東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

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もう1人の守護者

…嫌な予感はしていたんだけどなぁ。

何となく不審な気配を感じたからわざわざ月を襲撃する前に

幻想郷に降り立ったって言うのに…やっぱり私の予感は的中してたのね。

あの禍々しいオーラや存在感…ただの狼じゃなかった。

 

「よぅ、あのクソジジイは元気か? おい」

「……」

 

口調も変るし、私を見てそんな事を聞いてくるって事は…

やっぱりあいつだったか…最悪過ぎるわね、これは。

あのクソジジイって言うのは、恐らく。

 

「ゼウス様の事かしら? 全く最悪よ、悪夢再びよ…

 と言うか、あなたはゼウス様に封印されてたと思うんだけど?

 全能の天敵…テュポーン」

「さぁ、元の奴は知らねぇよ? 今でも火山で封印されてんのかね?

 ま、俺は同じ様な能力を持った、また別の個体って感じだからな。

 俺の血とクソ狼の血。運が悪かったよ、本当に」

 

テュポーンとはまた別の存在…でも、実力は本体よりも強大に感じる。

正直言うと…今のあいつがゼウス様と戦ったら、どっちが勝つか分からない…

普通ならゼウス様の圧勝だと考えるのかも知れないけど、あの異様な覇気は…

 

「本来交わるわけ無かったんだよ、俺達の血って奴は。

 どれだけ低い確率だ? 何兆分の1って所か?

 ったく、最悪を引いてしまったよ、フィルは。

 この異常な程に低い確率を引かなければ平和に過せたのによ」

 

そう言う…運が悪かったわね、あの子は。

フェンリルとテュポーンの2つの血が混ざっちゃったから、こんな事になったと。

異常なほどに強く、異形であり、怪物…神々さえも恐怖に陥れる魔獣。

 

「どうせなら俺が猿とかなら面白かったんだがな。

 残念な事に俺は蛇だからな」

「……冗談を言うのね、あなたみたいな化け物でも」

「俺は化け物だが、完全な化け物にはなりきれちゃいないのさ。

 俺には大事な奴が出来ちまった。昔とは違うんだよ。

 だが、力は昔よりも強大だ…あのクソジジイに言っておけ。

 邪魔しようってんなら、今度はぶっ殺すってよ」

 

フェンリルの力も今のテュポーンは持っていると考えるべきね。

確かにその2つが組み合わさったら…ゼウス様でも勝算は薄いでしょう。

神殺しのフェンリルと全能の天敵…最悪の組み合わせね。

まさしく神を滅ぼすために生まれてきたような、そんな存在。

 

でも、彼女達の目的は神を滅ぼすことではない。

彼女達の目的は…大事なフィルを守ること。

彼女に手を出さなければ、私達は安全と言えるのかしら。

 

彼女という圧倒的な脅威を排除することは出来ないけど

彼女に危害を加えない限り、彼女も私達に危害は加えない。

でも、このままだと彼女は外を滅ぼすと聞いた。

 

あれほど巨大な存在をどうにかする手段が幻想郷にあるの?

……恐らく、あるんでしょうね。幻想郷の賢者。

あいつが無計画で何かをするとは思えないからねん。

 

どうも、時間さえ稼げばその手段を行使出来るみたいだし

私も勝算はないだろうけど、その時間稼ぎに加勢しちゃおうかしら。

彼女は恐らく誰も殺そうとはしないんだから、私も大丈夫でしょう。

 

「大丈夫よ、ゼウス様は動かないわ。前は攻め込まれたから対処しただけだし」

「あっそ、ま、例えなんかしようとしても、ビビって出来ねぇか」

「そうかもね、あなたという、異常な存在は流石に相手をしたくないでしょ」

「……おいアホ。2度とフィルに対して異常とか口走るな、俺には構わねぇが

 あいつが出てるときに、異常だとか言って見ろ…殺すぞ」

 

彼女の目付きから、その言葉が本気だと言うことは理解できた。

どうやら、テュポーンにとってもフィルちゃんは大事な存在みたいね。

 

「さぁ、怠い話はここまでにして、さっさと終わらせてやるよ。

 どうもお前らは時間を稼ごうとしているらしいからな。

 まぁ、何が狙いかは知らねぇが、多少は乗ってやるよ。

 何やっても無駄だからな、最後のあがきくらいは受けてやらねぇと」

「なら、戦わないで待機しててくれないかしら?」

「それは駄目だな、俺は退屈が嫌いなんだ。

 だからよ、俺を楽しませてくれよ! 手加減はしてやるぜ」

 

彼女への攻撃が届くとは到底思わないけど、やらない訳にはいかないみたいね。

時間を稼ぐ。それが私達に出来る最大の手段でしょうからね。

 

「本当、何が狙いなのか…ふふ、幻想郷の賢者さん。私も楽しみにしてるわよん」

「残念だけど、地獄の女神…私がやっていることは、私の狙いでは無いのよ」

「ん? あなたじゃ無いなら、誰が彼女を止める為に動いてるの?」

「幻想郷全体が動いてるの。そして、あの子を止める為に中心になって動いてるのは

 無謀な吸血鬼2人よ」

「……」

 

あの子の表情が変ったわね、驚いたのかしら?

無謀な吸血鬼2人…心当りは、十分あるわね。

あの子が住んでいた、あの館の吸血鬼達かしら。

 

ふふ、これもまた面白そうな状況じゃ無いの。

彼女を止める為に、力が無い妖怪2人が中心になって

幻想郷全体を動かしてるなんて…これだから幻想郷は面白い。

 

「それは面白いわね。ふふ、だから大好きなのよ、幻想郷は。

 私も見届けたいし、足止めして時間を稼がないとね」

「見届ける? 何を悠長な事言ってんだよ」

「知りたいのよ、あなたの居場所があなたを受入れきれるかどうかを」

 

彼女を止めた時、彼女の居場所は本物になる。

あの館の主は…いや、この幻想郷は果たして彼女を受入れきれるか。

全てを受入れる幻想郷。その包容力は神々の天敵さえ包めるのか。

興味があるわ。世界の破壊者が世界に受入れられる瞬間に。


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