それは聞き込み調査中の一幕。
「放射ですか? すみません、あまり考えたことがなくて・・・
私は射線に入れて撃つだけとしか言えないんですが~・・・」
「・・・いや、報謝・・・なんでもない。妙なことを聞いた。すまない」
片手で応じて、ギルはその場を立ち去る。
台場カノンは不思議そうな顔をしていたが、
「気にしないで」と苦笑しながら自分も後に続く。
・・・射線に「何を」入れて撃っているのか、
恐らく本人も普段考えてはいないのだろうなと、
しみじみと思ったのだった。
「・・・結局は、当たって砕けろしかないってことか」
憔悴した表情で、ギルがそう呟いたのが聞こえた。
その日の聞き込みを終え、ラウンジに戻ってきたギルと自分は、
倦怠感に襲われ、椅子の上に身体を投げていた。
カウンターに力なく背を預けながら、ギルがぼやく。
「アラガミと戦うのより何倍も疲れるってのはどういうことなんだ」
その言葉に苦笑する。
それはリッカへ報いるための悩み云々ではなく、極東支部の面々への聞き込みが、
思いのほか難航したことへのぼやきだろう。
シエルとリヴィはなにやら熱心に話し込んでいたので聞けなかったのだが、
相談したメンバーが返してくれた大抵の答えは、
いつも通り接すればいいという端的ながら尤もな意見か、
ナナのように各々の好物を持参してきて、
これをプレゼントするべしという分かりやすい提案だった。
そのほとんどは独特すぎる代物だったために断らせてもらったが、
その方向性自体は全員共通している。
なのでおよそ、その選択肢については間違いないものだと思えた。
「贈るもの・・・贈るものか・・・」
天井を仰ぎながら、ギルが呟く。
確かに、彼がそんなに真剣に悩んでいるのは珍しいように思えた。
ハルオミなら迷いなく花束の一つでも持っていくのだろうが、
そこまで気障ったらしい真似はお互いできないだろうと二人は考えていた。
そうなれば、さて、贈るものといえば何が候補に挙がるだろうか。
普段なら、神機の強化パーツに使う資材やら、
アラガミの珍しい素材やらを頼まれるようなことはよくあるが。
「どっちも目がないだろうとは思うが・・・・・・」
――――――お詫びの品に、レトロオラクル細胞をどうぞ。
・・・あまりにも、無骨すぎる。
「ないな・・・思い切ってハルさんに倣うか・・・
あるいは、身に付けられる品か何かか?」
と、半ば独り言のようにギルが呟いていると。
「それこそないだろう」
唐突に横からそんな口を挟まれて、二人ともぎくりとそちらを振り向いてしまった。
そこにいたのは。
「下手に装飾品なんかを渡して・・・次の任務で、
うっかり消息不明にでもなってみろ。形見のように思われる」
ソーマ・シックザール。
そういうイメージとはあまりにもかけ離れ過ぎていたせいで、
相談先の候補に頭から入っていなかった人が、
意外すぎるタイミングで現れ、そんなことを言っていたのだった。
「ソ、ソーマさん・・・知ってるんですか」
「あ?」
自分達の悩んでいることについて、と付け加えると、ソーマは「ああ」と頷いた。
「エリナたちが言い争っていてな。それはいつも通りだが・・・
あんまり喧しかったんで理由を問い質した」
「ああ・・・」
「・・・安心しろ、そう細かい事情までは聞いていないし、あいつも言っていない」
そう言いながら、ソーマは自分を挟んでギルの反対の席へと座る。
まさかの人物の登場に、ギルも自分も面食らっていた。
ソーマはそれを意に介することもなく、先程口にした忠告に補足を付け加える。
「最近はそう苦戦することもない、気を抜くのも分かるがな・・・。
たまには思い出せ。俺たちは、いつも必ず無事でいられるわけじゃない」
悲観的な、とは言えない。
ソーマはそれが厳然たる事実であると誰よりも知っている人物だし、
自分達だって、決して他人事にはできない経験をしてきている。
「その時に喜ばれるのはいい・・・
だが、もしもの時に、それが反転するような事にはしたくないだろう」
そう言ったソーマの鋭い眼光の中に、いたわるような色を見て、
自分もギルも、はっとした。
脳裏にそんな光景がよぎる。
・・・自分が渡したものを両手で握り締め、見ていられない顔をして祈っている、その人の姿。
冥利に尽きる、というものかもしれなかったが、それは紛れもなく自分本位だ。
そんな事態を想定するなら不適切だ、と言ったソーマの言葉は、一理あるように思えた。
溜め息混じりに、素っ気なくソーマは言った。
「形のないものにしておけ。あるいは、残らないものをな」
「えっと・・・ありがとうございます」
おずおずと二人で礼を言うと、
ソーマはしばらく動きを止めた後に、「ふん」と鼻を鳴らしてから席を立った。
「らしくないことはするもんじゃない・・・
だが、お前らがらしくないことで悩んでいると聞いて、つい、な」
そう言い訳するかのように呟いて、彼は来た時と同じように唐突に去っていった。
コウタやリンドウさんがいる場所では決して見せない
その振る舞いは、確かにらしくなかった。
しかし彼らしい視点で語られた話は、
エリナと同じように、他に誰もそんなことは言うまいと思って、
助言してくれたものなのだろう。
話は大袈裟に過ぎたかもしれないが、それは確かに腑に落ちる、という感覚があった。
「なあ、隊長・・・一応、ひとつ思いついたんだが」
ギルがそう言って、視線を交わす。
これまでもらったアドバイスから考えだされたそれを聞いて、悪くない、と頷く。
慣れないことをしてくれたソーマに倣って、
慣れないことをしてみるのもいいかもしれない、と思ったのだ。
「あのぅ」
とそこへちょうどやってきた、小さなラウンジの主の声がした。
「ふたりとも、なんだか疲れてるみたいだから、良ければこれをどうぞ・・・どうしたんですか?」
温かい紅茶を運んできてくれた千倉ムツミは、二人分の視線を受けて首を傾げていた。
「ありがとう」と礼を言いつつ、いつになく神妙な顔でその旨を告げるギル。
「すまない、ちょっと教えて欲しいことがあるんだが」
「はい?・・・はい、どうぞ?」
彼女は不思議そうな顔ながらも、こくりと可愛らしく頷いてくれたのだった。