているという後ろめたさがなくなるわけじゃないけど、事あるごとに言葉に詰まるよりはマシ。

 

「ほーん、なるほどな……でもなんで俺なんだよ。それこそ葉山に頼めばよかったんじゃねーのか?」

「い、いや、それはそのー、ほら、暇そうなのって先輩くらいじゃないですか? 葉山先輩は受験ですし?」

「俺も受験生なんだよなぁ……」

 

 うなだれる先輩の肩にぽんと手を置いた。

 

「先輩ならよゆーです!」

 

 なんだこいつ……みたいな視線がひたすらに肌を刺してくる。痛い。慰めるの下手くそでごめんなさい。

 

 まったく元気にはならなかったけど、先輩はお決まりのため息を吐いて、気を取り直したように口を開く。

 

「そんで? 次はなにすんだ?」

「んー、なにしましょうか。……というか、お昼時ですし、ひとまずお店にでも入りませんか? ずっと立ちっぱなしで、足も断末魔です」

「死んでんじゃねーか」

 

 アホ丸出しな何気ない会話に、えへへと笑みが漏れる。楽しいな……楽しい。……本当はもっと、楽しかったんだろうなぁ。

 

「どこにします? サイゼですか? それともラーメンにしますか?」

「なんでその二択……」

「いや、だって、先輩とどっか行くといっつもそうなんですもん。もう慣れました」

 

 自分で言っていて、慣れてしまうくらいには二人で出かけることがあったんだなぁと感慨深くなる。そのたびにちょっとくらい距離が近づいてるといいんだけど、なかなかうまくはいってくれなくて。

 

 ううん、違う。うまくいかないんじゃない。いつもわたしが危険とともにうまくいくという選択肢も消してしまっているだけで、いくらでもチャンスはあったんだ。

 

 ね、先輩。わたし、本当は先輩と行きたくて誘ってるんですよ?

 

 なんて、そんなこと、絶対に言えなくて。

 

 やだな……こんなことばっか考えちゃって。

 

「ラーメンかサイゼな……俺は別に構わんが、せっかくそごう来てんだから、この中で食えばよくね?」

「あぁ、それもそうですね……」

 

 上の空で返事をすると心配そうな声が耳に届いて、はっと我にかえる。

 

「……どうした? まさか本当に足痛いのか?」

「あっ、いえ、なんでも、全然大丈夫ですよ。なに食べましょうか? とりあえず行ってみましょうか」

「ん……だな」

 

 訝しげな表情のまま頷く。どこかギクシャクしたままレストランの固まる一つ上の階へとエスカレーターで向かうと、どこも人が並んでいるようだった。

 

「……うわ」

「……イブで日曜で昼時って、混む理由が揃っちゃってますからね」

 

 窺うように先輩を見ると、どうやらよさげなお店がないか探しているようで、特別テンションが下がったりはしていない。

 

「どこにすんだ」

「んー、そうですね……なにが食べたいですか? ていうか、いいんですか? 結構な混み具合ですけど」

「そんなのどこ行っても同じだろ。今更降りて外でラーメン待つのも、サイゼリアに並ぶのも普通にめんどいし」

 

 なるほど、とっても先輩らしい理由です。そこで家で食うとか冗談でも言わないあたり、前より成長してるんだろうか。その点、わたしとか一ミリも成長してませんけども。

 

「なに食うんだ?」

「いや、わたしが聞いたんですけど」

「俺は別に特定のものを食いたい気分でもないし、なんでもいい」

「んー……あ、じゃあ、あそこにしましょうか」

 

 適当にフロアを見回して目についたのは、パスタ専門店。こういう専門店みたいなの、最近増えてきた気がする。いや、わたしが疎いだけで最近じゃないのかもしれないけど。

 

 ピザとかパスタとか卵とか、卵はなんかジャンルが違うな。そういえば、オムライス専門店なんかもあるよね。

 

 並んで待っていると、十二時半を迎えたあたりでようやくテーブルへ案内された。

 

 腰を下ろすと、ふぅと息が漏れる。それは先輩も同じだったようで、二人して笑ってしまった。なんだかくすぐったい。

 

 それぞれメニューを開いて、注文する品を選ぶ。んん……どれにしよう。パスタと一口に言っても沢山の種類があるみたいで、メニューには美味しそうな写真がずらりと並んでいる。

 

 うぐぐ……とわたしが悩んでいると、先輩はぱたりとメニューを閉じる。

 

「え、もう決まったんですか……」

「すぐ決まるだろ」

「決まんないですよぉ……」

 

 お待たせしてしまうのも申し訳ないので、徐々に選択肢を絞っていく。と、最後に二つのパスタが候補に残った。

『サーモンとエビのクリームソース』か、『地鶏とモツァレラチーズクリームソース』か……なにこの究極の二択。どちらもすごく美味しそうだ。やっぱりモツァレラチーズ? モツァレラチーズってついてるだけでなんだか美味しく見えてくるから、モツァレラチーズには絶対魔力がある。

 

「……せ、先輩はなににしたんですか」

 

 なにかの参考になるかと気休め程度に訊ねてみる。

 

「地鶏とモツァレラチーズクリームソース」

「——決まりました」

 

 ピンポーンと呼び鈴を鳴らす。少し間を空けて注文を受けにやってきた店員さんに告げるメニューはもちろんこれ!

 

「サーモンとエビのクリームソースを一つで!」

 

 

 そういうわけで、しばらくの時間を置いて目の前に運ばれてきた二つのパスタ。

 

 わたしはまず一口、自分で頼んだものを食べる。……おいしい。なんというか、ショッピングセンターのレストランのレベルも上がったなぁと感じる味だった。

 

 わたしが小さい頃のショッピングセンター……っていうか、デパートなんだけど。普通においしかった(幼少期の記憶補正あり)けど、これほどではなかった気がする。今食べているこの味も十年後にはそこまでじゃなかったな、とか思うのかな。

 

 ……なんかそれはそれでやだな。

 

 ちらと先輩へ目を向けると、先輩は黙々とパスタを口に運んでいる。こうして二人でご飯を食べた思い出が色褪せてしまうというのは、あまり考えたくない。

 

 それにはもっと鮮烈に記憶残るための努力をするべきだ、とわたしは思うわけです。

 

「せーんぱい!」

「ん?」

「一口くださいっ! あーん」

 

 普通に食べるときより気持ち大きめに口を開いて目を瞑る。が、一向にわたしの口にあのパスタが運ばれて来る気配がない。

 

「……せんぱい」

「いや、しないでしょ、普通に……」

 

 手を止めてわたしをめんどくさそうな瞳で見つめる。

 

「わたしにこのまま恥をかかせるというわけですか、そうですか。あー、恥ずかしいなー……先輩に辱めら」

「おい、それは脅迫だぞ」

「人聞きの悪い。脅してるんです」

「同じじゃねーか!」

 

 はぁーと長いため息を吐いて、先輩はこれ以上ないくらいに嫌っそうな顔でパスタを巻いたスプーンを近づけてくる。

 

 少し身を乗り出して、思いきりかぶりついた。そのまま顔を動かしてパスタだけを口内に残す。何度か噛んでからこくりと飲み込んだ。

 

「んー、おいしーですっ! ……えへへ」

 

 ついにまにまとしてしまう。なんだか想像より数倍美味しい気がしますね。

 

「……そりゃよかった」

 

 なるべく気にしないようにしているのか、変わらない調子でパスタを巻いて口に入れようとした先輩に向けてにっこりと微笑んだ。

 

「わたしは二択で迷っていたパスタを二つとも食べれて、先輩はわたしと間接キスができる。win-winですね!」

「……本当、いい性格してるなお前」

 

 苦々しい表情になってしまったため、流石にこの辺りでやめておくことにする。あんまりからかうようなことして嫌われたら死ねるもんね!

 

 でも、先輩には悪いけど本当にいい思い出ができた。……もしかしたら、これが最後になっちゃうかもしれないし。最後くらい、そういうことをしてもバチは当たらない。多分。

 

 最後かぁ……冬休みが明ければ、先輩は受験で、二月に入れば自由登校期間に入ってしまう。そうなると、先輩の顔が見られるのも、あと一ヶ月くらいしかない。

 

 一ヶ月、なにかできるかな……わたしなんて臆病で意気地なしだし、これ以上の関係になれているとはとても思えない。

 

 卒業式とか、泣いちゃうのかなぁ……。

 

「一色?」

「えっ、あ、はい、なんですかっ?」

「……全然食ってなかったから」

 

 言われて、パスタを巻いた状態のままフォークが止まっていることに気づいた。誤魔化すように慌てて口に入れる。ちょっと冷めたパスタはさっきよりも味が落ちている気がした。

 

        × × × ×

 

 色とりどりの装飾品がそこかしこに並べられている。わたしはううんと唸り声をあげながらしばらくそれを物色して、二つを手に持って先輩のもとへと向かう。

 

「どうですっ? どっちが似合ってますかねっ?」

 

 背中を見せるようにして、後ろ髪にあてたのはバレッタ。細長い淡いピンクのものと、赤地に白い水玉模様のリボンがついたものだ。

 

「……派手なほう?」

「なんですかそれ! もっと真剣に考えてくださいっ!」

 

 うがーっと文句を言うと、先輩はため息を吐いてからもう一度わたしとわたしの持つバレッタを見て、

 

「リボンのやつ、だな……主張が激しくてお前っぽい」

「うぐぐ……はぁ、まあ、いいでしょう。先輩のそれ、照れ隠しみたいなもんですし」

「は、はぁ? て、照れてないんですけどー?」

「はいはい」

 

 なんだかいつもと立場が逆転しているわたしたちだった。

 

 とりあえずこれは買うとして、あとは……あ。

 

「ピアスがありますよ、先輩!」

「ほーん、ピアスね……はっ」

「な、なんですか……」

 

 なんかすごいバカにしくさったような笑い方されたんですけど。この人ピアスに恨みでもあるの?

 

「いや別に。ガラの悪い連中がジャラジャラつけてるイメージが強いから、ついな」

「……わたしは一個しか空けてませんし」

「誰もお前のことだなんて言ってねぇだろ……悪い」

 

 どうやら本当に反射的なものだったらしい。バツが悪そうに頬を掻く様が少しだけかわいく思えた。

 

 ピアスの飾られてるショーケースを覗き込むと、目を引いたのは赤く煌めくジルコニア。スタンダードなスタッドピアスだ。

 

「あ、これかわいい」

 

 すぐ横、ピンクのジルコニアに物欲が芽生える。が、買う気はない。チタン製ってなんか響きはいいけど、わたし金属アレルギーないから関係ないし、税込8,640円の出費はさすがに痛い。

 

 レジ近くのショーケースに並んでるのなんて高いってわかってたし、わたしには回転式のショーケースに飾られた1000円ちょっとのやつとか、裸で壁にかけられてるリーズナブルなやつで充分。

 

 さっさと移動して、安物を眺める。と、暇になったのか、先輩が話しかけてきた。

 

「痛くねぇのか?」

「へ? ああ、人によると思いますけど、わたしは痛くなかったですよー。耳たぶなら大概の人は問題ないんじゃないですかね。トラガスとかヘリックスとかの軟骨に開けるってなると痛いみたいですけど……わたしは耳をじゃらじゃらさせるつもりはないですし」

「そういうもんか」

「そういうもんです。痛かったら空けてませんし」

 

 そうそう、わたしみたいなのがわざわざ痛いことなんてするわけないじゃん。痛いのだめ、絶対。

 

「あ、ていうか、わたしピアスとか選んでる場合じゃなかったんでした」

「なんか用でもあんのか?」

「用っていうか……えっと、こっち来てください」

 

 先輩を連れて店内を移動する。ちなみにこの店、特に男性向けとか女性向けとかの括りはなくて、強いていうなら学生向けの雑貨屋さん。なので、もちろん先輩が身につけてもおかしくないものもそれなりに置いてある。

 

 きょろきょろと周囲を見回しながら歩いていると、よさげなものが視界に映った。

 

「ちょっと手を出してください」

 

 振り向いてそう告げると、先輩は怪しむような視線を向けながらも手を出してくれた。

 

「そんな怪しまなくても、変なことはしませんよ」

 

 手近な商品を手に取って、先輩の腕に合わせてみる。

 

「……腕輪?」

「腕輪っていうか、ブレスレットっていうか、どっちでもいいんですけど。……うーん、これじゃないかなぁ」

 

 バングルやらブレスレットやらを吟味していく。

 

「やっぱ暗めの茶色か黒ですかねぇ……でもあんまり暗い色だとただでさえ暗いのに拍車かけちゃうし」

「さっきからなにしてんだ……」

「あー、先輩は気にしなくていいんで、そのままで」

 

 ここは思い切って明るい茶色にしてみようかな。いつもは黒いブレザーに身を包んでいて、黒い髪に死にそうな目でセルフ呪怨みたいな先輩だけど、私服はそこまで暗いわけじゃないんだし、いいかもしれない。

 

「うん。よし、決めました! レジに行きましょう!」

「お前今すげぇ失礼なこと考えてなかった? つーか、それ買うの?」

 

 ガン無視して会計を済ませ店を出る。目の前でクリスマス仕様の袋に入れてもらったので、そういうことに疎い先輩も勘付いたみたいだ。

 

「ああ、葉山の……」

「なんでそうなるんですかね……」

 

 うっそだろ、おい。あそこまでしてそういうこと言う? わたしは半ば呆れ気味に嘆息しながら、ずいとブレスレットの入ったクリスマスカラーの袋を渡す。

 

「そっちは持たなくていいのか」

「これは、わ、た、し、の、なので、いいんです」

「は?」

 

 なに言ってんだこいつみたいな顔してますけど、わたしの台詞ですから! わたしの台詞ですから!!

 

「メリークリスマスですよ、先輩。それはわたしからいつもありがとうございますの気持ちです」

 

 もう、仕方ないなぁなんて思いながら笑顔を向けると、先輩はしばらくぼけっと固まって、わたしと自分の持つ袋を交互に見たあと、ようやく声を出す。

 

「……え、いや、は? ど、どうした……本当に一色か、お前……」

「ちょ、それどういう意味ですかーっ!」

 

 まったく、失礼な! わたしにだって感謝の気持ちとか、いろいろあるんですよ! ばーか! 先輩のばーーかっ!

 

「もう行きますよ! ご飯食べてからそこそこ時間も経ちましたし、次はボウリングです! 食後の運動です! ぼっこぼこにしてやります!」

 

 どすどすと気持ち強めに地面を踏みしめながら歩き始めると、慌てて隣に並んだ先輩がぼそりとつぶやいた。

 

「……その、なんだ、ありがとな。近いうちに、返す」

「ふふっ……」

 

 あー、もう、こんなんで全部許せちゃうんだもんなー! はー、やだやだ。ちょろいちょろい。やだなぁ……もう。

 

「いいですよ、そんなの……前払い、してもらってますから」

「なんだそれ。そういうわけにはいかねぇだろ」

 

 その程度じゃ足りないくらいもらっている。沢山の幸せと沢山の笑顔と、沢山の時間。これ以上、もらうわけにはいかない。奪うわけにはいかない。

 

 もう、苦しくなりたくない。

 

        × × × ×

 

「そういや、なんであんな急いでたんだ?」

 

 そんな問いかけがあったのはボウリングがワンゲーム終わったときだった。

 

 スコアはわたしの惨敗……絶対わたしのときだけレーン傾いてると思うんですけど。反則ですよ、反則。ていうか、先輩もちょっとくらい手抜いてくれたらいいのに!

 

 まだもうワンゲームある。次は勝つ! なんて、少し休憩しようと自動販売機で飲み物を買って意気込んでたんだけど、平和な空間を引き裂くようにいきなりぶっ込んできた。テポドンかなにかなの?

 

「いや、それは……その、えっと、ほら、もう次の日から冬休みだったわけじゃないですか? だから、先輩が帰っちゃう前にと思いまして、はい……そんな、感じです」

「別に小町に言えばよかったんじゃねぇの?」

「あっ……」

 

 盲点だった。そうじゃん、兄妹じゃん。連絡なんて取ろうと思えばいつでも取れるじゃん。普通に気づかなかった。

 

「はぁ……お前、肝心なとこで抜けてるよな」

「そ、そんなことないですぅー! わたしだって、やるときはやるんですよっ?」

 

 わたしが抗議の声をあげると、先輩はふっと息を漏らして、

 

「……知ってる」

「へ……? え、あ、そ、そう、ですか……? それなら、その、いいんですけど……はい」

 

 えぇぇぇぇぇぇぇええっっ!? なにっ? なにそれ!? ふ、不意打ちは心臓に悪いんですけど! あー! あー! 勘弁して! だめ……だめだって本当に……もぅ、もっと、好きになっちゃうじゃないですかぁ。

 

「絶対先輩のほうがあざいといですよ……」

「……うっせ」

 

 な、なんか気まずいし……居心地は不思議と悪くないけど。なんか話題……なに、なんかある? さっきなんの話ししてたっけ? あ、そうそう。

 

「LINE……」

「は?」

「LINE教えといてくださいよ……その、また走るの嫌なんで」

「だから小町がいんだろ……いいけど」

 

 ほいと先輩に手渡されたスマホを操作して友達登録を済ませた。たまたま目に入った少ない友だち一覧には、雪ノ下先輩の名前があって、「あ、ちゃんと登録してるんだ。そりゃそうだよね」とかなんか落胆してしまった自分を殴りたい。

 

 スマホを先輩に返して、嬉しいんだか悔しいんだかよくわかんない気持ちを落ち着かせるように自販機で買った紅茶を飲む。

 

 はぁと息を吐き出すと、先輩は思い出したように口を開く。

 

「今回の、フリペみたいなもんっつってたけど、なんかほかにやることあんのか?」

 

 どきりと心臓が跳ねた。取り繕うために適当なことを言っただけで、当然内容まではしっかり考えてない。な、なんとか誤魔化さないと……。

 

「えっと、まあ、いろいろ、ありますけど……さすがにそこまでやってもらうのは申し訳ないので」

「そりゃあのときと同じくらいのものなら全部は手伝えねぇけど……なんだ、その、手伝えることがあんなら暇なときにでも手伝うっつーか。気分転換も必要だし」

「……っ」

 

 痛い。嬉しいはずなのに、喜ぶところなはずなのに、胸がずきずきと痛む。

 

 全部嘘だからだ。騙しているからだ。善意でわたしを手伝うと言ってくれている先輩に、こうして付き合ってくれている先輩に、喜びより後ろめたさが先行して、なにも言えなかった。

 

「……一色?」

 

 今日、何度目かの声掛け。そうやって、先輩はいつもわたしのことを心配してくれて、なのにわたしは、自分の都合でそれを利用している。

 

 その事実が、今になって胸を痛めつける。

 

 これだけの幸せをもらっておきながら、なにも返せない。もらうばかり、奪うばかりで、なにも与えられない。

 

 いつもわたしは誰かの優しさに縋って、手を引いてもらって、楽な道を選んで、だから引き返しかたもわからなくて、追い詰められて初めて間違っていたことに気づく。

 

 後悔だ。いつも後悔。やっても後悔、やらなくても後悔。悔やんで悔やんでそれでもなにも学ばない。同じことを繰り返し続けて、失い続けて、言い訳をして、誤魔化して、わたしは悪くないって……そんなやつが誰かと幸せになんてなれるはずもないのに。

 

 そんなわたしが、先輩と幸せになんてなっていいわけがないのに。

 

「一色」

 

 二度目でようやく顔を上げたわたしの瞳に映ったのは、真剣な表情でこちらを見る先輩だった。でも、そこには確かに優しさがあって、だからわたしは堪えきれずに、

 

「……ごめんなさい」

 

 とうとう真実を吐露し始める。結局、これもすべてわたしの独善的な行動でしかない。ここでしらばっくれてもつらいから話しているだけ。

 

 先輩のことなんて考えてなくて、わたしは自分が傷つきたくないというだけの理由で、先輩に謝罪を聞いてもらおうとしている。

 

 気持ち悪い。

 

 そんな自己分析をしていながら、それでも口を動かすのをやめられないわたし自身が、本当に気持ち悪い。

 

「……本当は、嘘なんです」

「嘘?」

 

 首をかしげる先輩はこれまで先輩がわたしを疑っていなかったということを証明していて、自分の汚さと対比すると吐き気がした。

 

 比べるのもおこがましい。こんな醜い心と比べたらなんだって綺麗に見える。

 

「全部、全部……嘘です。生徒会でなにかやってるっていうのも、フリーペーパーと似たような企画があるってことも、最初から……全部」

 

 嘘。嘘で作られた嘘の思い出。そんなの、いい思い出になんてなるわけがない。嘘をつくことでしか成り立たない心地よさなんて、偽物だ。

 

 葉山先輩をダシにして出掛けたのだって、全部そう。わたしと先輩の間には嘘しかない。でも、わたしにはその方法しか選べなくて。

 

「……ただ、わたしは」

 

 わたしは一度は諦めたけど、小町ちゃんに背中を押されなければ今ここにいないのかもしれないけど。

 

「わたしは……先輩と一緒に、出掛けたかった、だけで……。でも、勇気がないから、そうやって」

 

 怖くて、先輩の顔から地面へと視線をずらした。沈黙が恐ろしい。

 

「そうやって、嘘をついて来てもらうことしか出来なくて……っ」

 

 拒絶が待っているんだろうか。いやだ。もう、逃げ出したい。早くこの場から立ち去りたい。

 

「ごめ、なさいっ……本当に、本当にっ! 悪気があったわけじゃなくってっ……わたしはっ、せんぱいと……一緒にいたかった、だけでっ」

 

 泣けばいいと思っている女みたいで嫌なのに、堪えようと思っても有無を言わさずに視界が滲む。こんなに、こんなに苦しいのに、こんなことになるまで気持ち一つ伝えられなかった自分がバカみたいだ。

 

 バカなんだと思う。逃れようとしたってどうせいつか訪れるものなのに、いつまでも現実を見ようとせずに都合のいい夢ばっかり。

 

「わたしっ! せんぱいのこと、好き、なんです……っ。だから、だからっ……」

 

 下を向いていてもわたしたちに注目が集まっているのがわかった。わたしは恥ずかしさとか、怖さとかいろんなことがごちゃまぜになって、今すぐにでもここを離れたくて立ち上がる。

 

「一色っ」

「ごめんなさい……っ」

 

 人にぶつかりそうになりながら、必死に走った。もう、すべてこのままこの場所に置いていけたらいいのに。全部忘れられたらいいのにっ。

 

 ——さよならを言えなかったのはどうしてだろう。

 

 それこそがきっと、わたしの弱さで、わたしの醜さで、わたしのどうしようもない情けなさなんだ。

 

 好きな人と離れたくない。どんなに相手を傷つけても、利用しても、釣り合わない、幸せになんてなれないと自分を卑下しても、それでも好きって気持ちだけはべったりと心の奥底に張り付いていて、どんなに剥がそうとしても剥がせない。

 

 報われない痛みが内側から身体を貫いて、近づこうとすればするほどに痛みは増していくのに、どうしても止められなくて、何度も何度も繰り返して。

 

 今になって、ようやくわかった。

 

 

 多分、わたしはずっと、そうやって生きていくんだ。

 

 

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