夕暮れの中を航行する一隻の学園艦。大洗学園艦の数倍の規模、十万人の人口を擁するその艦は黒森峰学園。この日もまた、戦車道履修者達が各々訓練に勤しんでいた。
学園校舎の一角に設けられた射撃練習場。二十メートル程離れた的に向かって、歩兵部隊の隊員達が複数人並び、拳銃を手に射撃訓練を行なっている。彼らは今年から黒森峰学園に入学し、黒森峰の特殊部隊ヴァイパーコップフへの入隊試験を控えた候補生であった。
ソリッド・スネーク――歩兵部隊及びヴァイパーコップフの隊長であった西住ガイが転校した為に、当時副隊長だった『リボルバー・オセロット』こと
「…!」
長めの銀髪を微風に揺らし、隊員達の背後をゆったりとした歩調で歩きながら、ネコ科の猛獣を思わせる目つきでその一挙手一投足に目を光らせていた聡史は、ある一人の生徒に目を留めた。練習場の端で銃を撃つ彼は、足を開き、膝を落とした恰好で立っている。ホルスターに挿した銃を素早く抜き放ち、腰溜めに構えて三連射。弾は的の中心こそ逸れたものの、三発とも命中していた。
「もう一度!」
彼の脇に立ち、聡史は再度射撃するよう促す。彼は頷き、再び三点バーストを試みるが、二発目を撃とうとした瞬間に引き金が止まってしまった。聡史は彼の使っていた自動拳銃を自分に渡させ、マガジンを抜き出し、それを手渡した。
「
スライドを引き、排莢口に挟まった弾丸を外しながら聡史は言った――拳銃は
「こいつはオートマティックだ。
隊長が彼を諭すその様子を見ていた他の隊員達にも、聡史は彼らの前を歩き、語り始めた。
「…ヴァイパーコップフは、最早かなりの規模になった。世間も注目している。愚連隊紛いの振舞いは、他所でやってくれ。――いいか、正しい戦技を身に付けろ。
そして持っていた銃を、持ち主に返す前に。
「こんな
彼が使っていた拳銃に刻まれた彫刻を、無価値だと切り捨て。
「だが早撃ちは見事だった。いいセンスだ」
しかし最後に褒めるところは褒めて、その場を後にした。
実はこのアドバイスは、中学校進学直前の聡史が、親善試合の対戦相手だったガイから受けたものだった。当時からのリコイルの衝撃を肘を曲げて吸収する癖、そして子供にありがちな虚栄心によって、肝心な場面で銃が撃てなくなってガイに敗れた。
ガイの助言を元に、使う銃を自動拳銃から回転式拳銃に変え、研鑽を積んだことで、入学したプラウダ高校付属中学校では『シャラシャーシカ』の異名で恐れられるようになった。そして昨年、恩人ともいえるガイを追い黒森峰学園に入学。三年間で拳銃のスペシャリストとして成長を遂げていた聡史は、『リボルバー・オセロット』のコードネームをも賜った。
「……」
彼はその偉業を以って、ソリッド・スネークに並び立ち、共に戦うことを望んでいたのだが――
「浮かない顔ね」
練習場を出た聡史に、横合いから声をかける者があった。癖の強い赤毛の長髪を腰まで伸ばし、度の入っていない角張った眼鏡をかけている。右がヘイゼル、左がスカイブルーのオッドアイは、色素の薄い肌と併せて浮世離れした魅力を彼女に与えていた。
「! 会長…」
「‘彼’の代わりは大変かしら?」
黒森峰学園生徒会長を務める彼女の名は
「…率直に言って、その通りです。私に西住ガイの真似事はできても、彼自身にはなれません」
小さく嘆息しながら、聡史は九十九の問いに答えた。
ガイが黒森峰を去ることが決定した時、戦車道の履修を取り止めたり、極端な例では転校しようとする歩兵隊員が続出した。まほと聡史の必死の説得で、何とか卒業する三年生以外での兵員数の減少は防いだものの、聡史が隊長になった今年度の戦車道履修希望者は、前年度比で三割近く減少している。中等部から多くの‘伝説’を残してきた『ソリッド・スネーク』は、それだけ黒森峰に於いて、歩兵やそれを志す者達に英雄視されていたのだ。
聡史自身も、ガイを尊崇している人間の一人だ。ガイの指導で育て上げられ、ガイが残した部隊を受け継ぐことになったのは、素直に誇らしい。しかし自分がそれを維持していけるかどうかは別問題だった。自分の指揮能力についてもそうだが、聡史の中には“自分が長に就くことを本当に承服している人間が今の隊にいるのか”という不安があったのである。
「でしょうね。それでも、私達は大会までにソリッド・スネークの穴を埋めるしかないわ」
「わかっています。…ですが、本当に彼は放逐されるべきだったのでしょうか?」
「彼は他の歩兵隊員の全ての責任を負って
「……」
「それに…師範が決定された以上、覆ることはないわ。どうか、堪えて頂戴」
九十九の諭すような口ぶりに、聡史の胸にはやりきれない思いがこみ上げてくる。そもそも、ガイを隊長の座から降ろすにしても、転校までさせるというのは聡史には納得がいかなかった。規律の厳しさに定評のある黒森峰といえど、昨年度のそのやり口はどうも急進的なものがある。彼の身に起こったことやそれにより起こり得る学園への影響を鑑みても、些か過激な――
「!」
聡史のズボンのポケットから、無線機のコール音を模した着信音が鳴り響いた。
「出たら?」
「…失礼します」
取り出したスマートフォンの画面に表示された相手は、今まさに話題に上がっていた人物だった。溢れそうになる喜色を上手く押さえ込みながら、画面をスライドし通話に応じる。
「はい、私です」
ちらりと九十九に目をやると、彼女は腕組みをして悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
大洗学園の物理準備室は、窓際に壊れて使われなくなった机や椅子が山積みされ、西日に照らされたその上で埃が踊っている。無造作に実験器具が置かれたその狭い部屋の中で、ガイは器具をあるべき場所に整理しながら、かつての仲間である聡史と電話していた。
「悪いな、聡史。俺にはお前に助言する程度のことしかできない」
『それだけでも十二分です、ボス』
大洗学園学園艦に移住してからというもの、どちらからともなくこの‘連絡’は始まった。聡史はガイのいない部隊を運用するに当たっての不安要素の解消、即ちガイにアドバイスを貰う為に、ガイは自分のいない黒森峰歩兵部隊がどう機能しているかの確認と、
「…まほは、元気か?」
『…前々から思っていましたが、直接電話しないんですか?』
黒森峰に残してきた、
「俺が聞いても、余計な心配をかけさせまいとするのが目に見えている。それに、できれば俺がまほと連絡を取っていた事実は作りたくない」
『副隊長――みほの為ですか』
「あいつはお袋とまほを恐れている。大洗に共にいる以上、俺はみほの味方でありたい」
昨年度公式大会でのみほの行動について、しほの叱責から彼女を庇わなかったまほに思うところがない訳ではない。それでも、中等部入学から四年以上を同じ学園艦で過ごしてきた姉に、寂しい思いをさせているのではないかという心配の方が勝っていた。だが一方で、聡史に話したように、自分がまほと通じているとみほに知られ、彼女が自分に不信感を抱くのは避けたかった。故に、こうして間接的に情報を得るしかない。
『――最近は落ち着いてきたようです。訓練も普段通り、動きのキレも問題ありません。ですが…誰も見ていないと、上の空になっていることがあります』
「そうか…」
『こちらでも幾らか働きかけてみるつもりです。貴方も気をつけて』
「ああ…ありがとう。頼む」
スマートフォンの画面をタップし、通話を切る。今は聡史に任せるしかない。
「…ふう」
無理矢理思考を切り替える為に、ガイはかの模擬戦以降のことを思い返した。
四日前、大洗の戦車道履修者達は初の実戦演習を終え、翌日からその結果を元に本格的な訓練に乗り出した。戦車兵の女子達はそれ程身体を動かさないが、歩兵の男子達はミラー主導の軍隊仕込の訓練メニューでたっぷり扱かれている。そんな中で、ガイは既に何人かに‘目を付けて’いた。
蒼莱は模擬戦の時もそうだったが、並外れた膂力の持ち主で、本来三人で扱うM2を一人で軽々と持ち運ぶ。それどころか、両手に一挺ずつ持って乱射しながら走り回るような芸当すら(流石に教官に止められたが)してみせた。既に倉庫にあるM2の内一挺は事実上彼の専用武器と化している。
志朗はガンスミスとしての腕以外にも、戦場を俯瞰的に捉え、戦況を分析する能力に長けているらしい。戦闘には積極的に参加しないということだったが、倉庫に指揮車両が一台眠っていたので、ガイは彼にはそれに乗ってオペレーターとしての仕事を任せるつもりでいる。
八枝は共に模擬戦に乱入した麻子と共に、戦車道を履修することになった。操縦の腕を買われて戦車兵となった麻子に対し、閉鎖的な戦車の中を嫌った八枝は歩兵部隊の紅一点となった。ガイの見立て通り卓越した狙撃能力を持っており、彼女の為にモシン・ナガンの一丁を志朗がカスタムしている。
そして模擬戦では活躍の場面がなかった生徒会書記木蓮も、ガイの目に留まった男だ。小柄ながら身の丈とほぼ同等の野太刀を手足のように振るい、近接戦闘では不類の強さを見せ付けている。相対した相手の銃口の向きを読み、刃で弾丸を弾き飛ばした時などは、ガイも度肝を抜かれた。
彼らの能力を十全に活かすことができれば、大洗は最早単なる素人の集団ではなくなるだろう。実力のあるものが活躍すれば、それを見た他の隊員達の士気が上がるのは経験的にわかっている。
このあとの聖グロリアーナとの練習試合がどうなるかはともかく、順調に育っていけば大会優勝、つまり黒森峰打倒も夢ではない――
「――!?」
その時、ガイの足の力が唐突に失われ、彼は床に膝を突いた。立ち上がることができない。
「…まずった…」
「…あら?」
華のスマートフォンに電話がかかってきたのは、彼女が丁度自分のホームルームである二年A組から出る時だった。机の中にノートを忘れてきたことに気付いた彼女は、みほや沙織を校門に待たせて忘れ物を取りに来たのだ。
「ガイさんから?」
画面には“西住ガイ”の文字――二人いる西住を区別する為、
「はい、もしもし」
『五十鈴さん。火急の用事だ。助けて欲しい』
「え?」
“助けて欲しい”。華は
『俺は今手が放せない。三年B組の教室の前に、俺の鞄が置いてある筈だ。その中にレジ袋に入ったバッテリーがある。袋ごとそれを持って物理準備室に来てくれ』
「…はい、わかりました。すぐに持っていきますね!」
バッテリーが何に必要なのかはわからないが、華はそれもどうでもよかった。みほと共にその経験からくる的確な指示やアドバイスを授け、また模擬戦では攻撃を受け行動不能に陥ったIV号を率先して守ってくれた。そんな彼が何であれ助けを求めているのなら、それに応えたいと思ったのだ。
階段を上り、三年B組の教室に辿り着く。言われた通り、引き戸のすぐ近くに男子用の鞄が置かれていた。中身を漁ることに僅かながら罪悪感を覚えたが、白いレジ袋がはみ出していたので取り出すのも楽だった。踵を返し、一階へと下りて物理準備室の前に到着、
「…ガイさん?」
した華だったが、部屋の中から何か妙にひっそりとした、ただならぬ気配を感じ取った。ドアをノックし、ガイの名を呼んでみる。
「ん…!? ああ五十鈴さん、持ってきてくれたか」
すぐにガイから返事があったが、その声音にはどこか動揺した響きがあった。
「はい。…あの、何かお困りですか? 手伝いましょうか?」
心配になった華は、ドアを開けて部屋に入り込んだ。戦闘中以外は大抵いつも笑っていて、基本的に余裕のある態度を崩さないガイが、そんな声を出す状況が想像できなかった。中にいたガイは、華の位置からは床に胡坐をかいて座り込んでいるように見えた。
「いや、いいんだ。バッテリーはそこに置いてくれれば――」
「ガイさん? どうしたんですか? 何をなさっているんです?」
「ま、待て五十鈴さん! 来るな!!」
ガイが制止するより早く、視界の妨げになっていた実験器具の向こうに歩いてきた華は、
「えっ…――」
‘それ’を見て、バッテリーを取り落とした。
前回調子に乗って書きすぎたのでこれからの話で文字数調整します。
物凄い伏線回。原作のストーリーは全く進めない。
伏線のためだけにある話でした。