このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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問答

 

 緊迫とした重い雰囲気が、部屋を完全に支配した。

 この場にいるのは、二人の男。

 方や、薄緑色のロングコートを着た小さな冒険者。

 方や、豪華な意匠が施された正装を纏う大きな王。

 優雅にグラスを口に運ぶ、その些細な動作だけでも人々の視線を惹き付け釘付けにする。

 何も言わず、何も語らず。

 お互いがお互いの目を見つめ、無言で問答をする。

 しかしそんな、永遠に続くかに思われた時は──突如として終わりを告げた。

 

「カズマ君」

 

「はははは、はいっ! ……何でしょうか!?」

 

 名前を呼ばれただけなのに、俺は身体を大いにビクンと反応させ、相対する一人の男をちらりと窺った。

 そこにいるのは、一国の君主ではなく一人の父親だった。

 しかし侮ってはならない。

 この男性は、一人の親馬鹿なのだ。

 親が娘の事を気に掛けるのは至極当然で、故に、彼が男友達と話をする時、話題に上がるのは決まっている。

 俺は内心涙目になりながら、数刻前の事を思い出し現実逃避する事にした──。

 

 

 §

 

 

 その日、国中に──とまでは流石にいかないが──激震が走った。

 武装国家ベルゼルグ。

 その王国の幼い王女が隣国のエルロード王国に向かい、《ドラゴンスレイヤー》の称号を得て帰ってきたのだ。

 

 

 ──今回の外交の目的は、不穏な動きが見られるエルロード王国の調査と、その対処。

 国王陛下直々の王令に従いベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス王女は人生初の旅、人生初の外交を迎え。

 最初は上手くいかなかったが無事に終える事ができたのだ。

 これでめでたしめでたし……。

 

「──と、そのような経緯があり、私達とエルロード王国の同盟関係は続きます」

 

「良くやったアイリス。私は君が誇らしくてしょうがないよ」

 

 謁見の間で最初にアイリスがそう報告すると、玉座に座る一人の男が朗らかに笑う。

 その男の名は──ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・ペンドラゴン。

 ベルゼルグ王国の現国王だ。

 分かりやすく述べるのならば、アイリスの実の父親である。

 俺とめぐみんの二人はアイリスの後ろでかしこまって報告を見届けていたのだが……どうやら、心配は杞憂だったらしい。

 昔は自分の護衛の陰に隠れ、自分から話し掛けたりもせず、お供を通じて言葉を交わす……そんなおとなしく控え目な性格だった一人の女の子。

 それが今ではどうだ。沢山の視線が寄せられる中こうして堂々と立派に振る舞うその姿に……俺達は目頭が熱くなるのを感じた。

 ハンカチで目元をゴシゴシと擦る中、アイリスの報告は続き。

 最後に彼女は謁見の間の隅……つまり、俺達が立っている場所を一瞥した。

 

「国王陛下。今回私が無事にこうして故郷に帰還できたのは、彼らが迫り来る脅威から私を守ってくれたからなのです。どうか彼らに、褒美をお与えになってはいただけませんか?」

 

「もちろん、それは構わない。しかしアイリス、私の事は『国王陛下』なんて他人行儀ではなく、『お父様』と呼んではくれないのかな?」

 

「陛下。此処は神聖な場所です。確かに私とあなた様は実の親子ですが……友人曰く、『親しき者にも礼儀あり』ですから、時と場を選ばなくてはなりません」

 

「……誰だい!? 私のアイリスにそのような余分な知識を植えたのは!?」

 

 すみません、それ俺です。

 悪気は一切なかったんです。

 めぐみんの咎めるような視線から全力で逃げていると、アイリスは更に続けた。

 

「私の友人はまた、こうも言いました。『いいかアイリス、普段から実の父親をお父様と呼んじゃ駄目だぞ? そう呼ぶ時は慎重になるんだ。例えばそうだな、欲しい物を強請る時だな』と」

 

「アイリス、そいつは誰だ!? 不敬罪で死刑にするから教えてくれ!」

 

 口調が乱れる国王。

 おっと、どうやら俺は不敬罪で死ぬらしい。

 ……ですよねー。

 ──突然だが。

 俺はこの城に三ヶ月居候したり、国家転覆罪として名が議会に挙がったりと、城内で俺の顔はほぼ割れているといっても差し支えない。

 アイリスを良くも悪くも変えた俺の存在は普段なら好意的な目で見られるのだが、今回に限ってはその逆となって襲い掛かってきた。

 謁見の間にいる全ての人間が俺に注がれる。

 その不可解な状況にペンドラゴンが気づかない筈がない。

 

「……君が私の娘を汚し、辱めたのかな?」

 

「おい待て。言い方、言い方を考えろ」

 

 堪らずにそう突っ込むと、ペンドラゴンは面白いものを見る目で俺を見据え。

 もしかしたら俺の内面は彼にとっては全てお見通しなのかもしれない。

 めぐみんが小声で爆裂魔法の詠唱を口ずさみ、全員が固唾を呑んでいる中、彼は目を細めた。

 そして微かに笑いながら。

 

「私に対してそのような言葉遣い……度胸があるのか、それとも蛮勇なのか。──皆、まずはこの国の功績者を讃える宴を開く。準備をしてくれ」

 

 と、そこで一人の貴族が声を上げる。

 

「国王陛下、会場はどういたしましょうか?」

 

「決まっているだろう。──あの部屋を解禁してくれ!」

 

「「「畏まりました!」」」

 

 ペンドラゴンはそう高らかに宣言した後、謁見の間から出ていった。慌てたように彼の護衛だと思われる人達が付いていく。

 あの部屋って、どの部屋だよという突っ込みをまずはしたい。

 俺とめぐみんは突然の展開にぽかんと口を半開きにしながら顔を見合せ。

 

「どういう事だ?」

 

「さぁ……? でも良かったですね、即死刑だと思いましたよ」

 

「そうだよなぁ。でもさめぐみん、アレは仕方ないと思うんだ。──あと、爆裂魔法をすぐに撃とうとするんじゃない」

 

「それは同意しますが……まぁ意味的には間違ってないのがアレですね。──断ります」

 

 ぐうの音も出ない!

 執事やメイドの皆さんが忙しなく急ぐ中、貴族達は宴専用の服にでも着替えるのか、急いで謁見の間から立ち去ってゆく。

 俺達、燕尾服やドレスなんて持ってないんだけど。

 また貸してもらえるのだろうか。

 と、中央にいたアイリスが近づいてくる。その後ろには護衛役のクレアとレインさんが控えていた。

 

「報告お疲れ様。凄く立派だったぞ」

 

「流石は我が友。成長して何よりです」

 

「そうでしょうか? ふふふっ、なら、カズマさんやめぐみんさんのお陰ですね。特にめぐみんさんの『次の糧にすればいい』という教えが、私に力を貸してくれました」

 

「どうしためぐみん、お前、何時そんなまともな事を言ったんだ」

 

「いえ、私も聞きたいのですが。そんな事言いましたっけ? あと、私は何時もまともな事しか言いません」

 

 全然記憶にない。

 俺とめぐみんが揃って首を右に傾げていると、アイリスは大きく頷いて。

 

首無し騎士(魔王軍幹部)戦の時ですよ。ほらっ、思い出しませんか?」

 

 あぁ、思い出した!

 確かアレは俺が活躍した…………

 

「思い出しました! カズマが道化(ピエロ)となって、魔王軍幹部相手に尻込みする冒険者達を焚き付ける為に、王族の言葉を利用しようとした時ですね」

 

「なぁめぐみん。さっき国王にも言ったけどさ、もうちょっと良い言い方ない?」

 

「ないです」

 

 ……。

 過去の自分に対して怨嗟の声を送っていると、会話を見守っていたクレアが一歩前に出て。

 

「アイリス様、まずは宴のご準備を。主役の貴女様がそのような服装ではなりませぬ」

 

「あっ、それもそうですね。めぐみんさんもどうですか? 体型近いですし、きっと似合う服があると思います」

 

「おい、私の体型について何か言いたい事があるのなら聞こうじゃないか! ふふん、私は既に十四歳、よって子供の服なんて着ないのですよ」

 

「いえ、そう言われましても。実際十二歳の私とそんなに変わらない……──痛い痛い!痛いですめぐみんさん! 分かりました、分かりましたから! 取り敢えず行きましょう!」

 

「という事ですので、私達はこれで。また後で会いましょう」

 

 そう言い残し、めぐみんとアイリスの子供達は謁見の間から姿を消した。護衛役のレインさんが慌てて追い掛けていく。

 おおかた、アイリスの部屋に向かったのだろう。

 

「白スーツ、お前は付いていかなくて良かったのか? アイリスの着替えと聞いたら、『私も是非!』と言いそうなのに、風邪でも引いたか?」

 

「違う! ……それはその、私だってアイリス様のお肌を間近で見たいと思うし……慣れないドレスを頑張って着る彼女を全身を舐めるように……──おい、どうしてそんなに距離を取る?」

 

「お前さ、よくそれで護衛任務から外されていないよな。ある意味尊敬するよ」

 

「ふっ、そう褒めてくれるな」

 

 褒めてはいないのだが。

 本物のロリコンを半眼で見ていると、クレアはこほんと咳払いをして居住まいを正す。

 アイリス大好きなヤバい大人ではなく、この国の重鎮シンフォニア卿として話があるらしい。

 

「サトウカズマ、私は貴様を……いや、貴方を勘違いしていたようだ。貴方の活躍は既にマルクス卿から聞いている。本当、凄いものだ!」

 

「あぁうん、……それはありがとうございます」

 

「……どうした? そんな幽霊でも見ているような顔になって。具合でも悪いのか?」

 

「いや違う」

 

 シンフォニア卿は興奮したものから、困惑と疑問に顔を彩らせる。

 本性を知っている俺から言わせてもらえばこう、寒気が止まらない。

 例えばそう……爆裂魔のめぐみんが上級魔法を取るような……そんな有り得ない違和感。

 

「あの、素の口調でいいよ。今更そうやって取り繕ったものになると困るんだけど」

 

「……た、確かにそうだな。貴様から『シンフォニア卿!』などと呼ばれたら夢だと疑うだろうしな」

 

「そういう事だ。それで、話って?」

 

「うむ、改めてお礼をと思ってな。報酬については後程国王陛下から与えられると思うが、それとは別にシンフォニア家が用意しようと思う」

 

「おっ、それは助かるよ。ちょっと纏まったお金が今必要でさ」

 

「そうなのか? いっその事、私がその額全てを用意しようか?」

 

「いや、そこまでは流石に遠慮しとくよ」

 

「そうか。謙虚さが一切ない貴様がそう言うとは、明日は槍でも降るのかもしれないな」

 

「ほっとけ」

 

 これこそ、「親しき者にも礼儀あり」だと俺は思うのだが。

 いやまぁ、俺から願ったのだから甘んじて受け入れるけども。

 とクレアは突然、辺りをキョロキョロと見回し、誰もいないのを確認してからひそひそと囁いてくる。

 聞かれたくない話らしい。

 そうそれは、四大貴族様の本音だった。

 

「本当、貴様には毎回驚かされる。……私自身としては、支援金については最悪諦めて、アイリス様の婚約がそれで破棄されるのならそれで良いと思っていたのだが」

 

 おっと、かなり危ない発言をしていますよ。

 内心俺が引いているのにも気づかず、アイリス大好きロリコンの告白は続いた。

 

「それがどうだ、アイリスや貴様達は《ドラゴンスレイヤー》の称号を得て、更には裏で暗躍していたドッペルゲンガーを見抜いてみせた! 大きな貸しをつくり、更には元の支援金に攻勢の為の金も得るとは!」

 

 不倶戴天の仲であるクレアが、無条件で俺をここまで褒めるなんて、それこそ明日は台風でも来るのかもしれない。

 というか、最初の質問に答えてもらってないな。

 

「それで、お前は着替えなくていいのか?」

 

「あぁ、私は何時もこの服装だからな。気にするな。逆に他の服を着ると、どうも落ち着かなくてな……──おい、その憐れみの目はなんだ」

 

 俺はその問いに答えず、無言で憐れな女の肩をぽんぽんと叩いてから、近くにいた執事の男に案内をお願いした。

 背後で何かを叫ぶクレアを無視して、俺はこの国の未来を、一人の国民として思う。

 つまり、彼女が……いや、彼女達が結婚できるか。

 クレア。論外。

 ダクネス。これまた論外。

 アリア。外見中身共に申し分ないが、出会いがない。というより、致命的に運が悪い。

 シーア卿。よく知らないので除外。

 この国の四大貴族全員が結婚する日は、未来永劫来ないのかもしれない。

 

 

 ──突然だが。和室とは何だろうか。

 そうそれは、伝統的な日本の家屋に特有の、畳を敷き詰めた部屋の事。

 普通なら並べれた畳の数によってその部屋の大きさを測るものだが……どうもそれはできそうにない。

 というのも、何部屋にも渡って和室が作られているからだ。

 あの部屋とやらは、この和室の事だったらしい。

 上座にはもちろんペンドラゴン国王陛下がどしりと構え、そこから位の高い貴族達が座っていく。そこにはダクネスやアリアもいた。

 こちらに軽く手を振ってくれる。それに応えながら、見知らぬ金髪の女性がアリアの隣に座っている事に気づいた。

 あんな女性、今まで見た事がないのだが……いったい誰だろう?

 俺とめぐみんがその反対側に座る中、歓待の宴は開催された。

 羽目を外しているのか、貴族特有の、何時ものギスギスした居心地悪い空気は流れていない。

 あるいは、君主がいるから控えているかもしれないが。

 

「それで、アイリスは陛下の近くにいなくていいのか?」

 

「はい。陛下といるよりも、あなたやめぐみんさんといた方が楽しいですから!」

 

 その無邪気な一言に、室内の空気が凍る。

 誰もが表情をぴたりと固まらせて、我を取り戻すのに時間が掛かった。

 そう、何故かアイリスやクレア、レインさんといった面々は俺達の方に来ているのだ。

 貴族としてはそこまで(くらい)が高くないレインさんは兎も角として、王族のアイリスや四大貴族の一柱であるシンフォニア卿が此処にいていいのだろうか?

 一番ダメージを被ったであろう父親に皆が恐る恐る視線を送ると。

 親馬鹿は遠慮のない一撃にクリティカルが入ったのか蹲りながら……

 

 

「ぐはっ!? ……な、なぁフレア?」

 

「何でしょうか国王陛下」

 

「アレが反抗期なのだろうか? 確かに私は親らしい事をやれていないが……しかし……」

 

「そうでしょう。第一王子ともここ最近はそりが合わないようですし。家臣としてはではなく、古い友として忠告するのなら……あんた、もうちょっと自重しろ、色々と!」

 

「そうか、そうなのか……。ハハハ、もういいさ、酒を飲んで忘れよう」

 

 ……自棄酒を始めた。

 この国の将来が本当に不安なのだが。

 フレアと呼ばれた一人の男は国王と昔からの付き合いなのか、疲れたようにため息を吐きながらコップに酒を注ぐ。

 

「それにしても、国王陛下だというから緊張していたのですが……何ていうかその、普通の人ですね」

 

「だよなぁ。いやもちろんさ、威厳とかカリスマとかは感じるんだけど……色々と勿体ない」

 

「私の父親がすみません」

 

 俺はめぐみんが好き勝手に言い合っていると、娘が父親を庇った。

 それにしても、流石は宴。

 何時も思っているのだが、ご飯が美味しくて堪らない。本場のメイドさんが寿司を握るのは中々にシュールだとは思うけれども。

 いや、それをいうなら燕尾服やドレスで和食を食べる時点で台無しだが。

 

「ああっ!? めぐみんさん、子供はお酒を飲んじゃいけませんよ!?」

 

「失礼な! この国の法律では年齢問わず誰でもお酒は飲めます! 私は先程も言いましたが十四歳! 子供のアイリスにもう一度、分かるように言いましょう! 十四歳! つまり、大人! パーティーリーダーの許可だって取っています! そうですよねカズマ!?」

 

 許可も何も、駄々を捏ねてきた子供に大人の俺が根負けしただけなのだが。

 ジュースを飲んでいたアイリスがそれに対抗してか。

 

「んなっ!? だったら私も飲みます! クレア、私に一口ください……──あの、大丈夫ですか?」

 

「もうらめらぁー」

 

 アイリスの過去について語り合っていた同志が、開始十分ほどで早くもリタイアした。

 こいつ、酒弱すぎだろ。

 よくこれで貴族の……というより大人の付き合いができるなぁ。

 同じ四大貴族のダクネスやアリアは見た感じ普通なのに。

 呂律が上手く回らず、顔を赤らめて寄り掛かってくる酔っ払い。

 胡座をかいて座っているところに上半身を預けられるのは、同性ならあんまりだが、異性……特に美女だったら嬉しいと思う。

 クレアは見てくれは美人な貴族令嬢。

 それは認める。

 しかし、しかしだ。

 中身が残念極まりない事を知っている俺からすれば、全然嬉しくない。

 これっぽっちもときめかない。

 レインさんに助けを求めるも、

 

『何時も私が介抱していますから、今日はお願いします!』

 

 あっさりと断られてしまった。

 断られた俺は、考え方を変える事にした。

 そうだ、ここは電車内で居眠り中の美人に肩を使われていると思えばいいんだ。

 けれど現実は残酷で、すぐにそれも霧散してしまう。

 ちびちびと酒を煽っていると、アイリスがジト目で不機嫌そうにちびちびとジュースを飲みながら。

 

「カズマさんとクレアはなんだかんだ仲が良いですよね。……やっぱりその、彼女みたいな容姿の女性が好みなんですか?」

 

「アイリスいいか? これはな、腐れ縁っていう、不可抗力な事なんだ。それと安心しろ、俺の好みは金髪で美人の、スタイルの良い女性だから……──」

 

「むぅー。全部当てはまっているじゃないですか」

 

 ……アイリスの視線がとても痛い。

 俺は彼女の頭を撫でてご機嫌取りをする。

 一瞬幸せそうに顔を緩め目論見は成功したかに思われたが……すぐにハッとなって不機嫌アピールを更にしてきた。

 昔はこれで通じたのに……これは成長と受け止めるべきなのか。

 どうしたものかと頭を悩ませていると──その隙にアイリスは酒を奪い、コップに注がれていた全てを一気飲みした。

 

「「ちょっ!?」」

 

 俺とレインさんが呆然としている中、背伸びしたい子供は駄々を捏ね始める。

 

「私だけがジュースなんて嫌です! 私だってこの国の第一王女! お酒なんて普通に飲め……ましゅ……」

 

 どんどん呂律が回らなくなるアイリス。

 これが安さを追求した、いわゆる安酒だったらまだ良かったかもしれない。

 しかし此処は王都、更には王族や貴族が住んでいる王城だ。

 そんな場所にある酒が、安酒である筈がない。

 みるみるうちに顔は真っ赤になり……そのままこてんと倒れる。

 突然の事態に──生徒と教師は顔を見合わせハンドサインで、瞬時にお互いにやるべき事を確認する。

 レインさんは耳飾りを外してから、足音を立てずに和室から出ていく。

 幸い、他の貴族達は自分の事に手一杯のようで彼女の退室に気づいていない。

 襖近くに座っていた貴族の男性が気づかなかったのを、彼女の力だと称賛すべきなのか、それとも哀しむべきなのか。

 最大の危険分子であるペンドラゴンも、フレアと何やら話をしていてアイリスの変化に気づいてない。

 

「アイリス、おいしっかりしろ!」

 

「らぁいよぅふれふぅー。わあっー、おふぉしぃしゃまがたくさぁんー」

 

「『クリエイト・ウォーター』! ほらっ、まずは水を飲め! クレア! ……は使えないし、めぐみん……──」

 

「くろよりくろきやみよりふかき……──」

 

「お前もかよ! 『クリエイト・ウォーター』!」

 

 紅魔族随一の発育の悪い娘は、四大貴族の令嬢と同じようにダウンしていた。

 眠っている時も爆裂魔法の詠唱を口ずさむのは物騒で危険極まりないので止めてもらいたい。

 水を強引に飲ませていると、レインさんが部屋に戻ってきた。

 和室を抜け出すと、すぐそこには俺の料理の師匠であるリーシャンとセリアと名乗るメイドさん二人が待ち構えていた。

 きっと、レインさんが呼んだのだろう。

 

「お久し振りですカズマ様」

 

「久し振り師匠。積もる話はあとにして、今はこの子供二人を頼む」

 

「……レイン様から聞きましたが、まさかお酒をお飲みになるとは……」

 

「俺達大人がいながら面目ない」

 

 大丈夫です、と俺の謝罪をやんなりと流したリーシャン達はアイリスとめぐみんを背負って行った。

 アイリスは自室に、めぐみんは何処か適当に部屋を借りて寝かせるのだろう。

 俺とレインさんはその背中を見送った後、軽く嘆息してから同じ事を思う。

 子供に酒を飲ませちゃ駄目ですね。

 宴の席に戻った俺とレインさんは怪しまれる事なく席に着き、思う存分この日を楽しむ事にした。

 先生の苦労話を聞いたり、魔法の使い方について討論したりと、久し振りに開かれた授業は楽しかった。

 クレアは最後まで倒れていたが、誰も気にはしない。彼女のこの状態に関しては、皆呆れてものも言えないのだ。

 シメの料理として椀物を食べ、ペンドラゴン陛下が宴の終了の挨拶を口にする。

 アレだけ酒を飲み、歌を歌い、賑やかだった和室内は、自然と静寂に包まれていった。

 流石は一国の君主、そのカリスマ性はとても素晴らしい。

 ……自棄酒の所為で顔を赤くしているのは突っ込まない方が良いのだろう。

 

「……私は何時も戦地に出ているから、皆には苦労を掛けてすまない。この一年で、我々人類は魔王軍相手に大きな打撃を与える事に成功した。首無し騎士(ベルディア)見通す悪魔(バニル)……そして、つい先日、またもや魔王軍幹部が斃された!」

 

 ペンドラゴンの力強いその言葉に、貴族達が大きくざわつく。

 何それ、初めて聞いたんですが。

 いや、彼らの反応から今聞かされたのだろう。

 でも誰が……?

 ミツルギあたりの転生者か?

 俺達の困惑を他所に、陛下は続ける。

 

「斃されたのは、デッドリーポイズンスライムの変異種である、ハンス。水と温泉の都、アルカンレティアで悪事をしていたのを、観光していた冒険者達が退治したそうだ」

 

「まさか! あのデッドリーポイズンスライムをですか!?」

 

「なんと……デッドリーポイズンスライムを斃すとは……!」

 

 何その、デッドリーポイズンスライムって。

 名前から想像するに、スライムの一種なのだろう。

 でもスライムって、基本は雑魚モンスターなのでは? 確か先生もそう教えてくれたし。

 いくら魔王軍幹部とはいえ、そこまで騒ぐ事なのだろうか……?

 得心がいかない俺を目にしてか、先生が。

 

「こほん。ここからは補足授業ですが、小さい個体のスライムは雑魚です。ですが、ある程度の大きさになったスライムはかなり強敵となります。まずですが、スライムですから物理攻撃はあまり効かず、これまたスライムですから魔法も然りです。悪食ですから飢えも滅多にしません。一度張り付かれたら、死を覚悟してください」

 

「……」

 

「更に今回挙げられたのはデッドリーポイズンスライム。名前から分かると思いますが強力な毒性の持ち主でして、直接触れたら即死確定です」

 

「何それ怖い。あの先生、そんな相手に勝てるんですか? 話を聞いていると勝ち筋が一本も見えないんですけど」

 

「普通なら無理ですね」

 

 先生の即答に、俺は絶句する。

 なんだろう、黄金竜を相手する方がまだマシな気がする。

 流石は異世界。

 俺のゲーム知識を、根元から折りにきているなぁ。

 よくそんな化物に勝てたものだと、素直に称賛しながら頭を冷やす為に水を飲んでいる中、ペンドラゴンはその勇敢な冒険者の名前を厳かに告げた。

 

「ハンスを屠ったのは、一人の〈アークプリースト〉と一人の〈アークウィザード〉。名を、アクアとゆんゆん。本当はもう一人いたのだが、本人の希望で名前は伏せさせてもらう」

 

 俺は思わず、飲んでいた水をぶっと吹き出す。

 噎せ返る俺をレインさんが慌ててぽんぽんと背中を叩いてくれる中。

 

「これで残りの幹部は合計五人。魔王軍も幹部が次々と討伐されたから焦るだろう。皆、これからは何時も以上に精進してくれると嬉しい」

 

「「「はっ!」」」

 

「……と言いたいんだけど、私が留守にしている間、大きな出来事があったそうだね」

 

 この場にいる全員が思わず押し黙り、ペンドラゴンは軽くため息を吐いてみせた。

 誰もが顔を俯かせて気まずい雰囲気が流れる中、彼は酒を一度煽って空気を変えた。

 そして俺に視線を送り、告げる。

 

「宴は閉幕。──サトウカズマ君、突然ですまないが私と話をしてくれないかな?」

 

 

 §

 

 

 現実逃避を終えた俺は、改めてベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・ペンドラゴンを恐る恐る眺める。

 彼が何を考え、何を思っているのか、その完璧なポーカーフェイスからは何も読み取れない。

 不安に駆られていると、ペンドラゴンはそんな俺を気遣ってか。

 

「そんなに怖がる必要はないよ。ただ先程も言ったように、私は君と話がしたいんだ」

 

「……話ですか?」

 

「あぁ。──すまなかった。人類に多大な貢献をしてくれた一人の人間を冤罪で殺すなど……到底考えられない事だ」

 

「……それはもう過ぎた事なのでいいですよ。まぁ実際死にそうになりましたが、仲間達のお陰で強制任務(ミッション)を達成できましたから」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

 そう言いながら、ペンドラゴンは頭を深く下げた。

 俺はそんな彼を見て、思わず笑ってしまう。

 戸惑いの色を浮かべる彼に、俺は昔の事を伝えた。

 

「いえ、貴方の娘さんも以前、貴方のように頭を私に下げてきまして」

 

「じゃあやっぱり、君がアイリスの友人なんだね? それと、言葉遣いも普通で構わないよ。慣れていない事を強要しても、お互い疲れるだけだし。だから私も、かなり砕けて話しているだろう? 私はね、普段からこんな口調なんだ。フレア……護衛役には何時も怒られているんだけどね」

 

 ならここは、素直に甘えておくとしよう。

 もちろん、公の場では直す必要があるが。

 

「そうだな。確かに俺はお宅の娘さんの友人だが、俺はその一人でしかない」

 

「ほうほう。その、もし良かったらアイリスについて教えてはくれないかな? 私は知っての通り家を留守にしがちで愛娘とは中々触れ合えず……彼女の成長を間近で見られないから。一人の友人としての、娘の印象を正直に教えてくれないかい?」

 

「もちろん。俺がアイリスと会ったのは一年前で……──」

 

 

 ──俺とペンドラゴンはアイリスについて語り合い、すぐに意気投合した。

 彼女に悪知恵を仕込んでしまった件については、なんとか水の泡に流す事に成功し、俺達は長い間話し合った。

 アイリスがどれだけ可愛く、また世界の共有財産であるかについて。

 レヴィ王子との婚約破棄について怒られるかと思いきや、もともとあまり気乗りしていなかった真実。

 寧ろ感謝される始末だ。

 だったら政略結婚なんてはじめから組むんじゃないと思ったがそこはそれ、王族なのだから仕方がないのだろう。

 

「そうだ、カズマ君。部下の非礼、そして何より君の偉業に対して、君の願いを叶えたい。国としてはこれ以上の出費は控えたいところだけど……私個人としてなら権力や富はいくらでもある。何か願いはないかな?」

 

 遊戯が実は趣味なのだ、そう俺に打ち明けたペンドラゴンとあの忌々しいチェスに似たボードゲームを興じていると、彼は突然ぽつりとそんな事を呟いた。

 俺はクルセイダーのスキル『デコイ』で敵の注意を引きながら、アーチャーの『狙撃』でキングを狙う。

 繰り出された怒涛の攻撃に、けれど好敵手は淡々と対応し、寧ろ反撃してくる。

 流石は現地で本物の戦争をやっているだけはある。

 とても強い。

 彼と話をしていて分かったのだが、彼は本当の意味でアイリスの父親……家族だと認識した。

 悪い事は悪いと詫びる誠実さや、ゲームで攻撃力の高いソードマスターを愛用するそのプレイスタイル。

 気づけば俺の仲間()は残り少なく。

 隠れ廃人ゲーマーに、明らかな分があった。

 勝負をなかった事にする『エクスプロージョン』をやろうにも、アークウィザードが盤にいないので、つまり……

 

「私の勝ちだね。ありがとう、中々楽しめたよ」

 

 ……俺の負けだった。

 アイリスのゲーマーとしての素質は、きっと受け継がれている遺伝子がそうさせるのだろうか。

 

「さて、願いは決まったかな?」

 

「俺の願いは最初から一つしかないよ。しかもこれは、あんたにしか叶えられないものだ」

 

「私にしかかな? まぁ、取り敢えず口に出して……──」

 

 俺はペンドラゴンの言葉を遮って、自らの願いを口にする。

 

「──娘さんを俺にください」

 

 今なら、見通す悪魔の予言した事が分かる。

 あの悪魔はこう告げた。

 

 幸福と破滅を身に宿す冒険者、と。

 

 幸福とは、俺の英雄としての成り上がり。その偉業なのだろう。それを抜きしても、俺は既に一生遊べて暮らせる額を手に入れている。確かに幸福だ。

 そして破滅とは──

 

「……正気かい? 本来なら問答無用でこの場でその首を切っているけど──覚悟はあるのかい?」

 

 ──破滅とは、犯罪者に身を堕とす事。

 








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