東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

85 / 245
久し振りの幻想郷

…四方から聞える小鳥のさえずり。

静かに確実に響き渡る優しい川の音。

乱暴に優しく耳に入る滝の音。

風に揺られ、擦れ合う木々の音。

そして、この澄んだ空気。

匂いも優しく、何とも心地良い。

 

「……お帰りなさい、フィル」

「…ただいまです、紫さん」

「どう? 久し振りの幻想郷の空気は」

「澄んでいて、とても美味しいです」

 

私が感じていた、あの圧迫感も迫害感も無い。

周囲の木々は私を受入れてくれているように感じた。

地面の土も柔らかく、当たり前にそこにあると感じる。

外の世界の地面は仕方なくそこにある様な感覚だったのに

幻想郷の地面は自分で望んでそこにいると感じた。

そこにあるでは無く、そこに居る。

この微々たる違いは最たる違いだと思う。

 

「…はぁ、しかし、安心したわ」

「え?」

「あなたが無事でね…あの3人のお陰かしら」

「はい、間違いないです」

「全ての元凶がね…所で、オカルトボールとやらは?」

「あ…そう言えば、何処にも…」

 

幻想郷に戻る瞬間には確かにもっていたと思うけど

私が持っていたオカルトボールは全て私の手元には無かった。

最初から何故か持っていたオカルトボールさえ、私の手元には無い。

結局、なんであのボールが私の前にあったのかは分からなかった。

 

「でもまぁ、後遺症はあるみたいね」

「後遺症?」

「えぇ、どうやら都市伝説の具現化は残ってるようね」

「そうなんですか?」

「えぇ、そんな感覚がどことなく残ってるわ」

 

まだ異変は完全に解決されたという訳では無いんだ。

何か問題が残っている…でも、ここは幻想郷。

きっとその都市伝説さえも受入れてしまう。

今まで存在しなかった筈の都市伝説の具現化という物さえも受入れ

それを遊びにしてしまうかも知れない。

それが幻想郷…それこそが幻想郷。

私さえ受入れてしまう、そんなたくましくも脆い世界。

 

「でも紫さん、何で私を妖怪の山に?」

「あぁ、それはね、ここから歩いて紅魔館に帰って貰おうと思ったのよ」

「え?」

「ほら、久し振りの幻想郷を楽しんで欲しいからね」

「紫さん! ありがとうございます!」

「道はまぁ、そこの狼にでも頼めば?」

「え?」

「…ど、どうも」

 

私の姿を木の陰から見ていた椛さんがそこに居た。

 

「あ、お久しぶりです!」

「そ、そうね…」

「じゃあ、この子の案内、よろしくね?」

「ちょ、ちょっと待ってください! そう言うのは私よりも文さんが適任かと!

 私は哨戒天狗ですし、道案内はあまり得意では」

「同じ狼のよしみでしょ? まぁ、普通の狼と白い狼だけど」

「いえ、しかし」

「それと、少しは妖怪の山以外を見るのも悪くないと思うけど?」

「私の能力は千里を見通す程度の能力、幻想郷はずっと」

「見るだけと歩くでは全然違うと思うけどね」

「しかし、私にも仕事が」

「あやや、そんなに嫌がらずに、道案内くらいしてあげなさいよ、椛」

「あ、文さん! 文さんが居るなら、私が案内をする必要は!」

「あなたにも多少は経験をした方が良いでしょう?

 この際だし、少しくらいは視野を広く持った方が良いわよ?」

「私の視野はひ」

「私の視野は広いですよ、千里眼ですし、とか言ったら笑うわよ?」

「え? あ」

「見える範囲が広いだけで視野が広いと言うなら

 馬は人よりも視野が広い事になるわよ?」

「ぐぬぬぅ…」

「まぁ、私も付いていくし、安心して頂戴」

「それなら、文さんが!」

「あなたの為よ、それにしばらくは休暇でしょう?

 私は耳が広いからね、あなたの話は知ってるわ。

 真面目すぎるから有休消化しろと言われたんでしょ?

 最低でも2週間は休めってね」

「うぅ…」

 

天狗にも休暇とかあるんだ。

うん、流石にずっとお仕事をしてたら心が荒んじゃうからね。

 

「真面目なのは大いに結構、でも、長い目で見れば

 真面目なだけよりも遊びがある方がプラスになるのよ。

 その遊びから新しい発見や考えも生まれるでしょうし

 長期間にわたって仕事も出来るからね。

 同じ休暇なら少しは仕事の為になる休暇を取れば良いと思うわよ」

「ですから私はずっと仕事の為になる様に、休暇は常に剣の稽古を」

「真面目なだけでは新しい物は生めないの」

「それは文さんみたいな新聞記者だけで

 私の様な哨戒天狗に新しい何かを生む必要は」

「それだから万年下っ端なのよ」

「ぐは!」

「ほら、だから少しくらいは経験をしなさいな

 視野を広く持つ事は仕事でも重要なことなのよ」

「う…うぅ…」

「…思うんですけど、天狗さんのお給料ってどうなってるんですか?」

「えっとですね、私達天狗は独立した通貨があるんですよ。

 私達はその通貨を給料として貰っているんです。

 河童は主に外貨の取得、分かりやすく言えば人里の通貨を仕入れています」

「そうなんですか!」

 

面白いシステムを作ってるんだぁ、テレビとかで見る外貨の取得とかもあるしね。

でも、その場合だと妖怪の山は幻想郷とは別の国家になるのかな?

 

「えっと、つまり椛さん達哨戒天狗さん達が自衛隊で

 文さん達烏天狗は情報操作を行なって

 にとりさん達河童達が貿易を行なってるんですね!」

「…何言ってるんですか?」

「え!?」

「外の世界に出て、意外な知識を得たみたいね、まぁ、面白い考え方ね」

 

うーん、何処かが違うんだろうけど…でも、そこまで気にしなくて良いかな。

 

「さて、この話はここまでとして、そろそろ移動しましょうか」

「ほ、本気ですか?」

「勿論よ、あ、紫さんはどうします?」

「私は遠慮しておくわ、やることもあるしね」

「ほぅ、そのやること、と言うのは? 今まで姿を消していた理由と関係が?

 博麗大結界に大きな穴を開けるほどの事態が発生し

 フィルさんが外の世界に飛ばされるような事態に陥ったというのに

 あなたの行動はあまりにも遅すぎます、冬眠状態に入っていたとしても

 あの事態に陥ればあなたは目覚めます…そもそも、冬眠状態に入る時期ではない

 それなのに、あなたはフィルさんを外の世界に2ヶ月以上放置をした。

 あまりにも行動が遅すぎる」

「……ふふ、質問をすれば必ず応えると思います?」

「沈黙は」

「その沈黙が何を指したとしても、あなたが真実にたどり着くことはありませんわ」

 

その言葉と不敵な笑みを残し、紫さんは隙間の中に入っていった。

 

「…あやや、これはこれは、どうやらただ事では無い…と、言う事ですかね。

 それに、フィルさんにあそこまで肩入れするのもやはり不自然…」

「え、えっと」

「あぁ、そうだフィルさん、外の世界にいたんですよね?

 何があったかとか聞いても良いですか?」

「あ、えっと」

「とと、すみません、幻想郷に帰ってすぐに質問責めというのは悪いですね

 今は久し振りの幻想郷を椛と楽しんでください」

「うぅ、ほ、本当に私も行くんですか?」

「勿論ですよ、さ、行きましょう。

 因みに空は飛びませんよ? フィルさんは空を飛べませんしね」

「ありがとうございます!」

「はぁ…まぁ、文さんが一緒なら多少は…」

「椛は恥ずかしがり屋さんね」

「な! そんな事!」

「はいはい、強がりは後々、じゃあ、行きましょうか」

「は、はい」

「久し振りの幻想郷、楽しみです!」

 

2ヶ月以上、外の世界にいたから幻想郷が輝いて見える!

だから、今日は楽しもう!

菫子ちゃん達が来たときに案内できるように幻想郷を隅々まで知り尽くさないと!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。