誰かが呼ぶ。だけど俺は動かない。
誰かが叫んだ。だけど俺は言葉を返さない
誰かが泣いた。だけど俺はなにも感じない。
……だって俺はすでにもう死んでるのだから。死者である俺が生きてる誰かに語りかけることはもう二度とないのだから。
1
落ちていた真っ白な空間の中を上も下も右も左もなにもかもがわからない真っ白な空間の中をまるで落下するような感覚で。
わけがわからなかった。目が覚めたらこの空間にいたことじたいがわけがわからなかった。なんで落下してるのかがわけがわからなかった。なんで真っ白なのかがわけがわからなかった。
それでも空間はかわらなかった。
状況に理解が追いつかない。脳が正常に動かない。いったい俺は何時間こうしてればいいんだろうか?体感時間にすれば数時間?いや、もしかしたら数十時間?数分?わからない。
そもそも死人である俺に脳があるかがわからない。肉体はあるがすでにこの身体は死に絶えたはずだ。ただ生前のこの身体がイメージとして俺の視界から見えるだけなのか。それとも本当にこの肉体が存在しているのか。
もし肉体が在るのなら、俺は生きているのだろうか?
「いや、君は死んでるよ。それに関しては間違いないね」
声が聞こえた。振り向けばそこにはシャツとジーンズだけというずいぶんとラフな格好をした青年が浮いていた。そう浮いていた。俺のように落下しているわけでもなく、彼は“浮いていた”。
「お前は……」
「僕かい?僕は……神さ。まあそれを信じるか信じないかは君次第だけどね」
青年は神と名乗った。馬鹿馬鹿しいかぎりだと思ったが、この状況以上に馬鹿馬鹿しいことなんてあるのだろうか?
「言ったろ。信じる信じないかは君の勝手だって。まあそれより僕は君に伝えることがあって来たんだよ」
「いったいなにを伝えるってんだよ。死んだことはこれでも自覚している。それともこれからの俺の逝く末ってか?」
「ん~まあそんなとこかな?おめでとう。君は選ばれたんだ世界に、新たな“神の卵”に、僕は祝福を送るよ。それは辛く苦しい永遠の苦行だと言えるけど、あえて僕は祝福を君に送ろう」
青年は細めていた目をさらに細めながら言う。ツンツンと尖った青年の黒髪がまるで風に流されるように靡いた時、俺は気付いた。風もなにもない。ただ真っ白なこの世界でなぜ、彼の髪が靡くのか。それは簡単な答えだった。
白い。真っ白な翼が青年の背中から生えたのだ。生えた三対の白い翼。それがなにもないこの真っ白な空間に風を与えていた。
「どうかな。これで少しは僕が神であることを信じてくれたかな?」
「鳥人?」
「っておい……。神を鳥人扱いって、君はつくづく変わっているね?普通だったら君は消されても不思議ではないんだからね」
呆れるように言う青年を無視しながら俺は青年の背に生えていた翼を見ていた。なぜだろう。どうしてなのか、それを見た瞬間から嫌悪感が湧いて止まらない。憎くてたまらない。彼を殺したくて堪らない。ただ翼をみただけで、どうしてこんなにも殺意が湧くのだろうか?
「……今の君じゃ僕を殺すのには役不足だね。どう足掻いたとこで君じゃ僕には適わないよ。今だ神の卵になってすらない君など赤子の首を捻るのと同程度の手間しかない」
「だったら殺せばいいじゃないか」
「そうはいかないよ。世界は君を産んだ。それは決定事項だ。いくら神である僕でも今の君を殺したとなれば僕は世界によって滅っされる。全知全能、不死身にして神なる僕でも世界の楔にかかれば呆気なく滅っされてしまうのさ」
まるでまいったというように青年は言い。そして翼をはためかせた。羽ばたく翼からおくられる強風に流されながら青年は俺に向けて言った。
「世界の掟は絶対だ。君の魂がここに来たことがそれを示している。だからこそ僕は示さなければならない、君の逝く末を」
「俺の……逝く…末?」
「そう。君には転生してもらう。よかったね。もういちど君は生を全うできるんだよ?喜びなよ?だけどそれが辛く長い苦行の始まりだったしても、それは変わりようのない真実だ。例え傲慢な神であろうが、変えることなんてできない。君は背負わなければならないんだ。世界を、人を、そして……“魔”を」
いったい青年がなにを言ってるのかわからなかった。ただわかったことが一つだけあった。それは俺が“生き返る”ということだけだ。死んで、生き返るなんでまるで転生するみたいだなと思ったが青年の顔を見る限りあながち間違いではないのだろう。
「そうだよ転生だ。肉体を一から作り替え、新たな肉体へと再構成するんだ。性別なんてランダム。そして君は覚醒するんだ。“神の卵”として」
「覚醒?神の卵?さっきも言ってたがなんなんだよそれ?」
「おっと僕が今教えられるのはここまでかな。後は君が覚醒してからになるかな?さあもう時間だよ。良い子は目覚める時間だ。大丈夫また会えるよ。今はお別れだ」
じゃあねと手を振る青年を見ながら俺の意識はまるでパソコンが強制的に電源を切られるように、意識がブラックアウトした。
2
目が覚めたらそこは暗闇だった。真っ白な世界に続いて今度は暗闇かと悪態をつきたいところだったが、そこで俺はあることに気付いた。背が地についてる感覚があったのだ。ごつごつとした堅い感触、まるでコンクリートの上に寝転んでるような感覚。だから気付いた。
ああ、ここは現実なんだなっと。
よく目をこらせば暗闇になれてきたのか周りが見えてきた。狭い狭い一室の部屋の中だということがわかった。そこの真ん中に仰向けに倒れる様に俺は寝転がっていた。周りには壁以外は何もなかった。
起き上がろうと身体に力を入れると身体に全く力が入らないことに気付いた。まるで自分の身体じゃないような錯覚もでてきた。それもそうだろう。必死になって反身を起こしてみれば、その身体は俺じゃなかったのだから。中身だけそのままで、外だけを作り替えられたこの身体はたった四五歳程度の少女の身体へと変身していた。
それはないだろう……。生前男だったことからにして意識を保ったまま少女の身体に変えられては、不便どころではない。
起き上がらせた反身を倒して、また俺はコンクリートでできたと思われる床に寝転がった。なにもないこの部屋と力が入らなくてなにもできないこの身体で俺はいったいなにをしろというのだろうか?やれることなど眠ることぐらいしかできないだろう。
3
目が覚めたらそこは明るかった。そして周りが煩かった。どうやら俺以外に誰かがいるようだ。それも一人や二人ではない。多くて十数人。少なくて数人といったところだろう。
余りに物騒がしさに眠気も飛んだためにとりあえず起きることにした。というか煩すぎるから文句の一つでもいうために起きなければ。
倒れていた身体を起こし、その場に立ち上がる。眠る前は力が入らなかった身体がなぜか不思議なことに力が湧いてくるぐらいに馴染んでいた。固まった関節をポキポキと音を鳴らし、俺は深く深呼吸。
「うっせええぇぞこぉるぁああああっっ!!」
とりあえず周りで泣き叫ぶガキどもに怒鳴ってみた。うん。俺は悪くない。だって安眠妨害されたらきっと誰だって怒るよ。そしてぴたりと治まる喧騒。相変わらず部屋のど真ん中で眠っていた俺はそのままで放置され、そして起き上がった俺を囲むようにいる八人のガキどもが俺の怒鳴り声に驚いて泣き叫ぶのを止めた。
「うそ……生きてるの?」
え?俺って死んでたの?
◇
治まる喧騒。綺麗な蒼の髪の少女の怒鳴り声をきっかけにそれは止まった。そしてその部屋に集められた八人の子供たちは驚愕した。さっきまで死んだていたと思っていた少女がいつのまにか起き上がり、不機嫌そうにしながら怒鳴ったのだ。
あまりにもの大声で身体がびくりと震え、そしてその少女を見て死人が生き返ったと思ってさらに恐怖にかられた。
だからああ言ってしまったのも悪くはないだろう。不機嫌そうにしながら蒼い髪を靡かせる少女に悪意があったわけではなかったのだから。
「せっかく気持ちよく眠ってたのに、こんなに騒がれたら眠れないじゃない!」
きっと今の少女の言葉に全員思っただろう。いや、あんた死んでたじゃん?つか眠ってたって、寝息すらしていなかったんだけどっと。だけどどうやら少女はただ寝ていただけだったのだ。勘違いしていたのは子供たちだった。
そして子供たちには一陣の光明が見えていた。今だ、少女は不機嫌そうにしているがこの少女は初めからこの部屋にいたのだ。誰よりも早く、だからこそ期待できる。この状況をどうにか打破できるのではないのかと。
「……あなたはなんでここにいるの?」
だから勇気をふりしぼって少女に話しかけたこの短髪の少女は実に素晴らしいだろう。びくびくと少女に怯えながらも少女は言ったのだ。
「なんでここにいるか?そんなの……気付いたらここにいただけだけど?」
質問の意味をまず理解していなかった蒼い髪の少女。彼女はただそう答えただけだが、他の子供たちにとって、それは絶望と同期だった。
自身の言葉にがっくりと頭を垂れる少年少女たちに少し疎外感を覚えるが、まさか自分の言葉で少年少女たちを新たに絶望の淵へと立たせたこととは露には思わないだろう。
「もう嫌だ!なんだっていうだ、いったぼくたちがなにをしたっていうんだよ!」
落ち込んだと思ったら急に叫びだす一人の少年に蒼い髪の少女はびくりと身体を震わせて驚くが、この場の状況を理解していない少女からしたらその言動じたいに文句を言いたい気分になるが、どうやらただならぬ雰囲気に気付いたのかとりあえず押し黙っておくことにした。
「まあとりあえず落ち着こうよ少年」
「うるさい役立たずっ!」
とりあえず状況を知ることが大事だと思い至った少女はそう言うが、子供とは感情に左右される非常に危うい存在である。唯一の希望がなくなった今、少年の心は限界まで達していた。
「役立たずって……なにもそこまで言わなくてよくない?」
言葉とは人の知らぬうちに凶器という名のナイフになるものだ。別段と傷つかないわけとは言わないが名も知らぬ子供に急に役立たずと言われればそこそこのショックは受けるだろう。
「もう嫌だ!パパとママに会いたいよっ……!」
何十時間という時間をこの何もない部屋で過ごした少年のただひとつの思いだった。それはこの少年だけの思いではないだろう。蒼い髪の少女以外誰もがそう思ってるのだろうが誰もそんなことは口にしない。口にしたことでそれが現実になることがないということがわかりきっていたことだから。たかだか五六歳にも満たない少年少女たちにこの状況というのは苦しいものなのだ。
「っと言われてもな……出たいならドアから出たらいいじゃん?」
誰もが思う素朴な疑問だろう。だがこの場では蒼い髪の少女を除いて誰もが知っている問題だ。答えは簡単なのだ。
「……ない」
「え?」
「開かないんだよ!!鍵が閉まってて開かないんだよ!」
「マジ…?」
さすがにこれを聞いて冷静になれるほど少女は大人でもなかった。
「あなたが寝ていた時からずっとわたしたちはここに閉じ込められているの……」
話しかけてくるのは先ほど勇気を振り絞った短髪の少女だった。いくらかか落ち着いたのかその言動は先ほどとは違いしっかりと芯が通っていた。のだがやはり少し落ち込み気味に話す少女の話し声は小さく暗い声だった。
納得がいったと思った。なぜ少年少女たちが自身の言葉で落ち込むのかも、なぜ少年が自分を役立たずと言ったのも。この子供たちは最初からこの部屋に君臨していた自分に期待を寄せていたのだ。
そして少女は
「わかった。この部屋から出たいんだな。だったら俺(わたし)がそれを叶えて上げよう」
絶望して泣き叫ぶ子供たちを放っておくほど子供でもなかったのだ。
1
まず一に身代金目的の誘拐の可能性は低かった。それもこの場にいる子のほとんどが
だったらなぜこの部屋に子供が集められたのか。有力事項は実験と言う言葉だった。転生する前は比較的安全な世界に暮らしていた蒼い髪の少女にとって実に縁のない言葉だと思ったりはしたが、スラムなどある世界のこの場だ。ないというわけではないのだろう。
「このことに関してリリはどう思う?」
泣き叫ぶ少年をなんとか宥めることに成功し、とりあえずはこの状況をどうにかしようということで落ち着いたりはしたが案はででいなかったりする。だからこそ蒼い髪の少女は自身の近くにいた短髪の少女リリへと案を求めた。
「どう思うって言われても……なにも思いつかないよ。部屋には何も置いてないしドアは堅いし、わたしたち子供の力じゃどうにもできないんじゃないかな?」
「うーん……それを言われちゃぁねー、確かに皆でドアに体当たりしたとこで開くわけもないしね。だけどこのままの状況でずっといられるほどにわたしたちは強くないよ」
実際にさきほど一人の少年が感情を顕わにして暴走したのだから、そのうち二人目、三人目と出てくるだろう。そうなる前になんとかしないといけないというわけであるが、どうにも少女には考えがつかなかった。
「こんな時“魔法”とかあればいいのになー……」
その言葉に反応したのはなにもリリだけではなかった。この場にいる少年少女全員が蒼い髪の少女へと視線を向けたのだ。
「あなた魔法が使えるの?」
急な行動に少女はたじろぐが、リリの言葉に少女は違和感を覚えた。“使えるの”。その言葉ではまるで魔法があるみたいな言葉だ。
「え!?えっと……使えないよ?」
なぜか疑問形になったのはしょうがないだろう。そしてその一言でまた子供たちは落ち込むのだった。だが今回はそこまで酷くない。まるで当たり前だと言うふうかに、少し期待しただけだったように。
「そうよね。このスラム世界で魔法なんて高貴なもの使えるわけないわよね……。素質があったとしても誰も教えてくれる人なんていないもの」
確定だった。魔法は実在した。この世界に置いて魔法ほどマイナーのものはないだろうというほどに魔法は存在していたのだ。そして少女は感じた。自分に語りかける存在を。
『さあ自覚しなよ。君は神の卵。君には覚醒してもらわないと僕の立つ瀬がない。溢れてくるだろ身体の内側からじわじわとまるで不思議なほどにさあ!それこそが魔力!それこそが魔法!それこそが君の固有技能(バトル・アーツ)!さあ壁はすごそこだ。ぶち壊せ!』
ふらふらと身体が勝手に動いた。まるでそれが当たり前かのように、ゆらりとうごめく少女に驚いたリリはどこに行くのかと声をかけようとしたがそれはできなかった。なぜなら少女から溢れ出る蒼いオーラのようなものに気圧されたから。
来たのは堅く閉ざされた扉の前だった。殴ったりと蹴ったりとしたようで、扉はそこそこ傷ついていた。だけど壊れているようには見えない。罪人を閉じ込める牢獄の牢かのように堅く閉ざされたまま。
『使い方はわかるだろ?簡単なことだ。ただ形にすればいい。思うままに魔力に形を与えるといいよ』
ゆらりと蒼いオーラが蠢いた。そして少女はゆっくりと右腕を振り上げた。そして少女の口がその魔法の言葉をただ小さく。だがはっきりと響くように紡いだ。
「
轟と少女を中心に風が吹きあふれた。窓もない閉じられた密室に風が吹き荒れた。少女を見ていた子供たちは咄嗟に目を瞑った。そして風が止むと同時に目を開けたそこにはキラキラと蒼に輝く少女がただ一人。閉ざされた扉へと拳を振り下ろした。
ズドンとまるで大砲のような音を響かせた少女の拳だがそれでも扉が開くことはなかった。だがそれでも少女は諦めなかった。ズンズンと音を打ち鳴らしながらただ殴った。
そして赤が中を舞った。気付いたのはリリだけではなかった。その場にいた少年少女全員が少女の手が、その拳が、赤に塗れていたことに誰もが気付いた。期待していた。あの少女がこの閉ざされた扉を開くことを、彼女ならやってくれると、あおの蒼いオーラを見たときに思ってしまった。
だけどすぐにそれは後悔へと変わったのだ。なぜ止めなかったのかリリは自身を叱咤した。自分たちも“やった”のだからわかるはずだった。あの扉の堅さが尋常ではないことに。一見木製かのようには見えるが、触った感触はまるで鋼鉄。堅さもまたそれ以上だろうことは子供なりにわかっていたことだった。
そんなものを本気で殴って無事ですむわけがないのも。
「やめてっ!」
悲痛な叫びだった。リリだけではなかった。その場にいる全員がそう叫んだのだ。だが少女は止まらなかった。少女は止まれなかった。気付いたのだ。気付いてしまったのだ。このままだと訪れる一つの恐怖に。一度体験してしまったからこそ思えてしまうそのことに。
『君は死を恐れるのかい?生にしがみつくと言うのかい?それが人間の傲慢でも』
「……そんなこと知るか。わたしはただ生きたいだけだ。死を知らない奴にはわからないだろうけどなっ!」
『そうだね理解したくないし、理解しようとしないよ。だって僕神様だし』
「生き返ってすぐ帰るってのもわたしは遠慮したいんでね!せめて今度は寿命まで真っ当したいね!そう思うのも悪くはないだろう?」
『さあね。僕にはわからないよ神様だけど』
「だから……ぶ、ち、ぬ、けぇぇぇぇええええええっっっ!!!」