東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

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祈りを繋げて

フィルの過去、八雲紫からあの話を聞いたとき

少しだけ昔を思いだした気がした。

何年前かは覚えてないけど、あの時の記憶は覚えてる。

 

きっとこの幻想郷に住んでいる連中の何人かはそんな過去を抱いている。

ただフィルにはその全部を覆す事が出来るだけの力があった。

辛い思いをしたとき、その度にその力を使おうとしたでしょう。

 

でも、あの子は暴走するまでその力を使わなかった。

溜まりに溜まった怒りをどうすれば良いか分からなくなった。

その時に作り出したのが、恐らく2つの人格。

 

私は過去、その怒りという衝動に駆られた。

どうしようも無いほどの怒りに包まれ、全てを壊し

恐れられ、この幻想郷に逃げ出した。

 

居場所を捨てた私はこの幻想郷で新しい居場所を作った。

フランにも不自由な想いをさせたと思う。

フランに同じ思いをして欲しくなかったから彼女を監禁した。

でもきっとその行動は、フランの居場所を奪っていたのでしょう。

 

私にあんな事をしてきた連中と同じ事を私はフランにしていた。

幻想郷に来て、居場所を作った後も私はフランをその縁に入れられなかった。

心配していたから? それともその居場所が壊されるのが恐かったから?

…そう、きっと後者だ、私が作ったフランを閉じ込めるための体の良い檻。

心配だからフランを孤立させているという、体の良い言い訳。

 

その檻を壊したのは、ありとあらゆる物を破壊する能力を持つフランじゃ無い。

その檻を壊したのは、彼女を監禁していた私でも無い。

その檻を壊し、フランに本当の居場所を与えたのは

他でも無い、フィル…だから。

 

「あなたには本当に感謝しているわ、私の心の弱さを破壊してくれて。

 フランに本当の意味での居場所を与えてくれて」

「だから、今度は私達があなたに居場所をあげる。

 私達はあなたを絶対に受け止めるから!」

「言葉に何の意味がある? いくらでも隠せる言葉に。

 口先だけは達者なことを言っても、その裏は必ず存在する。

 俺はな、もう何も信じられないと感じてるよ。

 信じられるのは俺達自身だけだ、俺達だけ!」

「残念ですが、私はあなたの裏を読めている。

 あなたは居場所を欲してる。ここが居場所であると思っている。

 でも、あなたはここに居ても良いという証明を欲している」

「ふざけた事を」

「言葉だけで足りないというなら、証明して上げるわ」

 

自身の手にグングニルを召喚する。

全てを貫く神の槍…この槍は果たしてフィルの心に届くのかしら。

いや、きっと届かない。私だけでは届くはずも無い。

だけど、必ず届かせて上げるわ。

 

「必ず伝えて上げるわ」

 

フィルにグングニルを向けた、でも敵意は乗らない。

私の槍が背負う想いは、憎しみでは無い。

救いたいという、純粋な想い。

 

「お姉様と私、そしてこの幻想郷中の想い…届ける!」

 

フランがレーヴァテインを私のグングニルの下に重ねた。

全てを焼き尽くす破壊の剣、レーヴァテイン。

本当奇妙な物よね、姉妹揃って対になる武器。

本来は共闘するはずの無い神と破壊者の武器達。

 

このグングニルを私が操り、フィルがフェンリルであると言うなら。

北欧神話の通りに進めば、私は死んでたのかも知れないわね。

あの子がもし、私とフランの間を取り繕ってくれてなかったら

もしかしたら、フランは私にその刃を向けていたのかも知れない。

今みたいに救うという気持ちでは無く、殺すと言う決意を乗せて。

 

もしそうなっていたらどうなってたのかしらね。

私はフランに殺されちゃってたりしたのかしら?

ふふ、本当に変な感覚よ。

 

「フィル、あなたは自分で自分の居場所を作ったわ

 この状況だって、あなたが作ってなかったら実現してなかったでしょう。

 仲違い気味だった私達を、あなたが再び繋げてくれた。

 喜びなさい、ここはあなたの居場所よ。間違いなくね」

「うん、絶対に帰ってきて貰うから!」

「行くわよ! 全員! フィルを救い出せ!」

 

私の号令と同時に咲夜が飛び出した。

彼女はフィルの周囲を大量のナイフで包囲する。

 

「さぁ、時間は稼がせて貰うわよ、フィル!」幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」」

「無駄なんだよ!」

 

咲夜のナイフは全て吹き飛ばされる。

彼女ほどの実力があるのだから予想は出来ていたわ。

でも、咲夜の攻撃は本命を隠す為の目眩まし。

 

「なん!」

 

フィルが咲夜の攻撃を全て弾くと同時に目にしたのは恐らく

自分を包囲している多種多様の弾幕でしょう。

全員、あくまでフィルを弾幕ごっこという

幻想郷のルールに沿った状態で止めようとしている。

 

「無駄な足掻きをすんじゃねーよ!」

「く、やっぱりこの攻撃も防がれたわね」

 

周囲を包囲してでの攻撃でもフィルには届かない。

彼女がその気になれば隙間の無い弾幕さえも避けられそうね。

 

「無駄なんだよ、全員揃おうと、この俺には届かねぇ!」

「お姉様!」

 

フィルの狙いは私か…

 

「掛ってきなさい、主としてあなたを止める!」

「雑魚が粋がるなよ!」

「なんの騒ぎか詳しくは分からないけど、凄い事になってるのね」

「ッ!」

 

私とフィルの間に巨木が飛んで来た。

それにより、フィルは私に飛びかかることが出来ず、後方に下がる。

 

「フィル、随分と雰囲気変ったね。

 でも、なんか楽しそうじゃん」

「お前は…菫子」

 

菫子…確かフィルが外の世界で出会ったという人間。

 

「ここがフィルが居る世界か、最高じゃないの!

 神秘が溢れて凄いわ! それにフィルも居るしね」

「蓮子、今取り込み中みたいよ」

 

外の世界に居るはずの人間が、どうしてここに…

でも良いわ、私達に取っては好都合ね。

彼女達が登場したことで、フィルに別の動揺の色が見えた。

 

「フィルが包囲されてるわね、でも何だか楽しそうね。

 よく分からないけど頑張れフィルー!」

「楽しそうに見える?」

「フィルが楽しいと感じてた時ってあんな表情するじゃん」

「そうね、少なくとも辛いとは思って無さそうね」

「なんでお前らが…」

 

彼女達の登場は、フィルには予想外だった。

当然、私自身も予想外だったわ。

 

「外の世界の住民を呼び込むなんてちょっとイレギュラーだけど

 どう? 中々面白いサプライズでしょ? フィル」

「八雲紫、まさかお前が…」

「ふふ、サプライズ、喜んでいただけたかしら?」

「なんか色々聞いたわ、悩み事があるんだって?

 でも、私達が来るまでも無かったかもね。

 ここに居る全員、あなたの為に居るんでしょ?

 これだけ沢山の人があなたの為に動いてくれてるなら認めても良でしょ。

 大丈夫だって、居場所とかが欲しいなら、私達もその居場所になるから」

「なんだよ、なんなんだよ! 邪魔すんなよ! 邪魔するなよ!

 私の心をかき乱すな! これ以上私を馬鹿にするな!

 ふざけるな! 知ってるんだ、私は知ってる! 知ってるんだから!

 どうせ、どうせどいつもこいつも私の事恐いんだろ!?

 恐いから止めようとしてるんだろ!? そうなんだろ!? そうと言えよ!」

「恐い? そんな風に思ったことは1度も無いよ

 フィルよりお姉様の方が恐いもん」

「こらこら、私は優しいでしょ」

「最初皆そうだった、皆そうだったんだよ、皆私の耳と尻尾は恐くないって。

 むしろ羨ましいって…だから、私もこの耳と尻尾が大好きだった。

 でも、大きくなればなるほど、全員私を嫌っていった。

 

 この耳と尻尾のせいで! この力のせいで! どうせ全員そうだ!

 最初は恐くないとか何とか言って、どうせ最後は嫌うんだろ!?

 そうなんだ! 私に居場所なんて無い…居場所なんて要らない!

 どうせ無くなるなら! 最初から居場所なんて必要ねぇんだよ!」

「怖がられる力なら、私だって持ってるよ、フィル。

 ありとあらゆる物を破壊する程度の能力…あなたも見たでしょ

 でも、あなたは私を嫌わなかった。だから、私も嬉しかった。

 最初はこの能力は要らないと思った、嫌われる力なら」

「私もね、能力が嫌いでその能力を否定した存在なの、よく分かる」

 

フィルの近くに…確かさとりの妹だったかしら。

いつの間にフィルの近くまで…

 

「でも、私は今若干後悔してるんだ…私もお姉ちゃんみたいに

 フィルの本当の心を知ってみたいって思う。

 辛い思い出とか、全部受け止めてさ、お話しを聞いて上げるの。

 それで少しでも大事な人の心を癒やせるなら、それが良い。

 でも、私は心を閉じた…本当なら気に掛けられることも無い存在。

 それでも、あなたは私に気付いて、気に掛けてくれた。嬉しかったよ」

「……」

「だから、私もフィルを助けたいの」

「嫌われたりなんかしないよ、私達はフィルを受入れる」

「……だから、そう言うの嫌なんだよ! どうせ無くなる居場所なら!

 最初から…最初から必要ねぇ! どうせ、私自身が壊すんだから!」

「フィル…あなたがどれだけ私達を拒絶しようとしても

 私達はあなたを拒絶はしないわ。ここは幻想郷。

 全てを受入れる世界よ。あなたがどれだけ強大だろうと

 私達はあなたを必ず受入れる」

「そもそもここに居る連中ははぐれ者よ

 私は違うけどね、博麗の巫女だし」

「大体嫌われるなら、まず第1に姉さんが嫌われるでしょ」

「女苑、普通そんな事お姉さんの前で言う?」

「ま、まぁ、今の姉さんなら多少嫌われないかもね。

 なんか無気力じゃ無いし」

「うん、絶対にフィルを救うと決めたから」

「人を不幸にすることしか出来ない貧乏神がほざくなよ」

「でも、人を幸せにしようと努力することくらいは出来るから」

 

本当にこの子は私が知らない間にここまで人を惹きつけたのか。

やっぱり本来の彼女がどうしようも無くお人好しだからかしらね。

頑張り屋さんで素直で人を怨もうともしなかった子。

 

そんなフィルが歪むほどに外の世界の仕打ちは残酷だった。

いや、フィルは外の世界でも歪んでいなかったのか。

あの子はきっと他人では無く自分を怨んだのでしょう。

 

不条理に対抗するために別の心を作り出して…いや違うか。

他の心は彼女が作ったんじゃ無くて、彼女に寄り添ったのか。

眠っているフェンリルとテューポーンの力が目覚め、寄り添った。

 

だから彼女達はフィルの事を絶対に護ろうとしていた。

今回の異変だって、きっとフィルを護ろうとしていた。

本当は止めて欲しかったのかもね、外の世界に行くのでは無く

わざわざこの幻想郷に姿を見せたのだから。

 

「だから、邪魔するなって言ってるだろ!

 ふざけた事を言うな! この貧乏神!」

「素直になってください」星気「星脈地転弾」

「うぅ!」

 

美鈴の攻撃でフィルは少し仰け反る。

 

「必ず止めるわ! あなたを!」運命「ミゼラブルフェイト」

「無駄な鎖だ! 運命なんて!」

 

そう、私の鎖は簡単に砕かれた。

当然、このスペルカードにろくな意味は無い。

悲惨な運命や惨めな運命、そんな意味合いだからね。

それが砕かれたというのであれば

彼女に悲惨な運命は存在しないと言う意味かしらね。

 

「そうよ、この鎖を断ち切れたのだから、あなたに悲惨な運命など存在しない。

 あなたを繋ぐ運命は悲惨な運命なんかじゃ無いわ」

「な!」

 

ミゼラブルフェイトに隠れ、もう一つ仕組んでいた鎖がある。

惨めな運命なんかじゃ無い、明るい未来への鎖。

そうね、ブライタフェイトなんてどうかしら。

 

「レミィ! 確実に捕えたわ! 私達のグレイプニルが!」

「よし、九尾の半獣! 準備は出来てるわよね!」

「あぁ、完璧だよ! ようやく繋げた!」

 

フィルを救う為の方法、フィルを本当の意味で救う為の方法。

それは九尾の半獣が扱う、祈りを繋げる程度の能力で祈りを繋げ

フィルにその祈りの全てを叩き込む方法。

 

グレイプニルにも既にその祈りを僅かに繋げてある。

それ故にフィルはあの優しい鎖を破壊することが出来ていない。

本来なら容易に破壊できる鎖、フィルを繋ぐ優しい鎖。

 

「後はあなた達の仕事よ! レミリア! フラン!」

「分かってるわ! フィル! ここがあなたの居場所よ!」

「絶対に帰ってきて貰うんだから!」

「こ、この!」

「繋がれ! あの2人の祈りに!」

 

私のグングニルとフランのレーヴァテインに優しく淡い光りが灯る。

本来なら禍々しい光りを放つ私達の武器に優しい想いが繋がった。

誰かを傷付ける事しか出来ない武器と言う存在が

今、誰かを救う為の光りになってる。

 

「届けぇ!」

 

フランと私は同時にフィルに接近する。

 

「無駄なんだよ、何にも届きはしない!」

「ッ!」

 

だけど、私達の武器が届くよりも前にフィルは鎖を破壊した。

このままじゃ、フィルに私達の祈りを流し込むことが!

 

「いいや、届きます」

「な、か、身体が…」

「もう、目覚めているのだから」

 

フィルの動きが止まった…そして一瞬だけ、フィルの表情が柔らかくなる。

 

「お嬢様…ありがとうございます」

「……お礼を言うのは私達の方よ」

 

フィルが発した小さな言葉と同時に、私とフランの武器はフィルを貫いた。

フィルは優しい表情を浮かべたまま、地面に倒れた。

さっきまでの憎しみに溢れていた表情は

倒れて眠っているフィルには一切見えなくなり。

安心したような微かな笑顔を浮かべて眠った。


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