このすば! ─カズマがいた異世界最初の街は王都にある王城です─   作:Sakiru

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色彩 Ⅲ

 

 ()の竜は、こう呼ばれていた。

 

 ──邪竜(ファフニール)と相対する竜。

 

 そんなお伽噺にしか登場しない、伝説上の白竜と……、俺とアイリスの二人は対峙していた。

 

 此処は人類未踏破領域──秘境。

 

 この世の神秘を宿し、人里離れた場所で悠久(ゆうきゅう)の時を()ける竜がそこには佇んでいた。

 圧倒的だ。

 エルロードを訪れた際に、俺たちは黄金竜を討伐した実績を持つわけだが。

 上位種に位置づけられている()の竜とは確実に一線を画す威圧感。

『敵感知』に反応はない。

 それはつまり、彼(彼女かもしれないけれど、便宜上彼とする)が俺たちと敵対する意思はないことを示している。

 しかし、しかしだ。

 敵意や殺意がない状態で、こんなにも足が竦み恐怖を抱く存在がいるなんて……!

 

『そう警戒してくれるな。私はここに居るだけの存在。人の子と無駄な戦いをする気は微塵もない』

 

 そうやって白竜が気遣ってくれる。

 ……そう言われましても。

 さてどうしたものか。

 まずは、気丈にも聖剣の柄に手を伸ばしているアイリスをとめるべきだろう。

 

「アイリス、アークの言葉を信じよう」

 

「し、しかし……! いつ襲われるか分かりませんよ!? いくら白竜様でも信じられません! そんな状態で──」

 

「良いから。それともなんだ、俺を信じられないか?」

 

「……。……カズマさんはズルいです」

 

 アイリスは拗ねたように唇を尖らせながら、戦闘態勢をゆっくりと解いた。

 お詫びを込めて彼女の頭を撫でる。

 昔は毎回緊張していたが、今ではほぼ無意識下でやれるようになってしまった。

 嬉しいような悲しいような……。

 撫で終えた俺は改めて、()の白竜を見上げる。

 まず特筆すべきところは、彼の身体の大きさだろう。

 目測ではおよそ……駄目だ、大きすぎて捉え切れない。

 本質は竜であるから当然鱗に覆われている。

『白竜』と呼ばれるだけはあって、その名に恥じぬ穢れ一つない白。光の反射によっては、純銀にも見えるだろう。

 瞳の色は蒼眼(そうがん)で美しい。他者を惹きつける魅力がそこにはある。

 ……それにしても白竜か。

 またこれは、結構な大物に出会っているものだ。

 というのも────

 

「……まさか、『世界の守護竜』とこうして対峙出来るだなんて……」

 

 アイリスがぽつりと呟く。

『世界の守護竜』というところにアークはぴくりと反応して。

 

『うん? 私の……いや、私たちは現在でもそう呼ばれているのか?』

 

 そんな疑問を口に出した。

 ひとがここを訪れるのは数百年振りだとかさっき言っていたから、現世について詳しくないのかもしれない。

 あるいは……最強の種族故に興味がないのかもしれないが。

 

「そうだな。確かにそんな風に伝わっているけれども」

 

『そうなのか。別段私たちはそんな、崇め奉られる程の存在ではないのだが』

 

「そんな! あなた様たちは()の邪竜と戦い、この世界を護ってくれたではありませんか!」

 

 アイリスが堪らずにそう叫ぶ。

 初対面の相手に彼女がそんな無礼をするのはとても珍しいのだが……その理由を考えれば当然かもしれない。

 ──そう。

 人類の間では確かにそのように伝わっている。

 俺はお伽噺として代々受け継がれている神話を思い出すのだった──。

 

 

 ──この世界は昔、沢山の生物が今以上に生存していたそうな。

 当時は平和な世界だったようで、魔王軍もいなかったそうな。

 生物が発展する以上、小さな──度々大きなものもあったようだが──小競り合いを繰り返しながらも生きていく生物。あるいは生命(いのち)

 一つの星として成長する日々。

 緑豊かな自然、清らかな水、不純なものが含まれていないあおぞら。

 正しく『楽園』といえるだろう。

 

 しかしそれを破壊する存在が現れた。

 

 ──邪竜(ファフニール)

 

 ()の竜は破壊と殺戮(さつりく)の限りを尽くした。

 破壊と殺戮というとアクセルの冒険者たちとで一緒に破壊した機動要塞デストロイヤーが思い浮かぶが、あれは人類が創造した兵器だ。

 対して邪竜はあくまでも自然に生まれた。

 根本的に存在そのものが違う。

 さらには種族が悪かった。

 ()の邪竜は『竜』だ。

 そう──奴は『いつ』をいつしか手に入れたのだ。

 息吹(ブレス)を吐きながら天高く飛翔(ひしょう)する邪竜に、世界はただただ汚染された。

 生態系は崩れ、幾つもの生命(いのち)が滅ぼされた。

 水の海は血の海へと変わり、澄み渡ったあおぞらは曇天とした灰色に変貌した。

 世界滅亡のカウントダウンが始まった……

 

 ──そんな時。

 

 天界で下界の様子を見守っていた神々は、流石にこれはヤバいと判断し干渉を行うことに決めた。

 最初は神々が地上に降りて邪竜と戦う……そんな案が出されたのだが、それはすぐに却下された。

 理由は簡単で、下界に降りたら神々の力は弱められてしまうからだ。そんな状態で戦いに臨んでもすぐに殺されてしまう。

 会議はあーでもないこーでもないと難航した。

 幸い時間の流れは違ったために、最悪の展開にはならずにすんだ。

 とある時、ある女神が言う。

 

「竜には竜で対抗すれば良いんじゃないかしら?」

 

「「「それだ!」」」

 

 満場一致。

 神々は新たな生命(せいめい)を創造した。

 彼の邪竜を討ち滅ぼすために。

 それが────

 

 

『──それが白竜だな。私たちは神々によって創られた兵器。私たちは神々()に従い、邪竜(ファフニール)と戦った』

 

「なるほど。ちなみに、なんであなたを含めて四体だったのですか?」

 

『ああ、それはだな。……最初は主たちも一対一で戦わせ、勝たせる計画だったらしい。しかし邪竜はとても強くてな、最初の一体目は呆気なく死んでしまったそうなのだ』

 

 衝撃の事実。

 仮にも神様たちが創造した竜を殺すとか、化け物にも程があると思うのだが。

 アイリスにいたっては当の本人からの言葉の数々によって何も反応が出来ないでいる。

 そりゃそうなるよな。

 俺だって、日本で数多のRPGをやっていなければそうなっているに違いない。

 それだけ語られている内容は壮大なのだ。

 

『一体目が死んで主たちはそれはもう焦った。そこで、四体の竜を創造することにした』

 

「その、お伽噺だと邪竜とあなたたちは相討ちになったと言われているのですが……実際はどうなんです?」

 

『結論を告げると……なんとか斃した。()の邪竜はとても小狡(こずる)い奴でな、何度も何度も私たちの渾身の一撃をその悪知恵でひょいと避けてしまう。戦いの余波で星の半分は消失したしな』

 

 さらりとそんな事を彼は言った。

 まじかよ、この星、一時期は半分なくなったのかよ。

 

『邪竜を斃して疲れていた身体に鞭を打ち、私たち四体の膨大な魔力で星を復元させたのだ。かなりギリギリだったが』

 

「ちなみに、ここに居らっしゃるのは何でですか?」

 

『隠居だな。外に居ると周りの生物たちに少なからず影響を与えてしまう。私は北、他の白竜たちはそれぞれ西、南、東にて気ままに生きている』

 

 おっと、またもやとんでもない情報が。

 次の目的地はその場所にするという手もありかもしれない。

 まあ……、アイリスと相談が必要だけれども。

 と少女はようやく我に返ってから口を開いた。

 

「あ、あの……!」

 

『うん? どうかしたか、人の子よ?』

 

「その、質問なのですが……あなた様はここにいて退屈だとか、ここから出たいとかは思わないのですか? 何年、何十、何百……下手したら、あなた様は何億年もの日々をここで過ごしているんじゃ……!?」

 

 アイリスは白竜にそう問い詰めた。

 言われてみれば確かに……彼女の言う通りかもしれない。

 辺りを見回してみると、ここには何もない。

 光の粒子だけが光源となるこの地で、彼は死にたいなどとは思わなかったのか。

 ──箱庭。……そんな単語が思い浮かぶ。

 決して外界には出れず、長い時を過ごさなければならない。

 彼女がその質問をしたのは、彼女自身がそこに囚われていたからだろう。

 その辛さを身を以て知っているから。

 彼が答えるのに、しばしの時間が掛かった。

 

『いや、そんなことは思わない。それはなにも私だけではない。他の白竜たちも同じ考えのはずだ』

 

「……それはどうしてですか? 烏滸(おこ)がましいようですが……以前は私も、あなた様と同じような境遇でした。世界の美しさを知らぬまま、鳥籠の中で日々を過ごす。鳥なのに、羽があるのに……羽ばたけない。それが苦痛にならないのですか?」

 

『ならないな。これはそうだな……価値観の違いだろう。元来竜族は、人族の何倍もの月日を生きる。私たち白竜は、その何千何万倍だ。もとより私達は主によって創られた兵器。そのような感情はない』

 

 心の底からそう思っているのだろう。

 アークは淡々とそう告げた。

 俺からしたら悲しい生き方だとは思うのだが……本人が納得しているのなら、さっき出会ったばかりの俺やアイリスがこれ以上口出しするのは失礼だろう。

 彼女もそれは当然分かっているので、

 

「……そうですか。申し訳ございません。私のような人間があなた様に意見を述べるなんて……」

 

 深々と頭を下げて謝罪した。

 なんとなく俺も追随する。

 

『気にするでない、人の子よ。それにだ、何か勘違いをしているようだが……、ここは快適だぞ?』

 

「「……?」」

 

『まずだが……滅多に誰も訪れないから最高だな。一日中ずっと眠りにつけれるし……それに、暇になったら他の白竜たちと交信することも出来る』

 

 な、なんだろう。

 一気にアークに対する畏怖の念が薄らいだのだが。

 いや、思い返せば黄金竜もこんな感じだったような……。

 隠居とか言っていたが、実際は違う気がする。

 竜族は引き籠りが多いのだろうか。

 いや待てよ。

 他の白竜と交信出来るとか言わなかったか?

 

「その交信とやらは、距離に関係なく出来るのですか?」

 

 俺の質問に、アークはさも当然とばかりに。

 

『もちろんだ。そもそも竜族は思念を送って会話をしているだけに過ぎないからな。容易いことだ。他に質問はあるか?』

 

 と次に質問をしたのはアイリスだった。

 彼女は遠慮気味に小さく手を挙げて。

 

「先程滅多に人が訪れないと仰っていましたが……私たちの前に、他のひとが来たことがあるのですか?」

 

 一泊置いて。

 

『あるぞ。名は確か──キールといったか。今の汝らのように男女の二人組でな、なんでも人族のとある国から追われていたのだとか──どうした? 知り合いか? いやしかし、確か数百年も前のことなのだが……』

 

 今日何度目かの驚愕。

 そのキールって人は、もの凄く聞き覚えがあります。

 俺とアイリスは思わず顔を見合わせてしまう。

 そのままひそひそと囁き合い。

 

「なあアイリス。アークが言ったキールってさ、あのキールだよな?」

 

「恐らくは。私たちと同じように国から追われた人だと思います。……アクア様が言うには彼は不死王(リッチー)に身を堕として、迷宮(ダンジョン)を造ったのですよね?」

 

「らしいぞ。まじかよ……、まさかこんな所で一方的にとはいえ、知っている人の名前を聞くとか……」

 

「世間は……いえ、世界は狭いですね」

 

 しみじみと俺たちは頷く。

 キールとは、一人の魔法使いだ。

 簡単に言うのなら、俺とアイリスのように駆け落ちして、国を相手に戦った人生の先輩。

 最終的に彼は不死王になることを決意したのだが──

 沈黙する俺たちを見兼ねてか、アークは語り始めた。

 

『その男女は、白竜の私から見ても異様だったよ。方や男は全身傷だらけで今にも死にそうだった。方や女は無傷で健康そのもの。汝らとは違い、ここに来たのは偶然なのだろうな。……いや、偶然で来られたらちょっと困るのだが。引越しを考えなくてはならない』

 

 竜が引越しとか、ほんともう、突っ込みに困る。

 ……そうか。

 キールは死にそうだったのか。

 思えば、それも仕方がないのかもしれない。

 彼は当時、最も活躍した凄腕魔法使い。

 しかし反対に、攫ったお姫様は一般人だ。

 俺とアイリスのように二人共戦えたわけじゃないな。

 それにただでさえ魔法使いは魔力を最も使う職業なのだ。

 魔力が尽きたら死ぬのは自明の理か。

 運が良かったのは、たまたまこの地に来れたことだろう。

 

『女は私に頼んだ。どうか彼を助けて下さいと。目の前で死なれても困るので、少しだけ私の血を授けた。そしたら治った』

 

「黄金竜の血はスキルアップポーションに使われるけど、白竜の血には傷を癒す効果があるのか」

 

「す、凄いですね。それでその、キール様とお姫様はその後どうなさったのですか?」

 

『一日滞在してから出ていった。私としてはもう少し話をしたかったのだが……これ以上ここに居ては私に危害が及ぶと言ってな、私に何度も礼を告げてから去っていったよ。──汝らもどうだ? こうして他者と話すとな、もっと話したいと思ってしまうのだ。あながちそこの女子(おなご)の──ふむ。名を聞いていなかったな。教えてくれると助かる』

 

 言われてみれば確かに。

 

佐藤和真(サトウカズマ)

 

「ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスです」

 

『そ、そうか……。方や変な名前、方やとても長いな……』

 

 俺たちの自己紹介に、アークは悩ましげな声を上げた。

 アイリスの名前は兎も角として、俺の名前はそんなにも変なのか。

 軽くショックを受けていると、アイリスがそんな俺を気遣ってか背中を摩ってくれる。

 なんだろう。

 嬉しいけど、なんか釈然としない。

 

『ではカズマとアイリスと呼ぶとしよう。汝らがお互いをそう呼んでる故……、何か不都合はあるか?』

 

「いえ、ありませんが……。カズマさん、どうしますか? 私としてはここで過ごしてみたいのですが」

 

「もちろん良いぞ。俺も、聞きたいことがあるからな」

 

『うむ。では少し時間をくれぬか? 歓待の準備をしよう』

 

「「……?」」

 

 歓待の準備……?

 俺とアイリスは顔を見合わせて、はてと首を傾げてしまう。

 アークに失礼かもしれないが、ここにそんな、歓待に必要なものはないと思うのだが。

 ここにあるのは、天高く伸びた巨木の山々と、清らかな小川だけ。

 光源となるのは地面からところどころ浮かぶ光の粒子と、暗闇の中でも視認できる程の輝きを放つ白竜自身だけだ。

 困惑するのは当然だと思う。

 と、しばらく経って。

 

「オオオオオオオオオオ────!」

 

 白竜が天に向かって吼えた。途轍もない衝撃波が波紋のように広がり、地を揺るがす。

 空間が軋みを上げ、俺とアイリスの二人は突如出された大音量の音に耳を塞いでしまう。

 正直、立っているのもやっとな状態だ。

 いったい何を……?

 咆哮は長く、とても長く続いた。

 

「おい、急に何をしているんだ──」

 

「か、カズマさん! 上、上を見てください!」

 

 苦情を垂らす俺の言葉を遮って、アイリスがくいくいと俺のローブの袖を引いてくる。

 仕方なくそちらに視線を送ると……、あれだけあった巨木の数々が消えている。

 そして当たり前の事だが空には太陽が浮かび、陽の光が俺たちの身体を照らしていた。

 見れば光の粒子も消えている。

 

『ふう……、久し振りに魔力を行使したから意外に時間が掛かってしまった。すまないな。本当は一瞬で行いたかったのだが……』

 

「ちょっ、ストップ! えっ、なに。木や光の粒子はどこにいったんだよ!?」

 

 そう叫ぶと、アークは淡々と。

 

『私が辺り一帯に掛けていた認識阻害の魔法だが。実は結界を張っていてな、私が認めた者にだけ、本当の姿を見せているのだ』

 

 どうして俺と出会う奴らは揃いも揃って存在がチート級なんだ。

 一生分の奇跡を目のあたりにしている気がするのだが。

 そこは、俺とアイリスが休息を取った花園にとても景色が似ていた。

 色とりどりの花々がとても美しい。

 いや、一つだけ違うところがある。

 ……それは、沢山のモンスターたちが生存していることだ。

 本来なら争っているはずなのに、彼らは気持ちよさそうに仲良く日向ぼっこをしていた。

 中には遊んでいる姿も見られる。

 

「かかかかかか、カズマさん! あそこにいるのはグリフォンじゃないですか!? それにホワイトフクロウやカモネギ、更にはユニコーンまで! す、凄いですね! 私、こんな光景初めて見ました!」

 

 アイリスがあちこちを指差しながらそう言ってくる。

 こんな時でもはしゃげるのは素直に羨ましい。

 ……これは夢なのだろうか。

 何度も目元をゴシゴシとハンカチで拭くが、見える景色は変わらない。

 

『改めてようこそ。ここはエデン。様々な者たちが共存し、そして暮らす理想郷だ。歓迎しよう、カズマ、そしてアイリス』

 

 

 

§

 

 

 俺とアイリスの二人は一週間ばかりその地──エデンで過ごした。

 アークは理想郷と表現したが、それはとても理に適っていた。

 あらゆる種族が共存し、そして暮らしている。

 アイリスはそんな彼らと仲良く遊んでいた。相変わらずのその肝の太さにはもう何も言えなくなる。

 現在はケンタウロスの背中に乗って弓について学んでいた。

 そう、あのケンタウロスに。ケンタウロスとは半人半馬(はんじんはんば)の怪物のことだ。ギリシャ神話では確か──

 

「野蛮だと伝えられているんだけど……。この世界のケンタウロスは心優しいんだな」

 

『いや、普通に野蛮なのだが。ここで暮らしいている皆は基本的に《追放者》であるから、彼らが例外なだけだ』

 

 アークの冷静な訂正が入る。

 俺は冷や汗を内心流しながら、

 

「悪い。続きを頼む」

 

 白竜と情報交換をしていた。

 具体的には世界の情勢だ。

 というのもこの竜は現在を見透せる千里眼を持っているそうなのだ。

 流石は神々が創造した兵器。

 何でもありだな。

 世界中で起こっている現在の出来事を、彼は俯瞰(ふかん)出来るのだとか。

 しかし見通す悪魔(バニル)のように、過去や未来までは見透せないらしい。

 いやでも、バニルは個で白竜は多だからあんまり変わらないと思うのだが。

 めぐみんやアクアといった知り合い連中は皆健在のようでまずは一安心。

 一番気になっていた問題が解決された後は、追手について尋ねた。

 ──そう。

 俺の首には何十億エリスという懸賞金が掛けられているのだ。

 たった一人の誘拐犯、さらには最弱職の〈冒険者〉に掛けすぎだろ個人的には思うのだが……これまでの俺の功績、そして、武装国家であるベルゼルグ王国の騎士団や当時台頭していたミツルギを出し抜き勝利したことに全ては起因するそうな。

 ……前者は兎も角、後者は自業自得だから何も言い返せない。

 そのため、世界中のあらゆる街や村に俺の手配書が出回っているのだ。

 まあ……、『潜伏』や『敵感知』『読唇術』スキルなどを多様することによって上手く逃げているのだが。

 国を相手に戦うということは、一時も油断出来ないことなのだ。

 しかしその追手はどうやら、現在は王国に戻っているそうな。魔王が斃された事によって、魔王軍の残党狩りをしているらしい。

 これまでの鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように、嬉々として残党狩りに務めているようだ。

 特にそれは、元勇者候補の転生者たちにその傾向が大きく見られるらしい。

 ……そりゃそうだよな。

 せっかく異世界転生して魔王軍と毎日戦っていたのに、現地人によって討伐されたのだから。

 ストレスが溜まるのはある意味必然といえる。

 必要な情報を教えて貰った俺は、今度はユニコーンの背中に乗っているアイリスに。

 

「アイリスー、そろそろ行くぞー!」

 

 そう呼び掛けた。

 アイリスは俺の呼び掛けに。

 

「はいっ! ……ごめんなさいユニコーン様。私は旅がありますから……ここでお別れです」

 

「キュイー」

 

 ユニコーンは悲しそうな声を上げながら、アイリスを下ろした。

 しだいに周りを沢山のモンスターたちが囲む。

 そして、彼らもまた同様に悲しそうな鳴き声を──

 

 これ、明らかに異常だよな。

 

 な、何だろう。

 俺は今、もの凄く貴重な瞬間に立ち会ってるのかもしれない。

 そんなことを考えている俺に、アークが。

 

『私から見てもあの光景はその、……かなりおかしいと思う。何せ、《追放者》たちはその異能によって仲間から文字通り追放された者共の総称だ。当然、警戒心は強いのだが……』

 

「ちなみに、その異能とやらは?」

 

『例えば、アイリスが先程乗っていたユニコーン。実は全身が猛毒でな。自分で制御出来るからまだ良いが、もし誤ったら……』

 

「……」

 

『例えば、あそこにいるライオン。本来ライオンは草食なのだが……、何故か肉食に生まれてしまってな……。共喰いをしてしまい追放された過去を持っている』

 

「…………」

 

 もはや何も言えなくなっていると、アイリスが軽やかに走りながら駆け寄ってきた。

 そのまま俺の胸に飛び込んでくる。

 彼女は毎回これをやってくるのだが、もうちょっとだけ力加減をして欲しい。

 いや、こうして触れ合えるから俺も嬉しいけれど。

 嬉しいけれど……ぶつかった時に伝わる衝撃が俺の身体を痛みつけるのだ。

 

「別れは終わらせてきたか?」

 

「はい。別れはとても悲しいものですが……でも、私にはあなたがいますから」

 

「……そっか」

 

『汝らはとても仲が良いな』

 

「はいっ! だってこの男性(ひと)を愛していますから!」

 

 そして堂々と愛の睦言(むつごと)を言うのも止めてください。俺の精神が一気に危険域にまで減ってしまうから。

 心做しか、アークの目付きが生暖かく感じるのだが。おじいちゃんの気持ちにでもなっているのだろうか。

 俺はこほんと咳払いをして。

 

「「お世話になりました」」

 

 アイリスと一緒に頭を下げる。

 

『なに、気にするな。私も楽しかった。何か渡したいのだが……ここには見ての通り何もない。すまないな』

 

「いえっ、そんな! 大丈夫ですよ!」

 

 アイリスが慌ててそう言う。

 彼女の言う通りだと俺も思う。

 これで何か強請るようなら失礼にも程がある。

 

『これでは私の気が済まない。そうだ、代わりにと言っては何だが────』

 

 アークは何か妙案が浮かんだのか、俺とアイリスにある提案をしてきた──。

 

 

 

§

 

 

「あはははっ! 凄い、凄いですっ! 見て下さいカズマさん! あれは街でしょうか!? とても小さいですね!」

 

「…………マジか」

 

 アイリスのはしゃぎ声が風に乗って伝わる。

 彼女の言う通りに下を恐る恐る見てみると、確かにそこには人間が営んでいると思われる街が。

 風圧によって少女の長髪がたなびく。

 彼女の黄金色(こがねいろ)の髪が太陽の光を反射し、キラキラと輝いていて──

 

『気に入ってくれて私も嬉しい』

 

 アークがそう思念を送ってくる。

 ──そう。

 俺とアイリスの二人は現在──白竜の背に乗っていた。

 彼が提案したのは、近くの街に俺たちを運ぶこと。

 その手段がこれだ。

 

『ふむ。あそこの街でいいだろう。下降(かこう)するから、しっかりと私の身体にしがみ付くように』

 

「えっ、ちょっ──ぎゃあああああああ!」

 

「あははははははっ!」

 

 俺の悲鳴とアイリスの楽しそうな声が空に響く。

 アニメや漫画の登場人物たちはこんなことをいつも体験しているのか……!?

 命がいくつあっても足りないと思うのは俺だけだろうか。

 固く目を瞑ること数秒。

 

『──着いたぞ』

 

 アークが短く言った。

 恐る恐る瞼をゆっくりと開けると……そこは確かに地上だった。

 見たところ……平原だろうか?

 街から数キロメートル離れた場所を選んでくれたのだろう。目を細めてようやく辛うじて、街の正門だと思われる物が見えた。

 息絶えだえになりながらも彼の身体から降りる。

 エデンを出発したのが数分前。

 たったそれだけの時間で、彼はここまで俺やアイリスを送り届けたのだ。

 

「あんた程の巨体が移動して大丈夫なのか? 絶対街の住民たちに視認されていると思うんだけど」

 

『それに関しては問題ない。空気ごと認識阻害の魔法を掛けているからな』

 

「そ、そっか……。──送ってくれて、本当にありがとなアーク」

 

「ありがとうございます、アーク様」

 

 改めて、俺とアイリスはお礼を告げる。

 出会いと別れは旅をする以上当然で。

 だからこそ俺たちは後悔のしないようにするのだろう。

 お互い見つめ合う。

 

『──カズマ、汝と話をするのは楽しかった。普通なら私に対して畏まるものだが……汝は普通に対応してくれたな。とても有意義な時間をありがとう。──アイリス。汝のその純粋な心は、誰もが持っていて……そして同時に、誰もが失くすもの。これからもその心を失くさないように』

 

 しっかりと頷く。

 アークは俺とアイリスの返答に満足したのか、一度大きく頷き返した。

 そして、両翼(りょうよく)をはためかされる。

 それだけで強風が発生し、その度合いはますます増えていく一方だ。

 というか……これ以上は、無理……

 

「カズマさん、私の手を!」

 

 その声に従って見ると、アイリスは聖剣を地面に深く刺し支柱としていた。

 彼女が出してくれた片手に、俺は迷うことなく飛び付き、そして摑む。

 そしてそんな俺達を尻目に……

 

 ──アークが(そら)にへと飛翔した。

 

『私を創った主はこう言った。私もそれに倣って……汝らにこの言葉を贈ろう。──汝らの旅に祝福を』

 

 では、さらばだ! と高らかに告げて、白竜は穹を翔ける。

 

 速く。

 

 速く。

 

 速く。

 

 視認すら出来ない程の速さで、()の守護竜は自らの住処(すみか)へと帰還していった。

 俺とアイリスは無言でそんな彼を見送り続け……、彼が向かった方向に背を背ける。

 俺たちの旅はまだまだ始まったばかり。

 次に寄る街は名前も知らない未開拓地。

 

「あそこの街にはどんな人たちが居るのでしょうか?」

 

「さぁなー。その確認も込めて、まずはあそこから行ってみようぜ」

 

「はいっ! ──行きましょう!」

 


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