東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

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満月に照らされた九尾

暗くなってきたのぅ…運の良いことに今日は満月じゃ。

時間を稼ぐことは出来よう。

最低でも朝になるまでは時間を稼がねばならぬと言うのは辛い所じゃ。

 

「やぁ九尾さん…僕の前に姿を見せるとは君も酔狂だね」

「何、幻想郷全てを楽しく回っておるお主ほどでは無い。

 ほれ、儂も混ぜてはくれんかの? 丁度暇をしておったのじゃ」

「それなら、いつも通り里の見張りでもしてればどうだい?

 わざわざ僕に会いに来ることはないのに」

「里でお主と戦っては被害が出てしまうじゃろ?」

「君が居なくなれば、里はより甚大な被害を出すけど良いの?」

「大丈夫じゃ、被害が出たりはせん。ここでお主を止めるからな」

 

等と言う啖呵を切ったは良いが、まず勝ち目は無いじゃろうな。

1人で足止めを出来る相手では無いと言う事は分かりきっておる。

母よりも圧倒的に強大な存在…国は愚か、世界すら滅ぼせる化け物。

 

そんな実力者に、儂如きが1人で挑むなど無謀じゃ。

どう足掻いても1人では敵わぬ…じゃが、1人で無ければ…

勝利することは出来ずとも、引き分けに持っていくことは出来るはずじゃ!

 

「止める? ふふ、やっぱり狂ってるね。頭大丈夫?

 君はまぁまぁ頭も良い方だろ? 昼の姿とは違って」

「昼の儂も夜の儂も同じじゃよ。お主にも分かるじゃろ? フェンリル」

「違うね、僕とフィルは同じ身体ではあるが別の存在だ。

 フィルは僕の妹みたいな物だよ、そして僕は姉だ。

 素直になれない可愛い妹の為に、こうやって僕が妹の気持ちを伝えてるのさ」

「やはり儂と似ておるではないか、昼の儂は夜の儂の妹みたいな物じゃ。

 変態ですぐに暴走する馬鹿者。好きな物には必死に飛びつく。

 何度あしらわれても、好きな事にはずっと飛びかかる愚か者じゃ。

 

 じゃから、駄目な妹の代わりに、儂がお主を取り返すのじゃ。

 あやつはお主のことを好いておったからな。

 それを取り戻す。ふふ、姉というのは妹の為なら必死に動ける物じゃ」

「…ふ、分からないでも無い」

 

じゃが、儂の役目は時間稼ぎ…最高の役目は儂では無い。

1度しか無いチャンスを作る為にも、儂は意地でも時間を稼がねばならない。

 

「で、こんな世間話をする為にわざわざ来たわけじゃ無いんだろ?」

「いいや、世間話も儂がしたい事じゃよ。

 フィルを守っているという主から少し話を聞きたいと思ってな。

 似たような存在じゃ、2重の人格を持つ儂とお主は」

「2重の人格? は、そう見える? …何度も言ってるけど別人だよ? 僕とフィルは。

 僕はフィルじゃ無いし、当然フィルは僕じゃ無い。僕達は同時に存在してるのさ。

 例えフィルの人格が寝ていても存在してる。当然その逆もある。

 ま、僕の場合は起きてるんだけどね、寝てるふりをしてるのが正しいのかな」

「…ふ、そうか。フィルはまだ消えてないのじゃな」

「そうだよ、何度か言ったけど、僕はフィルを守る為に存在する。

 僕が存在するためにフィルを消すわけが無いのさ。

 僕はフィルになりたいわけじゃ無い、フィルを守りたいんだから」

 

こう言う多重人格である場合、裏人格が本人格を乗っ取ろうとする場合がある。

そう言う妖怪も存在するにはするのじゃろうが、彼女は違うようじゃな。

ならばひとまずは安心と言えるかもしれぬ。

 

「主はフィルに対し、何か家族以上の特殊な感情でもあるのかのぅ?」

「あるよ。あの子は僕の可愛い妹さ。家族以上に、シスコンと呼んでくれても良い。

 そんなあの子が辛い思いをしないために、僕がこうやって出て来てる。

 あの子は何処までも純粋でね、それ故に傷付きやすいのさ。

 

 だってさ、散々な目に遭わされてたときも、あの子は他人を怨んでない。

 怨んだのは自分だけだ、自分にこんな耳や尻尾が生えてるから駄目なんだってね。

 痛い思いをしても、皆が恐い思いをしないようにと自分の耳と尾を切った。

 

 結果は今の僕を見ても分かるとおり、尻尾も耳ももう一度生えてきたんだけどね。

 …君も似たような経験をしたんだろう? なら、多少は分かるんじゃ無いかな?

 大事な手間の掛る妹の為に自分が何とかしなきゃ行け無いって。

 

 いや、君の場合は違うか、満月の夜に君が出てくるから妹が辛い思いをしたんだ。

 つまり君の場合は、君自身が邪魔な存在で、最善の手立ては自分が消えることだった」

 

彼女の言うとおりじゃな、儂が存在することであやつに辛い思いをさせてしまった。

全くもってその通りじゃ、自らの意思で姿を見せるわけでは無い。

儂という存在が無ければ、あやつは村を追われ続ける事も無かったじゃろう。

 

「その通りじゃ、儂は存在してはならない存在。

 あやつにとって、不利益にしかならなかった姿じゃろう。

 勿論、儂自身も自覚しておるよ。この姿を自らの意思で消せるのであればしたじゃろう」

「そうか、君自身の意思で妹に不利益を被らせたわけでは無い。当然か。

 でも、今はどうなんだ? 何で僕の前に君は姿を見せた?

 勝ち目は毛頭無い相手、そしてその身体は妹の身体と同一。

 君が死ねば、妹も死ぬ。君は今、君自身の意思で妹を危険に晒している」

「主も同じじゃ、お主が死ねばお主の妹、フィルはどうなる?」

「は、馬鹿だね。僕は死なない…僕は不完全な不死者だ。

 純粋な生と死以外で僕らが死ぬ事は無い…自らの寿命以外では死なないよ。

 でも君は違うだろ? 高い生命力を持つ半獣ではあるけど死ぬ時は死ぬ。

 ましてや僕という、どうしようも無い相手と対面していればね」

 

確かに儂は彼女とは違い、死ぬときは死ぬじゃろう。

しかしこの場では死なないという、絶対的な安心感がある。

それはきっと、目の前のフェンリルが妹を大事にして居ると知っているからじゃ。

 

この会話でその情報を聞けた、じゃから儂はこの場では死なぬと言う安心感がある。

彼女は妹の事を、フィルの事をこの上なく大事にして居る。

ならば、彼女が悲しむ行動はしない…暴れているが、恐らく彼女は誰も殺さぬ。

 

「何、儂は死なぬよ。確信出来る」

「後悔するよ? 最悪の姉になっちゃっても知らないよ?」

「ならぬよ、妹が大事であると言うのなら最悪の道には進まぬさ」

「あっそ、まぁいいや。死なないというなら精々踏ん張りな。

 でも、僕は止まらない。君を踏み倒して先に行く」

「行かせぬ、ここで止まって貰う」

「なら、止めて見なよ!」

 

フェンリルが動いた、素早い…儂の反応速度では追いつけぬほどに!

じゃが、罠を仕掛ける余裕はあったからな。

 

「ん? ぐ!」

 

儂の目の前に来た彼女の足下が爆発した。妖気を行使した罠。

あまり多くは仕掛けてはおらぬが、時間は稼げるじゃろう。

 

「面白い罠だね、ま、無駄だけど」

「分かっておる、この程度で潰せるとは思ってはおらぬさ」

 

周囲に狐火をいくつも展開。足止めにはなるじゃろう。

妖気による網…儂の妖気を操る程度の能力を最大限に扱わせて貰おう。

 

「ほれ、のんびりと楽しもうでは無いか、夜はまだ長い。

 この満月が沈むまでは相手になってやろう。

 この短き時間をお主にとって最も印象深い物にしてやろう」

「出来るかな? 君にとって印象に残るのは間違いないだろう。

 最も不甲斐ない時間として、君の心には刻み込まれる。

 でも僕の心には何も残らない。ただ雑魚を潰しただけの記憶だ

 それに、月が沈むまでと言ったが、そんなに時間はかからないよ、かかる筈が無い」

「その言葉、後で撤回する羽目になるぞ? 言い訳でも考えておけ」

 

百鬼夜行を呼び出して、踊れや踊れの大騒ぎ。

九十九の神と戯れば、終りし時はやってくる。

全てを包む神の日は、全てを踏み付け否定する。

 

「では、参ろうか。さて主はこの百もの怪を潰せるか?」

「百鬼夜行を呼び出すか、面白いじゃ無いか。でも僕には無力だ。

 雑魚がたかだか百匹揃った程度で何が出来るって言うのかな」

 

時間は稼ぐ…多少は消耗が激しいが、致し方あるまい。

儂の消耗はあやつの消耗にはならぬのじゃからな。

ならば、儂は最初から全力で行かせて貰おう!


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