このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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この素晴らしい世界に色彩を!
色彩 Ⅰ


 

「おはよう」

 

 重たい瞼をふと開けると、まずそこには彼の笑顔が視えた。

 その奥にあるのは、一本の巨大な木。大木だ。

 その幹に、彼は座って寄りかかっていた。

 朦朧とする意識で、膝枕をされているのだと認識した。ちょっとだけ恥ずかしい。

 ……寝てしまっていたのだろうか。

 上空に手を伸ばすと、彼は仕方がないなぁと微笑んでから私の手を摑んでくれる。

 あたたかい。

 二人で旅を始めてからもう少しで一年。

 彼の少年といえる面影はそこには既になく、青年の顔付きになっていた。

 私はどうなのですか? と尋ねると彼は困ったように苦笑してから目を逸らして、可愛いから綺麗になっているよと恥ずかしそうに答えてくれた。

 それがとても嬉しい。

 ただ残念なことに自分で自分の顔は見えないけれど……。いや、自分の変化なんてそう簡単には分からないのかもしれない。

 

 

 ──この一年で、この世界は大きく変わった。

 

 第一に挙げられるのは──()()()()

 ──そう。

 人類の宿敵である魔王軍。

 その長である魔王が、とうとう斃されたのだ。

 旅をしている私たちの元にまでその偉業が伝わるのだから、それは本当なのだと思う。

 魔王を斃したのは、とある魔法使いの少女。

 彼女は多くの仲間と共に魔王城の結界を壊し、熾烈で苛烈な戦闘を繰り広げ……彼女の究極技、爆裂魔法で遂に屠ったらしい。

 所詮は風の噂だからと人々は疑っているけれど、私も、そして彼も真実であると確信している。

 私は親友である彼女のことを想い。

 彼は仲間である彼女のことを想い。

 私たちは、彼女が誇らしくてしょうがない。

 

 第二に挙げられるのは──女神の降臨。

 なんと驚くことに、水の女神アクア様と幸運の女神エリス様が地上に現界したのだそう。最も、アクア様に関しては元々とある〈アークプリースト〉として活動していたけれど。彼の、それを知った時のあの笑いようは、とても凄かったなあ。今更かよ! と全力で突っ込んだ彼。

 二人が現界したのは魔王を斃した《勇者》にお礼を言い、どんな願いも一つだけ叶えるだったそうだ。

 けれど魔法使いの少女は何も願わなかった。その理由は当人にしか分からない。

 それもまた、後世に残る出来事。

 

 第三に挙げられるのが──武装国家、ベルゼルグ王国第一王女の誘拐事件。

 これだけでも驚愕するけれど、人々は驚愕を通り越して絶句することになる。というのも、事件の犯人が()の《英雄》だったのだから。数々の戦場を生き抜き、そして、人類に貢献した《英雄》。

 たった一人の女性のために地位も──これはもともとなかったけれど──、名誉も、何もかもを捨てて《英雄》から身を堕とし《愚者》になった大罪人。

 これもまた、人類史の出来事として後世に伝わることだろう──

 

 

「──いつまでこうしている?」

 

 過去に思いを馳せていると、彼が私の頭を軽く撫でながら、そんなことを訊ねてきた。

 昔はこのようなことは毎回恥ずかしがっていたのに、今では羞恥心もなく接してくる。

 ……尤も、行動は出来るようだけれど、口に出すのはまだ恥ずかしがっているのだけれども。

 彼の羞恥心の基準が、未だによく分からない。けれどそこも彼の魅力だ。

 私は目を細めて、悪戯っぽく笑った。

 

「そうですね……ずっと、でしょうか?」

 

「おいおい……それは駄目だぞ?」

 

「うふふっ、分かってます。ただ……もう少しだけ、あともう少しだけお願い出来ますか?」

 

 苦笑。

 そっか、と呟いて彼は目を伏せる。

 数秒後、彼は眠りについた。

 隙があればすぐ寝てしまうから困ったものだ。

 けれどそれも、必然かもしれない。

 彼の人生は、凡人で凡夫である彼からしたらとても濃厚で、いつも何かしらの出来事に巻き込まれていたのだから。

 彼は、《英雄》でもなく、《愚者》でもない。

 ただ一人の《人間》なのだ。

 迫り来る絶望に、彼は真っ向からは戦えないと理解している。

 だから考えて。

 考えて考えて。

 考えて考えて考えて。

 どんな手を使ってでもその状況を打破しようとするのだ。

 でもたった一つだけ、彼は自分の意志で行動したことが──

 困るなあ。

 もっと彼と話したいのに。

 もっと彼と接したいのに。

 一年、一ヶ月、一日、一時間、一分、一秒。

 少しでも彼と、ずっと一緒にいたい。

 そんな想いを込めて、繋がっている大好きな彼の手を強く握る。

 するとどうだろう。

 目を覚ました。

 視線が交錯する。

 彼は私の碧眼を綺麗だと言ってくれるけれど、私から言わせてもらえば彼の茶色目も綺麗だと思う。

 彼の瞳を覗き込んでいると、彼は首を傾げて。

 

「……? どうかしたか?」

 

「……次はどこに行きましょうか? それが気になってしまい起こしてしまいました。ごめんなさい」

 

「いや、大丈夫だよ。そうだなあ……、これはこの前訪ねた街の、とある商人から聞いたんだけどさ。ここをずっと北に進むと森、そして山があるんだって。そこを越えたら──」

 

「そこを越えたら?」

 

「秘境があるんだってさ。眉唾物らしいけど」

 

 どこからそんな情報を仕入れてくるのだろう。

 朝起きてから夜寝るまで私たちは片時も離れずにいるのに、彼は気付いたら訪問先の街の人と仲良くなっていて、そして欲しい情報を手に入れている。

 疑問に思ってスキルか何かだと聞けば、彼は心外そうに違うと否定したものだ。

 

「まぁっ! それは、行ってみたいです! 是非行きませんか?」

 

「もちろん。まだまだ旅は始まったばかりだからな、秘境なんて場所も沢山あるはずだ。いっそのこと全部制覇しようぜ」

 

「はいっ」

 

 私の元気な返事に、彼は笑う。

 何を笑っているのだろう。

 原因を尋ねても彼は教えてくれないけれど、それで良いと思っている自分がいる。

 自然と、私も顔を綻ばせていた。

 ひとしきり経った後、彼は軽い調子で。

 

「──さて、そろそろ行くか」

 

「……そうですね。そろそろ行きましょう」

 

 名残惜しくも繋がれた手を離し、頭を彼の太腿から渋々離す。

 傍に置いていた装備品を手馴れた動作で身に付け、深緑色のローブを羽織る。

 私も同様だ。

 聖剣を使う機会はここ最近はないけれど、もしもの時はいつも助けてくれる。尤も、男性の彼はいつも微妙な顔をして、私が巨悪なモンスターを斃しているのを見届けているのだけれども。

 でも私から言わせて貰えば、彼に危険な行動はさせたくない。そう言うと彼は、珍しくも怒ってくるのだが。

 木の幹を杖にして立ち上がると、視える景色が様変わりする。

 なんとなく辺りを見回すと、そこには色とりどりの花が咲いていた。

 赤、青、黄、白。

 

「……綺麗……」

 

 花園。

 嗚呼……そっか。

 さっき彼は秘境は沢山あると言ったけれど──この世界全てが秘境なんだ。

 

「おーい、先に行っちゃうぞ?」

 

 目に焼け付けるようにして魅入っていると、彼が声を掛けてきた。

 彼は時々、女の子の気持ちが察せれない時があるから困ったものだ。

 でも、そんな彼が私は大好きで。

 足元に咲き誇っていた一本の白い花を、私は前屈みになってから摑む。

 

「アイリスー?」

 

「はい、今行きます! 待ってくださいカズマさん!」

 

 数歩先で待ってくれている彼の元に駆け寄る。

 迷うことなく彼の左腕に飛び付き、優しく抱き締める。

 そして見せるのだ。

 たまたま目に留まった、一本の花を。

 この花の名前は何ですか?

 そう、尋ねるために────

 

 

 

§

 

 

 蒼穹の宙が遥か上空に広がる。

 それ故に世界の果ては決して眺めない。

 青く、蒼く。

 一陣の風が吹く。

 優しく、あたたかい風。

 身体を、捉え、突き抜け、そして旅をする。

 照りつく太陽。

 この星に住む全ての生物を時に優しく、時に激しく、希望の象徴として顕現する。

 それが私にはとても美しく見えるのだ。

 

 花。

 

 草。

 

 土。

 

 水。

 

 炎。

 

 光。

 

 闇。

 

 

 ──色彩。

 

 ──嗚呼、世界は今日も輝いている。

 



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