最速駆逐艦と謳(うた)われた島風。
なんとか戦後を迎えた彼女は四代目。
初代は鉄底海峡に於ける戦艦棲姫との戦いで勇猛に突撃し、そして共に沈んだ。
二代目は激しい追撃のあった夜間撤退戦にて殿軍を請け負い、人知れず沈んだ。
三代目は仲のよかった長門を庇い、大破した身体で突撃し、敵旗艦の中枢棲姫を黄泉への道連れとした。
四代目の彼女は最終決戦で獅子奮迅の戦いを見せ、轟沈寸前になりながらも意識を失うまで戦い続けた。
最速の艦艇にして、鬼神の如く勇猛果敢な駆逐艦。
それが、島風である。
平和。
それは誰もが望んでいた筈の世界。
渇望されていた美酒。
だが。
島風は違和感を感じていた。
平和が厭という訳でもない。
呉鎮守府に他の艦娘たちと一緒に押し込められた時も、特に不平は感じなかった。
たぶん、解体されるのだろうと考えてさえいた。
実際の艦艇でも保存されるモノは僅か。
不要になれば標的艦。
バラバラにされて復興の手助けになること
もある。
それが生き残った艦の定め。
多大な功績があろうと保存運動が行われようと、用無しの猟犬は煮られてしまうのだ。
だが、そうなってもかまわないとさえ、彼女は思っていた。
ドイツ艦娘から聞いていた、ヴァルハラとやらで永遠的闘争を繰り広げるのだと夢想したものだった。
だがしかし、現実はどうだ。
白馬に乗った王子ならぬ、ボロ船に乗ったおっさんがやって来て島へと連れ去られてしまった。
島風からすると、彼はドイツ艦娘から聞いた魔王だった。
スツーカ乗りではなく、シューベルト作曲の方の。
殆どの艦娘が彼もしくは彼の甥っ子を受け入れていた。
あの長門でさえ、認めている節がある。
死地でこそ艦娘は輝けると考える島風にとって、海の幸豊富で戦後の輝きに包まれた瀬戸内海の孤島は緩やかな死を待つ監獄のように思われた。
島風の朝は早い。
手早く柔軟体操を済ませ、岡山県は笠岡諸島の六門島(ろくもんとう)を走り回る。
速きこと、島風の如し。
彼女の速さに近づける艦娘は殆どいない。
「おー、あんたはいっつもはええのう。」
「おうっ!」
島のヌシである、気さくな喜作が不意に彼女の近くに現れた。
驚いた彼女は挨拶ともなんともつかぬ声を出す。
だが、彼は気にした風も無い。
神社へお詣りに行っていたのだろう。
島風は彼が苦手だった。
いつも艦娘たちのことを気遣い、艦娘のために怒り泣き喜ぶことの出来る男。
提督にさえ、彼のような男性は滅多にいなかった。
いても、さっさとあの世へ旅立っていた。
苦いものが喉元へとこみ上げてくる。
魑魅魍魎がすがってくる幻覚さえ感じる。
彼女は口内で真言を唱え、邪気を振り払った。
我は最速。
我は一騎当千。
死をおそれぬ戦乙女。
この男は北壁(ほくへき)。
ドイツ艦娘から聞いた、アイガー北壁。
きっと、超えてみせる。
それこそが艦娘としての意地。
矜持。
「おじさん、かけっこする?」
挑発的に微笑みながら、島風は問うた。
だが。
いつものように中年は曖昧に微笑んだ。
「いやあ、ワシはあんたみてえにそげえにはよう走れやせんけえおえんわ。」
「ふふん、戦う前から諦めるなんて男らしくないわね。」
「こらえてくれんかの。そうじゃ、これはみんなには内緒じゃ。」
ひょいとどこからともなく蜜柑を取り出し、島風に渡すとおっさんはひょこひょこと去っていった。
まるで手品みたい、と彼女は思う。
怒気を放っても巧みにかわされる。
覇気なんてまるで感じない、そんな男に巧妙に。
ちょっと酸っぱい蜜柑を食べながら、彼女はまた誤魔化されたと思った。
でもそんなに悪くない、と不思議な感情に包まれ、もう少し生きていてもいいかな、と考えるのだった。
瀬戸の朝陽を浴びながら。