このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru
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色彩 Ⅱ

 

 雨音が聞こえる。

 ポタポタと。

 ザアザアと。

 耳を澄ませば、そんな音色(ねいろ)が外から聴こえた。

 雨。

 激しさを増していき、その勢いは衰えを感じさせず、時間が経つにつれて大きくなっていく。

 此処は天然洞窟。

 その中に私と彼は避難していた。

 この洞窟を早いうちから見つけられたのは運が良かったと思う。

 これも彼の異常なほどに高い幸運ステータスの賜物(たまもの)だろうか。

 ……それとも、天界にいるという幸運の女神であるエリス様が私達を助けてくれたのか。

 前者は兎も角として、後者はまずないなと浮かび上がった考えを沈める。

 地上では犯人は彼になっていているけれど、実際には共犯なのだから。

 天界で子供達の生活を見守ってくださっている女神様が、その真実を知らない筈がない。

 洞窟から顔を少しだけ出して空を見上げる。

 顔に水の槍が直撃するけれど……それは無視で構わない。

 空は荒れていた。

 曇天(どんてん)とした雲が幾重にも重なり、陽の光を完全に遮断している。

 見渡す限りの灰色に彩られたキャンパスを数秒眺め、これは長丁場になりそうだと判断した。

 これ以上は風邪を引いてしまうと、慌てて顔を引っ込める。

 服や髪の毛がじわりと濡れてしまったけれど、私は暗い気持ちを隠せないでいた。

 ……何時になったら旅を再開できるのかな。

 図々しいにもほどがあるけれど、どうか晴れますようにとエリス様に祈る。

 両手を組み目を伏せていると不意に、頭に何かが置かれる感触がした。

 

「そっちは寒いだろ? 焚き火を用意したから、(だん)を取ろうぜ」

 

 後ろを振り返ると、そこには彼がいた。

 頭に置かれているのは、何だろう?

 彼の手……ではない。

 視線を下に下げれば手持ち無沙汰にある。

 疑問に思いながら両手を自分の頭に添えると、そこにはタオルと思われる感触が。

 彼が心配して掛けてくれたのだろう。

 嬉しいなぁ。

 ありがとうという気持ちを伝える為に、私は顔を綻ばせながら。

 

「そうですね。しばらくは続くようですし……」

 

「だろ? ……今日は此処で野宿だな」

 

「あっ……そういえば、洞窟の中での野宿は初めてですね」

 

「言われてみれば確かに。これまではなんとか街の宿屋を借りれたからなぁ。まっ、そんな事より早くあたたまろう」

 

 彼は後方を(ゆび)さしながらそう笑い掛けてきた。

 少し顔を横に移して彼の背後を見ると、そこには確かに、パチパチと音を立てながら上がる火の煙。

 この雨の中どうやって木を用意したのかと訊ねれば、アイテム収集ボックスから出したのだと教えてくれた。

 アイテム収集ボックスは許容量ならなんでも物質を箱の中に入れられる優れもの。そのボックスも手の平サイズに圧縮できる。

 彼曰く、この魔道具はウィズ魔道具店で働いている店員さんと協力して作った世紀の大発明品だそうな。

 この人は時々、さらりととんでもない事をするのだから反応が追いつかない時がある。

 ……でもそっか。

 また、助けられてしまったのか私は。

 

「……その、ごめんなさい……」

 

「ごめんなさいって、何がだ?」

 

 出された唐突の謝罪に、彼はキョトンと目を白黒させた。

 そんな反応をされるととても居心地が悪い。

 ……まるで一人相撲のようだ。

 顔を俯かせて、私は彼を見る事なく細々と言う。

 

「……私は、何もできないから。そんなアイテム収集ボックスなんてものは王都にはありませんでしたから持っていませんですし……何時も、何時もあなたに甘えて……──痛っ!? な、何をするんですか?」

 

 私の罪を彼は遮って、右手を手刀にして私の頭目掛けて振り下ろしてきた。

 タオルがある程度はまだ威力を抑えてくれるとはいえ、それでも痛いものは痛い。

 涙目になりながら、堪らずに非難の目で彼を見ると──そこには珍しくも、本気で怒っている彼がいて……

 

「そんな事を言うんじゃない。まったく……もうちょっと自分に自信を持てよ。悪い癖だぞ?」

 

「で、でもっ!」

 

「でもじゃない。俺は俺、アイリスはアイリスだろ? それぞれに得意不得意があるんだからさ、そんな事で気を病むな。それに……モンスターと戦う時は何時も聖剣で瞬殺してくれているだろう? 訊くけど、それはどうしてだ?」

 

「どうしてって……あなたを……カズマさんを護る為です! その、カズマさんはモンスターとの戦闘にはあまり向いていないから……だから私が……!」

 

 私の返答に、彼は満足げに頷いた。

 そのまま私の手を取って、焚き火の方に先導する。

 

「本当はさ、モンスター退治も俺がやりたいんだけど……死んだら元も子もないから。アイリスにお願いしている訳だ。ほら、アイリスは充分活躍しているだろ?」

 

 前を見据え、こちらを見ることなく彼はそう確認してきた。

 そうなのだろうか?

 私は彼の力になれているのだろうか?

 そんな私の葛藤……いや、逡巡を見抜いているのか、彼はポリポリと後頭部を描きながら照れくさそうに。

 

「それにさ、可愛いお姫様にそんな些事をやらせる訳にもいかないしな」

 

「私はもうお姫様じゃないですよ? 国からこうして、あなたと一緒に出たのですから」

 

「だとしても。他人が、世界がアイリスの事をベルゼルグ王国第一王女と見なさなくても、俺にとってはその……、大好きで可愛い女の子だからさ」

 

 ……。

 刹那、ボッと顔が赤くなる感覚に襲われた。

 流れた衝撃は余す事なく全身に伝わる。

 ……珍しい。

 この一年の旅で、彼がそんな……「愛してるとか」「大好き」とか、そういった愛を口で伝えてくるのは片手で数え切れるほどしかなかったのに。

 今日はどうしたのだろう。

 明日は雨……いや、雨は今降っているから……雪でも降るのだろうか。

 かなり失礼な事を考えながら焚き火のすぐ近くに移動して、手頃な大きさの石に腰掛ける。

 パチパチと、時にはバチバチと。

 奏でる音色は同じ時もあれば、違う時もある。

 手を翳して火の光を生で感じていると、

 

「ちゃんと頭を拭かないと駄目だぞ? 服は……見たのところ少しだけのようだし大丈夫か」

 

 そう注意しながら私の頭に被さったままのタオルを使って優しく拭いてくれた。

 どうにも彼は、人の面倒を見るのが上手だ。

 それにしても……

 

「手慣れていますね?」

 

「うん? そうなのか? めぐみんを相手に何度かやった事があるからな、多分その影響だと思う」

 

「へぇー」

 

 思わず、一段階トーンを落としてしまった。

 すぐにハッと我に返り自制する。

 いけないいけない。

 嫉妬をするなんて……身を滅ぼしてしまう。

 彼は懐かしそうに言葉を続けた。

 

「雨の中クエストに行ったり、爆裂散歩しに行ったりしたからなぁ。あいつ、髪の毛を全然拭かないんだよ。変に男勝りなところがあるから」

 

「確かに言われてみれば……」

 

 思い当たる節がいくつかある。

 

「特に、銭湯(せんとう)に行った時が一番困ってさ。髪の毛を拭かないんだから、当然床なり地面なりに水滴が落ちるんだよ。で、パーティーリーダーの俺がどうしてか怒られたんだよなぁ」

 

「そ、それはその……お気の毒に……」

 

「本当にそうだよ。アイリス、気苦労(きくろう)が絶えなかった俺を労わってくれると嬉しい」

 

 冗談交じりに、彼はそう言ってくる。

 でも、私は気づいていた。

 彼が心の奥底では嫌がっていなかったことに。

 口では文句を言いながら、何時も人の為に行動してくれる。

 白にも赤にも見える焔をぼうっと見守っていると、彼がアイテム収集ボックスから二個のマグカップを出した。

 予め、何かの粉をマグカップ内に入れる。

 そして、水を生成する『クリエイト・ウォーター』と着火魔法の『ティンダー』のコンボ技で……コーヒーが生まれた。

 毎回野宿をする度に彼はコーヒーを用意してくれてとても嬉しいし有難いのだが……彼のそのスキルの使い方には脱帽せざるを得ない。

 これで〈冒険者〉じゃなかったらどうなっていたのだろう。

 例えばめぐみんさんみたいな〈アークウィザード〉だったり。例えば、アクア様みたいな〈アークプリースト〉だったり。例えば、ララティーナみたいな〈クルセイダー〉だったり。例えば、例えば、例えば……

 

「ほら、インスタントだけど美味いぞ?」

 

「何時もありがとうございます。それと味については大丈夫ですよ? とても美味しいですから」

 

 安心させるようにそう薄く笑うと、彼はそれが信じられないのか疑いの眼差しになりながら。

 

「それ、毎回言ってくれるけどさ。本当にそう思ってくれてる?」

 

「もちろんです。そうですね……このコーヒーを発明した人は素晴らしい方だと思います。具体的には……──」

 

 彼を納得させる為、私は王城でレインから習ったコーヒーの歴史を説明した。

 彼女はカズマさんが来てから時々、こういった変わった内容の授業をしてくれたのだ。

 それがどうしてかは分からないけれど……こうして誰かに知識を披露できるという事はとても恵まれていて、幸福な事だと思う。

 と、彼が手に付けている腕時計で時間を確認して困ったように呻いた。

 

「どうかしましたか?」

 

「いやさ、今、もの凄い中途半端な時間なんだよ」

 

「具体的には何時ですか?」

 

「午後の八時」

 

「……寝るにはまだ、ちょっとだけ早いですね」

 

「だろ? どうする? ゲームでもするか?」

 

「もちろんです! 今日も勝ちます!」

 

 対戦者からの誘いに、私は即答した。

 野宿をする日に時間があまっていたらゲームをする。種類は問わない。

 これが私達の過ごし方だ。

 そういえば……私のゲーマーとしての素質は父から受け継がれていると、彼はこの前対局した際に教えてくれた。

 私とクレア、めぐみんさんが歓待の宴でお酒を飲んで酔い潰れていた時に、彼と私の父はこの世界で大変人気があるあのボードゲームを興じていたそうな。

 ……その勝負を観たかったと悔しがったのは良い思い出だったりするけれども。

 一種の慢心とも傲慢とも取れる私の言葉に、彼は眉間に皺を寄せながら、

 

「ほ、ほほう……? この前そっちに戦績が傾いたからって、舐められたものだな。ここはプロゲーマーのカズマさんが、本気を出すとしよう!」

 

「前から思ってたんですけど、プロゲーマーなんですか?」

 

「……言ってみたかっただけです」

 

「そ、そうですか……。こほん。今日は何をやりますか?」

 

「ううーん、オセロなんてどうだ?」

 

「オセロですか。分かりました、やりましょう!」

 

 盤を出して、向かい合う。

 負ける訳にはいかない。

 ゲームに臨むのなら勝ちを優先するのは当然であり、手段は度外視だ。

 勝てば官軍負ければ賊軍。

 そう、取り敢えず勝利。

 そこから(いくさ)の内容を反省をする。

 それに勝ち逃げしたら……

 

「今回もお願い券を貰いますからね!」

 

「それはこっちの台詞だ! 歳下の女の子に、そう何度も負けてたまるかっ!」

 

 私の宣戦布告に、彼は叫んだ。

 そう。

 勝ち逃げしたら私は彼に、彼は私に一つだけお願いして叶えてもらえる権利を手にする事ができるのだ。

 故に、勝たなくてはならない……!

 相手が大好きな人だからこそ、勝つ。

 私達はオセロの石を片手に、お互い好戦的な笑みを浮かべて──。

 

 

 ──ふと目を開けると、まず瞳に映ったのは漆黒に覆われた空。

 此処は何処だろうと思案したところで、あぁそっか、野宿の為に利用していた洞窟の天井だとあたりを付ける。

 焚き火の焔は消えていて、沢山の灰塵が地面に散っていた。

 ムクリと上半身を起こすと、身体全体に掛け毛布があるのに気づく。

 おおかた、寝落ちしてしまったのだろう。先に眠りについた私に、彼が掛けてくれたに違いない。

 ありがとうございます、と内心で彼にお礼を言ってからオセロの盤を見る。

 どうやら負けていたようだ。あぁそっか、確か彼があと一勝すれば勝ち逃げという状況で……むむむ、この戦況だと勝てそうにはない。

 不自然な終わり方をしているのは、彼が途中で止めてくれたからだろう。

 相変わらず、変に律儀というか……。

 視線を横に向ければ、そこには彼が横になっていた。

 幸せそうだ。

 普段は私より早く起きているので、彼の寝顔を見る機会はそうはない。

 アイテム収集ボックスから魔道カメラを取り出し、パシャリと一枚撮った。

 ズレている掛け毛布を彼に被せ直したところで、喉が乾燥していることに気づいた。

 水筒のキャップを開けて、ひんやりと冷たい水を眠気覚ましに飲む。

 とても美味しい。

 旅の際の水の飲みすぎは危険だとめぐみんさんが以前教えてくれたが、魔力さえあれば純粋な水を生成できる彼がいるのでさした問題ではない。

 とそこまで考えて、外から光が射し込んでいるのに遅まきながら気づく。

 掛け毛布を放り出して洞窟内を駆けた。

 真っ白い光の本流が出口に近づくにつれて増えていく。

 

 快晴。

 

 雲一つない、晴れ渡るあおぞら。

 微かに見える、ありあけの月。

 私は彼に呼び掛ける。

 

「カズマさん、起きてください! 晴れています! 此処を越えれば秘境ですよ!」

 

 

 §

 

 

 ──人類未踏破領域。

 

 ──この世の神秘。

 

 そんな言葉をもって、人類は表現する。

 森を、山を越えて歩き続けること数日。

 私達は、遂にそこに辿り着いた。

 光の粒子が何処からか地面から現れ、宙に漂って上空に消えていく。

 木々は生い茂って天高く伸びている。

 それ故に太陽はどんなに目を凝らしても視えない。

 時間は真昼間の筈なのに。

 完全なる「夜」。

 道標(みちしるべ)となるのは、先程述べた光の粒子だけ。試しに触れてみると、ほんのりとしたあたたかさが感じられた。

 しかしそれは、すぐに消えてしまう。

 それはさながら、泡沫(うたかた)のように。

 流れる小川は清流そのもの。

 分厚い幹を誇る巨木はその根を地面に下ろし、存在を証明している。

 枝はいたる所に伸び、(せい)を主張していた。

 

「……凄いな」

 

 隣にいる彼がぽつりと呟く。

 同感だった。

 こんな場所がこの世界にあるなんて、誰が想像できようか。

 彼と手を繋ぎながら徘徊する。

 どれだけそうしただろう。

 無限にも等しい悠久の時の流れの果てに、私達は「夜」の中忽然と輝く存在を遠目から視た。

 

「何でしょうか、アレは……?」

 

「『敵感知』に反応はないな……。どうする? 俺達の目的は既に達成されているけど」

 

「──行きましょう」

 

「了解。アイリス、一応聖剣の準備をしておいてくれ」

 

「分かりました」

 

 頷き合い、私達はその存在に慎重しながら近づく。

 名残り惜しくも彼の手から私の手を離し、聖剣の柄にへと指を走らせる。

 必然と私が数歩先を歩く中、私達は……

 

『ほう。まさかこの地に、再び人間が訪れるとは。何年振りだろうか。最後に此処を訪ねたのは確か、彼と彼女故に……数百年振りか。──ようこそ人の子よ。私の名はアーク。世界に四体しか生存していない、白竜の一体だ』

 

 ……アークと名乗る白竜と邂逅した。

 ぽかーんと擬音を立てながら唖然とする私と彼を、()の竜は優しく微笑み掛けた……ような気がした。

 

 ──旅は続く。

 

 

 




どうも、Sakiruです。

物語の終盤に登場した、アーク。
実はですね、登場させる予定は皆無でした。
今回の話の仮題は「雨」だったりします。
しかし実際は「色彩 Ⅱ」。
話の時系列としては、前回の「色彩」の続きとなっています。多分この先は「Ⅲ」「Ⅳ」とかを使うと思います。
白竜との邂逅により、カズマさんとアイリスの旅は続きます。

……今更なんですけど、この二次小説、このような形で続けていいのでしょうか?
蛇足感が半端ないと不安になったりします。

それでは、また会えたら嬉しいです。







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