蜜柑。
柑橘類の一種。
中四国地方では愛媛県と広島県が特に品質と生産量で名を馳せ、近隣諸国では香川県徳島県山口県高知県がそれに猛追している。
それらの強豪県に挟まれた岡山県でも幾らかは蜜柑が生産されている。
それは此処、県南の瀬戸内海に広がる笠岡諸島にある島々でも同様だ。
艦娘たちがひっそりと暮らす六門島(ろくもんとう)でも蜜柑の収穫時期を迎え、真冬でも雪が降ることの滅多にない孤島で彼女たちは蜜柑狩りに勤(いそ)しんでいる。
比較的長く常温保存可能な蜜柑は林檎と並んで冬場でも割合手軽に楽しめる貴重な甘味であり、季節の風物詩でもあった。
近畿地方から密偵として潜入しているくノ一たちも、欧州から諜報員としてやって来た南蛮人たちも、等しく自然の恩恵を受けている。
艦娘たちの人間と異なる無垢さに彼らは感化されつつあり、それが、それこそが、大本営や日本政府などが潜在的におそれた事態であることを島に住む者たちはまだ誰も知らない。
瀬戸の艦娘と島民たちは今日も通常運転。
明日も明後日も通常運転。
イタリア製の高性能なオリベッティのタイプライターで、練達の諜報員はその日も本国への暗号文を打つ。
ヤーパン製の干し蜜柑を口中で楽しみ、『ラインの護り』を小声で歌いつつ。
『本日もマリコは学校で元気よく歌いました』、と。
蜜柑狩りをせんとおえんのう、と呟いたのが始まりじゃった。
大淀さんがではやりましょうやりましょうと言い出して、吹雪ちゃんやなんかよう似た妹さんたちも大賛成してくれて、この島の蜜柑だけじゃのうて他所の島へも蜜柑狩りの手伝いをすることになった。
どこも人手不足に悩まされとるのは、変わりゃあせんのう。
「いや、艦娘のみんながようけ働いてくれようるけえ、ほんまに助かったわ。」
近くの島の知り合いがそうゆうて、にこにこしよった。
船は向こうが出してくれるとゆうんで、それらに乗った艦娘たちが周囲の県の蜜柑畑へ向けて出航してゆく。
「第二水雷戦隊、抜錨!」
「第一機動艦隊、抜錨!」
「第六駆逐隊、出撃よ!」
「第七駆逐隊、出るわ!」
「五航戦、出撃します!」
「みんな、おっそーい!」
誉れ高らかに勇ましい声が幾つも放たれ、六名ずつ艦娘の乗った漁船群が海原を走っていきょうる。
蜜柑収穫作戦、決行じゃ。
けっこうなことじゃのう。
みんなにこにこしとった。
機械いじりの得意な明石さんが頑張ってくれたお陰で船の調子がようなったと、漁師たちの評判もえかった。
明石さんを誉めたら、なんでか知らんけど鳳翔さんや間宮さんや大淀さんや吹雪ちゃんや北上さんらからようけ怒られてしもうた。
どげえしてええもんかようわからんけえ、頭を撫で撫でしてあげたらなんとかなった。
おなごはむずかしいのう。
日曜日は、新一も大和さんと共に連合艦隊で船出するそうじゃ。
大和さんが大興奮しとったのう。
新一がおらんかったら冷静沈着なんじゃけど、新一を見かけるともうなんかようわからん感じになってしもうとる。
明石さんに聞いてみたら、艦娘は相性のええ相手がおるとそうなるらしい。
ふうん。
蜜柑の収穫が始まったら、皮を干して混成酒の『エルキュール』を醸さんとおえんのう。
干し蜜柑も同時に作ってゆくか。
芋焼酎もでえぶん出来上がってきょうるし、葡萄酒の新酒を阿蘭陀人にやったらえらい喜ばれた。
なんでも今の時期の新酒はぬうぼうゆうて、欧州では縁起もんじゃそうな。
そげえに喜ぶんなら、と思うて何本か酒をやったらずいぶんと感謝された。
夕方仕事が終わった後で独り芋焼酎を蜜柑の搾り汁で割って呑んどったら、何名もの艦娘から絡まれた。
仕方がねえけえ、みんなで呑んだ。
結局みんな酔っぱらって脱ぎだしてしもうて、翌朝大淀さんからなにも着とらんままむちゃくちゃ怒られた。
艦娘たちがワシをじろじろ見ようるけえ、居心地がでえれえ悪かった。
その夜の寝床で、何名もの艦娘からめちゃめちゃ責められてしもうた。