歩兵用に仕掛けたブービートラップの一つが起爆したことを、残月は遠くの爆発音と、iDROIDに入った通知で察知した。信管を加工する手を止め双眼鏡を覗き込むと、案の定複数名の敵兵が倒れているのが見える。
「……」
『上手く作動してくれたみたいだね』
『初披露という訳だ。ガイから聞いていたが、流石の精度だな残月』
『敵兵を囮に使うのは、ちょっと可哀想な気もするけどね…そんなこと言ってらんないか』
iDROIDが映し出す大洗町の地図上では、多数の図形が動き回っていた。小さい丸は歩兵、大きい丸は歩兵用車両、三角は戦車を表し、白抜きと白がそれぞれ敵と味方を意味している。戦死及び撃破判定が出たものにはバツ印が付けられる。戦死させずに無力化した先遣隊が、あちこちに散らばっているのがわかる。
《A target's approaching.》
iDROIDの無機質な
「…マチルダ三両、目標地点に接近を確認。排除開始」
残月はTMi-35の上蓋を嵌め直してから、淡々と無線で告げた。設置したトラップの殆どはiDROIDを中継した簡易な敵味方識別装置を備えているが、敵戦車を確実に撃破するべく、対戦車用トラップだけはマニュアルで起爆する必要がある。
あの日約束した手前、兄に情けないところは見せられない。
Bチーム――女子バレーボール部が残月から与えられた指示は、立体駐車場付近に敵戦車を誘い込めというものだった。彼女達はガイが何故残月を‘贔屓’するのか理解できず、彼からの指示にあまりいい印象を持っていなかった。とはいえ、部員数の減少で廃部となってしまった部を復活させることを生徒会に頼み込んでいるので、手を抜く訳にはいかない。
四人で知恵を絞り、β分隊とも協力して策を練った。
「「「そーれっ!!」」」
一方の車庫をβ分隊の歩兵に動かして貰い、反対側の昇降機に八九式を潜ませる。フェイクとした前者の目前にマチルダが待ち構えて砲撃しようとしたところを、背後から急襲するという寸法だ。待ち伏せは上手く図に当たり、砲弾が命中したマチルダの後部からは黒煙が上がっている。
「Bクイック大成功!!」
車長と装填手を兼任するキャプテン
『馬鹿言えファールだよ!!』
「うわぁ嘘! 生きてた!」
「これでも食らえ!!」
破壊したのはマチルダの予備燃料タンクだった。撃破できなかったことを車庫からの無線で知り、すぐさま次弾を放つも、小気味良い音と共に弾かれてしまう。
元来歩兵支援用として設計された八九式は、装甲ばかりでなく砲火力も貧弱な大洗最弱の戦車であり、Bチームとβ分隊はここに来る前、マチルダよりも先に随伴する歩兵を攻撃、戦車と分断していた。一次作戦の混乱で対戦車火器を捨てざるを得なかったβ分隊にはマチルダを撃破する術がなく、八九式による至近距離からの砲撃に一縷の望みを賭けて作戦を立てたのだが、結局は八九式の大洗最弱の名を裏付ける結果となってしまった。
『わり、コールドだわ。全滅した』
「サーブ権取られた!」
そして敵歩兵部隊に返り討ちに遭ったことを報せる
「Bチーム敵車両撃破失敗! 走行不能! すいません!!」
だが通信手
『…いや、十分だ』
残月の短い言葉と同時に、
Cチームとγ分隊には薬局付近への誘導が指示されていたが、歴女達はオタク達と結託し、より積極的に攻めていくことを考えた。III突は砲塔が回転しないことを無視すれば、八九式とは逆に装甲と火力に優れ、車高も低いので待ち伏せに適した優秀な戦力である。γ分隊は対戦車火器こそ不足していたが、兵の損耗は少なく、敵兵に打撃を与えるには十分だった。
両者は一計を案じる。何を言わずとも考えることは同じだったようで、作戦はすぐに決まった。
「俺達の底力、見たけりゃ見せてやるよ。ホラホラホラホラ!!」
「迫撃砲は現代でもトレンドだあああぁぁぁーーー!!」
ハンドルネーム『柳生先輩』こと
「ふっ、戦車に守られるとは聖グロの歩兵も落ちたものよ…」
「今だ! 撃てぇっ!!」
計画通りと言わんばかりに、2Uの口が三日月形に大きく歪んだ。薬局の前に置かれた旗の中には、歴女達が戦車に付けていた、真田の六文銭と新撰組の誠の旗が混じっていたのだ。薬局脇の路地にマチルダが差し掛かった途端、車長『エルヴィン』こと
「行くゾッ! どらごんばすたー、バンザーイ!!」
「「「バンザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!!」」」
攻勢は更に続く。戦車を失い浮き足立つ敵兵に、薬局に潜んでいた『宵闇のアギト』こと
一行は路地から出、次の相手を求めて索敵を開始した。
「「ハッハッハッハ!!」」
予想以上の戦果に、エルヴィンと装填手『カエサル』こと
その驕りも、すぐに終わりを告げた。
「「「ファッ!?」」」
右側面、木製の塀を貫いての砲撃。撃破されたIII突の、家屋の庭を挟んで反対側にマチルダ。III突が掲げていた四本の幟が塀の上に出ていたことで位置を気取られたことに気付いた時には、敵兵の短機関銃による制圧射撃で、どらごんばすたーは半数を割っていた。
「くっ…Cチーム走行不能! γ分隊も被害甚大、撤退するでござる!」
『…いい動きだった。お陰でトラップが一つ余った』
『てわるよん』こと
大洗と聖グロ双方の被害状況は、総隊長みほだけでなく、志朗を通じてガイにも伝わった。ガイの乗るジープは一定の速度を保ち、同じルートを巡回し続けている。
『八九式、III突が行動不能。β分隊は全滅、γ分隊は半数を割ったそうだ。だが残月がIEDでマチルダを二両、III突が一両撃破、γ分隊が一歩兵分隊を殲滅した。他のトラップもいい仕事をしてる』
「意外にいい傾向だな。γ分隊に伝えろ、一度市街地外周に避難しε分隊と合流して――」
指示を出そうとしたその時、
「ソリッドォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオ!!」
町中に響き渡らんばかりの叫びが木霊した。δ分隊が市街地に入ってから、特に戦闘行動も起こさずにうろついていただけだった理由が、まさに彼らの後方に迫っていたのだ。
「まだだっ!! まだ終わってない!!」
「リキッドォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオ!!」
「おいマジかよ!? 勝手におっぱじめるなよな!」
二ブロック後ろの角から、ドリフトしながら躍り出てきた一台のジープ。それを駆るのは、イギリス製短機関銃ステンガンを構えた
ソリッド・スネークと双璧を成すリキッド・スネークの情報は、既に残月も知るところであった。車両と対戦車兵器の扱いに長け、足場の悪い場所で二両のティーガーIIに挟撃されながらもジープの僅かな前進・後退のみで砲撃を回避しつつ梱包爆薬を投擲し双方を撃破した逸話は、“攻撃ヘリでジェット戦闘機を撃墜したようなもの”と云われ持て囃されている。これに対抗できる歩兵が今の大洗にはガイしかしないと判断したのが、残月がガイをリキッドにぶつけた所以であり、ガイもそれをよく理解していた。これが残月から用意された決闘の場であることも。
数分が経過する。
「ちぃっ…!」
「ぐっ…!!」
片側一車線の道路を並走し占有する二台のジープ。リキッドは何発か被弾してはいるものの致命傷ではなく、しぶとく追い縋ってくる。ガイは何とか無傷でいられたが、δ分隊は運転手以外の全員がリキッドの銃撃により戦死判定を下され――決闘の邪魔になるからだろうか――、被弾も時間の問題だった。
そんな折、
「うわっヤベェ!!」
「っ、まずい!」
「うおっ!?」
L字路を曲がった二台の前方。そこには、とどめを差しに遣わされた対戦車兵を撃退し、履帯を直して舞い戻ってきたEチームの38t、ε分隊の兵員輸送車の姿があった。十字路を横切ろうとしていた一行を、スピードを出し過ぎたジープ二台は回避し切れず、
「「「ぎゃあああああああああああああああ!?」」」
38tの側面にほぼ同時に衝突。38tは横転して撃破判定が下る。その上リキッドの乗ったジープは宙を舞ってε分隊のど真ん中に落着、爆発炎上。殆どの分隊員に戦死判定が出た。ガイのジープも徒では済まず、38tの進行方向の道路脇でひっくり返り、ガイの足を下敷きにしていた。
「クソッ…リキッドはどうなった…?」
何とか足を引っ張り出そうとしながら、ガイはリキッドの様子を窺おうとしたが、38tの車体が邪魔になって相手方のジープは見えない。しかしその向こうから、ふらつきながらも歩み出てきたリキッドの姿を認め、ガイは‘相変わらずの’往生際の悪さに戦慄した。
――しまった!
「ソリッド…!」
力なく垂れ下がった右手には、それでもステンガンが固く握られている。横に突き出したマガジンは、恐らく最後のものだろう。しかし身動きの取れないこちらを仕留めるにはそれで十分だ。
「ソ、ソリッド…!!」
大きくぶれながら構えられたステンガンのアイアンサイト越しに、自分の目と好敵手の目が合う。ハーフである彼の青い目は、絶対的に有利な状況であるのに、それでもこちらに更なる抵抗を求めているかのように思えた。――言われるまでもない。ガイはジープの下で必死にもがき、反撃の一手を繰り出す術を模索しようとして、
「がふっ…」
一発の銃声に続き、リキッドが膝を突いて倒れた。
「…無駄弾を撃たなかったのは正解じゃったのう」
その背後で、アメリカ製半自動小銃M1ガーランドを構えた榊が、溜め息と共に呟いた。
…今回は命拾いしたが、こういったシチュエーションは二匹のヘビには日常茶飯事であった。
『…助けは不要か――全てのマチルダの撃破を確認した。これよりチャーチルを破壊する』
複数の車両が絡んだ事故とほぼ同時刻、チャーチルは見通しのいい広場でIV号と対峙していた。
「……」
ダージリンは、恐らく今までになく神経を尖らせていた。
ここに至るまでの間に、味方のマチルダは全て撃破されてしまっている。目前のIV号に一両、III突に一両、そして
マチルダを一撃で沈めるその破壊力もさることながら、ダージリンが最も警戒したのは、周囲に敵が見えなかったという証言であった。ブービートラップが多数仕掛けられていることは歩兵の報告でもわかっていたが、もしマチルダを破壊したのがそれらによるものなら、今この場にいることさえ危険が伴う。正体が何であれ、ここで戦うこと自体最初から仕組まれていた可能性すらあるのだ。
味方の戦車を巻き込みかねない為に使用されないという楽観論は、とうに捨て去った。今考えることは、迅速に、確実に、IV号を撃破することだ。トラップが起爆するその前に。
――“イギリス人は、恋愛と戦争では手段を選ばない”…
機会があれば、かの西住流の次女に披露するつもりであった格言が、ふと脳裏に去来する。それがこのような消極的な、つまり最早手段を選んでいられないという意味で演繹されようとは、試合前のダージリンは考えもしなかった。
「…来たわね」
IV号は一度後退し、Uターンしてこちらに突っ込んでくる。先に一度被弾している右側面を狙い、貫通判定を取ろうという魂胆だろう。ダージリンが何を言うでもなく、操縦手ルフナは黙ってチャーチルを急発進させた。敵の不意を突く為の行動、
「「「キャアっ!?」」」
だった筈が、ダージリン達は完全に不意を突かれた。衝撃は上から来た――攻撃してきたのはIV号ではない。ダージリンがキューポラのハッチを開けて確認すれば、白旗を揚げる判定装置と、そのすぐ脇にめり込んだ‘何か’。更にチャーチルの二十メートル程後方には、フリスビーを投げた後のような恰好で佇む一人の歩兵。彼はハンドガンとナイフの他に、ヘッド交換式ハンマーや金切り鋸、ワイヤーの束をぶら下げた異様な姿をしていた。
彼の前に、対戦車地雷…TMi-35に似た残骸が落下する。そして彼の腰には、
「――ッ!?」
その時、ダージリンは悟った。かの正体不明の正体こそ彼であり、市街地にトラップを仕掛けつつ先遣隊を悉く無力化した犯人、大洗が隠し持っていた
「…アッサム、すぐにGI6のデータを更新しなさい。新たな
「何ですって?」
「
彼女はその歩兵から目を離さぬまま…否、あまりの鮮烈さに離すことができぬまま、アッサムに告げた。
「『
町内に響く審判のアナウンスが、県立大洗学園の勝利を告げる中、ダージリンは確かに、IV号の装填手用ハッチに駆け寄ったある随伴歩兵の言葉を聞いていた。
「ようやくわかったぜ優花里…堀切の奴――自己鍛造弾を作ってやがったんだ」
見せ場に限ってどうしていつも6000文字超えてしまうんだろう…
書き始めの時はこれより1000文字近く多かったし、文字数調整って大変。
今回はビツケンヌとしても珍しくかなり目まぐるしい視点変更が試みられました。残月がマチルダをどうやって屠っていたのか最後までぼかそうとした結果です。色々兼ねて38tには犠牲になって貰いました。
そして蒼莱がついにその正体、自己鍛造弾であることを見抜きました。
自己鍛造弾の技術を使ったIEDが台頭し始めたのはイラク戦争以降ですが、IEDという大きな括りの中で見れば一緒なので、戦車道の規定には抵触しませんw
次回はその辺の説明から始まる予定です。