東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

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フィルの過去

フィルの昔話、妖怪であれば当たり前だと感じる過去かも知れない。

でも、あの子は本来は人として生まれていたはずの少女。

私達が耐えられても、人である彼女が耐えられるはずも無い。

 

「前置きは良いから話なさい」

「分かってるわよ、せっかちね」

 

彼女は外の世界で生まれてしまった。

本来妖怪が生まれるべき手順を踏まず

人として生まれてしまったのが彼女。

彼女はティルーダ家の娘として生まれたわ。

血を低い姉妹や姉弟など居ない1人娘。

不運な事に彼女の母親は

魔狼フェンリルの血を引いていた。

 

とは言え、母親にはフィルほどの力は無いし

耳も髪の毛に隠れてる程度しか生えていなくて殆ど人に近い容姿だった。

恐らく血が薄れていたのでしょう。

なら、その母親から生まれた彼女は

より血が薄れた、力の無い少女として生まれる筈だった。

 

でも、彼女は何故かフェンリルとしての特徴を異常な程に継承してたわ。

大きな耳と尻尾を生やして、圧倒的すぎる力を持っていた。

違うのは半分以上が人の姿をしているという事くらいね。

それ以外はフェンリルその物だった。

 

「半妖とかが居るから、人との間に妖怪が生まれることは分かるわ。

 でも、そこまで血が薄れているのに唐突にフィルのタイミングで力が戻ったのは何故?」

「それは私でも分からないわ、両親も分かってない様子だったし」

「意味が分からないわね…」

 

流石に聞いた話以上の話は分からないからね。

でも、恐らくフィルのもう一つの人格、あのフェンリルなら分かると予想できるけど。

とは言え、直接聞けるとは思えない。

 

「理由が分かればそこを解決することで鎮圧することも出来るでしょうにね」

「そうね、でも鎮圧する方法は既に考えているわ」

「そうなの?」

「えぇ」

 

でも、この場で私が弱みを見せるのは後々の事を考えても不味いかしら…

素直に協力してくださいとは言えそうに無いわね…私にもプライドはあるから。

 

「その方法は?」

「それは過去の話に答えを織り込んでいるわ、聞いて頂戴」

「勿体ぶらないで言えば良いのにまどろっこしい!」

 

レミリアには作戦を伝えても良いかも知れないわね。

でも、今この段階では話さない方が良いでしょう。

最終手段として知っている人数は少なくしておきたい。

霊夢、私、藍、幽々子の4人…かしらね。

 

「……まぁ良いでしょう、話を続けてください」

「あなたは全部分かってそうよね」

「えぇ、しかし心よりも口から聞きたい物ですからね」

「そう言えば悟り妖怪って心が読めるのか…教えてよ紫の作戦って奴!」

「弱みを握りたいとか、そんな理由ですか?」

「はぁ? 弱み? 何言ってんのよ

 そんなくだらない事はどうでも良い。

 私はすぐにでもあの子を連れ戻さないと駄目なのよ!」

「……本心からそう願ってますね。

 でもご安心を、すぐに分かると思われます」

「過去の話から? だったら早く教えてよ!」

「そうだよ! 早くフィルを助けなきゃ!」

「分かったわ、話の続きをさせて貰うわね」

 

当然、外の世界でそんな異常な体質であれば

迫害を受けることでしょう。

フィルも例外なく迫害を受ける事態に陥ったわ。

学校という、寺子屋に似たような教育組織内でも仲間外れ。

 

外の世界でいつも問題になっていた

いじめという状態になってたらしいわ。

フィルはその間、ずっと堪えてたらしいけど

限界が来てその相手に報復した。

相手はちょっと怪我をしたけど泣きじゃくったそうよ。

フィルはそれよりももっと酷い怪我を

そいつから負わされてたそうだけどね。

結果、今まで自分の問題には

見向きもしてくれなかった教師が

そいつに僅かな怪我を負わせただけで

フィルを怒鳴り散らしたらしい。

 

「はぁ? 散々やってたのが向こうなら

 やり返えされても文句ないと思うんだけど?」

「外の世界はそんな物よ?

 フィルは向こうじゃ異形の存在。

 そんな存在に対して平等という概念を

 外の世界は持ち合わせていないの。

 異形は迫害され、否定され、拒絶される。

 だからこの幻想郷があるの。

 否定され続けた存在が存在し続けるために」

「でも、その程度であれば割とよくある事よね」

「えぇ、その通り。

 私達の常識からして見れば普通の事よ。

 でも、あの子は私達の様な妖怪じゃ無い。

 生まれたくて妖怪として生まれたわけじゃ無い。

 生まれて間もない少女」

 

その扱に怒った彼女が、その教師に対して

報復をしないはずが無かった。

そこを堪えることが出来れば、

こんな事態には陥っていなかったかも知れない。

でも、彼女は報復してしまった。

その時から様子が一変するようになったらしいわ。

人が変った様に、今まで自分を私といってたはずなのに

僕って言うようになったり

態度や様子も大きく変わったそうよ。

恐らく今のフィルはこの人格だと私は思ってる。

 

「人格が変った…2重人格って奴ね」

「そうなるわね」

 

その人格の彼女は攻撃をされれば容赦なく反撃をしていたそうよ。

口には口で、手には手で。

自分から手を上げることは無かったらしいけど

反撃を繰り返していく内に、

彼女は外の世界から完全に拒絶された。

 

「分からないわね、やり返しただけで否定されるとか

 意味が分からない」

「異形の定めという物かしらね、

 自身では何も手を出していないのに

 容赦なく勝手に退治され、

 世界から否定されてしまう、でも」

「でも?」

「彼女は退治できなかったわ、

 人類がどれ程死力を尽くしてもね」

 

彼女を否定した世界は、

彼女を完全に拒絶するために

彼女を隔離することを選ぼうとした。

拘束、あるいはその命を絶ち危険な存在を排除する。

それは人類からして見れば正義だったわ。

危険な存在として、フィルは世界的に発表されてしまい、

命を狙われることになった。

そうね、SNSとか言ったかしら。

それを用いて世界的に広がったの。

外の世界は異形を見付けて意地でも拘束しようと動いたわ。

でも残念ながら、人類の力は到底フィルには届かなかった。

 

「外の世界の戦力がどれ程なのか知らないけど、

 凄まじいことなの?」

「並の妖怪ならすぐに退治されると思うわ、

 退治というか拘束かしら。

 一応、並の妖怪ならね。ここに来ている大半は

 そんな事は無いと思うけど

 でも、その身1つで全てをかいくぐるのは難しいと思うわ」

「フィルはどうなったわけ?」

「全部返り討ちよ。無傷でね」

 

事態を重く見た外の世界の最高機関は

彼女を排除することを選んだ。

外の世界にある軍を用いて、

彼女を襲ったそうだけど全部無意味。

戦車の砲撃も当らないし、

一斉に放った弾丸もまるで意味をなさない。

空からの空爆さえ、彼女には傷1つ付けることが出来なかった。

でも、全部を回避したわけじゃ無い、

彼女は受けた傷を瞬時に癒やしていたの。

そりゃあ、怪我1つさせる事すら出来ないわよね。

 

「確かにかなり再生能力があったと思うけど…そこまでなの?

 1度死に掛けてた記憶が」

「それはあの子の封印がまだ完璧に近かったからだと思うわ」

「封印?」

「そう、封印」

 

最終的に彼女は人類の軍隊を壊滅させたけど、死傷者は0。

奇跡に近いけど、奇跡じゃ無く彼女自身が行なった事。

殺意を向けて攻撃をしてくる連中に彼女は殺意を返さなかった。

だけど外の連中には多大な損害となったでしょうけどね。

兵器はほぼ捨てて再起不能。死傷者こそ出なかったけど被害は甚大ね。

 

「……想像すると凄まじいわね、そこまでなの?」

「星を食べようと思えば食べられる神殺しの狼の力を

 ほぼそのまま継承してるのよ? 国を滅ぼすのは造作ないわ。

 でも外の世界は滅びていない。

 それは彼女が正気を失おうと彼女のままだった証拠」

 

最後の一線だけは絶対に踏み越えなかった彼女。

居場所を理不尽に奪おうとする相手に対して本当に異常よね。

だけどきっと、それは彼女には最後の居場所があったから。

 

それが彼女の両親。父と母だけは彼女を最後まで裏切らなかった。

外の世界の異常に気付いた私は一時的に外の世界へ顔を出して

事態を把握するためにフィルの両親に接触したわ。

 

彼女の両親は本当に優しい両親でね。

ずっと娘のことを心配していて、

何か出来ることはないか考えてたそうよ。

そして、私に遭遇して幻想郷の存在を知った。

 

「……ふむ」

 

とは言え、あそこまで暴走しているフィルを

私は幻想郷には迎え入れられなかったわ。

向かい入れたいと思っても、力が強すぎて引き込めなかった。

その話を両親にすると、両親はとある考えを抱いたの。

 

「考え?」

「えぇ、フィルの力を封印する方法」

「……今の私達にとっても最重要な方法ね」

「えぇ、私はすぐに思い付かなかったけど

 両親はすぐにこの方法を思い付いたわ。

 異形の力を僅かでもその身に宿しているからなのか、

 そう言う知識もあったみたい」

 

その方法というのは…祈りの力だった。

 

「祈りの力?」

「そう、両親は赤いマフラーを用意して、

 自分達の思いを編み込んだの」

「じゃあ、あの赤いマフラーって」

「えぇ、フィルを拘束していた優しい鎖。

 あの子がマフラーを取りたがらなかったのも

 そのマフラーに両親の暖かさを感じていたからでしょうね」

「マフラーが完成した後、両親はどうなったの?」

「母親はフィルにこう告げたわ。

 フィール、あなたはこの世界にいられない

 この世界ではあなたは生きていけない

 だから、あなたは幻想の中に生きるのよ。

 そして、彼女に優しく赤いマフラーを巻いた。

 両親の優しい想いに包まれたフィルはその場で意識を失った。

 その間に私がフィルの記憶を操作して、

 しばらくの間、私の家で匿ってたの」

「どれ位の間だ?」

「フィルが目覚めるまで、10年かしら」

「長いような短いような年月ね…その間だ、フィルはどうしてたの?」

「力を封印された反動でずっと眠ってたわ」

「……じゃあ、もし今のフィルを封印した場合」

「長い時間眠りに付く事になるでしょう」

「い、いやよ私! そんな長い間待てないわ!」

「でも、他に方法は無いの。

 それに10年なんて私達からして見ればどうって事無いでしょ?」

「…それでも、私は辛い」

 

レミリア、彼女は私達と同じ妖怪ではあるけど、

妖怪として過ごした時間は短い。

だから10年がそんなに長く感じるのかしら。

私からして見れば10年なんて一瞬。

でもそうね…フィルが来てからは、

1年さえ少し長く感じてしまったけど。

 

「…とは言え、方法は分かったわ、

 私はその方法を元にフィルが眠らなくて良い

 そんな可能性を考えるわよ」

「あると思うの?」

「あると思って探さないと見付からないわ」

「無駄な労力になるわよ? 簡単な方法を用いた方が良いと私は思う」

「医者の話なんて聞いてないわ、これは私達紅魔館の問題。

 あの子の主として、私は私の我を通す」

「事態がお前達紅魔館だけの問題で無い事は明らかだろう?

 相手は神を殺す狼だ、

 我々守矢の神に取っても重大すぎる問題だ!」

「知らないわよ! あなた達がどうなるかよりも、

 私はあの子がどうなるかの方が大事なの!」

「この場に来てわがままを言うのかい?

 そろそろ大人になったらどう?

 いつまでも子供の吸血鬼」

「子供で結構!

 あの子を救う為なら何と言われようと構わないわ!」

「ほんの1年程度一緒に居た相手に対して、

 なんでそんなに肩を持とうとする?」

「知れたこと、ほんの1年だったとしても

 あの子は私の大事な家族。

 家族の為に最善を尽くすのは当然なのよ」

 

……本当に子供っぽい吸血鬼ね、わがままな子。

 

「私もお姉様に付いていく。難しくてもやってみせる!」

「えぇ、ありがとう…それじゃあ、

 私達は行動するわ、時間がない。

 この場は貸してあげるから

 後はあんたらだけで話してなさい」

「待ちなさい!」

「何よ紫、文句あるの?」

「……応援はしてあげるわ、でもハッキリと言わせて貰う。

 あなた達だけじゃ、確実に不可能よ」

「不可能でもやるわ」

 

そのまま部屋を出ていったか…

でも、私もこの手はあまりお勧めはしない。

 

「……」

「紫さん、伝えなくて良いのですか?

 両親がその後、どうなったか」

「……そうね」

「まだ続きがあったの?」

「えぇ、フィルのマフラーを完成させてあの子の力を封じ

 見送った後…フィルの両親は命を落としたわ。

 外傷はない、力の全てを使い切った衰弱死」

「……」

「フィルはこの事実を知らないわ」

「だから、あの子のマフラーを探して欲しいと言ったのですね」

「えぇ、彼女の力を封じる大事な鍵であり、大事な形見だから」

「全く、外の世界は排他的で大変そうだぜ

 でも、全員がそうじゃ無いって事くらい、私も知ってる。

 あいつにも親友が出来てるみたいだしな、

 私はレミリアに乗るぜ」

「魔理沙…」

「良いの? かなり不確実な物よ?」

「その方が魔法使いとして燃えるからな!

 不可能に挑戦するのが魔法使いってやつだぜ!」

「…私もレミリアさんの方に付くとしましょう」

「さとり、あなたも?」

「えぇ、フィルさんとはまだお話ししたいことがありますからね」

 

あの悟り妖怪が…

意外と気に入った相手は大事にするタイプみたいね。

 

「我々守矢は確実性を取りたい。死活問題だからな」

「そうだね」

「私達命蓮寺はレミリアさんの方へ付きます。

 あの子の色々な事を知りたいですからね」

「では、私達もそちらに付くとしよう。

 彼女には興味があるからな」

「そう……残りは?」

「私も安全性を重要視したいわ、

 フェンリルというのであれば月にも被害が出かねないから。

 それに、所詮は10年程度。大した時間じゃない」

「私は紫が選んだ方で行くわ」

「……私は」

 

私はどっちかしら…幻想郷の安全を考えれば確実性がある方が良い。

彼女の両親がその身をもって示してくれた彼女を押さえ込む方法。

……でも、フィルの為には? …いや、それは良いわ。

私は幻想郷の賢者、私は幻想郷を最優先に考えるべきよ。

 

「私も確実性の高い方を取るわ、当然よ」

「紫……」

「当然? 若干悩んでたくせによく言うわね」

「霊夢」

「まぁ、私も博麗の巫女として確実性が高い方を選びたいわ。

 でも時間はそこそこあるし、あいつが帰ってくるまで探してみるわよ。

 と言う訳で、私は中立。そう言うわけだから後よろしくね」

 

霊夢、そんな風に言い残して部屋から出ていくのね。

気になる言い回しを。本当、博麗霊夢は恐ろしいわね。


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