戦士の魂は君と共に   作:影のビツケンヌ

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そこにあったもの ~What is there~

 「…意外と集まったようだな」

「ああ、あの悪趣味なプロパガンダ(オリエンテーション)でよくも、と評価したいところだ」

「プロパガンダ?」

「一昨日の授業の後に体育館で見せられたビデオだよ。お前はいなかったな、残月」

 

翌日の校庭には、戦車道の履修を希望した生徒達が続々と集まってきていた。昨日親睦を深めた残月達もその一部だ。

 ガイの言う()()()()()()とは、残月のいぬ間に行われた全校集会のことである。戦車道が古くから(具体的には一九二〇年代から)行われてきた伝統ある武道であることを説明した数分間のビデオの後で、柚子の口から直々に、戦車道履修者への法外な特典が告げられたのだ――即ち、「食堂の食券百枚」「遅刻見逃し二百日」「通常授業の三倍の単位」。これをガイに説明された残月は「…そうか」と無表情で(いつものように)返したが、内心冷や汗ものであった。廃校を防ぐ為とはいえ、これだけの強権が許されるのは、「大きく世界に羽ばたく人材の育成と生徒の自主独立心を養う」為に作られ、その運営の大部分を生徒に委託している学園艦だからこそだろう。

 

 「なんか男子大分多くない…?」

「戦車兵はともかく、歩兵になろうとする女性って多くないの。例外はあるけど…」

「確かに…安全に配慮されているとはいえ、私も歩兵になるのは、少し怖いですね」

 

沙織の指摘する通り、みほ達を含めた女子二十人程に対して、男子はその五倍近い数がいる。しかし、単純に男子を歩兵、女子を戦車兵としてみれば、全体的な人数は少ないものの、最低限の要求は満たされた比率というべきだろう。戦車道といえど歩兵の仕事は戦車を守ったり破壊したりするばかりではなく、偵察や斥候、歩兵同士の戦闘、火力支援、土木工作など多岐にわたる。それらを分担して行なうには、試合中の損耗が激しい歩兵は数が多い程都合が良い場合が多い。…みほの言う通り、()()()()()のだが。

 

「…ガイ、どう思う?」

「そうだな…見込みのありそうなのは何人かいなくもないが、どいつも紛れもない素人だからな。将来性という意味でも、まだわからない」

 

ガイは残月に問われ、男子達をぐるりと見回した。かつて黒森峰では中等部から歩兵隊長を務めていた彼を、残月は見込んだのである。ガイは隊長としての経験に磨かれた目で歩兵の卵達を観察する。

 

「のう涸沼、お主も戦車道か? まあ仕方あるまい、お主の主体性のなさは今に始まったことではないからのう、カカカ」

「……」

 

生徒会の要請で来ているのであろう榊と木蓮。

 

「さて野郎共、これから戦車道をやる訳だが…」

「俺パイナップル投げたい! フォークで!!」

「パンツァーファウストフルスイングして大丈夫かな?」

「AKぶっぱしてぇー」

「馬鹿言えありゃ終戦後の武器だよ」

「…うむ、気合いは十分だな!」

 

キャプテンの話を聞かない坊主頭の野球部のメンバー。

 

「デュフフ…三段バラ氏、いよいよ始まりますな」

「いよいよですぞ、宵闇のアギト氏。これで我らがサークル『どらごんばすたー』も遂に日の目を見ることになりましょうぞ」

「いいよ、来いよ! 胸に賭けて胸に!!」

「戦車のロマンとおにゃのこの口○ン、一粒で二度美味しい!」

「その発想はいらなかった」

 

オタク趣味丸出しで際どい発言すら飛び出す大洗非公認サークル『どらごんばすたー』の一味。

 

「腕っ節の強そうなのに任せるつもりでいたが…」

「大丈夫なの?」

「早くも落第の予感が…」

「安心しろって、大抵こういう実技系は相対評価だから」

「…気休めのつもりかよそれ」

 

明らかに他力本願な一年生と思しき集団。

 …正直な感想を言えば、残月には今の時点でこれが戦力になるとは考えられなかった。

 

「まあ、訓練が始まれば嫌でも少しは動けるようにはなるさ」

「だといいがな」

 

ただ、ガイの言葉には曖昧に応えたが、その意見には概ね同意できた。中学一年生の間、自分と当時の仲間達を鍛えていたミラー教官――本名マクドネル・ベネディクト・ミラーは典型的な鬼教官で、小学四年生から独自に‘下積み’し五年生から戦車道を始めていた自分ですら骨を折る程の(無論物理的には折れていない)訓練を課された。その年から戦車道を始めたばかりの仲間は心まで折られかけたことだろう。しかし、その訓練で部隊の戦闘能力が大きく向上したのは紛れもない事実であり、教官は『マスター・ミラー』と呼ばれ慕われた。訓練からドロップアウトしない限りは、人間性(パーソナリティー)はともかくどんな人間でも一人前の兵士になることができるというのが、残月の持論である。

 尤も、この学園の陥っている危険な状況を鑑みれば、彼ら彼女らには是が非でも使()()()戦力になって貰わねばならないのだが。敵前逃亡などされては堪らない。

 

――…そういえば…

 

逃げる、という言葉で、残月はふと今朝の出来事を思い出した。

 

 

 

 

 

 大洗学園艦の全長はおよそ七キロメートル。甲板中央やや船尾よりに位置する大洗学園の校舎は、残月宅からは直線距離でも一キロ半弱離れており、徒歩では最短ルートでも十五分から二十分はかかる。朝のホームルームが八時半からのスタートなので、通常残月が校門をくぐるのはその十分程前になり、彼にはクラスメイトと雑談に興じる時間があまり与えられない。幸か不幸か、残月は昨年度を専ら独りで過ごしていた為に、それはさほど大きな問題にはなっていなかった。

 この日は晶が早起きしてくることもなく、残月は平常通りに家を出た。しかし学園への道のりにしてあと一キロ程度といったところで、何事もなかったかに思われた彼の通学路は終わりを迎えたのだ。

 

「…?」

 

細い道から十字路に出てきた残月が、何気なく学園の反対側――左手を確認すると、彼は同じく登校中の女子生徒が歩いてくるのを認めた。しかしその足取りはふらふらと覚束ない様子で、顔色も悪く、ともすればその場で倒れてしまいそうであった。身長は一五〇センチ弱、長く黒い髪にカチューシャを付けている。

 

「……」

 

ここから先の道は真っ直ぐで、校舎まではほぼ直進すればいいだけだ。辿り着けないということもあるまい。残月はそう自分を納得させて、再び学園へと歩き出す――

 つもりが、足が止まった。

 

――それでいいのか?

 

良心の呵責、とはまた違う。本人ですら忘れかけていた、堀切残月という人間を形作る‘根本的な何か’が、彼に問いかけ、彼をその場に押し留めたのだ。次いで思い起こされるは、昨日の喜理恵の説教。

 

「…大丈夫か?」

 

気付けば、残月は前後不覚の女子生徒に歩み寄り、声をかけていた。身長一七二センチの彼の目線では見下ろす形になってしまうので、顔を覗き込むようにして若干腰を曲げることになる。

 

「…大丈夫じゃ、ない」

「乗れ。車に轢かれかねない」

「…悪い…頼、む…」

 

 かくして、半ば倒れ込むように残月の背中に身を預けたその少女を背負い、彼の通学は再開された。

 残月は大股に歩きながら、彼女に手を差し伸べた理由を振り返った。

 彼女を無視しようとした時、彼は自分の心が軋むような摩擦音を立てるのを感じた。自分を活かす場が失われる空しさに悲痛な声を上げる何かが、胸の内で鎌首をもたげたのだ。この二年の間、自分のことばかりに手一杯で周りを見ていなかったが故に向き合う機会もなかったが、それは遥かな昔から己の奥底に確かにあったもの。

 悩める者、窮地にある者、途方に暮れる者、そんな者達の救いになりたい。人が傷付き害を受けるのを見たくない。それは浅はかな自己顕示欲でも幼稚な英雄願望でもなく、唯己の手の届く‘困っている誰か’の為に在りたいという、慈悲よりも純粋で誇り高き意思。

 

「…そう、だったのか」

 

喜理恵の説教を思い出した訳も、同時に理解できた。

 自分はまたしても逃げようとしたのだ。今度はあろうことか、自分の中にあったプリミティブな想いから。困っている誰かに手を差し伸べる、それまで自分が呼吸するようにしていたそのことを、自分の想いに蓋をして逃避しようとしたのである。丁度昨日の朝までの自分が、大洗の廃校(敗北)すら込みで戦車道に再参入しようとしていたように。

 

 「…借りは、返す…」

「いや…俺も借りができた」

「?」

「大事なことを思い出した」

 

西住兄妹に出会う以前から、残月は自分の意思を貫き、困っている者を手の届く限り助けてきた。しかし隆信の死が呼び寄せた根拠のない恐怖が周囲への目を曇らせ、人助けの余裕を失わせ、その意思の存在そのものを澱んだ水底に封印しようとしていた。だがそれも今、彼女を助けたことで引き揚げられた。

 逃げずに戦う――喜理恵に誓ったその言葉を、残月は己の意思にも当て嵌めた。

 

「…だから、帳消しだ」

 

 この後、校門で待ち構えていた風紀委員会委員長(その)みどり()――通称『そど子』――に、残月が連れてきた冷泉(れいぜい)麻子(まこ)という生徒は搾られることになり、残月も若干のとばっちりを受けたが、彼には些細なことであった。

 

 

 

 

 

 「――これより、戦車道の授業を開始する」

 

桃の声で思考の海から意識を戻すと、生徒達は格納庫と思しき建物の前に移動していた。少し初動が遅れ最後尾近くになっていた残月は、ガイを追い生徒の合間を縫って最前列に出る。

 

「あの…戦車は、ティーガーですか? それとも――」

「えーと何だったっけな」

 

杏が女子生徒の一人に問われ、確認の為重い扉を開けた。するとすぐに一台の戦車が目に飛び込んでくる。

 

「…IV号か」

 

 即座に、残月の脳裏に眼前の戦車の情報が浮かび上がる。IV号戦車――第二次世界大戦中のドイツ製中戦車。一九三五年にドイツ国防軍の指示によって四社での競争試作を勝ち抜き採用された。各国戦車の装甲強化に伴い、それまで対戦車用として使用されていたIII号戦車では砲力が不足した為、スペースに余裕がある本車に長砲身砲を搭載。結果的に新型の登場以降も主力戦車として大戦末期まで活躍、ドイツで最も生産された戦車となった。

 

「ええ…」

「何これ…」

「ボロボロ…」

「ありえなーい…」

「わびさびでよろしいんじゃ…?」

「これはただの鉄錆」

 

生徒達の言う通り、大洗の戦車道廃止から二十年放置されたIV号は、薄汚れたプラモデルの様相を呈していた。華の苦し紛れなフォローも沙織に一蹴されている。だが西住兄妹は気にせず、みほは戦車に、ガイはその奥の高い棚へと歩み寄っていく。

 

「…装甲も転輪も大丈夫そう。これでいけるかも…お兄ちゃん、そっちは?」

「こっちは保存状態がいいな。いい意味で使い込まれてる。見ろ残月、このガバなんざ新品同様だぞ」

 

いつの間にか脚立を出して棚の上に登っていたガイは、その上の段ボール箱を覗き込んでいた。中には歩兵用の装備が入っていたらしく、サプレッサー(減音器)の取り付けられた一丁の拳銃を残月に投げ渡してくる。

 

「!」

 

 機敏に反応した残月が受け取ったのは、かつて彼が好んで使っていたものだった。M1911A1――高名な銃器設計者ジョン・ブローニングの設計に基づいて、アメリカ合衆国のコルト・ファイアーアームズ社が開発した軍用自動拳銃。一九一一年に陸軍に制式採用されてから一九八五年にベレッタ92Fが後継となるまで七十年以上も使われ続け、現在でもアメリカ軍とその特殊部隊で使用されている傑作自動拳銃である。.45ACP(Auto Colt Pistol)という大口径弾から生み出される高いストッピングパワーを誇り、兵士達からは「ハンドキャノン」とも渾名された。

 愛銃であっただけに、その銃の素晴らしさに気付くのに時間は必要なかった。

 

「…鏡のように磨き上げられたフィーディングランプ…強化スライドか――更にフレームとの噛み合わせをタイトにして精度を上げてある。サイトシステムもオリジナル。サムセーフティも指を掛けやすく延長されている。トリガーも滑り止めグルーブの付いたロングタイプだな。リングハンマーに…ハイグリップ用に付け根を削り込んだトリガーガード――それだけじゃない、ほぼ全てのパーツが入念に吟味されカスタム化されている…」

「なるほど、ここには相当に腕の立つガンスミスがいたらしいな。歩兵の装備は期待できそうだ」

 

ガイの言葉に、男子達が歓喜の声を上げる。銃や兵器に憧れがちな思春期の少年達としては当然の反応といえよう。脚立の上から格納庫内を見渡せば、他にも数台のジープや装甲兵員輸送車が鎮座しているのが見えた。全て歩兵の為のものだ。

 そこでガイは、あることに気付いた。

 

「角谷」

「んー?」

「他の戦車はどうした?」

「ないよ」

「「「…え?」」」

 

 前途多難だと、残月は確信した。




今回の話は区切りに苦労しました。
当初は戦車捜索開始まで書く予定でしたが、繋がりが悪くなると判断しカット。捜索は次話に回します。

自分としては文字数も少し少なく、かなり台詞が多くなってしまい不安が大きいです。
地の文(というより説明文)主体で書いてきた人間故、動きの描写ばかりになると「え、これ大丈夫なの? 安っぽくない俺の文章?」という風になります。w

まあ…ようやくメタルギアらしいことができてきたので妥協しますw
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