東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

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声の正体

私は紫さんに、あの夢の事、あの声の事を全て話した。

咲夜さんに話したときと同じ様に、何一つ包み隠さず。

その話を聞いた紫さんは、少し表情が変ったけど

ほんの一瞬、すぐにいつも通りの表情に戻った。

いや違う、いつもより少しだけ険しい表情に見えた。

きっと、心無しにと言う感じで、感覚でしか無いんだけど。

多分、私がそう感じていると言うだけで、私以外から見たらそうでも無い。

それでも、僅かに表情が険しいように見えた、何かを隠してるかのように。

 

「そんな夢を見たのね、でも大丈夫よ、話を聞いた感じだと

 ずっと尻尾を掴まれていたみたいだし、多分その時に悪夢を見たのよ。

 ほら、尻尾って狼にとって大事な場所だからね。

 そこをずっと掴まれているというのはストレスだったのよ」

 

実に真っ当な答えだった、私が夢を見た状況から考えてみると

確かにそれが理由で悪夢を見た、としても不思議じゃ無いもん。

だけど、私の目に映った紫さんは、その言葉が嘘だと表情で告げていた。

普段は冷静で感情も殆ど見せない紫さんだけど…何故か私如きに

それを見透かされるほどに動揺してるって事だよね。

それって、相当なことなんじゃ無いのかな?

 

 

「……紫さん…何か…知ってるんですか?」

「何を? 私はさっき言った通りの憶測しかしてないわ」

「……紫さんが、私何かに嘘を見抜かれるほどに動揺してる。

 それを見て、それもそうですね、といえるほど…私は馬鹿じゃありません。

 紫さんが冷や汗を流すほどの動揺なんて」

「……」

 

紫さんが自分の顔を少し触った、この地点で私は確信する。

何かを知ってると、私の何かを知ってると。

それも、あの冷静な紫さんが動揺し、私の下手なカマに引っ掛かるほどの事実が。

 

「…嘘です、ごめんなさい、紫さんは冷や汗なんてかいてません」

「……まさか、あなたが虚言を言うとは驚きね…意外すぎるわ」

「例え嘘を付いてでも、私はこの事実を知りたかったんですよ。

 自分の悪夢の正体も、あの声の正体も何もかもを…寝不足はもう嫌ですしね。

 それに、紫さんが私の下手なカマに引っ掛かるほどに動揺するなんて事

 そうそう無いはず…それだけでも、この事実は他愛ないことで無いのは分かります」

「……」

「私の予想だと、この夢には…私が不規則に記憶を失ってる理由だと思ってます。

 外の世界に謝って飛ばされた直後の事も、満月の月を見た後、記憶が曖昧なのも。

 月の異変を解決しに行ったとき、あの時に私の記憶が飛んだ理由にも直結してる。

 そんな気がします…だから、私はどうしても知りたいんですよ」

「……知らなくても良い事は必ずあるわ、あなたにとって、その真実は

 知らなくても良い事よ」

「そんな事を言われて、分かりましたと受入れる事が出来るはずも!」

「…でも、これだけは言える…その声の主は……あなたの味方だと言う事を。

 だけど、それはただあなただけの味方で、決して私達の味方では無いの」

「…私の…味方…?」

 

確かに夢で声を聞いたとき、あの子もそんな事を言ってた。

 

「どう言う…事ですか?」

「2重人格、その言葉は知ってる?」

「は、はい、解離性同一性障害の別名ですっけ」

「えぇ、そんな難しい名前で言う必要も無く、2重人格で構わないけど」

「…じゃあ、その声は…もう1人の私っていう…」

「そうよ、あなたの為に生まれた、あなただけの味方。

 決してあなたを裏切らない、あなたを守る為だけに生まれた存在。

 それが、その声の主…その子の言葉は紛れもない真実。

 あなたは過去を思い出さない方が良いの、もう一つの人格が

 そう言うのであれば、あなたは過去を知るべきでは無い」

「……そんなの、そんな事を言われても、私は…私だってお母さん達の事を…」

 

思い出したい…思い出したい、その姿を思い出したい。

私をずっと守ってくれていた、私の大事な家族…

思い出したい、その家族を…例え何が待っていても、私は家族を…

 

「…えぇ、教えてあげても良いわ…ただし、最初に言ったとおり

 あなたが幻想郷を巡り、色々な経験をして。

 私がもう良いと判断するまで…その過去は教えられない」

「…何でですか? 最初に、私が幻想郷から出て行かないようにと言ってましたけど。

 今の私が…幻想郷から出て行きたいなんて…言うわけありませんよ…

 私はお嬢様達のペット…お嬢様達の許可無く幻想郷から立ち去るなんて無理ですよ。

 紫さんだって、私がそう言うことを出来ないって事くらい…もう」

「……えぇ、知ってるわ、あなたは決して幻想郷から出ようとしないと言う事くらい」

「なら」

「でも…教えられないのはそれが本当の理由じゃ無いの」

「え?」

「夢で言われたというから教えるわ…私があなたに今まで何も話さなかった理由は

 既にあなたのもう一つの人格が教えている…その過去が、あなたにとって

 思い出さない方が良い過去だからよ、知らない方がいい過去だから」

「なん…」

「でも、自分の過去を知りたいと考えるのは自然な事。

 だから、その事実を受け止めたときに、あなたが潰れないように

 あなたにこの幻想郷を好きになってくれていれば、まだ支えて貰えるかもしれない。

 だから教えてないのよ、あなたを支えてくれる奴はまだ少ないからね」

 

支えて貰うなんて…そんなおこがましいこと、私には出来ない…

いや違う、それは自惚れだ…私はずっと…支えられてきてた。

きっと私の事は、誰かが知らない間に支えてくれてる。

そうだ、それが当たり前だ…自分は支えて貰ってる。

でもどうだろう…私は……誰かの支えになれてるのかな…?

はは、そんなの分からないか…

 

「だから、あなたはまだこの幻想郷で仲間を増やさないといけない。

 あなたを支えてくれる仲間を…そして、あなたを支えてくれる仲間が十分増えたとき。

 私はその事実をあなたに告げる…受け止めきれないかもしれない、そんな過去を。

 だから、今まだ駄目よ」

「……はい、分かりました」

 

……私にはまだ早い、そう言う事なのかもしれない。

もう一つの人格である私も、知らない方が良いという過去。

きっと、そっちの私は私の過去をしっかりと覚えてるんだ。

だから、私にはまだ重いって、分かってるんだ。

だから、あんな事を言ったんだ…私には受け止めきれないって。

……それなら素直に受入れよう…その言葉を受入れよう。

何も知らない私には、何も分からないんだから。


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