戦士の魂は君と共に   作:影のビツケンヌ

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屍の上 ~Sins never die~

 蒼莱のスマートフォンの通話アプリに、優花里から助けを求めるメッセージが届いたのは、残月に電話がかかってくる数分前の出来事だった。郵便配達のアルバイトに出ていた彼は、最後の配達が終わった直後にメッセージに気付き、残月に応援を要請したのだ。

 

“助けて”

 

上記の僅かな文言と同時に送信されてきた位置情報は、蒼莱のスマートフォンにインストールされていた、全学園艦の現在地と航路、寄港予定地等を確認できるアプリ『スクールシップレーダー24』により即座に対戦校サンダース学園艦のものと同定された。陸と学園艦を連絡する船はあっても、学園艦同士を行き来する船は、定期的に在庫の補充を行なうコンビニやスーパーマーケットの輸送船程度しかなく、彼女がそれを使ってサンダースに渡っただろうことは容易に想定できた。残月は蒼莱に同行し、優花里の足取りを追ってコンビニの定期便船に潜り込んでいる。

 

「…この船があったのは幸運だったな」

「ああ、もし大洗のコンビニが一つだけだったり、便が重なってなかったりしてりゃ、今日中に助けには行けなかった…」

 

…尚、残月は喜理恵に学校を休む旨を伝えていない。情報の漏洩を避ける、と言えば聞こえはいいが、残月も蒼莱も、優花里が偵察に出たのが完全な独断行動であることも含めて、問題を大事にしたくなかったのだ。

 

「でも…何で段ボール箱に入らなきゃいけないんだ?」

「工夫を凝らしてあらゆるものを最大限に活用するのがサバイバルの基本だ。潜入任務ではそれが特に重要になる。ガイは、“段ボール箱は敵の目を欺く最高の擬装にして潜入任務の必需品”と言っていた」

「本気かよそれ…」

 

 商品が詰められた無数の段ボール箱に紛れ、二人は並んだ二つの箱に収まっている。その状態で会話していたのだが、ガイの話題が出た時、残月の頭にふとある疑問が浮かび上がった。

 

「…蒼莱」

「ん?」

「何故、ガイに頼まなかった?」

 

優花里同様、ガイが残した数多くの逸話に詳しい蒼来なら、潜入が彼の特技の一つであることは既に知っている筈だ。自分が戦車道から身を引いていた二年間も変わらず戦い続けていた、それどころか自分が戦車道を志す以前から戦車道に触れていたガイの方が、その分経験豊富といえよう。残月の思いつく限り、自分よりもガイに救出を依頼する理由の方が多かった。

 

「先輩は隊長だろ? 隊長が練習に出なくてどうするよ」

「ガイは口が堅い。訳を話せば何とかしてくれた筈だ」

「…んまあ、お前ならわかってくれるかもしれないって思ってさ、色々と」

「…色々?」

 

段ボールに遮られて顔は窺い知れないが、残月は蒼莱の声のトーンが僅かに下がったのを感じた。

 

「館山湾の事故の半年前に起こったあの事件…覚えてるか?」

「…ビッグシェルか」

 

 蒼莱が唐突に切り出した話題は、かの学園艦事故程の衝撃はないにせよ、残月の脳裏によく記憶されていた。

 『ビッグシェル占拠事件』。大阪湾に建設された海上除染施設ビッグシェルが、国際テロリストの一味によって占拠された、日本国内で起こったテロとしては最大級の事件である。テロリストは社会科見学に訪れていた八十五人の小学生を人質に取り、現金四十億円と、日本で逮捕された組織の幹部二名の引き渡しを要求、それが二十四時間以内に受け入れられない場合施設を爆破すると主張した。ビッグシェルは元来、事件の九ヶ月前に起こったタンカー沈没事故により原油で汚染された海域を除染する為に建造された施設であり、除染が終了し一般公開が開始された事件当時は除染に使われた大量の塩素系薬物が残ったままだった。もし実際に爆破されていれば、ダイオキシン類を含む大量の有毒化学物質が発生、湾内の生態系は全滅し、向こう数百年死の海となる史上最悪の環境破壊となっていたとされる。

 出動した自衛隊が二度の突入を敢行、事件は収束したが、一度目の突入作戦では自衛隊員は全滅、更にテロリストが見せしめとして三十分毎に人質を一人ずつ殺していった為、解決までの十四時間で二十六人の人質が死亡している。事件後のマスメディアでは、生き残った子供達の多くがサバイバーズギルトを始めとした心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱え、社会復帰が困難になった者も多数いたと報じられた。

 記憶が正しければ、人質達の出身校は茨城県だった。

 

「…まさか――」

「そうだ。俺と優花里はその生き残りだ。尤も、生き残った経緯は他とは違うんだけどな」

 

残月の予想は的中した。しかし、生き残った経緯が異なるとはどういうことか。残月がそれを問う間もなく、蒼莱は続ける。

 

()()があったから、今の俺がいる。優花里を絶対に守るって、あの時決めたんだ」

「……」

「お前はどうだ? 総隊長――西住が責められてる時お前が怒ったから、堀切も俺と似てると思ったんだけど…西住のことはどう思ってる?」

 

彼の問いに、残月は答えられなかった。

 ルクレールに訪れるより前の残月ならば、「戦友だ」とすぐさま答えることができただろう。みほは被爆者である自分に分け隔てなく接してくれた数少ない人間の一人で、戦車道を通して共に高め合い競い合った仲間でもある。しかしあの時発露したのは、それまでとは全くに別種の、残月本人にも得体の知れない感情だった。それを表現する言葉を、残月は知らない。

 

 “男ならな!! デケェ口叩いてでも安心させて、最後の最後まで守り抜くんだよ!!”

 

聖グロとの試合の後に蒼莱が叫んだ言葉が、残月の脳裏に反響する。あの時蒼莱の中に見出した‘呪い’が、彼と優花里の経験した事件や二人の関係に繋がるのなら、彼の言うように、彼我の感情の間に確かな類似性が存在するのだろうか――

 

「…! 嵐が去るぞ」

 

段ボール箱の穴からは、船倉の外を望む窓の様子を覗うことができる。先程まで降り続いていた雨が止んだことに気付いた残月は、強引にその話題を切り上げた。任務に私情を挟まない為というより、今はそれについてあまり考えたくなかったのが大きい。

 雨の向こうには、標的たるサンダースの根城が聳えていた。

 

 

 

 

 

 サンダース機甲部隊が他校からのスパイを捕縛できたのは、本当に唯の偶然だった。作戦会議に使用する視聴覚室が映画研究会の活動で専有されてしまう為、朝練が始まる前の早い時間帯に会議を決行せざるを得なくなり、集まった隊員の何人かはまだ寝惚け眼であった。だが、ほぼ同時刻に忍び込んだ侵入者に焦りをもたらした可能性は否定できない。

 正午過ぎ、昼食を摂ったばかりのナオミは今朝の捕物を脳内で反芻しながら、校舎の廊下を歩いていた。

 

「……」

 

 秋山優花里――発覚当初は『オッドボール三等軍曹』なる偽名を名乗っていた――というらしい彼女を捕らえた後、歩兵部隊は別の侵入者がいないか隈なく捜査したが、痕跡一つ存在せず、単独作戦行動であると断定された。敵ながら大胆なやり口に内心賞賛こそしたが、捕まってしまっては意味がない。公式戦に於いて対戦校へのスパイ行為は承認されているものの、発覚・確保された場合は連盟の規定に基き試合まで勾留されてしまう。待遇こそ保障されているとはいえ、その間練習などできる筈もなく、潜入の失敗は大きな痛手となり得るのだ。

 

 「…ふん」

 

 だからだろうか、ナオミはこの時油断(慢心)していた。

 故に、更なる侵入者の影にも気付けなかった。

 

「――動くな」

「っひ…?!」

 

ロッカールームの暗がりからさっと伸びてきた手がナオミの後ろ襟を掴み、ドアの向こうに引きずり込む。抵抗するより速く、鈍く光沢を放つサバイバルナイフが喉元に突きつけられた。小さく低く掠れた、しかし地の底から来るようなその不気味な声で脅され、ナオミは経験したこともない恐怖に恐れ戦いた。

 戦車道では、戦車兵が歩兵と直接戦闘することは多くの学校で想定されていない。パンツァージャケットを着る者は基本的に火器の携行が許されず、唯一車長だけが、戦車内部に直接攻撃を仕掛けてきた敵兵に対するいわば‘最後の抵抗’として、装弾数を六発以内に限り拳銃を持つことが慣習化されている。その場合でも車長が射撃訓練を行なうことは極めて稀で、ましてやファイアフライの砲手であるナオミに歩兵戦闘の心得などある筈もなかった。

 

「秋山優花里はどこだ?」

 

侵入者の居場所への問い。それでナオミは、この男が仲間を助けに来たのだと理解した。何も吐くまいと口を真一文字に結ぶも、「言え」という言葉と共にナイフの切っ先を喉笛に軽く当てられ、その覚悟も呆気なく瓦解する。

 

「…さ、三階、多目的室C…そこで尋問を受けてる」

「尋問だって?」

「時間が惜しい。捕虜に十分な食事や休憩が与えられるとは限らない」

「……?」

 

背後の声とは別の、もう一人の声が聞こえたことにナオミが注意を向けた瞬間、

 

「うぉっ!?――」

 

床のタイルが顔面に迫り、彼女の意識は暗転した。

 余談だが、彼女は三時間後、ロッカーの中で目覚めることとなる。

 

 

 

 

 

 「だぁーかぁーらぁーさぁー!」

 

秋山優花里は、小さな部屋に置かれた椅子に座り、机を挟んで二人の男子生徒と対面していた。

 

「そうやってるといつまで経っても終わらないんだよ、これ」

「で、ですから、これは私の独断だと先程から言っているじゃないですか!」

 

 通常、軍人は捕虜になった場合ビッグ4、つまり氏名、階級、認識番号、生年月日以外は口にしてはならない。しかし今の自分は軍人ですらない。何一つ吐くことは許されないのだ。…尤もこの潜入自体、みほが対サンダース戦に於ける作戦を立てる為の材料となる情報を集めてくることを目的とした、優花里の勝手な行動であり、相手方にアドバンテージとなり得る情報は何一つ持ち合わせていないのだが。

 にも関わらず目前の男子生徒――特殊戦闘服を着込んでいるので歩兵と見られる――は、尚も食い下がり、一人の女子高生から情報を得ようと躍起になっていた。

 

「いつまでそれで押し通すつもりだよ。そもそも俺はあんたの学校どこか聞いてないし、これじゃ送り返しようもないんだけど」

「一人で帰れます!」

「だから観念してとっとと吐けっつってんの!!」

 

時間の感覚が狂っていなければ、既に三十分以上この調子だ。しかし優花里の注意は、むしろ彼の後ろに立ってスマートフォンを弄り、目を皿のようにしている制服姿のもう一方に向いていた。ときどきこちらにちらりと向けられる視線に、言いようのない不安感を覚えたからである。

 そしてその理由が、最悪の形で明らかになった。

 

「ああ、見つけたよ…この女知ってるぜ」

「んあ?」

 

“知っている”。その一言に優花里は吐き気を催す程に震え上がった。無意味な取調べを続けていた歩兵が苛立たしげな声を出しながら振り返るのをよそに、制服は意気揚々と語り始める。

 

「ビッグシェルサバイバー(生存者)の中に、二人だけ大胆にも海を泳いで陸まで逃げ延びた奴がいたんだ。メディアは実名こそ出さなかったが、ネットで特定厨が探し当てた」

「まさか、こいつが?」

「そのまさか。一人は笠置蒼莱、もう一人は小鳥遊(たかなし)優花里…苗字変えて逃げ出すとは感服したぜ、オッドボールさんよぉ。だが写真は誤魔化せなかったみたいだな?」

 

剥き出しの悪意が、優花里の心に深々と突き刺さった。胸の奥にしまい込んでおいた筈の恐怖と罪悪感、自己嫌悪が掘り起こされ、育ちかけていた自己肯定感を蝕んでいく。全身から脂汗が噴き出し、動悸が激しく、呼吸が荒くなる。かの惨劇を幼馴染の少年と共に生き抜いた、その後に降りかかった更なる悪夢の記憶が、彼女の視覚、聴覚に(ファントム)となって蘇る。

 

“何で貴女が生き残るのよ!!”

“勝手に逃げ出しやがって、恥を知れ!”

“卑怯者!”

“友達を見捨てるなんて…”

“お前が、お前達が死ねばよかったんだ!!”

 

「確かに、苗字を変えて実家ごと学園艦に移り住むなりすれば、そうそう手出しできるもんじゃない。だが戦車道をやってる学校、それも今大会出場校に限定すれば、あんた一人を探り出すのは難しくない。‘卑怯者の生存者’がそこにいるって情報を流したら…どうなるかねぇ?」

「だ、駄目…です…それだけはやめてぇ…!!」

「だったら誠意見せろよ、なあ」

 

優花里は完全にパニックに陥っていた。自分の過去が曝け出され、家族や友人に被害が及ぶことは何としても避けたいが、相手が欲しているこちら側の情報は、そもそも持っていない為に逆立ちしても出てこない。そのジレンマが、優花里の中にぐるぐると渦を巻き、ビデオテープを巻き取るように彼女の思考力を奪っていく。

 絶望。

 

「オラァッ!!」

「「どわっ!?」」

 

しかして希望。

 

「優花里ィッ!! 助けに来たぞ!!」

ソラ(蒼莱)っ!!」

 

たとえどんな状況でもどんな時勢でも、彼は最後まで自分の味方でいてくれるのだ。




大学の文化祭で出す文芸部の部誌の執筆にかまけて全くハーメルンに触れませんでした。
やりたいこととやらなきゃいけないことのバランスって難しいですよね。

優花里と蒼莱の過去が明かされました。ビッグシェルは物語の都合上大阪湾に建っています。
ついでに(ここ重要)ナオミには残月のCQCの餌食になって貰いました。
ナオミっていうと真っ先にFOXDIEを作った方が浮かんでくるけど、それを言い出すと灰色の狐も出さなきゃいけないし最終話で戦車に轢き潰されるし何より某歩兵道さんの二番煎じにしかならないのでやめます。w
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