このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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首無し騎士と臆病な冒険者

 

 魔王軍幹部、首無し騎士(デュラハン)との戦いが始まる──その一週間前の事だ。

 アイリスの案を取り敢えずこの国の重鎮であるシンフォニア家のクレアに聞かせようと急いで街に戻る中。

 おんぶしてもらっている分際のめぐみんが耳元で……

 

「カズマカズマ! もっとゆっくり帰りましょう! 身体があっちこっち揺れて、正直今にも吐きそうなのですが!」

 

 ……そんな苦情を言ってきた。

 だがしかし、俺はそれに応えてやる気はさらさらない。

 何故なら後方にある古城には()()幹部がいるのだ。

 俺としては一刻も早く立ち去って安全な街の中にいたい。

 そしてできる事ならもう二度と近づきたくない。

 

「断る。もう少し我慢しろ」

 

「うぅー」

 

「カズマ様、早く行きましょう!」

 

「あぁ、分かった! 帰ったら今晩の夕飯は唐揚げ三個奢ってやるから、それで我慢してくれ」

 

「四個でお願いします」

 

 意外に大丈夫なのではと突っ込みたいが、その話は後にする事にして、俺達は全速力で街へと向かっていった。

 

 

 §

 

 

「魔王軍幹部だとぉおおお!? えぇい、貴様は何をしているのだ!? アイリス様をそんな危険な場所にお連れになるなど……!」

 

 ダスティネス家の屋敷に、そんな叫び声が響いた。

 突然だが。

 王都から派遣されてきた騎士団の人達は当然宿はない。いや、宿そのものはあるのだが冒険者達が寝泊まりしているので何処も空いていないのだ。

 なので騎士達は馬小屋に寝泊まりするか、もしくは野営テントを設立し、アクセルの外壁付近にて生活を送るそうな。

 だが重鎮であるシンフォニア卿のクレア、王族であるアイリスは別だ。それなりに設備が整っており、且つ安全な場所が何処かと言われると、ダクネスの実家しか見つからなかったらしい。

 流石は王家の懐刀と言われているだけあって、ダスティネス家の所有する屋敷はとても広かった。

 何百億エリスが必要になるか見当もつかない。

 そしてそんな屋敷の大きな部屋の一室で、俺達は今、事の顛末を話しているのだが……白スーツがギャーギャーと煩くてしょうがない。

 部屋にいるのは、ダクネス、ダクネスの親父さん、アイリス、クレア、騎士団隊長に俺と……そして何故か、この街の領主がいた。

 領主の名前はアルダープと言うのだが、あまりいい噂は聞かない。

 街の住民達から嫌われ、冒険者達からも嫌われている、(まさ)しく悪徳貴族だ。

 そんなアルダープなのだが、奇妙な事に犯罪歴は一切ないらしい。

 ……なんでも、決定的な証拠がないとか。

 嫌々いる、というのが丸分かりな態度で座っている悪徳貴族は下卑た目でクレアやダクネスの事を視姦していた。

 アイリスやめぐみんがそれに含まれていないのはまだマシだろう。

 まぁ俺から言わせてもらえば、クレアはアイリス限定だがロリコンだし、ダクネスはドMなのでそれを知らないアルダープには少しばかり同情するのだが。

 俺は部屋にいる全員をゆっくりと見回してから。

 

「取り敢えず、だ。アイリスが考え、俺がそれに追加した作戦を言おうと思う。反論や意見は聞いた後にしてくれ。今回の幹部との戦いの舞台は、此処、アクセルだ。正確には街の外だが……下手したら街の中になるかもしれない。……まずだが、討伐隊の人達が来るまでは、何も行動はしない。だが準備が整い次第──俺とめぐみんで再び爆裂魔法を撃ちに行く。そして奴を挑発する。挑発の仕方は俺に任せてもらうとして、冒険者や騎士団の人達は街で待機。怒った奴が来るタイミングで迎え撃つ。……以上だ」

 

 最初に口を開いたのは、隊長だった。

 何時も全身を重い金属鎧で包んでいるからか、初対面の人からすれば恐怖の対象になるかもしれない。

 だが隊長とは王都で何回か会って話をして意気投合しているので、そんな事は決して起こらない。

 兜から低い声を出して。

 

「サトウ様、それでは街の住民が危険です。街を決戦の場にする必要はあるのでしょうか?」

 

「そうだぞカズマ。流石にそれは……」

 

 ダクネスも同調するなか、俺はというとこの街付近の地図をポケットから出し、皆が見えるように大きく広げて。

 

「いいか、まず此処がアクセルだ。そして街から十キロメートルほど離れた場所にデュラハンが居座っている古城がある。そして古城から西五キロメートルの位置にはもう一つ古城がある。つまり何が言いたいのかというと……──」

 

「なるほど、つまりカズマは住民達をこの古城に移動させようと言うのだな!」

 

 そう。

 隊長やダクネスの言う通り街を戦場にした場合、住民達が命の危機に晒される。

 それだけは避けなければならない。

 ダクネスは了承したようだが、隊長はどうやら違うらしい。

 やはり街を戦場にする事に中々同意できなのだろう。それに、彼の過去も関係しているのかもしれない。彼の名誉の為に詳しくは述べないが。

 だがしかし、そうしなければならないのだ。

 

「隊長が言いたい事も分かるつもりだ。だがもし仮にだが本来の予定通り古城に攻め込むとしよう。敵も馬鹿じゃない。当然、配下のアンデッドモンスターはもちろんだが、罠も沢山設置されているに違いない。奥に進めば進むほど人は減っていき、首無し騎士(デュラハン)と戦えるのはどれだけの人数になっているか見当もつかないだろう。……だが、逆にこちらにおびき寄せられたら話は別だ。作戦はいくらでも考えられる」

 

「なるほど……。では次の質問ですが、幹部がアクセルの街に来ると断言できるのですか?」

 

 ふっ、そう来ると思った。

 俺は自信満々に胸を張って隊長の顔を見る。

 

「安心しろ、奴は必ず来る。クレア、確認だが幹部はアンデッドモンスター、デュラハンで間違いないな?」

 

「あぁ、そのように報告を受けている」

 

 なら問題ない。

 いや、あるとすればそれは……。

 

「もし爆裂魔法を撃った後に襲われたら、俺達は死ぬんだよなぁ」

 

「なっ、だったら駄目じゃないか!」

 

「うん、だから『テレポート』を使える魔法使いが必要だ。俺はそれにレインさんを指名する」

 

 その言葉を言った瞬間、クレアが机をバタン! と大きく叩いて。

 

「それは無理だ、レインには仕事がある。もし彼女がいなくなったら、色々と困るのだ」

 

 ほぉ、そうなのか。

 だが白スーツよ、お前は気づいていない。

 それがブーメランである事に!

 俺は直立不動な体勢で立っている隊長に声をかけ。

 

「なぁ隊長。本当ならシンフォニア卿は此処にいらっしゃらない予定だよな?」

 

「え、えぇはい。私も驚きましたよ、何せクレア様がいらっしゃるのですから」

 

 俺達の会話を聞き、ビクンと身体を震わせるシンフォニア卿。

 視線を横にふいっと目を逸らしているのは、自分の罪を認めているからだろうか。

 俺は傍にいて退屈そうにしているアイリスの耳元にこしょこしょと囁き。

 

「なぁアイリス。どう思う? お前の護衛、仕事を放り出しているんだぜ? 主として叱らないといけないと思うんだ」

 

「はい、そうですね! ……クレア、ベルゼルクの名の元に命じます。今すぐレインを呼びに行ってきてください。それと一週間分の仕事を終わらせてから此処に来なさい。それが終わるまではこの街に滞在する事を許しません。解りましたか?」

 

「……はっ! 失礼します、アイリス様!」

 

 俺は何も間違った事は言っていないのに、白スーツは部屋を出る瞬間俺をぎろりと一瞥してから出ていった。

 これでいいですか? と目で聞いてくるアイリスにしっかりと頷いてやれば、嬉しそうに彼女は微笑む。

 

「よし話を戻そう。他に質問はないか? 無かったら、この作戦は決行しようと……──どうしたオッサン」

 

「オッサンではない! アルダープ様と呼べ、この平民が!」

 

 意外や意外、話に食って掛かってきたのは現在進行形でダクネスの胸をガン見しているアルダープ様だった。

 実家にいるからか、ダクネスは何時もの金属鎧の冒険者装備ではなく、綺麗なドレスに包んでいた。

 更には着痩せする体質なのか、ダクネスの凶器()がデカデカと主張をしている。

 そんな大きい山を堂々と見るその態度は尊敬に値するのだが……。

 それにしても、あれでチラ見と思っているのならそれは間違いだろうに。

 そんな事を思っていると、爆裂魔法の反動により一人だけ椅子に座っているめぐみんがこちらを振り返って。

 

「カズマ、気をつけてくださいね? アレ程ではないですが、正直カズマもアレの一歩手前なので」

 

 そんな衝撃的な事を告げてきた。

 いやいやいや、いくら何でもそこまでは……。

 

「マジで?」

 

「マジです」

 

 ぐさっと重く心が傷つけられ、俺はもう一度アルダープを見る。

 腹が横にだらしなく広がっているアルダープ。

 ダクネスの胸をエロい目で見ているアルダープ。

 ……。

 …………。

 

 

「……? なんだこの平民が!」

 

 ああなりたくはないので、これからは気をつけるとしよう。

 そんな重大な決心をしていると、領主様は大量の唾を吐き散らしながら、

 

「アクセルを戦場にした場合、破壊された建物はどうするつもり……──おい、どうしたその目は?」

 

 ……。

 あれっ、何だろうこの違和感。

 言ってる事は至極まともで客観的に見れば民の生活を心配する領主の鏡なのだが、どうにも怪しい。

 アレか、王族であるアイリスがいるからそういった処世術をしているのか……?

 俺が疑いの目を向ける中、めぐみんがぽつりと。

 

「アルダープのオジサン、素直に自分の家が破壊されないか心配だと言えばいいじゃないですか……。大丈夫です、自分の住処を失うのは中々に堪えますからね、恥ずかしがる必要はありませんよ?」

 

「誰がオジサンだ! ……あぁそうだ、他の者の家などどうでもいい! あの屋敷を造るのに幾ら掛かったと……!」

 

 良かった、俺の勘違いじゃなかった。

 しかし、うぅむ。

 市民の住まいや公共施設が壊れた場合どうなるのだろうか。

 もしかして、全額負担とか……。

 いやいやいや、魔王軍幹部という大物と戦うのだ。こちとら命を賭けるのだ、流石にお金は取られたりしない……筈……だよな?

 だんだんと不安になって挙動不審になる俺に対してアイリスが、

 

「解りました。街の皆様の住まいや公共施設は国で払いましょう。流石に全額とはいきませんが……」

 

「ありがとうございます、アイリス様! おいオッサン。王族とはいえ、小さな女の子にここまで言わせているんだ、当然これで文句はないよな?」

 

「オッサンではないと何度言わせる気だ! ……感謝致します、アイリス王女。それでしたら、私からは何もございません」

 

 そんな嬉しい事をアイリスが言ってくれる。

 アルダープ様はお金を工面してくれると聞いてからかすごい上機嫌だ。

 ぶつぶつと何やら呟き、鼻歌を歌うしまつだ。

 気になったので試しに『読唇術』スキルを使ってみると。

 

『フハハハハハ! よし、適当な平民を雇って混乱に乗じて屋敷を破壊させよう! そして夢の新築に変えよう! 何、大丈夫だ。王族の言葉があるのだからな!』

 

 そんな馬鹿な事を考えていた。

 よし、そうしたら裁判を起こして牢屋にぶち込むとして……。

 

「他に否定的な意見はあるか? なかったらこの作戦を決行しようと思うんだが、それでいいか?」

 

 最終確認をすると、最後にダクネスがおずおずと手を挙げた。

 皆の視線がダクネスに集まる中、彼女の頬がほんのり赤くなっているのは単純に照れているせいだと思いたい。

 まさか感じてるんじゃないだろうな……。

 ダクネスの性癖を知っている俺とめぐみんが半眼になり彼女を見ていると、流石に場を弁えているのか咳払いをこほんとしてから進言した。

 

「今回の作戦だが、騎士団の方達が強制参加なのは分かるが……冒険者達はどうするつもりだ? ここは駆け出しの街アクセルだぞ? 低レベルである冒険者達が作戦に自主的に参加するとは思えないし、強制的に参加させる訳にもいかないだろう。どうするつもりだ?」

 

 おぉ、凄いまともな意見が出た。

 俺がほへーと感動していると、気に障ったらしい。

 こめかみをひきつかせながら睨んでくるダクネスに俺は自信満々に。

 

「安心しろ、手は考えてある」

 

 そんなフラグになるような事を言うのだった。

 

 

 §

 

 

「という訳で、魔王軍幹部を倒そうと思うんだが」

 

「「「舐めてんのか」」」

 

 冒険者ギルドにてなるべく多くの冒険者達を(つど)い、少しの間貸切状態にした俺は現在、そんな演説を高らかにしていた。

 しかし誰も賛成してくれない。

 一人の男性冒険者が声を張り上げて。

 

「なんでそんな奴と戦わないといけないんだ! レベル差を考えろ!」

 

 その言葉に同調するかのように声を上げる他の冒険者。

 中には得物に手をかけて、脅している奴もいるのだから、これだから気性が荒い冒険者は恐ろしい。

 俺は嘆息してから、小さな声をやや大袈裟に出して一言ぽつりと放つ。

 

「もし戦わなかったら、俺達は街から追い出されるんだろうなぁ……」

 

「「「……!?」」」

 

 ぎょっと目を剥く冒険者達を気にせずに俺は続ける。

 

「街から追い出された俺達はこの先他の奴らから笑われるんだろうなぁ……。まともなクエストも受けさせてもらえず、同僚からは馬鹿にされる毎日。そんな生活が待っているのか……」

 

 少しずつ話を聞く姿勢になっている彼らを見て俺は、ここが踏ん張りどころだと定めて。

 

「けど、もし魔王軍幹部なんて大物を倒せたら……! 俺達は凄腕冒険者として名を馳せるだろう! 街の市民からは感謝され、世界で最初の魔王軍幹部を倒した猛者として、俺たちの名は世に伝わるに違いない! さらに今回は騎士団の人達もいるから、成功率はほぼ百パーセントだ! そして皆、ここにいる女の子を見ろ!」

 

 そう言って俺はめぐみんの横に座って甲斐甲斐しく爆裂娘を介護しているアイリスを指し、

 

「この方は第一王女のアイリス様だ! 野郎共、王族の方が危険を冒してまでこんな辺鄙な場所に来てくださったのだぞ!? これに応えず、何が冒険者だ! 違うか!?」

 

 刹那。

 男達の野太く低い声と、女達の細く高い声が建物内を支配し、響き渡った。

 

「そうだ! 魔王軍なんて敵じゃないぜ!」

 

「そうよそうよ、私達はできる子だわ!」

 

「……ふっ、とうとう俺にも出番が来たか」

 

「あっ、受付のお姉さん。この戦いが終わったら僕と結婚して……──はい冗談ですすみません。だから警察を呼ぼうとしないでくださいお願いします!」

 

 大いに盛り上がっている勇者達を俺は眺め、驚きのあまり絶句しているダクネスに向かって胸を張って一言。

 

「なっ、上手くいっただろ?」

 

 俺のドヤ顔にこめかみをひくつかせるダクネス。

 

「何が、『なっ、上手くいっただろ?』だ! お前がやった事はせん……──」

 

「おっと、それ以上言うのはやめてもらおうか」

 

 そう、別にコレは洗脳だとか、暗示だとか、催眠とか、そういった類のものではない。

 断じて違う。

 違うったら違う。

 ただ、恐怖に怯えている冒険者達に活を入れただけだ。

 口元を震わせるダクネスを無視し、俺はアイリスの元へ向かって畏まった態度を取る。

 まだ爆裂魔法の反動の怠さから抜け出せていないめぐみんが何時もの俺とは違う事に目を剥く中。

 

「アイリス様。大変申しにくいのですが、此度戦う彼らに激励の言葉をかけてくれては貰えませんか? きっと勇気を貰い、活躍するでしょう!」

 

 純粋なアイリスでも、俺が何をやっているのかは大体察しているらしい。

 アイリスの顔には呆れと、それ以上に楽しそうな色が浮かんでていた。

 解りましたとばかりに頷き席を立つアイリスを建物内にいる全員が注目するなか。

 しかし……。

 何分経ってもアイリスは喋らなかった。

 …………えっ。

 ざわざわと騒がしくなるが、アイリスは無表情のまま石のように立っているだけ。

 これはもしかして…………。

 俺は屈んでアイリスの耳元に囁き。

 

「大丈夫か?」

 

「……その、大変申し訳ないのですが、私、こういった事はまだ無理なようです……」

 

 何と、そういう事らしい。

 しかしそれは仕方がない事だ。

 王族とはいえ、アイリスはまだ十二歳の女の子。日本ならまだ小学四年生だ。

 ただでさえアイリスは人見知りがちなので、こういった大勢の人間がいる前で演説するのはまだ無理かもしれない。

 それを考えられなかった俺に落ち度があるだろう。

 ……なら別の手を行使するだけの事。

 俺は話を聞いているように何度も頷き、分かりましたとばかりに華麗に礼をした。

 幸い周りにいるのはめぐみんとダクネスだけなので、遠巻きに今の状況を見ていた人からすれば、俺の行動はすなわち、何か言伝(ことづて)を聞いていたように見えただろう。

 

「皆、アイリス様はこうおっしゃった! 『あなた達のご健闘、そして手に入れる武勲を切に楽しみにしております。作戦が成功したら、特別にパーティーを開きましょう!』と!」

 

「「「おぉおおおおおおおおお!」」」

 

「野郎共、覚悟はいいかぁああああ!?」

 

「「「おぅ────!」」」

 

「決行は約一週間後! それまでは待機! 解散!」

 

 こうして、正式に魔王軍幹部討伐作戦が決行される事が決まるのであった。

 

 

 ──冒険者や騎士団がそれぞれの寝床に帰り、残ったのは俺とめぐみん、ダクネスにアイリスとギルド職員だけ。

 何時の間にか、日は暮れて夜になっていた。

 俺はしゅわしゅわと呼ばれる飲料水を初めて頼んでみる事に。めぐみんとアイリスはりんごジュースを頼んでいた。

 ちなみに、会計は俺……ではなく、ダクネス持ちである。

 運ばれたしゅわしゅわを口に運び、一口飲んでみると……こう、身体がしゅわしゅわした。

 炭酸飲料ではないみたいだが、こう、しゅわしゅわするのだ。

 それ以上の表現をする事は誰にもできやしないだろう。

 俺は先程から仏頂面になっているダクネスに、

 

「お前は頼まないのか?」

 

「……。……えぇい、上手くいったから良かったもの、失敗したらどうするつもりだったんだお前は!?」

 

 そんな分かりきった事を聞いてくる。

 俺はもう一口飲みながら、懇切丁寧に答えてやる事に。

 

「知らん」

 

「……!?」

 

「俺は運がいいからな。大抵の事は上手くいくものさ」

 

 そう、俺は運だけはいい。

 もしかしたら幸運の女神様であるエリス様のご加護がこの身に宿っているのかもしれない。

 きっとそうに違いない。

 エリス様と言えば、ここ最近は同じ女神であるアクアを見る事が少なくなってきた。

 きっと真面目に働いているのだろう。

 約束の半年後はまだ少し先だが、これだったら本当に改心するかもしれない。

 そんな取り留めのない事を考えていると、アイリスが沈んだ表情を浮かべている事に気づいた。

 ……さっきの事を気にしているのだろうか。

 

「アイリス、大丈夫か?」

 

「……私は駄目ですね。せっかく無理を言ってこの地に来たというのに……私は何もできていません」

 

「いやそれは違うぞ。元々の作戦はアイリスが考えたんだ、充分貢献してるって。……それと悪かったな、正体を勝手にバラして……」

 

 俺のフォローと謝罪にアイリスはふるふると首を小刻みに振って。

 

「それでも、殆どの作戦はカズマ様がお考えになったものです。……自分の不甲斐なさに呆れてものも言えません」

 

 これは、かなり重症なのかもしれない。

 シンと静まり返る中、机に突っ伏しているめぐみんが俯いているアイリスに優しい口調でこんな事を。

 

「いいですかアイリス。あなたはまだ子供なのですから、それが普通なのです。失敗したと思うのなら、次の糧にすればいいでしょう」

 

 そんなかっこいい台詞を、かっこよくない姿勢で言うめぐみん。

 だがその言葉は充分すぎるほどに伝わったらしい。

 先程までの沈痛な表情はそこにはなく、元気で明るい表情を浮かべたアイリスはめぐみんを尊敬の目で見て。

 

「はい、ありがとうございます、めぐみん様!」

 

 

 §

 

 

 それから一週間が経ち、アクセルでは現在。

 

「まだだ、俺はまだ死ねない!」

 

「くそっ、こんなところで俺は……!」

 

「ひゃひゃひゃひゃひゃ、アンデッドモンスターなんて余裕余裕! あれっ、攻撃が効かない、だと……!? うわぁぁぁ、助けてぇええ!」

 

 中々のパニックになっていた。

 戦場を見渡せるよう、高台にいた俺とめぐみんは冒険者や騎士団の人達の悲鳴を聞いて、ある重要な事に気づいた。

 というか、今更感が半端ないのだが……。

 

「なぁめぐみん。アンデッドってさ、普通の攻撃は効かないのか?」

 

「そうですね、アンデッドは魂だけの存在といっても過言ではありませんから、単純な物理攻撃は一切効きません」

 

「……。よしめぐみん! 爆裂魔法を撃ってまずは部下を全滅させようぜ! お前の爆裂魔法なら余裕なはずだ!」

 

「カズマ、それは無理ですよ。だって、あんなに混戦していたらアンデッドばかりか、冒険者や騎士の人達も巻き込んでしまいますからね」

 

「ですよねー……じゃないわ! ヤバい、これはヤバいぞ! 俺達は駆け出し冒険者だぞ? 魔法使いだっているにはいるが何故か知らんが敵に魔法はあんまり効いてないようだし……」

 

「見たところ魔力障壁が施されていますね。多分、上級魔法じゃなければ致命傷を与えられないでしょう。……あああああのカズマ!? これってかなりピンチなのでは!?」

 

 詰んだ。

 まさか、配下の雑魚すら倒せずこうもあっさり負けるとは思わなかった。

 

「めぐみん、何かいい案はないのか!? お前、知能が高い紅魔族だろう!? 今こそ真の力を解放するべきだと思うんだ!」

 

「なっ!? それを言うのならカズマだって何か考えてくださいよ! そもそも、今回の作戦はカズマが指揮官でしょう! 指揮官は何時でも自信もって指示をするものだと思いますから、私なんかの意見なんか聞いても意味がないと思うので、私は何も言いません!」

 

「お前、こんな時だけそれはないだろう!」

 

 そうしている間にも、冒険者達は倒れていく。……地味に息があるのは何故だろうか。

 ギャーギャーとみっともなく騒いでいると、ズサッと足音が聞こえた。

 こっちは今取り込み中なんだ、誰かに構ってる暇はない。

 そう思い、八つ当たり気味にめぐみんと一緒に首を向けると──そこにはデュラハンが立っていた。

 顔を青くしながら目を合わせる俺たちを他所に、デュラハンは腰から立派な一振りの剣を抜き、こちらにその鋭利すぎる切っ先を向けて……

 

「お前が指揮官か?」

 

 ……そんな事を……!

 兜から低い声を出された俺は思わず、ふいっと目を背けて、

 

「いいえ違います。指揮官はこの女の子です」

 

「……!? ちょっ、カズマ!?」

 

「ほぉ、なるほど。見たところ、そこの小娘。……あの頭がおかしいと評判な紅魔族か……。なるほど、なるほど……。勝負は決したと言っても過言ではないが、一言だけ言わせてもらおうか!」

 

 そう言うデュラハンの声には怒気が含まれていた。……自分の首をズイっと前に差し出して、

 

「お前達は一体なんなのだ!? 毎日毎日爆裂魔法を撃って、しかしやっと止めたかと思ったら突然昨日の真夜中に撃ち、大声で俺を挑発し、さらにその後肉をこんがり焼くとか! ……よし殺そうと出向いてみれば『テレポート』を使うとか……! 騒がしいにもほどがある! 近所迷惑を考えろ!」

 

 魔王軍に近所迷惑とか言われても。

 ……。

 ……戦況は絶望的だ。

 せめて、雑魚扱いのアンデッドを何とかできたら話は違うのだが……。

 

「ふっ、まぁいい。アクセルに来させようとし、それを成功させた小娘には敬意を表そうではないか! その挑戦を受けて立ち、城にいた全ての兵力を持って来てやったぞ!」

 

 いらない気遣いです。

 デュラハンそう言ってめぐみんを褒め称えるのだが、悲しきかな褒める相手が違う。

 めぐみんは真顔になりながら。

 

「いえ、指揮官はそこのいる男なのですが!」

 

「何!? 小僧、お前何故そのような嘘をついたのだ!」

 

 いや、寧ろ何で信じるのか俺が聞きたいのだが。

 俺がそう答えようと、口を開いた……

 ──その時。

 

「『ゴッドブロー』ッ!」

 

「なっ……──ぐはぁああああああ!」

 

 どこからか現れたアクアが背後から奇襲を仕掛け、デュラハンの背中を豪快に殴り、金属鎧に包まれた騎士を吹き飛ばした!

 フゥーと息を吐きながらも警戒を怠らず拳を構えるアクア。

 軽快にステップを踏みながら素振りするその姿は女の子にしては案外似合っているのだが……。

 

「なぁ今まで何処にいたんだ? 冒険者ギルドにはさっきいただろ?」

 

「勿論私もすぐに行こうとしたんだけどね、アイリスが……──」

 

 重要な事を言おうとしているのか、アクアが真面目な顔になり重々しく口を開こうとした時。

 

「カズマ、めぐみん! 大丈夫か!?」

 

 急斜面の坂をものすごい勢いで登ってきたダクネスが俺達を庇うように前に出てデュラハンへと剣を向けた。

 というか、よく全身鎧で登れたな。

 

「あっ、ちょっ……──」

 

 アクアが続きを言いたそうだが、今はそれどころじゃない。

 あぁ、そうか。

 これが本当の戦いなのか!

 ぶっちゃけ、これまでのクエストはめぐみんの爆裂魔法で終わってしまっていた為に味気ないと思っていたのだ。

 俺が場違いにも感動しているとデュラハンが剣を杖にしてよろよろと緩慢な動きながらも立ち上がる。

 やはり幹部だからか、とても手強い。

 アクアの『ゴッドブロー』を背中から直に受けてなお未だ生きているとは……。

 しらずにじわりと後ずさるなか、

 

「えぇいお前達は本当に何なのだ! 普通、こういうのは雑魚を倒してから戦うというものだろう! それが代々受け継がれてきた伝統であり、美学なのだ!」

 

 剣をぶんぶんと振りながら、そんな意味が分からない事を喚き散らすデュラハンさん。

 俺はそんな奴に嘆息して。

 

「いや、戦いに伝統とか美学とか言われましても。めぐみんもそう思うだろう?」

 

「いえ、私は深くデュラハンに同意します!」

 

 えっ。

 全員が──アクアやダクネスでさえ──コイツは一体何馬鹿な事を言ってるんだとめぐみんを見るが、それに気づいていないのか彼女は瞳を紅くしてうんうんと頷いき……

 

「分かります! 分かりますとも! デュラハン、あなたが言う事は分かります! 戦闘において、イベントは必須! 何故戦うのか? どうしてコイツは敵なんだと問い詰めるその展開! そう、それがなければ面白くない! カズマもそう思います……──ちょっ、痛い! 痛いじゃないですか!」

 

「お前は何馬鹿な事を言ってるんだ」

 

 そうしている間にも、下からは悲鳴の声が絶えない。

 しかし倒れ伏している人達は何故か生きているのだから不思議だ。

 デュラハンもそれを不思議に思ったのか片手に持っている首を傾げて。

 

「何故王都の騎士達はともかく雑魚のひよっ子冒険者達を殺せない!? お前達は一体何をしているんだ!」

 

 いや、寧ろ俺がその答えを聞きたいです。

 そしてその問いに答えたのはアクアだった。

 大きな声を出し高笑いしながらアクアは驚いているデュラハンに向かって指を指して。

 

 

「あはははは! ねぇ、そんな簡単な事にも気づけないの!? 気づけないんですかそうなんですか? 魔王軍幹部という者が恥ずかしいと思わないんですかぁああああ!? プークスクス!」

 

 めちゃくちゃ煽るアクア。

 アレだな、前から思っていたが女神だからか敵勢力には容赦がないらしい。

 煽りに煽られ、それにデュラハンは。

 

「なんだと!? それくらい分かるわ! ……分かる、わか……る……うぅむ…………」

 

「はい時間切れ! 答えはね、『宴会芸』スキルの奥義の一つである『死んだフリ』でした! これはスキルを取っていなくても使用できる優れもの! どうカズマ、すごいでしょ!」

 

 得意げに胸を張るアクア。

 うん、凄い。凄いからさっさとどこかに逃げてもらえないだろうか。

 誰もいなかったら爆裂魔法で即爆殺するのだが……。

 一方デュラハンは衝撃的すぎる答えに意識が戻っていないのか、体全体をふらふらさせて困惑していた。

 

「馬鹿な……。『死んだフリ』だと? そんなものがあったなんて……」

 

 まだ立ち直れてないらしい。

 この機を逃すほど俺は馬鹿ではない。

 何とか雑魚扱いのアンデッドを倒せる方法はないか?

 〈アークプリースト〉であるアクアを突撃させて浄化させるか? いや駄目だ、そんな都合よくいく筈がない。

 デュラハンに未だ剣を向けているダクネスを突撃させる? いや駄目だ、アンデッドモンスターに物理攻撃は効かないから意味がない。

 くそっ、何かないのか!?

 そう思った時だった。

 

「お待たせしました。ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス、カズマ様の指示に従い戦います!」

 

 全身を鎧で包み、騎士風の格好をしたアイリスがクレアやレインさんを引き連れて登場したのは。

 

 

 §

 

 

「王族は強いんです! えいっ!」

 

「「「ビャアアアアアアアアアア!!!」」」

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッッ!」

 

「「「ビャアアアアアアアアアア!!!」」」

 

「これぞシンフォニア家に伝わる奥義! 『スラッシュ・ソード』!」

 

「お前達ー! くっ、アドモス、カーマ、シミラー! おのれ、王族め!」

 

 アイリス達が登場してからは、それはもう凄かった。

 アイリスは、『付呪(エンチャント)』が付与させ青色の光が灯っているロングソードを縦横無尽に振り回し、アンデッド達をバッサバッサと切り払っていく。

 レインさんは上級魔法を使って、敵を雷の魔法で丸焦げにして、それはビリビリとした高台にいる俺達の所までその余波が残伝わってくるほどだ。

 めぐみんは羨ましそうに活躍しているレインさんを見ていた。やはり普通の魔法を使いたくなるのだろうか。

 ……これを機に、上級魔法を取ってくれると非常に助かるんだけどなぁ。

 クレアは家に伝わっている奥義を使って一撃必殺でアンデッド達を切断する。

 なんかもう、凄いとしか言い様がない。

 これはもう彼女達だけで勝てるのではないかと思っていると、アクアがこんな事を。

 

「さっきの話の途中だけど、アイリスが『私も参加します!』と言って暴れていたのよ。それはもう、凄い暴れようだったわ。何せ高スペックの私でさえ、止めるのに苦労したんだから……」

 

「いや待て。じゃあなんでアイリスが戦場に来たんだよ? 止めたんだろ?」

 

「一旦は落ち着いたんだけどね……。『お願いします、アクア様。私を連れて行ってください! 何もしないで待ってるだけなんて、私にはできません!』って言われたら、止める事なんてできないわよ。……まぁけど、良かったじゃない。アイリス達が来てくれたお陰で、あと半分になったし!」

 

 そう言われてもう一度下を見てみれば、配下のアンデッド達は半分ほど倒れ伏していた。

 だがしかし、魂があれば復活できるのか再生しようとしているのもいる。

 そうなってしまえば大変面倒なので、〈アークプリースト〉であるアクアにあとを任せる事にした。

 

「浄化できるか?」

 

「まっかせなさい!」

 

 自信満々に頷いたアクアは手際よく坂を滑り降り、その魔法を唱えた!

 

「行くわよ! 『ターンアンデッド』ッ!」

 

 次々と浄化され、天に昇っていくアンデッド達の魂。

 それをデュラハンは歯軋りしながら、

 

「あぁああ! 俺の最強兵団アンデッドナイト達が!」

 

 慟哭の悲鳴を上げる。

 仲間思いなのか、デュラハンは剣を取りながら。

 

「お前達! 今助けに……!」

 

「行かせはしない! アクア、ここは私がデュラハンと戦うから、アイリス様達と協力してアンデッドナイト達を倒せ!」

 

「分かったわダクネス! いい? 真面目に戦いなさいよ! 迷える死者の魂よ、今私が浄化して……──えっ、なんで全員こっちに来るの!?」

 

 かっこいいやり取りを邪魔するように、ナイト達はアクアの元に集まって行った!

 アイリス達と戦っていたナイトも戦闘を止めてアクアの方に行くのだから、その数は計り知れない。

 追いかけられているアクアは悲鳴をあげながら『ターンアンデッド』を連呼しているが、魔力障壁とやらがあるからか、弱っていない相手には効いていないようだ。

 

「『ターンアンデッド』、『ターンアンデッド』ッ! カズマさん、助けて! 助けてくださいカズマ様ぁああ!」

 

「クレア、レイン、アクア様を追いかけて彼女を追いかけているナイト達を弱らせますよ!」

 

「「畏まりました、アイリス様!」」

 

 あっちには強い人達がいるから多分大丈夫だろう。

 こうして戦力が分断される中、此方では現在ダクネスがデュラハンと対峙していた。

 先程までの睨み合いのように牽制目的ではなく、互いが互いを殺そうと構えている。

 そんなダクネスが静かな声で後ろにいる俺達に、

 

「カズマ、めぐみん。此処にいては危険だ! もう少し離れてくれ!」

 

 その言葉に素直に従い距離をとると、遂に戦闘が始まった。

 

「行くぞ、デュラハン! 私の名前はダスティネス・フォード・ララティーナ。幸運の女神、エリス様を心の底から崇拝している〈クルセイダー〉だ!」

 

「ほぉ、上級職の〈クルセイダー〉とはな! いいだろう、俺の名前はベルディア! 嘗ては騎士だった男だ。そして今は魔王様に忠誠を誓っている! 女騎士よ、受けて立つ!」

 

 名乗り終わり、雄叫びを上げながら、ベルディアに向かって剣を振るダクネス。

 だが俺は忘れていた。

 女騎士が不器用だという事を……!

 このままじゃ……!

 めぐみんも思い出したのか、次に起こるであろう恥ずかしい展開に俺達がすっと目を逸らす中──何と、振られた剣はベルディアの剣にしっかりと当たった!

 ガキィン! と金属同士が接触する音が鳴るなか、俺めぐみんは思わず。

 

「おい、どうしたんだダクネス! お前不器用じゃなかったのかよ!?」

 

「そうですよダクネス! アレは嘘だったのですか!?」

 

「……!? カズマ、めぐみん、今それを言わないでくれ! 私だって驚いているのだ! こうして攻撃が当たる事に!」

 

 俺達以上に、当の本人が驚いていた。

 鍔迫り合いをしているベルディアが不思議そうに、

 

「……? どういう事だ?」

 

「ふっ、普段の私は不器用すぎて『両手剣』スキルを取ってるクセに攻撃が当たらなくてな! ……まぁ私としてはモンスターの攻撃をこの身に受けられるので万々歳なのだが……。今日は何故だが知らんが攻撃が当たるらしい!」

 

 ダクネスはそれはもう嬉しそうに剣を振っていた。

 ……途中、奇妙な事を言っていたが、聞かなかった事にしよう。

 小説やアニメの主人公のように覚醒しているダクネス。

 主人公といえば、魔剣使いの人が頭の片隅に思い浮かんだが、カミルギさんは現在武者修行に行っているらしい。

 こういう時こそ活躍の場なのに、もったいない奴だ。

 俺とめぐみんは活躍している主人公を遠巻きに眺める事しかできない。

 

「行け、ダクネス!」

 

「頑張ってダクネス!」

 

「今こそ、ダクネスの真の力を!」

 

「「「ダクネス、ダクネス、ダクネス!」」」

 

 そして数分後には『死んだフリ』を止めた冒険者や騎士達が俺達のいる所に来て声援を送っている。

 いや、アイリス達のところに行けよと突っ込みたいのだが、行ったところでやられるのは分かっているのか誰も行かなかった。

 

「や、止めろっ! そんなに応援するな! ……恥ずかしい! 私が欲しいのはこういう責めではない!」

 

 ドM変態のダクネスでも、恥ずかしいという感情はあったようだ。

 羞恥心の基準がよくわからん。

 だからだろうか。

 動きが一瞬遅くなり、それを狙われたのは。

 

「そこだ!」

 

「なっ──ぐはッ!」

 

 ベルディアはその一瞬の隙を突き、ダクネスを下に落とした!

 

「おい卑怯だぞ!」

 

 俺が堪らず声を上げるも。

 

「お前達の方が余っ程卑怯だわ!」

 

 そんな正論を言われたらぐうの音も出ない。

 

「ダクネス、大丈夫か!?」

 

 倒れているダクネスに声をかけてみるが返答はない。

 もしかして死んでいるのではと一瞬思ったが、〈プリースト〉の女の子が急いで診たところ、どうやら気絶しているとの事。

 

「ダクネスなら大丈夫! っていうか、あんなに高い所から落ちて無傷だなんて、なんて凄い防御力なの!? 多分、高い所から落ちたショックが原因だと思う!」

 

 気絶の原因が予想外すぎる。

 流石は〈クルセイダー〉と言うべきか……。

 

「よくもダクネスを……! お前だけは許さない! おいお前ら、囲め囲め! そしたら後は楽勝だ!」

 

 なんという死亡フラグ。

 だがなるほど、それも一理あるかもしれない。

 様子を見てみようと傍観してみると、男の意見に賛同した冒険者達が四方を取り囲んで攻撃のタイミングをはかっている。

 地味にピンチだと言うのにベルディアは落ち着いていて……突如自身の頭をポーンと高く上げた。

 何をしてるんだと思いベルディアの頭部を見ていると、目線が下を見ている事に気づく。

 そうか、そういう事か!

 

「おい、気をつけろ! ベルディアに死角はない!」

 

「ほぉ、その事に気づくか小僧! だが遅い!」

 

「「「「ぎゃああああああ!!!」」」」

 

 四人の冒険者達が倒れる中、息をしていない事から死んでいる事が分かった。

 

 死。

 

 それは人を惑わせ、余裕をなくす。

 俺達が歴戦の戦士だったらそんな事は起こらなかっただろう。

 だが何度も言うが此処は駆け出しの街アクセル。

 同業者であり、大切な仲間が死んだ事をようやく知覚した冒険者達は構えている武器を捨て悲鳴をあげながら街の方に逃げて行った。

 誰も責められはしないだろう。

 隣に立っているめぐみんがガクガクと震えて、

 

「かかか、カズマ! どうするのですか!? 流石にもう誰も助けてはくれませんよ!? ダクネスは気絶していますし、アクアとアイリス達はアンデッドナイト達と交戦中です!」

 

 袖を強く握って、焦ったようにそう言ってくるめぐみん。

 俺だって正直逃げたいのだが。

 

「ハハハハハ! まさかこれほどまでに苦戦するとはな! ……だがそれも終わりだ!」

 

 血が付着している剣を俺達に向けるベルディア。

 ……考えろ、考えるんだ佐藤和真!

 何かこの状態を打破できる要素はないか!?

 相手はデュラハンだ、思い出せ。何か弱点になるようなものは……。

 …………そうだっ!

 

「『クリエイト・ウォーター』ッ!」

 

「何!? ……チィイイイイ!」

 

 俺は水を生成する初級魔法を使い、ベルディアへと向ける。

 そしてその攻撃をやや大袈裟に避ける首無し騎士。

 ──デュラハンは水の上を渡る事ができない。

 何故ならそれは、彼が所持している首無し馬が水の上を渡れないからだと言われているからだ。

 だがこの世界のデュラハンはどうやら──ベルディアの場合だけかもしれないが──そんな馬は持っていない。

 ならその適性はベルディアにあるのではないか……?

 正直博打にも程があったが、俺の予想は的中していたらしい。

 俺は何度も『クリエイト・ウォーター』を使用し、一方的な水の掛け合いをする中、棒立ちしているめぐみんに声を掛ける。

 

「めぐみん、アクアをすぐに呼んでこい! なるべく早くだぞ! ……頼むから早めに頼む!」

 

「分かりました! ……カズマ、死なないでくださいよ!」

 

 そんな死亡フラグを勝手に作っていっためぐみんは走ってアクア達が去っていった方向に向かって行った。

 対峙する小者と大者。

 こうして向き合うと分かる、敵の強さが……!

 流石は魔王軍幹部!

 

「ほぉ、確かに俺は水が弱点だが……。お前の仲間が再び戻ってくる頃には、此処にあるのは無残な死体だけだ!」

 

 余裕ぶっこいているベルディア。

 確かに俺とベルディアとのレベル差は歴然としているが、俺を舐めてもらっては困る。

 

「行くぞベルディア! 『ライト』!」

 

 そう唱えた瞬間、太陽が出ているにも関わらずに刹那の瞬間──溢れんばかりの光が生み出された。

 

「目がぁああああああ!!!」

 

 先程の尊い犠牲になった冒険者達との戦闘でベルディアに目がある事に気づけた。

 のたうち回っている間にも俺は次々と魔法を唱え続け……。

 

「『クリエイト・ウォーター』、『クリエイト・ウォーター』、『クリエイト・ウォーター』ッ!」

 

 水をぶっかけまくる。

 ベルディアが視界を取り戻した時には、彼の全身はびしょ濡れの状態だった。

 はぁはぁと息を荒くするベルディアなのだが、正直言って俺もかなりきつい。

 魔法を使うにあたって、魔法を行使する者はその代価に魔力を使う。

 俺が使っていたのは初級魔法故に魔力消費はかなり少ないのだが、元々の魔力量が並の量しかない俺は何度も使うと体がだるくなり、バテてしまうのだ。

 

「えぇい、もう油断するのはやめだ! 小僧、今こそ殺して……──」

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』ッ!」

 

「──ひぎゃあああああ!!!」

 

「連れてきましたよカズマ!」

 

「やけに早かったじゃないか、めぐみん」

 

「えぇ、アクア達がアンデッドナイトを浄化させて此方に向かっている最中だったので、すぐに合流できました。アイリス達ももうすぐ来ますよ」

 

 よしこれで勝ちは確定だ。

 水の女神であるアクアに、圧倒的な強さを持つアイリスにレインさん、クレアがいるのだ。

 これでようやく戦いが終わる……。

 そんな事を思ったからなのだろうか。

 身体から力が抜け何時の間にか復活していたベルディアに──呆気なく人質にされたのは。

 ベルディアは身体の半分が消えかけているもののしっかりとした力で俺を捕まえる。

 そして首には、剣の刃が当てられた。

 この世界に来て、これは一体何度目だろうか。

 流石に慣れたのか冷静にそんな場違いな事を考えていると、彼方(かなた)から猛烈な速さでアイリスが此方に来る。

 外見上は傷一つないので安心していると、

 

「カズマ様、今ナイト達を倒してきまし……──!?」

 

「おっと、剣の柄に手を伸ばしている幼き姫よ、そして拳を構えているアースプリーストの女。下手に動かない方がいいぞ。もし一歩でも動けばこの小僧を殺す」

 

「卑怯ですよ! ダクネスと戦う直前、『嘗ては騎士だった男だ!』と言っていたのは嘘だったのですか!? 騎士がそんな卑怯な戦い方をしていいのですか!?」

 

「そうだそうだ、卑怯だぞ!」

 

「これだから悪魔は嫌いなのよ!」

 

「えぇい喧しい! ……俺が望む事はただ一つ、安全な場所に俺が辿り着けるまで俺に攻撃しない事だ! そもそも俺はこんな駆け出ししかいない街を襲うつもりはなかったのだ。本当なら調査だけで済ませるはずだったのに……。しかしお前達が挑発したからこうなったのだから、別にいいだろう?」

 

 ぐっと言葉に詰まるめぐみん達。

 

「そう……それでいい。お前達冒険者は仲間を大事にするからな、それが(あだ)となったのだ!」

 

 ──もし。

 もし、めぐみん達が大人しくベルディアを取り逃したらどうなるのだろう。

 交渉条件はベルディアが安全域に入るまで攻撃しない事。……だがそれは言い換えれば誰も奴に近づけないという意味だ。

 果たして魔王軍幹部であるコイツは俺を解放するだろうか?

 ……自分で言うのも何だが、俺はベルディアからしたらそれはもう嫌われる事をした覚えがある。

 コイツはどうやら騎士としての矜恃を未だに持っているようだが、果たしてそれが俺に適用されるだろうか。

 ……何だろう、殺される気しかいない。

 …………。

 くそっ、こうなったら…………!

 

「めぐみん、爆裂魔法を撃て!」

 

 そんな事を俺は命令した。

 全員がぎょっと目を剥く中、俺はそれに構わずに言葉を続けた。

 

「どの道俺は駄目だ! きっと俺はこのなんちゃって騎士に殺される!」

 

「誰がなんちゃって騎士だ!? それにそんな卑怯な事はせんわ!」

 

「嫌です、嫌ですよカズマ! もし私が撃ったらカズマを巻き込んでしまいます!」

 

「そうですよカズマ様! あなたが死んだら、私……!」

 

 首を激しく横に振っていやいやと抗議するめぐみんとアイリス。

 年下コンビが納得できない中、アクアにクレア、レインさんといった大人組は何を思ったのか、綺麗な涙を流していた。

 俺は安心させるように微笑んで。

 

「めぐみん、実は俺、この前『テレポート』を習得したんだ。お前が撃つ直前に脱出するから、安心してくれ」

 

 俺の言葉に安堵の息を吐くアイリスに、安心しきった顔になり、涙を拭くアクアとクレア。

 だがめぐみんとレインさんだけは違った。

 ……そう、俺は嘘をついている。

 まずだが、そもそも俺は『テレポート』なんて習得していない。

 流石は本職の魔法使いだ。

 その事を理解しているめぐみんとレインさんだけは、悲しそうな顔を変えなかった。

 爆裂魔法を撃つ、という事に慌てるベルディアは俺を放そうとするが、意地でもそうさせないでいると……観念したのかめぐみんが爆裂魔法の詠唱を始める。

 

 「『黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ!踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。友を殺し、我が宿敵を討たん。願わくば、友に祝福を施さん──」

 

 思えば、めぐみんの詠唱を最初から真面目に聞くのは初めてかもしれない。

 

「離せ、離せと言っている! 貴様、本当は『テレポート』なんて取っていないのだろう!?」

 

「断る。それとネタバレすんなよ、空気読め」

 

「えっ、カズマさん本当なの!? めぐみん止めて! すぐに中止して! 私の蘇生魔法でも、骨がないと無理よ!?」

 

 なんと、アクアは蘇生魔法が使えるらしい。

 が、どうやら蘇生はできないようだ。

 

「カズマ様! 逝っちゃ駄目です! ……めぐみん様、すぐに魔法を中止して……──なんで止めるのですか、クレア、レイン!?」

 

「申し訳ございません、アイリス様。……しかしそれでは……!」

 

「カズマ様、どうか……」

 

 悪いアイリス。

 男には引き下がれない時があるんだ、分かってくれ。

 

 「『──万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法』ッッ!!────『エクスプロージョン』ッッッ!!!」

 

 魔法を唱えためぐみんの顔には大量の涙が溢れていた。

 

「カズマ様ぁあああ!」

 

 あぁ、呆気ない第二の人生だったなぁ……。

 アイリスの泣き声がやけに耳に大きく残り……ベルディアが必死に逃げようともがく中──次の瞬間、視界を覆い尽くさんばかりの真っ白い光が──────。

 

 

 §

 

 

「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先程、不幸にも亡くなりました。短い第二の人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです……と言いたいのですが、ジャンヌ様と以前約束をしていましたね? なのですぐに下界に戻ってもらいます」

 

 そんな柔らかい声によって目を覚ますと、俺はそんな事を言われながら目を覚ますのだった








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