このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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女神と不死王

 

 めぐみんを追うようにして俺とダクネスがログハウスの中に入ると、丁度めぐみんが席に着くところだった。

 クリスも先に座っている。

 このログハウスは迷宮(ダンジョン)のすぐ近くに建てられており、冒険者達が自由に使う事ができるらしい。

 一階は小さなリビングと簡易的なキッチンが、二階にはこれまた小さいがベッドが備え付けられているそうな。

 これはどの避難所でも共通らしい。

 

「カズマとめぐみん、随分遅かったね? まだ恥ずかしがっていたのかい?」

 

 そうからかってくるクリスだが、俺はそれに答える事ができなかった。

 脳裏に浮かぶのは、年下の女の子が何かを懸命に足掻いている姿。

 そしてそれを見たのは俺だけ。

 あぁもう、どうしたらいいんだ……。

 内心はそんな風に荒れていたが、これはきっと俺とめぐみんだけの……言い換えればパーティーの問題だ。

 だからいくら仲が良いクリスとダクネスとはいえそれを言うのは良くない事だろうし、それ以前に事の元凶であるめぐみんがこの場にいる。

 俺はわざと殊更明るい声を出して、

 

「いや、なんでもないよ!」

 

「そうかい? ならいいけど……。取り敢えず、夕ご飯にしようか」

 

 クリスは誤魔化せたようだが、一部始終を垣間見たダクネスはどうやら違ったらしい。

 未だに怪訝な目を俺達に送ってくるが、俺が何も聞かないでくれと目で訴えたら小さく頷いてくれた。

 彼女の思いやりには助かる。

 取り敢えずご飯の準備をしようと立ち上がったその時、俺はある事に気づいてしまう。

 それに知能が高いめぐみんも気がついたのだろう。

 俺達が絶望でサッと顔を青ざめるなか、クリスとダクネスが不思議そうに見てくる事から、どうやら気がついていないらしい。

 いや、だが待てよ……?

 まだそうだと決まってはいないじゃないか。そうだ、それに大先輩のクリスがこの場にはいるのだ、きっと希望は残されている、と思う。

 思いたいなぁ。

 だが聞かないわけにはいかないわけで──めぐみんが汲んでくれたのかぽつりと小さく呟いた。

 

「あの、材料は何処にあるんですか……?」

 

「「……」」

 

 

 押し黙る先輩冒険者達を見て、俺は悪い予感が的中した事を改めて思い知るのだった。

 

 

 ──保存食があるのではと思ったのだが、それすら無い模様。埃がそこかしこに積もっているから、人が長い事訪れていなかったのが窺える。

 だったら外に出て適当に狩りをしてくれば良いのではと思うだろうが、俺とクリスは迷宮探索で殆どの魔力を使ってしまったからスキルを使えないので、めぐみんの言葉を借りればただの一般人。

 ダクネスは一応両手剣だけは装備しているが、外は暗く『暗視』スキルを使えない彼女では前が見えないだろうし、そもそもそれ以前に不器用な性質だから攻撃が当たらないだろう。

 アレだな、覚醒するのは大物と戦う時だけのようだ。

 めぐみんは今日の爆裂日課は俺達を心配していたのか撃っていない様だが、爆裂魔法なんて撃とうものなら熟睡しているモンスター達を起こす事は確実で……命が狙われてしまう。いや、それ以外にも根本的な理由があるのだが……。

 ……。

 つまり、つまりである。

 

 ──今日の夕ご飯はありません。

 

 その事実に否が応でも気づかされた俺達は現在、備え付けられていた椅子に座る事しかできない訳だ。

 シーンと静まり返る中、めぐみんがのろのろと立ち上がり、外に出ようとする。

 

「めぐみん、何処に行く気だ!?」

 

 ダクネスが呼び止め、それにめぐみんは顔だけこちらを向けて、真剣な表情のまま……

 

「ちょっと適当なモンスターに爆裂魔法を撃ってきます。今日の夕ご飯はそれにしましょう」

 

 そんな馬鹿な事を言うのだった。

 本気か!? とダクネスが驚いている中、クリスが止めろと目で催促してくる。

 言われるまでもない。

 

「めぐみん、間違っても行くなよ?」

 

「何故ですかカズマ!? カズマとクリスは魔力が殆ど切れているでしょうから戦えませんし、ここは私が……」

 

「ならめぐみん。私も行こう。めぐみんにやらせる訳にはいかない」

 

「いえ、ダクネスは使い者にならないので正直いりません。私をおぶってくれればいいです」

 

「……!? め、めぐみん? いくら責めが大好きな私でも、傷つくのだが…… 」

 

 抗議するダクネスを紅魔族の少女は華麗に無視し、なおも言い募る。

 

「今こそ、私がしなくてはならないのです。カズマ、行かせてはくれませんか? 罪滅ぼしもしたいのです……」

 

 それは、戦場に勇んで行く英雄の顔つきだった。

 こんなタイミングではなかったら惚れていたかもしれないが、残念な事に俺は英雄の願いを叶えられる事ができそうにない。

 

「お願いですっ、カズマ! それにクリスとダクネスも!」

 

「そうか、お前の覚悟はよく分かった」

 

「それじゃあ行かせてくれるん……──」

 

「爆裂魔法を撃ったらモンスターは肉片も残さないと思うんだが、それでも行くか? 分かったら大人しくしていろ」

 

「………………はい」

 

 そう、めぐみんの爆裂魔法ならこの弱肉強食の世界である冬でもモンスターを仕留めきれるだろう。

 だがしかし、残る物が何も無いのは目に見えている。それは何時ものクエストから分かる事だ。

 俺の説得に折れためぐみんがガクッと俯く中、どうすればいいのかと頭の回転を早くしているとこれまで沈黙していたクリスが、

 

「…………今日はもう、寝よっか」

 

「「「…………うん、そうしよう」」」

 

 

 

 この世界に来てから俺は、一日に三食は食べるよう心がけてきた。

 何故なら……当たり前だが、働かなくては生きていけないからだ。特に俺が短期アルバイトで勤めていた土木工事はバイトだろうと──いや、バイトだからだろうか──汗を流し働かなくてならない職場だったのだ、当然何も食べなかったら冗談抜きで死んでしまう。

 だからこそ俺は、お気に入りの唐揚げ定食を何時も食べていたのだが……まさかここにきてこんな状況に陥ろうとは思わなかった。

 しかも理由が理由である。

 俺、ここ最近は心を入れ替えて頑張っていたんだけどなぁと思いながら手摺付きの階段を上っていると、そこにはベッドがあった。

 そう、あった……あったのだが。

 

「何で二個しかないんだよ!」

 

 悲しきかな、一人につき一個ではなかった。

 俺が慟哭の悲鳴をあげているのを見かねたのか、ダクネスがまぁまぁと手を差し出し、宥めてくる。

 

「仕方がないだろう。何せ此処は世界で一番難易度が低いと言われている迷宮だ。いくらアクセルから半日かかるとはいえ、大半の冒険者達は二時間もあれば攻略できる。この避難所は一応建てられただけだけのものなのだから」

 

 流石は大貴族、そういった事情に詳しいようで。

 更に、ダクネスはこうも言ってきた。

 

「というか、何故カズマ達はそんなに時間が掛かったのだ? いくら戦闘向きではない〈盗賊〉と最弱職の〈冒険者〉とはいえ、あまりにも遅いぞ?」

 

 ふむ、言葉のはしはしに訂正を要求したいところはあるが、確かに遅かったかもしれない。

 そしてその理由といったら──一つだけある。

 俺は、これはもう私のベッドだよとばかりに主張している先輩盗賊の顔をジーと見て、

 

「な、なんだい、後輩君? もしかしてあたしが悪いと……そう言うつもりかな?」

 

「先輩。確かに先輩のお陰で迷宮探索は無事に終わりました。それはありがとうございます」

 

「う、うん。だけどそれはもういいって……」

 

「ですけど、『敵感知』に引っかかったらすぐにモンスターに向かって行くのは止めてもらえませんか?」

 

「いやいやいやいや……いいかい後輩君? 迷宮でも言ったけど、アンデッドは……ひいては、モンスターは人類の敵だよ? なら、それを倒すのはあたし達冒険者の責務だと……あの、カズマ? こんなに至近距離でそんな見つめられたらあたしも困るというか…………」

 

「ジー」

 

「……。困ると……いうか……」

 

「ジー」

 

 俺の視線に根負けしたクリスはベッドの上で正座になり、

 

「ごめんなさい」

 

 そう頭を下げるのだった。

 そんな俺達を見ためぐみんとダクネスは隅の方でこそこそと話しているので耳をすませば、

 

「見てくださいよダクネス。確かにクリスも悪かったと思いますが、まるで自分には一切非がないような言い方……!」

 

「あぁそうだな。どうせカズマの事だ、戦闘ではクリスだけにさせていたに違いない。自分は安全圏にいてな……!」

 

「おい聞こえてるぞ。それとな、めぐみんの言う事は一理あるかもだが、ダクネスの言う事は違う! 俺はずっとこの戦闘狂の支援をしていたんだぞ!」

 

 そう言ってやれば、二人は俺ではなくクリスの方を向き本当かと目で問いかける。

 クリスがそれにしっかりと頷いてやればあろう事か謝ってくるではないか。

 扱いが酷いと思うのだが、この信用の差は一体何だろう。

 …………日頃の行いの差ですね。

 まぁそれについては今度めぐみんに問い詰めるとして……今は眼下の問題を何とかしなくてはならない。

 ところで。

 現在男女比は1:3の訳だが……ベッドは重ねて言うが二つしかない。

 クリスが片方占領している為、俺はもう片方のベッドに堂々と腰掛けて、キッパリと言い放つ。

 

「よし、お前らは三人でそっちのベッドを使えよ。俺はこのベッドを使うから! ……じゃあおやすみー」

 

 毛布の中に潜入し、いざ夢の世界へと旅発とうとした……

 

 ──その時。

 

「ちょっ、ま、待ってください! 何で勝手に決めるんですか!? あのベッドに三人も入ると思いますか!?」

 

「いいえ、これっぽっちも思いません」

 

「ならここは普通、男であるカズマの数少ない漢の見せ所でしょう!」

 

「そうだぞカズマ!」

 

「いやー、青春してるねー」

 

 先輩が傍観し、めぐみんとダクネスが俺を毛布から引き剥がそうとしてくるが、いくら二人で襲い掛かってきてもそれはたかが女性の力だ。俺を引き離せる筈がない。

 めぐみんは魔法使いだから筋力のステータスは俺より低い筈だし、ダクネスは聖騎士だが、それでも俺より力が強いという事はまずないだろう。

 そう、このベッドは既に俺の相棒なのだ……!

 

「めぐみん、この男意地でも動かない気だぞ。……仕方がない、ここは私も本気を出すとしよう」

 

「ならダクネス。せぇーので一緒に引き剥がしましょうか。一人より二人、もしそれでもできないのならクリスに協力してもらいましょう!」

 

 馬鹿め、土木工事で俺はそこそこ筋肉が付いている。

 異世界転生する前の、アクアの言葉を借りればヒキニートだった俺ではもうない!

 

 …………そう、考えていた時期が俺にもありました。

 

 

 

 ──呆気なく愛しの相棒から剥がされた俺は、渋々ながら話し合いをする事にした。

 めぐみんが俺に意味深な視線を送りながら、

 

「ベッドは二つ、しかもこの大きさだとどんなに詰めたとしても一つにつき二人が限界です。なのでカズマ、床で寝てください」

 

 そんな事を堂々と言い放ってきた。

 もちろん、俺はそんなの認めない。認める訳にはいかない。

 俺の名前は佐藤和真。

 男だから、女だからとか……そういった偏見が嫌いな真の男女平等主義者の男だ。

 俺は真顔になって一言。

 

「断る。いいかめぐみん、今の季節は何だ?」

 

「何って、冬じゃないですか。正確にはその手前ですが、まぁ冬ですね」

 

「あぁ冬だな。これが春、もしくは夏だったら俺も千歩譲って床で寝よう! だけどな、大事だからもう一度言うが、今は冬だ。暖炉もない、予備の毛布もないこの状況で寝てみろ、俺は凍死するぞ!」

 

「そこはほら、漢の見せ所ですよ!」

 

「おまっ! ふざけんじゃねぇよ! 何が、『漢の見せ所ですよ!』だよ! こんな時だけ男女の差を主張するんじゃない!」

 

「な、それだと私が普段から、男のように振る舞っているみたいではないですか!」

 

「あぁそうだよ! まずはその平らな胸! お前は普段から『あと数年もしたら巨乳になります!』とか言ってるけどな、そんなの無理だろ! そんな夢は早めに捨てておけ! いいか? 夢は叶わないから夢なんだ!」

 

「な、なななななにおぅ!? カズマだって、アイリスに手紙を書こうかどうか凄い迷っているクセに! 私知ってますからね! 宿に備え付けられている机の上に何回も消した跡がある紙があるのを! この前の一件を気にしてるんですか、そうなんですか!? あんな子供からのキスを気にしてるだなんて、女々しいったらありゃしませんよ!」

 

 ぴくぴくとこめかみをひくつかせ、ババっと距離を大きく取り、何時でも闘えるように戦闘態勢を取る俺達。

 ……俺が紅魔族だったら、瞳を紅く、紅く輝かせているに違いない。

 そしていざ、このちんちくりんをフルボッコにしようと襲いかかろうとした……

 

 ──その時。

 

 ふとおかしい事に気がついた。

 このログハウスにいるのが俺とめぐみんだけだったらおかしい事は何も無い。

 だが現在この避難所には聖女クリスと、ドMで変態である事を除けば比較的常識人のダクネスがいる。

 平生の彼女達なら、ここまで口論が達成し殴り合いの喧嘩になりそうものなら慌てて俺達を落ち着かせてくれるだろう。

 だが、それがない。

 という事は…………?

 もしかしてとクリス達の方を向くと──そこには既にあたたかい布団の中で熟睡している二人の女性がいるではないか。

 そして床には、何時書いたのか紙が置いてあり、こんな事が書かれていた。

 

『長そうだから、先に寝てるよ! クリスより』

 

「こんの裏切り者おおおおおお!」

 

 思いがけない裏切りに俺が腹の底から叫んでも、二人が目を開ける事はなかった。

 

 

 §

 

 

 聖女と聖騎士が夢の世界に冒険しに行ってしまい、俺とめぐみんは明日の朝に復讐をしようと固く決心した訳だが……

 

「カズマ、真面目にどうしましょう?」

 

 状況は何も好転せず、寧ろ悪化してしまった。

 俺の体内時計だと、もう既に深夜の時間になろうとしている。

 ……そろそろ本格的にヤバい。

 空腹と疲労で今にも相棒の中に包まって明日に備えたいが……このままめぐみんを放置するほど俺は落ちぶれていない。

 だがしかし、かといって譲る訳にも……。

 めぐみんの問いに答えず熟考していると……一つの案が浮かんだ。

 浮かんだのだが、それを果たして目の前にいる女の子が受け入れるだろうかと考えると、正直分からない。

 それに下手したら、あらぬ誤解を受けてしまう。

 俺が頭を抱えていると、めぐみんが顔を赤く染めながらおずおずと、

 

「では、あの……。一緒に、寝ましょうか……。床で寝たらカズマが言うように凍死するかもしれないですし…………」

 

 そんな爆弾宣言を言うではないか。

 恥じらいの表情を浮かべるめぐみんに危うく惚れそうになったが、今はそれどころじゃない。

 俺はその言葉に呼応するように何度もうんうんと頷いて、

 

「よし、そうしよう! それしかない! よしめぐみん、寝るぞー。おやすみー」

 

 めぐみんの分のスペースを開けて毛布の中に突入した。

 

「あのカズマ? 自分から言っておいてなんですがここは普通、『ばっかお前! そんな事できるかっ!』と言うのではないでしょうか!?」

 

 漫画やアニメのイベントを俺に期待されても非常に困るのだが。

 確かにこれが俺ではなくイケメン……それこそミツルギのような奴だったらそう言うのだろうが、俺は自分に素直な男。

 それに従う事の何が悪いだろうか。

 

「いやぁ、めぐみんから言ってくれて助かったよ。だって俺から提案したら犯罪だし、ロリコン認定されるからな! いやぁ、本当に助かっ……──」

 

「おい、私と一緒に寝るとロリコンになる件について話そうじゃないか! と言いたいところですが、今日はもう寝るとします」

 

 めぐみんも眠いのか、あまり躊躇しないで俺の横に潜ってきた。

 というか、躊躇なさ過ぎだろ。

 これはあれだな、完全に異性として見られていないな。

 ……よし、ここは早く寝よう。

 背中合わせに横になりいざ夢の世界に行こうと目を閉じようとした……

 

 ──その時。

 

「カズマ、まだ起きてますか? 話がしたいのですが……」

 

 めぐみんが声を掛けてきた。

 

「あぁ起きてるよ。起きてるけど、すぐに寝るよ。じゃあ、おやすみー」

 

「ちょっ、話をしようと誘っているのにその反応はあんまりだと思います!」

 

 横が非常に煩くて眠れない。

 ……仕方がない、ここは話をしてやろう。

 正直、寝落ちしそうだがその時はその時だ。

 いくら短気なめぐみんでも許してくれるだろう。

 許してくれなかったら『スティール』をやればいいしな。

 

「しょーがねぇなー。それで、話って?」

 

「こっちを向いてくれますか? かなり真面目な話なので」

 

 ……要望が多いなぁ。

 グルンと半回転すると、思ったよりもめぐみんの顔が近くてびっくりしてしまう。

 超至近距離で目が合った。

 

「「……ご、ごめんなさい!」」

 

 そんな謝罪の言葉をハモって言うくらいには俺達はお互いに影響を与えているらしい。

 気恥しいを思いを抱えながらサッと視線を逸らし、俺はどもりながらも話の本題を聞く事にした。

 

「そ、それで? 話っていったい……?」

 

「……私は、カズマに謝る事があります」

 

 謝る事……?

 なんだろう、見当があり過ぎてどれかさっぱり分からない。

 もしかして、からかってきた子供を殴ったり、いやもしくは爆裂魔法を撃っちゃいけない場所で撃ったとか……?

 どれもありそうで怖いんだけど……!

 俺の内心を他所に、めぐみんは言葉を続けた。

 

「以前──といっても数ヶ月前の事ですが──私達のパーティーは紅魔族をもう一人増やそうという話になりましたよね?」

 

「うん? ……あぁ、そうだったな。そうだ、すっかり忘れていたけどその人はいつ来るんだ?」

 

 そう、俺達は紅魔族を仲間にしようという話をした。

 それでめぐみんが手紙を出したのだが──言われてみれば、あまりにも遅すぎる。

 

「実は私、手紙なんて出していません」

 

 ……えっ?

 

「本当にごめんなさい」

 

 それは謝罪の言葉だった。

 めぐみんは心の底から反省しているのだろう、何時ものおちゃらけた雰囲気はそこには一切なく、申し訳なさそうな顔をして瞼を閉じた。

 そんな重要な事を言われた俺の反応といえば、

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! だけどあの時、俺達は一緒に手紙を出したじゃないか! ……じゃああの手紙は誰宛なんだ?」

 

 数ヶ月前、確かに俺達は一緒に手紙を出した。

 俺はアイリス宛に、めぐみんは紅魔の里にいるという未来の仲間宛に。

 

「アレは私の家族宛です。……近況報告のようなものですよ……」

 

 なるほど、確かにそれなら俺を騙す事が可能だ。

 めぐみんが嘘をついていたのは分かった。

 なら必然的に、もっと根本的な次の疑問が湧いてくる。

 

「……何でそんな事をしたんだ?」

 

 俺の当然の問いにめぐみんはふいっと視線を宙に向けながら、

 

「あの後、宿に戻った私は考えたのです。……よくよく考えたら、もし〈アークウィザード〉がもう一人増えたら、私の存在価値皆無だな……と」

 

「いやいやいやいや、それでもお前の爆裂魔法があれば充分戦えるって!」

 

 俺の否定に、めぐみんはふるふると顔を横に振って。

 

「紅魔族という種族はですね、他の人が要らないくらいに──それこそ一人でも充分戦えるんですよ。ぶっちゃけ、その紅魔族の仲間が邪魔なくらいには戦えます」

 

 魔法使いのエキスパート。

 それがめぐみん達、紅魔族だ。

 だが独りの方が強いとは……本当にもう、公式チートだとしか思えない。

 

「……私は本当の意味で邪魔者扱いされないように計略したんですよ……!」

 

「なら、何で今それを言ったんだ? ぶっちゃけ俺はその件を殆ど忘れていたし、もし俺がお前に聞いても、『あぁ、まだ学校にいるみたいですね』とでも言えばよかった話だろ」

 

「……本気で言ってますか? 何でって、そんなの決まってるじゃないですか! だって、私があなたを殺したんですよ! 私が普通の、上級魔法を使えてたらもっと早く首無し騎士(デュラハン)を倒せたかもしれません! そうすれば、そうすればあなたは死ななかったかもしれないのにっ!」

 

 ……結局のところ、俺の死が原因らしい。

 いや、確かに俺は結果だけをみるならめぐみんの爆裂魔法によって死んだのだが……それは俺が指示した事だ。

 パーティーリーダーの俺が指示したんだから、その責は全て俺がある。

 その事を伝えるとめぐみんは首を横に激しく振って、尚も言葉を重ねて、

 

「違いますよカズマ。そういう事じゃないんです。……私は……私は、何もできない自分が嫌いなんです!」

 

 その言葉を区切りに、めぐみんは小さく嗚咽を吐き出した。大声で泣いてしまえば、向こう側で熟睡しているクリス達を起こしてしまうから、その配慮だろうか。

 溢れる雫を何度も拭おうとするが、寧ろ拭う度にその量は増えていく。

 そして俺は、そんな女の子がすぐそこにいるのに、何もできなかった。

 俺は、何度も言うが地球ではニート生活を送っていた。

 別にその事を後悔している訳ではないが、その弊害がこういう大事な時に限って表れてくるのは何故だろう。

 ……あぁもう、どうしたいいんだ!?

 これがイケメン主人公だったら女の子を抱き寄せて、「大丈夫、君は俺が守る」とかそんな甘い台詞を言うのだろうが、生憎俺はそんな事を言えるほど肝は据わってない。

 ……いやでも、このまま放置するのは間違っているだろう。

 それくらいは分かる。

 

 ……。

 

 柄ではないが、ここは本当の意味で漢をみせる時かもしれない。

 俺はおずおずと未だに泣いているめぐみんを抱き寄せた。

 

「ぐすっ……ひくっ……カズマ……?」

 

 しゃくりを上げながら上目遣いになるめぐみん。

 俺は大切な仲間を安心させるように軽く笑い掛けて、

 

「手紙の事は正直残念だったけど、今回は自己申告してくれたらから、チャラにしてやるよ」

 

「……本当にいいんですか?」

 

「俺がその程度でお前を見捨てると思うか?」

 

「思います」

 

 ……えっ。

 さっきまで凄い良い雰囲気だったと思うのだが、今の言葉で全て台無しになってしまったような気がするのだが!

 というか、この爆裂娘は俺の事を何だと思っているんだろう。

 俺のそんな内心が顔に出ていたのか、めぐみんはくすくすと笑いながら、

 

「冗談ですよ。カズマはなんだかんだいいながら優しいですもんね」

 

「そうだぞ、俺は優しいんだ。そうだめぐみん、俺のどこが優しいのか言ってみろ」

 

 優しいなんて言葉は体のいい罠だと俺は思っている。

 そう、そんな事をネット友達が言っていたのだ。

 ネット友達曰く、「いいか運だけのカズマさん。世の中っていうのはな運だけで物事が上手くいくわけじゃないんだ。そう、運だけでゲームで高ランクになったカズマさんには到底理解できない事だと思がな! 例え話をしよう。……女性が男性に『あなたって、優しいね!』と言う時は大抵そうは思っていない。実際はその男性をどうでもいいと思っているんだ。もしお前が万が一外に出て女友達ができたら聞いてみるといい。『俺ってどう思う?』ってな。目を逸らしながらその言葉を言ったら……そういう事だ」

 

 そう、これはめぐみんが俺の事を実際はどう思っているか知る事ができる数少ない機会。

 さぁ、答えは……!?

 内心そわそわしていると、めぐみんはやがて。

 

「そうですか、では言いましょう。まずはそうですね、爆裂魔法しか使えない私をこうしてパーティーに入れてくれるだけでも充分優しいといえると思います。あと、なんだかんだ文句を言いながらもおんぶしてくれるのも優しいと思いますね。あとは、お酒を飲もうとする私を止めてくれるのも──私は正直飲みたいのですが──私の身体を気にしていると実感できますから優しいと思います。あとは……──」

 

「ごめんなさい、もうそれで勘弁してください」

 

 堪らずに俺は謝った。

 こう、精神的な意味でやられた気がする。

 俺の顔は今、羞恥で顔が凄い赤くなっている事だろう。

 

「ふふ、カズマ、顔真っ赤ですよ。……自分から言わせておいて恥ずかしがってるんですか?」

 

「それを言うならめぐみんもそうじゃないか。……というか、お前にも恥ずかしいという感情はあるんだな」

 

「失礼にもほどがあるでしょう! カズマは私の事を何だと思っているのですか!」

 

 えっ、そんなの決まっている。

 

「名前と頭がおかしい紅魔族……──」

 

「いいでしょう! その喧嘩買います!」

 

「……爆裂魔法が下手したら三度の飯より好きで、茨の道を歩く女の子で、俺の大切な仲間」

 

「んなっ!?」

 

 俺はやる時はやる男だ。

 そして俺は、やられたらやり返す真の男。

 口をパクパクさせるめぐみんをにやにやしながら見ていると彼女はようやく笑顔になって、

 

「そ、その……ありがとうございます。私もあなたの事を大切な仲間だと思っていますよ!」

 

 そう、告げるのだった。

 

 

 §

 

 

 翌日。

 朝一番に起きた俺達四人は現在、アクセルの街に向かっているのだが……半日経っても外観すら眺める事ができなかった。

 その理由はやはり、

 

「「「「お腹空いた」」」」

 

 空腹が原因だろう。

 冬になると当たり前だが食料を手に入れる事は難しくなる。

 帰りの道中で何かしら……せめて果物くらいは見つかると思っていたのだが……どうやらそれは無理らしい。

 こんな状況でモンスターと接触したらどうなるか、想像に難くない。

 幸い『敵感知』がある為遭遇を回避する事ができるが、やり過ごすのに時間がかかったりするのも、進行ペースが遅くなる原因の一つだろう。

 男である俺と、体力が無駄にあるダクネスはまだ余力があるが……クリスとめぐみんは立っているのもやっとな状況だ。

 体力が少ないめぐみんは分かるのだが、クリスは何故目に隈を作っているのだろうか。その事を訊ねると、「昨日はちょっとノルマが……」と意味が分からない事を説明してくれた。

 それに、『敵感知』もスキルの為に微量だが魔力を使っている。〈盗賊〉と〈冒険者〉はさして魔力のステータスが高い訳では無いので、このままだと本格的にヤバい。

 ふらふらとした足取りで歩いていると……──隣にいためぐみんがズサっと土煙を巻き起こしながらうつ伏せに倒れた。

 俺は慌ててしゃがみ込み、

 

「おい、大丈夫かめぐみん!?」

 

「もう無理です。……カズマ、私はもう駄目です。私を置いて、三人だけでもアクセルの街へ……!」

 

「何言ってるんだよ!? 俺達は、仲間だろう!?」

 

「ふふっ、その言葉を聞けただけで私はもう、満足です……」

 

 それを最後に、めぐみんはバタンと倒れ……──言葉を発しなかった。

 俺が肩を揺さぶっても、魔法使いの女の子は起きなかった。

 

「あああああ! めぐみーん!」

 

 そんな俺達を数歩前にいたクリス達はジト目で見て、

 

「「そういう演技いいから」」

 

 なんて酷い奴らだ。

 彼女達には人間の心がないのだろうか。

 俺はキッと睨み付けるが、寧ろ睨み返される始末。

 ……これは遊んでる場合じゃないな。

 二人の怒りの視線に恐怖し、俺とめぐみんは起き上がり、

 

「カズマカズマ。真面目な話、私もう駄目なのですが……。ダクネスとクリスも、一回休憩しませんか?」

 

「私はそれでもいいが、一度でも止まったら精神的にキツくなるぞ?」

 

「あたしもダクネスと同意見かな」

 

「……ですよね」

 

 ……流石に限界か。

 

「仕方がないか……。ほら、おぶってやるから」

 

「いえあの、だったら歩きますよ。流石に申し訳ないですし!」

 

「いいからいいから」

 

 抗議するめぐみんを俺は無理矢理おぶり、いざ千里の道も一歩からとばかりに前を見ると……そこには意外そうなクリス達がいるではないか。

 い、いったいなんだ……?

 

「二人とも、どうかしたか? あぁ、おんぶならセクハラじゃないぞ。これは不可抗力だし、今日はこの状況を利用してセクハラする気にもなれないからな」

 

 ぶっちゃけ、こうしておぶるだけでもかなりキツい。

 キツいがめぐみんを置いて行けるはずがない。

 そこまで俺は落ちぶれていないのだ。

 クリスとダクネスは驚いた顔をして──二人同時に、

 

「「本当にカズマ?」」

 

 そんな失礼な事を言ってくるではないか。

 こめかみがひくつくのが自分でも感じられるが、我慢、我慢だ。

 報復は後にすればいい。

 こんな事で一々目くじら立てていたら、体力を大幅に使ってしまう。

 そうだ、落ち着け佐藤和真。

 俺は大人なのだ、子供がやる事には寛容なのだ。

 俺が何もしない事に驚く二人を放置して、俺は足に力を込めて一歩歩み出すのだった。

 

 

 §

 

 

 結局、アクセルに着いたのは夜だった。

 普通なら片道半日なのだが……、それだけ危機に陥っていたという事だろう。

 冒険者ギルドに息絶えだえになりながらも辿り着くと……俺達四人は料理を普段の倍は頼んだ。

 受付のお姉さんがこれは日頃のお礼ですと言って唐揚げをいくつかサービスでくれる中、ふと思い出したように、

 

「あのカズマさん。アクアさんとは合流できたんですか?」

 

 そんな意味が分からない質問をしてくるではないか。

 頭上にクエスチョンマークを浮かべる俺達を見て、お姉さんはサッと顔を青ざめる。

 

「あの、どういう事ですか? アクアがどうかしたんですか?」

 

「昨日の夜ですけど、アクアさんがカズマさん達を心配して『迷宮(ダンジョン)に行って探してくる!』と言ってギルドを出たんですよ! 私は止めたんですが、『受付のお姉さん、カズマさん達は命の危機になっていると思うの! 具体的には、餓死しそうだと思うの! だって避難所には食べ物無かったはずよね!?』と言いまして……。実際アクアさんの言う通りだったので頷けば……今朝、ありったけの食べ物をバッグに詰めて出て行きました……」

 

 呆然とする俺達。

 なんて事だ……!

 慌てて装備を整え、ギルドを出ようとした……

 

 ──その時。

 

「カズマさん達、いるー!?」

 

 そんな聞き慣れた女性の声が建物内に大きく響き渡った。

 他の冒険者が俺達のいる場所を教えて、アクアはその冒険者にお礼を言ってから駆け足でテーブルにやって来た。

 俺達が今使っているテーブルは四人がけの為、アクアは座れない。

 それを見かねたクリスとダクネスが席を立ち、

 

「あたし達はここでお暇するよ」

 

「そういう事だ、それじゃあカズマにめぐみん、迷宮探索お疲れ様。アクア、私達を心配してくれてありがとう」

 

「ありがとうございます、アクアさん」

 

 そう言い残し、二人のパーティーは颯爽と夜の街に消えていった。

 というか今更だが、何でクリスはアクアに敬語を使ったのだろう。

 〈盗賊〉だから〈アークプリースト〉のアクアに気が引けるのだろうか……?

 盗賊と聖騎士をにこにこと笑顔で見送ったアクアは疲れたように息を吐きながら俺とめぐみんの対面にどさりと座るのだった。

 オーダーを取りに来たお姉さんに向かって、

 

「キンキンに冷えたしゅわしゅわ一つ頂戴!」

 

「畏まりました!」

 

 ──運ばれたしゅわしゅわをプハーと美味しそうに一気飲みするアクアを見ていると、目の前の女性が女神だとは到底思えなくなってくるのだから不思議だ。

 更には俺がエリス様に蘇生してもらっている間に土木工事の正社員になったのだとか。

 この世界は不死王が魔道具店を営んだり、女神が土木工事の正社員をしたりと、色々とおかしいと思う。

 そんなこの世界の理不尽さを考えているとアクアが、

 

「カズマさん達、無事に戻れたのね」

 

「あぁそうだな。俺達を心配して追い掛けてくれたんだろ? ありがとな」

 

「本当にありがとうございます、アクア」

 

「それならウィズにも言ってあげてね? 『えぇ、カズマさん達、もしかしたら飢えてるんですか!? それは大変です! アクアさん、早く行きましょう! 飢える気持ちは私、痛いほど分かりますから!』って、私以上に心配していたから」

 

 なんと驚く事にウィズもアクアに付いて行ったらしい。

 女神と不死王(リッチー)の臨時パーティーなんて、世界初なのでは?

 うん、それは確かに心配してくれてありがとうと言うべきだろうが、理由が理由すぎる。

 そんなにウィズの店は経営が悪い意味でヤバいのだろうか……。

 明日あたりお礼も兼ねて何か買って行こう。

 俺がそう決意していると……めぐみんがアクアに向かって

 

「それにしても随分疲れてるみたいですが……何かありましたか? いくら私達を追い掛けるのに夢中だったとはいえ、高ステータスな二人ならあまり疲れないと思うのですが……」

 

 めぐみんが怪訝の声を出す中、待ってましたとばかりにテーブルをバタンと叩くアクア。

 

「めぐみんの言う通りよ。もともとウィズを連れていったのはね、帰りを『テレポート』で一瞬で終わらせる目的があったのよ。私達は自慢じゃないけど高ステータスを誇っているわ。だから、迷宮そのものには着いたんだけど……そこは既にもぬけの殻。カズマさん達がいなかったって訳。でも、迷宮内で飢えてるかもしれないでしょう? だから私達は迷宮に入ったのよ。そしたらね、いたのよ……──」

 

 勿体ぶるように溜めをつくるアクア。

 それは、怪談話をする時のような……そんな妙に緊迫した雰囲気が流れる。……俺とめぐみんはズズっと上半身を前に押し出して話し手の言葉を聞く事にした。

 そんな俺とめぐみんをアクアは満足そうに頷き、とうとうその言葉を放つのであった。

 

「──いたのよ、野生の不死王が」

 

「「…………はい?」」

 

 その瞬間、空気が凍った。

 不死王。

 そう、不死王である。

 野生の不死王である。

 俺とめぐみんが思わずマジで? とアクアを見たら、彼女は重々しく頷き……──

 

「「はぁああああああ!?」」

 

 夜にも関わらず、近所迷惑になりそうなほどの俺とめぐみんの絶叫が冒険者ギルド内に響き渡った。

 

 

 §

 

 

 私の名前は水の女神アクア。

 天界では職務中にスナック菓子を食べたり、後輩に仕事を押し付けていた女神。

 でもこの世界に来てからは少なくとも前よりは自身の性質がまともになったと思う。

 そして今日も私は……

 

「アクアのねーちゃん、こっち頼む!」

 

 ──朝早くから土木工事に勤しんでいます。

 

 思えば、この仕事に就いてからもう少しで半年が経とうとしている。

 カズマさんが出した条件はもう目と鼻の先だけど、私はこの仕事を辞める気は一切ない。

 そう、私は目覚めてしまったのだ。

 

 ──仕事終わりに飲む、酒の美味しさを。

 

 あれほどの美味を知ってしまったらもう、引き下がる事なんてできやしない。

 同僚と食べるご飯の味は格別。

 兎も角、アルバイトから正社員になりなんちゃって冒険者になった私だけど……今でもカズマさんや他の冒険者との付き合いは続いている。

 そして、相席し冒険者達の話を聞くのも中々に面白いと思う。

 中には〈アーチャー〉職だけのパーティーもあるし、レベルが三十以上ある、もはやベテランと言ってもいいのに何故かこの街に居座る冒険者パーティーもいる。

 本当に冒険者は十人十色で個性があって面白い。

 けど、私が一番好きな話はカズマとめぐみんのクエストの話だったりするのよね。

 大抵は命からがらのものが多いけれど、それでも無事に──とは言えないが──帰ってくるのは素直に尊敬するなぁ。

 チート持ちの転生者だとそれが味わえないからあんな風に傲慢になるのかしら?。

 まぁそれはさておいて、今日も私は夜になると冒険者ギルドに入る。

 入ると同時に、

 

「おっ、アクアちゃん! 今日はどうする? 相席するかい?」

 

「アクアさん、実は仲間が怪我をしてしまって……治して貰えますか?」

 

「アクア様、ようこそいらっしゃいました! 今日は一撃熊のお肉が美味しいですよ!」

 

 そんな歓待の声が私を招き入れる。

 誘ってくれたパーティーには今日は断る旨を告げ、怪我をした子には『ヒール』を掛け、ギルド職員と少しばかりの雑談をする。

 天界じゃ考えられないほどの充実した日々。

 今日はカズマさん達とご飯を食べようかと思ってキョロキョロと茶色い髪の毛冒険者ととんがり帽子の魔女を捜して──何処にもいない事に気がついた。

 おかしい。……何時もならこの時間帯にはいる筈よね。

 何かトラブルでもあったのかしら。

 私はストレスによって目が軽く死んでいる毎度お馴染みの受付のお姉さんに声をかけて、

 

「受付のお姉さん! カズマとめぐみんを知らない?」

 

「あぁアクアさんですか。ええっとそう言えば、なんでもキールのダンジョンに行くとか言っていましたね」

 

 迷宮(ダンジョン)探索に行ったみたいだった。

 でもだったらおかしい。

 カズマのパーティーには爆裂狂のめぐみんがいるから、迷宮探索には向かないはず。

 私の表情を読み取ったお姉さんが、

 

「あっ、それでしたら今回はクリスさんと臨時にパーティーを組んだみたいですよ。めぐみんさんとダクネスさんは爆裂日課、カズマさん達は迷宮探索と別れたみたいです」

 

「ありがとうお姉さん。けど確かキールのダンジョンって世界で一番難易度が低いと言われている迷宮よね? だったらもう、帰ってきてもいいと思うんだけど」

 

 私のその指摘にお姉さんが驚いた顔を浮かべる。

 

「……アクアさんの言う通りですね。カズマさんとパーティーを組んだクリスさんはかなり凄腕の〈盗賊〉ですし……。それに、めぐみんさんとダクネスさんが帰ってこないのも気になります。もしかしたら爆裂日課を止めてついて行ったのかもしれません。まぁでも、大丈夫でしょう。キールのダンジョンは雑魚しかいませんし、攻略そのものは簡単ですから。今日は恐らく、迷宮近くにある避難所で一夜を過ごすのだと思います」

 

 流石は歴戦のギルド職員。

 何年もこの仕事に就いているだけあってか、冷静に物事を考えられるのは尊敬に値するわ。

 そっかー、迷宮探索かー。

 きっと今頃、あたたかいご飯を……──ちょっと待ちなさい私。

 随分前に冒険者から聞いた話だけど、難易度が低い迷宮の避難所と呼ばれる施設には寝具とキッチンにテーブルしかないと聞いたような気が……。

 そうだ、確かに私は聞いた筈。

 その冒険者曰く、「迷宮の近くには避難所があるんだが、難易度が低い所だったら最低限の物しかない。理由は簡単。まず、難易度が低いという事は攻略が簡単だという事。つまり、時間が掛からないんだ。そして難易度が低いんだから、そんな場所には普通誰も行かない。人が滅多に訪れない所に豪華な設備なんて備え付けないし、食料なんてもってのほかだよ。もし仮にあったとしても、定番の保存食の黒パンは固すぎで食べられないし、干し肉は塩分が高すぎで食べられない。だから、気をつけな」と。

 突然黙った私をお姉さんが心配そうな表情で見てくるが、そんなの気にしてられない。

 私は下げていた顔をガバッと上げて、

 

「お姉さん、キールのダンジョンの場所を教えて! このままじゃ、カズマ達が飢えちゃうわ!」

 

 困惑の表情を浮かべるお姉さんにイチから説明すると、優しいお姉さんは案の定止めてきた。

 肩に手を置いて、

 

「アクアさん、危険ですよ! 今の季節は強力なモンスターしか闊歩していないのはご存知でしょう? いくら高ステータスなあなたでも最悪殺られてしまいます!」

 

「私よりカズマ達の心配をしないと……! 私、行ってくる! あっ、けどその前に、地図を頂戴! 迷子になっちゃうから」

 

 私が本気だという事を理解してくれたお姉さんは一旦奥の方に行き、数分後地図を持ってきて私に渡してくれる。

 私はお礼を言ってから、冒険者ギルドを出て食べ物を買う為に、独り奔走するのであった。

 

 

 

 店を閉めている八百屋さんと魚屋さん、そして肉屋さんに事情を説明し、無理を言ってありったけの食べ物を購入した私は思い荷物を背負って宿に向かっていた。

 ……ちょっと、買いすぎたかもしれない。

 ふらふらとした足取りで夜の街を歩いていると……後ろから聞き慣れた声がした。

 

「あれっ、アクアさんじゃないですか? どうしたんですか、そんなに荷物を持って?」

 

 その声に釣られる様にして振り返ると……そこにはローブを着た不死王のウィズがいた。

 昔は遊び半分でウィズに『ゴッドブロー』を繰り出していた私だけど、今はそんな事をしないくらいには仲が良くなったと思う。

 同じ不老不死だからか、話が通じるのよね。

 

「ウィズ、こんばんはー。こんな時間に外を歩いてちゃ駄目よ? 危ないから」

 

「あっ、はい、こんばんはアクアさん。いえ、こんな時間と言ってもまだ夜の八時ですよ。それよりも、その荷物はいったい……?」

 

「あぁこれ? カズマ達が飢えているかもしれないから、食べ物を持っていこうと思って……」

 

「えぇ、カズマさん達飢えてるんですか!? でも持って行くって何処に……?」

 

「キールのダンジョン」

 

 私の端的な返事をウィズはきょとんとした顔で聞いていたけれど、言葉の意味を理解した彼女は、

 

「えええええええええ────!?」

 

 そう叫ぶのだった。

 何かおかしいかしら?

 

「アクアさん、そんな大きな荷物を持って外に出る気ですか!? ……いえ、女神様であるアクアさんを疑う訳じゃないんですが……今の季節は危険ですよ!?」

 

 その言葉はもうギルドで聞いた。

 

「だけどそうは言っても、カズマ達が危険なら行くしかないじゃない」

 

「うっ……それはそうですが。確かに難易度が低い迷宮でしたら食べ物は何もない筈ですし……。なら、私も行きます」

 

 そんな嬉しい事を言ってくれるウィズ。

 そうだ、帰りはウィズの『テレポート』で皆で帰るようにしよう。まぁそうなるとこの荷物は要らなくなるけど……念には念を持って、持っていこうかしら。

 

「けど、お店は大丈夫なの?」

 

「大丈夫です。一日くらい空けても泥棒なんて入りませんし、そもそもお客さんが来ませんから!」

 

 それは店としてどうかと思うんだけど。

 私が思わず憐憫の目を貧乏店主に向ける中、それを敏感に感じ取った憐れな不死王は、

 

「と、兎も角です! 何時頃行きますか?」

 

「明日の朝に出るつもりよ」

 

「分かりました! なら明日の朝、アクセルの正門前に集合でいいですね!」

 

 では私はこれで……と律儀に会釈をしてからウィズは自分の家に戻るのだった。

 私はそれを見届けた後、ある事に悩んだ。

 

 親方には、なんて言えばいいんだろう。

 

 こんな夜遅くに訪ねても非常識だし、かといって明日の朝に休暇を取りますと告げに行く時間はないだろうし……。

 こうして私は初めて、仕事を無断欠勤する事にしたのでした。






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