東方半獣録   作:幻想郷のオリオン座

89 / 245
夜道の散歩

「ふむ、良い月夜じゃな、満月も美しい」

「そうですね」

 

やっぱり満月って言うのは綺麗だと感じる。

でも、やっぱり満月のお月様って美味しそうだよね。

こう、きび団子とか、黄粉をまぶしたお団子とかに似てる気がする。

でも、近くで見たら穴だらけなんだっけ。

それだと、お団子じゃなくてレンコン…?

いやいや、レンコンは丸くないよ、何考えてるんだろう、私。

 

「さて、フィルよ、何故儂がお主を誘ったか、分かるか?」

「え? いえ、分かりません」

「簡単じゃ、儂はお主を知りたかったから

 そして、知って欲しかったからかの。

 同じ半獣じゃ、この幻想郷においても数の少ない半獣同士じゃからな」

 

そう言えばそんな事を言われた気がする、幻想郷にも半獣は少ないって。

 

「本来、妖怪というのは人の意思から生まれる物が多い。

 じゃが、儂ら半獣はその様にして生まれてこないのじゃ」

「…そうなんですか?」

「うむ、人の意思から生まれた妖怪と、人との間に生まれる。

 つまり、ただの生き物に近い」

「……」

「じゃから、儂ら半獣は現世に適応も出来ず、それを受入れる事も難しい。

 儂も苦労したよ、満月の夜は外に出ないようにもしておった。

 しかしまぁ、隠し事というのはいつしかバレる物じゃ。

 じゃから、儂は昔住んでおった村から追い出されたのじゃよ」

「……」

 

記憶が無い私には…私がどうだったかは分からない。

でも…だけど…今まで人に対して無意識に抱いていた感情。

その感情から考えて…私も、きっと…

 

「何故、儂がこのような話をするか分かるかのぅ?」

「…いえ、そんな昔の傷を…」

「くく、それはの、その傷を傷だと思っておらぬからじゃ」

「え?」

「今ではただの思い出でしかない、お主はどうじゃ?」

「いえ、私は…記憶が」

「おぉ、そうかそうか、それは申し訳ない事をした

 では、その記憶が戻ったときの参考にでもしてくれ。

 儂の経験を、これでも儂はお主よりも年上じゃからな。

 老婆心という奴じゃ、世話焼きババアの戯言だと思って聞き流してもよい」

「いえ、そんな事」

「そうか、では話そう。ババアの1人語りと言う奴じゃ。

 演劇をしてくれても良いぞ? 踊ったりのぅ。

 もしくは人形劇でも良いぞ?」

「誰も出来ませんよ、そんな事」

「脳内でしてくれと言う意味じゃ、ではでは、ババアの1人語りじゃ」

 

一切の動揺もなく、英子さんは1人でお話しを始めた。

そのお話しは私の為にしてくれた、英子さんの昔話。

 

「儂は生まれた時からこのような体質じゃった。

 満月の夜には尾も生え、耳が生えておった。

 何故儂が生まれたかなどと言うのは全くもって簡単じゃ。

 我が母が人に恋し、自らを偽り思い人に寄り添った。

 

 その結果儂が生まれたのじゃ、何とも皮肉じゃが

 その2人の愛の結晶である儂が原因で母は自らが九尾とバレたのじゃ。

 母はその後、姿を消した。儂の父は母を止めたといっていた。

 私はあなたを騙した害獣、正体がバレた狐は姿を眩ましましょう。

 

 人は未知を恐れ、姿が違う物を迫害し、常に上に立ちたいと思う物。

 しかし、儂の父は正体が分かっても母を止めたそうじゃ。

 例えお前が獣でも、私はお前を愛しよう、私はお前を知っている。

 獣ではなく、人としてのお前ではあるが、そのお前は紛れもなくお前だ。

 その化けた姿こそ、お前の真の姿だと私は信じている。とな」

 

……本当に良い人だ、優しい人だ。

 

「その言葉を聞いた母は涙を流し、その場に留まり3人で過ごした。

 しかし、私の父は命を落とした、戦でのぅ。名誉の死と誰かは嘯くが

 残された物には名誉など無い…そして、我を忘れた母は父を殺した国を滅ぼした。

 

 九尾じゃからな、ただの人間の国程度なら、容易に滅ぼせたじゃろう。

 じゃが、その国を滅ぼした後…母は自ら命を絶ったよ」

「そんな!」

「そして儂は1人残された、ずっと過ごしていた村からは

 国を滅ぼした妖怪の娘と儂を殺そうとする。

 儂は必死に逃げ出した…その後、他の村に身を隠そうと。

 満月の夜に儂の正体はバレ、その度に追い出されてのぅ。

 本当に忌々しかったよ、あの満月が」

 

…そんな悲惨な過去があったのに、昼間の英子さんは、あんなに元気に…

 

「そして、この幻想郷に流れた…儂は人が恋しかったのじゃろう。

 散々な目に遭ったはずの人里に儂は身を置いた。

 そして、満月の夜…また、儂の全てが終わる日じゃと思った。

 じゃが…そうはならなかった、何故か分かるか?」

「い、いえ…」

「もうすでに先客がおったのじゃ、儂と同じ半獣が。

 その者は正体がバレてもこの里の人間達は受入れていた。

 その者が里にいてくれたお陰で、この人間の里は半獣を受入れてくれた。

 その者が誰か…それは、この里におる慧音殿じゃ、彼女のお陰で

 儂はこの場所に居場所を得る事が出来たのじゃよ」

 

慧音さん…やっぱり、あの人はすごい。

私と同じ半獣なのに…私とはまるで違う。

何もない場所から、新しい自分の居場所を作ったんだから。

 

「その後、儂はこの場で自分の店を持ち、満月の夜はこうやって里の警備じゃ。

 慧音殿のお陰で、儂も自分の居場所を作る事が出来た。

 忌々しい昔の記憶があろうとも、儂は今が幸せならばそれで良い。

 それはそうじゃ、もう儂は誰にも復讐は出来ぬからな。

 父の仇は母が取ってくれたし、村の者達に怨みなどはもう無い。

 儂が生きる理由など、幸せに生きるという理由しかないのじゃ。

 そう吹っ切れたからなのか、あの忌々しかった満月も。

 今では素直に喜べるよ…以上が儂の1人語りじゃ。

 この経験が、お主の役に立つことを祈っておるよ、同胞よ」

「…ありがとうございます、私の為に忘れたかった過去を…」

「安心せい、忘れたいと思ったこともないし、忘れた事は1度も無い。

 これが儂の辿った道じゃ、変ることは無い儂の正道じゃ。

 別の道など無いし、別の道を欲したこともない」

「ありがとうございます、何かお返しをしたいんですけど…何か」

「む? そうじゃな、では、儂とのんびりと話をしてくれれば良い。

 もう1人の儂とも仲良くしてやってくれ、面倒じゃろうが頼むよ。

 そして、何かあれば…まぁ、儂はお主を助ける。

 逆に儂に何かあれば、儂を助けてくれ、それだけで良い」

「…でも、それだとすぐにお返しが」

「いらぬよ、儂はただ独り言を喋っただけじゃからな。

 その話がお主の役に立つかもと言うだけじゃ」

「…はい!」

 

…本当にいい話が聞けた…やっぱり誰か1人だけが大変な目に遭う

って事はないんだ、それを知って、そして何より

それを乗り越えた人の話を聞けて…私は嬉しい。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。