継承の鋼   作:アザロフ

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「第三章 成長の証明」

「木曾、ふざけているのですか!」

 

 誘導性艤装装甲の扱える戦艦タ級を撃破してから丁度一週間が経った日。

 ここのところ雨続きで、久しぶりの晴れ間がさした臼杵鎮守府から一キロほど離れた海上で怒号が飛んでいた。

 

「なんですか今のやる気のないターンは!」

 

 全部で四〇個も浮かぶウキ。無秩序に浮かんでいるそれらの中央付近で木曾は、奥歯を噛んで神通の言葉を受け止めていた。

 普段は大人しく、控え目な性格は鳴りを潜め、目の前まで全速力で近寄ってきた神通の顔は険が色濃く表れていた。

 だが、理不尽に彼女が怒っているわけではないことは木曾も承知している。

 今やっている訓練は、乱雑に置かれたウキを一〇分以内に全てターンを決めて通過するというもの。順番などはなく、どれからでも好きに行ってよいのだが、ただ通過すれば良いというものではない。早く、それでいて正確に行くことができなければ今のように怒られてしまうのだ。

 先程木曾はターンを決める際に攻めすぎてバランスを崩し、転倒しかけた。

 電の放った魚雷を回避しながら通過するために無理をしすぎた結果である。

 そう。これは敵の砲雷を上手く交わしながらどれだけ正確に航行できるかの訓練なのだ。

 戦場において刻一刻と場は変化し、処理する情報はしだいに増えていく。故により早く、より正確に状況を把握し、計算、行動へと移さなければならない。

 魚雷は火薬を抜いてあったが、砲弾はそのまま。軽い気持ちでやっていると轟沈さえあり得るため、半端な気持ちでやれるほど簡単ではない。

 砲雷を装甲で防ぐことは許可されているものの、それも最低限。不必要に使えばそれはそれで怒られる。反撃も不可。

 二度成功すると合格なのだが、装甲の使用回数が多かったり、今の木曾のように航行に失敗すると、

 

「後五セット追加! 成功してもやらせますからね」

 

 合否に関係なくやる回数が増やされるだけであった。無論それまでに二度合格がもらえていなければその後も訓練は続くのだが。

 

「電さん、綾波さん、木曾、準備はいいですか?」

 

 所定の位置に戻った神通が肉声ではなく、通信に切り替え問いてくる。

 各々返事をし、訓練は再開された。

 それから一時間と五〇分。昼を二時間以上も過ぎた頃にやっと終わり、木曾は精神的疲労を感じながら陸へと戻る。

 木曾以外はすんなり終わっており、一人時間をかけているため一番キツイのだと思いがちだが、砲雷を行う側も被弾や陸側への誤射を気にしながら行うため、神経をかなり使う。現在沿岸部に人が住んでいないとはいえ、提督が陸地に着弾させないよう言い渡されているからだ。ならばもっと沖でやればいいだけのことではあるが、唐突に敵に襲われる危険や、照準を正確に行う訓練。緊張感をもった砲撃をするために今の位置が最適であった。

 更に砲撃側はそれらを気にしながら全員移動しつつ砲撃を行うため、位置取りにも気を回さなければならないことを考えれば、自分のことを中心に考えられる航行側の方がむしろマシなのだと木曾は思っていた。

 揺れる海の上からコンクリートの階段に足を移すことで、一瞬平衡感覚がおかしくなるが、最近は慣れたもので直ぐに修正が入る。だが、念のためにと階段を登りきったところで呼吸を一吐きして地面に視線を落とす。

 臼杵鎮守府内の地面は殆ど芝生で覆われているのだが、海から手前一,五メートルまではコンクリートでできている。その上に一つ木曾とは別の影が通り過ぎていった。

 

――何だ? 海鳥か?

 

 疲れた頭の中で結論が出てくる前に空を見上げると、プロペラ音とともに答えが青空の下を高速で飛行していた。

 零式艦戦二一型だ。

 制空権を確保するために必要な艦上戦闘機の一種であった。

 右手に目をやると、普段砲撃の練習用に使われる地面の補強された場所。砲撃場の上で鳳翔に明石、提督が並ぶように立っていた。

 鳳翔はこの鎮守府唯一の空母であるため、一人特別な訓練をやっている。今もその際中であった。

 鳳翔は弓を握りしめながら空を睨み続けている。

 空母が艦載機に乗る妖精とコンタクトを取る際は思考がそのまま反映されるそうで、目に見えない、耳に聞こえないところで必死に指示を飛ばしているのだろうな、などと他人事さながらに捉える。

 実際木曾の扱える水上偵察機は、手元まで戻らないとコンタクトが取れないため、いまいち共感は得られない。

 それを証明するかのように、鳳翔のそばに立つ明石と提督は空でなく、目の前にある三脚の楽譜台のようなものに置いた、平らな機械とにらめっこをしている。

 それは現在空を飛ぶ艦載機の半分が明石性。明丸印の飛行機であり、板書のような機械の画像には飛行ルートや指示用の細かいコマンドが存在し、逐一それらを操作しながら扱っている。

 以前木曾も一度触らせてもらったが、情報の処理が膨大で追いつかず断念したほどには難しかった。

 提督もかなり苦労したようで、最近まで鳳翔の練度向上のために必死に勉強していたほどである。

 

「木曾、どうかした~?」

 

 明石が機械に目を落としながら、歩み寄った木曾を見ずに問う。

 

「あ~いや、鳳翔もまだ昼食べてないんじゃないかと思ってさ」

 

 釣られるように近寄っただけに、何も考えていなかったことから自分達の予定に誘う体で咄嗟に漏れ出た。

 

「……そっか、もうそんな時間か」

 

 画面をタッチしたりスライドしながら左隣にいる提督へチラリと流し見る。

 提督も話を聞いていたのだろう、明石と視線を合わせ頷く。

 

「鳳翔、今日はこの辺りで終わりにするぞ」

 

「は、はい!」

 

 提督の指示に従うようにそれまで一〇〇機近く飛んでいた戦闘機達が三つに別れ、予め決まっているのか、順次降りてくる。

 鳳翔の飛ばした艦載機は鳳翔の持つ飛行甲板に着陸していき、一定数止まると弓矢へと変化していった。

 提督と明石が指示を出していた組は次々と砲撃場の地へと舞い降りてき、並んで止まっていく。

 

「皆お疲れ様。飛行機は全部工廠までお願い。後で全部メンテナンスしておくから奥に仕舞わないよう気を付けてね」

 

 明石の言葉に飛行機に乗っていた妖精たちは敬礼をしてから、回転の止まっていたプロペラを再び回して地の上を転がすように走り出した。

 これまで朝からずっと画面を見ていたのだろう、提督が首を押さえながら左右に振ると、小気味よい音が木曾のもとまで届いた。

 

「そんなにやっていたのか」

 

「ああ。今日は大分いい感じに飛べていたからな。お前たちが始めた直後くらいからだ。雨天の飛びづらさを経験したのが大きかったのだろう」

 

 提督は帽子で目を隠しながら青空を見上げる。

 晴れた空を眩しそうに、どこか遠くを見つめる姿は声をかけるのを憚れた。

 時間にして何秒と言えない短い時間。

 その儀式めいた行動に木曾は哀愁だけを感じ取る。

 

「で、提督はどうするの? 一緒に食べる?」

 

 そんな空気などお構いなしに明石が冷水をぶっかけるように語りかけた。

 今はそっとしてあげた方が良いのではとも思ったが、どうも敢えて投げかけたようで一瞬だけこちらを見て、続くよう促してきた。

 

「そうだな。もう電さん達はマミヤで待ってると思うぜ」

 

「そうですね。あまりご一緒したことありませんし、どうですか?」

 

 鳳翔も乗ってきたようで、事実を並べながら提督を食事に誘う。

 だが、

 

「折角の誘いだが、これから訓練の結果を纏めるからまた今度だ。すまないな」

 

「いえ。じゃあ提督のお昼は遅くなると間宮に伝えておきます」

 

「手間をかける」

 

 断りの言葉を残してテキパキと片付けを済まし、背を向けて鎮守府へと向かっていった。

 

「フラれちゃったわね。仕方ない、私達だけで行きましょうか」

 

 明石も自分の機材を纏め、小脇に抱えるようにしてから三人でマミヤへと足を向けた。

 すりガラス状の扉を開くと、電と綾波が四名テーブルの二つをくっつけ、神通が淡いブルーの入ったガラスの器をカウンターの向こうから持ってきている。

 

「司令官さんはどうされたのです?」

 

 電が小首を傾げながら問いてくるが、明石が手を左右に広げながら首を横に振る。

 

「そうですか。最近ご一緒していないので残念です」

 

 明石の反応に、本当に残念そうに綾波が視線を落とす。

 

「まぁ一緒に食事できないのは仕方ないよ。ずっと艦載機の操作覚えるのに時間費やしてたし、幾つか報告書も遅れているっぽいのよ」

 

 事情を一番知っているからか、明石がすかさずフォローを入れると、今度は鳳翔が申し訳無さそうな顔を浮かべる。

 

「すみません私が至らないばっかりに」

 

「鳳翔、提督も必要だからやっているだけですよ。あまり落ち込んでいると、それこそ提督を困らせてしまいます」

 

 木製の大きな桶を抱えて奥から出てきたのは間宮だった。

 持ってきたものを合わせたテーブルの丁度真ん中に置き、鳳翔に向き直ると叱るようにめっ、と人差し指を突き出した。

 

「そう、ですね。すみま……わかりました」

 

 謝るのも失礼に当たると思ったのだろう、言い直し、自分の心を押さえ込むように頷いた。

 鳳翔の姿勢に満足がいったのか、微笑んでから長い髪を揺らしながら再び奥へと消えていく。

 

「お、今日は素麺なんだ」

 

 声に釣られ首を向けると、明石が間宮の持ってきた桶の中身を覗き込んでいる。

 桶の中には薄く出汁が貼られており、真っ白な素麺とその上に氷が散りばめられていた。

 艦娘は空腹というものを感じることはないが、

 

「はいこちらは薬味です。お好きなのを乗せて食べて下さい」

 

 戻ってきた間宮がお盆一杯に幾つもの薬味が乗せられており、完成図を姿想像するだけで空腹を訴えてくるような錯覚する。本当は今直ぐにでも食べたいのだろ? などと体が問いかけてくるように、口内の唾液の量は増えていた。

 海苔、大葉、大根おろし、葱、梅肉、なめこ、オグラ、柚子胡椒、白ごま、キムチ。

 一つ一つ桶を囲うように設置され、最後にカウンターに置いてあった鍋の中にあるめんつゆを、淡いブルーの器へと入れていく。中には出汁を取るためか、刻まれた椎茸が入っていた。

 全員分行き届いたのを確認し、テーブルに着くと、電が真っ先に手を合わせた。

 それに習うように少し遅れる形で木曾達も手を合わせる。

 食前の挨拶はその時の一番上の者が行うと、臼杵鎮守府では決まっていた。故に本来ならば提督が音頭を取るのだが今日はいないため、艦娘だと建造が古い者。今ならば電が行うこととなっている。

 

「いただきます」

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

 復唱するように挨拶をしてから、全員箸を手に取った。

 だが、一斉に箸が桶に伸びることはなく、木曾に明石、綾波と神通が先に素麺をすくい上げた。

 電や間宮、鳳翔は全員が取りに行くと邪魔になると思ったのだろう、にこやかに待っている。いつまでも箸を出しているわけにもいかず、二掬いしてから何の薬味も乗せずに一口すすった。鰹節ベースのめんつゆに椎茸の風味も合わさり、口いっぱいに味が広がっていくのがわかる。

 遅れて食べ始めた間宮達も一口目は味を確かめるためか、めんつゆだけで味わっていた。

 木曾は刻まれた椎茸を絡ませつつ残りも全部食し、再び麺と器へと移す。

 今度は薬味を使って味の変化を楽しみながら食べたいことから、大葉と梅肉を乗せてみる。口に運ぶ前から香る梅が唾液を分泌するには十分で、自然と一口が大きくなった。

 鼻から口、口から鼻へとスッと駆け抜ける爽やかな味は、和を感じさせる。

 次は大根おろしに葱、白ごまと振りかけて啜ると、これまたスッキリとした味わいである。白ごまの風味、葱の青臭さの後からやってくる大根おろしが必要以上に口内に味を残さず、奥へと流していく。

 

「この組み合わせ美味しいですよ」

 

「私のおろしとなめこも中々いけます」

 

「柚子胡椒も、とっても合うのです」

 

 綾波に神通、電は互いの食べ方を教え合いながら和気あいあいと食していく。

 木曾も耳だけを傾けつつ、独自の組み合わせを模索しながら昼食を楽しんだ。

 

「あら、少し多いかと思いましたが全部食べられたんですね」

 

 気付けば大量にあった素麺は消え失せ、調理したものである間宮は嬉しそうに空っぽの桶を眺めている。

 

「はい。大変美味しかったのです。ごちそうさまでした」

 

「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」

 

 全員が手を合わせて食後の礼をし、空の桶の中へと食器を次々に入れていく。全部入れ終えると間宮は一人で抱えて奥へと消えていく。その後を鳳翔が残っためんつゆの鍋を手に着いていった。

 他の者が同じことをしたならば窘められるが、鳳翔と間宮は木曾と明石のような関係。謂わば師弟のような間柄であるため何も言われない。

 食事を終えた木曾達は、食後のお茶を待っている間この後の予定を話し合った。

 

「皆さんは今日これからどうされますか?」

 

 電が確認するように全員の顔を見回す。

 

「綾波は神通と一緒に午後も訓練をします。この間の動きをもっと早くできるようになりたいので」

 

 この間というのは一週間前にやった、装甲の反発を互いにぶつけ合っての高速航行のことだろう。

 確かにあれがより早くできるのならば戦略の幅も少し広がるのは間違いなかった。何より先日初めて知ったが、何でも成功率はまだ五分五分だとか。

 あの時は成功したから良いものの、土壇場失敗されても部隊全体に影響があるため、同じ戦場に立つ身として是非とも成功率も上げて欲しいものである。

 

「電さんはどうされるのですか?」

 

「私は司令官さんが忙しそうにされていたのでお手伝いをしようかと。菜園に花壇もありますし」

 

「ん? 電さんは装甲の練習とかしないのか?」

 

 素朴な疑問を木曾が投げかける。

 これまで見てきて、電が装甲の練習をした姿など見たことはないが、技術的な部分は木曾や鳳翔と然程変わりはない。ならばより上手くできるようにするものではないのだろうか。

 そう思い聞いてみたのだが、周りからは言っちゃったよといった雰囲気を醸し出され、当の本人は申し訳なさそうにしていた。

 

「ごめんなさい、なのです。初期艦なのに皆さんみたいに上手くできなくて……」

 

 明らかな落ち込みようと、周囲からのどうするのと言いたげな視線が痛かった。

 何の気なしに聞いただけに二の句が出てこず、木曾自身固まっていると助け舟が入る。

 

「ま、得意不得意は誰にでもあるんだし、できることをしましょ。事実提督は忙しいようだし、元秘書艦の電さんなら一番手助けができるでしょうし」

 

 明石が軽い雰囲気で尤もらしいことを並び立て、微妙な空気になった場を一新させようとする。

 

「そうですよ。綾波じゃ司令官のお邪魔になってしまいます」

 

「私も、あまり提督のお手伝いをしたことがないので、上手くできる自信はありません」

 

「皆さん……ありがとうございます」

 

 二人が後を追うように続いたおかげか、まだ影は落としているも電は小さく微笑んだ。

 

「で、言った本人はこれからどうするの?」

 

 ほっと内心胸を撫で下ろしていると、明石がニヤリと笑みを浮かべている。

 

「どうって、この後は伊勢さんとの約束で稽古をつけてもらうけど、って明石さんは知ってるだろ」

 

 何が面白いのか、笑みを崩していないことに思わず眉をひそめていると、横槍が入った。

 

「え~っと木曾、あれ本気だったの?」

 

「私も冗談かと思ってたのです」

 

 綾波に電が信じられないと引き攣った表情を浮かべ、神通は一人納得していた。

 

「なるほど。それで訓練に身が入っていなかったのですね」

 

「あ、ぅ。その……ああ」

 

 事実であるため言い訳も出てこず、目線をそらしながら肯定する。

 本当ならば朝から伊勢のところへは顔を出したかったのだが、提督から皆との訓練も大事だからと止められたため、気持ちだけが逸っていたのだが、どうやら筒抜けだったらしい。

 今度は木曾が居心地の悪い状態となった。

 

「なら初めからそう言っていただけたら良かったのです」

 

 優しい声色をする神通に、木曾はパッと晴れやかな顔を浮かべるが、

 

「そしたら優し――――」

 

「そしたらもっと、丁寧に、腑抜けた態度を律し、厳しくして差し上げられました」

 

「だよ、な……」

 

 ある意味予想通りの言葉に期待は打ち砕かれ、そして理解した。明石がわざとこのことを笑いながら言ったことに。

 

「明石さんも人が悪いな」

 

「さーて何のことかな~」

 

 悪びれる様子もなく、お待ちどう様と間宮が持って来たお茶を受け取り一口すすった。

 木曾は鳳翔から受け取り、お茶と同じく冷えた眼で睨みながら同じく一口含んだ。

 

「でも伊勢のとこに行くのは本当でしょ? この一週間、あれだけ防御のこと叩き込んだんだし」

 

「それはそうだ。こんなに一週間が長いと感じたのは始めてなくらいには楽しみにしてたんだぞ、オレは」

 

 気構えを表すように吐露する。

 それは嘘偽りのない本音だった。

 一月前に見た光景は、未だ鮮明に思い出せるほど木曾の中には力強く残っている。

 伊勢という存在は、正真正銘、木曾の憧れの艦娘なのだ。

 

「木曾ちゃん本気だったのですね」

 

「そりゃああんだけ強い姿を見せられたんだ。憧れの一つは抱くだろ」

 

「綾波はあれだけの強さに差を感じたと言いますか」

 

「同じ艦娘なのかと疑問にさえ思いましたね」

 

 神通の言葉に賛同なのか、電と綾波が首を縦に振る。

 これまで皆が率先して誘導性艤装装甲の扱い方を習っていないことに疑問を抱いてはいたが、その理由を今知った気がした。

 つまりは伊勢の強さが異様で異質なのだと。

 そのように捉えることを木曾は特段攻めるつもりはない。

 確かに憧れの人ではあるが、特別なまでの戦い方に憧れている節があるため、その逆がいてもおかしくはないからだ。

 そして艦娘ならば本来砲雷撃戦や艦載機を駆使して戦うもの。それ以外の戦い方に忌避感があっても無理はないだろう。

 

「でも、その伊勢の技術のお陰であなた達はこれまで生きてこられたのですよ」

 

 言動に距離感があったからか、間宮がフォローを入れると、三名は少しばかりバツの悪い顔をする。

 

「確かに被弾しても大丈夫っていうのは戦場において大きなアドバンテージだよね」

 

「先日私も戦艦の主砲が直撃しましたが中破ですみましたし、大変便利ですね」

 

「ああ、だからオレももっと上手く扱えるようにならないとな」

 

 残っていたお茶を呑み干し、一気に立ち上がる。

 幸い訓練中に被弾はしていない。そして訓練の精神的疲労は今の食事でリセットされた。ならばもう待つ必要など木曾にはなかった。

 

「ごちそうさま。それじゃあオレ行って来るよ」

 

「私も後で見に行く予定だからそれまでに死なないようにね。それから一番重要なこと、忘れないように」

 

「一瞬でも気を抜くな、だよな。明石さん相手でもそんなことできねーよ。それでも忠告ありがとうよ」

 

 皆に手を振られながらマミヤを後にする。

 目指すは鎮守府と花壇に挟まれた伊勢お気に入りの昼寝スポットだ。

 

 

==========

 

 

 臼杵鎮守府の正面玄関は海と向かい合う位置に存在する。順番としては鎮守府の建屋があり、その前に横に等間隔で植えられた樹木、やや距離を取って花壇となっている。

 マミヤは鎮守府の右手にあることから、木曾は玄関口前を通り過ぎ、建屋の端まで向かった。そこへ行くまでは等間隔で植えられていた樹木は、目的地だけ半分ほどの距離しかなく、更に他の木に比べ成長度合いが違った。

 小さいのではない。

 大きいのだ。

 他が細く枝を伸ばしているだけの中、その場にある二本の木はお互いが溶け合うように絡ませ、広がった枝は地面には大きな影を作っている。

 その下で、二本の木にハンモックを引っ掛けて寝ているのが伊勢だった。

 頬を軽く撫でるだけの潮風がそよぎ、涼やかな葉の擦れる音を鳴らす。邪魔となる太陽は午前中のみで、正午以降は全て枝葉のカーテンで遮られるため、絶好の昼寝ポイントとなるのだ。

 そんな場所で伊勢は気持ちよさそうに寝息を、

 

「遅かったじゃないか、木曾」

 

 立ててなどいなかった。

 近寄った木曾を薄く開いた片目で見てくるが、特別攻めているようには感じられず、遅れた理由も隠すようなことではないため正直に答えた。

 

「提督に午前中は同じ編成を組む者と訓練しろって言われたからそっちを優先したんだ。すまない」

 

 すると伊勢は急に肩を揺らしだす。

 自分が何かおかしなことでも言ったのか、やったのかを思い出そうとするも今来たばかりであるため、妙なことをした覚えなどなかった。

 

「知ってるよ。ここで見てたから」

 

 もしかして馬鹿正直に答えすぎたからだろうか、などと思ったがどうやら違うようで、伊勢の言葉は続く。

 

「どっかの誰かさんがすっ転びそうになるところもバッチリね」

 

「――――なっ」

 

 瞬間、顔に熱を感じるのがわかった。

 

「いや~丁度起きてて良かったわ。中々に面白いシーンが見れた。こう転けないようにワタワタ動いてたところなんて最高だね」

 

 艦娘には望遠鏡の機能があるため、伊勢のいる場所からならば左へ首を向けるだけで沖まで見えてしまう。当然そこで訓練をしていた木曾達も。

 どうやら神通に最も怒られた時をバッチリ見られていたらしく、木曾自身最近はなかった情けない失敗の場面だったことから、赤面を抑えられそうになかった。

 余程可笑しかったのか、一頻(ひとしき)り笑うとハンモックから降りて煙草に火をつけた。

 

「まぁ若いうちに失敗はするもんだって言うだろ?」

 

「散々笑った人に言われてもな」

 

「それはそれだ」

 

 慰められるも笑っていた張本人に言われても棘のある返ししかできず、本人も自覚しているようでこの話はここで打ち切られた。っというか木曾としてはここで打ち切ってほしかった。

 伊勢もいつまでもネタにするつもりはないのか、三度目の紫煙を吐き出してから動く前運動なのか、首を左右に揺らす。

 

「で、アタシに鍛えて欲しいってのは本気で良いんだね?」

 

「ああ。伊勢さんじゃなきゃ駄目なんだ」

 

「全く物好きだね」

 

 伊勢は一度小さく苦笑いを浮かべてから言葉を続けた。

 

「じゃあ明石さんから色々聞いたとは思うけど、加減ってのが苦手でね。多少は抑えるようにはするけど殺しちゃったらごめんね。そればっかりはアンタの技量にかかってるから」

 

「一応明石さんからは及第点はもらってる」

 

「それは重畳重畳。っで他に何か聞いてる?」

 

 横に煙を吐き出しながら眼だけはこちらに向けて問いてくる。

 

「兎に角死ぬ気で受けろと。一瞬でも気を抜いたら死ぬから戦場以上に神経を過敏にしておくようにと」

 

「流石だ。よくわかってるね明石さんは。アンタがこれまで経験した戦場……っていっても戦場でガードだけってないか」

 

 暫し思案顔をするが諦めたのか、頭を軽く掻いてから思考を手放していた。

 

「あーもーなんだっていいや。取り敢えずアンタは今日防ぐだけ。だけどそんじょそこらの戦場よりキツイものを受ける。だから死ぬな。わかった?」

 

 真剣な目で頷いて、両拳に力を込める。

 先程から死だなんだと言っているが冗談ではないことは百も承知だった。

 初めて裏拳を受けた時にどれだけ強烈な一撃だったか嫌というほど味わっているからだ。そして今はあの時とは違い直立姿勢。雑に放った時とは段違いの攻撃が来ることは想像に難くなかった。

 

「っとそうだ。注文しておいたんだけどガードの仕方は聞いてる?」

 

「クロスアームブロックだとは」

 

 クロスアームブロック。ボクシングで使われる防御法の一種。

 腕を十字に交差させてパンチを防ぐものだ。

 

「なら問題ないね。中心に向けて殴るからアンタはそこに装甲を集中させることだけを考えときな」

 

 木曾の技量ではまだ明石の攻撃を真正面から捌くなど不可能。ならば更にその上を行く伊勢など言うまでもない。そのため打ち込まれるポイントを予め指定し、装甲を展開しやすくしておけば木曾でも生存できる可能性がグッと上がる。

 習うより慣れろの精神で行く伊勢に着いていくには、まずここを抜けられなければ話にもならないのだそうだ。

 目の前で伊勢が、木曾が明石との訓練時にやった構え、ファイティングポーズを取った。先程までおちゃらけていた雰囲気から一変、凄まじい重圧を醸し出す。

 ただ構えを取っただけだ。にも関わらず既に木曾は戦場でも感じたことのないほどの緊張に襲われている。

 

「まずは一発。これで耐えられなかったらそこで終わりにするから、そのつもりで挑むんだね」

 

 伊勢の言葉に思わず喉を鳴らす。

 心臓がこれでもかと早鐘を打ち、今にも弾けてしまいそうだ。

 恐怖はある。

 そして嬉しさという興奮も。

 木曾は頷いてから大きく深呼吸をし、右足で踏ん張れるよう後ろに下げた。左腕は横にしてから右腕を縦にしたまま左腕を抱き込むようにして十字を作る。更に首を落としてから覚悟を口にする。

 

「いつでも来てくれ」

 

「がっかりさせるなよ」

 

 短いやり取り。

 木曾は拳を固く握りしめ、奥歯が砕けるのではと思えるほど噛み締め、今できる全力の誘導性艤装装甲を展開させる。

 何秒、何十秒経ったかなど気にかける余裕はない。ただひたすらに、やってくる剛拳を待ち続けた。

 張り詰めた糸が切れてしまいそうになった瞬間、大気が揺れた。伊勢の左側から一本の影が走ったために。

 刹那、展開していた装甲に装甲がぶつかる感触が伝わり、踏ん張っていた右足が僅かに沈んだ。

 

「どんな調子?」

 

 構えを解いた伊勢が観察するように見てくるのを、腕越しに捉えながらゆっくりと腕をほどいた。そして、体にどこか異常がないか調べてみることに。

 頭部――――問題なし。

 腕――――異常なし。

 艤装――――破損なし。

 他にも足や腰と確かめてみるもどこにも異常はなかった。

 

「怪我はどこもしてない」

 

「ならテストのテストは合格ってことか。それじゃあこれから連続で行くけど覚悟はオーケー?」

 

 煙草を咥えたまま口の端で吹かしつつ、再度伊勢はファイティングポーズを取った。

 木曾は今の衝撃。以前無意識で受け止めた戦艦の砲弾レベルがジャブでやってくるのだと意識を刷り込み直し、伊勢と同じく元の構えを取る。

 

「ああ。そのためにここにいる」

 

「上等」

 

 伊勢がニヤリと笑む。

 そしてその笑みが終わった瞬間、嵐が木曾を襲った。

 伊勢の攻撃は明石の時とは次元が違った。

 明石でも確かに伊勢のジャブと同じ威力は受けたことがあったが、それでも多少溜めを作る時間などが在った。更に言えば明石の攻撃はまだ十分眼で終えるほどの速度で放たれている。

 だが伊勢は違う。

 彼女はまだ加減している状態で、それでいてマシンガンのように何度も、何十度も影だけを残して連続で叩き込んでくる。

 

――くぅっ。覚悟はしていたけど、こんなになのかよ!

 

 奥歯を噛む力が一層強くなる。

 踏ん張れるようにと後ろに下げていた足だが、徐々に体ごと後退させられていることに気付いた。

 特に肩の動きから察するに右拳を叩き込まれた時だろう。今持てうる最高の状態で使っている装甲を撃ち抜かれているのか、服の端々が徐々に削れていっていくのがわかる。

 

――踏ん張っててこれか。なんつー高い壁なんっ――――

 

 背筋に走る寒気。

 深海棲艦の来襲、などではない。

 寒気を感じさせるのは他でもない、伊勢だった。

 伊勢の気配が変わったことに気付いたのと、装甲に魂を乗せるかのような気合を込めたのはほぼ同時。

 その直後、先程まで何とか影だけは見えていた拳が、完全に消え失せた。

 消えた。などと思考する暇さえ与えられないほどの拳は、木曾の全力で張っていた装甲をぶち抜く。

 何が起きたと理解が及ぶ前に、木曾はたたらを踏み尻餅をついたかと思うとそのまま仰向けに倒れてしまった。

 

――なに……が?

 

 脳震盪を起こしているのか目に映る枝葉は揺れ動き、思考もふらふらしていて定まる気配はない。

 今自分が何をしていて、何をされたのかもハッキリとしない。

 そんな中でも兎に角立たなくてはという脅迫じみた、唯一わかっている事柄に縋り付くように起き上がろうとする。しかし地面についたはずの腕が、力が入っていないのか艦装さえしていない重量さえ支えきれず、視界には再び木漏れ日のみを映していた。

 

「あーあー無理するんじゃないよ。アンタ腕折れてるんだから」

 

 誰かが声をかけてくるが、それが誰なのかも一瞬わからず、口だけが先に動いた。

 

「い、せ、さん?」

 

 自分から発せられた声なのにどこか遠くで喋っているかのような感覚。言葉にどこか湿り気を帯びているが、どうしてなのかも理解が追いつかない。

 

「結構いっちゃってるね、これ。えーっと両腕骨折に鼻骨が折れて前歯も~、三つほど抜けちゃってるか。取り敢えず窒息しないように横にだけはなっときな」

 

 言っている意味がわからない木曾に呆れたのか面倒臭さからか、頭を掻いてから側で屈んだかと思うと伊勢が直接体を横にしてくれた。すると口の中でドロリとしたものが地面に溢れていくのがやっとわかると、急に咳き込んだ。

 やっと意識が鮮明になりつつあるのか、口内が鉄の味で一杯になっているのがわかる。そして呼吸がし辛いことにも。

 

「意識はあるかー」

 

「なん――――ゴホッ、とか」

 

 喉の奥で粘りつく血を吐き出しながら答える。

 頬を撫でる潮風も、横になったことから見えるようになった花壇の花にもまだ思いを馳せることはできないが、徐々に体が動くようのなっていくのを自覚できた。その代わりに今まで痛みとして感知していなかった部分も浮上し、顔もそうだが首と、何より両腕に激痛が走る。

 

「なら良かった。ドッグはどうする? 担いで――――」

 

「伊勢―、木曾―。どうなった~」

 

 痛みを懸命にこらえていると、足の方から声が飛んでくる。

 

「明石さんか。今終わったところだ」

 

「何その倒すべき敵をやっちゃいました的な言い方は」

 

 まだ顔は見えないが、明石が笑っているのがわかる声音を上げている。

 

「あらあら随分やられちゃったようね」

 

「予想よりはやれたからちょっと強めにやったらこんな感じに」

 

「まぁアナタが相手なら仕方ないか。生きているだけまだマシね」

 

 他人事のように片付けられているが、木曾自身生きていることが不思議であった。

 戦艦の砲撃なぞ既に比べようもない。

 それ程の一撃を受けてギリギリとはいえ生存できているのは僥倖とさえ言えた。

 

「木曾~。立て……るわけないか。両腕折れてるみたいだし。木曾、体は動かせそう?」

 

「っあぁ」

 

「よし、じゃあドッグまでは私が付き添うから伊勢はそこ掃除しておいてね」

 

「何でアタシが!」

 

 余程不満だったのか、明石の手伝いで上半身を起こした木曾の目の前で、咥えていた煙草を落としそうになる。

 

「何でってそれが師匠の役目でしょ? 私達の時にもやってたじゃない」

 

「それはそうだけど……あーはいはいやれば良いんだろやれば」

 

 二人は何か眼でやり取りでもしたのか、伊勢が不承不承ながらも了承し、鎮守府内へと入っていった。

 

「それじゃあ私達も。肩を貸すだけで行けそう?」

 

「――――っ~、何とか、な」

 

 明石に支えてもらいながら何とか立ち上がると、膝がガクガクと震えているが歩けないことはない。

 

「歩調はそっちに合わせるから好きに歩いて。体重は全部こっちに預けていいからね」

 

「すまない。血も付けちまって」

 

「気にしない気にしない」

 

 口や鼻からはまだ真っ赤な血液が流れ出ており、それが明石の服に付着したのだが、当の本人は気にした素振りもなく、謝罪を軽く流される。

 お陰で気楽さも増し、わざわざ身長差に合わせて屈んでくれているが、そこへ更に体重を預けた。

 程よい温もりが気持ちよく、心が落ち着いた。

 もし鼻呼吸ができたのならば間違いなく明石からはいい匂いがしたであろうが、残念ながら今は鼻血が止めどなく溢れてそれどころではない。

 少しばかり損した気分を味わいながらも今日の成果を反芻しつつ、ドッグに着いた木曾は、液体の中へと意識を溶かしていった。

 

 

==========

 

 

 六月といえどもう夏。山の向こうへと消えていこうとする夕日は、海を見つめている木曾の背中を赤く染める。

 防波堤の端で片足を空に投げ出し、片膝は抱えたまま木曾は一人ただただ遠くを眺めている。

 特別見張りの任務が出ているからやっているわけではない。

 伊勢との特訓で耐えられなかったことでもない……いや、これは少しだけある。

 ただ一番ではない。

 今最も気になっているのは電のことだった。

 振り返るは今日の昼食時のやり取り。

 誘導性艤装装甲が扱えることがどれだけ戦況を左右するかなど、建造されて一月強の木曾でもわかる。更に間の短い鳳翔も同じだからこそ間宮に専属で習っているのだろう。

 提督も重要だからこそ取り持ってくれるのだろうし、ここ半月ほど艦載機関連に掛かりっきりだったが、最近は通常及び装甲の訓練を観察しているのがよくわかる。

 だからこそ不思議なのだ。

 明らかにまだ不完全な状態で使用している電の装甲に注意も、特訓をするような素振りも見せない。

 それが不公平だと言うつもりはない。

 むしろ艦隊を強くするならば必須なのに何故やらないのかという疑問だけだ。

 確かに異質な力であり、一つ間違えば危険なものであるのは間違いないが、だからこそ半端に使えるより確実に使いこなせるようになったほうが良いのでは。というのが木曾の考えだった。

 入渠が一時間以上前に終わってからこうしてずっと考えてはいるが、一向に結論が出ないでいる。

 本人も自覚しているだけにどうも納得のいく思考へと辿り着けない。

 

――何故なのか、なんてもう何度目かもわからんな。

 

 ぐるぐる回る考えに自分自身呆れ、ため息が海へと落ちる。

 

「オレ一人で考えても埒が明かないか」

 

 わからないならば残されるはわかるやつに聞くだけと、抱きかかえていた足に力を込めて立ち上がり、マミヤへと向かう。

 この時間ならば明石達が呑み始める時間だからだ。

 

――明石さん、伊勢さん、間宮さんに提督。その辺りなら知ってるだろう。

 

 歩行時間十秒を挟み、すりガラスを開けてから暖簾を押しのけながら入室する。

 中をざっと眺めると、四人がけのテーブルには当人である電に綾波、神通、鳳翔が食後のお茶を楽しんでいた。そしてカウンターに明石、カウンターの向こうには間宮が立っており、二人は仲良く談笑をしていた。

 

「あ、木曾ちゃん。今からお夕飯なのです?」

 

「あ、あぁ」

 

 まさか今正に聞きたい相手がいるとは思いもよらず、あからさまにどもってしまう。

 だが電は特に気にした様子は見せない。

 

「この後私達はトランプで遊ぶのですが、お食事が済んだら木曾ちゃんもどうですか?」

 

 それどころか笑顔でカードゲームの誘いまでしてこられ、やや居心地の悪さを覚える。だからといってそのままとまではいかず、中々返事が来ないことに小首を傾げている電へ口早に返した。

 

「いや今日は伊勢さんのことで明石さんに色々聞きたいからまた今度にしてくれ」

 

 咄嗟にでまかせを口にする。

 

「そうなのですか。残念です。では後日ご一緒しましょう」

 

 人がいいからか、嘘を信じられテーブル組は全員席を後にしていく。

 誤魔化したことで少し胸にもやもやした感情が出て来るも、振り返らずに明石の隣へと腰を下ろした。後ろめたさから逃げない意思表示として明石より奥の席へと。

 先程までしなかったシガリロの香りが、電達がいなくなったことでマミヤの中に広がっていく。

 明石や間宮は基本的に夜以外煙草の類は吸わず、電達がいる時も火を付けることはない。理由は何となく彼女らの前では吸いたくないのだそうだ。

 

「私をご指名のようだけども、伊勢の何が聞きたいの? 今日の結果?」

 

 いざ電のことを聞こうとすると、先程の嘘。但し半分は本音だったものを投げかけられる。正直なところかなり気になる事柄ではあるが、まずは電のことをはっきりさせたいため、話を変えることに。

 

「悪い。それは口から出たでまかせなんだ。本当は電さんのことで聞きたいことがある」

 

「電さんの? 何でまた。もしかして昼間のこと気にしてるとか」

 

「正解だ。そのことが気になってな」

 

 ふ~んと訝るような眼で見られながら、明石は間宮にまだグラスの中身が入ったまま掲げて揺らす。それが合図だったのか、同じロック用のグラスがカンター越しに明石へと渡る。中にはまだ新しい氷が冷気を空中へと舞い上げている。そこへ山吹色の液体、ジャックダニエルが第一関節分だけ注がれ、横へと投げられた。

 止まったのは木曾の前。

 投げられたことで二つ入っていた氷が小気味よい音を奏でる。

 

「これまで何度か席を一緒にしたけどまだ呑んだことないでしょ。一杯やってみなさい」

 

「別にオレは呑みに来たわけじゃ」

 

「いいからいいから。どうせ艦娘は酔っても高々しれてるんだし。あ、それとも伊勢と同じビールの方が良かった?」

 

 確かに師として仰いではいるが特別全てを真似したいわけではない。

 そもそもアルコール自体呑んだことのない木曾はどちらが出されたところで同じなため、ここは大人しく注いでもらったグラスを手に取った。

 

「それじゃあかんぱ~い」

 

「かんぱい……」

 

 流されるように。いや事実として流されていることを自覚しながら、取り敢えず今は折角明石の差す出したものを無下にもできず、一口煽った。

 まず最初に来たのはどこまでも突き抜けるような芳しい香り。樽の香りが移ったのかそこには酒ができるまでの月日を感じられる。続いて舌に来るピリッとした辛味と少しばかりの気持ち悪さが口内を襲う。

 

「ちょっとキツかったか。これ舐めときなさい」

 

 顔に出ていたのか、差し出された茶色の小皿に乗せられているパウダー状の物を指先につけて一舐めする。

 それが何なのかなど考えもしなかったが、口に入れたならば誰でもわかるものだった。

 

「これ、塩か」

 

「そうよ。ジャックダニエルはすこーしだけ強いお酒だからね。味的にも香り的にもアルコール度数的にも。でも今みたいにキツイって思ったら塩舐めると直ぐ楽になるの。面白いでしょ」

 

 初めて呑んで驚きはしたが、明石の言う通り面白いと思ったために不覚にも頷いて返す。

 今度は量を調整して少なく舐めるように口に含むと、気持ち悪さはやってこず、芳醇な香りと味わいだけを楽しめた。

 

「これ、美味しいな」

 

「あら、木曾もしかして気に入っちゃった?」

 

「ああ。これなら明石さんが呑むのもわかる気がする」

 

「嬉しいこと言ってくれるわね~」

 

 もう一度口に入れるがやはり美味しく、何より香りが気に入った。重厚な香りをしておきながら呑み終えると程よく残る程度でしつこくない。味は癖が少しばかりあるがそれ程嫌いな味でもないため、気付かぬうちに目を閉じて余韻を楽しんでいた。

 

「じゃあこれもやってみる?」

 

 閉じていた隻眼を開くと、目の間に突き出されたのは明石の吸っているものと同じ煙草。シガリロだった。

 

「これはゴールドシールシガリロっていってそこそこ良いやつなの。アメリカから特別に空輸してもらってるんだよね」

 

 木曾は薦められるまま、フィルムに巻かれたシガリロを受け取り開けてみる。軽く鼻先まで寄せて匂いを嗅いでみると、アンモニアと土の香りがして何ともいえない表情を浮かべてしまう。

 

「まぁ試しってことで咥えてみて」

 

 言われるがまま咥えてみると、銀のジッポライターで先へと火が付けられる。

 

「あまり勢い良く吸い込まないように。ゆっくり、でも軽めに吸ってから吐き出す感じで」

 

 指示通り、煙が口内にやってくるのを感じ取ると吸うのを止め、斜め上を向きながら緩やかに吐き出した。

 

「どう? 加湿してるから辛味はそこそこで甘みがあるはずなんだけども」

 

 明石の言う通り辛味が確かにあった。まだ慣れていないからか木曾には強く感じられたが、それでもビターながらも甘味を確かに感じ取れ、何より芳醇な香りを木曾は気に入った。

 

「こいつもいいな」

 

 思ったことをそのまま感想として漏らしたのだが、明石は余程嬉しかったのか肩を抱いてきた。

 

「もー木曾わかってるね~。なんて可愛いのよこの子は」

 

「ちょ、明石さん燃えるし恥ずかしいっての」

 

「もう、照れちゃって」

 

 無理やり引き剥がすと、明石の顔はだらしなくニヘラと緩んでおり、そのまま一口酒を煽る。

 その姿に小さく鼻を鳴らしながらも、新しいことを覚えたことに感謝する。が、そこまでいって今日の目的を忘れかけたことを思い出す。

 

「っとそうだ明石さん。電さんのことなんだが」

 

「あーそういえばそんな話だったっけ。それで?」

 

「電さんの装甲のこっ――――」

 

 そこまで言いかけると、別の者がマミヤに入ってきたことで再び止まってしまった。

 

「間宮さんいつもの~」

 

「間宮。ビールと適当にツマミを頼む」

 

 伊勢と提督だった。

 定位置なのか、提督は流れるように明石の隣に座り、伊勢はその右隣。一番入り口側へと腰掛けた。

 提督は席に着くなり普段被っている白い軍帽を脱ぐと一番上のボタンを一つ外し、こちらを見て来る。

 

「木曾が珍しいな。それに酒と煙草をやってるところなど初めて見たぞ」

 

「ふっふっふ。何を隠そう私が教えたの。今さっきだけど」

 

「あーあまだ純粋だった木曾が明石さんの手で遂に汚れちゃったか」

 

「人聞きの悪い」

 

 数分前までの緩やかな雰囲気をうって変わり、賑やかな空気へと変容する。

 

「伊勢、ごめんなさい。今日はお魚切らしているから他のしかできないの」

 

 ジョッキに注がれた生ビールを二つ、カウンター越しに渡しながら間宮が謝罪を入れる。

 

「じゃあ仕方ないか。それなら豚キムチだけで」

 

「はい。では提督は枝豆お出ししますから少々お待ちを」

 

 言い残してからいつものように厨房へと消えていった。

 

「提督早かったね。仕事多かったろうに」

 

「ああ、午後は電が手伝ってくれたからな。あいつがいると仕事が早く片付いて助かる。助かりすぎて依存してしまいそうなくらいにはな」

 

「電さんは働き者だからな。あんまりこき使うなよ剣造」

 

「現秘書官が事務関連はからっきしだから仕方ないだろ」

 

 仲がいいから出る嫌味の応酬は、聞いていて不快な思いをすることはない。

 そして昔を知っている者が増えただけに好都合と言えた。

 

「っで電さんの装甲が何だって?」

 

 更に明石が先程のことをちゃんと覚えていたのか促してきた。これを放置するなどありえないため、木曾はそのまま乗っかる形で提督と伊勢にも聞くように話す。

 

「電さんはなんで装甲の扱いがそこまで上手くないのに皆教えていないのか、それが気になったんだ。それに本人も率先して学びたいという感じでもないし」

 

 やや言葉の組み立てが変になったが概ね聞きたいことは言えたため、まだ持っていたシガリロを一度置いてから答えを待つ。

 明石は最初に聞かれたためか一人悩む。よりもこれを言って良いのかと苦い顔をし、その隣で何でもないかのように提督と伊勢は煙草に火を付けていた。一秒未満でのズレで二人は仲良く空中へと紫煙を吐き出すと、真っ先に口を開いたのは提督だった。

 

「そのことか……戦場を共にする身同士、だから俺から話しても良いのだが」

 

「良いんだがって勿体振るんだな」

 

 木曾はグラスを両手で掴みながら再び紫煙を揺らす提督の二の句を待つ。話の区切り的に大凡予測はついていても敢えて促さずにはいられてなかった。

 

「まぁそうだな。俺から話しておくから明日綾波と神通に聞いてみろ。事情をよく知っているのはこの二人をおいていないだろう」

 

「そう、なのか?」

 

 予想予測としていたものの、それらの外からやってきた。

 思わぬ情報に、気の利いた返事ができない。何より本人ではなく他の者に聞けと言っているのだ。何かがあったのだと別の予測が頭の中を駆け巡る。

 

「そうですね。私もそれが良いと思います。後一人外すのは可哀想なので鳳翔も同席させてあげて下さい」

 

 奥から間宮が枝豆を手に賛同と願いを上げながら戻ってきた。

 明石も同じ考えなのか確かにといった顔で頷いている。

 

「え、何のこと? アタシ知らないんだけど」

 

 伊勢はどうやら知らないようで、木曾以上に除け者状態でいる。

 

「確かに除け者にされて良い気はしないか。鳳翔も同席するよう伝えておく。伊勢、お前にも教えていいがまぁ後で、だな」

 

 そう言って話を打ち切った提督が掲げたのは、ビールだった。

 

「それより一先ずは乾杯」

 

「「乾杯!」」

 

「か、かんぱい」

 

 既にグラスを打ち付けあってる三名に遅れて乾杯を口にしてから提督達のところまで腕を伸ばして音を鳴らす。

 この後は大いに盛り上がり、木曾が自室へと戻った時は日付が変わる少し前だった。

 最後マミヤを出る際、まだ呑んでいた伊勢にまた遊びに来いと誘われ、電の件は手の平程度の収穫ながらも気分はよく、晴れやかなまま微睡みを身におろした。

 

 

==========

 

 

 明くる日の朝、提督から予め言われていたのか綾波と神通側から声をかけられた。

 集合場所に選ばれたのは鎮守府の二階。談話室と掛札のある一室だった。

 恐らく昨日ここで電達はトランプに興じていたのであろう場所。

 四人がけと六人がけのテーブルが中央付近にあり、窓際はカウンタータイプでできている。その中の四人がけのテーブルに木曾と鳳翔は促されて腰を下ろした。

 気持ちとして切り替えが欲しいのか、普段は使うことのないティーセットをこの時は持ち出し、神通が四人分並べていく。但しお茶請けはない。

 

「電さんのことが聞きたい、で良かったんですよね」

 

 遊ぶ余裕もないのか、話す側である神通が緊張した面持ちのまま本題を切り出す。

 因みに電は現在提督の買い出しに付き合って人里まで出かけているため、帰ってくるにはまだ時間がかかる。その間に聞きたいことを聞いておけという提督からの気遣いだった。

 

「正確には装甲関連だな。それ以外にも何かあるんなら別だが」

 

 折角淹れてくれたため、カップを手に取る。

 真っ白い陶器の縁を濃紺色が囲むように塗られているシックは見た目。ソーサーも同じで、恐らく来客用にと提督が買っておいたのだと思われる。そんな趣味のセットだった。

 中に淹れられた飲み物はティーカップにお似合いな紅茶。

 普段は緑茶ばかりを飲んでいる臼杵鎮守府の面々としては、この時点でかなり浮いている状態だった。

 

「あ、美味しい」

 

 鳳翔も同じくカップに口をつけていたが、気に入ったのか思わず感想が漏れ出ていた。

 

「良かった。普段はあまり淹れないので少し不安でしたが口にあって何よりです」

 

 緊張していた神通の顔が、この時和らいだのがハッキリ見て取れる。

 木曾は美味いとも不味いとも思えない物だっただけに味の感想は言えなかったが、香りは良かったため、そちらを褒めた。

 その後四名は言葉もなく二口、三口とお茶を飲んでいく。

 木曾と鳳翔は話してくれるのをただじっと待って。

 綾波と神通は互いに目配せをしながら言うタイミングを図っているようで、まだかと見つめていると、四口目を飲んでカップを静かに置くと同時に、遂に神通の重い口が動いた。

 

「電さんが装甲を扱えないのは他でもありません。私が原因なのです」

 

「でもあれは誰が悪いとは」

 

「いえ、訓練中に周りを見ていなかった私が悪いのです」

 

 綾波が何かフォローを入れようとしたが、神通は即座に突き放す。罪は自分にだけあるのだと言い切るように。

 

「話を続けます。あれは今から半年前。二〇〇七年に切り替わった後のことです」

 

 神通の話は続いた。

 

 

 

 二〇〇七年一月。深海棲艦はそれまで疎らにやってきていたのが、進行が活性化し、それまであまり臼杵鎮守府より離れることのなかった伊勢も、遠征が多くなった頃。

 それまで伊勢の強さは何度も見てきた神通達は、尊敬はするも畏怖の感情が先立っていた。

 それ故に安心できる戦力が近くからいなくなる不安と、脅威が遠のく安心感の二つが綯い交ぜとなる。

 そんな折、以前から伊勢に誘導性艤装装甲の扱い方を習っていた明石と間宮が殆どマスターしたことから、提督より二人を指導者とし、全員覚えるよう指示が下った。

 初めそのことを聞いた時、神通は半ば抗議を上げる形で提督に直談判を行った。私達は艦娘であり、元々艦艇だったものだと。それなのに砲雷でなく拳や刀を使って戦えと言われたならば怒るのは必然。艦としての誇りを持っていただけに、この時ばかりは装甲への畏怖よりも艦としての矜持を踏みじられた気がしたからだ。

 だが、提督はこう言った。

 戦う力でなく、守る力なのだと。

 伊勢はあくまでイレギュラーな存在。装甲を使いこなして戦場を渡り歩くのはアイツだけで十分。神通達には戦場で沈まないよう防御手段として覚えて欲しい、というのが提督の思いだった。

 少なくともそれが嘘ではないことがわかった神通は、不満ながらも了承し、自己都合である恐怖は押しとどめることに。

 指示が下った翌日から訓練は開始した。

 最初は講習から入るもいきなり躓いており、先行きの不安さは更に増す。

 電、綾波、神通の三名が習っておきながら誰もそれらしいことができていないのも、懸念が増す一方だった。

 来る日も来る日も訓練は続き、二週間経った頃だろうか、その日は気分転換にと海で訓練をすることに。この日まで結局誰かが使えるようになったということは一つもない。攻撃に転用するどころか簡単な殴打さえ防ぐことができないでいたのだが、一人電だけがコツを掴んだのか試しにと神通の放った機銃を安々と受け止めていた。

 これには本人だけでなく、教えていた二人も大いに喜んだ。

 更に砲弾、魚雷と向けるも全て無傷で健在している。

 神通もこの時ばかりは成功したことへの祝福と、今まで抱いていた恐怖心が少し和らいだのが本人でもわかった。

 故にこれからは考えを少し改め、力にも前向きに受け入れようとし、自分なりの解釈を始めた。

 神通からやや離れた位置では完全にコツを掴んだのだろう、電が明石達に縮地までも教えてもらっており、時折水柱が上がるのが視界の端に映る。

 それが尚更神通のやる気に火を付け、装甲をどうやったら扱えるのか試行錯誤に没頭する。縮地の練習は危険が伴うためウキが設置され、その範囲内に入らないよう気を付けながら。

 どれだけの時間各自で練習していたかは覚えていないが、不意に誰かが叫ぶ声が聞こえ、神通もそちらへと顔を向けると、そこにいたのは電だった。

 記憶にある位置では四〇ないし五〇メートルはくだらない距離を開けていたはずの電が、その時は目の前にいた。

 何がどうなったか、この時の神通にはそれを理解するよりも先に電と激しく接触。神通は一〇メートル近く吹き飛ばされ、そこで意識が途切れてしまった。

 

 

 

「これが私の罪です」

 

「その時神通は後一分でも入渠が遅ければ轟沈するほどの大怪我を負っていました。同じ程度の使い手ならばまだ良かったんですが、残念ながら電さんはその時明石さん達とそれ程変わらない力の使い手。咄嗟に防御してしまった結果神通を弾き飛ばしてしまう結果に」

 

 二人はうつむき加減に語り終える。

 誰の目に見ても落ち込んでいるのがわかる状態ではあるが、木曾としてはそれどころではなかった。

 

「電さん、そんなにできていたのか」

 

 無論装甲の話だ。

 予想の斜め受けを行く事実に飲み込むことができず、言葉として漏れ出るくらいには動揺していた。

 

「でもまだ完全には感覚を掴んでいなかったようで、電さんによると神通とぶつかった時には縮地をする際に失敗した結果だそうです」

 

 縮地は高等技術だと明石は言っていた。それは実体験からくることなのだと思っていたが、電の件も合わせてなのではと一つ推測する。

 

「その時私は電さんが縮地を行う場面を側で見てはいましたが、大きな失敗をしたようには見えませんでした。明石さん達も波飛沫からほんの少しだけズレただけなのだと言っていたので、本当に不運が重なっただけです」

 

「あれは不注意にも電さんの練習している範囲内まで私が入ったから――――」

 

 綾波が補完するように当時を語るが、誰も悪くないのだと言外に込めていたのを察知してか、神通が自分を卑下しようとする。それを綾波は頭を振って遮った。

 

「いえ、やはりあれは不幸な事故だったんです。ですからもう神通はこれ以上自分を責める必要はありません。それは電さんも同じく」

 

 当時のことを思い出したからか、ここにはいない電を見るように綾波は海へと目を向ける。

 後悔があるのか横顔はどこか寂しく、声をかけるのを憚れた。

 数分は誰も動かず、喋ることもなくただ綾波を通してその時のことを見るように静止続けた。

 

「あの~、でしたら」

 

 そんな静寂を破ったのは鳳翔だった。

 これまで殆ど言葉を発さなかった彼女が、おずおずと手を上げながら控え目に提案を持ちかけた。

 

「皆さんで話し合い、しませんか? 恐らく当時もされたのだとは思われますが、今一度、時間が経った今だからこそもう一度、以前のことを振り返りながらお話されたほうが良いと思うんです」

 

「鳳翔が言っている通り以前やったからもう。それにこれ以上掘り返して電さんを傷付けるのはちょっと」

 

 否定的な意見が神通から帰ってくるが、それでもと鳳翔は自分の意見を曲げなかった。

 

「それでも、綾波さんがおっしゃった通り不慮の事故を神通さんは自分のせいだと苛んでいました。昨日の反応のことを考えると電さんも同じ気持ちのままで間違いないでしょう。再び語り合ったからと言って直ぐに変わるものだとは思えませんが、それでもただ自分が悪いのだと思い続けるよりはよっぽど建設的だとは思うんです」

 

「だな」

 

 鳳翔の熱弁に気持ちを押されてか、木曾も賛同する。

 二人の間に蟠りがあるわけではなく、互いに自分が悪いのだと言っている状態を看過して良いものではない。同じ戦隊である以上。いや同じ戦隊だからこそ解決できる事柄故に、背中を押す。

 

「自分が悪い悪いと言ってもそれじゃあ結局行き止まりだ。なら仲間なんだったら話そうぜ。引っ込んだまんまじゃ誰にも伝わらないし先にも進めないだろ」

 

「そうです。お二人とも優しいから相手を気遣ってそこまで謝罪もされていないのではないですか?」

 

「そういえば、一度してからそれ以降していないかも」

 

「でしたらお互いが嫌になるくらい謝罪しあいましょう。そうしたら自分を責めていることも笑い飛ばせるようになると思いますから」

 

 鳳翔に小さく両手でファイトですとやられ、神通は目を丸くしている横で綾波はクスクスと笑っている。

 

「そうですね、綾波もそう思います。もう拝み倒すくらい二人で謝ってみたらいいかもです」

 

「綾波さんまで……」

 

 普段よくいる綾波にまで言われたからか、それ以上口は動かなかったが、一度気持ちを探るためか紅茶を一口飲んで見せる。

 カップを置く動きに合わせて首も下がると、まだ決心がつかないのかカップとソーサーを握る指先に力がこもっているのがわかった。

 それから数度静かに深呼吸し、覚悟が決まったのだろう。次に見せた瞳には弱さなどどこにもなかった。

 

「わかりました。では今日電さんと話し合いの席を作りたいと思います。皆さん手伝って頂いても」

 

「勿論手伝うぜ」

 

「綾波もです」

 

「私も出来得る限り全力でお手伝いさせて頂きます」

 

「ありがとうございます。本当に何と言ったらいいか」

 

 余程嬉しかったのか言葉を詰まらせ、目元がやや潤んでいる。

 まだ泣くには早いんじゃないかと木曾がからかおうと思った矢先、ピーピーピーと音域の高い音が耳の奥で聞こえた。

 これは通信妖精を使っての着信音であり本人にしか聞こえないのだが、見回せば全員来ているのか、あなたも? と疑問げに見てくる。

 いつまでも放置するわけには行かないため、通話状態にするとそこから発せられたのは、買い出しに行ったはずの提督の声だった。

 

「全員鎮守府にいるか」

 

「綾波以下四名。同じ場所にいます」

 

「ならそのまま聞いてくれ」

 

 今木曾達が作った楽しげな雰囲気を壊すように。艦娘としての本分を思い出させるように一つの指令を下した。

 

「別府湾沖で多数の深海棲艦が出没し、現在第一第二大分鎮守府、坂ノ市鎮守府、別府鎮守府がことに当たってはいるが劣勢だそうだ。臼杵鎮守府はこれの援護に向かう。全員弾薬を補充した後にこれより指示する装備をし、ブリーフィングルームで待機。破損しているものは高速修復材で治しておくように。以上。聞きたいことはあるか」

 

 唐突なことに指示を頭に入れるだけで精一杯だった木曾に聞くことなどなかったが、神通はしっかりと把握したのか質問を上げる。

 

「提督は後どれほどでお戻りになられますか」

 

「十分もかからん。電の装備なら明石に伝えておくからお前達は自分のことに集中しておいてくれ」

 

「わかりました」

 

「それから今回は敵の数が多い。全体の指揮は俺が取る」

 

 その一言で、全員に緊張が走る。

 提督が指揮を取ったことはこれまで何度かあるが、現場にいなくとも的確で、尚且つ早かったために不安などどこにもない。あるのは提督が指揮を取らなければならないほどの戦場が待っているという事実にだ。

 

「他にはないな。現場ではまだ戦闘状態にあるため戦術は省く。まずは装備だが――――」

 

 提督が手早く指示を飛ばし、全員が応えていく。

 数分前まで確かにあった空気を置き去りにするように。

 ティーセットもそのままに全員談話室を飛び出した。

 木曾は装備の変更がなかったことから一足早く作戦会議室へ赴き、板書に大分湾の地図を貼り付け、左側の最前列へと腰掛ける。

 三分もしない内に綾波と神通はやってきて、右側の以前木曾が腰掛け列の椅子へと腰を下ろす。鳳翔は艦載機の変更に手間取っていたのか提督達と同じタイミングで入室してき、木曾の隣に座った。

 

「準備ご苦労。早速で悪いがブリーフィングを始める」

 

 前置きも一言で済ませ、本題へと入っていく。それだけ時間に余裕がないのだという雰囲気を存分に醸し出していた。

 

「先に言った通り多数の深海棲艦が大分市中央を目指して現在進行中だ。詳しい数は不明だが出現時は一〇〇を超えていたらしい」

 

「一〇〇」

 

 元々全員緊張を持ってこの会議室にやってきている。だが今は動揺が見られ始めた。それもそのはず。以前相対した敵艦隊一五隻。これでも十分多い数ではあったのだが、その約七倍もの数を言われたならば、平静を保てというのが無茶だった。

 

「まぁ待てお前ら。あくまで過去形だ。今は七〇隻近くまで減っているそうだ」

 

 それでも十分多いがななどと付け加えられたが、数が一気に三割減になっただけ気持ちとしては少し楽になった。一〇〇キロの重りが九〇キロに変わった程度の気休めだが。

 

「だが当然油断はできん。今まで相手にしたことのない数だからな。特に練度の低かった三大(さんだい)が哨戒中に見つけた訳だが、一報した後に艦隊が壊滅したそうだ。現在経験が一番多い一大(いちだい)を主軸に相手をしているが、知っての通り鎮守府間での連携など横須賀や佐世保といったところ以外経験がない。押しつぶされるのも時間の問題だろう」

 

 一大とは第一大分鎮守府。三大ならば第三大分鎮守府のことを指す大分県内でのみ通用する省略言葉だ。

 提督は一度区切り、振り返って板書に張られている地図へと備え付けられていたマグネットを貼り付けていく。

 友軍を示す黄色のマグネットと自軍を示す青いマグネット。更に佐賀関から二〇キロ真北に敵を示す赤い丸いマグネットが張られ、全員に見えるように動かしながら戦術の説明に入った。

 

「我々はこの後最大船速で現場に向かうわけだが、相手には空母がいる」

 

 先程の装備変更で、他の者が機銃を追加されたことから木曾も知っていた。

 空母が数隻存在すると。

 

「数は正規空母が六隻。軽空母が四隻。それから港湾棲姫が一隻いるそうだ」

 

 空母の数はまだよかった。問題は港湾棲姫。

 その名が出た瞬間、一気にざわめき出す。

 無理もない。姫クラスの相手などまだ経験が浅い、どころか木曾と鳳翔は本当に未経験であり、電に綾波、神通もそう多くはないと言っていた。その上で大艦隊を相手取るなど伊勢以外不可能と断言してもいいほどである。

 

「早く助けに行かなくていいのですか?」

 

 皆が狼狽している中、鳳翔が何故と言いたげに問いかけた。

 

「構わん。確かに相手は脅威以外の何物でもないが、下手に助けようとしてこちらがやられたら元も子もない。最終的には古参のいる一大の者達が殿となる予定だが、信じる他あるまい。その代わりと言っては何だが今回は明石にも出てもらう。アイツに一大の後を引き継いでもらうというわけだ」

 

 青い小さなマグネットを取り出し、黄色を陸地へ近づけながら入れ替わる形で小さな青い点が残される。

 鳳翔の顔を盗み見ると、明石が出撃するとわかってか僅かに険が取れているようだが、今直ぐにでも向かいたいのか、口を真一文字に閉ざしていた。他の者達も明石の存在を知ってからあからさまに狼狽えるようなことはなくなっている。

 

「続ける。港湾棲姫は輪形陣の中央、敵空母は後方にいるそうだが、更に前方へ釘付けにするため明石に囮役をやってもらう。明石のことが心配ならば一分一秒でも早く空母を先に沈めるよう心掛けろ。機銃はあくまで港湾棲姫用で保険のようなものだと思っておけ。空母さえ沈めれば潜水艦もいない艦隊、全速力で回避しながら一隻ずつ仕留めていくだけだ」

 

 明石がいるとはいえ簡単に言ってくれる。が、それだけ信頼をしてくれているのだとわかるだけに、応えたい気持ちが湧いてくる。

 

「港湾棲姫は明石に任せておくように。流石に取り巻きの数が多すぎるからそちらを削るのが先決だが、問題は空母の全撃沈に時間がかかった場合だが……」

 

 作戦を聞きながら木曾はこれまでの訓練を思い出す。これ程の大規模作戦。自分の成長を証明させるには持って来いだからだ。

 最近伊勢にも気に入られ始めている気がするだけに、より一層気合が入る。

 

「以上が作戦の概要だ。それから最後に……」

 

 一度言葉を区切り、全員の顔色を伺っているのか端から端まで提督は首を回した。そして確認するように臼杵鎮守府最大戦力のことを切り出す。

 

「伊勢はいない。助けに来るにも今は和歌山まで行っているが、あちらも大分手間取っていることから直ぐに折り返すことは不可能だろう……お前達、覚悟はできたか?」

 

「「「「はい!」」」」

 

「よし、全員出撃だ。明石は後で追い抜かせるからお前達だけで先に行け」

 

「「「「了解!」」」」

 

 全員腹から声を出しているのか、耳にジンッと残る声が響き渡る。

 提督も満足げに笑んでいるのを尻目に木曾達は海へと向かう。

 誰も確認するでもなく次々に艦装を済ませてから海上へと足を降ろしていった。

 時間はあまり残されていない。

 後ろを取るということは速吸瀬戸(はやすいのせと)。つまり四国の佐田岬前方を通過してから回り込むこととなる。敵の動きにもよるが三〇分は優にかかるだろう。

 提督を通じて状況は逐一把握しているが戦況は芳しくないようで、三大を除いても轟沈した艦娘は三割を超えているそうだ。古株の一大は流石というべきかまだ沈んだ者はいないそうだが、それでも中破した艦娘は幾つかいるようで、どれだけ持ちこたえられるかわからないそうだ。

 ただ押されていることから、敵艦隊の距離が大分よりとなり、航路が短縮されたのは嬉しい誤算である。

 他の鎮守府に特別仲間意識があるわけではないが、それでも同じ艦娘がやられていい気でいられるほどドライなわけでもない。

 

「皆さん、コースが少し変わりますが遅れないよう着いて来て下さい」

 

 旗艦であり単縦陣の先頭にいる電が通信を使いながら、器用にもあえて体ごと振り返って伝えてくる。

 逸る気持ちは全員同じなのか無言で頷き、満足がいったのか、電は進行方向へと向き直った。

 それから数分後、高島を越えようとするとどこからか声がかかる。薄っすらであったためか木曾から前の人は気付いてないらしく、振り返ると鳳翔には聞こえていたようで視線がぶつかり、音源の方角へと四ツの眼が向けられた。

 視界内には既にいるようで、捉えた人影は急速に近寄ってきている。全速力で進んでいる木曾達に対して。

 

「ぉーーーい」

 

 次はハッキリと聞こえたためか、前を行く人達も気付いたようで反応を示していた。

 

「この声は明石ちゃん?」

 

 電が名を出すのに遅れて明石が隣に着水した。

 

「遅れてごめん」

 

「いえ問題なのです」

 

 普段鎮守府では見ることのない艦装状態の明石がそこにはいた。

 工作艦らしく複数のクレーンが船体から伸びており、左肩は甲冑の袖。左外太ももから脛の横まで草摺(くさずり)が付いている。更に草摺にはワイヤーの束が引っ掛けられており、不釣り合いではないはずなのにそれはどこか異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「ただここはもう戦域なのであまり大きな声は出さないようにお願いします。私達が見つかってしまうと作戦に支障を来すので」

 

「そうだった。ごめんなさい。久しぶりだからちょっとはしゃいじゃった」

 

 電の言う通り直線距離のおいては敵艦隊との距離は一〇キロを切っている。まだ声が聞こえるほどの近いわけではないが、警戒するに越したことはないだろう。

 

「それじゃあ私は行くから後で落ち合いましょう」

 

「はいなのです」

 

 二人は多くを語らず、明石は電から距離を取り、縮地を使って飛び出した。跳ねる直前に木曾のことを見てから。

 その表情は戦場で待ってるとも戦果を期待しているとも、成長を見せてみろとも取れ、木曾に真意を測ることはできない。

 ただ漠然と背中を見送りつつ、無事合流できることを願った。

 

「それでは私達も急ぎましょう」

 

 最大速力で航行しているためこれ以上早くはできないが、そう言わずにはおれなかったのだろう。明石と言葉を交わしていた時の横顔は柔らかかったが、首だけ振り返った時の眼差しは強い意志を感じられた。

 それから数分後、明石が会敵したとの報せが入る。

 

「現在敵の数は六〇。減ったとはいえ、依然予断は許されない」

 

 提督は事実だけを並べて来るだけに、嫌でも緊張が高まる。

 

「現在位置は」

 

「もうすぐ佐田岬が見えるところなのです」

 

 四国の先端部が見える位置まで来ていたが、問題はここから更に迂回するように回る必要があることだ。そうなれば更に時間を費やすのは必至。

 その間明石一人で大艦隊を押しとどめさせる事実に、歯噛みする。

 

「航路の変更をする」

 

「また敵さんの位置が変わったのですか?」

 

「いや、向きを変える」

 

 ここまで来るのに一度変わったことから、再びそうなのかと電が返したが、どうやら違うらしい。

 

「現在敵艦は大分市に向けて進行中だ。だが流石に後ろを取るには時間がかかりすぎる。一大がもう少し粘れていたら違ったが、こればかりは致し方あるまい」

 

 愚痴でもこぼすように言うが即座に切り替えたのだろう。普段から硬い口調だが、言葉に込める思いも確固たるものなのだとして言い放たれる。

 

「明石に艦隊の向きを変えさせる」

 

「……え?」

 

「正気か提督!」

 

 電は満足に反応ができず、木曾も思わず口出ししてしまった。

 だが、内容が内容だけに黙って聞いてるだけなどできるはずもない。敵が一隻二隻ならいざ知らず、六〇もの大艦隊相手にやることではない。そしてやるならばそれ相応に代償を支払わなければ困難だろう。

 しかし提督はこともなさ気に先を続ける。

 

「何をするにしても危険は変わらん。問題は正面と上に敵がいることだ。その片方をどれだけ早くなくすかが問題だが、敵中突破させるわけにもいかん。そして今敵は明石に注意が向いているのがわかっている。ならば利用する他あるまい」

 

 明石との通信が行われていないことに不思議ではあったが、どうやら提督とのみ繋げているようだ。

 今戦場がどのように動いているか知っているのは明石と提督だけ。

 そして戦況を把握している提督が危険を承知でやらせると言っているのだ。

 提督への不信感は元々無い。

 あるのは本当に敵艦隊全体の向きを変えられるのか不安。そして注意を引くために恐らく近接するであろう明石の安否だ。

 通信を取らせないということは理由があるのだろうが、直接声を聞けないだけでもこれほど心臓に悪いものなのだと今更ながら気付く。

 額にじわりと滲む汗を振り切るように返答した。

 

「わかった。割り込んですまなかった」

 

「問題はない。電、方角を西に。鳳翔、敵から見つからないよう艦載機を飛ばし、正確な位置情報を全員に伝えろ。恐らく四分後には作戦を開始することとなる」

 

「「「「「了解」」」」」

 

 電は指示に従い飛沫を上げながら進路を変える。

 鳳翔はカーブを画きながら弓を番え、一列になった瞬間晴れ間に向かって一本の矢を放つ。先頭を行く電より前へ出ると矢は飛行機へと姿を変えて、遥上空へと飛び去っていった。

 

「今の、戦闘機だよな?」

 

 望遠を使わなくては見えない位置まで飛んでいった艦載機は、昨日鎮守府の訓練でも見かけた零式艦戦二一型。偵察機の類ではなかった。

 

「はい。今回彩雲は持ってきていません。攻撃機や爆撃機も」

 

 つまり戦闘機しか持ってきていないということだ。

 何故なのか、などと聞こうとしたが敵艦の数を思い出し一人納得する。六〇もの大艦隊相手に対し、こちらの空母は鳳翔のみ。艦載機の飛ばせる数など限度があることを考えれば、ただ落とされるだけの爆撃機や索敵だけの彩雲などで枠を潰すよりも、敵艦載機を押さえ込むことに特化させた方がいいという考えなのだろう。

 それから二分経過した頃だろう。鳳翔より声が上がる。

 

「敵艦隊発見! え、本当、に?」

 

「鳳翔ちゃん?」

 

 脈絡のない言葉に電が尋ねる。

 一人何に驚いているのか、木曾は気になって振り返ろうとして止め、視線だけを後ろへ流すようにした。

 

「あ、ごめんなさい。明石さんは健在。遠目ではありますが損傷も見られません。敵艦隊の進行方向が別府方面へと変わっていっています」

 

 鳳翔の報せは木曾に安堵を与え、高揚感が湧き上がる。

 大役を務めている者が成功を収めようとしているのだ。やる気がでない方が嘘というものだ。

 

「角度修正。左に一度」

 

「わかったのです」

 

 各々が自身に備わっている方位磁石と照らし合わせながら、見た目では変わったかどうかもわからない角度だけ動く。

 敵艦隊との距離はまだあるため、誤差があるとこの後の行動に大きく左右されるため、神経を過敏にしながら今の方角を覚える。

 

「鳳翔、敵最後尾との距離は」

 

「現在八〇〇〇メートルを切ったところです」

 

「よし、陣形を単横陣に。六〇〇〇を切ったら始める。修正したばかりの方位、忘れるな」

 

 提督の指示に全員が返事をし、先頭にいた電が減速。中央に来るようにし、左右へと広がっていく。

 単横陣がアラビア数字の1ならば、単横陣は漢数字の一。

 横一列に並び、速度を微調整しながら合わせる。

 

「陣形変更完了なのです」

 

「距離は」

 

「七一〇〇メートルまで接近しています」

 

「明石の方はどうだ」

 

「七割方方向転換に成功しています」

 

「ならば予定通り作戦を行う。今一度作戦概要と装備の確認をしておくように」

 

 提督に言われ、作戦内容を思い出し両手を握りしめる。

 やること自体は単純なため難しくはないが、向けるべき鉾があらぬ方向に行かないよう再三注意して見直す。

 

――問題は、ないな。装備もバッチリだ。

 

「距離、六五〇〇メートル」

 

 確認を行っていると、鳳翔が間合いの報告をしていた。

 もう間もなく、予定の距離まで詰めることとなる。

 

「六三〇〇メートル。誤差修正。右へ二度」

 

 遠くで砲撃音が聞こえるもまだ穏やかな海だったが、これより激動へと変化する。

 変える原因となる魚雷に手をかけながら、投げ込む瞬間を待つ。

 

「六一〇〇メートっ――――気付かれた!?」

 

「全員魚雷発射、急げ!」

 

 鳳翔の報せに間髪をいれず、作戦を前倒しに指示が下る。

 木曾は左右の太もも付近に下げていた魚雷を指の間に掴み、一度に合計八本を投擲する。

 投げた物は六一センチ四連装酸素魚雷。

 着水すると推進力に従い真っ直ぐに、海に溶け込むほど薄っすらと軌跡を見せながら遥か彼方にいる標的に向けて邁進する。

 本来ならば外から随時放つ予定だったが早まったためか、射出された魚雷は横並びとなっていた。

 

「続けて第二射。放て!」

 

 大して間を開けること無く二度目の雷撃命令が飛ぶ。

 連撃は作戦通りなため、木曾は慌てること無く先ほどと同じ角度で魚雷を放った。

 駛走していく魚雷を見つめながら第三射の命令を待つ。

 

「鳳翔」

 

「は、はい、申し訳ありません提督」

 

 提督に名を呼ばれて即座に謝罪する鳳翔。更に謝ろうとしていたが提督によって遮られた。

 

「構わん。作戦前にも言ったが見つかる可能性は十分にあった。敵の数が数だからな。それよりも現在の敵の動きはどうなっている」

 

「ありがとうございます、提督。少々お待ち下さい」

 

 短く例を述べてから提督のみならず木曾達も鳳翔からの報告を待つ。水平線の向こうに敵艦隊が現れるにはまだ数十秒の猶予があるために、俯瞰して見れる艦載機からの情報が一番頼りとなるからだ。

 

「後方に数隻回しているようです。少し層が厚くなっていると」

 

「進行方向は」

 

「依然変わりありません。ただこちらへの砲撃準備に移っているのと艦載機が飛び始めました」

 

「予想より手が早いな……」

 

 思案中か歯噛みしているのか、艦載機の帰還命令を出してから通信が途切れる。

 一射目の魚雷がたどり着くまで二分半。予定では後三十秒後に第三射を撃つため、航行速度は緩めることなく、体を駆け抜けていく風を感じながら水平線を睨み続ける。

 

「全員聞いてくれ。このまま作戦通りに行く。だが十中八九空母の幾つかは残ってしまうだろう。艦が沈めば艦載機も消えるが、残ってしまうなら対処する他無い」

 

 一度区切りが入る。

 空には鳳翔の艦載機が望遠を使わずとも見える位置まで戻ってきており、追いかけるように敵の鋭角な見た目をした黒い艦載機が飛翔してきていた。

 

「また艦載機の方が魚雷より早い。必然的に空爆を受けることとなるが耐えてくれ」

 

 容易でないことをサラリと言ってくる。

 

「十秒後に三度目の魚雷発射。その後機銃のみで出来るだけ迎撃」

 

 おまけに帰還した鳳翔の艦載機は飛ばさないときた。

 機銃の数を考えてもそんじょそこらの艦娘ならば半数。下手したら全員轟沈する可能性すらある。

 西の空には肉眼で見える位置に黒い飛翔体が凡そ二三〇機。噴進砲があればと思えるくらいには敵艦載機はわんさかとやってきている。

 

「全魚雷用意……放て!」

 

 命ぜられるがまま、木曾は三度目の魚雷を放り投げた。

 残る仕事は――――

 

「艦載機、来るのです」

 

「機銃を扱える者は迎撃。木曾」

 

「わかってる」

 

 電の盾となること。

 敵艦載機と電の距離を測り、いつでも前に出られるよう神経を過敏にする。

 ばら撒かれる機銃は飛来してくる艦載機を幾つも撃墜せしめているが、如何せん数が多すぎた。

 

「数が、多すぎるっ」

 

 神通らしくない弱音が聞こえてくるが、それとて致し方ない。二桁は落としているはずなのに、減ったような気さえしない数が、雲の下を飛行音もなくやってきている。

 ハッキリ言ってしまえば不気味だった。

 それでも三名は懸命に機銃を放ち続け、敵艦載機の頭が下がった瞬間、射撃をパタリと止めた。

 

――来る!

 

 直後木曾は艦装を解除。電の前へと躍り出た。

 艦娘が長さでなく高さがあり、回避も取りやすいとはいえ、それに合わせるように艦載機の性能も上がっている。

 爆撃機からの被弾率は高い。それも非常に。

 空母を警戒している理由はそこにある。

 

「電さん離れるなよ」

 

「木曾ちゃんお願いします」

 

「任せとけ」

 

 背後ピッタリと張り付きそうなくらい接近している電を脇の隙間から確認し、空を見上げる。

 敵の降下タイミングを鑑みるに木曾も長身な方ではないが、それよりも低身長である電へは当たることのないコース。

 つまり木曾さえ耐えられたならば電へ被害が行くことはない。

 事実確認をし、薄っすらと汗のかいていた両の手の平を握りしめる。

 そして隻眼が睨みつけていた艦載機は今正に爆弾を投擲せしめた。

 慣性の法則に従い、空気を切り裂きながら落下してくる爆弾を視認。顔を腕でカバーするでもなく、航行しながらも仁王立ち状態で受けた。

 鳴り響く爆発物の音。

 砲撃音ほどではないものの、目の前で炸裂すれば腹の底、足の裏まで響き渡るのが嫌でも感じる。

 そう、目の前だ。

 木曾は誘導性艤装装甲を前面に展開。

 十センチ先で次々と爆発していく物を歯を食いしばりながら目にしていた。

 

 

 ――――一つ、二つ。

 鋼鉄の雨が降る。

 ――――四つ、八つ。

 降り始めた鉄の雨は笑うように弾け。

 ――――一六、三二。

 猛る熱波が舐めるように装甲の上に流れていく。

 

 

 終わる気配のない爆撃の雨。

 木曾の目の前で爆発することが大半なことから視界は閉ざされており、後何機いるのかも確認できそうにない。

 耐える木曾は呼吸を止めていた。

 激しい運動をしても呼吸が乱れることのない艦娘だが、呼吸を止めると苦しくなるのは人と同じ。

 徐々に苦しさは増し、精神的苦痛の影響もあってか予定より限界が早く近づいた時、爆発が止んだ。

 数秒待つと目の前が急に開け、空には黒い艦載機が背後を見せながら飛んでいっているのがわかる。

 

「耐え、た、のか?」

 

 どうなっているのか処理の追い付かない木曾は肩で息をしながら空を眺め、続いて左右へと首を回す。

 他の者もまだ終わったつもりではなかったのか、互いに顔を見合わせるような形となる。

 

「皆さんどこか怪我はしていませんか」

 

 背後にいた電が距離を取り、全員の顔を見回す。

 木曾は耳だけ傾けてザッと全身を確認するが損傷は何もなかった。

 報告が上がるが、全員無事だったようで、電は安堵の笑みを浮かべる。

 

「皆さん無事なのです」

 

「お前達よくやった。これからはこちらの番だ。反撃に出るぞ」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 一つ危険な橋を渡り終えたからか、士気は高いようで、自然と声に力がこもっていた。

 

「そろそろ敵艦隊が見える位置まで進んだはずだ。そして魚雷が着く頃でもある」

 

 木曾は元の隊列に戻り、望遠機能の倍率を上げる。

 確かにそこには少し前まで見えなかった深海棲艦の群れが存在し、後方の艦がこちらに向けて砲塔の角度を調整しているところまで見えた。

 マズい。

 木曾が声を出そうとした瞬間、水柱が幾つも上がる。

 轟沈した艦は少なかったものの幾つか沈めたようで、第二射がその後ろにいた空母を捉えた。

 

「状況がわかりしだい報告。その間全員砲撃準備。鳳翔も港湾棲姫が艦載機を飛ばしたら全艦載機を発艦」

 

 第二射も見事命中。

 敵が多いことからすり抜けた魚雷も前方の艦に被弾したのだと明石から報告が入る。

 

「見た感じだと数隻は撃破できてるかな。他にも中破が複数といったところかしら」

 

「もう通信しても良いのか?」

 

「これより同じ戦域だ。情報は直接やり取りしたほうが早いだろう」

 

 状況が変わったことにより知る権利を貰えたということか。

 船体より伸びるアームを操作しながら木曾は言葉の裏を読む。

 

「明石。これより挟撃に入る。敵の意識がお前から離れた奴も多いはずだ。一つずつ丁寧に潰していけ」

 

「欲張るなということね。了解」

 

「砲撃開始」

 

 軽快にやりとりしている二人の信頼関係は手に取るようにわかり、少し羨ましく思う。毎日のように修行を付いてもらっているだけに懐いている自覚がある分、これが嫉妬なのだと理解し、邪念を灰にするように単装砲から火を吐き出す。火とともに吐き出された鋼鉄の塊は、音速を超えて水平線の彼方にいる集団目掛けて飛翔する。

 

「陣形はこのままいかれるのですか?」

 

「現状維持だ。魚雷の結果次第だが即座に対応できるようにしておけ」

 

 神通と提督のやり取りの間に、第一射目は全弾外れたのか放たれた数だけの水柱が上がるのみだった。

 だが、今ので大凡の距離感は掴めたため微調整後、提督の第二射の命令に従い撃ち放つ。

 とはいえ、敵とてただ突っ立っている訳ではない。

 電、綾波、神通、木曾の四名が飛ばした砲弾は電のみが直撃。他は見事外れていた。

 しかし外した悪いこととは言えないのもまた事実。

 何故ならば、

 

「あれ、敵が二分化しちゃった」

 

 挟撃に対応するためか、前後で二手に別れさせたからだ。

 

「港湾棲姫は」

 

「あー私の方には来てないね」

 

 予定外なことを上げるならば、港湾棲姫が木曾達を沈めるために向かって来ていることか。

 

「魚雷はどうなった」

 

 目まぐるしく動く戦場に言われて思い出す。

 一回目も二回目も木曾達は攻撃対象にはなっていたが、メインターゲットは明石であったことでクリーンヒットしたわけだが、今は完全にこちらを見ている。

 被弾を嫌がって右へ移動しているために軌道が大きくズレ始めているのは致命的だった。

 

「後方二割被弾」

 

「こっちは……四割くらい」

 

 鳳翔と明石が被弾率を報告。

 これまでの撃墜数を統計すると。

 

 

 ――――二十八隻撃沈。

 ――――小破七、中破四、大破一。

 ――――空母は軽空母全撃破。正規空母四轟沈。残り二隻。

 ――――残存艦三十二隻。

 ――――港湾棲姫、無傷で健在。

 

 

 まだ安心できる数ではないが、それでも半分近く減らす事ができているのは精神的に楽となる。

 明石の奮闘が大きいとはいえ、だ。

 

「明石。一人でいけるか」

 

「全部沈めろと言う意味ならちょっと時間貰えたら」

 

「ならば倒し次第港湾棲姫へ迎え。電達は複縦陣に変更。反航戦になるよう進路を取れ」

 

 提督の指示に従い、木曾達が海戦をする際一番扱う陣形である複縦陣へと変える。

 こちらへ向かってくる艦隊が右から回り込むように来ているため、左に弧を描くよう航行を始めた。更に本気で沈めに来ているのだろう。生存している正規空母ヲ級のみならず港湾棲姫からも艦載機が飛び出していた。

 

――あれが姫クラスの扱う艦載機か。

 

 通常の深海棲艦は見た目が黒っぽいのに対し姫クラスは白を基調としたものが多く、艦載機も同様でこれまで観測されてきたものは白が圧倒的に多かった。更に形が丸いためまず見間違うことのない。

 

「敵艦載機発艦。港湾棲姫からも飛び立っています」

 

 綾波の報告を上げる。

 敵機の数は全部で一〇〇を超えていた。空母は中破と大破していることから出せる数が少なかったようだが、港湾棲姫は無傷。艦載機も今日始めて飛び立つかのように生き生きとしていた。

 

「鳳翔全機出撃だ。訓練の成果を全員に見せてやれ」

 

「はい、提督」

 

 弓を番えた鳳翔は、本日二度目の矢を放つ。

 鳳翔の気持ちの現われか、風に流されることなく真っ直ぐに進む矢は空中で弾け、複数の戦闘機へと姿を変容した。

 

「ココデ……シズメテ……ヤルワッ!」

 

 まだ二キロ近く離れている港湾棲姫の声が耳に届く。

 

「通信が傍受された!?」

 

「落ち着け。一方的に言ってきているだけだ。こちらの声は届かん」

 

 そうだった。

 木曾は言われて思い出す。これまで話しかけてくる深海棲艦と鉢あったことがないことから忘れていたが、深海棲艦の声には特殊な電波が乗っており、声だけを回線に割り込ませて来るのだと。

 何のためにそのような機能があるのかは不明だが、戦闘には直接影響がないため無視されているのが現状。

 だが会話が成り立たないとわかっていながら敢えて、木曾は吠えた。

 

「沈めてやるか。それはこっちの台詞だ!」

 

「魚雷は暫く使用を控えて砲撃のみに集中しろ。敵艦載機が制空権を突破した場合は機銃で応戦。ここが正念場だ」

 

 提督の発破に背中を押されるように照準を合わせて砲撃。

 敵集団と砲弾がすれ違い、互いを撃滅せんと火を吹き続けた。

 空では鳳翔の戦闘機と敵艦載機が激しいドッグファイトを繰り広げている。

 混沌と化し始めた戦場だが、それでも今は木曾達に分があった。

 数度目の砲撃は両軍を捉え始めたのだ。しかし、

 

「こんなのじゃ、まだ沈めないわ」

 

 被弾した神通は物ともせず、反撃をする。それに対し敵艦は被弾する毎にダメージを重ね、次々と海中へと没していった。

 空も日頃の訓練の成果か、数では劣っていたものの鳳翔の巧みな指揮により、機銃で対処できる程度の数しかすり抜けていない。

 

――いける。数だの姫だのに多少ビビっていたが、オレ達なら十分に戦えるぞ!

 

 鼓舞としての思考でなく、確固たる事実として受け止め、咆哮さながらに砲撃を続けた。

 

 

==========

 

 

「よっ、ほっ、たりゃ、よ~いしょっと。これで全部かな」

 

 大部分をワイヤーで対応し、一部すり抜けた魚雷を被弾しにいっていた明石は、ワイヤーを巻き取りながら自分へ砲撃してきている敵艦隊へと向き直る。

 別府湾に向かう魚雷だが訓練でないため放置していてもよかったものの、もしそのことが原因で提督が攻められると面白くないため、後顧の憂いは予め断っていたかった。

 

「あまり無茶はするなよ」

 

「無茶なんてやってなんぼでしょう。それが提督のためなら尚更」

 

 通信越しで何か言いかける気配を感じたが噤んだのだろう。短い息だけが明石には届いた。

 このまま黙って殲滅に向かっても良かったが、明石は敢えて続けた。

 

「艦娘は提督が第一だからこればっかりはね」

 

「わかっている」

 

「なら私達がちゃんと戻れるよう祈っていてね」

 

「願わなかった戦場などない」

 

 素っ気ないながらも自分達の無事をいつも願っている。

 そのように言ってくれることに嬉しく思い、気合が自然と入った。

 

「じゃあ私も、無事に帰るよう頑張らなきゃ、ね」

 

 ワイヤーに手をかけながら、放たれる砲弾の隙間を縫うように縮地を使って飛び出した。

 提督と話している間に敵艦隊と距離が近くなっていたからか、十歩にも満たぬ間に先頭にいる駆逐艦の目と鼻の先まで接近する。そのまま駆逐艦イ級の頭上を越えるため上方向へ跳躍をしながらワイヤーをイ級の口に引っ掛けるように垂らす。

 先端のフックになっている部分は右手に持っているため、Uの字を描くように引っ掛け、縮地の勢いと艤装の重さで食い込ませてからの切断。はできない。明丸印のこのワイヤーは太さ二分。つまり六.三五ミリもあるため、誘導性艤装装甲を自由に扱えない深海棲艦相手でも切断は難しい。

 代わりに口へと引っ掛けたまま地蔵背負い宜しく、思いっ切りイ級を海中より引っこ抜いた。

 そして空中にいる明石を支点に大きな水飛沫を上げながら弧を描くイ級は、明石の眼下にいる重巡リ級へと振り下ろされる。

 唐突なことで回避する暇も与えなかったのだから当然だが、重巡リ級は遠心力によって加速したイ級の直撃を受け、二隻は仲良く海中へと没した。

 陣形の中に侵入されたことで判断が遅れてか、それとも同士討ちを嫌ってか着水時に砲撃が来ることはなかった。そのことを良いことに巻き取ったワイヤーを今度は左手にいた軽巡ヘ級と投げる。

 ヘ級は抵抗する間もなく首から右腕にかけて巻きつけられ、再度跳躍した明石により横滑りに海上を進まされ、戦艦ル級へと接触。二隻は仲良く沈んでいった。

 更に明石は止まらずにワイヤーを巻き取らず、装甲の反発を利用して振りかぶり海面に当ててから更に反発。射程内にいたイ級とヘ級に向かって先端のフックが当たるように薙ぎ払った。装甲が展開されていた先端部分に触れたことにより、飴細工の用に胴体部分を押し潰しながら分断する。

 

「これで残りは十一隻」

 

 報告を兼ねての独り言を呟き、木曾達の方を見やれば既に七隻まで数を減らしていた。

 魚雷の対処に出遅れたとはいえ、自分より早く数を減らしていることに思わず感嘆する。

 

「これ、あの子達に任せても良いんじゃない?」

 

 残存艦からの攻撃を適当にあしらいながら、提督との回線のみに絞り通信を飛ばす。

 

「一考の余地はあるな」

 

「またまた~。元々その予定だったんでしょ」

 

 ずっと疑問ではあった。

 百もの艦隊だと明石でもやや厳しいものがあるが、六〇や七〇ならば十分対応範囲内の数だ。

 だが木曾達は違う。

 まだ装甲を自在に扱えない彼女らにはまだ危険が伴う。

 それも少々ではない。

 先に着いた明石に一隻も沈めさせないまま敵艦隊を残し、その海域へ足を踏み入れさせたのだから、轟沈してもおかしくない状態であっただろう。

 それをやる理由など一つしか無い。

 

「これだけ経験すればかなり練度も上がるだろうし、度胸も着くだろうしね」

 

「気付いていたのか」

 

「これでも付き合いは長いつもりだし」

 

 さっき気が付いたとは言わず、不用意に近付いたル級の腹部を右拳で貫いて、言葉とともに沈めた。

 

「もしかしてだけど偵察機を誰にも持たせなかったのも」

 

「そうだ。敵に見つけさせるためだ。咄嗟に動くことを覚えさせることもそうだが、距離を近づけさせてからの挟撃ならば相手も慌てて動き出す。砲撃と艦載機の同時攻撃だと厄介だから片方だけに絞らせるためにそうせざるを得なかった」

 

「大分危ない橋だったようだけども」

 

「もう少し緩慢かと思ったが対処が早くてな。俺も流石に焦った。だがあいつらは全員やってくれたよ。期待以上だ」

 

 普段の剣造の声色は見た目通り堅物とした物だが、この時ばかりは本当に嬉しかったのか少しばかり柔らかい口調だった。

 

「じゃああの子達が港湾棲姫を沈めるまで殲滅しないほうが良い?」

 

「いや、もしものことがあってからでは遅い。電達が港湾棲姫と接触する頃には終わらせて合流だけはしておけ。その後は追って全員に指示を出す」

 

「なるほど了解」

 

 跳躍からイ級の背中へ飛び蹴りをし、崩れるより先に海底へと叩き込んだ。

 

「あっちはそろそろ終わりそうだし、私も早く片付けちゃいますか」

 

 残り九隻の、陣形さえ満足に取れていない深海棲艦へ死の宣告を振りまき、手始めとばかりに前方にいたリ級へ縮地からの右掌底を放つ。威力が強すぎたか頭部が消し飛んだのを尻目に、右後方へ振り向きながら左手でワイヤーを反発で加速させながら真っ直ぐに投げ飛ばす。更に先端のフック前方に装甲を展開させヘ級の胸部へとぶつけるが、流石に威力がなかったか、弾き飛ばすだけで終わる。

 しかし次に動き出すには時間がかかるため、その間にワイヤー弾かれたところから右へ振り抜き、ル級の胴体に巻きつけてから引き寄せ、飛び蹴りを放つ。首から上が消えたル級の体が消えてしまう前に空中で近くにいたリ級へとぶつけて轟沈させる。

 残り六隻。

 のんびりやっていると遅れてしまうため、明石は更に加速した。

 まだ動ける様子のないヘ級へ巻きつけてから、明石の機動に踊らされ固まっていた三隻をワイヤーで囲み、縮地で締め上げてからワイヤーの内側に向かって装甲を全力展開。纏めて胴体を切断して沈める。更に巻きつけておいたヘ級を引き寄せてからの回し蹴りで、きっちり潰しておく。

 残り二隻。

 木曾達の方から通信が入り、あちらも残り港湾棲姫を合わせて三隻まで追い込んでいるとのことにほくそ笑む。

 

――これは帰ったらちょっとしたパーティ開かないといけないかもね。

 

 大きく飛び跳ねた明石はル級の隣へ着水し、ターンを決める。明石の動きに全く着いていけないル級は明石を首を回してまで追いかけるも、既に反対の視界へと移動しており、気付いた時には顎から真っ直ぐ上に向かって蹴り上げられた。

 そして最後に残ったイ級に向かって縮地を使って跳躍。空中で何度も回転をかけながらのかかと落としを放ち、殲滅を完了させた。

 

「終わったから電さんのとこに向かうね」

 

「任せた」

 

「私達も丁度港湾棲姫以外は倒したところなのです」

 

「おぉ、ベストタイミングだったわけだ」

 

 一歩大きく踏み込み、木曾達のところへ向かう。

 好き勝手に動いて戦闘ができたためか体に熱を感じ、縮地により後ろへ流れていく風は冷たくはないものの、それでも心地よかった。

 集中力が高まっているからか、装甲薄くなっているところから流れ込んでくる風の動きもわかるほど過敏となっており、今ならば伊勢の全力を相手にしても十秒は生き残れる自信があった。

 

――それでも十秒って、前向きなのやら後ろ向きなのやら。

 

 桁違いに強い同胞を思い出しながら、呆れつつも小さく笑う。

 

「お待たせ皆」

 

 複縦陣のまま港湾棲姫を相手にしていた木曾達の正面に降り立った。

 

「いえ、問題ないのです」

 

「こういう時のために私達も訓練をしていますから」

 

 神通が誇らしげに言う辺り、かなり戦意高揚しているようで、明石の背後からは熱気までもが伝わってくる。

 鳳翔以外はこれまで誘導性艤装装甲の訓練に付き合っているため、謂わば教え子だ。そんな彼女らが激戦を乗り越えてここまで来たことは素直に嬉しく、鼻が高かった。

 今直ぐにでも褒めてあげたいがここは戦場。

 お楽しみは帰ってからと思考を切り替え、提督に支持を仰ぐ。

 

「で、本当にやる?」

 

「ああ。電達に再度指令を――――」

 

「――――っ待って!」

 

 提督が指示を飛ばそうとしたその瞬間。明石の背中に感じていた熱気は消え失せ、寒気によって全てを塗りつぶされた。

 誰がこれ程の寒気を、などと考えるまでもない。

 四〇〇メートル前方にしる港湾棲姫からだ。

 

――港湾棲姫なのにこの寒気。そんなはずは。どうしてっ。

 

 纏まらぬ考え。

 提督から状況報告が届くが思考がそれを認知してくれず素通りし、全ての神経を港湾棲姫に捧げていた。

 何かがあるんだという思いに応えるかのように、港湾棲姫は縦真っ二つに裂けた。

 

「――――は?」

 

 他の者が見えたかは定かではない。

 しかし明石の目には確かに映った。

 裂けた港湾棲姫の中央に別の深海棲艦がいたことを。

 だが、明石でも見えたのはそこまでだった。

 

「皆警戒して!」

 

 遠くでも見えるほどの激しい波。

 それは紛うことなき縮地を使った後の産物。

 しかも伊勢が本気で行った縮地に匹敵するほどの痕跡がそこにはあった。

 音速を越えて迫りくる影に目を向けていた明石だったが、相手の速度に追いつかなかったのか、途中から完全に見失ってしまう。

 咄嗟に後方にいる者達を庇うように両手を広げて前方に全力で装甲を発動する。

 数瞬遅れて、一陣の風が通り過ぎた。

 見失った敵を探すために素早く左右へ首を振り、最大限の警戒をしたまま五感全てを駆使して探す中、一つ違和感を見つけてしまった。

 体の一部に空白感じ、そちらへと目を向ける。

 

「――――――――――――え?」

 

 そこには確かにあったものが消え失せていた。

 右肘から先が完全に無くなっていたのだ。

 

 

==========

 

 

 突如明石が喉の奥から絞り出すような声を上げ、木曾を含めた全員に動揺が走る。

 何かに襲われた。

 それはわかる。

 その結果腕が抉られるようにもぎ取られた。

 事後確認で判明している。

 ならばそれをやった敵は何処に?

 今までに在った緊張が寒気へと変わる瞬間を木曾は感じ取る。

 背中に感じるとかその程度ではない。内部の臓器から何もかもが冷えて固まってしまいそうな程の寒気。死を容易に連想させられるほどの恐怖が全身を包み込んでいた。

 奥歯が鳴っていることにさえ気付かずに、青ざめたまま動けずにその場で立ち尽くす。

 

「大丈夫ですか明石ちゃん!」

 

 明石は痛みを懸命に堪えているのか、ちらりと見せた横顔には脂汗が大量に吹き出ており、噛み砕かん勢いで歯を食いしばっていた。

 側にいた電と綾波に介抱され、神通は周囲を警戒している中、木曾は。木曾と鳳翔は一歩も動けないまま呆然としていた。

 

「だい、じょ、ぶ。ワイ、ヤーでっ」

 

「綾波がやりますから明石さんはじっとしていて下さい。電さんは周辺警戒を」

 

「わかったのです」

 

 テキパキと作業をこなしているが、それでもここは戦場。自分達より格上の明石に重症を負わせる程の相手は、そのような時間を与えてはくれなかった。

 

「だ、め。逃げ」

 

 木曾の後ろを何かが通った気配を感じた。

 

「――――ぁ、がっ」

 

 次の瞬間。隣りで警戒していたはずの神通から苦悶の声が上がる。

 そこでやっと木曾はハッとし、神通の方へと目をやった。

 そこには……。

 

「神通!」

 

 そこには上半身と下半身の別れた神通が海面へと落ちていく姿が見えた。

 既の所で上半身だけは綾波が受け止めたために海面に落ちる前に抱きとめられる。だが下半身の方は海面に落ち暫くは浮いていたものの、艤装の重さに引っ張られるように程なくして海底へと沈んでいった。

 神通の状態に。姿に。体に。

 大量の血で海面を赤く染めていく様に木曾の中で何かが弾けた。

 

「何やってんだよお前ぇえ!!」

 

 激怒のあまり存在の確認もせずに、ただ敵と認知したモノへと砲弾を放った。

 数メートル先にいるのだ。防ぐ以外方法はないはずだが、予め砲撃が来るのをわかっていたかのように容易に避けられる。

 鳳翔も少しでも邪魔をできるならばと艦載機を飛ばすが、あまりの速さについて行けず、意味をなしていない。

 

「私が、時間を稼ぐ、から。皆はその間に、逃げて」

 

 体のあちこちを自分の血で汚しながら、ワイヤーで血止めをした状態で明石が立ち上がる。ここにいる者達を守るように。

 

「でもっ」

 

「明石の言う通りにしろ。これは俺からの命令だ」

 

「司令官さん……」

 

 誰も説明をしていないことから完全には状況を把握していないであろう提督から、撤退の指示が出る。

 

「明石。どれだけ保つ」

 

「正直言えば三十秒保てば御の字、かな」

 

「一分頑張ってくれ」

 

「あはは無茶言ってくれるね。でも了解」

 

 血だらけのまま明石は一人飛び出した。

 死地とわかっていながら。

 

「……皆さん。ここから退避しましょう」

 

 明石の存在に目を背けるように電が宣言する。

 この場から逃げるのだと。

 

「でも神通が」

 

 綾波の抱きかかえている神通の自走は不可能。

 

「今一大に緊急時の対応としてドッグを開けるよう伝えてある。そこまで保つか?」

 

 そしてそれが例え最短の鎮守府であってももう……。

 

「提督。私っはもう、戻れそうに、ありません」

 

「何を言っているまだ」

 

「神通ちゃんの下半身は、もう」

 

「そうか……」

 

 普段はテキパキと指示を飛ばす提督が言葉を詰まらせ、歯ぎしりが聞こえた。

 そして静かに告げた。

 

「神通。世話になったな」

 

「いっえ、先に逝く、ことを。申し訳なく、思います」

 

「駄目です神通。一緒に帰りましょう。そうしたら治せます。私達は艦娘ですからドッグにさえ行けば」

 

 涙を零す綾波は、神通を失くしてしまわないように強く。とても強く抱きしめる。

 そんな綾波をあやすように優しく神通は語りかけた。

 

「綾波さん」

 

「何、ですか?」

 

 聞きやすいようにか、綾波は抱きしめていた神通の頭部が、しゃがみこんでいる自分の膝の上に来るようにしてあげた。

 

「私が、電さんのことっで、落ち込んで以来、側にずっといて、くれて、ありがとうございます。あなたのっお陰で、私、は。今日まで強く、生きてこれました」

 

「そんなこと気にしなくて良いんです。私がいたかったから一緒にいただけで」

 

「それ、でも。ありがとう」

 

「神通……」

 

 綾波は微笑む神通の顔に涙を零し、感触を忘れないようにか、涙で濡れた彼女の頬を撫でる。

 彼女は確かにここにいたのだと証明するように。

 

「電さん。あなたの訓、練を、邪魔して、すみませんでした」

 

「ううん。電の方こそ神通ちゃんに重症を負わせてごめんなさいなのです。あの時失敗していなければ」

 

「はい。お互い、謝ったので、これっで、仲直り、ですね」

 

 この状況で、午前中に木曾達と話し合ったことを神通は実行した。

 今やらなければもう後はないというように。

 

「はい。はい! 神通ちゃんともこれからも仲良しなのです」

 

「良かった……ですから、もう。あの時の、ことは、気にしなくて、良いんです、よ。好きに、戦って良いん、です」

 

 電も涙を溢れさせながら神通の言葉に応えるように、彼女の手をゆっくりと握りしめる。

 

「木曾っと、鳳翔にも、もっと訓練を、つけて、上げたかった、ですね」

 

「オレもだ。神通さんにもっと習いたかった」

 

「私ももっと一緒にいたかったです。教わりたいことも沢山……」

 

 それ以上言葉が出なかった。

 付き合いは確かに短いが、常に一緒の鎮守府にいたのだ。

 戦場を共にしたのだ。

 悲しみが込み上げないはずなどなかった。

 何もできない悔しさに体を震えさせないはずがなかった。

 涙が目元を滑り落ちないはずなどなかった……。

 

「あぁ、仲間に、看取られるとは、こういう気持ち、なのですね」

 

 まだ生気を感じさせていた瞳はしだいに落ち込んでいき、

 

「皆さん、ありが……」

 

 瞼が完全に閉じると共に、静かに神通は息を引き取った。

 そして、まるで彼女が最初から存在しなかったかのように消え失せた。

 上半身だけでなく、海面を血で染め上がっていたはずの後も全て一瞬にしてなくなったのだ。

 綾波と鳳翔は泣き崩れ、木曾は呆然と立ち尽くす。

 一人電だけが吠えた。

 感情をぶつける何かを求めるように、高波を発生させながら飛び出す。

 意識の外で何かが戦っている音だけが耳に届く。

 戦意などとうにない。

 体を動かすための心が、全て折られてしまっていた。

 何をしたら良いのかさえ考える思考が存在しない。

 そんな木曾の前に、一人の艦娘が降り立った。

 

「木曾、何があった!?」

 

 航空戦艦伊勢だ。

 臼杵鎮守府最強の艦娘が。ここにいないはずの彼女が目の前にいた。

 それが幻なのか現実なのか定かではない。

 ただ木曾は絞り出すように声を出す。

 

「伊勢、さん」

 

 無様にも声は震え、伊勢を見たことによる安堵からか、止まっていた涙が後を追うように溢れてきた。

 そんな木曾に対し伊勢は、

 

「安心しろ。アタシが終わらせてくる」

 

 頭を軽く撫でてから静かに言い放った。

 撫で方は雑ながらも、その行為や言葉には確かに優しさがこもっている。

 それが嬉しくて、同時に悲しかった。

 弱い自分が悔しくて、情けなくて、木曾は嗚咽を漏らさぬよう歯を食いしばり、体を震わせながらも泣いた。

 ただ静かに涙を零し続けた。

 

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