夕焼けの下。ボロボロな今にも崩れてしまそうなアパートに彼はいた。
一室四畳半といったところだろうか。その部屋の中で死んだように倒れる彼、橘(たちばな)ゲンヤは転生者である。
「転生してもう九年。神様によれば原作主人公たちと同い年、ね。無印の始まりは春先だからそろそろだと思うんだけどな……」
目にかかる黒髪を払いのけながらゲンヤはゴロゴロと寝転ぶ。現在彼は迷っていた。
私立聖祥大附属小学校。原作主人公たちも通う小学校の三年生である彼はそれも毎日のように原作主人公たちと顔を見合わせていた。主人公たちはゲンヤのことを知ってるかは不明だが、同じクラスであるために名前ぐらいは知っていることだろうと思えた。
「どうすっかな……」
彼はただ平和に暮らしたいだけだった。魔法なんてものに関わらずにこのまま大人になって恋人をつくって、結構して、寝るように死にたい。前世では事故死のために寿命を全うしたいという願望が強かった。
魔法に関わってしまえば毎日が危険と隣り合わせになることが決定する。平穏無事に過ごすことはなくなるだろう。もし原作に関わるのであればゲンヤは夢を諦めなければならない。それだけが心残りだった。
たくさんの人が迷惑を被る無印の事件。規定のないゲンヤが入ればそれだけで負担は減ることに繋がるかもしれないが、それ以上にもしかしたら思ってもいなかったことが起きることもある。
異常は
1
どこかの廃ビルの上に真っ赤な魔法陣が展開された。そこから浮かぶように出てきたのは一人の少女。黒のタンクトップと青色のショートパンツ。その上に羽織った茶色のマントを風靡かせながら少女は夕焼けの空を見上げた。
「魔力残滓から情報を解析して解析結果によるとここに転移したのはあきらか……」
少女は首に掛けられた丸い宝石を握りしめながら街並みをみた。
「第97管理外世界地球……。あんたはここでなにをしようっていうのよ……フェル」
少女の呟きに誰も答えることはなかった。
2
夕日も落ち、太陽の代わりに月が上がった時間。私立聖祥大附属小学校の制服を着た少年が商店街を歩いていた。手にネギやキャベツといった野菜の入れた袋を揺らしながら、少年はまだ人通りがある商店街を歩く。
「そろそろ……だよな」
入江神谷(いりえこうや)。橘ゲンヤと同じく転生者である彼はもうすぐ始まるであろう原作の事件を思い浮かべながら思考錯誤さす。
彼はゲンヤと同じく主人公たちと同じクラスであるが、ゲンヤとは違って主人公たちと進んで関わろうとしている。休み時間や、昼休みも主人公たちの傍を離れることはない。主人公たちの中で彼は一番仲のいい男友達となっているだろう。
地毛である茶色の髪のこともあって進学校である聖祥大では少し不良紛いな扱いをされがちだが、彼の持ち前の明るさと合わさってそこまで悪い評判ではない。
「プレシアの考えもわかるけどだからって、フェイトもなぁー。アリシアのこともあるから尚更ややこしいし……」
どうにかならないものかと考える神谷だが、それでもいい考えは浮かんでこない。神谷は原作の内容を全て知っている。それこそゲンヤもだが、神谷は彼と違って内容を知ってるからこそ助けられない者を助けようと考えていた。
自分が関わることで異常(イレギュラー)な事態は起こるだろうが、それでも神谷は助けたいと思ってしまった。だから神谷は考える。誰もが|幸せ(ハッピーエンド)になれる方法を。
「ああもうっ……!わかんねぇなぁ……」
ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きむしって神谷は自宅への道を歩いて行った。
3
子供は寝静まるような深夜の時間。とある公園で一人の少年と黒くて丸い塊のなにかが戦っていた。少年の同程度またはそれ以上の大きさの黒い何かは時に少年に体当たりs、時には自分の身体をバラして撃ちだす。
「くっ!?」
だが少年も負けじと掌を前に突き出して翡翠色の魔法陣を展開。ぶつかるなにかをそれで防ぎながらもう片方の手の中に少年は小さな赤い球体の宝石を握りしめる。
「っ、ジュエルシード…!」
魔法陣となにかがぶつかり合うなか、少年は動いた。痛む腕を無視してもやらなければならないことが在る。それは少年にとってとても大事なこと。諦めるわけにはいかなかった。
「封印っ!!」
握りしめていた宝石を前へと突きだす。刹那黒い何かは怯えたように声を上げ、逃げようとするが間に合わず。宝石の中に文様が浮かび始めて黒い何かは形を崩していく。
「やったっ!」
成功したことに歓喜の声が少年から上がるがしかし、その時少年が展開していた翡翠色の魔法陣が割れた。
「そんなっ!?」
割れたのは黒い何かが最後の力を振り絞って魔法陣へとぶつかったため。そして黒い何かは少年の身体を弾いて地面を飛び跳ねる。
封印は失敗した。ここぞというときに少年は成功することができなかった。挙句失敗して怪我を負った少年に追う力は残されていない。
「誰か……僕を助けて……」
そう小さく呟いた後、少年は翡翠色の輝きを残し消えた。後には見たことのない種類のフェレットが眠るように倒れていた。
◇
真夜中の下。明るい月明かりと街頭が照らす街の中。そんな民家の屋根上に道化はいた。
「21個の巨大な魔力反応……。確かジュエルシードだったけ?まあいいや。わたしはそれを回収するだけだし」
道化にとっての懸念はロストロギアであるジュエルシードが暴走してしまわないことだけだった。今言える懸念はそれだけだった。
「この魔力反応……嘘っ!?ロストロギア?!しかも魔力からして多分思いっきり封印指定のやつじゃない!
同時刻。短髪の少女は月を背景に空を飛び周っていた。雲もそれほどなく視界良好な今に探し人を探さない手はない。だがそれも止めざるをえない状況になってしまった。
「なんでこんな時に限ってロストロギアが管理外世界にあるのよっ!?」
少女が叫ぶがその疑問に誰も答えることはできない。例えそれが“事故”だったとしても、それが少女に知る術はない。
「ともかく急いで封印作業っ!」
握りしめるは昔求めた力。誰かを助けるために、大切だと言って離れて消えた彼女を探すために六年。その間ずっと研鑽させた力。
「起きなさい……パイロクイーンっ!」
魔法の力を。
『YES MASTER』
首の宝石が輝いた。それは起動の合図。ただそれだけで少女は力を得る。六年という長い月日をかけて培った巨大な魔法の力。それは万人が求めた奇跡の力、誰もが望んだ力、少女が一番後悔した過去で欲しかった力。
『SET UP』
宝石から女性の音声がながれた。輝く宝石は少女の首元から離れて空を飛ぶ少女の前を自由飛行。
「いつもどうりバリアジャケットはいらないわ。魔力の膜でわたしを覆うだけで結構よ」
『OK MASTER』
少女の周りを螺旋を描いて飛行し、宝石は少女の手元へ向かう。飛んできた宝石を受け止めた少女は満足そうな顔をして、急停止。宝石を握った右腕を横薙ぎに振るい、掌を開けた。
そこには握られていた宝石はなかった。ならなにがあったのか。
『DEVICE MODE』
そこには燃え盛った火種が上がっていた。轟々と少女の掌の上で燃える炎は直線状へと形を変え、銀色の棒に変わる。だがそれで終わらない。棒の先端と握った手から二の腕まで炎が覆う。だがそれに少女は変わらない表情のまま、炎を振り払うように一度棒を振った。
炎は掻き消える。少女にはまるで暑さを感じさせないその炎はただ少女を護るために己の姿を形作る。腕には朱色のガントレット。棒の先端には先ほど消えた宝石を中心に砲身と砲身と宝石を繋ぐ管。そして申し訳に付けられたようなマガジンのような物。マガジンの後ろには引き金が付けられており、それを引くことでその砲身からなにかが出ることが予想させた。
「カートリッジシステムの調子はどうパイロクイーン?」
『良好です。お気遣いなく主(あるじ)よ』
風に靡く黒髪を払いながら少女は返事をする相棒に苦笑する。きっと本当は良好とは言いずらいことになっているに違いないというのに、この無愛想な相棒はきっと真実を話すことはないだろう。今だデバイスの強度問題や、魔導師の負担などで危険視されるカートリッジシステムを無理矢理に組み込んだのに良好であるいはずがないというのに。
ずいぶんと負けん気が強い性格のためにきっと支障があることに不満を隠せないのだろう。そしてそれで主である自分を心配させたくないという一心でこの相棒は基本的に少女を頼ることがない。
いったい誰に似たものかと口に出して言いたいところだが、そんなこと少女の知り合いの誰かに聞かれたらきっとそれは自分自身だと返ってくるに違いないと少女は確信していた。
「まああんたがそう言うのらいいけど、不調があったらいいなさいよ?」
『OK MASTER』
返事をする相棒に満足したように頷き少女は浮かせていた身体を止めてまた飛んだ。身体の周りに赤の残滓を残しながら少女は空を飛んだ。
『主っ!九時方向上空から魔力反能!!』
「管理外世界で魔力反能!?」
それはまるで嘘のようなできごとだ。きっとそれが運命だったのだ。
『…これは……。っ!?来ます。魔力弾です!』
少女を中心に考えて左上空。そこから飛んでくる灰色の弾丸。本来なら存在していることがおかしい力の塊。少女がここに来たのは偶然だった。ここは魔法が栄えてない世界。ただそこに次元移動したある人を探して少女はこの世界へとやってきたのだから。
「防ぐわよっ!」
『YES PROTECTION』
管理外世界と管理世界の簡単な違いを言えばそれは魔法があるかないかと、それととある組織に管理されているか、されていないかという違いが上がるだろう。だがこれは大まかな違いであり、それ以外にも理由はあったりするのでそれほど参考にはならないかもしれない。
だがそれでも少女はこの世界に魔法文化がないことを調べてからやってきている。
『これは……!?』
「ぐぅぅう……意外と鋭い……っ!」
灰色の弾丸には貫通効果のある魔法が掛けられていた。少女が目の前で張った赤い波紋状に揺れる楯も効果によって貫こうと弾丸の半分が少女の楯に穴をあけている。ぎゃりぎゃりと楯を削りながら蠢く弾丸をどうにかできないものかと少女は考えたいが、右手の相棒が少女に残念な報告を伝えた。
『敵魔力反能らしき存在がこちらへと急接近してきます……』
「うそっ、マジ!?」
弾丸を止めることに精一杯なこの状況。加えてこの弾丸を撃ってきたであろう存在の急接近という知らせは非常にマズイ事であった。防ぐ手立てがないわけではないのだが、すでに半分以上まで埋まるように楯を削るこの灰色の弾丸を吹き飛ばすためには少々決意が必要だ。
まあそれでもこの状況を打破するためにはいちいち決意というものを少女にする暇など与えられているわけがないのだが。そもそも魔導師になった時点で傷つくということと隣り合わせになったはずである少女にとってはそれなりの覚悟ができているはずなのだ。
それがなければ魔導師などできるはずがない。
「わたしは自分を傷つけるっていう趣味なんてないんだけどなぁっ!」
『BARRIER BREAK』
それは相手の楯を砕く魔法。砕ける楯は力量によって変わってくるが、基本的に術式を理解していて、その楯の魔法の術式を解くことで壊しやすくする魔法だ。要は相手の魔法を解析して綻びを見つければいいだけの魔法となる。
だが少女はそれを自身の楯に使った。
砕ける赤。パリンとガラスが割れるように爆散したそれと同時に灰色の弾丸は少女を狙った起動から外れた。だが少女は無事とは言いずらい。
ビリビリと爆発した楯の影響を思いっきり受けた右腕は痺れ、怪我こそないがそれでも戦闘には支障をきたしてしまう状態だ。
『主よ……』
「ええ。わたしも視認したわ」
痺れた右腕を悟られぬように、普段と同じように右腕で構えながら少女はその人物を見た。明らかに不審者のように見えた。
「そこまで怪しいと逆に笑えてくるわよ……」
黒のローブとフードで顔を隠した彼とも彼女ともわからないその人。明らかなのは先ほどの灰色の弾丸を撃ったのはその人であることで、ただそれ以上はわからない。男なのか女なのか。それすらもわからないこの怪しい人物はいったいどんな目的があって少女へと魔法を撃ったのだろうか。
ただ少女としては一番知りたいのはそこであった。
もしかしてなにか自分に非があったのかもしれない。そう思うにはまだ早計だが、ないわけではないだろう。ありえないということはありえない。そこだけは間違ってはいけないのだ。
「で、わたしになんのようかしら。荒っぽい襲撃者さん?」
その言葉の返答は言葉ではなくて同じく灰色の弾丸だった。
1
少女は予想してないことに多少驚愕して、一瞬硬直したのが悪かったのだろう。迫りくる多数の灰色の弾丸にすぐに手を打つことができなかった。だが誰がそれを非難できようか。
「会話もなしに攻撃行為って……、わたしに恨みでもあるのかしら?」
灰色の弾幕に包まれるように囲まれた少女になす術はないだろうともしこの場に誰かいたらそう思ったのだろう。実際にそうだと言える。先ほどと同じように貫通の効果を付けられたその灰色の弾丸は下手に楯を張っても物量と貫通の効果で貫かれて少女の終わりしか予想できない。
今だローブの人の周りには灰色のスフィアが三個ほど浮かび上がっており、そこから無制限にと言えるほどの弾丸が生成されては少女に向けて撃ちだされる。
今は危なげになんとか避けているがそれもそろそろもたないだろう。なぜなら先も言った通り物量の差が違うのだ。無制限と言えるかもしれない弾幕の中を一生避け続けれる生物などいない。体力の問題然り、避け続けるということと弾丸に当たると言う恐怖による精神の浪費然り、と。
「っ-とと…。今のはちょーっと危なかったわねぇ…」
右腕を上手く動かせないことがここで悔やまれた。右方向から迫った弾丸を上手く避けれずに少女の脇腹へと少し掠ってしまった。ジワリと血が滲む脇腹を左手で少し押さえながら少女はピクピクと引き攣る頬を隠せない。
内心怒りと焦りで少女は顔の筋肉が引き攣るのを止められないのだ。どうしてこうまで徹底的に痛めつける様なことをするこのフードの人物に少女は怒りを超えて正直怒髪天とまで言いたいのだが、正直少女にそんなことを言う余裕がないのだ。
「なんて規格外な魔力量よ……」
こんなにバカスカとバカの一つ覚えのように弾幕を張るフードの魔力もその内尽きるのではないかと期待はしていたのだが、依然尽きる様子は見せない。少女にとってはその魔力量は羨ましい限りと叫びたいところだが、その前に打開策を見つけなければ少女は死ぬだろう。
『設定が非殺傷ではありませんね』
「そうみたい。直で当たれば脇腹なんて目じゃないわね……」
正直勘弁してくれと少女は言いたいが、そうもいかない理由が少女にもあった。諦めることはできない。ここで逃げたら少女は一生後悔するだろう。探し人がいつまでこの世界に滞在しているのかはわからないのだだから。
「あんたは壁ね?わたしの邪魔をする壁。超えなければいけない壁……。だったらわたしにやることなんて一つしか、……ないっ!」
覚悟はとうの昔に決まっていた。ただそれを再確認しただけ、少女が諦めるのは過去も現在も未来も全て合わせて一つだけ。あの時、あの瞬間その時だけが少女が諦めた時。それ以外に少女が諦めるという選択肢など在ってはならない。
「やるわよパイロクイーン!」
痺れた右腕?そんなの無視である。痛む脇腹?歯を食いしばって耐えてればなんとかなる。だから少女は杖を振るった。右手で。空に浮かぶ足下に赤い円形の魔法陣が浮かび上がった。
『LOOD CARDRIDGE』
一瞬。そう本当に一瞬だがフードの人物がそれに目を見張った。フードはそれがなにかわからなかった。だが一つだけわかったことがある。
「装填完了。排出しなさいパイロクイーン」
『OK MASTER LOOD CARDRIDGE』
杖の先端、砲身の後ろにあったマガジンがガシャッっと機会音を上げて動いた。その逆からは排出される空薬莢。
「魔力が……上がッたッだと?」
それはフードがここにきて初めて発した言葉。だが少女はそれに気付かず、杖を胸の位置まで持ち上げて突きだす。
「手加減はなしよっ!」
迫る弾丸からも逃げず少女はただ杖を構えるだけ。砲撃魔法を使おうがこの物量と貫通効果の掛かった弾丸を容易く突破はできないはずだとフードは信じていた。でなければ“魔力まで持ってきた”意味がない。
そう簡単に破られるものではないのだとフードは少女を嘲笑う。
「焼けつくせっ、ブレイズ…」
『BLADES CANON』
炎熱変換。先天的な才能の一つだ。生まれた時から魔力を炎へとなんの労力もなしに変換することができる才能。少女はそれに恵まれた。
「キャノン!」
砲身の中で静かに燃え盛っていた炎の塊が蠢いた。中心の宝石と繋がってる管から何かを吸い出しながら炎は段々と規模を変え、熱量を上げ、まるで超小型の太陽のようだった。
キーワードとともに撃ちだされた超小型の太陽は炎の軌跡を残しながら少女の前を阻んでいる灰色の弾丸を容易くのみ込んだ。それは見ていて圧巻だった。
杖の砲身から炎の線の軌跡を残しながら進む超小型の太陽は阻む壁を焼けつくし、今だ無制限に撃ちだされている灰色の弾丸を意にも留めずにフードへと迫っていった。途轍もない熱量とその規模のでかさにフードはまるで冗談だろうとばかりに見ていることしかできなかった。