戦士の魂は君と共に   作:影のビツケンヌ

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予期せぬ邂逅 ~Fatal encounter~

 残月が転校する予定を翻し大洗に残ることを決めた要因、即ち県立大洗学園廃校の情報をどうやって手に入れたかといえば、誤解を恐れず言うなら盗み聞きである。新学期が始まる直前、生徒会室の前を通りかかった時、生徒会長角谷(かどたに)(あんず)ら生徒会幹部の会話が偶然耳に入り、歩兵として培った技術を総動員して‘情報収集’したのだ。生徒達の様子に変わったところが見られないことから、生徒会はこの件を公表しないでいるつもりらしい。

 自惚れている訳ではないが、残月は今に自分にお呼びがかかるだろうと首を長くして待っていた。全国大会での優勝を確実にする為に、大洗は戦車道経験者に頼らざるを得ない筈だ。戦車道のない大洗に、まさか自分以外に戦車道経験者がいるとは考えがたい。つまり二年のブランクがあるとはいえ、堀切残月という希望に縋るのは最早必然。

 結論から言えば、残月の目算は的中した。喜理恵の()()を受けて家を出、学校でいつもの通りに授業を受け(実は昨日、残月は外出する喜理恵に代わって晶の面倒を見るよう頼まれていた為、四時限目以降の授業は受けていなかった)、学食でたらふくラーメンを食べてホームルームに戻ろうとした矢先、生徒会副会長小山(こやま)柚子(ゆず)に生徒会室に来るように言われたのである。

 …彼の唯一の誤算は、戦車道経験者が自分以外にもいたことであった。

 

「…ガイ、に…みほ…」

「…残月っ?」

「堀切君?!」

「え、なに、知り合い?」

 

彼の親友とその妹が、今年度から大洗に転校してきていた。

 

 

 

 

 

 戦車道に流派は数あれど、『西住流』の名を知らぬ者は殆どいないだろう。

 “撃てば必中、守りは堅く、進む姿は乱れなし”と謳われるその流派は、統制された一糸乱れぬ陣形から繰り出される圧倒的な火力を用いて短期決戦で敵と決着をつける戦術を得意とする。その性質上歩兵の存在が軽視されがちだったが、戦車自体の性能とそれを最大限に生かした堅実な戦術でカバー。流派の影響を強く受けた黒森峰学園は、五年前に歩兵戦力の見直しが図られたこともあり、全国大会九連覇の記録を持っている。

 

 「…何故ここにいる」

「ほ、放送で呼ばれたから…」

「違う。何故大洗にいるのかと聞いているんだ、二人とも」

「…私達、蚊帳の外?」

「みたいですね…」

 

そして西住流の御曹司が、この場に二人いた。西住家長男ガイ、同じく次女みほ。残月には、この状況はあまりにも――すぐ近くにいた別の二人の女子生徒が目にも入らない程――奇妙であった。記憶が正しければ、二人は長女まほと共に、黒森峰に在学していた筈だからである。

 

「俺達は今年度からここにいる。尤も俺は飛ばされたというのが近いかもしれんな」

 

残月が問い質すと、ガイがニヒルな笑みを浮かべながら答えた。ぼさぼさとした黒い髪は一見品のない若者に見えるが、その前髪の隙間から覗く油断のない炯々とした眼光が、見る者にまるでキツネに擬態したヘビのような印象を与える。しかし残月には、結果だけを聞かされたそれは納得のいく答えではなかった。

 

「お前、前の大会は見なかったのか?」

()()がなかった」

 

その様子を察してか、ガイが残月に問う。残月は‘時間’ではなく‘余裕’という言葉を選んで答えた。時間がなかったのは確かだが、それよりも戦車道から離れていたさにメディアの情報を断っていたのだ。ガイは一瞬片眉を上げたが、すぐに元のニヒルな笑顔に表情を戻して続けた。

 

「決勝でみほが人命救助してる最中に、そうとは知らぬ相手方がみほのフラッグ車に砲撃してな。本当は俺の部隊が奴らの裏に回り込んで挟み撃ちする筈だったんだが、鉢合わせた向こうの歩兵に足止めされてそれも叶わず。結果黒森峰は決勝敗退、俺は戦犯として敗北責任を取ってここに流刑、みほもお袋に()()されてショックでここに逃げてきた、という訳だ」

「…そうか」

「……」

 

 余程の理由があるのだろうとは予想していたが、想像以上に酷だった。

 西住流師範にして二人の母、西住しほという人物の人となりは、小学生時代から付き合いのある残月は理解しているつもりであった。皮肉めいたガイの口調、沈痛な面持ちで俯くみほの様子から、しほが如何に親子の関係より歴史ある『西住流』の体裁を重視したかというのがよくわかる。今朝の自分とは、‘説教’の意味合いがまるで違ってくるだろう。――やはり、あの女は好きになれない。

 

 「そういうことだ、角谷。前も言った通り、俺は構わない。だが――みほは別だ」

「そ、そうだよ!! みほのお兄さんだってそう言ってるし!」

「横暴過ぎます!」

 

残月への簡潔な説明を終えたガイの顔から、すっと笑みが消える。彼と共に、置物と化していた二人の女子生徒がみほを庇うように前に立った。三人の視線の先には、五人の生徒会幹部の姿があった。

 ツインテールで小柄な生徒会長、角谷杏。

 先に残月を連れてきた生徒会副会長、小山柚子。

 片眼鏡の広報、河嶋(かわしま)(もも)

 団扇を持ったがっちりとした体躯の庶務、(はら)(さかき)

 竹刀袋を抱え座る痩身の書記、涸沼(ひぬま)木蓮(もくれん)

 

 「そうは言ってもねぇー」

「私達も困るんですよぉ」

「横暴かどうかはお前達が決めることではない」

「カカカ、舌戦じゃのお」

「……」

 

皆がそれぞれの態度で、みほを引き込もうとしているらしい。杏以下女子三人はそれがわかりやすいからともかく、残月は榊と木蓮の男子二人に注意を向けていた。榊は何も考えていないような笑顔で、みほに向けている責めるような視線を隠しているし、木蓮に至っては目が明後日の方向を向いているのに、竹刀袋の柄の部分を握り締めて実力行使すら辞さない気だ。

 残月は助け舟を出すことにした。

 

「少し、いいか?」

 

会話に割り込んだことで、必然彼に注目が集まる。

 

「俺は、俺や西住兄妹が必要な理由――直面している状況()知っている」

「…へぇ」

 

ここでも、彼は言葉の選び方を意識した。‘を’ではなく‘は’を助詞に使うことで、何も知らない一般生徒四人に唯の同情だと思わせ、一方で生徒会メンバーには、自分が情報を握っているというアドバンテージをそれとなく示しつつ、それを巧妙に隠す気遣いの押し売りを行なう(万一相手が気付かずとも、この学園の危機を安易に知らせる訳にはいかない)。…狙い通り、杏の瞳に僅かな動揺の色が浮かんだ。

 

「俺個人としてはガイ同様…むしろ棚から牡丹餅だ。だが本人の了承を得られない以上、みほにこれ以上の‘勧誘’をかけるのは…不毛だ」

「ッ!!」

 

 しかし、親友の妹を困らせていることへの苛立ちからか、残月は誤って、思わず言葉尻に挑発的な意味合いを持たせてしまった。桃の顔が怒りに歪み、彼女が右手で小さくフィンガースナップすると、脇に控えていた木蓮がゆらりと立ち上がる。

 主体性に欠けたロボットのような木蓮の顔が、残月を捉える。木蓮はこの場にいる男子の誰よりも小柄で、目測でも一六〇センチ弱しかない。しかし彼の持つ竹刀袋は、彼の身の丈とほぼ同じ長さだ。そして竹刀ならありえない筈の‘反り’があることで、残月の彼に対する警戒レベルは大きく跳ね上がっていた。

 

「……」

「!」

 

木蓮は竹刀袋から得物を抜き放ち、残月に突きつけた。

 

「「ひっ!?」」

「なっ…!?」

 

真剣だった。それもただの太刀ではない、野太刀である。女子生徒二人は悲鳴を上げ、ガイも目を剥いた。みほに至っては声も出せない様子だ。

 残月は、大洗に居合道部があったことを思い出した。去年の入学時、部員募集の為勧誘をかけていた幾つもの部活の中で、実際に演舞を見せ、藁束を斬ってみせていた居合道部はかなりの異彩を放っていた。今思えばその時、一人だけ学園に保管されているものでない個人の太刀を使っている者がいた気がする。かなり遠目に、特に興味も抱かず見ていた為、太刀と人とが妙にアンバランスだとだけ感じていたが、それはこの木蓮だったようだ。

 

「……」

「……」

 

刺々しい沈黙が流れる。残月が正面から木蓮を睨む――相変わらず表情筋は動かしていない――が、互いにまっすぐ見ている筈なのに相手と視線が交錯しない。ますます機械じみた振る舞いに、残月は何故か怖気よりも哀れみを覚えた。

 その時、

 

「あ、あのっ!! 私――」

 

唐突に声を上げたみほに、注目が移った。

 

「戦車道、やります!!」

「「ええぇっ!?」」

 

 思いもかけない宣言の直後に上がった女子二人の声が、残月とガイの驚きを代弁した。

 

「みほ、…いいのか?」

 

恐らく彼女の兄もしようとしていたであろう問いを、残月は先んじて投げかける。詳細まで把握してはいないが、歩兵か戦車兵かという差はあれど、かつて自分と同じく戦車道を楽しんでいた筈の彼女が戦車道から逃げ出してしまう程の心理的外傷(トラウマ)を負っているであろうみほを、残月は案じたのだ。

 対してみほは、笑顔で首肯した。

 

「…そうか。なら、いい」

「決まりだね」

 

生徒会長の声で、緊迫していた生徒会室に平穏が戻る。残月とガイの視線が合い、残月は無表情で、ガイはニヒルな笑顔で応えた。――そういえば、昔もいつもこうして笑っていたな。残月はそんなセンチメンタルな郷愁にも似た感情を、胸の奥にそっとしまい込んだ。

 納刀を示す鍔鳴りの音に僅かに振り向けば、木蓮が確かに、一瞬だけ()()()()‘見て’いた。

 

 

 

 

 

 放課後、残月ら五人は『74アイスクリーム』なるアイス屋にいた。これから戦車道履修者として道を共にする仲間と親睦を深めると同時に、二年ぶりに再会した友人との談話を楽しむ為だ。

 

「それじゃ自己紹介! 私武部(たけべ)沙織(さおり)!」

五十鈴(いすず)(はな)といいます。よろしくお願いしますね」

「西住ガイだ。もう知ってると思うが、みほの兄だ」

「堀切残月。ガイとみほとはそれなりに長い付き合いのつもりだ…よろしく頼む」

 

自己紹介もそこそこに、窓際のカウンター席で各々アイスを口に運びながら会話は弾む。大洗はサツマイモで有名なこともあり、多種多様なアイスのメニューの中にはさつまいもアイスがあったが、他のメンバーが全員注文しているそれを残月は選択していない。残月はサツマイモが対人地雷より嫌い――曰く「非人道的」――であった。

 

 「折角大洗に住んでいるのにサツマイモ嫌いが治っていないとは、やはりお前も変わらないな」

 

女子三人の会話から炙り出されたガイが、一番端に座る残月にからかうように声をかけた。窓の外とみほとをぼんやり眺めつつ、抹茶とチョコチップとラムレーズンを一緒くたにして飲み込んでいた残月は、視線を動かさずに不満を滲ませた声で応える。

 

「…よく言う。どうせお前のパプリカ嫌いもみほのピーマン嫌いも治っていまい?」

「ハハハ、バレたか。どうだ、喜理恵さんと晶は?」

「元気過ぎる位さ。晶など今朝は俺より早く起きていたぞ」

「ほう、そいつは何よりだ」

「…お前達二人も、元気そうでよかった」

「俺も最初は心配していたんだ。だがみほにはもう友達ができたらしい。杞憂だったな」

「お前はどうした」

「俺は友達は選ぶ方でな」

「ものは言い方だろう」

 

 軽口を叩き合う二人は学年こそ違うが、それが彼らの仲を隔てる要因にはなっていない。残月の誕生日は四月十三日、ガイの誕生日は三月十四日で、ガイが早生まれな為に実年齢は殆ど離れていないのだ。気の置けない友との膝を交えた会話に、心なしか残月の表情も柔らかくなっていった。

 

 「…みほは、強いな」

 

会話が途切れた僅かな間を突き、残月は切り出した。

 

「?」

「俺は戦う前から逃げた。みほは戦ってから逃げた。…この差は大きい」

「残月…」

 

みほの優しさは、彼女の母親の厳しさと同じ位よく知っていた。自分よりも友達を、仲間を大切にし、戦い合った者達とも仲良くなる。彼女の“人命救助”というのも、勝負よりも人の心を優先した結果であり、そして今日戦車道の履修を決めたのも、戦車道を希望していたのにみほに合わせてそれを曲げ、生徒会の横暴に抗議していた沙織と華を思ってのことなのだろう。生来的に勝負事というものに余裕がない自分には、それは簡単には真似できそうもない。その余裕のなさが、自分を‘逃げ’へと走らせたのかもしれない。

 だが、と残月は続ける。

 

「――今度は逃げない。みほも戻ってきている。俺も今日覚悟を決めた。もう一度、戦場に立つ」

「…そうか」

「ガイ。またいつかのように、力を貸してくれるか?」

「言われるまでもないさ…親友の頼みだからな」

 

残月の独白に若干驚いた様子のガイだったが、彼に頼まれるとすぐに調子を取り戻し、差し出された手を固く握った。やや節くれ立ってごつごつとした互いの手の感触もまた、二人には懐かしかった。

 

 「あっそうだ、堀切君連絡先交換しない? みほのお兄さんも!」

「…そうか、そうだな」

「ああ、連絡手段があるに越したことはない」

「でもお兄ちゃん、日中殆ど携帯の電源切ってるでしょ」

使()()()は使うさ。五十鈴さんもどうだ?」

「ええ、ではお願いします。堀切さんも」

 

これが、かつての友と新たな仲間達との再スタート…否、ゼロからのリトライとなる。残月は鉄面皮の奥で、己を奮い立たせた。




試合中以外のプロットは大体組んでいます。
既に伏線も幾つか張っていますが、試験も近いので他作品同様更新は遅れるでしょう。

これからもオリキャラが多数登場する予定です。
随伴歩兵という設定上どうしても数を揃える必要があるので、純粋なモブは勿論これまで作ってきた作品のオリキャラよりも設定の薄いモブ同然のも出る可能性が極めて高いです。
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