東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

54 / 245
戦いの記憶

…まさかフィルが暴走するとは思わなかった。

あの時の戦いは今でも鮮明に覚えている。

このままではかなり危険なことになる。

紫様からの指示はフィルの暴走を止めることだが。

私の力でそれが出来るか疑問ではあるな。

 

「藍、フィルを止めないと不味いわ、多少怪我をさせてでもいい

 殺さないようにフィルを抑えなさい」

「わかりました…しかし、私の力だけでフィルを止める事が出来るのですか?」

「私も協力するわ、2人ならまだいけるでしょう」

「ですが…フィルは」

「あの状態ならまだ大丈夫よ、恐らく迷いが断ち切れて

 相手を倒すことに一切の躊躇いがない状態」

「まさか…それだけでも、ここまでの実力を持つとは」

「流石よね…でも、彼女は必ず救うわ、約束は違わない」

「はい、分かりました!」

 

フィル、お前は馬鹿みたいに素直で馬鹿みたいに優しい娘だったな。

あまり長い時間共にいた訳ではないが、それでも相手と親密になれるほどに良い子だった。

橙ともすぐに打ち解けていたし、橙の配下である猫たちにもすぐに懐かれていた。

お前の事を知らされている私でさえ、お前を救いたくなるほどの良い子だ。

 

「…」

「く!」

 

なるほど、妖夢が一撃でやられるわけだ、ほんの一瞬でここまで間合いを詰めるか。

予備動作も殆どなく、これ程にまで素早い動きが可能とは恐れ入ったよ。

だが、この射程なら、私の方が有利だ。

お前はどうやら、まだ体術くらいしか心得てない見たいだしな。

 

「…!」

 

さぁ、お前の足はこれで動かない、私が仕掛けた封印の術。

最初は動きを封じ、全身を封じるまでに追い込む。

 

「藍! フィルを侮ったら不味いわよ!」

「な!」

 

なんだと! 私の封印を力で引きちぎって間合いを詰めた!

 

「がふ!」

「藍!」

 

は、腹に一撃をもらったか…本当に規格外だ。

それに、これ程強かろうとも全力では無いというのか、恐ろしい娘だ。

 

「……」

「く!」

 

一撃を入れて、すぐに背後にまわっただと!? この速度!

 

「…」

 

フィルの蹴りが私に当たる直前に、フィルの足が結界に当たり弾かれた。

恐らく、紫様の簡易結界…だが、恐ろしい攻撃力だ。

まさか簡易結界とはいえ、紫様の結界をその力で砕くとは。

 

「これは…強い」

「冗談じゃないわ、まさか藍の動きよりも速いなんて」

「末恐ろしいですね…これでまだ本気の力を隠しているとは」

「えぇ…ただ躊躇いがなくなっただけでこの実力。

 道理で彼女に弾幕が当たらない訳よ」

 

紫様はずっとフィルを陰ながら見守っていた。

だから、フィルの今までの行動は知っている。

その間に弾幕での戦いもあったのだろう。

 

「この場に橙を呼ばなくて正解でした」

「えぇ、橙じゃ、足を引っ張るだけね」

 

橙はまだまだ生まれて程ない。

当然、橙の実力ではこの状態のフィルを止める事は出来ないだろう。

ただ怪我をするだけだ…こんなことを言うのはかわいそうだが

恐らく一秒たりとも足止めは出来ない。

本当にすさまじい実力だ…生まれた月日は

橙よりも浅いだろうに、この実力なのだから。

 

「ん?」

 

さっきは一瞬で間合いを詰めていたのに、今度は腰を低くした。

わざわざこんな見え見えの動きをするだと?

 

「…!」

 

み、見えない…一瞬で私の…眼前!

 

「ぐぅ!」

 

かろうじて…私はフィルのこぶしを回避することに成功した。

本当にギリギリだ、私の頬から血が噴き出した。

回避したというのに、拳圧だけで、私の頬を切り裂いたという事だ!

 

「がは!」

 

ま…く、くぅ…よ、避けたはずだったのに…ひ、膝か…

私の顔に攻撃したとき、フィルは飛んでいたからな。

その時に膝で攻撃をしてきたという事か…くぅ…

 

「ケホ」

 

く、まさか私が血を流すことになろうとは。

今まで長らく生きてきて、こんな事になったのはかなり久しぶりだ。

なるほど…私の血は当然ながら赤色か、枯れて無い様で助かった。

 

「痛いわよ、我慢しなさい!」廃線「ぶらり廃線下車の旅」

「…!」

 

私が吹き飛ばされた直後、フィルの目の前に紫様の隙間が現れ

そこから電車を出し、フィルを吹き飛ばした。

紫様、一切の手加減がない…あんなのを食らえば、並みの妖怪ならば即死だ。

普段、スペルカードルールでも使っているスペルカードとはいえ

恐らくだが、今回は手加減なしなのだろう。

 

「…ぺ」

 

だが、フィルは吹き飛ばされても、すぐに上空で体勢を立て直し

一切の苦も無く、あっさりと着地した。

 

「さぁ、これでどうかしら!?」

 

今度はフィルを中心に何か所から隙間を召喚。

その全ての隙間から先ほどと同じ電車をフィルに向けて突撃させる。

電車は全て中心で接触し、大爆発を起こす。

あの中心にフィルがいたとすれば…間違いなくぺちゃんこだ!

 

「紫様! それはやりすぎでは!?」

「…そうかしらね? スペルカードルールでもやらない無茶苦茶な手だけど」

「……」

「あの子の前だと、ちょっと威力不足かしら」

 

そんな…あの中心にいたのに、まだ動けるというのか!?

 

「でも、結構なダメージにはなったようね」

 

紫様の言う通り、さっきまで平然としていたフィルだが

体中から血を流し、少しふらふらとしている。

流石のフィルでもあの攻撃には苦戦したという事か。

 

「……!」

 

だが、フィルはそんな状態でも動き、まだ戦うつもりらしい。

狙いは紫様だったようだが、紫様は隙間を使い、フィルを

自分の背後にすり抜けさせた。

恐らくすぐに振り向き、攻撃を仕掛けようとするフィルを

結界を使い、動きを封じる作戦なのだろう。

だが、フィルは予想外の動きを見せた。

 

「…!」

「私を!」

 

うぐ! ゆ、紫様に攻撃を仕掛けるのではなく、私に攻撃を仕掛けるとは…

もしや、紫様の作戦が読まれていたと?

 

「う…ぐぅ!」

「…らぁ!」

「うぐ!」

 

この怪我でも、ここまで鋭く動けるというのか!

 

「まさか藍の方へ行くとは!」

「だぁ!」

「させないわ!」

 

私の目の前に紫様の隙間空間が現れた。

 

「は!」

 

なん! フィルの奴、そんな無茶苦茶な行動を!

あいつ、空気を蹴りだして動きを変えた!? 狙いは紫様!

まさか! 怪我をした後の方が強くなっている!?

 

「まさか!」

「うおぉおお!」

 

私は目の前の隙間に飛び込み、紫様をかばうように

紫様の目の前に出来ていた隙間から飛び出した。

 

「藍! あなた!」

 

私はフィルを押さえつける…流石にこれは読めれなかったようだな。

 

「紫様!」

「ナイスよ、藍!」

 

何とか叩き落したフィルを紫様が結界で包んだ。

 

「はぁ…はぁ…」

「ぐぅうう!!」

「まだ戦おうとするとはね、さぁ、眠りなさい」

「う…ぐ、ぐぅうぅ! ぐ…うぅ…」

 

紫様の力でフィルは動くのをやめ、ゆっくりと瞳を閉じた。

……はぁ、何とか…なったようだな。

 

「藍、よくやったわ、大丈夫?」

「はい…私は、平気です…それよりも紫様は大丈夫ですか?」

「えぇ、あなたのお陰で無傷よ、ありがとうね」

「いえ、式神として当然のことをしたまでです…

 それよりも紫様、フィルはどうするんですか?」

「おそらくあの暴走は一時的な物よ、少しずつ落ち着いてきているわ」

「…はい、そうですね」

 

暴走したままだったら、私が動ける状態である訳がないか。

私に飛び掛かってきた時の一撃は、最初と比べればまだ軽かった。

一撃で吹き飛ばされていたが、後半の攻撃では吹き飛ばなかったからな。

……どうやら、フィルの心が完全に壊れていた訳じゃ無かったか、安心したよ。

それにしても、あれだけの手傷を私に負わせ、あれだけの怪我を

瞬時に完治とは……本当に恐ろしい子だ。

…それでも私は…何とかあの子を助けてやりたいと感じる。

あの純粋すぎる彼女を見ていると、どうしてもそう感じてしまうからな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。