機動戦士ローガンダム   作:J・バウアー

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プロローグ
 


 ビルの一室でトオルは資料に目を通していた。

 その時、内線が入り面会者がやって来た旨が伝えられたので、視線を資料から扉へと移す。ほどなく扉をノックする音が響いてきたので、中へ入るよう促した。

「失礼します。書類にサインをして下さいますよう、お願いします」

 手渡された書類を受け取り、サッと目を通す。内容はすでに聞かされていたので、トオルは万年筆を手に取ると、迷うことなく指定の場所に自らの職名と氏名を記入した。

「まさか、私がこのような役目を背負うことになるとはなぁ」

 サインをした書類を手渡し、その退出を確認すると、再び資料へと視線を戻した。内容は「第三期宇宙開発10ヶ年計画とその概要」であった。

 

 当時の先進20ヶ国が共同で出資して国際宇宙開発機構(ISDO)を設立してから、約40年後、世界は深刻なエネルギー不足と食糧危機に見舞われていた。世界各国が少ない資源をめぐって緊張の渦中にある頃、ISDOが多大な資金と労力をかけて超大型宇宙輸送艦ジュピトリスと超巨大生活居住空間スペースコロニー群サイド1、2、3を完成させると、それまでの国家を中心とした社会機構に少しずつ変化が生じていった。これまでのISDOは、各国からの拠出金を元に宇宙空間の研究開発と建設業務だけを扱ってきたのであるが、木星からもたらされるヘリウムⅢと、サイド1、2、3からもたらされる食糧が、世界的な食糧・エネルギー不足を解消させるとともに、それらを売却することによって得られる巨大な売却益と権益が、徐々に自らを変質させていった。ISDOのスポンサーであるはずの国家を、巨大な資金をもとにISDOが逆に支配するようになっていったのである。資金力を背景にISDOは、自らの組織にとって有用な人物を主要国家の要人に据えることにより、影から世界中を支配するまでになったのだが、やがてその影響力を駆使して、地球連邦政府を設立するに至る。自らは宇宙開発省と改称し、連邦政府を構成する一省庁となった。ISDOが、世界各国を統合して地球連邦政府を設立したことには、三つの理由がある。一つ目の理由は、スペースコロニー群サイド4及び月面都市を建設する計画があったのだが、そのための資金が不足しており、世界各国が持つ徴税権が欲しかったこと。ニつ目の理由は、宇宙開発に対する世界各国の足並みが揃わず、組織の運営方針を巡って各国が対立し、ISDOの事業に支障が出てきたので、宇宙開発を強力に推し進める強大で統一した政府が必要になったこと。三つ目の理由は、ある大国がISDOを乗っ取ろうとしてきたため、乗っ取りを阻止できる強力な政府を作り出す必要に迫られたこと。である。結果、乗っ取りを図った大国の主要勢力を駆逐することに成功。ISDOが絵を描いた地球連邦設立基本条約に、全世界の首脳が署名して、国際連合の解散と同時に地球連邦政府が成立したのである。世界各国は地域ごとの州政府に再編され、地方自治体としての機能しか持たないことになり、地球連邦政府は、これまで人類が手にしたことのない巨大な資金と権限を持つことになった。

 地球連邦政府は、その持つ巨大な資金と権限を利用して、①増加する人口の受け皿として、②慢性的に不足している食糧及びエネルギーを供給するための基盤として、第一期宇宙開発10ヶ年計画実施法案を作成し、可決成立させた。絵を描いた宇宙開発省の思惑通りに成立した第一期宇宙開発10ヶ年計画は、当初予定していたサイド4及び月面都市建設計画だけでなく、サイド5,6の建設と火星開発のための予備調査も盛り込まれていた。

 宇宙開発省は、財務省が管轄する一般会計からの資金だけでなく、独自の資金源を持っていた。これまで確保していた木星からのヘリウムⅢ売却益やサイド1、2、3で生産された食糧の売却益だけでなく、宇宙渡航税、宇宙施設利用税、宇宙エネルギー消費税などの租税も、評議会の監督を受けない特別会計として徴収することが許されたため、宇宙開発省の勢力は日を追うごとに大きくなっていった。だが、あまりに巨大な組織となってしまったため、ある時期から、特に重要でない部署を分離して組織のスリム化が進められるようになった。スペースコロニーの維持管理業務は、宇宙開発省100%出資のもとに設立されたコロニー公社に委ねられた。また、宇宙空間の安全を担うために設けられた保安部は、軍機省管轄に組み込まれ、名称も宇宙艦隊に改称された。軍機省管轄になってからも、宇宙艦隊の人事には宇宙開発省の同意を必要としたため、宇宙開発省と宇宙艦隊の結びつきは強固なままであった。

 連邦政府に対して強い影響力を持つ宇宙開発省だが、直接統治を行うと政策に対する住民の不満の受け皿になるリスクがつきまとうので、実際の統治は、地球上については連邦政府の支配下のもとで各州政府が行い、各コロニーについては住民による直接選挙で選出された知事の下で自治体が行うことになった。自治体には徴税権が与えられたが、それはコロニー公社の運営費を支払わせることが目的であったため、自治体が独自の政策を執り行うことは困難で、実質は連邦政府の傀儡であった。

 スペースコロニーでの生活は決して楽ではない。地球上で生活するより優れている点といえば、居住空間の天候が管理されているので、天気予報が外れる心配はほとんどないこと、居住する人々には職業が保障されているので失業の心配がないことである。ある職業に就いたとしても、様々な要因で継続が困難になった場合、宇宙開発省職業管理局に申請すれば、新たな職を紹介してもらうことができる。また、就労が困難となった場合の社会保障システムも、地球上と比べたら格段に良いことも、優れている点として挙げることができるだろう。ただし、税金がとんでもなく高い。地球であれば気にもしない空気も、スペースコロニーの中では、何もしないと酸素濃度の異常や有害物質が発生して大変なことが起こる。絶えず空気の浄化や気体構成の管理を行う必要があるので、それに必要な経費が気体浄化税として徴収される。宇宙空間のちりや極小な天体は地球に接近しても大気との摩擦で消滅してしまうが、スペースコロニーに接近したら衝突してスペースコロニー本体に甚大な損害を与えてしまう。そこで、危険なちりや小天体がやって来ないかスペースコロニーの周辺を巡回し、必要に応じてそれらを除去する作業が発生する。そのために必要な経費が施設管理税として徴収される。他、様々な理由で税金が徴収されるため、宇宙空間で生活するには、地球上で生活するより5~10倍の税負担がかかると言われた。

 それでも、地球からスペースコロニーへの移住者は増加を続けた。理由は、労働力の需給バランスである。これまでの文明活動によって地球は疲弊しきっており、根幹の農林水産業が立ち行かなくなり、それに伴って全ての産業が縮小傾向に向かっていたため、地球には失業者があふれていた。その一方で、第一期宇宙開発10ヶ年計画が完全に終了する前に第二期宇宙開発10ヶ年計画が施行されたため、宇宙空間では莫大な労働力を必要としていた。求人よりも失業者が多ければ、労働賃金は低下する。だが、この時は失業者よりも求人の方が多かった。いや、はるかに多かった。しかも、スポンサーである宇宙開発省には、莫大な賃金コストを支払えるだけの巨大な資金があった。そのため、宇宙空間での労働賃金は上昇を続け、宇宙居住者の所得は高額な税負担を気にしなくてすむほどに高くなった。人々は安定した生活を求め、次々に宇宙へと上がった。第二期宇宙開発10ヶ年計画がサイド7の完成で終盤に向かうころには、全人類の半数が宇宙居住者と言われるほどとなった。各サイドは宇宙開発の好景気で活気づき、その余波で、不況のどん底だった地球上の景気までもが回復し、全人類が好景気に与るという、人類の歴史上かつてない幸福な時代を迎える。この幸福な時代は約30年続き、後世から「神々の時代」と呼ばれた。

 ただ、次第に景気が停滞し始め、更には不況に近づくと、宇宙開発省も完全雇用の保証ができなくなり、また高額な賃金の支払いができなくなってくると、高額な税負担が人々の生活に重くのしかかってきた。少しずつだが確実に、社会へ対する不満を持つものが増えていった。そして、それが臨界に近づくと、社会に変化が訪れる。その大きな出来事が「サイド3」の連邦離脱と、ジオン公国の建国、独立宣言であった。

 サイド3は、地球から最も遠く月面に近い位置にいたため、宇宙開発省の監督が行き届きにくい傾向にあった。そのサイド3へ、宇宙開発省居住空間本部サイド3管理局基礎インフラ整備部エネルギー設計管理課第二係長として、ジオン=ズム=ダイクンが赴任してきた。ダイクンは、連邦大学を卒業後、優秀な成績を認められて宇宙開発省に採用され、宇宙各所を転々とする。特に問題を起こさず、特に手柄を立てることなく通常よりやや遅めの昇進をしてサイド3にやって来た。赴任当初を知るものは、まさかダイクンが全宇宙をゆるがす人物になろうとは想像すらできないくらい、宇宙開発省では凡庸な人物だったようである。

 いつからかはっきりしないが、地球から遠い場所ほど、能力の劣るものや問題のあるものが送られる所謂「左遷先」となっていた。地球から最も遠いサイド3は、まさに全宇宙の最底辺と見做され、ダイクンの職場は、無気力と怠惰の二重奏曲で覆い尽くされていた。特に問題のない平和な時代であれば、ダイクンはきっと普通に昇進を続け、退職後は穏やかな年金生活を送り、静かに死を迎えたであろう。だが現実は、問題だらけの波乱万丈な時代の渦中にあった。サイド7建設現場から遠いサイド3には、いち早く不況の波が押し寄せ、早い段階から完全雇用が崩壊して、人々の生活は困窮を極めていた。そのような中で、ダイクンは偶然にもある秘密結社と出会ってしまう。詳しい記録がないため、いつどのようにしてダイクンがこの秘密結社と接触するようになったのかは不明である。だが、これがダイクンの運命を大きく変えてしまったのは事実である。

 その後、ダイクンはエネルギー設計管理課第二係長のもつ、エネルギー供給計画の策定と予算を立案する権限を利用して、大規模な開発計画を策定する。それは、サイド3管理局直属の大規模宇宙輸送艦ジュピトリスを30隻、そしてそれを製造するための工業コロニー群、更にはその専用の宇宙港湾を建造するという、とほうもない計画だった。沈滞していたサイド3の経済を、公共事業で刺激して立て直すという、古くからある手法であったが、金額がとんでもなかった。現在全部で八隻しか運行されていないジュピトリスを、サイド3だけで30隻も持とうとすることに、さすがにサイド3管理局の上層部も鼻白んだが、地球から遠く離れたサイド3へ本省からのエネルギー供給もままならない状態が長く続いていたので、独自のエネルギー獲得手段を持っておく必要性については上層部も感じていた。この事業だけで、サイド3の完全雇用を最低五年は保証できること、住民の所得向上に伴う税収増が見込めること、社会が安定することにより治安維持関連費用を圧縮できること、この計画が待望のジュピトリス建造の名目になること、などをダイクンは懇々と説明し、サイド3管理局だけでなく、その上位機関の宇宙開発省の本省上層部の了承を取り付けることにまで成功した。実は、それ以前から宇宙開発省は、地球、コロニー群、月面でのエネルギー需要に対し、現行のジュピトリス8隻だけでは供給が及んでいないことを理由に、ジュピトリスの建造計画を長年建白してきた。だが、予算承認権を持つ連邦評議会が、計画に反対し続けた。連邦評議会は、宇宙開発省の傀儡と揶揄されるくらい自主性のない機関なのだが、それでもこの計画にかかる費用があまりに膨大なため、さすがに賛同できなかったのである。慢性的なエネルギー不足解消だけが目的だと予算化できない建造計画も、サイド3がこうした理由を並べ立てると、評議会の態度も軟化し、宇宙開発省本省の後押しもあって、ダイクンの立てた計画は承認され、実行に移されることとなった。

 このジュピトリス建造計画は「N計画」と呼ばれる。何故Nなのかはダイクンが真相を語ることなく世を去ったため謎のままとなっているが、後日ダイクンが提唱した「ニュータイプ登場説」のNではないかとする説と、大昔の、とある大国が自国経済を復興させた政策の頭文字にあやかったとする説がある。どちらが正しいかは論じる必要はないが、この政策が残した実績は大いに論じる必要がある。

 この政策のポイントは、大きく六つある。一つ、この政策の効果がサイド3の建設関係だけに止まらず、他の産業にまで及び、結果当初の見込みを超える経済効果をもたらしたこと。ニつ、この政策の効果が、サイド3だけに止まらず他の場所にまで及んだこと。三つ、サイド3への移住者が増え、人口増につながったこと、四つ、景気回復と人口増により、サイド3の税収が格段に増加したこと、五つ、ジオン=ズム=ダイクンが「ニュータイプ」を提唱するきっかけとなったこと、六つ、これらの要因がムンゾ自治共和国設立をもたらしたことである。

 ムンゾ自治共和国が設立された経緯は、以下の通りである。

 巨大な予算を投じて実施されたN計画だが、この計画によって地球連邦政府が受ける恩恵は、ジュピトリス30隻とジュピトリスを建造する場所となる工業コロニー群、そして宇宙港湾である。ジュピトリスが30隻も増えたことで、連邦政府が受け取るエネルギー売却益が、大幅に増加した。だが、それだけであった。宇宙開発省が宇宙居住民を直接統治することを嫌ったため、宇宙居住民からの徴税をコロニー自治体に任せていたことが仇となった。景気回復による税収増は、直接統治を担当するサイド3知事府のものとなったのである。この税収増の方がエネルギー売却益よりも何百倍も大きく、慢性的な赤字体質だったサイド3知事府の財政は一気に黒字に転じ、N計画が終盤に近づくころには累積赤字を解消させたばかりか巨額な内部留保を蓄えるまでに至った。連邦政府はN計画により財政が苦しくなったが、サイド3知事府はN計画により財政が豊かになるという、皮肉な結果となったのである。

 N計画が軌道に乗った三年目に、ダイクンは本省から異動の通知を受ける。N計画の成功が認められて本省の中枢ポストに就くだろうとの周囲の予想を裏切り、受け取ったのはサイド6の調査係長の辞令だった。ダイクンはこれに怒りを覚えると、すぐに辞表を提出し、突如、サイド3の知事選に立候補する。表からN計画の中心人物としての実績と住民からの認知されていたこと、裏から秘密結社の応援を受けたことにより、ダイクンは十対一の大差で現職を破り、サイド3の知事に就任する。このときダイクンは「ニュータイプ」を提唱するのだが、木星からの帰還者の中に、極端に洞察力に優れ、誤解なく事象を認識できる高い知能と精神を持った者が、少なからず存在している事実を把握し、研究を進めていたからではないかと言われている。

 ダイクンは、知事に就任してから2年後、即ちN計画が終了に近づくころ、宇宙開発省に対して以下の提案を行う。N計画に掛かった費用をサイド3知事府が全て肩代わりする代わりに、ジュピトリス一五隻の保有権とサイド3の自治権をよこせというのである。自治権と言っても、連邦からの独立ではなく、連邦政府の下で行う自治であり、連邦政府に一定の租税も支払うという内容である。連邦政府に自治政府へ介入できる余地があることが確認できたこと、現行運用しているジュピトリスの半数以上が連邦政府の所有となり、かつ自治政府に割譲する一五隻についても、自治政府に対し運用について要望が出せることが認められたこともあり、そして何よりも財政を逼迫しているN政策の債務を全額放棄できることから、地球連邦評議会は、ムンゾ自治共和国成立法を可決する。隠密裏に進められていたモビルスーツ開発計画や、ニュータイプ研究計画を評議会が知っていたら、可決に踏み込んでいたかどうか微妙なところだが、サイド3を蔑視していた当時の政府及び宇宙開発省は、サイド3管理局にろくな人材を派遣せず、知事府を放置して全く調査をしていなかったため、安易にダイクンの提案に乗ってしまった。これは大いに反省すべき点である。遅くともこの時点で、ムンゾ自治共和国成立法を阻止できていれば、人類史上最悪の被害をもたらした一年戦争を避けることができたかもしれないのである。

 ムンゾ自治共和国が成立して初代主席となったダイクンは、更なる開発計画を自ら立案、実行に移す。ターゲットとなったのは月面だった。月はサイド3から近く、鉱物資源の獲得が期待できるからである。連邦政府はすでに月面での活動拠点としてフォン・ブラウン市を建設していたが、この頃の連邦政府は、スペースコロニー群と木星への投資に重点を置いていたため、月面開発の規模は小さいものだった。あまり見向きされていなかった月に対し、ダイクンは月の裏側にスペースコロニー二つ分の人口を収容できる巨大月面都市の開発計画をぶち上げたのである。この計画を実行するにあたり、N計画に数倍する費用が必要となるにもかかわらず、共和国文化技術省と軍部の賛同を得て可決、成立する。「グラナダ計画」と名付けられたこの計画には、文技省と軍部が目論むニつの隠された計画が盛り込まれていた。この計画で建設される都市名は、計画名から抜粋されてグラナダと名付けられる。その月面都市グラナダの建設予定地は、地球から見て月の裏側になるため、地球から直接見ることができない。そこに着目し、グラナダを連邦政府に秘匿したい様々な技術開発や兵器製造を行う拠点にしようと考えたのである。その一つが、人型巨大ロボット「モビルスーツ」の開発計画である。宇宙開発省がスペースコロニー建設用として開発したスペースモビルを発展、改良したものが「モビルスーツ」である。スペースモビルは、コクピットモジュールに腕だけを取り付けた超小型の宇宙船である。形状がいびつであること、運動能力に難があって小回りがきかないこと、腕の操作のほとんどがマニュアルなので、自由に操作できるようになるまでに相当な訓練を必要とすることから、宇宙開発省はスペースモビルの研究開発を中断してしまった。そのスペースモビルに可能性を見出した文技省は、月面開発用としてモビルスーツの開発を計画する。腕だけしか付いていないスペースモビルに、頭部や足を取り付けて人体に近い形にした巨大なロボットが、モビルスーツである。その研究の中で人体以外の形状をしたものも開発され、それらはモビルアーマーと呼ばれた。この計画は国家の未来を左右する重要な機密事項に属するため、連邦政府に対して極秘で進める必要があった。それには地球から直接視認しにくいグラナダは、もってこいの場所であった。兵器としての有用性にいち早く気付いた軍部も文技省に同調して、ダイクンのグラナダ計画は、共和国議会で全面賛成される。当初官営であったモビルスーツ製造は、以後分割、民営化され、その内の一つがジオニック社となる。

 さらにもう一つが、「ニュータイプ」研究である。木星への長距離航行に参加したジュピトリス乗組員のごく一部に、現在ニュータイプと呼ばれる人々に共通する特異点が見受けられることが判明していた。このことには宇宙開発省も気付いていたが、特に重要なことではないと見做したため、深い研究をしていなかった。ダイクンはここに目をつけ、ニュータイプの研究を文技省に指示したのである。後日、ダイクンは「ニュータイプ登場説」をぶち上げるが、狂信的に言ったのでなく、研究によって裏付けされたものであったのが、この事例から見ても明らかである。文技省の下にいくつかの研究所が設立される。その内の一つが、知る人ぞ知るあのフラナガン機関である。

 グラナダ計画の進行に合わせて、ダイクンは、ジュピトリスの木星航路の安全と自国の防衛を目的とした保安隊の設立を行った。ジオン公国成立後、航路保安隊は突撃機動軍、防衛隊は宇宙攻撃軍と改称される。デギン=ソド=ザビの名が歴史に登場するのは、保安隊初代総監としてである。保安隊とはいうものの、階級制度も整備されており、軍隊と何ら変わるところはない。総監のデギンの階級については、共和国内で激しい論争が沸き起こったが、高くしすぎると連邦軍を刺激するかもしれないので、将官としては低い少将とすることで意見の一致を見た。その下で、デギンの息子であるギレン=ザビ大佐が航路保安隊司令、ジンバ=ラル准将が防衛隊司令官に就任する。景気に沸きムンゾ自治共和国の隆盛に酔いしれる人々の影で、すでに自治共和国の内部は二派に分裂していた。秘密結社の幹部であるデギンは、財力と軍事力を用いて連邦からの完全独立を主張し、もう一人の幹部であるジンバ=ラルは、連邦政府を刺激しないよう現状を維持することを主張した。ザビ家の中で唯一文官としてムンゾ自治共和国の中枢にいたサスロ=ザビの働きにより、しばらくは両派の均衡が保たれたが、主席のダイクン自身がジンバ=ラル派寄りになってきたこと、そしてサスロ=ザビの暗殺事件が発生したことから、デギンはクーデターを決行する。デギンは、反対派のジンバ=ラルとその幹部連を粛清し、ダイクンの死と、ダイクンの業績を称えて国名をジオン公国と改称することを発表した。ダイクンの死は長い間不明とされていたが、一年戦争終了後、ジオンに駐留した占領軍総司令部の調査から、噂されたデギン一派による暗殺説は真っ赤な嘘で、優秀な右腕であったサスロ=ザビの死やこれまでに蓄積された心労、疲労による突然死であったことが判明している。ただ、一年戦争がもたらした空前の破壊に対する責任をザビ家に押し付けてしまうためには、ザビ家を悪と決め付ける必要がある。それには、デギンがダイクンを殺して権力を奪ったことにした方が好都合だ。デギンによる暗殺説が定説となったのは、こういう経緯からである。

 ジオン公国が成立して間もなく、ジオンは連邦に対して独立を宣言。一年戦争が勃発した。戦争自体は一年程度で終了したが、この戦争は、これまでの人類が経験したことのない巨大な破壊をもたらした。当初有利に戦争を主導したジオンだが、結局連邦に勝利できなかった。原因は、ジオンの政治的指導者が、戦争の結末をどのようにつけるか明確なビジョンを持つことなく、戦線を無制限に拡大させたからである。

 当初は、連邦政府からの独立を求めた独立戦争であったはずだが、ルウム戦役において予想外の圧倒的な勝利を得てしまったため、連邦政府に代わって地球圏を支配しようと目論む覇権戦争へと変容してしまった。覇権戦争になったからには、連邦政府の息の根を止めるくらい完膚なきまでに叩きのめす必要があるのだが、連邦首都ダカールや連邦軍統合参謀本部のある南米ジャブローへ本格的な侵攻作戦を立てた形跡はなく、連邦政府を内部から破壊する工作が実施された形跡もなかった。攻略地点についても、全く必要のない東欧や西アジア・北アフリカなどを選んで大規模な部隊を展開させている。東欧は、チタンなどの鉱物が産出される地域であるが、木星からもたらされる量の100分の1程度にしかすぎないことを踏まえると、あえて攻略・占拠する必要はない。西アジア・北アフリカも、旧世紀においてこそ原油産出国として重要な価値を有していたが、主力エネルギーは原油からヘリウムⅢに取って代わられており、エネルギー源としての原油の価値は大きく下落していたため、これもまた攻略・占拠の必要はない。このように攻略の必要性が疑われる箇所に大規模な部隊を派遣し、少ない兵力を地球各所に分散させてしまった結果、最も重要であるはずのジャブロー攻略に大規模な部隊を展開できず、みすみす失敗に終わらせてしまった。ただ単に、モビルスーツとモビルアーマーさえあれば何とかなる、というあいまいな考えを元に戦争を遂行したとしか考えられず、ジオン公国軍首脳の戦略は、あまりに稚拙であると言わざるを得ない。結果、ジオン打倒のために一丸となった連邦軍に、各所で敗退を重ねるようになり、ア=バオア=クーの攻防戦にてジオン公国は崩壊、終戦となった。細かい戦史についてはそれぞれ専門の書物に委ねるとして、ここでは一年戦争がもたらした政治的変化について述べる。

 一つは宇宙開発省の発言力が低下したことである。

 ジオン公国のブリティッシュ作戦によって壊滅的大打撃を受けたのは、連邦軍の兵装に影響を与える宇宙開発省が、ジオンに対してあまりに無警戒だったため、ジオンの技術的成長に気付かず遅れをとったこと、ジオンに対して木星資源に対する制限措置をとらず放置して、ジオンの急成長を黙認したことなど、職務に対して不誠実だったことが原因とされ、宇宙開発省の責任が至る所から追及された。当時の長官、事務次官、審議官、本部長、局長ら幹部200人以上が更迭されるという、前代未聞の大粛清がなされ、これまで維持されてきた連邦政府ナンバー1の地位から転落した。以後、急ピッチで「V計画」を実施するなど、一年戦争の勝利に貢献したのだが、宇宙開発省の地位を以前のように絶対のものまで戻すことは困難であった。他省よりやや発言力が強いというところまで勢力を戻したのは、キャスバル=ダイクンの反乱を鎮圧してからである。

 一つは軍部の台頭である。連邦政府を絶対的に支配していた宇宙開発省に隷属していた連邦軍であったが、一年戦争による宇宙開発省の威信低下により、内務省など一部の省庁と結託した一部の軍人たちが、暴走を始める。ジオンの残党狩りを名目に組織されたティターンズは、その持つ武力と内務省の影響力を背景に、連邦を裏から支配しようを目論んだ。しかし、連邦政府の一部の政治家が影で結成した組織と争った結果、完膚なきまでに壊滅させられる。それでも軍自体の発言力はそれほど低下しなかった。以後、反乱があるごとに軍は増強されていき、キャスバルの乱の頃には一年戦争当時の3倍の兵力になっていた。

 一つは、長期にわたり経済的成長が止まってしまったことである。一年戦争のもたらした破壊は相当に深刻で、さらに小規模な反乱が相次ぐなど治安が安定せず、少ない税収と積み重なる軍事費が財政を圧迫したことから、復興政策が遅々として進まなかった。大規模な宇宙開発も、本第三期宇宙開発10ヶ年計画まで待たなければならなかった。連邦政府自体の監督力が低下して、一部企業による寡占、独占が進んだことも、経済の停滞を助長した。

 一つは、月の戦略的価値が向上したことである。モビルスーツを始めとしたジオンの様々な新技術のほとんどが、グラナダから発信されたことから、グラナダに様々な企業が進出してきた。北米大陸に拠点を置いていたアナハイム重工業は、ジオニック社を吸収合併すると、本社をグラナダに移してアナハイム・エレクトロニクスと社名を改めた。それに伴って関連企業が次々とグラナダに進出したため、グラナダの都市規模は、一年戦争開始前の二倍にまで達した。また、ジオン公国突撃機動軍の根拠地であったことから、その豊富な軍設備を利用して地球連邦軍は第二総軍を創設し、月面と月に近いコロニー群の治安維持に当たる実戦部隊を独立させた。グラナダの第二総軍に対し、地球のジャブローを本拠として地球全域と地球に近いコロニー群の治安維持を担当する従来の連邦軍を第一総軍と改称。連邦軍は二大総軍体制となった。

 戦後の混乱、停滞は、一世紀以上の長きに亘った。数々の局地的な戦乱で社会機構は疲弊を極め、破綻寸前にまで追い込まれたが、宇宙世紀0274にホー=フェイリンが宇宙開発省長官に就任するや、第三期宇宙開発計画策定案がぶち上げられる。経済成長を民間頼りにして政府が関与しない現体制を痛烈に批判し、産業を政府が創出しなければ好景気はやって来ないと主張。豊かな生活を送るために最低限必要なのは、食糧でありエネルギーである。それらが満ちれば他は自然と付いてくる。現在、地球を含めた人類の居住空間に食糧とエネルギーが不足しているので、早急にこれらを整備する必要がある。これを骨子に本計画が策定されたのだが、成立するまでには10年以上の長い年月を要した。ホー長官の提唱する策定案は、サイド8の建設と火星開発が挙げられていた。火星開発も、月面のようなカプセル都市を何箇所か建設する程度であれば、比較的早く計画が成立していたであろう。だが、ホー長官の計画は、これまでの常識を覆すものだった。何と、木星の核付近にある重金属を採取して火星の核に注入し、人工的に火星の重力を増大させ、研究途上の酸素発生システムを火星に設置して、火星を地球化するという計画だったのである。計画の規模は、かつてダイクンが掲げたものなど消し飛んでしまうほど巨大なものであったため、当初の賛同者はわずかであった。ただ、これまでの戦乱により地球圏は疲弊しきっており、新たな国家プロジェクトを発動させる必要性を万人が感じていたことや、教育科学省が進めていた火星地球化計画に現実味が帯びてきたこと、ホー長官自身が政界、財界に情熱をぶつけていったことが効を奏した。ホー長官が4年の任期を終えた後も、後任の長官たちがその志を継ぎ、本第三期宇宙開発計画が成立する運びとなったのである。

 本計画は、人類の今後の未来を左右すると言っても過言でないほど重要なものである。本計画に携わる者は過去の成功と過ちを認識し、責任の重さを十分理解し、職務を遂行するよう求める。これからの人類に栄光あらんことを。

地球連邦政府宇宙開発省長官 チャンドラ=ラオ

 

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