「やっほーリッカさん、こんにちはー」
「あ、いらっしゃい。珍しいね」
ナナが訪問したとき、リッカはスパナをくるくると回して、
どこか手持ち無沙汰にしている様子だった。
笑顔で出迎えてくれた彼女に、
ナナは満面の笑みを返してから、肩から提げていた袋を下ろす。
そして慣れた手つきで袋から取り出したる、それを進呈。
「はいこれ差し入れです!おでんパン!」
「ありがと。うん、ちょっと待っててね」
革手袋を外して脇に重ね、隅に移動するリッカ。
そして屈みこみ、何かを漁る仕草の後、スポーツドリンクの容器を2つ持ってくる。
リッカの私用スペースと化したその部屋の角には、
整備区画にはかなり場違いな家電製品、小型の冷蔵庫が備え付けられているのだ。
区画内の余分な電力を活用した設備であり、
自室やラウンジまで移動するより遥かに手軽なため、仕事仲間もたまに利用している。
が、大量に保存されたカレードリンクに手をつけるのは、今のところ一人だけだ。
「はい、どうぞ」
「いただきます!」
カレーうどんならぬ、カレーおでん。
人参、大根や里芋といった、カレーの具とは近いようで遠い各種おでんだねは、
カレードリンクと合わさり、和洋を跨いだ独特なハーモニーとなって喉を潤す。
それはそもそもが好物なリッカとナナに限らず、
隊長たちがなんとなく想像した通りの味である。
「やっぱり美味しい!プレゼントは美味しいものに限るよ~」
「うん・・・ん、プレゼント?」
「あ、いえいえー、なんでもありません、ハイ」
きょとんとリッカは首を傾げていたが、
ナナのへらっとした笑みに、曖昧に頷き返している。
まあいいか、と気を取り直したリッカは、ドリンクを飲み干しながら笑顔で言った。
「最近色んな人が来るものだから、いろんな話ができて楽しいよ」
「えへへ、お邪魔しちゃってゴメンナサイ」
「ううん、そんなことない、もちろん歓迎だよ。普
段ここでやってるのは趣味の方だしね」
ナナは笑い返してから、ちらっと横目でリッカの顔色を確認しつつ、一言。
「色んな人って、例えば、隊長とかギルとか?」
「ん?うん、二人はいつもよく来てくれるよ」
その言葉には何の含みも無さそうだった。
念のためそれとなく探りを入れたナナだったが、
思った通り、やはり二人は考えすぎのようだった。
わざわざ改まって謝ることもないんじゃないか、とナナも感じていたのだ。
ナナが事情を既に知っていると気づく素振りがまるでなかったので、
思い切って聞き込んでみることにした。
「どんな話か訊いてもいーですか?」
「うん、まあ、大体、私が神機の話をしてばっかりだけど・・・ああ、こないだね」
お、とナナは耳を傾ける。
次にナナが見てとったのは、どこかくすぐったそうに笑うリッカの表情だった。
「二人ったら、おかしいんだ。あんなに気分がふわふわしたの、何時以来かな・・・」
その先の説明は少し予想外なほどに、
ただ楽しい思い出を語り聞かせるような、柔らかい口調だった。
曰く、二人がちょっと聞き捨てならない事を言ったこと。
なので然るべき制裁として、オイルで汚れた革手袋で全力のパンチ・・・ではなく、
その頬っぺたをぐりぐり、ごしごしとしてやったこと。
そして、深々と平謝りする二人に、とある事情から、
普段通り接するのが少しこそばゆくて・・・つい、怒ったふりをしてしまったこと。
「・・・ふふ、私って悪いヤツかな」
「いや~・・・隊長たち頑丈だし、宣言通りゲンコツでもよかったのに」
「あはは・・・手は小さいけどさ、これでも整備士だから、ほら、結構痛いと思うよ?」
会話の内容までは知らないはずのナナが口を滑らせたことには気づかなかったようで、
リッカはぎゅっと拳を握って見せてくれる。
なるほど、握り締めているのに、ほとんど手が震えないその様子から、
力を入れ慣れているのが分かる。
そしてリッカは力を抜くと同時に、ふにゃりと表情も崩して、その胸中を明かす。
「で、まあ、その時は楽しかったんだけどね。
それ以来、二人ともあんまり来なくなっちゃって・・・
悪いことしたなあって思うんだけど」
「あー・・・」
ナナも予想していた通り、そういうすれ違いが起きているようだった。
早い話が、あの二人がいつも通りに接すれば解決するのだ。
「リッカさんはもう怒ってないんですか?」
「え、うん・・・というか、あんまり慣れてないやり取りで舞い上がっちゃっただけ」
彼女の方がよほど自身を理解しているようだった。
さもありなん、とナナは苦笑しつつ、一方で気になっていたことを訊く。
「それにしては、ちょっとだけ元気ないみたいに見えますよ?」
「え・・・」
というのも、ナナが挨拶する直前の曲がり角で、
微かにリッカが溜め息をついていたのが聞こえたのだ。
それは整備や開発で悩んでいる、という風ではなかった。
彼女にしては珍しいことだ。
すると、思い当たるところがあったのか、リッカは途端に目を泳がせる。
「・・・ああ、いや・・・まあ、うん」
と、頬を掻きながら、歯切れの悪い反応。
ナナに似て、彼女は本当に言いたくないこと以外ははっきりと言葉にする。
なので、やっぱりなんでもないです、と止めようかと思ったのだが、その前に。
彼女は目を逸らしながら、照れくさそうに口を開いた。
「恥ずかしいんだけど・・・」
首を傾げるナナを横目に、再び明後日の方向を向いて。
そしてその続きは、消え入りそうな声で言った。
「作業に、集中できなくてさ・・・・・・今日は、来ないかなって」
その時の心境を、後にナナはこう表現する。
「ときめきグレネード20個分!!」
なんてことのないように装ってはいたが、その顔は心なしか赤かったし、
男達よりも遥かに上位のセンサーを備えた女の子が、それに気づかないはずがなかった。
そして、何より微笑ましく思ったことが一つある。
・・・それはリッカ自身の方が、
本当の意味でそれに気づいているようには見えなかったことだった。
聞きたいこと以上のことを大体聞いてしまったナナは、
横を向いているリッカに向け、満面の笑みで一言。
「ごちそうさまです!!」
突然のナナの声に、びっくりした顔を向けるリッカ。
「え?・・・珍しいね、まだおでんパンが残って・・・」
「あ、うん、こっちはまだいただきます!」
「??」
急に上機嫌になり、怒涛の勢いでパンを頬張り始めたナナを、
リッカは不思議そうに眺めていた。