瀬戸の艦娘   作:輪音

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追儺

 

 

 

 

追儺(ついな)。

節分の元になったと言われる、宮中行事。

岡山県南部は笠岡諸島にある六門島(ろくもんとう)でも、古風ゆかしき行事が行われようとしていた。

建設中の屋敷の正門上には、鰯の頭と柊(ひいらぎ)と木の実と松ぼっくりとで装飾されたトネリコの輪っかが飾られている。

電飾も無いのに、時折青く光っていた。

骨頭の妖精率いる装飾隊渾身の作品だ。

とある魔法効果が施されているという。

なんか違うのう、と思いながらも流されやすい気さくな喜作はまあええかとそれを受け流す。

そして、彼を鷹の目で見つめる艦娘たち。

見えない戦いは、とっくに開始していた。

 

鬼に扮するはおっさんと小学生の男の子。

赤鬼は冴えない中年、青鬼は麗しき少年。

桃の弓、葦の矢、桃の杖で武装した艦娘たちが彼らを追い回し、小豆を投げつけ、屋敷から追い払って逃走させるのが今回の催しである。

例年はおっさんが鬼となって少年が桃の弓で葦の矢を軽く放ち、桃の杖でとんとん叩き小豆を撒いて鬼払いするという簡単行事。

その後は『鬼餅』を作って仲よく食べるという寸法だ。それで追儺は終了する。

 

艦娘や学者たちの前でおっちゃんとぼんはそれらを予行してみせるが、何故だか全員からダメ出しされる。

ちょっこし残念に思う島の男たちだった。

結局、男性陣が鬼役で女性陣が払い役とすることに決まる。

カチューシャ状になった鬼の角を付け青い着物で扮装した少年は何名もの艦娘の魂を撃ち抜き、きゃーきゃーと賑々しく次々に抱っこされていた。

おっさんの方は泣いた赤鬼みたいだと、別の意味で注目されている。

こちらは江戸時代から使われている、強面風味の面をかぶっていた。

やたら気さくに接してくる北上からぺたぺたと触りまくられている。

隣にいる大井がおろおろするくらい、大胆不敵に全身を触っていた。

ついでとばかりに吹雪も触りまくっていたが、こちらは叢雲磯波白雪深雪が引き剥がしている。

ちなみに、初雪は望月と共にじいっとおっさんを見つめていた。

その後。

北上は大変優秀な長女の球磨に、力ずくで引っ張られていった。

 

今回投げるのは小豆を入れた小袋。

真心籠った手縫いの端切れの小袋。

炒った大豆を投げるのが節分では一般的だが、六門島(ろくもんとう)では小豆をそのまま投げる風習となっていた。

それは江戸時代中頃から始まったという。

その昔は小石や貝殻を投げていたという。

投げた後の小豆は翌朝拾ってよく洗い、これを潰し餡に加工し練った本葛の中に入れて笹の葉でくるみ蒸す。

出来た生菓子が『鬼餅』。

この菓子を食べればその年の無病息災が叶うという、島独自の伝統行事である。

餅菓子の名称から、琉球の伝統菓子『鬼餅(ウニムーチー)』との関連性も考えられるが詳しくはわかっていない。

越前若狭能登などでは冬場に水羊羹を食べる風習があり、それが伝播したのではないかと某民俗学者はそう唱えた。

小豆を直接投げるのは勿体ないとし、間宮鳳翔などの料理上手たちが小豆を小袋に入れるように提案し採用された。

 

全国的に珍しい行事ということもあって、欧米型海外艦たちも興奮している。

祭を行うこと自体が初めての艦娘も多く、期待がどんどん膨れ上がっていた。

彼女たちは桃の杖を戦棍(メイス)みたいにぶんぶん振り回したり、弓の使い方を空母系艦娘たちから教授されていた。

駆逐艦たちはぶんぶんと棒切れの如き杖を振り回す。

戦艦級艦娘たちの持つものは、杖というにはあまりにも大きすぎた。

大きく

分厚く

そして大雑把過ぎた。

それは正に鉄の塊みたいに見えた。

特別許可を得た学者たちが、一連の行動を興味深く眺めたり喜作に徹底的な質問を連発したりしている。

陰陽師で民俗学者の柳井久爾夫は美人弟子兼助手兼恋人兼論戦相手の折井志乃らと共に、詳細な記録を行うのだった。

記録の合間に彼は折井へ向かい、「北南方君が生きていれば、大層喜んだだろうになあ。」と嘆息したという。

 

今回は備中だるまささげが比較的大量に安定して入手出来たため、それを用いることとなった。

ささげ(大角豆)とは小豆に似たアフリカ原産の豆で、国内では主に岡山県で生産されている。

浸水時間は三時間と短く、煮崩れしないのが特長。

追儺での甘味料は自然由来のものを使うのが決まりで、米飴水飴甘葛(あまづら)蜂蜜干し柿を使用する。

ちなみに甘葛は一月から二月始めの時期に蔦の樹液(みせん)を集め煮詰めて作るが、今回の樹液採取には奈良女子大学有志と酔狂系和菓子職人たちの協力があった。

蔦の切り口を直接舐めたり吸い込んではならぬ唇が腫れるぞと林業の専門家から口酸っぱく言われ、一月初旬から樹液採取の旅が始まった。

艦娘たちもこっそり手伝い、人海戦術の結果、そこそこの量の甘葛が完成する。

古代の稀少品系天然甘味料ということで、学術的に意義のある仕事なのだった。

 

 

夕刻、追儺が始まる。

誰そ彼(たそかれ)時に始めるのが島でのならわしであった。

大型作戦に臨むかのごとき表情で、歴戦の艦娘たちが鬼に向かって進撃開始する。

葦の矢が何本も放たれて、本来突き刺さらない筈の樹木や石などを容易く貫いた。

ぶんぶん振り回される太めの桃の杖は、風切り音が激しく周囲に土埃を起こした。

 

「こりゃあ、おえんが。」

 

これら戦慄の技を見た中年親爺の井東喜作は、愛くるしい鬼頭新一と二手に別れて逃げ出した。

生存率を高めるためでもあるが、本当ならば行う必要すらない。

追儺はそもそも、あっという間に終わる行事なのだから。

既に鬼らは屋敷から離れており、目的は達成されている。

その筈だ。

だが、えらく高揚した艦娘たちは興奮していてその判断が出来なくなっていた。

桃の杖が重厚な音を立て、空気を切り裂いてゆく。

その勢いならば、鎧兜さえも易々と砕けるだろう。

わりぃごはいねがーっ、わりぃごはいねがーっ、とばかりに艦娘たちは鵜の目鷹の目で目標を探してゆく。

サーチ・アンド・デストロイ。

サーチ・アンド・デストロイ。

艦娘たちはうきゃーっ! と雄叫びを上げながらおっさんと坊やを追い回す。

どちらが鬼だかよくわからない。

特に、大和や吹雪辺りが目の色を変え過ぎて酷かった。

美少女が台無しである。

研究者たちは目を丸くしながら、事態の推移を見守る。

それしか出来なかった。

 

 

「捕まえた。」

「いやいや、北上さん、追儺の鬼は捕まえるんじゃねえで。」

 

ワシは逃亡先の山中で、北上さんに捕まってしもうた。

何故かはあはあ言っとる。

走ってきたんじゃろうか?

なんじゃ、鬼を追い払う行事が山狩りみたいになってきとる。

ズルズルと茂みの中に連れ込まれた。

 

「司令官の匂いがする。」

 

吹雪ちゃんが近くまでやって来た。

なんか大変危ない顔をしとるのう。

 

「こっちだよ、吹雪。」

「あっ、北上さんに司令……喜作さん。」

 

右腕に北上さん、左腕に吹雪ちゃんがしがみつく。

この状態で矢を防ぐために寝転がる。

なんじゃ、これ。

新一は捕まって、どうやら風呂場に連行されるようじゃ。

討ち取ったりぃ、討ち取ったりぃ、と大和さんのうわずった声が聞こえとる。

これ追儺違うが。

どねえすりゃあ。

学者さんたちにはわりぃことしたのう。

 

「提督、吹雪、なんだか大興奮している子が少なくないからね。ここでじっとしてほとぼりを冷まそう。」

「それはいい案です、北上さん。」

「まあ、そうするのがえかろう。」

「追儺、って侘び寂びだよねえ。」

 

ヒョオッ、ヒョオッ、と音を立てる矢の音が聞こえドスドスとどこかに刺さる。

葦の矢は先を丸めておいたんじゃがなあ。

きょおてえのう(作者訳:おそろしいのう)。

 

「あら、提督、こんなところにいたんですか。」

「ふふふ、提督の匂いがすると思ったらやっぱり合っていました。」

「ワシ、そげえににおうかのう?」

「「いえいえ、臭くないです。」」

 

大淀さんと間宮さんに、呆気なく見つかってしもうた。

何故じゃ?

 

「提……赤鬼を発見しましたっ!」

 

大淀さんがよう通る声で叫んだ。

彼女はヴァルター社のドイツ製信号拳銃を夜空に向かって撃ち、その炸裂音によって多数の風切り音がピタリと止んだ。

戦国時代の合戦みたいじゃ。

 

艦娘たちがようけにやにやしとる中を、建設中の屋敷へ戻る。

なんか、武田の忍者みてえな動きをしょうる子までおるがな。

北上さんと吹雪ちゃんがはあはあ言っとってでえれえこええ。

両腕がまるで万力で締められたみたいに痛くなってきょうる。

大淀さんと間宮さんがめちゃくちゃええ笑顔をワシに見せた。

 

 

建築中の要塞前にある広場ではかがり火が焚かれ、踊り明かす艦娘まで現れた。

盆踊りみたいな櫓(やぐら)があっという間に組まれ、櫓の上では那珂ちゃんが美しい声で東京音頭を歌い出し踊りの輪が出来る。

そして、太鼓を叩く子、笛を吹く子、尺八を吹く子にクラリネットやヴィオロンやマンドリンを演奏する子まで現れた。

やがて珈琲を主題とした、最新人気曲の『モリエンドカフェ』を那珂ちゃんは原語の西班牙(スペイン)語で歌い出し、祭は最高潮を迎える。

その後も『夜来香(イエライシャン)』や『熊祭(イヨマンテ)の夜』、『ベサメ・ムーチョ』、『リンゴ追分』、『お祭りマンボ』などを那珂ちゃんは高らかに熱唱した。

それはまさに歌姫の真骨頂。

彼女の夢は夜開く。

『トロイカ』や『カチューシャ』や『カリンカ』などはソヴィエト艦娘たちも合唱に加わり、やがて全員が熱唱していった。

 

 

長崎の出島を元に、六門島東部に設けられた扇状の人工島たる扇島(みしま)。

扇島は蘭船商館を主軸とする交易用の拠点であり、限定的ながら艦娘と外部の人間との交流をもたらす場所として期待が寄せられている。

近くの島から訪れた行商人たちがここで目敏く煎餅やキャラメルなどを売り始め、即席茶屋を始める者さえいた。

ラーメンワンタンシュウマイを、近隣の島の拉麺店店主が出張販売する。

わらわらと群がる艦娘たち。

お代は大丈夫ですよとの声に、始めはおずおずとやがて彼女たちは積極的に食べてゆく。

なに、代金は後であちらからもらえばいいさと商人たちは太っ腹な商いを行う。

彼女たちに感謝の気持ちを持つ者は、そこかしこにいるのだ。

これで恩義を返せるなら安いもんさね、とうそぶく商人たち。

国の方針に疑問を持ちながらも正面きった戦いは正直難しい。

ならば、可能な範囲でやれることをやったらいいと彼らは商売する。

岡山県人と広島県人の心意気ってもんを、見せてやろうじゃないか。

ちらし寿司を販売する店主まで現れ、朝日が昇るまで喧騒は続いた。

ハイカラなワッフルやクッキーの出店まで現れ、正月と盆がいっぺんに来たような賑やかさに艦娘たちはウキウキワクワクしながら時を過ごすのだった。

民俗学のために訪れていた学者たちは本来と異なる展開となった伝統行事に、これこそ新しい時代の始まりだと確信したらしい。

彼らの手には、近隣の島の和菓子屋主人手製のみつ豆があったという。

うおお、と激情がほとばしるあまりに相撲やパンクラチオンを始める娘まで出現し、しめやかに終わる筈だった伝統行事は思いがけない結果をもたらした。

 

 

翌朝。

作りたてのおいしい鬼餅を仲よく食べる艦娘たちの中に、がに股で歩きながらもへらへら笑う吹雪と北上がいたという。

少年はきらきら輝ける鬼頭艦隊の艦娘たちと共に、既に元気はつらつと船で登校している。

おっさんは腰を痛めて寝込んでおり、昨夜は追いかけ回して悪いことをしたと反省する艦娘たちが多かったそうな。

 

とっぺんぱらりのぷう。

 

 

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