初恋ジュースはお湯割りで   作:ポラーシュターン

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衣と食
自家製カレーは甘口で


 

「・・・ねえ、ちょっと、キミ!」

 

資源回収の任務に出ようとしていた矢先のこと。

 

後ろから何者かに急に襟元を掴まれたかと思ったら、

がくんと首に負荷がかかり、思わず、ぐえ、と呻いてしまった。

 

というのも、その人物との身長差のせいで、

かなり急角度な斜め下に襟を引っ張られたからだ。

 

ついでに急に海老反りになったため、腰のあたりでごきりと小気味よい音がした。

 

「あゴメン。ちょっと聞きたい事があるんだけどさ」

 

複数の痛みに苦悶している自分をさておいて、彼女はそんなことを言う。

 

出撃ゲート前で声をかけてくるのも珍しければ、

割とこちらに遠慮のないその様子も珍しかった。

 

抗議するよりも先にそれを不思議に思ったのだが、

次に彼女、楠リッカが投げてきた問いは、

そういう態度になるのもむべなるかな、という類のものだった。

 

「あのさ・・・こないだ、キミ達ブラッドでカレーパーティーしたって本当?」

 

ぐえ。

 

別の意味で呻きそうになったのを、彼女は見逃さない。

 

「ふぅん・・・」

 

顎を上げ、リッカは低いところからこちらを見下ろしてくる。

 

「どうして私を呼んでくれなかったのかな?」

 

目を細め、そんな質問をするリッカ・・・リッカさんは、中々に威圧感を放っていた。

 

・・・あれは聖域で採れた作物を使った初めての料理でして。

という弁解も効果はないように思えた。

 

「私の好物・・・もちろんキミは知ってるよね?」

 

何度か御相伴に与っているので、はい、と頷く。

 

いつになくにじり寄ってくる彼女がちょっと怖かったので、

両手で制止のジェスチャーを取りつつ、引きつった笑みを返していた。

 

 

彼女はしばし半目でそれを眺めていたが、ふと眉を下げ、息を吐く。

 

「まあ・・・そりゃあ、スケジュールが合わないこともあるし・・・

ブラッドの皆でつくった畑なんだから最初は、っていうのも勿論分かるけどさ」

 

急にしおらしくなったかと思うと、ごにょごにょとそんなことを呟いていた。

 

煮え切らない様子でぼやく彼女は、自分でその理由を全部納得しているようだった。

 

が、彼女はどうにも自分を抑えきれていない。

 

不満を口にするのがお門違いと分かっていても、それを言わずにはいられない。

 

 

カレーを食べたい、という気持ちで暴走するそんな彼女の姿は、

その背格好も相まって、まるきり子供のようだった。

 

 

確かに、最初のカレーは食べ損ねさせてしまったかもしれない。

が、別にそれが最後というわけではない。

 

「あ、うん、そうだよね・・・まだあるんだよね?」

 

ころころと表情を変え、物凄く期待した眼差しで見上げてくるリッカ。

 

僅かに潤んだ眼に気圧され、欲しいのはカレーと心を落ち着かせながら応じる。

 

 

するとリッカはようやくいつもの笑みを口端に浮かべて、

「うん、じゃあ、今度ね、私にも作ってくれないかな・・・本物のカレー!」

と有無を言わせぬ調子で言ったのだった。

 

 

 

・・・すごい剣幕で念を押されてしまった。

 

約束だよ、と言いながら立ち去った彼女の後姿を、頭を掻きながら見送る。

 

娯楽の少ない極東支部・・・誰しも、

食のこと、好物のことになると人が変わるものだ。

 

そんなことを思っているとそこへ、横から突然声をかけられた。

 

「よう、いいもん見せてもらったよ」

 

そこにいたのは、出撃ゲートから戻ってきたらしい、真壁ハルオミだった。

 

「いやあ悪い悪い、盗み聞きするつもりはなかったんだ・・・

なんだか来るのが遅いんで、どうしたんだと思って見に来たんだよ」

 

そういえば共に任務に向かう予定だった、と思い出す。

 

すぐに行くと言うと、彼は片手をひらひらさせながら言う。

 

「ああ、それはいいんだ。それより・・・さっきの彼女との会話なんだが」

 

疑問符を頭に浮かべる間もなく、がしっ、と片腕が首に回されてくる。

 

眼前に、極めて真面目な顔をしたハルオミが迫る。

 

そして彼は問う。

「お前、どう思った?」

 

何をどう思えと。

そう顔に書いて伝えると、ハルオミは何かを期待するようにしてさらに迫る。

 

「・・・何か、突き動かされるような衝撃がなかったか?

それをこう、感想として俺に叫んでみたくならないか?」

 

ひょっとしてそういうことか、と思い当たる何かが、ないわけではなかった。

 

だが、それは胸の内に湧くふわふわとした何かでしかなく、

言葉にできるほど確かな感情ではない。

 

それに何やら熱くなっているハルオミに、心から同意するのは正直、癪だった。

 

そういう意図が伝わったのか伝わらないのか。

 

ハルオミはしばし顔を見据えた後、盛大に溜め息をつきながら、

やれやれと首を振っていた。

 

「青い、青いな・・・」

 

ハルオミは遠い目をして、

「だが、無理もない・・・この感覚は確かに共有しにくい、深淵なものさ。

俺は責めないよお前のことを・・・」

などとのたまっていたが、それが迂遠な前置きであることはその時点で明らかだった。

 

ハルオミは感慨深げにその続きを言う。

 

「彼女には俺もお世話になってる・・・いやもちろん、神機の調整でだ。

だが、今しがた彼女がお前に見せたような表情はついぞお目にかかったことがない。

この意味が分かるか」

 

あ、本題が来るだろう、という直感があった。

 

そしてハルオミ、いやハルさんは、流し目を決めつつ告げた。

 

 

「・・・甘えられてんだよ」

 

 

 

 

※ここから煉獄の地下街3(炎の舞 -終わらない旅-)

 

 

 

 

「理性よりも溢れた衝動を、ついぶつけてしまう・・・そりゃあつまりだ、

そういう緩みを見せるほど、気を許していることに他ならない」

 

ハルさんはフッと笑う。

 

彼は燃え上がる。

 

「彼女が普段見せる魅力については今更語るまでもないな。

というより下手に語るとスパナが飛んでくるんでそこは割愛させてもらうんだが、

ここで重要なのはやはりギャップ、そう、普段とのギャップこそ、

今もっとも語るべき所だ。

ご飯を作ってくれ。

いいじゃないか、端的に言おう。可愛い。

どこぞのおでんパン娘もそうだが、食べ物に目がない女の子は微笑ましいな。

見ていて飽きない。

食欲にタガが外れるその姿は愛らしいを超えて、

いっそ煽情的ですらあると言ってもいい。

それが普段見せない姿なら尚更だな。そう、それこそギャップだ」

 

リッカさんは普段から自分の欲求には忠実な方だと思うのだが、

という突っ込みを挟む隙がハルさんに無い。

 

「何より自分で用意するのではなく、他人にそれを欲するところがポイントだな。

食事ってのはどんな生き物にとっても隙が出来る行為で、

本能的に隠したい事なんだが、もう隙だらけだ。

そんな姿を見せてもいいって思われてる、つまりは甘えられてるってことさ。

冥利に尽きるね。

それが奢ってくれだとまたニュアンスは変わるだろうが、

手料理を作ってくれときたら最上級だ。

彼女、料理が全くできないってわけでもないだろ?

それなのにお前に用意して欲しいってのはもう、

お前の作ったものに特別な価値を感じてるってことだ。

無意識だけどな多分。だがそれがいい。それこそが良いって奴もいるな。

俺はお互い計算づくってのもそれはそれで、いやそれはいい。

もっと言えば、カレーとは家庭の料理の王者・・・即ち、

それを振舞ってくれという女性からの頼みとは・・・分かるだろ?

つまりはそういうことだ」

 

どういうことだ、と半目になってハルさんを眺めていたが、彼はそれを意に介さない。

 

一通り語り終えて満足したらしいハルさんはふうと一息ついて、

いつもののらりくらりとした態度に戻り、ぽんぽんと肩を叩いてくる。

 

「いいじゃあないかあ、お前も隅に置けな・・・いや、茶化すのはよそう。

その先は・・・俺の出る幕じゃあない」

 

詩的にそんな事を呟くハルさんについていけなくなりつつ、

何が言いたいのか先を促す。

 

それを意欲的なものと受け取ったらしいハルさんは上機嫌で、

「そう、今俺が語ったのは、いつもお前に付き合ってもらっていた、

普遍的な真理を求める旅路じゃあない・・・これは、お前だけの近道だ」

と重ねて前置きしてから、

 

「だが俺から言えることは一つ。女性に求められた時、それに応える。

それは男として当然だってことだ」

 

そんなことを言う。

 

内心、大袈裟な、と思いはしたが、あえて否定するような内容でもない。

 

「せっかく求められたんだ、全力で答えてやるべきだろ。

ぶつけてやれお前の情熱を・・・至高の、カレーをな!」

 

結局、話の中心はそこである。

 

辛くて熱いものに対する熱さについて熱く語られ、汗が出てきそうだった。

 

確かにリッカのカレーにかける情熱も中々だが、

ハルさんのこの暑苦しさには負けるだろうな、と思ったのだった。

 

 

 

まあ頑張ってみますよ、

となあなあの返事をして去っていった青年の背中を見送りながら、

ハルは溜め息をついていた。

 

「あー・・・こんだけ背中を押してもまだ分かってなさそうだなあ。

罪深いぜ、まったく」

 

やれやれ、と首を振りながら、まあそれもいいか、と思う。

 

ハルオミに言わせれば、傍から見ていてもどかしいが、

そういう雰囲気も当人たちにとっては心地良いものだろうし、

そんなところまで首を突っ込むのは野暮に過ぎる。

 

彼らのことだから、誰が何をしようと、

そう悪い結果にはなるまいという信頼感もある。

 

今の所は、こうしてたまに刺激を与えてやるぐらいが丁度良い。

 

ハルは応援しているもう一人の友を思い浮かべながら、

青春だねぇ、と年寄りじみた感想を抱いた自分を笑う。

 

なにはともあれ、願わくば、それぞれが己の真理を見つけてくれることを、

ハルはその行く末に想いを馳せる。

 

「さて、俺も新たなる探求へ赴くとするか・・・」

 

いいことをした、とばかりにハルオミは一人そう呟いて、

神機を担ぎ、その場を後にするのだった。

 

 

 

 

・・・数時間後、資源回収の任務を忘れていた二人は揃ってヒバリさんに怒られた。

 





あとがき:
リッカさんが去ったところで一息ついて、
ちょっと味気ないなとハルさんを足したら文字数が3倍になった。何故だ。
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