東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

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後悔の目覚め

……斬られたとき、私は一瞬何も考えることが出来なくなった。

ただ、目の前の相手を排除する…それだけで心が一杯になった。

それが…少しだけ気持ちいいと感じた。

相手を圧倒的な力で排除し、自分の力を掲示することが。

今まで悩んでいた全部がどうでもいい物だと思えた。

なんで今まで、この力を隠していたのだろうか。

何で相手を傷つけることに躊躇っていたのだろうか。

何で私に攻撃してくる相手に対して手加減をしないといけなかったんだろう。

そんな風に思えてしまった……暗い意識の中で

ただこの相手を倒すという衝動に身を任せて

ひたすらに相手を攻撃していれば、私は傷つかないで済む。

そう思ってしまった…私は…私が恐ろしい。

……全ての悩みが断ち切れたような感覚になった直後の私は。

まるで私じゃないみたいで…私は…私なんか…私なんか生まれて来なければ良かったのに。

 

「……フィル、自分を追い込まない方がいいぞ?」

「ふぇ?」

 

暗い視界の中で聞こえた、優しい声。

私は永遠に閉じ様としていた重いまぶたをゆっくりと開けてみた。

私の潤んだ視界に映ったのは、優しい笑みを向けてくれている、藍さんだった。

その藍さんの頬には絆創膏が貼っている。

 

「……藍さん…ごめんなさい…ごめんなさい! わ、私の…私のせいで…」

「ふ、何を謝っている、お前は何もしていないではないか」

「そんなことありません…私は自我を忘れて、藍さんに攻撃をした。

 お、覚えてます…その怪我を負わせたのは私…そこだけじゃない

 何か所も、私は藍さんを攻撃した…私は! 生まれてこない方が…」

「やれやれ、馬鹿な事を言うんじゃない、そんな事を言って

 お前は両親に申し訳ないという気持ちにならないのか?」

「え?」

「お前を生んでくれたのはお前の大事な両親だ。

 その首に巻いているマフラーだって、大事な両親からの贈り物だろう?

 何、生きていれば、過ちを犯したり、失敗をしたりするものだ。

 お前は生まれて、まだ殆ど経っていないだろう?

 その失敗を受け止めてやるのが私たち、先に生まれた妖怪の役割だ」

「ら、藍さん…」

「お前は優しいな、優しすぎて不安になるほどに。

 だが、その優しさを忘れてはいけないぞ?

 相手に優しく出来るのが、どれほど難しい事か。

 その優しさは尊い、永劫の時を生きている私にはよくわかる。

 長く生き過ぎると、相手に優しくするのは難しくなるからな」

「…何言ってるんですか、藍さんは、すごく優しいです…私なんかよりも」

「残念だが、私は誰にでも優しく出来るようなお前とは違うんだ。

 私が優しく出来るのはほんの一部さ…だが、お前は違うだろう?

 お前は誰に対しても優しい、その優しさ、絶対に忘れるなよ?

 その優しさを忘れれば、お前はお前じゃなくなるだろう」

「どういう…」

「そのままの意味だ、どれだけ成長し、変化しようとも

 その不安になるほどの優しさだけは失わないようにな」

 

藍さんは私に向かってにっこりと笑顔を向けてくれた。

 

「藍さん…」

「おっと、まだ寝ていろ、かなり疲れただろう?

 お前も相当のダメージを食らって居るはずだ」

 

そういえば、あの時の記憶で私は何か所もけがをしたのを覚えている。

電車にも轢かれたような気がするし、普通ならもっとボロボロなんだろうけど。

布団の中を見てみても、私の肌は傷一つ付いていなかった。

いや、包帯で手当てをされているけど、痛みは一切感じない。

私の服はもうボロボロだったけど。

包帯には確かに血の跡は付いているけど、痛みは一切ない。

 

「……怪我はもう完全に治ってるみたいです」

「なんだと? 少し見せてみろ」

 

藍さんが私の布団をどかし、怪我の具合を見てくれた。

巻いていた包帯を丁寧に取って、怪我の状態を。

 

「……なんだと、結構な手傷だったと思うが、すでに全て完治している?

 いくら妖怪でも、これほどの回復速度は…吸血鬼ならあり得るのかもしれないが」

「私は吸血鬼じゃありませんよ? お嬢様は吸血鬼ですけど」

「あぁ、分かっている、お前は半獣…やれやれ、予想以上の回復能力だな

 まったく、純血の妖怪である私でさえ、まだ傷が癒えていないのに

 お前は私以上の手傷を負っておきながら、もうすでに完治とはな」

 

妖怪である藍さんでもこの短期間での傷の完治は出来ないんだ。

それなのに、私はすでに完治している…それも、藍さん以上の怪我を…

よくらからないなぁ、怪我の治りが速いのは知ってたけど

妖怪以上だったなんて…私の体、実はすごいの?

 

「まぁいい、完治しているなら動けるか…だが、精神的な疲弊は治ってないだろう?

 まだ休んでいろ」

「でも、藍さんはまだ怪我も治ってないんでしょう? 私はもう大丈夫ですから

 藍さんが休んでください」

「ふ、私は大丈夫だ、精神的な疲弊もないし、怪我も大したことはない

 この程度で休んでいては、紫様の式神など務まるものか」

「でも…」

「大丈夫だ、ゆっくりと休んでいてくれ、さて、では私は食事の用意でもしようかな」

「ま、待ってください! わ、私が!」

「休んでいろ、年上の忠告は聞くものだぞ?」

「は…はい…」

「それでいい」

 

藍さんはああいってるけど、少しだけふらふらしてる。

う、うぅ…まだ怪我の具合が…なんで私が原因なのに

私はすぐに怪我が治って、藍さんはあんなに…

もう…訳が分からない、私は私が情けないよ…

……ごめんなさい、藍さん…紫さん…白髪の剣士さん…私は…私のせいで…う、うぅ…


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