戦士の魂は君と共に   作:影のビツケンヌ

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貞淑な任務 ~First engagement~

 聖グロリアーナとの練習試合は、陸上の大洗市街地とその周辺地域で行なわれることになっていた。戦車道の試合で建築物等が破壊された場合、該当物は新築対象となり、戦車道連盟がその費用を補填する為、どの市町村でも積極的に試合会場として誘致を行なっている。大洗学園学園艦が帰港するついでと催されたこの試合は、大洗町の住民にとっては願ってもない幸運といえるだろう。

 少し高台に上れば集合場所からも、港に停泊する大洗学園学園艦と、その隣に前者の数倍の威容を誇る聖グロ学園艦が並んでいるのが見える。あと数分で対戦相手が到着するという中、横一列に並べた戦車の後ろで、残月は装備の最終チェックを行なっていた。

 

「部品が届くのが遅れてな。渡すのは最後になってしまったが、大上さんの要望通り、ピストルグリップと折り畳みストックを付けてみた。具合はどうだ?」

「…ようやく手に馴染むようになってきたってところかしら。後は私の方で何とかする」

「しかしまさか『ジ・エンド(the End)』が使ってたモデルと同じ改造を施すことになるとは、同じ狙撃手(スナイパー)ってことでもどこか運命的なものを感じるな、大佐」

「ああ、俺もどうしてかわくわくしたよ」

「……」

 

今回の試合の為に、敵となる聖グロが試合で使用する装甲車両の数に予め見当をつけ、それに合わせて必要な分のIEDを作成。ガイを通して生徒会にも働きかけ無線機やデジタル腕時計も入手し、スプリングを使った時限信管やワイヤーを使った接触信管だけでなく、遠隔操作での起爆も可能にした。不意の事故や不発に備え、予備の素材と工具類も持参している。またそのすぐ近くでは、今朝志朗の手によるカスタムを終えたばかりのモシン・ナガンの受け渡しもされていた。

 確認を終え、六十キロ近い装備を背負った残月にも、専用の新しい装備が支給される。

 

「残月、あんたにはこれだ。電波測距儀付可変倍率双眼鏡と、戦闘情報端末『iDROID』。オタコンとメイ・リンが一晩で調整してくれた」

 

受け取ったのは、殆ど箱のような形をした武骨な双眼鏡と、棒状のアンテナの付いたハンディ無線機に似た機械。iDROIDと呼ばれた後者の側面に付いたボタンのうち一つを押すと、青いレンズ状の部位から光が放射、空間に投影され、立体映像――地形図を映し出した。

 

「…他の歩兵は使わないのか?」

「ここだけの話だが、iDROIDは戦車道の規定スレスレなんだ。GPSは勿論、機能を限定して精度も落としてあるとはいえソリトンレーダーも付いてる。抜け穴を通った最新技術(ズル)の塊だ。ただでさえあんたの専用回線もリアルタイムバースト通信なのに、こんなものを標準装備に入れたらすぐに改定されて規制されるのがオチだろう」

 

ソリトンレーダー、リアルタイムバースト通信…そのどちらも日米の特殊部隊に採用され始めたばかりの最新の軍事技術だ。それらの技術は、現在大洗学園の定時科に属する、一人の生徒の発明を出自としている。その本人が手がけたiDROID――つまりこのような‘贅沢な’装備を託されるということは、それだけ自分への期待も大きいのだろうと、残月は責任の重さをひしひしと感じた。

 志朗が装甲指揮車に乗り込み、蒼莱と八枝が他の分隊と合流し作戦の最終確認に動き出したのを見送ると、残月は並んだ戦車の間隙から、聖グロの機甲部隊が到着するのを認めた。戦車がこちらと同様横一列に整列し、それぞれの車長と、その護衛を担う分隊長が並んだ。こちら(大洗)の車長と分隊長も並んでいるので、互いに顔を突き合わせることになる。

 

「…マスター?」

 

その時、聖グロの戦車の背後で一台のジープが停まり、運転していた男が歩み寄ってきた。オールバックにした長い金髪とサングラス――その特徴は、マスター・ミラーの第一印象そのものであった。

 

「イーライか。相変わらず紛らわしいな」

「俺のサングラスもイカスだろ?」

 

しかし本人がサングラスを取り払ってしまえば、そこにあるのは全くの別人の顔だと気付かされる。ミラーの素顔は――初めて見る者にはよく驚かれるが――意外にも子供っぽさがあるのに対し、ガイにイーライと呼ばれた男の目つきは鋭く、むしろガイに似ていて、その笑みは底意地或いは往生際の悪さが滲み出るものだった。ガイとイーライは拳を突き合わせ、互いに口の端を獰猛に歪めた。そこでようやく、残月は彼がかの『リキッド・スネーク』こと結城イーライだと認識したのだった。

 過去公式大会に準優勝した学校だけあり、彼が率いる特殊部隊サーペントテイルは精鋭揃い。

 そんな強者を出し抜く為の計画は、三日前に練られていた。

 

 

 

 

 

 「…作戦会議?」

 

訓練が終わった後、残月は倉庫の一角に入り浸り、対戦車地雷を加工してIEDを作っていた。彼が素材として最もよく使うのは、ドイツ製対戦車地雷の35型皿型地雷(Tellermine35)、通称TMi-35。この地雷は重量九キロ、装甲貫徹力は二十四ミリだが、残月が改造すればその限りではない。

 

「取り込み中悪いが、お前にも参加して欲しい。作戦内容を今の内に把握しておいて貰いたいからな」

「…わかった。少し待て」

 

凹凸や上下面の開口部が少ないこの対戦車地雷の穴を裏側からハンマーで叩き潰し、上向きに膨らんだ上面を叩いて凹ませる工程が味噌である。ガイの頼みといえど、この作業を終えるまでその場を離れる訳にはいかなかった。尤も、彼の手にかかればこれ一つ作るのに四、五分もあれば十分なのだが。

 作戦会議の場である倉庫の反対側(生徒会室が狭過ぎた為に倉庫を使うことになったようだ)に向かえば、既に戦車兵と各分隊長が集まっていた。壁際のホワイトボードを中心に放射状にパイプ椅子が置かれ、ガイと残月はその最後部に隣り合って座る。何故かガイの席の横には華が立っていたが、残月がそれを気にする間もなく会議は始まった。

 

「いいか、相手の聖グロリアーナ学院は、強固な装甲と随伴する歩兵との連携力を活かした浸透強襲戦術を得意としている。とにかく相手の戦車は堅い。主力のマチルダIIに対して、我々の砲は百メートル以内でないと通用しないと思え。しかも歴史上最初の特殊部隊を設けたイギリスに影響を受けているだけあって、特殊部隊『サーペントテイル』も高練度だ」

 

桃が説明しながら指示棒で指した先には、聖グロの使用するイギリス製戦車『マチルダII歩兵戦車Mk.III/IV』と『チャーチル歩兵戦車Mk.VII』のスペックデータ、及びそれが随伴歩兵と進軍する静止画が貼り出されている。桃の言う通り、最大七十五ミリの厚さを持つマチルダの装甲を貫けるのは、戦車ではIII突かIV号しかいなかった。賢人学園の後を追う形で二番目に結成された強力な敵特殊部隊の存在もあり、ところどころから不安げな声が上がる。

 

「そこで、一分隊が囮となってこちらが有利となるキルゾーンに敵を引きずり込み、高低差を利用して残り全部隊がコレを叩くっ!!」

「いや、待て河嶋」

 

 桃の出した作戦案は、ガイにより即座に止められた。

 

「な、何だ、文句があるのか!」

「戦場での達人は臨機応変に作戦展開を行なえるものだ。戦術マニュアル通りに行動するとパターン化してしまう為に戦略が見破られてしまう。…この程度の策を()が見破れない筈がない」

 

ガイのコードネームを知る者には、彼が言う“奴”の正体が誰かはすぐにわかった。固体(ソリッド)液体(リキッド)の二匹のヘビ(スネーク)は、その二つ名が付くよりも以前から幾度となく激突し合う好敵手として知られ、その因縁の深さは呪いにも喩えられる程だ。桃の作戦がイーライに見通されることは、ガイには容易に想像できたに違いない。

 

「よって、その作戦は()()()()()()()()()()()()第一次作戦とし、二次、三次と続けて作戦を展開するべきだ」

「うるさい! 私の作戦に口を挟むな! そんなに言うならお前が隊長をやれ!」

「もう歩兵部隊の隊長だ。…少なくとも、お前みたいな単純軟弱石頭よりは務まっている」

「何を!! お前の方こそ嘘吐きの役立たずの捻くれ者のカッコつけのスカした――」

「はいはいかぁーしま落ち着いて…西住()()()はどお? 何か言いたいんじゃない?」

 

 ここ最近で、ガイと桃とは致命的に反りが合わないことが発覚していた。冷静で生真面目な印象とは裏腹に極めて短気で狭量な桃は、皮肉っぽい面のあるガイの煽りで即座に沸点を超えてしまうのだ。みほに戦車道の履修を迫ったことを根に持っているのか、ガイは生徒会、とりわけ桃に命令されることを嫌っている節があり、この問題はそうそう解決しそうにない。杏が桃を宥め、何とか会議に持ち直す。何か言いたげだったみほ(杏は西住兄妹の区別にみほのみ「ちゃん」を付ける)は当てられて困惑した様子だったが、ガイに視線で促され、おどおどしながらも意見を述べた。

 

「…まず、先輩達が立てた作戦はそのまま実行していいと思います。ですが裏をかかれ逆包囲される可能性が高いので、第一次作戦の成否に関わらず、すぐにその場から撤退して市街地でのゲリラ戦に持ち込むべきかと…」

 

みほの案は、戦車と兵の練度に劣る今の大洗が聖グロを相手に勝機を掴むには妥当なものだった。今回の試合のルールは殲滅戦、つまりどちらかの学校の戦車全てが撃破されるまで試合が続く為、試合に勝つには相手は逃げた戦車を追わざるを得ないのだ。遮蔽物の多い市街地に立て篭もることで正面からの撃ち合いを避ければ、装甲と火力にごり押されることもなくなる。残月もこの作戦に異存はない。

 問題は、サーペントテイルに対して如何に対応するかだが――

 

「そうだ、角谷。一つ提案したい」

「なーに、西住ぃ?」

「奴らに対抗する訳ではないが、大洗にも特殊部隊を設けるべきだと思うぞ」

「…そうは言ってものう、西住兄よ。歩兵の練度不足はお主も痛感するところであろう?」

 

特殊部隊を設ける。ガイのその言葉にどよめきが広がった。それまで沈黙を保っていた榊の苦々しげな台詞が、その場の歩兵全員の意を代弁する。

 

「メンバーの選出は終わってる。構成員は四人。実動部隊は内一人で、残りはオペレーターだ」

「一人じゃと!? して、誰が?」

「残月だ」

 

 全員の視線が、残月一人に突き刺さった。

 まさに寝耳に水。しかし残月はガイに感謝すらしていた。引退前の自分がそうだったように、通常の指揮系統から外れて単独で行動することを許されたも同義だからだ。

 

「オペレーターは志朗の他に二人。じきにここに来る」

「連れてきたぞ、ガイ」

 

その場にいなかった志朗が、私服姿の男女を率いてやってくる。男は痩せ型で、とても戦いには向いていなさそうだが、円い眼鏡の奥の瞳から確かな知性が見え隠れしていた。女は倉庫の中をきょろきょろと見回し、物珍しそうにするその様子と併せ、童顔であどけなさがあった。三人がガイの元に辿り着くと、志朗が紹介を始める。

 

「通信科の古至真(こじま)英明(ひであき)、定時科の(たちばな)美玲(みれい)。俺の幼馴染だ。それぞれ『オタコン』と『メイ・リン』って呼んでくれ」

「よろしく」

「よろしくね」

 

 提案どころか、生徒会の了解を得るまでもなくここまで周到に準備を進めていたことに、皆唖然としているようだった。残月もまた驚かされたが、同時に当然だとも思った。初の他校との練習試合までの時間は少なく、いちいち協議している暇もない。自惚れるつもりはないが、他とは一線を画した‘切り札’が、大洗には必要だ。

 

「部隊章はまだ紙の上の段階だが、部隊名と一緒に考えてある。単独潜入による諜報・破壊活動を主任務とするハイテク特殊部隊――」

 

いつの間にか、ガイは小さな手帳(ノート)を取り出し、それに何やら書き込んでいた。やがてガイは手を止め、開いていたページを前に掲げる。そこには、サバイバルナイフを銜えて睥睨する一匹のキツネが描かれていた。

 

「『フォックスハウンド(FOXHOUND)』だ」

 

 

 

 

 

 かくして、三人のオペレーター(非戦闘員)とたった一人の実動部隊だけで構成された特殊部隊フォックスハウンドが、大洗の切り札となった。残月の戦闘服の左肩には、サバイバルナイフを銜えたキツネのワッペンが既に縫い付けられている。

 

《Marker placed.》

「……」

 

試合開始直後、残月はiDROIDで目的地に目印(マーカー)を付け、移動を始める他の分隊とは逆方向に走った。ちらりと振り返れば、蒼莱と優花里曰く「全く別の何か」になった戦車達が土煙を上げ遠ざかっていく。ある日突然IV号以外の戦車がピンクやらトリコロールやらに塗り替えられていた時には、流石の残月も度肝を抜かれたが、生徒会までもが38tを金色に塗装していた為、それを生徒会による心理的なカモフラージュ、つまり廃校の件を生徒に悟らせない為の策だと理解した。…単なる悪乗りだとはついぞ考えなかった。

 

 『何か作戦名ないの?』

『えっ? 作戦名は…えっと、コ――』

『オペレーション・イントルードN313だ』

『お、お兄ちゃん!!』

『お前のネーミングはいつも締まらない。どうせ今度も“コソコソ隠れて相手の出方を見て、コソコソ攻撃を仕掛ける、だからコソコソ作戦”みたいなものだろう』

『うっ…』

 

市街地一帯を見渡せる高台の上に来た時、杏が出した作戦名の話題で、残月はあることを思い出した。

 

『それにしても、この編成で聖グロと戦おうなんて無茶ね』

『そう言うなよメイ・リン。僕らには残月が付いてるじゃないか』

『それと元黒森峰のお二人さんもな』

 

ある学校に戦車道の特殊部隊が編成される時、その部隊が最初に経験する実戦での作戦名は、コブラ部隊の最初の作戦にあやかって同じ名前が付けられるのだと喜理恵から聞いた。その名は『バーチャスミッション』、公式大会で試合前に情報を得ようと対戦校に忍び込み捕まってしまった女子生徒を、コブラ部隊が奪還する任務だったらしい。バーチャス(Virtuous)とは貞淑を意味し、忠誠を誓う儀式のようなものだったようだ。

 

「……」

 

既に市街地に先回りしている歩兵がいる可能性もある。残月は胸に取り付けた鞘からナイフを抜き、M1911A1と同時に構えた。グリップの側面を削り込んでおいた拳銃に、ナイフの柄がしっかりとフィットした――このやり方を教わった師匠(ボス)の言葉が、脳裏に反響する。

 

“残月、まずCQCの基本を思い出して…”

 

 「――今から、バーチャスミッションを開始する」




やりたいことを詰め込みまくった結果5999文字という奇跡の数字が生まれた。
文字数調整なんてできなかったよ…

ええ、もう本当にやりたい放題やらせていただきましたよこの話は。
イカしたサングラスやら単純軟弱石頭やらCQCの基本やら…そのせいで原作キャラの出番が全然ない。ごめんよダー様、次回あたり喋らせてあげるからね…(喋るとは言ってない)
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