戦士の魂は君と共に   作:影のビツケンヌ

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怒れる優しさ ~Anger by compassion~

 聖グロとの練習試合から二週間程が経ったある日の夜。残月は自宅で晶と共に入浴していた。

 

「きょうねー、おひるごはんスパゲッティだったよ!」

「…そうか。美味かったか?」

「うん!」

「なら、よかった」

 

血縁上は近くはないが、残月にとって晶は年の離れた弟のような存在である。喜理恵から頼まれるまでもなく、残月は可能な限り晶の面倒を見ていた。それは同時に、晶にも受け継がれているであろうカルマと向き合う行為でもあるのだ。

 七年前の事故で自分と一緒にいた隆信は論無くして、当時学園艦に乗艦していた喜理恵も被曝している。その二人の子である晶は、今でこそそれらしい症状は出てはいないものの、何らかの経世代的影響が現れる可能性は否めない。その前兆を察知するべく、残月は日々晶の身体を隅々まで検めていた。

 しかし、今日ばかりはそれも身に入らない。

 

「……」

「にーたん、どうしたの?」

「…いや、何でもない。気にするな」

 

原因はこの日の昼下がり、戦車道全国大会のトーナメントを決定する抽選会の後の出来事にある。残月は湯船に深く身を沈めながら、およそ六時間前のその出来事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 抽選会の会場には、奇遇にも残月の出身である埼玉県、さいたまスーパーアリーナが選ばれた。チャーターしたマイクロバスで会場に向かったのは、生徒会幹部とAチーム、α分隊の代表――ガイ、残月、蒼莱、八枝の四人――、オペレーターの計十七人。抽選の結果、大洗の第一回戦の相手校は優勝候補の一つとされるサンダース大学付属高校に決定したのだった。

 生徒会が手続きをしている間の暇な時間を、優花里が『戦車喫茶ルクレール』なる店で過ごすことを提案したのが事の発端である。

 

「ケーキセットで、チョコレートケーキ二つとイチゴタルト、レモンパイとニューヨークチーズケーキ、レアチーズケーキを一つずつお願いします」

「…大佐、まだ決まらないのか? なんなら後ろの方にスイートポテトとか――」

「何だって、それを早く言ってくれよ!」

「じゃあこっちはコーヒーセット二つとケーキセット二つ、ケーキはティラミスとザッハトルテで、あとスイートポテトと抹茶わらび餅パフェを単品で一つずつ」

 

生徒会幹部がいなくなっても、十二人となればそれなりの席が必要になる。左右に並んだ六人がけのテーブルに、男子五人と女子七人をできるだけ均等につかせる為、Aチームの席に美玲、男子側の席に八枝が座った形だ。

 

 「ごめんね、一回戦から強いとこと当たっちゃって」

 

注文を終え、ケーキがラジコントラックに乗って運ばれてきた頃、みほが口を開いた。

 

うち(大洗)より強い学校なんて幾つもあるんだから、気にしなくていいわよ」

「僕が思うに、あの抽選形式はよくないね。カードを引く度に見せたら確率が変わってしまう」

 

みほの謝罪に、八枝と英明がそれぞれザッハトルテとティラミスを口に運びながらフォローする。抽選はくじ引き形式で、各校の代表者が番号の書かれたカードを抽選箱から順番に引き、それを頭上に掲げるというやり方だった。確かに、この方法では引いたカードが公開される毎に数学的に確率が変動し、最後の学校は勝手に対戦校を決められてしまう。

 残月もそれに思うところはあったが、今回の会話には加わらずにいた。彼は一番端の席で抹茶わらび餅パフェを食べながら、次の試合に向けて対策を立てること、具体的には生徒会に請求するIEDの素材を選定するのに注力していたからだ。どんな学校が相手であれ、彼のすることは変わらない。

 

「……」

 

 片手間に会話を聴きながら、対戦校の情報を脳内で復唱する。

 サンダース大学付属高校。長崎県佐世保港を母港とする学園艦で、開放的な校風を特徴としている。戦車の保有台数は四十両以上、歩兵に至っては八百人に迫る全国一の物量を誇り、戦車道チームはその潤沢な資金力を背景に一軍から三軍までを揃えている、数の面では圧倒的に大洗が不利な学校だ。幸いにして公式大会一回戦は戦車や歩兵、砲弾の総数が制限されている為、最初に当たったのはラッキーともいえるが、それでも大洗の二倍の戦力差が約束されており、気休めにもなっていない。

 そして当然ながら、サンダースにも特殊部隊が存在する。『レイブンソード』――巨漢のシャーマン『バルカン・レイブン』を筆頭とする、ガイ曰く“バイタルモンスター集団”。彼に冠された‘バルカン’の名は、彼の放つ機関銃弾の殲滅力をローマ神話の火の神バルカンに喩えたとも、学園艦に保管されている二十ミリガトリング砲『M61バルカン』の模型を軽々と持ち上げてみせたことに由来するとも云われる。どちらにせよ、経験に乏しいこちらの歩兵には脅威となる存在だ。

 

――…それでも、戦うしかない。

 

 負ければ麻子の単位は貰えないのでは、という沙織の言葉が耳に入ったが(麻子は重度の低血圧に起因する遅刻で単位取得が危ぶまれている)、実際には麻子一人の犠牲で済む話ではないのだ。優勝し廃校を阻止することができなければ、多くの生徒達の人生(青春)に暗い影が落とされることになるだろう。そしてそれが、個々人の中である種の‘呪い’へと変貌する――そう考えるだけで、残月は哀しく、またぞっとした。

 

――兄さんには…俺達の未来は、見えているのだろうか…

 

 沙織に促されてみほがケーキに手を付け始めた頃には、残月はパフェを綺麗に平らげていた。ようやくスイートポテトの一口目を食べようとしていた志朗にぎょっとされながらも、口の中に残った甘味の余韻を流し込もうと、残月が水の入ったコップを呷った時、

 

「…副隊長? ――ああ、()でしたね」

 

聞き慣れない女の声が、彼の耳朶を打った。

 一年生に尋ねられた時も驚かれたが、残月は隊長や副隊長の地位に就いたことは殆どない。自分の得意とする戦い方を最大限に生かす為に、乱暴な言い方をすれば‘特別扱い’されることの多い残月を、長として認める者は少なかったのだ。この場で‘元’を強調されるような、かつて副隊長だった者を、残月はみほ以外に知らない。

 声の方向に視線を遣れば、そこには黒森峰学園の制服を纏った二人の女子生徒。声をかけてきたのが、奥にいる銀髪のロングヘアーの方だというのはすぐにわかった。もう一方が、ガイとみほの姉にして黒森峰機甲部隊総隊長、かつての友である西住まほだったからだ。

 

「お姉ちゃん…」

「まほ…」

「…まだ戦車道をやっているとは思わなかった」

 

彼女が妹と弟にかけた言葉は、文字通りの意味しか持っていなかった。――二人を案ずる台詞の一つも出ないのか。残月の中に、ひりひりとした苛立ちが募っていく。

 

「お言葉ですが! あの試合のみほさんの判断は間違っていませんでした!」

「中継はばっちり見てたぜ…本当に失っちゃいけないものを守ることができた」

 

しかし、問題はここからだった。

 

「部外者は口を出さないで欲しいわね」

「うっ…すみません」

「ちっ、アバズレが…」

 

立ち上がって声を上げた優花里とそれに加勢する蒼莱を、銀髪の女子が鼻であしらったのを境に、その場にいた仲間達の敵意に似た何かの‘流れ’が変わり始めた。

 

「一回戦はサンダース大付属と当たるんでしょう? 無様な戦い方をして、西住流の名を汚さないことね」

「何よその言い方!」

「あまりにも失礼じゃ!」

「俺達はあまり気が長くないぞ」

「貴方達こそ戦車道に対して失礼じゃないの、無名校の癖に…。この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は、参加しないのが暗黙のルールよ」

「強豪校が有利になるように示し合わせて作った暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいな」

「会場でどっちが吠え面かくか見ものね、戦車乗りさん」

 

沙織と華、志朗が非難し、麻子と美玲が煽る。この言い合いにも残月は静観を決め込んでいた。最初に銀髪が、明らかにみほに対して強く釘を刺したのにはむっとしたが、自分が何か口にするよりも早く仲間が言いたいことを言ってくれるだろうと思っていたし、実力は試合で示せばいいとも考えていた。不思議なことにガイも何も言わずにいて、それが介入の必要性を感じなかった理由の一つでもあった。

 ところが、残月が介入せずにはいられない状況は、向こうからやってきた。

 

 「黙りなさい弱小がっ!!」

 

堪忍袋の緒が切れたのか、銀髪の女子は烈火の如く怒り出す。

 

「そこにいる西住流の恥晒しの勝手な行動さえなければ、私達が全国大会十連覇を逃すことも、ましてやソリッド・スネークを失うこともなかったのよ!!」

 

名指しされたみほをちらりと見れば、彼女は項垂れ、肩を震わせていた。その様子を見た銀髪は、立て続けにみほを罵る。

 

「…何よアンタ。兄のケアを隠れ蓑にして逃げて、それで贖罪のつもり? だから甘いのよ。私はアンタが死ぬまで叩いて、死んでも叩き続けてやるわ。黒森峰から、西住流から、隊長から多くのものを奪ったアンタをね!!」

 

 ドン、と、音がした。コップがテーブルに叩き付けられた音だ。

 気付けば、残月の手元は水浸しになっていた。

 

「――…失せろ」

 

残月は見たのだ。俯いたみほの瞳に、今にも零れ落ちんばかりの涙が溜まっていたのを。それを認めた時、彼には我慢が利かなかった。それでも、これはかなり()()()方だ。銀髪を睨み、低く唸るように声を絞り出す。この時に限っては、普段働かない表情筋が――平時に比べて、という言葉が先に付くが――大きく歪むのを感じ取れた。

 

「…だ、誰かと思ったら…堀切の次男じゃない。『プラズマ・スネーク』なんて呼ばれるようになって、図に乗ってるのかしら? 戦車道から逃げた臆病者同士で仲良しこよしって訳――」

 

 爆発した。

 

「わからんのか戯けがッ!! 失せろと言っているッ!!」

 

立ち上がり、テーブルを殴りつけ、銀髪に踏み込み、吼える。怒りに塗れた衝動が、一連の動作を強制した。表情の変化など先程の比ではない。きっと晶には見せられたものではない、凄まじい形相であろうことは自覚できた。眼前の女がみほを貶め苦しめることに、残月には最早自制などできなかったのだ。

 

「ひっ…! ヒイィッ!!」

 

恐怖に慄き悲鳴を上げた銀髪は、その場で尻餅を搗き、つんのめりながら這う這うの体で店外へと逃げ出していく。失禁したのか、一行の席の脇から出入り口まで黄色い液体が撒き散らされていた。

 

「お…おいエリカ――」

「まほッ!!」

 

怒りの矛先は、エリカと呼ばれた銀髪を呼び止めようとしたまほにも向いた。額に脂汗を滲ませた彼女に、見開かれた残月の目がギョロリと合わせられる。

 

「あの女に伝えろ。次は戦車ごとスクラップにしてやるとな。…貴様も首を洗っておけ」

「っ…すまない…」

 

警告を受け、まほもエリカを追って店外に走る。去り際の謝罪が誰に向けられたのかは、残月にもわからなかった。

 深呼吸し、椅子に座り直す。憤怒を吐き出した残月の心には、不可解な後悔が残っていた。

 

「…迷惑をかけた。代金は、ここに置いておく。釣りは要らない」

 

 

 

 

 

 あの後、ルクレールから少し離れたベンチで座っていると、みほがやってきて話しかけてきた。

 

“あの、残月君…さっきはありがとう”

“……”

“怒ってるところ、久し振りに見てびっくりしちゃったけど…でも、嬉しかったの”

 

残月は、何も答えなかった。答えられなかった。

 あのような形で怒りを表現したことは、残月の人生に於いては一度や二度程度なものだった。自分がいじめを受けていた経験から、残月は人の悪意や害意に極めて敏感で、弱いものいじめを決して許さない。彼が怒る時というのは、そういったものに不当に誰かが晒されている時であり、そうでなければ軽くあしらって済ませてしまう。

 だが、今回残月が怒った動機はそれとは微妙に異なるものだ。

 残月が怒るのは‘誰かが’虐げられている時であり、その対象は彼の目の届く範囲ならば多岐に及ぶ。言い換えれば自分と特に関わり合いのない人間でも怒ることはあるのだ。一方先のケースでは、残月はみほという個人が、他ならぬみほが虐げられていることに腹を立てた。その感情が、残月には説明がつかない。

 

「……」

 

 残月に唯一わかっているのは、それがこれまでになく自分勝手で独り善がりなものだということだけだった。本人はその行動を嬉しく思っていたようだが、彼にはみほは勿論、親友たるガイ、同じ部隊の仲間達、そして殆ど八つ当たりのような形でまほにも店にも迷惑をかけたという認識しかなかった。

 

――…不甲斐ない。

 

これでは兄にも顔向けできない。風呂から上がり、床に就いても、残月の胸の奥には苦い自己嫌悪が燻り続けた。

 

 

 

 

 

 耳元でけたたましく鳴り響く着信音で、残月は目覚めた。

 

「…?」

 

時刻は六時三十五分。手に取ったスマートフォンの画面には『蒼莱』の文字。起床が二十五分早まったところで、残月にはさほど大きな問題ではないが、このような朝早くに電話をかけてくるというのは相当な用事があるのだろう。画面をスライドし、通話に応じる。

 

「…どうした――」

『大変だ堀切!! まずいことになった!! 優花里が、優花里が…!!』

 

残月の問いを遮らんばかりの勢いで、電話口の蒼莱は泡を食って捲くし立てる。その狼狽ぶりに不穏なものを感じ取った残月は、やや強い口調で問い直した。

 

「落ち着け。何があった、蒼莱」

『これが落ち着いて…いや、そうだな、悪い…』

 

何度かの蒼莱の呼気の音が拾われた後、残月にとっても衝撃的な事実が告げられた。

 

 『――優花里が、サンダースの連中に拘束された…!!』




文字数がいつもの感じに戻ってきました。
これからうまいこと調整できたらいいと思います(小並感)

影の薄かった晶君を喋らせてあげただけの入浴シーン、特殊タグ使う程の激昂を見せてくれた主人公、そして脱出できない秋山殿。好き勝手させていただきました。
次回は残月と蒼莱による秋山殿救出作戦になる予定です。そして作中でも少しばかり匂わせてきた二人の関係やら過去も明かされます。多分。
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