東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

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彼女を救うために

私がこの場面で取る事が出来る、最大限の抵抗。

だけど私の抵抗は恐らく無意味だと言う事はある程度予想できていた。

だから、藍に最悪の事態に対する対処をある程度伝えている。

これはただの時間稼ぎ…これで勝負が着けば御の字だけど。

 

「宇宙ねぇ」

 

宇宙空間には空気なんて無いらしいけど、フィルは平然と喋っている。

それに大したダメージも無いように見えた。

それは私も同じ事だけど、やっぱり宇宙空間に放り出したところで意味は無いか。

 

「いやぁ、確かに金平糖みたいな星々が見れて、僕は満足かな。

 全部平らげたら、流石にお腹も満たされるだろうしね」

「流石のあなたも食べきれないと思うけどね?」

「ふ、そうかもね。で、あんたはあれかな?

 これは時間稼ぎという感じで良いのかな?

 まさか、宇宙に僕を放りだしただけで終わるとは思って無いだろ?

 僕が宇宙空間で絶命するとか、そんな甘い事は考えてないだろ?」

「少しだけ考えてたわ、無理なのは何となく察してたけど」

 

彼女ほどの妖怪が、たかが宇宙空間に放り出されたところでどうにかなる訳がない。

フェンリルは北欧神話における神を食らったという狼。

だから、神は彼女に潜在的な恐怖を覚えていた。

その北欧神話のラグナロクにおいて、フェンリルは星を食らおうとした。

もし宇宙空間に放り出されて絶命するのであれば、そんな行為は出来ない。

 

「そ、でもどうすんの? あんたもこのまま宇宙空間に待機するのかな?

 隙間で戻ろうとすれば、僕はその瞬間に隙間に飛び込むと思うよ?

 宇宙空間でも、僕は平然と動けちゃうからね。呼吸も何ら問題無い」

 

どうやって呼吸をしているのか、そもそも呼吸が必要無いのか。

私の場合は隙間を介して酸素を直接体内に送り込んでる状態。

身体の構造がそもそも人間とは違うから、酸素が無くても動けるには動けるけどね。

酸素どころか外気圧とかの関係も私には意味をなさない。

 

「えぇ、あなたと一緒にしばらくこの宇宙空間を漂わせて貰うわ」

「へぇ、気が長いね」

「えぇ、長い命を持っていれば、自然と気が長くなる物よ」

「それはそれは、でも僕は気が短いんだ…ずっと一緒に待つのは好かないから

 僕は先に地球の方に戻らせて貰おう」

「あら、分かるの? 地球の位置が」

「勿論、僕は宇宙の隅っこからでも地球には戻れるからね。

 じゃ、そう言うわけで僕は先に帰るよ。

 多分、あなたの方が先に地球には着くだろうから

 それまで精々、僕をどう止めるかを考えておくと良い。

 時間をあげるよ、優しいだろ?」

「何で時間を私にくれるの? 破壊衝動に身を任せてるあなたが」

「僕はフィルであってフィルでは無い、僕は最初から僕だ。

 最初に言ったじゃないか、僕はフィルの守護者だと」

 

そこまで言うと、彼女は目にも止まらない速度で移動を始めた。

何が狙いなのか流石の私もまだ把握はしきれては居ないけど

折角与えられた時間、可能な限り有意義に使わせて貰うわ。

すぐに幻想郷へ隙間を開き戻る……無事に戻れるとは思って無かったわ。

 

「紫様! ご無事で!」

「あんな風に別れたのにすんなり帰ってきて少し情けない気分ね」

 

本当なら、あのまま死ぬ覚悟だったんだけどね。

あの子に今まで嘘を吐いてきた訳なんだから。

あの子の逆鱗に触れて、私は食い殺される覚悟だった。

 

それがまさか、こうまであっさりと見逃して貰えるとは思わなかったわ。

……どうやら、どうしようも無い程の最悪の事態にまでは陥っていないようね。

 

「あ、あんた…さっきの奴はどうしたのよ!」

「見逃されたわ、とは言えあの口振りだと戻ってくるでしょうけどね」

「冗談じゃ無い! あんなのがまた来たら!」

「……女苑、落ち着いて」

「姉さんは何でそんなに冷静でいられるの!?

 さっきの見たでしょ!? あんなの、私達じゃ手も足も出ないわ!」

「……私達がどうしてまだこの場にいるか…考えてみれば分かると思う」

「はぁ!?」

「意外と察しが良いわね、貧乏神。そんなに交流があったわけじゃ無いのに」

「あの1度きりだけだからね、むしろ交流が無いからそう思うのかも知れないけど」

「どう言うことよ、説明して!」

「……幻想郷の賢者、彼女の作戦にわざと抵抗をしないで乗った。

 あの場面、あれだけの速度で動ける反射神経を持ってる奴が

 あんなにゆっくりとした動きに対応出来ないはずがない」

「そう、フィルは私の不意打ちを避けようと思えば容易に避けられたはずなのよ」

 

でも、あの子はそれをしないで、わざと私の作戦に乗った。

もう一つの人格、フェンリルの人格が相手の作戦を正面から叩き潰したい

そう言うタイプの思考なら分からないでも無いけど

あそこまで容易に追い出されるのも不自然に感じるわ。

 

「そして、私を泳がせている。時間を与えてね」

「つまり、紫様が想定していた最悪の事態にはまだ至っていないと?」

「えぇ、まだ打開策はある…もう少し時間が欲しかったけど

 必要最低限の条件は前回のライブで揃ったはずよ」

 

あの子とこの幻想郷を同時に救う最後の手段。

まだまだ不確定要素も多いし、時間も掛るかも知れないけど

私を生かしたこと、私の作戦にあえて乗ったこと。

あの疫病神と貧乏神を見逃したこと…そこから考えても事態は最悪では無いのは明白。

 

「幻想郷の権力者を集めなさい、全てをその場で明かすわ」

「承知いたしました」

「橙も使いなさい、事態は火急を有する。フィルが幻想郷に戻ってくる前に話を着けたい」

「は!」

 

藍も移動を開始した、私も行動を開始しないといけないわね。

 

「待って、八雲紫」

「何? 貧乏神」

「……私達に協力できることは無い?」

「はぁ!? 姉さん何言ってるの!」

「どう言う心境の変化?」

「全てを不幸にしてしまう私にもう一度幸せにして欲しいの。

 3回目の幸せは…あの時と同じ、全員で味わいたい。

 貧しかった私の心を一瞬で満たしてくれたあの歌声を、私はもう一度聞きたい」

「姉さん…あの件の後、少し表情が和らいだのって」

「ずっと貧乏で、不幸を振りまく存在だった私を幸せにしてくれようとした。

 だから、私もあの子を幸せにしたいと思ったの。

 不幸しか振りまけない貧乏神の私だけどね…」

「ふん、あんな化け物に関わり合いたいとか馬鹿じゃ無いの!

 …でも、姉さん1人じゃどうせ何も出来ないだろうから

 私も手を貸してあげるわ。貸しだからね、姉さん」

「もう沢山借金してる上に、更に貸しが乗るの?」

「文句あるなら借金返しなさい!」

「あはは、ご冗談を~」

 

貧乏神と疫病神の心もあの子は惹きつけちゃったか。

やっぱり、面倒なのに好かれる体質なのかしらね、あの子は。

……幸福を知らない生粋の嫌われ者達に彼女が与えた完全敗北以上の幸福。

最高の瞬間を届けたライブは、ひん曲がった性格すら戻したか。

 

「…良いわよ、協力して」

「任せて、何をすれば良い?」

「今はまだ無理だけど、フィルが戻ってきたとき

 あなた達はそのありのままをあの子にぶつけて」

「どう言うこと?」

「そのままの意味よ、あなた達はただあの子を救うことだけを考えれば良い。

 自分の思いをそのままに、フィルが思いを歌に乗せてあなた達に送ったように

 あなた達はその思いを、言葉と行動に乗せてあの子に送れば良い。

 変ること無く、そのハッキリとした意思を持ち続けて。

 大丈夫よ、あの子はあなた達を殺さない…保証するわ」

「……分かった」

「本当に大丈夫なの? 完全に正気を失ってたと思うけど」

「これで駄目ならどう足掻いても無理よ、あの子には誰も勝てない。

 全能の神だろうと、あの子には勝つことは出来ないの」

「……あいつの正体は神殺しの狼だって言ったわね」

「えぇ、つまりあなた達との相性は最悪よ。

 あなた達がどう足掻いてもあの子には勝てないと言ったのはこれが理由。

 どう足掻いても神はあの子には勝てない。最悪の相手。

 でも、勝つ必要は無いの。そもそも勝てるはずが無いけどね」

「…あの子が私達を殺さないという証拠は何処にあるの?」

「私がその証拠よ」

 

私がこうやって幻想郷に帰ってきている。これだけで十分過ぎる証明になる。

あの子は私を殺そうと思えば容易の殺せた、でも生かしている。

あの子の心は完全に飲まれては居ない、勝算はそこにある。

いや、勝算じゃ無いわね、勝算は0なんだから。

でも、引き分けにする方法はある。

 

「む、紫さんですか」

「げ! 聖!」

「客人が多いわね、確かあなたは命蓮寺の聖ね、どうしてここに?」

「えぇ、フィルさんが暴れていると聞いて。

 私の予想だと夢世界の住民だと思うのですが

 それを何とか押さえ込もうとして飛んで来ました」

「勝てるつもりだったの?」

「いえ」

「じゃあ何で来たの?」

「居ても立っても居られなくなってきました。

 あの子が暴れているなんて噂が広がったら大変でしょ?

 あんなに優しくて純粋な歌を歌う子が誤解されては可哀想です」

「あなたもライブに来てたのね」

「えぇ、歌も聴かせて貰いました。私達お客さんを幸せにしたいと

 そう願った歌…戦闘をして居る最中でしたが心奪われそうになりました。

 その後、寺の子達と一緒に向ったんですが、客席で聞くとよりね」

 

やはりあのライブはフィルという少女がどんな少女なのか

それをこの幻想郷中に示すには最高の場だったと言う事ね。

完全に私の想定外だったけど…嬉しい誤算よ。

お陰で、予想よりも早くこの事態に陥っても対処が出来そうね。

 

「…フィルの事情をこれから幻想郷の有権者達に伝える予定なの。

 今のこの事態がどれだけ深刻かも含めてね。

 あなたも命蓮寺と言う勢力を抱えているんだし、来てくれるわよね?」

「はい、分かりました」

「それともう一つ…あなたの所に何でも探し出せる鼠が居たわよね」

「はい、ナズーリンの事ですね」

「その子に、フィルが付けてたマフラーの破片を集めて貰って」

「…何か意味が?」

「えぇ、フィルを救う為の大事な鍵よ」

「分かりました」

 

状況は悪いけど、絶望する事態では無い。

何とかあの子と幻想郷を救わないと。

でも、私1人ではどうしようも無い。

だけどあの子には沢山の友人が居る。絶対に救ってあげるわ、フィル。


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