戦士の魂は君と共に   作:影のビツケンヌ

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呪いとの闘い ~Neither tomorrow nor past~

 捜索活動が功を奏し、発見された戦車が自動車部によって運搬されたことで、大洗学園の手元には計五両の戦車が集まることとなった。

 最初に倉庫で埃を被っていたIV号戦車D型。

 校舎の裏山で残月らが見つけた38t。

 女子バレーボール部と野球部が見つけた八九式中戦車甲型。

 歴女集団とどらごんばすたーが見つけたIII号突撃砲F型。

 一年生が見つけたM3中戦車リー。

 

 「対戦車戦能力が不足しているな」

「戦車殺しのお前が言うと説得力がないが、概ね同意する」

「褒めているのか貶しているのかどちらかにしてくれ」

 

ガイの言葉通り、これは決して頼もしいとはいえない編成であった。38tは主砲の口径が三十七ミリで、他校の戦車の装甲を貫徹できるとは言いがたい。火力として最大なのは七十五ミリの砲を持つIII突だが、戦車道には使用できるものの突撃砲であり砲塔が回転せず、接近戦には脆弱である。八九式の装甲厚は最大でも十七ミリしかない貧弱さ。M3は主砲が車体上部の砲塔ではなく、車体右側スポンソン(張り出し)部のケースメート(砲郭)式砲座に設置されている為に、左右の射角が大きく制限されているばかりか、車体を地形に隠すハルダウンを行なうこともできない。唯一III突と同口径の主砲を持つIV号だけが、立ち回り次第では活躍できるだろうというのが、ガイと残月の評価だ。

 

「…まあ、そこは俺達歩兵がカバーすればいい」

「簡単に言ってくれる…」

 

 二日後には戦車道の教官が直々に来校し指導をつけてくれるとの旨が桃から伝えられ、文字通り()()()()()することになった。無論それは戦車ばかりに留まらず、歩兵が使う為のジープや装甲兵員輸送車も同様である。夕方までかけて水抜き、錆取り、再塗装を済ませた戦車道履修者の疲労は、男も女も尋常ではない。

 

「――それであんまり急いだもんだから、結局レポートを書く時に小数点を入れ忘れてな。桁数が三つも増えて、先生に突き返されてしまったのさ。その時に蒼莱が言ったんだ、“これがホントの()()()だめ”!」

「アハハハハハハハハハハハハハハハ!! やだもーお腹痛い…!!」

「そしてこれが県立大笑い学園という訳だな!」

「ひーっ、ひーっ、…ま、待って、息できない…!!」

「…! …っ!!」

「ハハハ…」

 

放課後、残月らは艦舷の公園に集まっていた。女子達を労い疲れを癒そうと、ベンチに座った志朗と蒼莱が、今週末に学園艦が寄港するという話題から始まった怒涛のジョーク、もとい経験談で爆笑の渦を巻き起こしている。沙織もみほも臍で茶を沸かし、華など最早声も出せない程に悶絶している有様だ。一方優花里は慣れているのか、少し離れたところで苦笑いしていた。

 

「言っておくが残月、お前も大概だぞ? あの時はお前のせいで滅多にしないマウスの装甲の修理をする羽目になった」

「……」

 

尚、柵に寄りかかり海を見ながら缶コーヒーを飲む残月とガイは、話を聞いていない。残月にはブランクがあるとはいえど、歩兵としての訓練を積んできた二人は清掃作業程度ではさほど疲れていなかった。

 そんな折、優花里からある提案があった。

 

「あ、あの! …良かったら、ちょっと寄り道して行きませんか?」

 

 

 

 

 

 せんしゃ倶楽部。この戦車関連の商品を取り扱う専門店の存在自体は、残月は一年前から知っていた。残月宅から学園までの最短ルートの一つにこの店が構えられた通りがある為、残月はわざわざそこを避けて裏道を使い通学していたのだが、戦車道を再開すると決めた以上、この店を見ることに抵抗はなくなっていた。

 

「…戦車というものだから、本当に戦車だけしか取り扱っていないと思っていたが…」

「先入観はよくないということだな」

「名に反してっていうのはよくある話だ」

「前から思ってたがこれじゃたいせんしゃ(対戦車)倶楽部だぜ。お、P90が入荷してるな」

 

初めて店内に足を踏み入れた残月の感想は、優香里と共に何度も来店している蒼莱も以前から考えていたことだった。戦車に関連した書籍やプラモデルばかりか、戦車の砲弾や砲身、転輪、履帯、戦車兵の着用するパンツァージャケットだけでなく、銃弾、マガジン、モデルガン、歩兵の着用する特殊戦闘服も揃えられている。

 特殊戦闘服――戦車道はそれ専用のものを用いるが、それでも一般的な競技と比して危険性は段違いに高い。その為戦車は特殊カーボンの内張りと戦車道連盟公認の装甲材で内部を覆い、砲弾自体も相手車両の装甲を破れないよう設計された公認の実弾の使用が規定されている。加えて歩兵は繊維状の特殊合金とダイラタント流体を染み込ませたケブラー、更に最近ではCNT(カーボンナノチューブ)や合成クモ糸繊維さえも使った戦闘服を着込んで防御策とし、弾薬・火薬も特殊なものとなっている。安全面に気を使われている戦車道で、死者が出たケースは今のところ報告されていない。

 

 「蒼莱、まさかそれを買うのか…?」

「そうともよ大佐。今日はその為に四万持ってきた」

「幾ら新聞配達で稼いでいるとはいえ…大出費だぞ」

「それだけの価値があるんだよ。今度はFA-MASも欲しいな」

 

志朗と蒼莱の電動エアガンの値段についての問答、更にその向こうで戦車ゲームに興じる優花里達を尻目に、残月は店の隅の一角へと歩を進める。雑誌や本物でない銃にあまり興味は湧かず、戦闘服も私物を使えば十分だと判断したからだ。

 商品を眺めながらも手持ち無沙汰にしていたガイがついてくるのを確認してから、店内を見下ろすようにテレビが設置されたそこで足を止めた。小さなショーケースの中に、動物や植物、剣や鍵などの無機物が描かれた多様な形状のアップリケのようなものが所狭しと並んでいる。

 

「部隊章か」

「こういうのを考えるのは、お前は得意だったな。じきに必要になる」

「これを参考にしろっていうのか? やれやれ、どれもこれもどこかで見たようなものばかりだ」

「その分だと期待できそうだな」

「任せておけ」

 

ヴァイパーコップフの部隊章は、ガイが黒森峰の高校一年生になった時にデザインが一新されている。また中等部でも、各歩兵分隊の部隊章のデザインは彼が担当していた。ガイとみほの得意・苦手科目は正反対で、残月は二人が小学生だった時、夏休みの宿題についてはガイが絵画を、みほが読書感想文を分担していたことをよく覚えている――みほの描く絵は何を描いているのかまるで判別できず、ガイの書く感想文は第一段落に面白いか面白くないかの二択と、第二段落に感想文が如何に無駄かを説いた文章で原稿用紙一枚を埋めていた。そしてそれを見た、長女であるまほが苦笑していて――

 

 『次は、戦車道の話題です。高校生大会で、昨年MVPに選ばれて国際強化選手となった、西住まほ選手にインタビューしてみました』

 

狙ったかのようなタイミングで、まほの姿がテレビ画面に映し出された。

 

『戦車道の勝利の秘訣とは何ですか?』

『諦めない事、そして――どんな状況でも、逃げ出さない事ですね』

「ッ!」

 

思い浮かべたかつての記憶が、義憤に飲み込まれる。

 まほの言に他意はないのだろうが、残月にはそれが自身への、そしてみほへの痛烈な皮肉と批判にしか受け取れなかった。残月は己の弱さへの反省よりも、かつての友への怒りを覚えたのだ。弟をスケープゴートにされながらのうのうと総隊長であり続け、あろうことか妹の心情にも寄り添うことなく無神経に突き放すようなその態度が、残月には許せなかった。

 

「――皆、…突然だが、俺の家に来ないか」

 

故にこれは、唯の口実。西住兄妹と話をする為の、口実に過ぎない。

 清掃作業中、残月の携帯電話には喜理恵から一通のメールが届いていた。

 

“旧友に呼ばれた。連絡船で晶と出かける。二日留守を任せる”

 

 

 

 

 

 道中のスーパーマーケットで食材を購入し、一行が残月宅に到着する頃には日はとっぷりと暮れていた。全員を家に上げ、残月とガイ、そして沙織(ガイは残月が手助けを求めたが、沙織は勝手に手伝い始めた)が手際よく全員分の食事を作る。この日の献立は肉じゃがと鶏の唐揚げ、野菜炒め、マグロの刺身、生春巻き。

 

「「「いただきます」」」

 

料理未経験の華がジャガイモの皮を剥こうとして指を切ったり、優花里が突然飯盒を取り出し飯を炊こうとするなどのハプニングはあったものの、無事ダイニングで食事にありつくことができた。

 テーブルは六人がけだが、予備の椅子を置いて八人全員を着席させている。キッチン側に置いた予備椅子に残月、その反対側の予備椅子にみほ。残月の右手側の椅子三つには、残月からみほに向かって優花里、沙織、華。左手側の椅子三つには、同様に蒼莱、志朗、ガイの席順である。

 

「ん~美味しい!!」

「我ながら上出来だな」

「男を落とすなら肉じゃがだからね!」

「落としたこと、あるんです?」

「というか、男子って本当に肉じゃが好きなんですかね?」

「都市伝説だろ。俺は優花里に作って貰うならドライカレーがいい」

「えぇっ!?」

「ん? 俺は好きだぞ、肉じゃが。むしろジャガイモが好きだ」

「もう、大佐は芋なら何でもいいじゃん! いつもポテチ食べてるし」

「ハハハ、否定はしない」

「……」

 

賑やかな会食の最中でも、残月は沈黙を保っていた。静かなのはいつものことだが、彼は普段のように唯静観しているのではなく、‘自分が話したいこと’を言い出すタイミングを計っていたのだ。全員がある程度の飯を腹の内に収めるその時を。それは彼自身、()()()()()()()()()()()もいるだろうと踏んでいたからである。

 そしてその機会は、思わぬ形で転がってきた。

 

「――なあ、堀切」

 

ふと箸を止めた蒼莱が、残月に問いかけてきた。

 

「お前の兄貴の名前って…隆信だったりしないか?」

「…そうだ」

「そっか…なるほど道理で…」

 

隆信の名は、戦車道界ではよく知られている。唐突に切り出されて戸惑いもなくはなかったが、隠す必要もなく、残月は肯定した。蒼莱は箸を茶碗の上に置き、腕を組んで神妙な面持ちになる。

 

「何で堀切のお兄さん?」

「お知り合いですか?」

「いや…戦車道界隈じゃ名の有る人なんだ。堀切隆信、コードネームは『ザ・ソロー』」

「大戦期から冷戦期にかけてのソ連で盛んに研究が進められていた『ESP』――中でも霊媒能力に長けていたそうです」

「「霊媒?」」

「あの世と交信し、死人を降霊する能力さ。死者と話ができる。地元の幽霊から戦況を聞いたりできたらしい」

 

沙織と華の疑問の声に、蒼莱、優花里、志朗が答える。隆信の名を出した時点で、ガイは珍しく顔を顰め、みほはその隣で浮かばない顔で俯いていた。この二人だけが、現在連絡の取れる友人の中で隆信と交流があった者だ。

 

「さっき玄関からリビングに行く前に、ちらっと仏壇の遺影が見えたんだが…そっくりだったんだよ。ザ・ソローに」

「え、じゃあ…堀切のお兄さんって…」

 

 少し本題に近くなってきた。そう感じた残月は、フェードアウト気味の沙織の言葉に、重々しく応えた。

 

「…二年前に死んだ。急性白血病で」

「え…」

「ザ・ソローの所属していた特殊部隊は、戦車道に於ける特殊部隊の祖、『コブラ部隊』。そしてそのコブラ部隊が設置されていた高校は…『賢人学園』だ」

「「!?」」

 

残月が“賢人学園”と口にした瞬間、彼と西住兄妹を除く全員の顔が青くなり、沙織と華が息を呑んだ。今の世の中で知らぬ者はいないと言っても過言ではないその名は、学徒に留まらず、学園艦に住まう全ての人間を恐怖のどん底に叩き落とす禁句であった。

 『館山湾原子力事故』、別名『賢人学園学園艦事故』。七年前の二月十一日、千葉県は館山港に停泊していた賢人学園学園艦に搭載されていた原子炉の内一機が炉心溶融(メルトダウン)の後爆発、放射性降下物が館山市中部を汚染した、学園艦の運用に於ける史上最悪の事故である。ほぼ無風に近い状態だったことと学園艦自体の船体に遮られたことで、放射性降下物の影響は国の想定より極狭い範囲に留まったものの、現在でも解体撤去すら不可能なまま放置された爆心地(学園艦)から半径五キロ圏内には人が立ち入ることができない。この範囲内にJR内房線館山駅が存在する為、内房線は君津駅以南の運行を無期限停止し、かつて多くの観光客で賑わったビーチも最早見る影もなく荒廃している。

 爆発そのものによる直接的な死者だけでも推定三千人以上、内外被曝による放射線障害での死傷者も十数万人という未曾有の悲劇を引き起こしたこの原子力事故は、避難民の受け入れ問題や風評被害ばかりでなく、発電施設として原子炉を備える学園艦という存在そのものが世界規模で揺るがされ、船体や原子炉の老朽化でなく生徒数の激減により廃校・廃艦に追い込まれた学園艦も多数あった。現役の学園艦はこの事故を受けた新基準での国の審査をクリアしたものばかりだが、それでも学園艦統廃合計画の推進者には、原子炉搭載のリスクを理由にした全学園艦の廃艦を声高に叫ぶ急進派が一定数いる。

 何より、学園艦を住処とする者達は、厳しい審査を経て太鼓判を押された上で尚、いつ()()()()()()()()になるかという不安を押し潰して生活することになったのである。

 

「学園艦の爆発で、逃げ遅れた両親は死んだ。俺と兄は間一髪逃げ延びたが、生き残った者達は皆白血病や甲状腺癌に苦しんだ」

「…被曝、したんですか」

「これがその証だ」

 

震え掠れる華の問いに、残月は制服の襟を広げ、頚部の傷跡――手術跡を見せた。隆信と交流があった、つまり堀切兄弟が被曝し、それが元で隆信が死んだ事実を知っていた西住兄妹も、これに瞠目した。

 

「去年甲状腺を三分の二と、副甲状腺を全摘出した。その影響で今は重度の低カルシウム血症だ。定期的にサプリメントを飲まなければ、すぐに手足が痙攣して動けなくなる」

 

残月が服用していたのは、担当医に指定されたカルシウム剤だった。丁度一年前の今頃、甲状腺癌を患っていることが発覚し、検査と手術、その後幾度となく起こった発作への対応で、彼は授業やイベントに出席できないことが多かった。風紀委員と、恐らくは生徒会の采配で何とか進級でき、今は薬さえ飲めば発作は起こらない。しかし服薬の度に、自分が健常でないことを実感させられていた。

 

「残月、お前…それを何故言わなかった…!」

「言ったところで解決にはならん。これ以上の病状はないが…俺も、いつかは――」

 

ガイの悲嘆を押し殺すような問いを、残月はぶっきらぼうに撥ね退けた。続く言葉で全員を沈黙に叩き込む。だが、ガイが話しかけてきたのは好都合。

 西住兄妹に向けて僅かに身を捩り、真っ直ぐに二人を見据える。

 これで、ようやく‘本題’に入れる。

 

「ガイ、みほ。お前達の姉は自ら選んだが、お前達は‘西住であること’を強制されていたな。それがお前達に惹かれた理由でもある」

 

まほを引き合いに出され、みほの表情が目に見えて曇った。確認できなかったが、あの時まほのインタビューをみほも見ていたのだろうと、残月は推測したが、構わずに続ける。

 

「お互い、人の作り出したカルマに蝕まれつつある。自分で選んで生きることは許されない。俺達に、望んでやってくる明日はない」

 

“望んでやってくる明日”というくだりで、西住兄妹以外が残月を見、俯き、哀しげに顔を歪めた。被曝した事実を知った者がどんな反応をしようと、もう残月は動じなかった。

 

「――だが、いずれ辿り着く未来を夢見ることはできる」

 

そしてこれこそが、残月が二人に伝えたいことだった。

 

「未来…?」

「核の呪い、西住の呪い、…どこに行っても付き纏うだろう。だが、その呪縛を抱えてそれでも生きるのが、俺達の使命だ。()え。俺達は独りではない」

 

 両親を失った堀切兄弟は、熊本に住む祖父を頼って地元埼玉から引越し、西住家と出会った。引っ越す直前まで続いていた、被曝を理由にした残月へのいじめは、熊本に来てからも変わることはなく、まほ、ガイ、みほの三人と、当時所属していた戦車道チームだけが友人だった。そして、自らを「西住流そのもの」と言って憚らないまほと違い、ガイとみほは、母親であるしほに西()()()()()()()()いた――そこに残月は、過酷な運命の片鱗を、自分との共通点を見出したのだった。

 自分も隆信の死で、己に纏わり付く運命に恐怖した。甲状腺摘出手術の後遺症と闘う今も、自分の死を見つめている。それでも尚、自分は逃げずに戦うと決めたのだ。

 ならば、それは西住兄妹にも言えたこと。呪われた過去の運命を打ち破る為に、その定めをも呑み込み、未来に向けて今を生き、戦うのだ。

 今の自分達には、仲間がいるのだから。

 

「…うん。ありがとう、堀切君」

「ああ、俺も覚悟ができた」

「それでいい」

 

 ガイとみほが笑い、残月が小さく顔を綻ばせたことで、ようやく食卓に笑顔が戻ってきた。

 残月が二人を諭す為の食事会も、望外に楽しむことができた。




大事な話だったので文字数多いです。7000文字越え。
相変わらず説明チックですがいつものことです。

残月の過去が明かされました。
館山には過去に学校行事で行ったきりです。イカの赤ちゃんを拝めたので楽しいといえば楽しい場所でした。何の恨みもありませんが館山湾には犠牲になって貰いました。
だ、だって他の学園艦の寄港地と差別化を図りたかったんだもん…w
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