HEATは円柱状の炸薬の片側を角度八十度以下の漏斗状に凹ませ、そこに合わせて
爆轟波が進行していくと生成されたジェット自体は速度勾配に従って細長く伸び、やがてブレークアップする。最も良く用いられる、ライナーを銅としたモデルの場合、一般に秒速七、八キロの高速のメタルジェットとなり、戦車などの装甲を侵徹する。接触したメタルジェットの運動エネルギーで今度は装甲との相互作用面がユゴニオ弾性限界を超える超高圧状態となり、装甲材自体の機械的強度は無視され、ほぼ液体として振舞う中ジェットが突き進むのである。
一方自己鍛造弾は、漏斗というより皿に近い角度一三〇度以上のライナーを持ち、HEATでは直径の四倍以上ある縦の長さは直径よりも短くなる。内部でプレート状になった炸薬は、自身より比重の重い金属でできたケースに爆轟波を反射されて炸薬自身をも貫通、エネルギーの大半がプレートの片面に向けて放出される。このミスナイ・シャルディン効果と、弾体底部が爆薬レンズとされていることで、平面爆轟波は前方のライナーに向けて進み、凹んだライナー中心部から先に到達することになる。
爆轟によってライナーのユゴニオ弾性限界を超える圧力が生じると、金属ライナーが爆轟波の進行方向に沿って絞り込まれるように変形していき、圧力から解放されたライナーは中心が先端になり外側程後ろに来る弾丸状の形状のまま目標に激突する。自己鍛造が完了するまでの時間は僅か四百マイクロ秒ほどであり、弾頭は秒速二千五百から三千メートルの速度で飛び出す。この速度は一般的な砲弾の三から四倍、運動エネルギーに換算すれば九から十六倍となる為、砲弾よりも強力な貫通力を発揮する。
堀切残月は
「自己鍛造弾の装甲貫徹力は直径とほぼ同程度、だから戦車砲弾や対戦車ロケットの弾頭としては直径が大き過ぎる。でも…」
「堀切が材料にしてた35型皿型地雷の直径は三十二センチ、爆薬の入った内径で少なく見積もっても三十センチ以上、つまり…」
「「事実上、現在の戦車道で使われる戦車で破壊できないものは存在しない…?!」」
優花里と蒼莱の言葉は、ダージリンのみならず、練習試合に参加した全ての聖グロ生徒を震撼させた。戦車道で使用可能な戦車の中で最大の装甲厚を持つのは黒森峰が保有するドイツ製超重戦車マウスが知られるが、マウスの最大装甲でさえ二四〇ミリであり、今回の試合で使われたこのIEDで、トップアタックやバックアタックの必要もなしに難なく貫くことができる。またこのタイプのものの普及はイラク戦争以降ではあるが、戦車道の規定に抵触しないIEDであることに変わりはなく、この‘狂気的な’兵器が公式大会でもまかり通ることになる。そもそもが敬遠されがちなIEDの、しかもそんな代物を作り出すことができる生徒が(誤解を恐れず言えば)このような弱小校にいることは、あまりにも受け入れ難い事実であった。
「…経験則で、こう作ると破壊力が上がると思っていたが…そういうことだったのか」
無表情な残月の、得心が行ったような――呑気とすら捉えられる――呟きも、ダージリンには空恐ろしいものにしか聞こえなかった。試合中マチルダが次々撃破されたことに驚愕し落として割ってしまったが、もし予備のティーカップがあったならここまでで更に三回は割っているだろう。
少し遠くで勝利の歓喜に沸く大洗機甲部隊の面々とは対照的に、薄ら寒いムードまで漂う聖グロ機甲部隊の中から、しかし一人が残月の前に歩み出た。額に『J』と描かれた目出し帽がトレードマークの歩兵、ジョニー・ササキ。
「なあ、ちょっといいか?」
「…何だ?」
「街にトラップを仕掛けたのはあんたか?」
「…ああ。俺が作って配置した」
「いつ作った?」
「幾つかはその場で作ったが、大抵は一昨日の夜までに用意した」
「待て、それ反則だぞ」
――…反則?
ジョニーが上ずった声を上げたせいか、大洗側の生徒達もしんと静まり返った。
「…どういうことだ?」
「二ヶ月前に戦車道の規定が改定されたんだ。‘完成品のIED’を試合会場内に持ち込めなくなったんだよ。つまりIEDは全部その場で作らなきゃいけない」
「!」
表情筋は殆ど動いていなかったが、ダージリンは残月がかなり面食らったのを感じた。残月が首だけで振り返れば、「初耳だ」とその先のガイ。ガイの反応はジョニーを除く全ての生徒達と同じで、実のところダージリンも、そんな改定があったことも知らなかった。
「――何だよ、皆知らないのか? そりゃIEDは戦車道じゃマイナーだし、見向きもされないのは仕方ないかもだけどさあ…」
「…試合はどうなる?」
「うーん…審判は絶対だし、実際作ってるところを見てたからそういう判定なんだろうし…今更覆らないと思うからガタガタ文句言うつもりもないけど、でも普通は反則負けだろ」
「え…じゃああんこう踊りやるの…?」
残月の問いに対するジョニーの回答に、大洗側のどこかから上がった声で、残月とガイを除く大洗機甲部隊の顔が真っ青になる。“あんこう踊り”が何を意味するのかはわからないが、相手側で何かしらペナルティーを課しているのだろうと、ダージリンは推測した。それを見かねてか、ジョニーは続けて残月に問う。
「幾つかその場で作ったって言ったな。それだけで勝てたか?」
「…対戦車用に絞ればやりようはある。勝率は五割二分といったところか」
「五割二分?」
「サーペントテイルがいる分、七割から一割八分引く」
「…だそうだ、皆。彼がルールを守っていても、勝てるかはわからない。実質引き分けだな」
――前言を撤回しよう。これで四回カップが割れた。
「…まあ、いい試合だったし、勝ち負けはともかく、今度はルールを守れよ?」
「ああ…次からは、気を付ける」
彼は――プラズマ・スネークは、ルールを守っても
「角谷、どうする?」
「んー…勝ったけど負けたってことで、あんこう踊りはないけど干し芋三日分もなぁし!」
「いやそれもいらないだろう…」
ダージリンは、プラズマ・スネークと将来の公式戦でかち合わないことを、情けなくも期待してしまっている自分に気付いた。
杏の言の通り、生徒会は勝った際の報酬として「干し芋三日分」(干し芋は大洗の名物であり杏の好物)、負けた際の罰ゲームとして「あんこう踊り」を企画していた。残月の‘功罪’によりそのどちらも回避され、特にあんこう踊りが催された場合には試合と合わせると午後まで食い込む予定だったが、幸いにして十一時を回る直前で終えることができていた。
試合の後は沙織達と一緒に大洗リゾートアウトレットを回るつもりだったみほだが、この思わぬ余暇を利用して、残月と
「あ、あの…堀切君! お昼、一緒に食べない?」
「…どこでだ?」
「この辺に、美味しいラーメン屋さんがあるってγ分隊の人が――」
「行こう」
以上のやりとりで決定した。
残月の好物はラーメンで、特に白湯ラーメンには目がない。ラーメン屋の話題を出した途端に二つ返事で了承したのも、偏に彼のラーメン好きによるものだ。彼が熊本に住んでいた時は、小学校付近のラーメン屋で頻繁に熊本ラーメンを食べていたのを、みほはよく覚えている。
「そうそう、堀切君、お誕生日おめでとう。本当はすぐお祝いしたかったけど、色々ごたごたしててプレゼントも用意できなくて…」
「構わない。お前が美味いラーメンを教えてくれただけでも十二分だ」
また、彼は物に執着する方ではない。彼にとってはプレゼントの内容そのものよりも、自分への気持ちと、自分の為にそれを用意してくれたという事実こそが大事なのだという。みほは誕生日の埋め合わせとして自分が誘ったのがラーメン屋でなかったとしても、残月はいつもの無表情で礼を言っただろうと確信していた。
到着したラーメン屋は、開店前だというのに既に十数人が列を作っていた。店の前に置かれた券売機に千円札を入れ、残月は迷わず「鶏白湯塩ラーメン」を購入。みほも続けて千円札を入れ、醤油ラーメンを購入した。やがて店が開き、L字型のカウンター席があるだけの狭い店内に通される。席は二十人分足らずで、みほより後ろに並んだ者は店外で待つことになった。
「はい、鶏白湯塩ラーメンと醤油ラーメンね」
「「いただきます」」
カウンターの向こうにいる店員に券を渡して二十分程待つと、注文したラーメンが湯気を立ち上らせ運ばれてくる。割り箸を割るや、残月はレンゲでスープを掬って一口飲み、「…美味い」と一言。そのまま凄まじい勢いで麺を啜り始めた。みほは喉に詰まらせないかと若干心配になるが、彼は途中咳き込むこともなく、みほが醤油ラーメンを半分も食べ終わらないうちに鶏白湯塩ラーメンをスープまで飲み干してしまった。
ラーメンに限った話ではないが、相変わらずのスピード――しかしみほは、手持ち無沙汰に水を飲む彼に(単にカルシウム剤を飲んでいるだけで、そんな気は全くないとはわかっていたが)急かされているような気がして、一瞬止まっていた箸を動かそうとし、
「…みほ」
「えっ?」
残月の声でまた箸が止まった。反射的に右隣を見れば、真っ直ぐに自分を見つめる残月と目が合う。みほの心臓はドキリと跳ね上がったが、意外にも彼の方がふっと視線を逸らし、幾つかの調味料が並べられたカウンターの正面に向き直った。
「…大分前から思っていたのだが――」
「な、何…?」
「…もう、『残月』とは、呼んではくれないのか?」
「!!」
再び心臓が跳ね上がる。
「嫌なら別にいい。だが…少し、寂しい」
いつもの如くそれだけなら感情を見て取れない残月の顔。しかしカウンターの向こうを、どこか遠くを見ているような今の彼の横顔は、“少し”どころか、ノスタルジックな寂寞に満ち満ちていた。
みほが残月を名でなく姓で呼ぶようになったのは、中学二年の春頃からだ。熊本の小学校に転校してきた残月と戦車道で親しくなってから、姉や兄がそうするように名前で呼んでいたのに、その頃から何故か急に、彼を「残月」と名で呼ぶことが恥ずかしくなってしまったのだ。
彼を見ているだけでチクチクと痛み苦しくなる胸の奥の感覚を遠ざけようとして使い始めたその呼び方は、同年八月末に隆信が死に、それを機に残月と連絡が取れなくなるまで続いた。こうして同じ高校に通うことになった今でも、その状況は変わっていない。
「あ…えっと…」
だが、彼が望むのなら。
「残月…君」
そう呼ぶのは、吝かでない。
「…ありがとう。また、よろしく頼むぞ。みほ」
「っ!!」
久方振りに、残月の顔が表情を醸した。目尻が下がり、口角が上がる。微々たるものではあったが、変化に乏しい彼の顔を四年間見続けてきたみほには、その差異を判別するのは訳もないことであった。そして、眼前のそれが今、自分一人だけに向けられているものであるという現実に、みほは脳が沸騰しそうな感覚に駆られた。
「む…喜理恵さんに呼ばれた。今日は、もう帰る」
残月はやおら立ち上がり、みほを背にして店を出ていく。残されたみほの顔が熱くなったのは、店内に篭った熱気のせいばかりではなかった。
“試合を見ていた。話をしよう”
喜理恵から来ていたメールは、この十二文字で終わっていた。
残月がガイとみほを諭したあの食事会から、喜理恵は晶と共に家を空ける時間が多くなっている。昨日もダイニングテーブルの上に、一足先に陸に上がる旨が書かれた書置きを残月が発見した。彼女が書いたエッセイがそれなりに売れていることは知っていて、出版社の人間と連絡を取っているのだろうと残月は考えたが、わざわざ晶を連れていく理由までは思い至らなかった。
何であれ、試合について何かしらアドバイスが貰えるだろう。残月は自分の反省点を――改定を知らなかったことも含めて――洗い出しながら、学園艦のある海辺まで歩いていった。
「少々締まらない終わり方だったが、次は負けんぞ」
「勝てる次があればいいがな」
「…?」
浜に面した小さな駄菓子屋の脇の路地から、海岸線に沿った大きな道に出ようとした時、残月はイーライと会話するガイの声を聞いた。小さく覗き込めば、店の前に置かれた錆だらけのベンチに座る二人の姿。
そういえば、リキッドにはトラップを食らわせていない。いつか直接対決することもあるかもしれない――残月はそれに備えて、僅かばかりの情報を持ち帰ろうと思い立った。
――…これでよさそうだ。
すぐ近くに放置されていた空の段ボール箱。残月はそれを頭から被り、ひっそりと二人の背後に忍び寄る。段ボール箱を擬装に使う手法は小学生からのもので、ガイに伝えたところ絶賛され、彼に好んで使われるようになった。あるものは全て使うのがサバイバルの基本だ。
「兄弟」
「どうした?」
二人がコーラを飲み、海を見ながら話しているのもあるが、擬装は完璧といえた。駄菓子の銘柄が印刷された箱は、一見するとそれが始めからそこにあったかのように見えるだろう。段ボール箱の薄暗がりの中から、残月は耳を澄ませ、リキッド・スネークが口にする情報を一字一句聞き漏らすまいとした。
「――あまり無理はするなよ」
ところが、‘情報’は思いも拠らぬものとなった。
「…何のことだ?」
「とぼけなくていい。俺にはわかるぞ、お前の心身にある問題が」
「……」
「身体はどうにでもなる。治すなり克服するなりできるからな。だが精神はそう簡単はいかない――今のお前は、自分で自分の毒に侵されている毒蛇だ」
「…妙な言い回しを使うようになったな。ダージリンの影響か?」
「とにかく、あの『プラズマ・スネーク』を始め、仲間を頼るんだな。勝ち逃げは許さん」
吐き捨てるような言葉の後、イーライは空き缶をゴミ箱に放り、道を北向きに歩き去っていく。しばらくしてから、ガイも南へと歩いていった。
一連のやり取りを盗み聞いていた残月の中では、むしろ疑問が膨れ上がっていた。
また文字数多くなってる、止めてくれって言っただろ!?(CV:田中秀幸)
これ以上は削りようがないのでそのまま投稿。次回以降で調整するしか…
残月のIEDはその気になればマウスだってぶっ飛ばせます。(上院議員)
試合中に作らないといけない枷が嵌められたけど、五分で一個作れるからあんまり影響ないね。ついでにあんこう踊りも回避してやったぜ。
しかし伏線が今のところガイについてのものが殆どであらすじにある「巨大な陰謀」に触れられていないんですよね…