東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

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全てを受入れる世界

……恐い夢は何度か見た記憶があった。

自分を傷付ける夢や誰かに殺されそうになる夢。

幸せな夢は、あまり見ることが無かったように思える。

 

昔の事だし、そこまでハッキリとは覚えてないけど

でもね、きっと今ほどに幸せな夢を見たことは無いと思う。

誰も私を傷付けようとしないの。

 

私が私を傷付けようとしても、誰かが止めてくれるの。

そして、怒ってくれて…酷く言われたりもしたけどね

何だか恐いってイメージは無くて…凄く優しいの。

 

(……)

 

色々な夢をこの短い間に見た気がする。

その夢の私は最初は前と同じなんだけど…

夢が進んでいけば行くほど…優しい表情になっていく。

 

最初は昔の夢を誰かが止めてくれる感じで…

でも、夢が進んでいけば行くほどに…夢は変っていく。

私が皆と仲良く過ごしてる夢に…変っていく。

 

夢の中の私は…今まで見たことが無いくらいに

嬉しそうで、楽しそうで、幸せそうで……

私も夢の中みたいになれるかな…

 

(…なれると思うよ、僕は)

 

なれるかな…私、もう誰も傷付けないで…

誰も怨まないで、誰も怖がらないで…

 

(なれるさ、それが本当のお前なんだから)

 

本当の私ってなんだろう…私は私が分からないけど

きっとそれは皆同じ…本当の自分を理解してる人はきっと居ない。

自分の事を本当に理解出来る人は…自分を理解してくれる人が居る人だけ。

私にはそんな人が居るのかな…出来るかな…そんな優しい人が。

 

(あぁ、沢山居るよ…君はそんな人を自分の力で沢山作ったんだ。

 もう、僕達は必要無い…君は僕達が居なくても、1人でも大丈夫だ

 だって、支えてくれる人が沢山居るんだから)

 

……うん、頑張るよ。誰かを怨むこともしないで、傷付けることもしない

誰も怖がらない…そんな、私に…

 

(あぁ、それで良い…じゃあ)

 

だから、あなた達は消えないで。

 

(え?)

 

私はもう誰も傷付けたくない…だから、あなた達も傷付けない。

今まで本当にありがとう、私を護ってくれて。

私のわがままに付き合ってくれて…私のお姉ちゃんみたいに接してくれて。

 

本当に感謝してるの…だから、私はお姉ちゃん達も幸せにしたいの。

私の中に居続けることがお姉ちゃん達の幸せになるなら…

お姉ちゃん達も消えないで、私はお姉ちゃん達も受入れる。

この世界が、私を受入れてくれたように、私もお姉ちゃん達を受入れるから。

 

(だが、俺達は全ての破壊者…存在してはいけない)

 

いいや、ここは幻想郷なんだよ…もうここは私達を受入れてくれてる。

全てを受入れる幻想郷は、きっと誰1人として拒まない。

私もお姉ちゃん達を拒んだりしない…だから、一緒に居て。

私達の居場所は…きっとここ…お母さんとお父さんのお願いは届いたの。

 

(……)

(なら、僕は…)

「あ……」

「フィル!」

 

優しい夢を見ていた気がする…ずっと優しい夢を。

最初は辛い夢だった、私が皆を傷付けるそんな恐い夢。

でも、いつからだろう、私の夢は優しい夢へと変っていった。

 

「おいおい、ようやく起きたかお寝坊さんだな!」

 

目を覚ました私の耳に入ってきたのは随分と賑やかな声だった。

色々な声が聞えた、凄く楽しそうな声。

至る所でワイワイと大きな声が聞えてくる。

 

「え? い、今どう言う状況ですか?」

「状況なんてのは一目見れば明白でしょ?

 ちょっと位周りを見渡してみるのも良いんじゃ無い?」

 

レミリアお嬢様の楽しそうな声に従い

私は周囲の光景を見渡すことにした。

何処を見ても楽しそうにワイワイ騒いでる姿しか見えなかった。

大きなお酒や豪華絢爛な料理…これ、もしかして…

 

「全く、主役が起きるの遅いってのは驚きよね」

 

私の背後から不意に聞えてきた声。

私はすぐにその方向に振り向いた。

そこに居たのは霊夢さんだった。

顔が赤い…手には大きな一升瓶がある。

 

「散々暴れたんだし眠たくなるのは無理ないでしょう。

 と言っても、この騒がしい中よく眠れたと思うけど」

「咲夜さん!」

「はは! 耳はデカいが、意外と聞えにくいのかもな!」

「ま、魔理沙さん! 私の耳を引っ張らないでください~!」

「おっと、悪い悪い」

「あっはっは! 主役さん! あんたの事そっちの気で

 皆ワイワイ騒いで悪かったね! 状況を掴めてないみたいだし

 ここは、眠気覚ましに私と一杯勝負でもするかい?」

「萃香、寝起きのフィルにはキツいでしょ?」

「まぁ、鬼である私と飲み比べってのは辛いか!」

 

じょ、状況が全く掴めていない。

だけど、1つ分かる事はある…ハッキリと分かる事が。

それは…誰もあんなに迷惑を掛けて暴れた私を

怖がったりもしてないし、怨んだりもしてない。

いつも通りに接してくれている…気を使ってるわけでも無く。

 

「……わ、私はあんなにも酷い事をしたのに…」

「何辛気くさい顔してんのよ! これは宴会よ?

 楽しまないってのは大暴れするよりも重罪よ!」

「で、でもレミリアお嬢様! 私は!」

「安心しなさい、ここに居る連中は皆馬鹿なのよ」

「ゆ、紫さん…」

「例えあなたが何者であって、どんな大きな騒ぎを起しても。

 あなたが退治されて、そして皆で集まって一緒に酒を呑めば

 あなたの起した問題なんて誰も気にも留めなくなるわ。

 それより、折角の宴会よ? 楽しまなきゃ損よ」

 

そう言うと、紫さんは私にとっくりを手渡し

そして、手に持っていたお酒をゆっくりと注いでくれた。

 

「さ、呑みなさいな。お酒を楽しめなきゃ人生大損よ?

 長い長い一生。たまに馬鹿にならなきゃつまらないでしょ?」

「……良いんですか? 私みたいな危ない奴が一緒に居ても」

「何を言い出すかと思えば、この幻想郷じゃ

 危なくない奴の方が稀だぜ。むしろお前は大人しい方だ。

 中には当たり前の様にヤバいことする奴も居るからな」

 

ニヤニヤと笑いながら、

魔理沙さんはチラリとレミリアお嬢様に視線を向けた。

 

「なんで私の方を見るのよ」

「はは! 好奇心旺盛すぎてお前は危ないからな!」

「少なくともあなたには言われたくなわよ。

 それに私以上に危険な連中なんて5万と居るでしょ」

「お姉様、5万は言い過ぎだと思うよ?」

「物の例えよ!」

 

よく言うもんね、5万と居るって言葉。

…でも、本当に不思議だよ、私はあんなに大暴れしたのに

それなのに誰も私を責めない。態度を変えるわけでもなく

皆、私の事を知る前と同じ様に接してくれる。

 

私は…本当にこの幻想郷に居ても…そう、居ても良い。

 

「ようやく笑ってくれましたね、フィルさん」

「美鈴さん」

「ふふ、皆さん、あなたのその顔が見たくて頑張ってたんですよ?

 それなのにずっと暗い顔のままじゃ、折角の可愛いお顔が台無しです。

 笑顔は女の1番の化粧とも言いますしね」

 

私の顔を見ながら、にっこりと優しい笑顔を向けてくれる美鈴さんを見て

確かに笑顔は1番の化粧…いや、違うのかな。化粧じゃ偽物かも。

1番、美しい姿なんだなって、そう思った。

 

「はい! ありがとうございます!

 こんな…何処の誰だか分からない私を受入れてくれて。

 私にこんな素敵な居場所をくれて…

 本当に皆さん…ありがとう…ございます」

 

何でかな…嬉しいはずなのに、なんで涙が出てくるんだろう。

でも、やっぱり嫌な涙なんかじゃ無い。

きっと私は今、笑顔のままで…泣いてるんだと思う。

 

「はん、笑顔に涙は似合わないわよ。ほら、涙拭きなさい。

 涙を拭いたら、後は後腐れ無く盛大に騒ぐが良いわ!

 これは宴会! さぁ、夜が明けとも騒ぎなさい!

 体力が尽きるまでひたすらに! それが最高の楽しみ方よ!」

「はい!」

 

私は涙を拭い、紫さんに注いで貰ったお酒を呑み干した。

 

「おっと! 一気に行ったわね!」

「はい! ここからは私も騒ぎますよ!」

「よっしゃ! じゃあまずは酒だー! ガンガン呑め呑め!」

「よーし! 主役も目覚めたことだし! こっから更に行くわよ!」

「いやっふー! いやぁ! 僕も最高の気分だぜぇー! 宴会最高ー!」

「おっと、あのペット屋も結構はしゃいでるわね」

「ほら、注いであげよう」

「うおぉお! 尻尾九本! もふもふパラダイス!」

「うーん、九尾の状態とは随分と性格も違うな」

 

皆、本当に楽しそうにしている。

あんな事があったのに、それでも楽しそうに笑ってる。

よし! じゃあ私も沢山騒ごう!

 

「私も混ぜてくださーい!」

「よーし! ようやく起きたね!」

「まぁ、一緒に全員で騒ぐ前の余興として1曲どう?」

「そっちの方が目立つしね」

「お! 何々!? もしかしてライブでもするの!?

 なら私も混ぜてよ! 夜雀の美声を聞かせてやるわ!」

「なら、鳥獣倶楽部の一員である私も!」

「こりゃ、随分と豪華な面子になりそうだな!」

「あらあら、響子ちゃんはしゃいでるわね」

「そう言うお前も随分と嬉しそうだな、聖。

 しかし良いのか? 酒は仏教では御法度だぞ?」

「……たまには良いでしょう。ここまで楽しい時間を奪うほどに

 私は残酷にはなれませんからね」

「ふ、甘い奴だ。だからお前の門下は不良ばかりなのだろうな」

「かも知れませんね」

「そう落ち込むな、お前さんが厳しいだけの僧侶じゃったら

 お前さんに付き従ってくれておる者達は誰も付いては来ておらんよ」

「そうでしょうか」

「さぁ! それじゃあ、歌うわよ-!

 幻想郷最高のライブ! 耳の穴かっぽじって良ーく聞きなさい!」

「今宵は飄逸なエゴイスト! いっくよー!」

 

 

 

 

また、盛大なライブが始まったわね。

あのライブはフィルにとっては大きな機転だったと言えるし

そのライブを自分が完全に受入れられた記念に披露ってのも良いわね。

 

「さて、こんな時位は姿見せても良いんじゃ無い?

 それとも、まだまだ引きこもりで過ごすの?」

「私の特性は知ってるだろう? 紫。

 だが、こんな時位、多少動くのも悪くなかろう。

 既に派手に動いた後だしな。苦労事だけ請け負って

 後のご褒美を捨て置くというのも面白く無いか」

「とかいって、その実あなたはフィルに興味あるんでしょ?

 ただ騒がしいのも好きってのもあるでしょうけどね」

「あなたも中々よね、紫」

「幽々子、あなたも来たの?」

「えぇ、妖夢が酔い潰れちゃって暇だったからね」

「西行寺 幽々子か、私達はどうも静かな場所を好むようだな」

「類は友を呼ぶとも言うからね~」

「ふ、なら私はここには不似合いかな。

 私は騒がしく目立つのはあまり好まないからな」

「嘘おっしゃい、騒がしいのが苦手な奴がこんな場所に来る物ですか」

「本来なら来る予定はそこまでなかったんじゃ無いかしら。

 フィルと戦ったことで、気が変わったとかじゃないの?」

「ふ、まさか。あんな一個人の影響で私の気が変る物か」

「フィルは一個人じゃ無いわよ? 知っての通りね」

「…それもそうだな」

 

素直に口には出さないけど、きっと隠岐奈もフィルに影響を受けた。

あまり接しては居なかったけど、案外影で見てたのかも知れないわね。

私と同じ様に、私と違って手を貸さず影に徹して。

 

…やっぱり、フィルを方々へ向わせたのは正解だったかしら。

きっとフィルを方々へ向わせてなかったら

こんな、過去最大の宴会なんて開かれた無かったでしょうね。

私としても、極上の食事が出来て最高の気分よ。

 

きっとこの宴会は早々終わらないわ。

確実に1夜は開ける。過去最大の宴会。

やっぱり宴会って奴はこうじゃ無いとね。

 

「全く、幻想郷も捨てた物じゃ無いな」

「あなたが幻想郷を捨てるはず無いのによく言うわ」

「どうかな、お前の作った幻想郷で無ければ捨ててたかもしれないぞ?」

「ふ、よく言うわ」

 

隠岐奈と酒を交わすのは何百年ぶりかしら。

でも、悪くは無いわね、こう言うのも。

私は幽々子が入れてくれた酒をゆっくりと呑む。

この時間は少しでも長く味わっていたいからね。


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