「それにしても・・・今度ギルに会ったときにどんな顔したらいいのか・・・
困ったな。恨むよ?」
ごめんなさい、と謝るしかない。
数日後にギルから「何か悪いことをしてしまっただろうか」
と相談されてしまう光景も浮かんだので、
火種を撒いてしまった責任は慎重に果たさなければならないと心に留めておく。
しかし、リッカはさほど怒っている様子ではない。
というより、何かを言うか言うまいか悩んでいるかのように、目を泳がせている。
しばし迷うような素振りを見せた後、彼女は頬を掻きつつ、
なんでもないことのように言った。
「それにね、神機の話って言ったら・・・キミともよくしてるよ」
そうだね、と頷く。
今しがたも、八割方は結局神機の話題だったように思う。
「だから・・・その」
言い淀みながら、若干の上目遣いでこちらをほんの少しだけ見るリッカ。
いつも快活に喋る彼女にしては、言葉に詰まるというのがまず珍しく思った。
「?」と首を傾げると、なぜか狼狽えたリッカには結局、
「なんでもないっ」とそっぽを向かれてしまった。
不思議に思ったが、
頑なにこちらに視線を戻さない彼女に問い質すのもどうかと思い直し、前を向く。
どことなく奇妙な空気が続いたものの、
リッカが一人悶々している様子だったので、待ちの姿勢を続ける。
それはなんとなく話を逸らすかどうか、お任せするという意思表示。
彼女もそれが分かってか、安心したように吐息を漏らし、顔には笑みが戻っていた。
そして、ほどなくして。
落ち着きを取り戻したリッカが、再び口を開こうとする。
その時のことだった。
突然、傍の加圧式ドアがスライドする音がして、そこから第三者の足音が近づいてきた。
「なあ、忙しいところ悪いんだが、ちょっと聞きたいことが・・・」
そして物陰から現れたのは、リッカがいると分かっているらしい声の主。
来訪者は、よりにもよってギルバートだった。
「!」
リッカがびくりと身を竦め、つい二人そろって慌てた表情でそちらを見てしまう。
するとなぜか、ギルの表情も驚きに変わった。
「なっ・・・?!」
「?・・・?」
ギルは何故か、リッカを見て硬直している。
先程まで話していたのがギルのことだったので、
何かが伝わったのか、いやまさか、という焦りから当惑するリッカ。
気まずい沈黙が一瞬降りたのだが、
ギルは次いで、はっと我に返ったかのような顔になり。
帽子に手を当て首を振り、なぜか最初に、謝罪を口にした。
「・・・だよな、いや・・・気のせいだ、悪い」
そして、露骨に目を逸らす。
なんとも不可解な言動。
どうしたの?と訊くと、
ギルはばつが悪そうに「なんでもない」と言う。
ただあからさまに奇妙な反応をしてしまった手前、
それだけでは言い逃れできそうにないと思ったらしい。
彼はなおも言いにくそうに、こんなことを口にした。
「いや・・・アバドン」
「?」
アバドン。
希少な素材を運んでいる不思議な小型のアラガミ、アバドン。
何故突然その名前が出てきたのか分からなかった二人はそろって首を傾げる。
ギルはその真意に気づいて欲しくなさそうだったが、二人分の視線に気圧されたのか、
観念したように一息ついて。
そして、申し訳なさそうに、ギルがいつになく小さな、とても小さな声で、
それを言った。
「・・・・・・・・・アバドンに見えた」
その言葉に、少し考えた後。
・・・つい、リッカの顔を見てしまった。
そこできょとんとしているのは、神機弄りに夢中だった整備士の顔。
オイル塗れで真っ黒の、目の周りだけが真っ白で、
口元はほんのりと朱に彩られたそのコントラスト。
・・・なるほど。
「・・・」
長い沈黙が降りた。
深く納得し、頷いてしまった自分。
しばらく遅れてその意味を受け取り、とてもいい表情で頷き返してくれるリッカ。
あ、これ、まずいな、と二人はそれを見て直感した。
そして、先程までの乙女らしい一面を見せた彼女はどこへやら。
優秀な整備士であるほど汚れてぼろぼろになると言われる、
年季の入った革手袋をぎゅっと握り締めて、
「・・・二人とも、一回だけパンチしてもいいかな?」
と笑顔で言ったのだった。
その後、ブラッド区画へ戻ってきたギルの姿を見たロミオが、
びっくりしたような顔で尋ねてきた。
「なになに、どうしたんだよそれ、誰かとまた喧嘩でもしたの?」
そして、隣で曖昧な表情をしているこちらを尻目に、
「・・・俺が怒らせたから、殴られた。それだけだ・・・」
頬にリッカそっくりのオイル痕をつけたギルは、憮然とそう答えたのだった。