東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

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記憶を知る者

初めまして、で、いいかと言う言葉。

私はその言葉にすぐに違和感を覚えた。

初めまして、で、いいかと言う事はつまり。

この人は私を知っている、でも、私がこの人を知らないことを

この人は知っている…それは何でか、簡単だ、私が記憶が無いことを知っている。

あの話を聞いていたのならそれが理由だろう。

だけど、それならわざわざあんな言葉を言う必要は無い。

つまり、この人は私を試している、そんな気がする。

 

「…紫さん、私はあなたを知りません、いえ、あなたと出会った記憶は無い。

 でも…あったことがあるんですね、私と…あなたは」

「その通りよ、私とあなたは過去に出会っている、あなたが知らない間に」

「教えてください! 私は…私は何者なんですか!?」

「それを知るにはまだ早いわ、あなたには残酷すぎる事実

 あなたには、まだ知る権利は無い」

「私の記憶です! 私には知る権利がある!」

「…では1つ問題よ、あなたは何故幻想郷に来たと思う?」

「え?」

 

わ、私がここに来た理由? 幻想郷に来た…理由?

幻想郷について、私は細かい事を知らない。

どうすればここに来ることが出来るのかも知らない。

 

「ヒント1、幻想郷は通常生きてる人間は入り得ない」

「……も、もしかして、私…」

「ヒント2、幻想郷には忘れ去られた存在が行き着く」

「……」

「ヒント3、あなたは忘れ去られてもいないし、死んでもいない」

「え?」

「まぁ、まだ分かるわけ無いでしょうね、あなたには記憶が無い

 でも、あなたには僅かに記憶があるはず、忘れることが出来ない記憶

 何であなたは、自分の名前を知ってるのかしら?」

「や、やっぱり、あの記憶が私の記憶を取り戻す鍵!?」

 

フィール、あなたはこの世界にいられない、この世界ではあなたは生きていけない

だから、あなたは幻想の中に生きるのよ…この記憶…この一言に私が

どうしてここに来たかの理由がある…自分の正体のヒントも。

 

「…私の記憶…どうして私がここに来たのか」

「それともう一つね、知らない方が良い事もあるわ

 忘れていた方が良い記憶も」

「やっぱりあなたは私の記憶の事を知っている、私の正体も

 私が…どうしてここに来たのかも、全部知ってる、そうですね!」

「そうよ、私は全てを知っている、あなたが知らなくてもいいことも

 あなたが忘れてはいけなかった記憶もあなたの正体も

 あなたがどうしてここに来たのかも、何故来る必要があったのかも全て」

「だったら、何で教えてくれないんですか!?」

「知らなくてもいい事がある、そう言ったでしょ?」

「私は! …思い出したい、私の記憶の中に眠ってる過去の記憶を!

 きっと、その記憶の中にはお父さんとお母さんがいる!

 知りたいんです! お父さんとお母さんの事を、私自身の事も!」

「……いつか、教えてあげるわ、あなたが幻想郷に住み

 この幻想の中に生きる覚悟が出来た後。

 その後も、気が変わらないのであれば、教えてあげるわ」

 

私が幻想の中に生きる覚悟が出来た時…それは幻想郷で生きる覚悟が出来た時なんだろう。

私は…記憶が無い状態の私は、もうこの幻想郷で生きていく覚悟は出来てる。

でも…記憶が戻ったときの私は分からない、お父さんお母さんが恋しくなって

幻想郷から出て行こうとするかも知れない…紫さんはきっと

私にその可能性が無くなるまで、記憶のことは教えてくれないだろう。

私の記憶…最もその記憶を握っているはずの紫さんに教えて貰えなければ

私の記憶は戻らないだろう…だから、私が記憶を取り戻すには

紫さんの言うとおり、幻想郷に馴染むしか無い…私は知りたいんだ。

自分の記憶…どうしてこの幻想郷に生きることになったのか。

私自身の正体も家族の事も、知りたいんだ…だから、絶対に聞き出してやる。

 

「…分かりました、私がこの幻想郷から逃げようとする事が無くなればいいんですね」

「えぇ」

「…何を言ってるの? この幻想郷から自力で出ることは困難でしょ?

 あなたが力を使えば可能でしょうけど、あなたが使わなければ脱出は出来ない」

「ま、その通りなんだけどね、案外そうでも無いのよ

 結界には綻びがある、そこから逃げる事も可能でしょう」

「紫さん、その言葉で私に1つ疑問が生まれました。

 何でその事を、私が居るこの場で言ったんですか?

 あり得ませんよね、逃げる可能性がある私が居る、この場で」

「……案外、勘が鋭いわね、これだから獣は苦手なのよ」

「答えてください、何で!」

「可能性を啓示しないと納得して貰えないからよ、分かるでしょ?」

 

でも、おかしい…その事を言わなければ、私は綻びの事が分からない。

だけど、今回私が居る前でその事を言った、そんなのあり得ない。

まるで核心を突かれ、その場しのぎの可能性を啓示したようで納得いかない。

…何かある、でも、これ以上食い付いてもあしらわれるだけだ。

きっとこの人と口で戦っても勝ち目は無い、そんな気がする。

 

「…そうなんですね」

「納得してくれたようで嬉しいわ」

「……」

「さて、私はそろそろ帰りましょう、あ、そうそう

 あなたの首に巻いてる、そのマフラー、決して無くさないようにね

 そのマフラーはあなたの両親からの大事なプレゼントだから」

「やっぱり私の両親のことを!」

「それじゃーね、狼さん」

「待って!」

 

私が手を伸ばしたのは遅く、紫さんは自分の足下に出した

目玉が沢山見える奇妙な空間の中に入り、消えてしまった。

…結局聞けなかった、両親のことを、自分の事も。

でも、1つ分かったこと…私のマフラーは大事な物。

ずっと分かってたけど、今回で確信に変わった。

このマフラーは大事にしよう…私の知らない私の家族。

その家族との絆がこのマフラーなんだから…。

 

 

 

 

 

「紫様、彼女を放置してもよいのですか?」

「幻想郷は全てを受入れるのよ、彼女が何であれね」

「しかし…流石に彼女は…」

「大丈夫よ、彼女の事は彼女の大切な両親が守ってくれているのだから」

「……不安です」

「そうね、一応大事が起きたときの対策は考えておこうかしら

 転ばぬ先の杖、可能性がある限り、可能性に対策しないと

 まぁ、きっと彼女なら大丈夫でしょうけど」


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