戦士の魂は君と共に   作:影のビツケンヌ

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近似値 ~Times with two ways~

 聖グロとの試合が終わった六時間後、麻子を除いたAチームの面々と、ガイ、蒼莱、志朗の計七人の姿は、水戸の華の実家にあった。ここに至るまでの経緯を簡潔に纏めると、次のようになる。

 ガイとみほがアウトレットで沙織達と合流し、七人で買い物を楽しんでいたところ、華の母である百合(ゆり)が人力車に乗って現れた。華道の流派が一つ『五十鈴流』の師範である百合は、娘の華が戦車道を履修していることを知らず、優花里がそれを話した途端に卒倒してしまった。すぐに百合は救急車で病院に運ばれたが、大事はなくすぐに退院、一同は自宅での療養を勧められた百合についていく形で実家に上がったのだった。

 程なくして目を覚ました百合に呼び出された華はすぐに学園艦に戻ろうとしたが、人力車を引いていた奉公人新三郎(しんざぶろう)の後押しを受け、百合の部屋で対面している。

 

「いいのかな?」

「偵察よ偵察」

「出歯亀じゃないのか…?」

「大佐も気になるだろ? 先輩も何も言わないし」

 

そしてそれを、沙織を筆頭に襖の向こう側から盗み聞いていた。

 みほや志朗の心配するように、これは諜報とは縁も所縁もない趣味の悪い行為だとはガイも認知していたが、敢えてそれを止めることはなかった。友人を案ずる彼らの為に多少は許されて然るべきだという考えと、彼らが何らかの出過ぎた行為に出ないようにするストッパーとなる為、そして自分自身も、彼女の置かれている境遇に少なからず興味があったからである。

 

「申し訳ありません…」

「どうしてなの? 華道が嫌になったの?」

「そんなことは…」

「じゃあ何か不満でも?」

「そうじゃないんです…」

「だったらどうして!」

 

三日前、華は自分が抱える‘秘密’を知った。編入時に書類も偽造した為、大洗の人間はみほを除き誰一人として知らない、親友たる残月にすら明かしていない秘密。イーライには試合前後に見抜かれてしまったが、あの男は律儀で他言はしないだろうし、ここまで残月に気取られていない以上は上々といえた。それを知られてしまった華には、殆ど脅しのような形で口外無用を言い渡した。

 

“万が一これが外に漏れれば、俺も君も唯では済まん”

 

白状すれば、華に及ぶ影響はハッタリ以外の何物でもない。それをしてでも、自分の秘密を()()()()()()()隠し通す必要があったのだ。ガイが今回沙織達の‘偵察’に同行したのは、何かしらの弱みを握ること位はできるかもしれないという希望的観測と、華に対する意趣返しという側面がある。

 

「私、活けても活けても…何かが足りない気がするんです」

「そんなことないわ。貴女の花は可憐で清楚…五十鈴流そのものよ」

「でも私は…もっと、力強い花を活けたいんです!!」

 

 そして、何より。

 

「あ…あああ…!!」

「お母様!?」

「素直で優しい貴女はどこへ行ってしまったの? これも戦車道のせいなの? 戦車なんて、野蛮で、不恰好で…うるさいだけじゃない! 戦車なんて、皆鉄屑になってしまえばいいんだわ!!」

 

‘対立する母子の構図’を、我が身に重ねて見たからであった。

 

「て、鉄屑ッ!?」

「んだとあのアマっ!!」

「落ち着け蒼莱!! 偵察なら静かにしろ!」

 

百合の言い放った言葉にいきり立つ優花里と蒼莱、それを制する志朗の小声も、ガイの耳には届いていない。ガイは既に、残月と出会い、彼から新しい戦い方を学んでからの、熊本の実家での一幕を幻視していた。

 西住流はその戦術の大部分が高火力なドイツ製戦車に依存しており、黒森峰ではそれらの多くが抱える機械的信頼性の低さを補うべく専任の整備士を用意する一方で、歩兵の装備は軽視されて整備・更新が滞り、一般兵の配給すら満足に受けられない劣悪な環境で酷使される層の歩兵も存在した。ガイは不十分な装備を補い歩兵達を活躍させる為、残月から学んだ柔軟且つ奇抜な発想に基く戦術を立てることを余儀なくされ、それは西住流の歩兵としては‘行き過ぎた’ものだった。

 

“ガイ、何故あそこで撤退したのですか”

“無駄な犠牲を増やさない為だ。後の作戦に支障が出る”

“歩兵は戦車を守る盾です! 貴方の言う作戦も、こちらの機甲戦力を過小評価し過ぎで――”

“意外とロマンチストだなお袋。結婚するなら肉の壁がいい訳だ”

“何ですって!? …貴方はいつもそう、西住にありながら戦車を()かそうとしない”

“俺も言わせて貰う。いつまでガンスミスを寄越さない気だ? 暴発事故は一度や二度じゃないぞ”

 

西住流が深く浸透した黒森峰では家元即ち西住しほの発言権が極めて強く、こと戦車道に関しては厳しい規律に支えられた黒森峰の校風もあって絶対的で、ヴァイパーコップフの設立にすらしほはいい顔をしなかった。特殊部隊ができても尚戦車偏重の戦い方を崩させようとしないしほと、それに反発するガイとの間に走る亀裂は、皮肉にも西住流の歩兵の在り方に不満を覚える者達からの『ソリッド・スネーク』への支持を一層高める要因となっていた。

 互いの主義主張をぶつけ合う親子の図は、ガイには身に覚えがあり過ぎた。

 

「ごめんなさい、お母様。…でも私、戦車道は止めません」

 

一歩も退かぬ子供と、

 

「…わかりました。だったらもう、うちの敷居は跨がないで頂戴」

 

強権に出る親。

 

「奥様、それは――」

「新三郎はお黙り!!」

 

故に考えてしまったのだ。「失礼します」と残して華が部屋を後にした時、開いた襖の向こうで正座し彼女をきつく見据える百合の姿を見て。

 

――()()()()敵か…

 

同情と敵意がない交ぜになった、どす黒い感情を澱ませながら。

 

 

 

 

 

 みほ達が乗った人力車をおいおい泣きながら引く新三郎に大洗町に送還され(男子三人は訓練を兼ねて徒歩でついていった)、一行が大洗港まであと数分といった距離まで辿り着く頃には、時計の短針は真下を向こうとしていた。

 大洗学園艦の出港時刻も迫っており、皆が雑談に興じながらも若干早足になる中で、少し遅れて歩く華にガイが横合いから小さく声をかける。

 

「新しい門出だと言ったな、五十鈴さん。俺には破門されたようにも思えるが?」

「……」

 

字面だけは普段と変わらない皮肉めいた言葉。だがその声音にはユーモアや人を気遣う意志が欠け、代わりに平時のものには存在し得ない、居丈高な刺々しさと冷徹さが多分に含まれていた。…‘秘密’を知ってからの自分にしかこんな話し方はしていないと、華は信じたかった。

 

“いいんです、皆さん…いつか、お母様を納得させられるような花を活けることができれば、きっとわかってもらえます”

 

勘当された自分を心配する仲間達――特に自分の舌禍だと思っている優花里――をそう言って宥め、これを“新しい門出”だとして新三郎にも笑えと言った。しかしそれを、隣にいるガイは言葉通りに受け止めることができていない。

 彼の抱える‘秘密’を知っても、それを()()()()()()()()()()()理由については知らされていない。だが華には、極ぼんやりとだが、それがわかる気がしていた。そして、()()()()()()()理由については、もっとよくわかった。

 

「…ガイさん」

「何だ?」

「私は今日、自分の‘呪い’を知りました。私もこんな形でお母様とのお話を終わらせることを望んでいた訳ではありません。…ですから、私も()います。私達は独りではありません」

 

食事会で残月が口にした言葉を、華は引用して告げる。‘秘密’を共有する者同士としては勿論、‘呪い’を背負う者として、仲間として、そして五十鈴華という個人として、華は闘う痛みと苦しみをガイと分かち合いたかったのだ。彼の妹(みほ)は隠しておきたい理由は知っているだろうが、隠しておかねばならない理由を、恐らく知らない――放っておけば、彼は自ら抱えるその重みに押し潰されてしまうかもしれない。

 

 「…わかった」

 

やや間の開いたガイの受け答えは、残月の言葉遣いを意識しているようにも思えた。

 最後の角を曲がった先に、繋柱に片足を乗せて待つ麻子の姿が見えてきた。

 

 

 

 

 

 「わざわざ荷物持ちを買って出るなんて、最近の子にしてはよくできてるわね」

「いいえ、私がやりたいだけですから!」

「今日の試合を見たわ。貴女はきっといいスナイパーになれる」

「そうですか? 射的は得意なんですよ」

 

残月は喜理恵と買い物をして回った後、みほ達より先に学園艦に戻っていた。歩き疲れて眠ってしまった晶を背負う残月の代わりに、道中出会った八枝が二人の荷物を持ち運んでいる。そして偶然道を同じくしている木蓮が、金魚の糞のように残月らについていく形になっている。

 

「……」

 

残月がちらりと後方を見やれば、変わり映えしない上の空な表情の木蓮。しかしその腕には、喜理恵が最後に立ち寄った店に売られていたリンゴジャムが、紙袋に入って大事そうに抱えられている。彼は自我が薄いと蒼莱に聞いていたから、生徒会に頼まれた(桃に命令された)のだろうと納得しかけたが、庶務の榊ならまだしも書記の木蓮にそれを任せるのは筋違いだし、そもそもリンゴジャムが生徒会に必要な要件がわからない。

 

「…リンゴジャムが好きなのか?」

「……」

「…そうか」

 

思い切って問うてみると、目は合わせないが、無言で頷いた。答えが返ってくることさえ期待できなかったが、今日の試合での転属願いと併せ、彼の意外な一面を垣間見ることができた。…因みに、残月のジャムの好みはブルーベリーである。

 

 「――ただ、貴女は目立ち過ぎるところがあるわ。自ら存在をアピールするのは、スナイパー失格よ」

「は、はい…精進します」

 

今八枝と話しているように、喜理恵は残月に対する評価――全体的には高評価だが、チャーチルを倒す時用心が足りていないとのこと――以外にも、目に留まった歩兵の何人かに評価を下していた。特に木蓮は刀一本で銃弾を防ぐ技量を称賛されると共に、「命令がない限り自衛の為にしか動いていない」「もっと攻めの姿勢が必要」とも言われていた。

 

――…ガイは、どう思われていた?

 

そうした評価を聞いている間も、残月の頭からガイの抱える‘問題’が離れることは片時たりともなかった。喜理恵の口からガイの話題が出ることは、遂になかった――評価するまでもないのだろうが。

 西住ガイという男は、残月の知る限り、自分から他人に助けを求めるようなことはなかった。大抵のことは自分一人でこなせてしまい、またそうしなければならないような状況に追い込まれることもなかったからである。好敵手たるイーライだけが知っているその‘問題’を、彼は水面下で解決しようとしているのだろう。人や組織から一歩距離を置いたそんな彼の在り方に、口を出すつもりはない。だが彼が求めずとも、真に必要な時に手を差し伸べることができねば、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性もある。

 ガイの心身にある‘問題’を、果たして喜理恵は見抜いているのか――

 

 「ふざけてんじゃねえぞ!!」

 

夜の帳が下りる甲板都市の静寂を、一つの怒声が破った。

 

「今更どのツラ下げて謝りに行くってんだ! 自惚れんのもいい加減にしろよ!!」

 

残月は喜理恵と八枝を足早に追い越し、声の方角――すぐ先の角を左折した場所に向かう。そこでは、一年生のDチームとδ分隊が顔を突き合わせていた。M3の車長(さわ)(あずさ)は左頬を押さえて蹲り、分隊長小田桐(おだぎり)(しょう)が女子達を睨みつけている。

 

「戦車ン中でぬくぬく戦う癖に腰抜かして逃げ出しやがって!」

「テメーが男なら翔は平手じゃ済まさなかったぞ!」

「砲も撃たない動かない戦車なんて、盾にもならない唯の巨大な棺桶だろうが!」

「こちとら銃弾が飛び交う中生身で戦ってんだ、甘ったれんじゃねえ!!」

「俺なんか敵の隊長とカーチェイスした挙句戦車と正面衝突だ!」

「戦車道は遊びじゃねえんだよ!!」

「役立たず!!」

 

Dチーム六人に対し、δ分隊二十人。その全員が口々に、試合を放棄して逃亡したDチームを非難し、罵声を浴びせる。事実が事実なだけに、女子達は何も言い返すことができず、目に涙を溜めて俯いていた。

 こういった状況に遭遇することは、残月は初めてではない。かつて通っていた小中学校でも、直接的な敗因であるにせよないにせよ、作戦中に重大な過失を犯した者を大勢で叩くというのは、特にチームがまだ纏まりきっていない時に多かった。なかんずく戦車兵は、当該戦車の護衛を担当する歩兵からのブーイングが集中する傾向にある。その度にコーチがそれを叱責し、失敗を叩くことでなく補い合うことを、戦車道の‘道’たる所以として説いたものだった。曰く、「戦車道は戦争ではない」と。

 そこで、残月はその教えに則り、彼らを諌めようとしたのだが、

 

「…戦わねえなら、テメーら戦車乗るなよ。守ってやらねえからな」

 

翔のこの一言の直後、彼は錐揉み状に回転しながら吹っ飛んだ――突如割り込んできた蒼莱に殴り飛ばされたのだ。

 

 「守ってやらねえ、だと? …とんだ甲斐性なしみてえだなオイ」

 

周りを見ると、喜理恵達三人の他に、ガイと志朗の二人、Aチームの五人がいつの間にか残月に追いついていた。普段蒼莱の手綱を握っている志朗や蒼莱が先輩と慕うガイも、彼を止める様子は見せていない。年長者である喜理恵も、腕を組んで事の行く末を見守っているだけだ。ここまで走ってきたのか、若干肩で息をする蒼莱は、次いで大きく咆哮した。

 

「男ならな!! デケェ口叩いてでも安心させて、最後の最後まで守り抜くんだよ!!」

 

価値観の押し付けとも取られかねない言葉。しかし鬼気迫る彼の気迫から生み出されるその響きは、確かな実体験を伴ったあまりにもリアルなそれだった。戦車道は今年度が初めてである彼が、かつて‘そうせねばならなかった状況(シチュエーション)’を経験したのかと、残月が勘繰ってしまう程に。その場にいた一年生達も、水を打ったように静まり返っている。

 

 「…あんたらは勘違いしているようだが、今回責められるべき者があるとすれば情報交換を怠った俺達オペレーターだ。でなきゃ反則なんてなかった。失敗したと思うなら次に活かせ。さあ、帰るんだ」

 

後ろから出てきた志朗が彼らを諭して帰らせた後も、残月の胸には蒼莱の言葉の余韻が残っていた。彼から嗅ぎ取った‘呪い’の臭いが、そうさせていた。




最早この小説6000文字超える方が普通になってきた気がする…w
もう、気にしなくても…いいよね…?(おい

ガイが抱える秘密が何なのかをうまーくぼかすのに骨が折れました。
これから少しずつガイと華さんとの関係を深めていこうかなと考えています。あとは影が薄くなりがちなA(あんこう)チームをもっと喋らせてあげたいですね。自分の小説は原作キャラがオリキャラに割を食われがちなので…
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