真っ暗な意識の中だった、少し気持ちが悪い気がする。
こんなの初めてだった…これは、私の夢?
(お母さん…何で私には耳と尻尾があるの?)
お母さん、完全に消えていたはずの記憶…でも、この夢の中でも
私はお母さんの姿を思い出せていない、真っ黒なシルエットだ。
何で顔が見えないの? 見たい…お母さんに会いたい。
例えそれが夢の中だったとしても、その姿を見たいのに。
でも、私の姿はハッキリ見えた、小さい私。
だけど…その表情は私の物とは思えない程に暗かった。
(…何で私にはこんな耳と尻尾があるの? 私はこんな耳いらない、
こんな尻尾、欲しく無い…)
淡い意識の中、そんな事を思い出す、これは夢。
私は何でこんな夢を見ているんだろう。
何で私はその姿を見たいお母さんが見えないのに
…見たくも無い、私の昔の姿を見ているの?
(要らない! いらない! イラナイ!)
頭が痛い、思い出したくない…それなのに何で…
何で私はこの夢を見ている? 何でこんな嫌な思い出を思い出す?
正確にこの過去を思い出せているわけでは無いのに。
そもそも、これは本当に私の過去なの? 分からない。
今の私と、この夢の私が…かけ離れすぎている。
(……あはは、真っ赤になった…でも、これで私は普通なんだ…これで…これで…)
あ、あぅ…うぅ…こんなの…嫌だ、嫌だ!
耳が無い、尻尾が無い…代わりに真っ赤な血が垂れていく。
自分の左手は真っ赤になり、右手には大きな血ぬれのハサミを握っていた。
何をしたかなんてすぐに分かった、分かりたくないけど
この場面を見て分からないはずが無い…私は、この夢の中の私は
自分の耳と尻尾を…切った。
足下にゴミの様に転がる耳と尻尾…真っ赤になっている服。
これが私? こんなのが昔の私!? 何で、どうして…
でも、だけど、今の私には…耳と尻尾がある。
(あ……あぁ何で…!? 何でまた生えてるの!? 切ったのに!
斬ったのに!? きったのに!? 嫌だ! 嫌だ!
どうして…どうして! もう一度キラナイト!)
夢の中の私は、その行動を何度も何度も繰り返した。
でも、痛みで泣いている姿は1度も無かった。
耳を切った後の私は、いつも笑っていたから。
真っ赤な血で髪と顔を汚しても、狂ったような笑顔で笑ってた。
でも…その目に、生気は無かった、引っ付いたような笑顔だった。
私はこんな事を想像すらしていなかった、だからこれは夢なんだ。
夢でも、夢の中でも、私の過去、その体験を見る夢。
私が1番思い出したい思い出は出て来ないのに
こんな! こんな嫌な過去を思い出すなんて…そんなの、どうして!?
(…何度切っても…耳と尻尾が生えてくる…嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!
何で生えてくるの!? 何で!? こんな耳も! 尻尾も! 私はいらない!
私は普通になりたいのに! どうしてそれが出来ないの!?)
頭を抱え、ただただ泣いていた、全てに絶望したような表情で。
(もう…私は死にたい…こんなの嫌だ! あ、そうだ、死ねば良いんだ。)
さっきまでの表情と変わり、昔の表情は笑顔に変った。
その表情には狂気しか感じない…狂気しか含んでいない笑顔。
私の表情とは思えない程に、異常な笑顔だった。
(そうすれば、こんな辛い思いをする必要も無い…死ぬ時はどうすれば良いのかな?
あぁ、そうだ、高いところから飛び降りれば)
(フィール! 馬鹿な事は止めなさい!)
(え? 痛!)
……お母さんの声だった、懐かしい声が昔の私を止めてくれた。
目は死に、焦点も合っていなかった私を止めてくれた。
(フィール…辛い思いをさせてごめんなさいね…
私の娘として生まれたせいで、こんな目に遭っちゃって。
だけどね、生きる事を止めるのは駄目よ…どんな時でも
どんな境遇だったとしても、あなたは1人になることは無い。
生きる事を止めない限り、あなたには私達が付いてる。
どんな時だって、私達はあなたを守ってあげるわ。
それにね、死にさえしなければいつかきっと、大事な友達も出来るわ。
好きになる人も出来るはず、一緒に居て楽しいと思える人も出来るはず。
あなたの全てを受入れてくれる人だって…何処かにきっと居るわ)
(……お母さん)
(私みたいに、きっといつか幸せになれるから)
シルエットが少しだけ明るくなった、あと少しで顔が見えそうだけど
そのあと少しが遠い、だけど、その少ない情報の中でも分かる事は
お母さんの頭には耳、背中には尻尾が生えていることだった。
私のお母さんも…半獣…だったのかな。
(……うん、約束だよ…お母さん…どんな時も私を守って…)
昔の私の目に生気が戻った、虚ろだった目にも光りが宿る。
……これが私の過去、私の…思い出。
(……過去なんて、思い出さない方が良いよ)
え? 誰? 誰の声? 何? 私の声? でも、何だか違う。
仮に私の声だとして、それなら今見えてる過去の私が私に語りかけてるの?
いや違う、そんな事は無い、これは…私じゃ無い。
(僕は君だ、そして君じゃ無い…大丈夫だよ、君は1人じゃ無い)
(誰? あなたは誰なの!?)
(僕達は…あっと、まぁ、君の知らない所で君を守ってる奴らだ、知らなくて良いよ。
君自身の過去同様、知らなくて良い事だ、忘れた方が良い。
何もかも知らぬが仏だ…今は幸せだろう? 今が幸せならそれで良いじゃないか)
(それでも私は…大事なお母さんお父さんの事を思い出すんだ!
思い出さないと…駄目なの)
(……まぁ、僕は君の行動に指図は出来ない、だけど忠告はしよう、優しさでね
全てを思いだしたとき、君はきっと後悔する…大人しく今の幸せを受入れな)
そんな言葉の後、私の意識が曖昧になって来た。
目の前も明るくなる…あぁ、そうか、そろそろ目が覚めるんだ…
「……あ」
目が覚めると、私はすぐに今の状況を認識出来た。
うん、まだお嬢様に尻尾を抱きしめられて眠っていた。
……尻尾、そして耳…過去の私はこの2つを嫌っていた。
正確な理由は思い出せないけど…何となく可能性は想像出来る。
それは今の私とは無縁のこと……
この尻尾と耳を否定する気持ちは今の私には分からない。
この2つを否定することは…自分自身を否定してるのに等しいんだから。
この身体は…お父さんとお母さんが、私に与えてくれた、大事な身体なんだから。
だけど、気になるのはあの言葉…あの人は誰なんだろう。
何で私を知ってたの? 何処から話し掛けてきたの?
どうして? 僕は君だってどう言う意味? 分からない。
それに全てを思いだしたとき、後悔するって…意味が分からない。
どうしてこんな夢を見たんだろう…はぁ、訳が分からないよ。