・・・ひそひそ。
「・・・それは本当なのか」
「はい・・・間違いないかと」
ひそひそ。
ラウンジの片隅で、小声で会話する二人がいた。
誰にも聞かれないようにとばかりに顔を寄せ合い、
真剣な面持ちで何事かを話し合っている。
その様子が尋常ならぬ深刻さを漂わせていたので、
逆に皆が配慮して、あえてその傍に近づかないような状態だった。
それは隊長とギルも例外ではなく、例の件で相談することもなかったのだが。
「信じられない・・・・・・隊長と、ギルが・・・」
・・・二人が話していること自体は他ならぬ、そんな二人についてのことだった。
ごくり、と喉を鳴らして、彼女は言った。
「・・・成す術もなくやられた、だって?」
「・・・はい、私も信じたくありませんが、そう聞きました」
・・・シエルとリヴィは、極めて真面目に話し合っていた。
「ジュリウスと並んで、ブラッドで最も腕の確かな二人じゃないか・・・いったい・・・」
隊長とギルが何者かにボコボコにされたらしい。
シエルからそんな噂を聞かされたリヴィは、当然の想像として、
「・・・いったい、どんなアラガミが?」
と、そういう疑問を抱いていた。
シエルはこの世の終わりのような顔で言う。
「分かりませんが・・・数日前にロミオが、
やつれて帰ってきたギルを見たそうなので」
「そうか・・・・・・ロミオが言っていたなら、間違いないな」
リヴィもそれを深刻に受け止めていた。
その様子を実際に見ていれば、
少なくともアラガミの仕業ではなかったことは明らかだったのだが、
二人は唯一の証言者の脚色を真に受けてしまっていた。
「それで・・・最近、お二人はその対策を皆さんに聞いて回っているそうです」
「まさか・・・?」
つまりその時だけ油断したというわけでもなく、
明確に対策を必要とするほどの強敵ということだった。
リヴィも絶句して、そんなアラガミの姿を幻視してしまう。
脳裏に浮かぶのは、二人をぼろ雑巾のように吹き飛ばすほど太い腕を何本も生やした、
恐ろしく邪悪なアラガミのシルエットだ。
リヴィは思わず身震いをして、
「そんなアラガミ、聞いたことがない」
と呟いてしまっていた。
わずかに怯えたような顔で「私もです」とシエルも頷き返し、
未だ遭遇していないことが幸運なのか、とそんな事態に慄く。
しかし、もしそんな存在が本当にいるのなら、
既に周知されていて然るべきではないのか。
「もしかすると、本部も詳細を確認できていないのかもしれません」
「となると相手は当然、新種ということになるか・・・」
憶測が憶測を呼び、シエルとリヴィの中ではそんな図式が出来上がっていく。
ギル達が全く異なるものと戦っているとは露ほどにも思っていない二人は、
前提から間違っているということには考えが至らないようだった。
「この場合、お二人に訊いてみた方が良いのでしょうか?」
シエルの問いかけに、リヴィは少し考えてから、首を振った。
「・・・いや、必要ならもう教えてくれているはずだ。
そうしないということは、何か理由があるのだと思う」
「・・・・・・なるほど、そうですね」
信頼が空回りしていた。
「・・・二人は今、任務に出ていないよな?」
「はい、今はお休みしているかと」
「じゃあ・・・少し思いついたことがあるんだ」
と、リヴィの提案にシエルは一度目を丸くしてから、
「流石ですね」と微笑み頷いていた。
足を運んだのは整備区画。
「失礼します」
「いらっしゃい・・・あれ、珍しい組み合わせじゃない?」
シエルとリヴィに気がついたリッカが、そんな声をかけてくる。
彼女はいつもの飲み物と、なぜかナナ印のおでんパンを手に休憩中のようだった。
「はい・・・お休みのところ申し訳ありません、
あの、少々お時間よろしいでしょうか?」
「問題ないよ。なにかな」
頷くリッカ。
隣のリヴィが口にしたのは、隊長とギルの神機を見せて欲しいというお願いだった。
二人が撤退しなければならないほどの激戦があったなら、
神機にもその痕跡が残っているはずだ。
そう当たりをつけた二人は、リッカに頼んでそれを検分させてもらおうとしたのだ。
しかし見たところ、特にそんな傷は見つけられない。
あの二人が戦わずして逃げるとは思えないのだが、
まさか、そう決断せざるを得ないような相手だったのか。
と、後ろからそれを眺めていたリッカが問いかけてくる。
「なんだか面白そうな事をしているね。どうしたの?」
もしかすると、もう整備済みで補修されてしまったのかもしれない。
当惑していたシエルは、そのままその疑問をぶつけてみることにした。
「あの・・・実は、とある噂がありまして・・・」
神機についた傷から、それがどんな戦いだったのかも分かるというリッカなら、
何か知っているかもしれない。
そう思って聞いたのだが、リッカが返したのはさらに二人の混乱を呼ぶものだった。
「へ・・・ああ~・・・ああ、まあ・・・うん、確かにその通りだね」
リッカは目線を泳がせた後、確かに苦笑しながら頷いたのだ。
「やはり本当なのか!?」
とリヴィが驚嘆の声を上げる。
確かな証言を得てしまったと二人はいよいよ本気で戦慄して、
どんなアラガミかご存知ですか、と勢い込んで問いかけていた。
そして、リッカは微笑んでから、事も無げに答える。
「二人がやられた相手はね、アバドンだよ」
「・・・は?」
シエルとリヴィは、きゅうきゅうと可愛らしく鳴くアバドンの顔を思い浮かべて、
目が点になるのだった。
あとがき:
いい加減に引っ張り続けたこのネタもおしまいです。怒らない人を怒らせるのって難しい。
でもアバドン帽子を被ったリッカさんのイメージが頭から離れない(アバドン帽だけに)